第62話 幼い当主を救ってみせます




 エリオットを引き連れ、私たちはさっそくティルトの寝室を訪れました。

 歴代当主が寝床としてきた部屋。その奥に鎮座する大きな銀の房飾りのついた重厚なベッド。

 そこに佇むのがたった七歳の小さな当主だという点は、少々ちぐはぐで可愛らしいですね。



「お見舞いに参りました。ティルト様」


「あ、ありがとうございます。えと……毎日、来てくれて」



 青白い顔をしたティルトがぺこりと頭を下げました。



「一体どんなお医者様を連れてくるのかと思ったら」



 そう呟いたのは母親のニーナ。

 彼女は息子のすぐそばに立ち、鋭い視線をエリオットに送ります。



「その髪と瞳……《紺碧》の人間ですね?」


「ご機嫌麗しゅう、ご当主殿。そしてニーナ殿」



 エリオットは両手を広げ、優雅に一礼しました。



「アズール家の次男、エリオットと申します。以後お見知りおきを」



 ふむ。

 ある程度年上の女性には例のあがり症が発動しないようですね。安心しました。



「アズール家の次男殿が何のご用かしら」


「とあるわがまま令嬢に呼び出されましてね。遠路はるばるご子息の診察に参ったのですよ」



 冗談めかした言葉に、ニーナは眉をひそめて私を睨みます。



「心配いりません。彼は私の幼馴染です。それに、叔母上はこれまで国中の名医を呼び寄せたことがあるそうですから」


「ええ、そうよ。だから今さら──」


「彼は医者ではありませんよ」



 さらりと告げると、ニーナの眉間のしわがますます深くなります。

 そんな私たちのやり取りを横目に、エリオットはベッドの足元に大きな旅行鞄を下ろしました。



「フラウ。あなたはティルトを治してみせると言いましたね」


「はい。彼は医者ではありませんが──」



 次々と鞄から取り出されるのは、色のついた液体が詰まった瓶。どれもエリオットの筆跡で書かれたラベルが貼られています。



「《霊薬》研究者です」



 《霊薬》。

 この世界にゴブリンのような魔物はいませんが、代わりに霊獣という不思議な力を持つ動物が存在します。その霊獣を素材とした薬を《霊薬》と呼びます。

 《霊薬》にはさまざまな効果があり、霊獣の種類や組み合わせによっても変化します。中には、大怪我を一瞬で治してしまう強力な薬もあるのだとか。

 しかし材料となる霊獣が希少なうえ、繊細な性質で取り扱いが難しい薬ということもあり、国内での研究はあまり進んでいません。

 そしてエリオットは──

 物心ついたころから《霊薬》作りに夢中でした。



「本物の《霊薬》ってきれいだね~」



 傍らのエリシャが小声で囁きます。

 エリオットが床に並べた瓶の液体は色とりどりで、かき氷のシロップのようです。



「あ、あの明るい水色のやつ! あれが私を救った《霊薬》じゃない?」


「正確には『救った』ではなく、『救うはずだった』ですね」



 すでに原作ルートから大きく外れていますので、エリオットがエリシャの命を救うことはないでしょう。

 でも。



「エリオットくんならきっと、ティルトきゅんを治してくれるよね」


「そうですね……きゅん?」



 首を傾げつつ、エリシャとともに見守ります。

 準備が終わったのか、エリオットが改めてティルトに向き直りました。



「さてさて」



 軽く袖をまくり、銀縁のメガネをくいっと持ち上げて──

 昔からよく知る『研究者』の顔で、彼はにやりと笑いました。



「始めますか」



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