第二章
ユリアは
驚きすぎて浅い息を
返事する間もなく、初老の女性が入ってくる。
「ローラ姫……ああ、目覚められたのですね!」
見た事がない顔だ。
(わたしを見てローラ姫って言った。他人から見てもローラ姫に見えるんだ……!)
固まっていると、女性が
「道中、崖崩れにあわれたのですよ。覚えてらっしゃいますか?」
頭は混乱しているが、ピンチの時こそ情報収集をと軍学校で習ったのを思い出した。
とりあえず
「事故のあった場所の近くに住む村人から知らせがあって、兵達が駆けつけたんです。姫は崖下の湖に馬車ごと転落なさったんですよ。幸い軽傷ですみましたが、ファーストデンテ国のお城に運び込まれてからも、意識が
(いまの話からすると、ここはファーストデンテ国の城だ。どうりで部屋の
困惑していると、女性が心配そうに顔をのぞき込んだ。
「
きびすを返そうとしたマーサの手を
「いえ、
みなまで言わずとも、マーサは察したようで頷いた。
「女性護衛の方ですか?」
「そうそれ!」
思わず叫ぶとマーサが目を丸くした。
(しまった! どういう事かわからないけど、いまわたしはローラ姫の姿をしている。ここはファーストデンテ国だ。事情を打ち明けていい状態か、まず把握しなくては。ローラ姫はこんなしゃべり方はしないから……)
この危機的状況から
だから無理にでも
「失礼。彼女が心配で大きな声を出してしまいました。彼女はどこにいるのですか?」
ローラの笑顔には、相手の心を
実際自分もこの笑顔に何度も
「まあ、お優しいのですね。護衛の方は第十二
「いえ、いま行きます。場所を教えてください」
「ですが、目覚められたばかりですよ。お医者様に
「いいえ、この目で無事を確かめたいのです!」
(あ! しまった。ちょっと
目を丸くしていたマーサが、ふいに
「臣下思いでいらっしゃるのですね。すばらしいですわ」
(何とかごまかせたみたいだ。よかった……)
胸をなで下ろしていると、マーサがクローゼットからガウンを取り出した。
「ではご案内
ガウンを羽織って、マーサのあとに続いて部屋を出る。
何がどうなっているのかまったくわからないが、これだけはわかっていた。
(わたしはいま、ローラ姫の姿をしている。ローラ姫が不利になるような言動はしてはならない。まずは自分の体を捜してどうなっているのか確かめよう)
頭の中は混乱しているが、軍学校で
「こちらでございます」
マーサが扉を開けると、そこはベッドを置いたら他に何も置けないぐらいの
(わたしだ! いつも鏡で見るわたしの顔!)
混乱しつつも、落ち着けと心に命じてマーサに向き直る。
「ずっと眠ったままですか?」
「はい。彼女も軽傷で命に別状はないのですが、目覚めなくて」
「そうですか。すみませんが、しばらく二人にしてください」
「ですが……」
「彼女は事故の時にわたしを
両手を組んでマーサを見上げる。これをローラにされると自分も逆らえない。
マーサは
「少しだけですよ。あとでお医者様の
礼を言って、マーサが出て行くのを見届けた。扉が閉まってから、さっと
「わたしの体! 起きて!」
思わず
それが正しいか確かめる
「起きて!
揺さぶりすぎて、がくんっと首が
「う……ん」
自分の体がうめき声を上げたのに気づいて、今度はそっと揺さぶった。
「起きたの?」
真実を知るのが
「あれ……どうして私がいるのかしら?」
自分の体が発したその言葉で、仮説が正しかったとわかった。
「ローラ
おそるおそる聞くと、きょとんとした
「ええ、あなたは
戸惑った様子のローラの
「落ち着いて聞いてください。わたしはユリアです」
「えっ……? でも、じゃあ、私は……」
首を傾げる仕草はローラのものだが、自分の体でされるとちっとも
「信じられないかもしれませんが、姫はいま、わたしの体にいらっしゃいます」
「何を言っているの……?」
ローラが目を
だから最後の手段だと、近くにあった手鏡をとる。
「きゃあぁぁぁっ……! ぐっ」
手鏡を見たローラが
「静かにしてください。ここはファーストデンテ国なんです。
ローラは目を白黒させつつも、状況を理解したのか頷いた。
手を放すと、涙を浮かべてこちらを見つめる。
「どういう事? どうして私がユリアに? それにあなたが
「はい。何が原因かはわかりませんが、わたし達はどうやら体が入れ
ローラが考え込むように
「崖崩れだって叫び声が聞こえて。それから……どうなったのかしら。覚えていないわ」
さきほどここまで来る間に、マーサから聞いた話を思い出す。
「崖崩れで落ちてきた岩に当たって馬車が横転したんです。そのまま崖下の湖に馬車ごと落ちたそうです。わたしも姫も
「十日も? だったら
「
力強い言葉に、ローラが少しだけ
ドンドンドンッ!
