第一章 推定悪役令嬢は断罪(?)される
たぶん、いわゆる悪役令嬢転生ってやつだったのかな、と思う。
私、エマニュエル・ベイツリーは、平成の日本からここ
こちらでの生家は
国で
おまけに、得意な魔法は氷と
このスペック、いわゆる悪役令嬢っぽい気がしないだろうか。少なくとも、私はそんな気がした。
となれば当然、
ひとつ、大きな問題があった。
これが『私は悪役令嬢転生を果たした!』ないし『私こそが悪役令嬢である!』と断言できない理由でもあるのだが、
私、この世界のことを、まったく知らなかったんだよなぁ……。
いやなんとなくこの世界
だから、たぶんこうなるのかな? みたいな推測は、一応立ったけれども。
でも、具体的なストーリーや登場人物には
さっぱり、ひとっつも、なーんにも、知らなかったしわからなかった。
いやだって実際知らないし、こんな【
そう、この世界は、ちょっぴり、いやかなり、もしかするとはちゃめちゃに、変、なのだ。
というのも、この世界は、
まあ、改めてなにが美でなにが醜なのかと考えると、時代や文化でも変わるものだし、言葉にしづらい。こう、なんとなくバランスがいいとかそんな感じが美……? と、もごもごしてしまうところではある。
それでも、とにかくこの世界のルールはおかしい、とは断言できる。
非常にシンプルでわかりやすくはあるのだろうが、私はどうにも
まあ、一応の
というのも、この世界では髪の色=神様の祝福のあらわれと考えられている。
実際、赤は
だから、だじゃれとかではなく本当に、髪はエレメント的なあれそれをそれぞれ
いや魔法が使える理由とか私は知らないし、推測でしかないのだが。
でも一応、この国の宗教ではそういうことになっている。
それはまあ、いい。
だからって、なんでそれが美醜の基準にもなるのかが、いまひとつ
最初になんか変だなと思ったのは、私の今世の両親に対する世間の評価だ。
我が母はちょっとぽっちゃり気味だがおっとりにこにことしたかわいらしい人で、我が父は無駄に顔のいいイケオジだ。と、私は思っている。
ところが世間の評価は、
理由は二人の色だ。
母の髪は
父の髪は
主に美醜の基準にされるのは髪だが、それにつられるかのように、瞳の色も濃い方が人に好まれやすい。
よって、母は絶世の美女となり、父は瞳が多少カバーしてくれるのを加味して、並より少し下くらいのブサイクとなるそうで。
……いやいや。いやいやいや。
母、
父、我が父ながら無駄にキラキラしい美形なんだが……?
父が母の美を日々
母が父の容姿を気にせずに愛を返していることが母の美点として評価されるほど、父は醜いと世間様は思っている、と。
それほどまでに、
この世界の人類、美醜の感覚レベルが鳥か虫。
この事実を知った幼い日に、そう思った
その後、逆になぜ目鼻立ちや体格体形は美醜の
私の美醜観、まさかの【くるぶしのまるみ加減】と同レベルの、
うん、実に異世界な異世界に転生してしまったものだ。
この世界が乙女ゲームだとするならば、この辺が
まあみんなその分魔法も強力なものが使えるし、顔もだいたい
というか、最終的に推定ヒロインちゃんに攻略された我が
私からすると落ち着きを覚えるような、
とてつもなくかっこいい(髪色の)王子様である。
そう、私が悪役
母
あ、ついでに父譲りの黒い瞳もそこそこのポイントになるらしいので、正確には国で随一の美人(色)だろうか。
……なんにせよ、実にむなしい。
実にむなしいが、まあとにかくこの国では恵まれているスペックではある。
悪役令嬢らしく
体が弱く早世した前世から考えると、いくらでも学べて思い切り体を動かせるだけでもありがたかったのに、それ以上、この上ないほどの生活をさせてもらった自覚はある。
だから、十分だ。
これから悪役令嬢として裁かれ、きっと
そこまでの重罪は
どれであろうと楽しく生きていけるだけの能力は、
そう腹をくくって、今日この日、私、悪役令嬢エマニュエル・ベイツリー公爵令嬢の断罪の日を、迎えたのだけれども。
● ● ●
悪役令嬢の断罪イベントって、こんなに地味でいいのかしら……?
