第65話 なぜかみんなでキャンプすることになったのですが?




 狩りは貴族のたしなみ、と言いますが。

 私はアウトドアが嫌いです。

 ええ、嫌いです。嫌いですとも。嫌いというか……苦手というか。その。前世から。



「キャンプ♪ キャンプ♪」



 陽気な声とともに紫のポニーテールが踊ります。

 シルバスティン家で拝借した狩り用の服に身を包んだエリシャは、たいそうご機嫌に馬を進めていました。

 エリシャとエリオットが操る二頭の馬も借りものです。私たちが唐突に「狩りに出かけたい」と申し出たとき、叔母の顔はかなり歪んでいましたが。

 私が乗っている白馬はシルバスティン家のものではありません。

 なぜなら、ええと……私は……。



「王女。しっかり掴まっていてくださいね」



 騎士フィルが耳元で囁きます。

 二人乗りの馬上で、私は縮こまりながらこくりとうなずきました。



「エリシャ殿が先ほどから口ずさんでおられる『キャンプ』とは何でしょうか?」


「さあ……」



 生返事をしながら、恐る恐る白馬の背を軽く撫でます。純白のたてがみは思ったよりも柔らかく、さらさらとしています。



「フラウちゃん、平気?」



 前を進んでいたエリシャが歩調を緩めて横に並びました。



「意外ねぇ。フラウちゃんが馬に乗れないなんて」


「べ、別に。乗馬なんてできなくたって生きていけます」


「ふふ。ねえ、こっちに来ない? 怖くないようにぎゅってしててあげる」


「結構です」


「えぇー?」



 不満げに唇を尖らせるエリシャ。

 あちらに乗せてもらったりしたら何をされるかわかりませんからね。

 エリオットは地図を読まなければなりませんし、フィルの馬に乗せてもらって正解でした。

 そういえば幼いころ、よくお兄様の馬に乗せていただきましたっけ……。



「エリオット。霊獣の生息地まではどのくらいかかるの?」


「んー。何事もなければ夕方までには」


「夕方? そんなにかかるの……?」


「それと到着したら、野営の支度をして夜を待たないと。ユルングルは夜行性だからね」


「野……営……」



 それって──

 本格的にキャンプじゃないですか。

 げんなりする私を乗せた馬は淡々と森の中を進み続け、途中で何度か休憩を挟みつつ、日が沈む前に目的の水場にたどり着きました。馬を木につなぎ、野営の準備に取り掛かります。



「じゃ、僕は水を汲んでくるから」


「私、薪を集めてくるね。あとでとっておきのキャンプ飯を作ってあげるから!」



 道中すっかり打ち解けたらしいエリシャとエリオットが、楽しそうに話しながら森の中へ入っていきます。

 一方私は──



「うぅぅぅぅ」


「お加減はいかがですか?」



 だめです。完全に下半身をやられました。

 フィルが地面に敷いたマントのうえに寝そべって腰の痛みに耐えます。馬に揺られていただけなのに、こうなるとは思いませんでした……。

 フィルは私の介護をしつつ、てきぱきと即席のかまどを作ります。



「器用なのね」


「たいしたことはありません。それより王女、お体のほうは──」


「やめて」



 鋭く告げます。

 フィルがぱたりと手を止めて私を見ました。



「……何をでしょうか」


「その、王女という呼び方」


「いけませんか?」


「いけません」



 きっぱりうなずくと、フィルの瞳に悲しげな色がにじみます。



「いくつか聞きたいことがあるのだけれど、いいかしら?」


「はい。どのようなことでしょうか?」


「たとえば……あなたが男なのか女なのか、とか」



 やわらかな微笑を浮かべ、フィルは首をかしげました。



「さて。どちらだと思いますか?」



 男にしては細い手首。女にしては力強い身のこなし。繊細で美しい、中性的な顔立ち──

 正直言ってどちらなのか見当もつきませんが。



「冗談よ。別にどちらでも構わないの。それより」


「?」


「私を迎えにきた本当の目的は何?」



 この機会を待っていました。

 私を王国に迎えたとして、王位継承者が増えるだけ。直系子孫がユリアスのみの帝国と違い、フォルセイン王国は直系も傍系もかなり多いといいます。

 ならばどうして、私を帝国から引きはがし王国へ連れてゆこうとするのか。

 ──誰の差し金で?



「なるほど……大胆なご質問ですね。我が王女」


「王女はやめてと言っているでしょう」



 ──アストレア帝国の皇太子妃候補。

 ──フォルセイン王国の王位継承権保持者。

 自分が政治的に微妙な立場にいることはわかっています。

 そして、フィルは王国側の人間。発言は慎重にならなければなりません。

 それでも。



「私の父は」



 聞きたい──

 知りたいのです。



「どうして死んだのですか?」


「…………」



 また淡い悲しみの色を目に浮かべてこちらに向き直り、



「わかりました」



 若い騎士は語りはじめました。



「少し、お話をいたしましょう」



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