第115話 図書室で二人きり、それってなんて青春ですか?




「フラウちゃん、どうかした?」



 戻るなり心配そうなエリシャに声をかけられました。



「いいえ。そちらはどうでしたか?」


「うん、リオンくんが最高にかっこかわいかった!」


「そうですか」



 軽くうなずいておきます。

 ──アイラの過去。

 予期せず耳にしましたが、ずいぶんと理不尽な言われようでしたね。女に剣技で勝てないことへの僻みでしょうけれど。

 別に憐れみはいたしません。彼女も私に同情などされたくないでしょうし。

 お兄様を自分だけのものにする。

 そう欲する者同士、相容れる余地はありませんので。


 ……ともかく。

 今は弟との関係修復です。


 放課後、リオンとルーナは連れ立って図書室へ入っていきました。一緒に勉強するようです。

 ふむ、なかなか青春しているじゃありませんか。



「うらやまじい」



 袖を噛んで悔しがるエリシャとともに本棚の陰に身を潜めて。

 ── 一時間経過。

 ──さらに一時間経過。

 西日が図書室を染めるころになると、司書はリオンに鍵を渡して帰っていきました。

 隠れている私とエリシャを除き、残っているのはもうあの二人だけです。

 さらに黙々と勉強を続ける二人。ページをめくり、ペンを走らせる音以外ほとんど何も聞こえません。

 エリシャに目配せすると、彼女は困ったようにかぶりを振りました。

 どうやら収穫はなさそうですね。閉門時刻も迫っていますし、そろそろ引き上げ時でしょうか──

 そのとき、ルーナがふと呟くのが聞こえました。



「リオン様」



 リオンがペンを止めて顔を上げます。



「ん?」


「昼間は、その、ありがとうございました」


「昼?」


「私をかばってくださって」


「……ああ」



 昼休みのいざこざを思い返しているのでしょう。リオンは一瞬険しい表情を浮かべ、それから──

 急に顔を赤らめました。



「お、思い出させないでよ……」


「? どうしてですか?」


「だってほら……ああ、もう!」



 林檎のように赤くなった頬をごしごしと両手でこすります。

 それを見たルーナは、小首をかしげてやさしく微笑みました。



「とてもかっこよかったですよ、リオン様」


「や、やめてよ! 自分でも柄じゃないってわかってる」


「ああでもしないと、あの子たちもやめてくれなかったと思いますし」


「かもしれないけど……!」



 情けない声で身悶えするリオン。

 ええと。なんというか。

 あれは──

 私のよく知る弟です。



「ふふ、リオン様ったら。教室でもそういう顔をなさったらいいのに」


「教室の僕って変かな……?」



 リオンがおどおどしながら言います。昼に見せたあの怜悧さは微塵もありません。



「あっちのリオン様もかっこいいですよ。でも、今のほうが素敵です。もっと人気者になると思います。もちろん、私だけに見せてくださるのも光栄ですが」



 少しうれしそうな顔をするルーナ。



「それと、こうしてご一緒できることも。私は平民の特待生です。よい成績を取らないと退学になります。リオン様はそうじゃないのに、いつも遅くまで勉強なさっていて……。少し心配になることもありますが」


「僕は」



 ぽつりと呟き、



「……変わりたいんだ。大切な人を守るために」



 リオンは膝に置いた拳に視線を落としました。



「大切な人……?」


「うん。僕は、その人のために変わろうと思って、この学院に入ったんだ」



 色鮮やかな《真紅》の瞳。その瞳に真剣な光が宿ります。



「僕は爵位を継ぐことはない。継ぐのは兄上の子だ。だから今のうちに学問を修めて、将来は独立しようと思ってる。でも、それだけじゃだめだ。もっと強く……兄上みたいにならないと。そうじゃなきゃ、あの人は僕を頼ってくれない」



 ルーナは戸惑うような目をして、それから小さな声で尋ねました。



「リオン様の他に守ってくれる人はいないのですか? その、大切な人には」


「いるよ。僕なんかよりすごい人が」


「じゃあ、リオン様が守ってさしあげなくても──」


「僕にしかできないこともあると思うんだ」


「リオン様にしかできないこと?」


「うん。だって僕、あの人のためならどんなことだってできるから」



 力強く言い切って、リオンは照れくさそうに頭を搔きました。

 ルーナはなぜだか泣きそうな顔をしています。



「あ、ごめん。急に変な話しちゃって」


「いえ……そんな……こと……」



 ガタッ。

 椅子から立ち上がるルーナ。



「ない……です」


「え?」


「変なんかじゃ、ありません」


「あ、ありがとう」


「だって、わ、私、リオン様のこ、とっ……」


「?」


「す…………」


「?」


「……っごく尊敬していますので! それでは! さ、先にっ、帰りますね!」



 叫びながら秒速で荷物をまとめ、ルーナは走って図書室を出ていきました。

 リオンはぽけっとした顔のままです。

 それから小さなくしゃみをして、首をかしげながら再びペンを取り上げました。



「同志よ……」



 と。

 これは隣から聞こえてきた愁いを帯びた呟きです。



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