それなりに
国が平和になり、そろそろエンディングを迎えるのだろうと思われる二月
ただし、一応城の奥まった部分にはあるものの、王族の方がごく親しい者と小規模なお茶会なんかをするときに使用される、
参加者は、推定悪役令嬢である私エマニュエル・ベイツリー、私の父であるベイツリー公爵、現状まだ一応私の婚約者であるフォルトゥナート・デルフィニューム王太子殿下、殿下の
……もっとこう、
まあ、ああいうのはあくまで物語的な演出であって、実際に物事が決まるのは、案外こんなような、当事者だけを集めたひっそりとした会議なのかもしれない。
そう思っておこう。
さてさて、私に下される判決はなんだろうか。
王都からの追放とかで済むと
今、国王陛下によってつらつら読み上げられている私の罪状、ほとんど心当たりないし。
どうも、学園で、推定ヒロインなディルナちゃんに対する、物を
ただ、罪状のすべてに付いている『
使った覚えも命じた覚えもないが、本当にあったことなら、みんな私のためにしたのだろう。
婚約者の心を
正直に言ってしまえば、余計なお世話でしかなかった。けれど、みんなは私のためにと動いてくれたのだろう。たぶん。
そんなことをあの子がするかなと疑問なことにもきっちりうちの派閥の人物名が
なんにせよ、派閥一同政治で負けたということだろう。そのトップである公爵家の長女として、私が責任をとらなければならない。
ディルナちゃんが女神様のいとし子様であると発覚した以上、彼女がこれまで
女神様に祝福された二人の結婚を
仕方ない。これも、この立場に
「『……以上が、エマニュエル・ベイツリーの罪であり、神殿は厳格なる処罰を国に求める』……と、これが、神殿から私に送りつけられてきた親書の全文だ」
ところがそう言った後、国王陛下は、手に持っていた紙の束(どうやら神殿から送られた手紙だったらしい)を、雑に机の上に放り捨てた。
「まったく、実にくだらんな」
ついで
あれ? もしや陛下は、私を
「本当ですよ! エマ様は、なんにも悪いことなんかしてません! 今のお手紙の九割くらいを
ぷりぷりと
いや、まあ実際、それほど
その上割と考えなしに行動するから、私が止める間もなく元気いっぱい自分でやらかしていたけれども。
むしろ、クラスメイトとして、やらかしたことをフォローしたり正しいやり方を教えているうちに、いつの間にやら【ディルナちゃん】【エマ様】と呼び合うほど仲良くなったのだけれども。
でも、あなた、私がきちんと断罪されなきゃ困る立場に自分がある自覚は、ないの……?
「ごめんなさい、エマ様。私が、無知で
うるりとその大きな瞳をうるませてディルナちゃんがそう言って、私はぎょっとしてしまう。
「いえ、そんなことは……」
「いや、ほんとに。さっきの手紙で、あー、私ってそんなにやらかしてたんだなーって、
私の反論を
「今や王族以上の立場になった女神のいとし子であるあなたがするなら、特に
直視できないくらい甘い。甘すぎる。
「じゃあやめときます! ……しかし、そんなに色々変わっちゃうんですね。む、難しいなぁあ……!」
殿下の甘さなんてなかったかのように、どこまでも元気よくそう言い、ううーと
「ディルナ様は、お立場が急激に変化されましたものね……」
私が思わずそう言ってしまうと、ディルナちゃんはぱっと顔をあげた。
「エマ様までディルナ【様】だなんて……!
めそめそと半泣きになりながらそう言ったまでは、苦笑いで流してあげられたのだけれども。
「今まで私のことを【ほぼ
「それ以上はいけません」
さすがに流してはあげられない発言をしたディルナちゃんの言葉を、私は遮った。
そのまま、彼女が先ほど、自身を【無知で馬鹿な田舎娘】と言ったときから言ってやりたかったことを、言ってしまうことにする。
「ディルナ様、おそれながら申し上げさせていただきます。あなた様は愛と
常より
「この国の成り立ちをなぞるような
きっぱりと言い切ってから『さしでがましいことを言って、これでまた罪状が増えたかな』と考える。
まあいい。きっと、一〇〇かそこらが一〇一かそこらになるだけだ。大して変わらないだろう。
「私も、エマニュエル
王太子
「……なんか、今ので、最近教えてもらった色々なことが、すーってひとつにつながった気がします。そっか。だから私は、人に
最後は頭を抱えながらも、とにかくなんだか
「……ありがとうござい、……いいえ、ありがとう、エマ様。あなたがはっきりとおっしゃってくれなければ、私はこれからも、あなた方を
ディルナちゃんはぎこちなくも、なんとかそう言った。さっそく私に敬語を使うまいとする姿勢は
