第111話 貴族学院へようこそ




 聖ラピス貴族学院。

 二百年以上の歴史を誇る学び舎です。

 学長は《帝国七血族》のひとつ《紺碧》アズール家当主のオーウェン=アズール。全寮制を敷き、帝都で学ぶことを望む地方貴族の子弟など、十二歳から十八歳までの生徒が在籍しています。その規律は非常に厳格で、中には更生目的で親に送り込まれる子供もいるのだとか。

 出入りのチェックも厳しく、部外者が勝手に立ち入ることはできません。

 その──はずだったのですが。



「ごきげんよう、守衛さん。今日もお勤めご苦労様です♡」



 正門から堂々と侵入できてしまいました。

 あの守衛、エリシャのヒロイン後光にやられて職務放棄しましたね……。

 もっとも、外出記録の確認を怠った彼を責めるのは酷かもしれません。私たちは学院の制服を着用していますし、学生証も提示したのですから。



「エリシャ。この服と学生証はどうやって入手したのですか?」


「ああ、これ? うちが贔屓にしてる仕立て屋さんがここの制服を作っててね、お願いして特別に用意してもらったの。学生証はエリオットくんに偽造してもらった!」



 帝国随一の資産家であるカトリアーヌ家。

 その令嬢に『お願い』されて断れる仕立て屋は帝都に存在しないでしょうね。

 そして哀れなエリオット……。



「そこまでしなくても、正規の手続きで面会することもできたのですよ」


「フラウちゃん」



 つと、エリシャが真剣な眼差しを私に向けます。



「私ね。大好きな女の子と制服デートするのが夢だったの」


「……帰ります」


「待って待って待って!」



 くるりと踵を返す私にエリシャが取りすがります。



「確かにそういう下心もあったけど、これは正真正銘の作戦なの!」


「作戦?」


「そう! この作戦を実行するには、リオンきゅんの行動をよく観察するのが重要なの。あくまで普段どおりの、素のリオンきゅんよ。面会なんかじゃだめ」


「あなたのリオンに関する考察はそれなりに信頼していますが……」


「うんうん!」


「きゅん、はやめませんか?」


「へ? どして?」


「いえ別に。本人に聞かれてもいいならそのままでよいかと」


「あっ……」



 硬直するエリシャをひとまず放置し、辺りを散策します。

 正門をくぐった先は広々とした芝生。中ほどに大きな噴水が見えます。

ちょうどお昼休みなのでしょう。噴水の周りでは生徒たちが談笑していました。年頃の男女が少し離れた場所で見つめ合っている姿もあります。

 なるほど、結婚相手を探す社交の場としても機能しているようですね。



「いないねぇ、リオンくん」



 エリシャがのんびりした声で言いました。



「この辺りは上級生ばかりのようですね。学年によって場所の棲み分けのようなものがあるのでしょう」


「あっ。あそこの二人絶対付き合ってるじゃん」


「リオンも彼女くらいできたかもしれませんよ」


「あはは、まさかぁ。そんな女いたら殺すし」



 冷ややかに笑うエリシャ。

 私としては、同じ年頃の子と仲良くなってくれたほうが安心なのですが。



「あちらのほうへ行ってみましょう」



 校舎の裏手に回るとそこも広場になっており、下級生の子供たちが走り回っていました。

 ふいにエリシャが立ち止まり、



「?」



 口元を両手で押さえてわなわなと震えだします。

 目線の先をたどると、木陰のベンチにリオンと女の子が二人で腰掛けていました。



「………………殺す」


「落ち着いて」



 私はエリシャの手を引いて物陰に身をひそめました。

 ──リオン。

 以前より大人びたような気がします。周囲の無邪気な明るさに比べて、一人だけ落ち着いた表情をしているせいかもしれません。



「ね、ねえ。あの子たちは何かしら?」



 エリシャの言葉どおり、五人ばかりの女子集団がぞろぞろとベンチに近づいていきます。

 そして、リオンたちのいるベンチを取り囲むように立ち止まりました。



「もしかして……いじめ⁉」



 悲愴な声を上げ、飛び出そうとするエリシャをぐっと引き留めます。



「しっ。静かに」


「でも……!」


「観察しろと言ったのはあなたでしょう」



 それに、何もいじめと決まったわけではありません。

 ただ──穏やかではなさそうですね。

 リオンの隣にいる女の子の顔が明らかに青ざめています。リオンは特に表情を変えていませんが。

 やがて、五人組のリーダーらしい女の子が口を開きました。



「ねえ、ルーナ。リオン様に近づかないでくれる? ……この平民女が」



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