聞こえてきたのは
「ここを開けて」
声には聞き覚えがあった。がちゃがちゃとドアノブが動いている。
マーサが出て行ったあと、とっさに鍵をかけた自分を
「レオン王がいらっしゃったみたいです」
「まずいわ。こんな状況が知られたら、結婚が破談になってしまう。いまのままでは〝
「完璧な王妃?」
ローラは破られんばかりにノックされている扉を見つめて、
「ヨルン国をホラクス国の
「どういう事ですか?」
「ファーストデンテ国はすでに経済大国として
初耳だった。ローラが震える手でユリアの手を握り返した。
「ファーストデンテ国では、国王は
目を見開くと、ローラがそっと
「この結婚は、国内外でも
「そんな! いくら政略結婚だからって……」
ローラが物のように
「いいの。私が完璧な王妃を務められればヨルン国の平和が保たれるんだもの。だけど、体が入れ替わってしまったなんて、レオン王に言えないわ。完璧な王妃になれないなら、破談になるかもしれない。そうしたら、ヨルン国は終わりよ。ううっ……」
ローラが両手を顔に当てて泣き出した。
確かにホラクス国に
「ユリア、どうしましょう。このままでは、ヨルン国が……!」
あまりの事に思考が停止していたが、ローラの泣き声で我に返った。
(結婚が破談になったらヨルン国が滅ぼされてしまうかもしれない。こうなったら……)
「……ひとまず、わたしがローラ姫のふりをしましょう」
扉を
このままでは、扉が
「でも……」
「何か原因があって体が入れ替わったのだと思います。それを調べる時間を
「そんな、自信がないわ……」
不安げなローラの顔をのぞき込んだ。
「わたしも不安です。でも
ローラがはっとした顔になった。一度目を
「……わかったわ」
「入れ替わっているのがばれたら、まずい事になります。わたしがローラ姫のふりをするので、サポートをお願いします。何かおかしな事をしたら、目で合図してください」
王女としてどう
(不安だけど、やらなくては。ローラ姫は真っ青になっていらっしゃる。わたしが
ローラをベッドに戻らせた。息を整えて、いまにも破られそうな扉の鍵を開ける。
ばんっと扉が開いて、レオンが
「……おや、何日も
にこやかだが、なかなか扉を開けなかった事で
ファーストデンテ国の国王レオンと会うのは、これで二度目だ。茶色の長い
背は高く細身で、
彼を見て、顔が引きつりそうだった。
(二度と見たくなかった顔だ。でもローラ
彼のせいで
しかし彼は許可なく蔵書室のある建物に
もう一度殴ってやりたい
「申し訳ありません。わたしの親友がまだ目覚めないと聞いて、心配だったんです」
部屋の中ではびくびくした様子のユリア……ローラがベッドに座っている。
レオンはそちらに目を向けて、口角を上げた。
「ヨルン国で私を殴った女性兵士だね。あれはなかなかいい
ローラが目に見えてびくっとした。レオンが彼女に近づこうとする。
(まずいぞ! すごく意地の悪い
思わず彼の前に立ちはだかった。
「その話は
国王にこんな無礼な発言は許されないだろうが、積もり積もった
(ローラ姫はわたしの体にいる。この状況で、レオン王に嫌がらせをされてはまずい。ガラスのように
まっすぐに見つめると、レオンが軽く目を見開く。
「……これは
どきっとしたが、
「どいてください。あなたの護衛に話があります。ヨルン国で起こった事について」
(やっぱり殴った事を責める気なんだ。そうはさせない……!)
