第61話 原作知識を使って助っ人を召喚します
「私たちがティルト様の病気を治してみせるっ!」
真っ青な空の下。
高らかな宣言とともに拳を突き上げる紫髪の少女。
少しの間をおいて、彼女はくるりとこちらを振り向きました。
「……ってニーナさんに啖呵切っちゃったけど、本当に大丈夫? フラウちゃん」
城門前の広場。
ベンチに腰掛けた私は腕組みしながら、心地よい初夏の風を胸に吸い込みます。
「ええ、問題ありません」
「でもでもでも! 私たち、お医者さんでもなんでもないし。前世はコンビニ店員だし。wikiも存在しない世界でどうやって……!」
そうですね。医者の真似事なんてできません。
でも──その代わり。
「私たちには特別な力があるでしょう?」
「ほぇ?」
「文庫版第三巻第四章中盤。二七五ページから」
「…………えっ。あ、んー。ちょっと待って。ど、どの辺だっけ?」
「あなたが私に毒殺されかけるところですよ」
「あ!」
原作で、悪役令嬢フラウはあらゆる手を使って皇太子との婚約を勝ち取ろうとします。
その最終手段として、ヒロイン令嬢エリシャの毒殺を目論むのが第三巻。
クロユリソウのような即効性の猛毒ではありませんが、じわじわと体を蝕んで気がついたときには手遅れになるタイプの毒です。これによって原作のエリシャは倒れ、普通の医者では手の施しようのない状態に陥ってしまいます。
そのとき彼女の命を救うのが──
「ほら、来たようですよ」
道の向こうから馬車の姿が見えてきました。
「ええっ⁉ まさか……あの人を呼んだの?」
「はい。来てくれるように手紙を書いておきました」
「すごーい。さっすがフラウちゃんね!」
「念のため、手紙にあなたの名前も書いておきましたし」
エリシャがくりっと首をかしげます。
「私の名前? どぉして?」
「忘れたのですか? 原作であなたの命を救ったあと、彼はあなたに恋をするのですよ」
あまりにもカップリング対象が多いので、一人くらい忘れても仕方ありませんが。
「あなたという餌がいてくれてよかったです」
「餌……」
ショックを受けたように呟くエリシャ。
が、また首をかしげます。
「あれ? でも、あの人ってその前は……」
何やらぶつぶつ言っている間に馬車が私たちの前に到着しました。
ベンチから立ち上がり、降りてくる人物を待ち受けます。
馬車のドアが開いたその瞬間、目を刺したのは──
鮮やかな青。
頭上に広がる空よりも深く、濃い、群青色の髪。細い銀縁のメガネ。その奥に輝く海原のような瞳。少し暗い目つきの、知性を感じさせる整った顔立ち。
七血族のひとつ《紺碧》アズール家。その次男にして私の幼馴染。
「フラウ!」
エリオット=アズール。
馬車からひらりと降りた彼は、私に向かって気安い笑みを浮かべました。
「よくも人をこんなところまで呼び出してくれたな?」
「来てくれてありがとう。エリオット」
澄まし顔で挨拶しますが、内心ではほっとしていました。
陰キャで引きこもり属性のエリオット。彼がわざわざ出向いてくれるかどうかは、はっきり言って賭けでしたから。
「手紙に書いてあった約束……覚えているだろうな」
私の耳元に顔を寄せ、エリオットが確かめるように言います。
「ええ、もちろん」
「僕の研究資金はどこから?」
「フレイムローズ家が援助するわ」
「研究所を設立するための認可は?」
「私が殿下と婚約したら、真っ先に認可していただくように計らうつもりよ」
「………」
なぜだか眉間にしわを寄せ、少し黙り込んでからエリオットはうなずきました。
「わかった」
「ああ、それから紹介するわね。こちらがエリシャ」
「え……あっ、うむ?」
エリシャを前に出した途端、ピシッと石のように固まるエリオット。
ああ……まだ治っていなかったのですね。
彼は女の子と話すのが苦手で、特に初対面が相手だと極度に上がってしまう傾向があります。おそらくそのせいで、私以外に親しい女友達がいた試しがありません。昔からなぜか私に対するときだけぞんざいなのですが。
やるべきことさえやっていただけるなら、別になんでもよいのですけれど。
「お、お会いできてこここ光栄です! エリシャお嬢様」
「こちらこそお会いできてうれしいです、エリオット様。私のことも気軽にエリシャと呼んでくださいな」
「えええええ⁉ そそそそんな! いや、いやいやいやいや……っておいフラウ! 待て! 置いてくなよ!」
城に向かってすたすた歩きはじめた私に向かって、エリオットが情けない声を上げます。
と、今度は追いかけてきたエリシャが私の隣にぴったりくっついて、耳元に囁いてきました。
「ねえ、フラウちゃん」
「何でしょう」
「もしかしてだけど……フラウちゃんって、ノイン様が関係してるシーンしか真面目に読んでなかったりしない?」
「?」
……何を言っているのでしょう?
そんなの当たり前じゃないですか。
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