ただ、『おっしゃって』だと、私をあげてしまっているんだが……。まあそんな細かいところは、講師役の人間がこれから教えていくことか。
今は、彼女の背筋がのびて、ちょっぴり
「……とはいえ、エマ、やはりお前は罪を
私とディルナちゃんが
「そうですね」
「な、なんでですかっ!? 当の私が、エマ様にはなにもされてない……、どころか、学園でもこんな感じで色々教えてもらっていただけだってわかってるのに……!」
私はそれを当然のこととしてうなずいたが、ディルナちゃんは悲痛な声でそう
「落ち着いてディルナ。この場の
なだめるように王太子殿下がそう言ってくれたが、納得いかない様子のディルナちゃんは、そんな彼をキッと
「仕方のないことです。我が
父のその言葉に、まさかの国王陛下が頭を下げた。
「本当に、すまないと思っている。不誠実なことをしたのは、王家の方だというのに……」
非公式の場とは言え一国の王のそのふるまいに、私は気まずく
陛下のいとこでもある父はそこまで気にした様子もなく、なんとも読めない無表情でうなずいているだけだが。
「かまいませんよ。敗者にはペナルティ、当然のことです。それに、
父はさらりとそう言った。
そう、ディルナちゃんは王太子殿下と心を通わせて、女神様の奇跡を
とにかくそんなわけで、この二人はもう、なにがなんでも国も神殿も挙げて全力で祝福し、末永くしあわせになってもらわなければいけないのである。
だから二人の
「……問題は、神殿と民衆が望んでいるそれ以上、【悪女】に対する相応の
苦々しい表情で国王陛下が言った言葉に、『ざまぁってやつですね!』とわくわくしてしまっているのは、どうやら私だけのようだ。
どうやら私に悪いことをしてしまっていると思っているらしい陛下、殿下、ディルナちゃんは罪悪感に押しつぶされそうな表情で固まってしまっているし、父も『どうしたものか』と顔に書いてあるかのようである。
「けれど実際、ディルナ様が」
「ディルナちゃんでお願いします」
私の発言を遮る勢いで、すかさずディルナちゃんがそう主張してきた。そんなにか。
話を進めるためにも、私は素直にいとし子様のお言葉に従うことにする。
「……ディルナちゃんが、ほんの残り一割だけでも神殿のあげたようないじめにあっていた以上、私は彼女のクラスメイトとして、しかもその中でも
「……すまない」
陛下に再び頭を下げられてしまった私は、
「いえ、これは私自身のためでもありますから。世間様に悪女であると思われている以上、ざまぁ……失礼。相応の罰を受けた、と思っていただかなくては、
「それもそうだな。この国を救った【女神のいとし子様】の人気は、今や絶大だ。その熱がどう暴走するか、わかったものではない。お前を無罪
父が認めた通り、守護竜様が弱り
そしてこの話の流れが、この国の建国の神話を、ほぼなぞっている状態なのだ。
元々小さな集落が寄り集まったような状態だったこの国の
乙女と青年の祈りに
それを再現したかのようなディルナちゃんと王太子殿下の間に立ちはだかった【悪役
ざまぁされなきゃ、私が困る。ここでやりすぎなくらいにざまぁされておけば、我が公爵家が、後々世間の同情を得ることだって
「えっと、ちなみに今のところ、私に対する罰ってどんな候補があります……?」
ざまぁの必要性を改めて痛感した私がそっと問うと、難しい表情で
「国外追放、ということにして、
婚約破棄、からの。ということは、よっぽど、悪役令嬢にふさわしい罰になるような
私の推測を裏付けるように、その話を知っているらしい国王陛下と我が父は、
……どうにか国外留学ですまないものだろうか。
いや、でも一応、どんなひどい結婚なのか、
「それは、……どういった、提案なのでしょうか」
そろりと私が問うと、国王陛下が重いため息を
ため息を吐いたまま少しうなだれた陛下は、頭痛を
「元々は、王家が対応しなければならない話であった。国防の
「ああ、王家の未婚のお子様方は今、王子
それは仕方ないのではなかろうか。もしかするとお相手がひどく年上だったりするのかもしれないが、貴族の娘の婚姻なんて、そんなものだろう。
当然の義務を果たしただけで世間様がざまぁされたと思ってくれるなら、それはそれで別に……。
あれ。でも待って。
……国防の要? で、婚約者がいないとなると、まさか……。
「国防の要であるとある家、つまりはサントリナ辺境
「国一番のブサイクとの婚姻──、それが、エマニュエル嬢に対する罰の、現状、最有力の候補だ」
父と陛下の
サントリナ伯爵家から、国で一番ブサイクな方と、婚姻を結べとの提案。
それって、それって……!