「わたしの護衛と話をなさりたいなら、わたしを通してください。彼女はあなたと話をする為にここに来たのではないので。それに彼女もわたしも目覚めたばかりです。少し落ち着く時間をくださってもいいのでは?」
「確かにそうですね。どうやら私の分が悪いようだ。言い負かされる前に退散しましょう。それにしても本当に意外だ。ローラ姫がこんなに気がお強いとは。ですがそのぐらいの方が王妃としてふさわしいかもしれませんね」
レオンはこちらとベッドのローラを
「話はまたあとにしましょう。二人とも目覚めて本当によかった。ですが、目覚めたばかりで動き回るのは感心できません。まず医師の
部屋を出て行くレオンを見て、ほっと息をつく。
「これからどうしたらいいの、ユリア……」
「わたしが必ずお守りします。体が入れ
意識して力強い声を出した。不安なのは自分も同じだが、それを声や表情に出したら、ローラはもっと
● ● ●
「コルセットがきついです。ローラ姫……息も絶え絶えなんですが……」
ユリアは、浅い呼吸を
クリームイエローのドレスを着たローラは、
ヨルン国の城で見かけるローラは、いつでも
ローラは
「貴婦人のたしなみだから、我慢するしかないわ。ごめんなさいね。
目を伏せたローラに、慌てて両手を振った。
「これもヨルン国の為ですから! ですが、姫がこんなに大変だと思いませんでした」
目が覚めて三日ほど
「毎日早朝から起きて、侍女にコルセットをぎりぎり
気の遠くなるような努力で、この美しさが保たれているのだ。ローラの毎日は、軍学校の訓練より
「結婚式までもう一ヶ月もありません。お互いになりすます為に、体調が悪いと言って部屋に閉じこもり情報
ローラが不安げな顔になる。
「でも怖いわ。もしばれてしまったら、ヨルン国は終わりよ。結婚式まで体調が悪いと言って
不安に思う気持ちは痛いほどわかった。この結婚にはヨルン国の未来がかかっている。
「ですが結婚式の準備が
招待客を
「ローラ姫……というか、ユリアは護衛という事でローラ姫……つまりわたしに、付き
力強く
「わかったわ。
頭を下げたローラに慌てて首を振った。
「とんでもありません。わたしはヨルン国
正直な気持ちだった。ヨルン国を守りたくて騎士団に入ったのに、一年も経たずに謹慎になった。あのままだったら近い将来、騎士団を
(さすがにローラ姫と体が入れ替わるなんてとんでもない
今回はローラの強い願いもあって一時的に復帰が認められた。
この任務で実績を積めば、謹慎は解けるかもと
だからこれが軍人として最後の任務かもしれない。気を引き締めて、ローラを見つめた。
赤い
こうして客観的に自分を見るなんて、いまでも信じられない状況だ。
「……ローラ姫。結婚式の準備をしつつ、入れ替わった原因を探りましょう。何度も伺って申し訳ありませんが、入れ替わったのは、
これと同じ事は目覚めてから何度も聞いている。
繰り返し聞く事で新たな発見があるかもしれないからだ。
「いいえ。崖崩れだと
問い返されて、あの時の事を頭に思い浮かべる。
「わたしも何も覚えていないんです。
湖に落ちた自分達を、その村人が助け出してくれたらしい。彼らは、馬車にヨルン国の
「ヨルン国の兵や侍女達も
部屋にはまだヨルン国の者は誰も訪ねてこない。他国の城なので、許可がなければ彼らも動けないのだろう。こちらから出向く必要があった。
ローラは
気弱な彼女には、こんな状況で人前に出るのは辛いだろう。しかし王女としてどう
「わかったわ。ユリアが一緒にいてくれれば心強いもの。真相を突き止めましょう」
二人で頷いた。そして勇気を出して部屋の扉を開け、外に一歩
ユリアはローラとともに、ヨルン国の兵士達がいる
医療室では二十人ほどのヨルン国の兵が
怪我人の世話をしているのは、軽傷だったのだろうヨルン国の兵と侍女達だ。
「ローラ姫!」
寝ていた兵達が起き上がろうとした。
(わたしがローラ姫だから、こんな時は……)
