第128話 それぞれの選択
「──人質⁉」
ガタンッ。
椅子を蹴って立ち上がったのはエリシャでした。
「いきなり何言いだすのよ! っていうか誰⁉」
「あ? 喧しい女だな。そっちこそ誰だよ」
睨み合うエリシャとゼト。
そんな二人を、
「エリシャ。座って」
「ゼト。失礼よ」
私とフィーで制止します。
「とにかく」
真横からフィーに見つめられ、ややこわばった表情のゼトが再開しました。
「王国は貴様を守るためなら動くだろうが、公爵のために動く理由はない。王族である貴様の身さえ確保してしまえば、あとはどうでもいいんだよ」
ティルトもこくりとうなずきます。
「帝国内の問題もあります。この状況でフラウが王国に行けば、亡命したと思われても仕方ありません。帝国貴族の反感を買うことになるでしょう」
確かに二人の言う通りです。
私は帝国にとどまっていたほうがいい。場合によっては王国に対する人質としても使える、ということですね。
「フラウが国王宛てに手紙を書き、それを誰かが届けるというのはどうでしょう?」
「では、王国には……」
「私がまいります」
立候補したのはフィーでした。
「フォルセイン王国には訪れたことがありますし、それなりに伝手もあります。私とゼトはシルバスティンへ招かれたことになっていますから、お父様もすぐには気づかないはず」
「私も行くわ」
と、それまでむっつりと黙り込んでいたアシュリーが声を上げました。
「お姉様も?」
「ええ。別に構わないでしょう? お兄様のことをお願いしに行くんだもの。フレイムローズ家の人間が行くべきよ。あなたは行けないし、リオンも動けない。だったら私が行くわ」
彼女の声は思いのほか静かで、それでいて覚悟のようなものが込められていました。
「フィーお嬢様。同行してもよろしいかしら?」
「もちろん! アシュリーお嬢様がご一緒してくださるなら心強いですわ」
アシュリーとフィーが互いを見つめてうなずき合います。
「それからフラウは、僕と一緒に領地へ来てほしいのですが」
ティルトに声をかけられ、私は困惑しながら彼を見つめ返しました。
「シルバスティンへ?」
「はい。言いにくいのですが……ここはフラウを守るには不十分です」
ティルトの言葉に、去っていった使用人たちの姿を思い出します。
警備の者はどのくらい残ってくれているでしょうか。少なくとも、以前より手薄になっていることは確かでしょう。
「フラウは王国に対する切り札です。僕たちをつなぐ大切な結び目でもある。フレイムローズ家の没落を望む者が排除しようとするかもしれません」
そう言って、ティルトは小さな拳を胸に当てます。
「フラウがこの命を救ってくれました。今ここいいるのはフラウのおかげです。シルバスティン家当主として、必ず守り抜くと約束します」
「それは……とてもうれしい申し出だけれど……」
横を向くと、リオンの力強い眼差しと目が合いました。
「姉様、僕のことは心配しないで。シルバスティンへ行ってください」
「でも」
「むしろそのほうが安心して家のことに集中できます。それとも、僕に任せるのは不安ですか? 言っておきますが、僕はティルト様より年上なんですよ。フレイムローズ家当主代理として、立派に務めてみせます」
「小僧たちの言うとおりだな」
大きく伸びをしながらゼトが言いました。
「貴様はもう少し、周りを信頼することを覚えたほうがいい」
「……わかっています」
「いい機会だ。俺もシルバスティンに同行させてもらおうか。護衛が必要なんだろ? 本当はフィーと一緒に王国へ行こうと思ってたんだが……ここに来る途中でフラれたからな」
意味ありげな目を向けるゼトに、フィーが赤くなって首を振ります。
「し、仕方ないでしょう。カフラーマ王族のあなたがいたら、余計にややこしくなってしまうわ」
「わかってるって」
「お願い。フラウさんを……守って」
「ああ。お前も気をつけろよ」
ゼトが優しい声で言い、フィーは胸元のペンダントを握ってうなずきます。
「……フラウちゃん」
と、隣で声がしました。
「エリシャ?」
「私」
何か言おうとして、エリシャは戸惑うように瞳を震わせました。こちらへ伸ばしかけた手を握り、ゆっくりと自分の膝へ落とします。
「ごめんね。役に立てなくて」
「? 何を言っているのですか?」
先ほど活を入れてくれたばかりですが。
父親を説得できなかった自分を責めているのでしょうか。しかし彼女がいなければ、私はこうして話し合いに臨むことすらできなかったかもしれません。
こほんと咳払いして、
「エリシャ。私はあなたがこうしてそばにいてくれるだけで、十分ですよ」
………。
……まるで愛の告白みたいになってしまいました。
まずいですね。抱きつかれてぶんぶん振り回されそうな予感がします。
思わず身構えて、
「………」
何も起きません。
「……………私、帝都に残る」
エリシャがぽつりと言いました。
「ほんとはね。フラウちゃんのそばにいたい。一緒にシルバスティンに行きたいよ。けど、きっと、このほうが……できることがあると思うから」
固く握りしめられた彼女の拳に、私はそっと手を重ねます。
「ありがとう。でも、無理だけはしないと約束して」
「うん。フラウちゃんも」
誓うように、私たちは目を閉じて額を合わせました。
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