合唱コンクール - 93日目 -

 ついに当日を迎えた、合唱コンクールまで2週間という短い期間の中練習を続けてきた成果が試される時だ。

 起きて準備をするが合唱コンクール、準備するものって制服以外あるか? ああ、昼ね。そういえばあの建物は食堂とかないから道中買ってくるか家から持って来いって言ってたな。今日母親は俺たちを送るという理由でいつもより遅い出勤だ。というわけで必然的に俺たちが家を出る時間も早くなるわけなんだよなぁ。


「おっはよーございまーす!」


 もうインターホンも鳴らさないのね。勢い良く開けられた玄関から続々と人が入って来る。ココとわたりん、咲彩、慎だな。俺も珍しく準備は終わっていた、ていうかめっちゃ早く起こされて準備させられたのでもう行ける。


「かえで、家出るときちゃんと鍵かけてってよねぇ」


「はーい。皆さん、頑張ってください!」


「うん!」「がんばる!」「ああ」


 いつもとは違う。今日はかえでに見送られていく。頑張ってくださいか。まぁ俺もしっかり答えとくか。手でもあげてしっかり聞こえたぞってことアピールしとこう。


× × ×


 現地に着いた。とはいえ景色はどこ行っても変わらないんだよなぁ。ただ光っているだけ。それ以外は何も変わらない。でも周りの音が違う。会場は県内一の繁華街じゃないか。オフィス街の一角にある。だから車や人の往来の音がいつもの比じゃないくらい聞こえる。


 とりあえず集合時間前に着いた。一応決められている集合場所に行くともうすでに結構な生徒が来ていた。その集合場所に行って学級委員佐藤、あ、そういえばそうだったな。完全に忘れてたわ。から渡されたのは今日のプログラム。・・・何も見えん。ただわかるのは俺たちがトリを務めることになったということくらいだ。昨日くじ引きから帰ってきた尾鷲が何食わぬ声でトリだって言ってたしな。何でよ。最後嫌だよ。そこまで絶対長いじゃん。その間この何とも言えない緊張感をずーっと持ってなきゃなんないんだよ。どうしてくれるんだよ。で、今の俺みたいな文句を俺含めて数名が言っていたのだがその数名、具体的には遠藤や工藤なのだがその二人は駿に言いくるめられてあえなく撃沈、俺はココにチョップを食らってねじ伏せられた。

 時間になって最後って言っていいのかわからんが開場時間まで練習することになった。ここでやる練習は今までやっていた練習とは違う。通しではやらずに細かなところのチェックとかそういうのが中心だった。練習しているところが通路みたいなところだからなぁ。なんせ隣のクラスまでの距離が近い。おまけに壁もない。だから隣のやっていることが筒抜けだ。そのせいでなのだろうが、俺は今何をやっているのかよくわかっていない。いや、厳密には聞こえない。周りがうるさすぎる。

 そんなこんなで練習時間、俺だけほとんど練習できずに開場時間を迎え一斉にホールへと向かう。うーん、歩き慣れないところだからきついな。ということもあって久しぶりに白杖を引っ張り出して今日を過ごすことになった。いくら周りの人の手助けがあるからとはいえ、あるのとないのとでは安心感が違う。本番も持って行っていいという先生のお達しもあったので遠慮なく持って行こう。ムード壊す? 場違い? そんなの知らん。出ているんだからそれくらい配慮をしろって話だ。何も知らないやつが勝手にいろいろ言うな。

 というわけで合唱コンクール、ここから開演いたします。長ーい戦いが始まる。


× × ×


 開演式が行われて始まった合唱コンクール。まずどういう感じなのか説明するか。やる場所はさっきから言っているようにホールを貸し切っている。で、そのホールには生徒先生の他に保護者も来ている。その保護者がいるのは観客席の上層階、生徒は下の階、手前から3年、2年、1年の順番だ。ということで俺らがいるのはホール中ほど。まぁ場所に関してはこんなところだな。

 次、合唱コンクールという名目なので当然、審査員がいる。で、その審査方法についてだが10点満点で点数をつけてそれを審査員全員で合算して決めるらしい。ということは同じ点数のところが出てくる可能性もあるということだ。その場合は同率ってことになるのだが1位が2クラスとかあったらどうなるんだろうか。そして気になっている審査員は誰なのかについてだが、まず校長、教頭、音楽の先生、吹部顧問は確実に審査員だ。あとは来賓の審査員が5人ほど。いったいどんなコネで呼んだのだろうか? そして、あと一人、一番場違いな気がするのだが本渡先生がなぜか審査員に選出されていた。保健と音楽って分野全然違うのに審査できるのだろうか。いや、別に本渡先生を悪く言ってるわけじゃないよ。多分公平に審査できる先生という理由で選出されたのだろう。

