第二章 暗闇を塗り替える①
背景に
しかし周りの大人たちは少女に対して何も言わない。遠巻きにして困った表情を
それを聞いて少女は唇を動かすと、無数の黒い
すると少女は周囲から責め立てられる。どうして人に向けて魔法を使ったのだと。
少女が答えることはなかった。
「!」
エリスは飛び起きると両手で
喉を
(……久々にこの夢を見たわ)
(そうよ、せっかくの二度目の人生なんだもの。もっと楽しいことも考えないと)
(風を感じながら
まるで誰かの
「待って、私ったら誰を思い浮かべたの?」
するとクラウィスの容姿がはっきりと浮かんできて、エリスは声にならない悲鳴を上げてブランケットを頭まで
(え、昨日は本当におめでとうございますって言われたのよね……?)
形式的な
(やだ! やだやだ! こんなの認めたくない!)
たった一言でこんなにも心がかき乱されるなんて、彼はとんでもない男だ。エリスは熱に浮かされたようにぼうっとしたが、すぐに
「もう! あなたのことを考えている
今後の自分の展開に思いを
前回の人生と展開が同じなら、舞踏会から約三か月後に何者かが王宮に集められた
そこでレナルド・アルムスという三白眼と口調の
エリスは絶賛引きこもり中だったため身に覚えはなく『
だが今度は城下町の闇市で大金をルビーに
クラウィスからの追撃も相まって、
自分をさらに追い込むための演技だと思っていたら、ついに国王から強制的な命令が下り、エリスの自室に取り調べが入った。
するとタンスの中から
エリスは
調査官が出した結論はこうだ。エリスはイルミナに
エリスは否定するが、証拠が揃っているため誰も信じてはくれなかった。
そのあとは
(てっきり舞踏会でアルムス調査官にも会えると思っていたのに)
(アルムス調査官は誰の指示で動いていたのかしら? それに私の部屋に横領と毒殺の証拠を仕込んだ人物のことも気になるわ)
この部屋に入れる人はかぎられている。三人いるエリスの
(私は彼女たちにとっていい主人じゃなかったから、裏切りたい気持ちもわかるわ)
現れたのは侍女のまとめ役となっているセレジアだった。エリスが起きているとは思ってもいなかったのだろう。彼女の緑色の瞳が
「おはようございます、エリスさま」
「……おはようセレジア」
エリスがそう声を返すと、彼女は
「朝食を用意いたしましょうか?」
「ええ、お願い」
彼女はエリスに対して落ち着き払っている。今までの侍女の中でもっとも任期が長いからかもしれない。
(確か、お母さまが
二十代半ばとなった彼女がエリスの侍女を務めているのは、闇属性の王女に仕えれば破格の給金がもらえるからだ。彼女の実家であるアリーン男爵家がお金に困っていると残りの二人の侍女たちが
セレジアがテーブルに朝食を並べていく。丸いパンがひとつにクルミが練りこまれた輪切りのパンが数切れ。果物のジャムは
エリスはソファに座って、丸いパンを半分に割る。柑橘系のジャムをつけて口に
(このジャムはカルモだわ!)
本来ならカルモの
エリスはさりげなく
エリスの生命線を
(それなのに私は彼女をクビにしてしまって……)
実は前回の人生で、エリスはアルムス調査官から横領の件で
彼女の
『エリスさま、失礼を承知の上で申し上げます。潔白を証明するためにも身の回りのすべてを明かすべきです』
『……あいつらをこの部屋に入れるってこと? 嫌よ。ここは私の領域なの。私を疑い、声を聞こうとしてくれない人をここに入れたくはない!』
『だからこそ
あのときのエリスには彼女が本気で身を案じてくれていたのか、そうでなかったのかの判断がつかなかった。だからセレジアをクビにした。
二人の侍女もおとなしくなり、エリスに口出しする者はいなくなった。そういった面から
もしセレジアが最後までエリスのそばにいてくれたら、部屋から数々の証拠が見つかったときにも『そんな話があってたまるものですか!』と反論してくれたのか。
(わからない。でもあれが親切心だとしたら私は……セレジアの
静かに落ち込んでいると、追い打ちをかけるように、以前クラウィスから『どうしてそこまで人を遠ざけるのか』と言われたことを思い出す。
(あなたに言われなくてもわかっているわよ)
一か月も
クラウィスが
「えっと、今日はいい天気なのかしら」
棒読みの独り言を
「そうですね。少し雲が多いですが、おおむね晴れでしょうね」
(! 返事をしてくれた!)
エリスは不器用ながらも言葉を続ける。
「じゃあ、今日は王宮の庭園でも歩いてみようかしら……なんて」
するとセレジアはほんの少しだけ目を
「それはいいことですね。
彼女はエリスに対してここまで気さくに返事をしてくれる人だったのか。
「私が、
思わず声に出すと、セレジアは困ったように
「……怖くないですよ」
「なぜ」
エリスが食い気味に問いかけると、セレジアは新緑の葉の色に染まった
「ここ最近のクラウィスさまとのやり取りを見て、私はあなたの努力する姿に胸を打たれました。それに
「! そう思っていてくれたのね」
真っ先にクラウィスの名前が出てきたことに反論したかったが、最後まで話を聞いていたらどこかに
こんな自分を彼女は
「今日の午後、庭園を歩いてみようと思うの。えっと、セレジアも一緒に来てくれる?」
「ええもちろんです」
嬉しい返答に、頭の中に花がふわっと
「今はどんな季節の花が
「そうですね……早咲きの
彼女は一度部屋から出ていくと、花束を
「誕生日のお祝いの品です。水魔法の加護がかかっているため一か月ほど
そういってエリスに向けて花束を見せてくれる。青色の丸々としている花、白色と黄色の小ぶりな花、そしてオレンジ色の大輪の花があった。
エリスは
(ああどうしよう。
時が巻き戻っていなかったら、この感動は
セレジア以外の侍女にも
エリスはセレジアに向き合うと、
「ねえ、セレジア」
「はい? なんでしょうか?」
「いつもありがとう」
エリスはセレジアの反応を見るのが怖くなって、一度視線を彼女の足元に向けた。
(私なんかにそんなことを言われても困るのはわかっているけど……)
勇気をもって顔を上げると、セレジアは微笑んでくれていた。まるで幼子の成長を見るように優しい
母親に対する安心感とはこういうものなのか。
(ふふ、くすぐったい)
エリスは少しだけ
この一か月、日が
それもそのはず。クラウィスの
(クラウィスさまの顔を見なくて済むのに。どうして?)
胸の内にぽっかりと穴が開いたようなこの
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