「そのままでいい……わ。怪我をしているんだから、ゆっくりしてて」
優しい
ファーストデンテ国の侍女達はローラと会うのが初めてだから、多少おかしな言動をしてもごまかせる。しかし彼らはローラを身近で見てきた兵や侍女達だ。
少しの
「姫! ご無事でようございました」
ベッドの上から声を上げたのは、中年の
「骨折ですか、ギョルンおじさん!」
思わず声を上げた。ギョルンは父の軍学校の同期で、子どもの頃から家族ぐるみの付き合いをしてきた。ギョルンが目を見開く。
「ギョルンおじさん……?」
はっとして
(しまった、わたしはいまはローラ姫だ)
ギョルンの怪我を見て、気が動転してしまったが、すぐに居住まいを正す。
「ユリアから……そうユリアからあなたの事を実の父のように
「はい。足と腕の骨折で、治るまでかなりかかりそうです。申し訳ありません! 私がついていながら、姫にお怪我をさせてしまい……」
「事故だったんです。仕方ありません。……死者はいなかったと聞いていますが、みんなの怪我の状況は?」
余計な事は言わずに
「私が一番ひどい怪我で、軽傷の者はもう動けます。姫がご
ギョルンは実直で
「他国の城ゆえ、レオン王がそう命じられたら我々にはどうする事もできず。さぞご不安だったでしょう。何とかレオン王にお願いして、ヨルン国の者をおそば近くに……」
起き上がろうとしたので、押しとどめた。ヨルン国の者は
近くにいられると入れ
「大丈夫です。無理をしないで。みんな怪我をしているのは事実だし……いえ、ですし、ここはレオン王のご命令通り、療養した方がいい……でしょう」
言葉に
「お言葉、感謝
「ユリアがいてくれるので大丈夫です。護衛や世話はファーストデンテ国の兵や侍女が務めてくれている……わ。だから本当に療養に専念して」
ギョルンが後ろにいたユリアに目を移した。
「ローラ姫。ユリアはとても
ギョルンは厳しいが、
「褒めてくれてありがとうございます」
思わず
「どうしてユリアを褒めたのに、ローラ姫がお礼を……?」
あっと心で叫んだ。
「それは……ユリアとは一緒に事故にあって、一緒にこの数日を過ごして、まるで姉妹のような気持ちでいるので。彼女が褒められたら、自分の事のように嬉しくて……」
しどろもどろで話をすると、ギョルンは
「娘同然のユリアを、そう思って頂けるとは嬉しい限りです」
(な、何とかごまかせた。ギョルンおじさんが単純でよかった。気をつけないと)
「それより、事故の事を覚えている?」
気を取り直して、一番聞きたかった事を口にした。
「はい。地響きがして、大きな石が落ちてきて馬車に当たりました。そのせいで馬車が横転し、姫をお助けする間もなく崖下に……。あの高さから落ちてよくご無事で……」
「……何か気になる事はありませんでしたか?」
ギョルンがさっと目を伏せた。
「それは……」
口ごもったギョルンに、思わず身を乗り出す。
「何かあったんですね。何に気づいたんですか?」
「……いえ、何でもございません。姫は何もご心配なさる事はございません」
(ギョルンおじさん、目が泳いでいる。長い付き合いだからわかるけど
何か
「あの辺りは前日大雨が降ったそうです。そのせいで
心の中で舌打ちした。
「あいつめ……!」
「えっ?」
思わず口から出た言葉に、ギョルンが首を
「いいえ。何でもありません。……怪我をした兵や侍女達に何か異変はないですか? 様子がおかしい人とかは?」
入れ替わったのはもしや自分達だけではないかも、と辺りを見回した。
「いいえ。怪我をしている者はおりますが、みんな落ち着いています。ここはファーストデンテ国。何か問題でも起こせば、結婚が破談になる恐れもございます。みんなそれを理解しておりますので、ご心配なさいませんよう」
ギョルンと療養中の兵達からは、不自然な様子は伝わってこなかった。
後ろにいるローラに目を向けると、彼女も同意見のようでそっと
これ以上は情報は聞けないだろうとギョルンに向き直った。
