第64話 霊獣探しと参りましょう




「フィル……!」



 いつの間に現れたのでしょう?

 聞かれてまずい話というわけではありませんが──油断できません。



「この人は?」



 きょとんとしたエリオットに、私は即席の笑顔で答えました。



「こちらは神聖王国フォルセインの使者で、騎士フィル。シルバスティン視察に同行していただいているの」


「なるほど、あなたが噂の御仁ですね。僕はエリオット=アズール。はるばるフォルセイン王国からいらっしゃったとは……」



 にこやかに挨拶するエリオットが、そこでふっと口を閉じます。



「エリオット?」



 握手しようと手を差し出しかけたフィルも困ったように首をかしげました。



「……フォルセイン……から……?」


「ええ。それがどうかしたの?」


「フォルセインから⁉」



 カッと目を見開いたかと思うと、掴みかからん勢いでフィルに詰め寄ります。



「ということは、霊獣狩りの経験がおありで⁉」


「ありますよ」



 鼻先に迫るエリオットに動じることなく、フィルはあっさりうなずきました。



「もっとも向こうでは狩りではなく、《聖収受》と呼ぶのですが」


「フィルさん、霊獣に会ったことがあるの?」


「はい、エリシャ殿。フォルセイン王国には霊獣がたくさんおりますので」



 そういえば聞いたことがあります。

 教会が神の御使いと奉じる神聖な存在──神鳥フォルセイン

 その名を冠する王国は神鳥の棲み処。神鳥は霊獣たちの長と考えられているため、王国ではすべての霊獣を大切にしているのだとか。王国に関する資料本で、もふもふした一角獣を撫でる人々の絵を見たことがあります。



「《霊薬》に関する研究も帝国よりずっと進んでいるらしいですね」


「エリオット殿は《霊薬》を研究されているのですか?」


「はい! ぜひともフィル殿の知見をお聞きしたい!」


「待って」



 手帳を取り出して息巻くエリオットを押しとどめ、私はフィルに向き直りました。



「霊獣について詳しいの?」


「専門家というわけではありませんが、それなりには」


「じゃあ、私たちに協力してくれない?」



 かいつまんで事情を話すと、フィルは感心したようにうなずきました。



「ご当主様をお助けするために……それはすばらしい考えですね。私でよければ、喜んで協力いたします」


「ありがとう。それで、さっそく霊獣を探しに行きたいのだけど……人手はどのくらい必要かしら?」



 残りの滞在期間を考えると今すぐにでも出発したいところです。

 が、人集めに時間をかけている余裕はありません。



「ニーナ殿が積極的に協力してくれるとも思えないしなぁ」



 エリオットが苦々しく呟きました。

 先ほどの様子からして厳しいでしょうね。「霊獣探しのため」と言ったら鼻で笑われる可能性すらあります。

 と、それを聞いていたフィルがゆっくりと首を振りました。



「いえ、それほど人手はいりませんよ。霊獣は静かな環境を好みますから。大人数で動けばかえって警戒させてしまう」


「じゃあ、どうするの?」


「我々だけで行きましょう」



 さらっと言います。



「い、言っておくけれど、私はあまり役に立てないわ。私だけじゃなくエリシャも、エリオットも。一般的な狩りの経験すらほぼないんだもの」


「心配ありませんよ。必要なのは、ティルト様を助けたいという気持ちだけですから」



 涼やかな顔でそんなことを言うので、とっさに言い返す言葉が見つかりません。

 おまけに、背後からキラキラしたオーラが漂ってくることに気がつきます。

 振り向くとエリシャが両手を組み合わせ、潤んだ瞳でこちらをじっと見ていました。



「フラウちゃんと……みんなで……キャンプ⁉」



 初めての遠足に出かける園児のような顔をしている彼女から、私は黙って目をそらしました。



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