第114話 私たちはふさわしくない




 私は思わず尋ねていました。



「傷物ってどういうこと?」


「ん?」



 怪訝な顔で振り返る男子生徒たち。



「見かけない顔だなぁ。編入生?」


「そんなところ」


「アイラに興味があるのか?」


「ええ」


「やめとけよ。あいつの噂を知らないのか?」


「噂って?」


「小さいころ、反帝国の少数部族に誘拐されたんだってよ。それも数年間」


「……!」


「父親の騎士団長が自ら乗り込んで助け出したが、しばらくは口もきけなかったんだとよ。その後遺症か今もほとんどしゃべらない。おかわいそうなことだ」



 そう言って涙をぬぐう仕草をする男子生徒。

 周囲の友人たちがゲラゲラと笑います。



「まず結婚は無理だろうなぁ。おまけに愛想も色気もない。女のくせに騎士なんか目指してるしさ」


「そうそう。ブラックウィンド家でも腫れ物扱いなんじゃないか?」


「傷物の令嬢なんてどこの家でもお荷物だよ」


「卒業後は国境警備か、老いぼれ貴族の後妻にでもなるか」


「君も気をつけるんだな。あいつに近寄ると婚期逃すらしいぞ?」



 くっくっと笑いながら言う男子たちに嫌悪を覚えつつ、そんな過去があったのかと胸中でひとりごちます。



『この世でもっとも悪い女は、エリシャ=カトリアーヌを助けたりしない』



 凍るほど冷たかった彼女の囁き。

 彼らの話が本当なら、アイラはこの貴族社会で普通の結婚は望めない。もちろんお兄様とも。

 ある意味で──私と彼女は似ているのかもしれません。



『私とあなた、どちらがノイン様ふさわしいか』



 私たちはどちらもふさわしくない。

 ただし、私はユリアスと結婚してお兄様を次期皇帝の義兄にしてさしあげることができます。

 彼女のほうは一体、何をお兄様に差し出そうというのでしょう?



「おい見ろよ! ジェレミーが追い詰めたぞ!」



 気がつくと、試合場の隅にアイラが追い込まれていました。



「いけいけ!」


「やっちまえ!」



 アイラの細い体に向かって次々と繰り出される重い斬撃。試合用の木剣とはいえ、まともに当たれば致命傷になりかねません。

 教師が慌てて降参するように言いましたが、アイラはきっぱりとそれを無視しました。

 ジェレミーはそれを予想していたのかニヤリと笑い、もう逃げ場所がない彼女にとどめの一撃を振り下ろしました。



「!」



 ──トンッ。

 聞こえたのは軽い音でした。

 観客が水を打ったように静まります。

 先ほどまで一方的に剣を振るっていたジェレミーはだらりと両腕を下ろし、その背後に回り込んだアイラは涼しい顔をしています。やがてジェレミーの巨体はゆっくりと傾き、音を立ててその場に倒れこみました。

 何が……起こったのでしょう。

 私は息を止めて彼女を見つめました。

 その尖った小さな顎が動き、刃物のように鋭い《漆黒》の瞳と目が合います。



「ひっ」


「うわ!」



 自分たちが睨まれたと思ったのか、男子生徒たちが怯えた声を上げました。

 視線はすぐに外れ──

 茫然としたままの観衆を残し、彼女は何も言わずに修練場を出ていきました。



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