「まず、
ギョルンが感心したように目を丸くした。
「少し見ない間に、しっかりされましたな。ローラ
どきっとしたが、ギョルンに他意はなさそうだ。
「ローラ姫、あまり長居をなさると、みなさんお
「わかりました。
ギョルンに
「では、みなさん、ごきげんよう……」
ローラに教えてもらった、ドレスの
彼女は臣下であろうと、別れ
(うっ、コルセットをつけてのこの姿勢は地味に
姿勢を正そうとしたが、コルセットのあまりのきつさのせいでバランスを崩す。
「危ない……!」
転びそうになったが、近くにいた若い兵士がとっさに支えてくれた。
(うっ……! 男に
考えた
「男がわたしに触るな!」
ぱっと腕から
「うっ……!」
「あっ、すまない。つい……!」
「何だ! 何が起こった?」
起きられないギョルンには、何が起こったか見えなかったようだ。
部屋にいた人々がいっせいにこちらを見たので、慌てて顔を隠した。
ローラが
「
兵に声をかけると、彼は
「大丈夫です。ローラ姫、体調が悪いのに、
「いいえ。私がお連れします。さ、姫。参りましょう」
ローラのとっさの機転に救われた。
顔を
(体が入れ替わっているのに、男性
ローラの体に入っていれば、症状が改善されるかもと
「私の顔にぶつぶつが! 手にも首にも出ているわ。どういう事?」
彼女にはまだ秘密を言っていなかった。ユリアは、一度口を引き結んでから息をつく。
「実は、男性
「男性恐怖症? いったい、なぜそんな事に?」
理由はあまり口にしたくなかったが、いまローラは
「子どもの頃に、父と一緒にいた時、男達に
ローラがはっと目を見開いた。
「それって、もしかして、この傷の事……?」
ローラが軍服の
「はい。血がたくさん出ました。出血するのと同時に命も体から流れ出していく気がして、
思い出すだけでも苦しくなる。死に直面したあの時、自分の中で何かが変わった。
「その恐怖のせいで、じんましんが出るんです。同時に身を守ろうと体が勝手に反応して、触った相手を攻撃してしまうんです。もちろん軍人を目指した以上、
じんましんは、死ぬかもしれないという恐怖から。
相手を攻撃してしまうのは、生存本能からくるのではないかと医者は言っていた。
軍学校の時も
「しばらくしたらじんましんは治まります。その間かゆみに
ローラは鎖骨の引きつれた傷を
「そんな症状が出るなんて知らなかったわ。どうして教えてくれなかったの?」
「すみません。もし周りに知られたら、心身ともに健康なのが条件の軍人ではいられないので。知っているのは、家族とギョルンおじさん……いえ、ギョルン隊長だけです」
見つめると、ローラは
しかしすぐに表情を緩ませる。
「……
あの時の事を思い出す。レオンに手を
「そうです。さすがにあれは人生で最大の失敗でした」
「これからは極力男性には
いつも弱々しいローラがとても
「ありがとうございます。ローラ姫!」
「さっき、ユリアがギョルン隊長とお話ししていた時、私も兵士達の怪我の具合が心配で彼らのベッドを回って話を聞いていたの。そうしたら、気になる事を聞いたわ」
「気になる事とは?」
首を
「彼らは私の事を〝ユリア〟だと思っていて〝ローラ姫〟には内密にと言われたの。先日ファーストデンテ国の兵士達が、
「なんですって!」
思わず声を上げると、ローラがびくっとした。
「すみません、大きな声を出して。それで?」
「
「ギョルン隊長……わたしには何も言ってくれなかったのに」
「あなたは〝ローラ〟だもの。はっきりした事がわかるまでは知らせないつもりだと思うわ。
思い出すだけでも怖いのだろう。小刻みに
「大丈夫ですか?」
「ええ。私一人ではないもの。ユリアがそばにいてくれるから、すごく心強いの」
無理して
「すごく重要な情報です。教えてくださってありがとうございます」
さきほど事故の話をした時、ギョルンの様子がおかしかった。
おそらくこの事を〝ローラ〟に
「いったい、
ローラの
