第113話 ここで会うとは思いませんでした




 こそこそと学校内を動き回り、エリシャの持参したオペラグラスで校舎を盗み見ます。完全にストーカーですね。

 リオンが教室に入ると、たちまち女子に囲まれているのが見えました。

 公爵家という家柄もあるのでしょうが、《真紅》と《白銀》の入り混じるすぐれた容姿や、年齢より落ち着いた物腰に惹かれているのでしょう。

 男子からは冷ややかな目を向けられるかと思いきや、そちらにも人気があるようで、気さくに話しかけられています。

 教師の質問にすらすらと答えるリオン。昼休みにいざこざがあったクレア嬢やその取り巻きたちも、蕩かされたように彼を見つめています。



「なんだか授業参観みたいね♪」


「違うと思いますが」



 声を弾ませるエリシャに即答します。



「それで、これからどうするのですか?」


「ん?」


「リオンを観察して、そのあとは?」


「ああ。うーん、それはまだ内緒」


「?」



 なぜ秘密にする必要があるのでしょうか?



「まさかとは思いますが、あなたがリオンを見たかっただけで本当は作戦なんてない。とか言いませんよね?」


「ひどい! 私がフラウちゃんを騙したことなんてあった?」


「ありました」


「あったけどっ」



 お兄様に偽の恋文を書いたことは絶対に忘れませんよ。



「とにかく、このままで大丈夫よ。私に任せて!」


「……そうですか」



 自信ありげなエリシャに不安を抱きつつも、観察を続行します。

 次の授業はいわゆる体育でした。

 修練場に移動し、男子は剣術、女子は護身術をそれぞれ学びます。

 引き締まった体つきの老教師が基本的な動きを教え、リオンたち男子は掛け声とともに素振りを行っていました。



「ねえ、フラウちゃん。見て見て!」



 興奮気味のエリシャに肩をつつかれます。

 上級生のクラスに視線を向けると、どうやら剣術試合が始まるようです。大勢の生徒たちが観戦に集まっていました。



「あれって女の子じゃない?」


「……珍しいですね」



 ほっそりとした体つきの女子生徒が木剣を構えています。対するは筋肉質で上背もある男子生徒。あの体格差ではほとんど勝負にならないと思いますが。

 試合開始が告げられ、歓声が一気に高まります。

 最初に仕掛けたのは男子生徒でした。大きな体に似合わぬスピードで前に踏み出し、鋭い突きを繰り出します。女子生徒はそれに対し、流れるような動きで後ろに跳びました。鴉の濡れ羽根のような黒髪が風になびき、細い体がくるりと回転します。

 その動きを見た瞬間、腹の底にゾッとした感覚が走りました。



「ここにいてください」


「え?」



 エリシャを残して試合場に近づきます。

 その間も黒髪の女子生徒はくるくると舞うように攻撃をかわし続けていました。



「ジェレミーいけ! もっと攻めろ!」


「舐められてるぞ!」



 盛り上がる男子生徒たち。私は彼らの間から試合を覗きました。

 ──やはり。

 アイラ=ブラックウィンド。

 戦っているのは彼女でした。まさかこんなところで見かけるなんて。



「また外した! 何やってんだよ!」


「でもさ、よく見るとけっこういい女じゃないか?」


「ほぉ。ならお前が嫁にもらったらどうだ?」


「はっ! 冗談」


「遠慮するなって。《漆黒》のご令嬢だぜ?」


「いくら《帝国七血族》でもなぁ。傷物の女は御免だね」



 ……傷物?



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