第63話 狩人を急募いたします
研究ノートらしきものをパラパラめくったあと、エリオットはおもむろに注射器を取り出しました。
「少し、血を採ります」
小枝のように細いティルトの腕。
まるで自分が刺されるようにエリシャがぎゅっと目を閉じます。本人は慣れているらしく顔色ひとつ変えていませんが。
「うん。よく我慢できましたね」
エリオットにやさしく声をかけられると、ティルトははにかむように笑いました。
次にエリオットは試験管のようなものをいくつか取り出し、採取したばかりの血液と数種類の《霊薬》を混ぜ合わせました。色鮮やかな《霊薬》が、血液に反応してさまざまな色に変化します。
しばらく難しい顔でそれらを見つめていたエリオットの顔が、徐々に険しさを増していきます。
「エリオット?」
「うーん……」
「何か問題でも?」
「そうだねぇ。これは……ちょっと……」
「それ見たことですか」
腕組みをして見ていたニーナがぴしゃりと言い放ちます。
「《霊薬》だなんて。そんな都合のいい万能薬などあるはずないわ」
「おっしゃるとおり、まあ……万能薬ではないですね」
ニーナに向かって苦笑するエリオットを、私は横目で睨みつけました。
これには私の将来と、ひいてはお兄様の大切な未来がかかっているのですよ。それにあなたの研究所設立という夢も。
私の視線に気がついたのか、エリオットはわずかにうなずきました。
「ですが、《霊薬》はそれにもっとも近づけるものだと、僕は信じています。我が生涯をかけて研究するつもりです」
「それはご立派な夢ですこと。それで、息子はいつになれば救っていただけるの?」
「そうですねぇ。まずは、いただいた血液をもとに詳しい検査したいと思います。《霊薬》の効き目は相性で決まるのですが、そこを見極めるのが一番難しいので」
そう言いながらてきぱきと道具を鞄にしまい込み、彼は笑顔で一礼しました。
「ひとまずは、これにて」
何やらぶつぶつと独り言を呟きながら廊下を歩いていくエリオットに追いつき、軽く袖を引っぱります。
「ちょっと、エリオット」
「やっぱり問題は……いや、それにしても──」
「エリオット!」
「ん?」
ようやく声が届いたようですね。
これだから『実験モード』は困ります。
「どうしたんだい、フラウ」
「どうしたも何も、これからどうするつもり?」
「そうだなぁ。こうなったら狩りにでも行くしか」
「……狩り⁉」
同じく追いついたエリシャが素っ頓狂な声を上げました。
「エリオットくん、まずは検査をするんじゃなかったの?」
「えっと、そそそそそその」
まだエリシャに慣れていないのか、急にしどろもどろになりながらエリオットが説明します。
「じじ実は、さっきので検査はほぼ終わってるんだよね」
「あ、そうなの。それで?」
「いや、あ、あの、それで……ぶっちゃけて言ってしまうと、材料が足りないんだ」
「材料?」
「もちろん霊獣だよ」
廊下に鞄を下ろし、淡い青緑色の《霊薬》を取り出して彼は言いました。
「これは霊獣ユルングルの鱗から作る《霊薬》だ。とても貴重で、僕も実験用の一本しか持ってない」
「ふむふむ」
「彼の症状や血液の反応からすると、おそらくこの《霊薬》がもっとも適していると思う。でも、これだけの量じゃ効果は期待できないな。ユルングルの鱗は希少で高価だし、仮に購入費用はシルバスティン家かフレイムローズ家が出してくれるにしても、取り寄せるだけで何カ月かかるやら……」
「そんな時間はないわ」
私は唇を噛みます。
滞在期間は残り十日しかありません。
「僕もそんな暇じゃないし。だからさ、狩りに行くしかないかなって」
「狩るって……霊獣を? 私たちが?」
「一応この辺りにユルングルの生息地があるらしいんだけど、厳しいよなぁ。手練れの猟師にだってなかなか捕まえらんないんだから。まして、ろくに狩りの経験もない僕らじゃね」
私とエリオットは超のつく引きこもりですから、狩りにはほとんど行ったことがありません。
念のためエリシャにも確認しますが、
「え、狩り? 無理むり。ほら、うちって動物愛護派だからぁ」
あっけらかんとした答えが返ってきました。
やはり──この計画には無理があったのでしょうか。
いくら原作のエリオットが《霊薬》でエリシャを救ったとはいえ、それが他の場面でも通用するとは限りません。
今からでも他の手段を考えなければ……。
「あの」
そのとき、ふわりとした風のような声が聞こえました。
私たちが同時に振り向くと、そこに中性的な顔立ちの騎士が立っています。
「よろしければ、今のお話……私にも聞かせていただけませんか? 我が王女」
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