「もしかして、レオン王との
思わず考えが口に出ていた。
移動中が一番狙いやすかったのだろう。ローラが不安げに
「結婚を
「もしそれが目的だとしたら、爆薬を
経済大国のファーストデンテ国と軍事国家のホラクス国は、八つの国々からなる大陸の中でも、並び立つ大国だ。ホラクス国はファーストデンテ国と一戦交えるなら、
「ホラクス国め……!」
「……それともう一つ気になる事を聞いて。話を聞いたヨルン国の兵士は、お母様がファーストデンテ国の生まれらしいの。彼の母親は、あの事故のあった場所の近くの村で育ったそうよ。彼から聞いたんだけど、私達が落ちた湖には不思議な伝説があるそうなの」
「不思議な伝説……?」
ローラが意を決した様子で顔を上げた。
「実はあの湖には、その昔水浴びしていた姉妹が、湖の
「それって、いまのわたし達の
「ええ。私達は姉妹ではないけど、一緒に湖に落ちて体が入れ替わったわ。事故の時、あの湖に落ちたのは馬車に乗っていた私達だけ。私、あの伝説が無関係だとは思えないの」
「わたしもそう思います。二人の姉妹はそのあと、どうなったんですか?」
はやる気持ちを
「それが……。彼もそれ以上は知らないそうよ。子どもの
目を伏せたローラの手をそっと握った。
「謝らないでください。すごい情報を二つも手に入れてくださってありがとうございます」
ローラが顔を上げた。微笑む彼女に力強く
「まだはっきりとわかりませんが、わたし達が入れ替わったのには湖の伝説が
ようやく進むべき道が見えた気がして、ユリアは久しぶりに心からの
「ユリア、城の中にも、湖について詳しい人がいるかもしれないから、兵士や
「それは得策ではありません。湖の伝説について聞いて回ったら、わたし達の様子がおかしい事と結びつけて考える人も出てくるかもしれません。確実に湖の伝説について詳しいと思われる人にだけ質問した方がいいでしょう」
ローラが戸惑うように目を揺らめかせた。
「確実に詳しい人って、いったい誰に聞けばいいのかしら?」
「一番確実なのは、湖の近くにある村に住んでいる人でしょう。湖の事を教えてくれたヨルン国の兵士の母親がその村の出身だったというなら、その村にいまも住んでいる人は伝説の詳しい内容を知っているかもしれません」
「でも、城から半日ほど行った場所に村はあるのよ。どうやって村人に聞けばいいの?」
「ファーストデンテ国が事故を詳しく調べる為、調査隊を
「外出なんて無理よ。結婚式を
確かにそうだ。いまの状況では、ローラの外出は不可能に近い。
「どうぞ」
入ってきたのはマーサだ。居住まいを正すと、彼女が目の前まで来る。
「ローラ
彼の顔を思い出すだけでうんざりするが、無視するわけにもいかない。
ローラと二人で扉に向かうと、マーサがローラだけを押しとどめた。
「護衛の方は部屋でお待ちください。ローラ姫と二人でお話しになりたいそうですので」
「そうはいきません。
思わず口を開いた。情報
近くにいて、サポートしてもらわないとまずい。
「レオン王のご命令です」
マーサは引かなかった。ローラと顔を見合わせる。
立場的にはこちらが弱い。レオンの命令に
(
ふと頭にひらめいた作戦は、自分でもとてもうまく行くとは思えなかった。
それでも、
「……わかりました」
目を向けると、ローラも状況的に仕方ないと思ったのか頷いた。彼女が耳元で
「わからない事を聞かれたら、余計な事は
的確なアドバイスだと思った。
だがなぜか胸がもやもやした。
(なんだろう。この感じ……)
「ローラ姫、こちらにどうぞ」
考えようとしたが、マーサに声をかけられ、慌てて彼女についていく。
余計な事は考えず、いまを乗り切るのが先決だと、ユリアは表情を引き
きまじめ令嬢ですが、王女様(仮)になりまして!? 訳アリ花嫁の憂うつな災難 伊藤たつき/角川ビーンズ文庫 @beans
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