はやる気持ちをどうにか
「国一番のブサイクって……、あのルース・サントリナ辺境伯様のこと、ですよね……?」
私の言葉に、父は苦々しい表情でうなずいた。
同席していた面々は皆、どうやら私に対する同情から、揃って悲痛な
信じられない。ありえない。
でも、どうやら本当のことらしい。
「つまり、ルース様に、私が嫁ぐ。……そんな、そんなの……」
ああ、声が震える。
表情を律することができない。
「ただのご
つい
● ● ●
私の【ご褒美】発言から、しばし。
私はかまわない……どころか、むしろ大喜びだというのに、まだ涙目の父は、なんだかんだと食い下がり、私を説得しようとしてくる。
「わかっているのかエマニュエル。かの方は、
「あの
「!? い、いや、仮にお前が見た目を気にしないとしても、かの方は非常に魔力が少ない。『神に見捨てられた』とまで評されてしまうようなそれも、気にならないと言うのか?」
「確かに魔力は少ないようですが、だからこそ、私が辺境伯家に嫁ぐ意義があるのではないでしょうか。足りない部分を補い合う、良い
「補い合う、というか、お前にばかり負担がかかるのでは……」
「いいえ、そうは思いません。魔力は少なくとも、辺境伯様は
「……
「一〇〇は
「……その、……辺境伯領は、あまりに遠い」
「そうは言いましても、同じ国の中のことでしょう。私を隣国に留学させるおつもりであったのなら、むしろ近くなっているのではないでしょうか」
私が
そろそろ
黙り込んだ父に、私は
「というか、そもそも、辺境伯様との婚約が私への
私の言葉に、一同信じがたいものを見る目で私を見た。なぜ。
守護
なんでだ。髪と瞳が銀色だからか。でもどんなブサイクだって関係ないくらい、めちゃくちゃかっこよかったのに。
あの活躍ぶりなら、いや実際ルース様は私からするとものすごくかっこいいルックスをしていらっしゃるのだが、たとえそうでなくとも、私はきっと惚れていた。
だから私はしっかりと顔をあげて、心の底からの本心を、堂々と告げる。
「国外追放の
私の言葉に父はうつむいて、陛下はそんな父をなぐさめるかのように
「そこまで言わせてしまって、すまない。本来なら王家のものであるはずの責務を果たす君の
「わ、私、神殿でちゃんと本当に
殿下とディルナちゃんが、なにやらまだ誤解がありそうなことを言っている。
「いえあの、本心。本心です。
私は必死に
「……まあなんにせよ、そこは思い切り、恩を売っておきなさい」
父がぽそりとそう言った。
まあ確かに、今後この国のトップに立つことが確定しているこの二人に恩を売っておいたら、後々便利なのか……?
「と、とにかく! 私はよろこんでルース様に嫁ぎます! 一ヶ月後の学園の卒業後すぐに!」
これだけは決定
顔色を悪くした父が、
「さ、さすがに一ヶ月後はないだろう!
「なぜですか?」
「な、なぜって、色々と、準備が……」
「なにかと準備が必要となる式はそのくらい後としても、私があちらに行き、
一歩も
「……三ヶ月間の、
ついでぽつり、とそう言ったのは、国王陛下だった。
「……?」
首を
「エマニュエル・ベイツリー公爵
うん。それはそうだ。
私がひとつうなずいたのを
「だから、君への処罰は、本日から三ヶ月間の謹慎処分だ。社交も、公的な場へ出ることも、学園の通学や行事への参加も、もちろん辺境
「陛下……!」
感激したかのように父がそう言って、まあ仕方がないかと、私はため息を吐く。
まあね。ご
おそらく針の
「……かしこまりました。陛下のご決定に、従います」
私がしぶしぶそう言うと、陛下は
だいたいの話はまとまった。
そんな気の
「すまないな。エマニュエル嬢には、苦労ばかりをかける」
「え、いえ、そんなことは……」
「辺境伯家とのことを抜きにしても、婚約者がいる身にもかかわらず、君を尊重せずに
すっと下げられてしまった陛下の頭に、私は慌ててしまう。
「いえ、いとし子様が心を通わせたお相手が、
いや本当に。
だって、これが
その相手の家によっては、建国王の再来の新国王派と現国王派とかに、国が割れていた可能性が高い。
なにより、殿下がディルナちゃんに選ばれなかったら、私はルース様には嫁げなかったわけだし。
「……君の
私のちゃっかりとした本心など知らないのか、知ってその程度は目をつむってくれているのか、わからないけれど。
推定悪役令嬢は、断罪イベントを乗り越え、理想の婚約者と、国王陛下と次期国王殿下と
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