 ということで説明はこんなところにして合唱コンクールを見て・・・じゃない。聞いていこう。

 まず最初の方はまだちゃんと聞ける。やっぱり王道の合唱曲を選曲しているところが多い感じだな。その中で各々個性を出している感じか。その中でも個性的だったところはというと、独唱しているところがあったな。独唱なんて歌唱力に相当自信がないと出来ないぞ。俺は絶対やりたくない。あとは手拍子、確かにインパクトと独創性はあるな。でも俺から言わせてもらおう。それは逃げではないか? 手拍子で下手なところを打ち消しているのではないか? 現に俺は手拍子ばっか聞こえて歌声聞こえなかったぞ。そしてこれも特徴的なものでピアノからじゃなくて歌から入るところ、最初合わせるのが大変そうだ。俺なんかどうやっても出来ない。最初口パクで言って途中から合わせてやっとって感じだ。


「光ちゃん。ちゃんと起きてるなんて珍しいな」


「歌声のせいで寝れねぇだけだ。静かだったら寝れるのによ」


「いや寝るなよな。そのままでいろよな」


「それ俺じゃなくて周りのやつに言えよ」


 間違いなく周りで寝ているやついるからな。特に寝ていそうなのがココ、遠藤、新藤、この三人は確実に寝てる。次点で寝てそうなのが工藤、高橋(沙)、佳那、スマホ見れないしな。まぁ寝るよ。中途半端な時間じゃなければ。俺らなんか一番最後だし。午前中いっぱい寝ていても全然大丈夫だ。でも俺は起きてるからな。まだ寝てないぞ。ていうか一クラス終わるごとに慎が話しかけてくるから寝られない。

 お、次は7組。葵が伴奏をやるんだったよな。さてどんなもんか・・・え? 普通にピアノ弾けるじゃん。いや確かピアノってペダルみたいなの踏んで何かやってなかったか? 


「おい光ちゃん。7組伴奏者二人いるぞ」


「は? 二人?」


 小声で慎が言ってきた。二人? マジで? じゃあ今聞いているこの音も二人で弾いてるの? 全然そうには聞こえない。

 もう少し詳しく聞いてみるとメインは葵で補助的な役割をもう一人の人がやっているらしい。で、その補助というのが下のペダルを踏むこと。俺ピアノ全然詳しくないからわかんないけど下のペダルって補助つけないといけないほど重要なんだなぁ。

 伴奏に感心しつつ歌声も聞いていこう。・・・と思ったけど俺音楽の事よくわかんねぇわ。でもパッと聞いた感じ、いいんじゃねぇの? 声も出てる。そんなに音乱れてない。さすが葵といった感じか。うちのクラスで言う橋倉や尾鷲みたいにスパルタ教育でもしてきたのだろう。お、終わった。拍手しておこう。あとは慎に見た様子でも聞くか。


「聞いた感じよさそうだったんだけど慎は見てどう思った?」


「歌は良かったと思うけどな。申し訳ないけど俺は別の方に目がいっちゃってな」


「別の方ってどっちの方だよ」


「同じクラスにさーちゃんとひなっちがいるんだぞ。並び見てどう思うよ」


「めっちゃ凸凹してそうだな」


「さーちゃんは一番端っこだったけど高さが際立ってたし、反対にひなっちは中央だったから凹みがすごかったな」


「何ちゅう高低差だよ」


 俺の記憶が正しければ咲彩は俺と同じ175センチ、雛は130センチ。うわ、身長差45センチ。これだけでもすごいな。それで確か平均身長はココとかわたりんくらいだろうと思うから大体160センチってするとそこからでも咲彩は15センチ、雛に至っては30センチ差があるのか。そんな差棒グラフでしか見ねぇぞ。そら歌声よりそっちの方に注目が行くわ。

 総合して7組は結構なインパクトを残したな。これは審査にも反映されそうだ。審査項目に独創性があればの話だが。


× × ×


 そのあとも滞りなく進行していって午前の部が終了した。ここまでが長い。やっと半分か。しかも午後の部が始まっても俺たちの出番は相当後。ここで昼なんか食べたら絶対寝るぞ。でも食べないと体力が持たないので仕方なく食べる。

 昼食は冒頭言ったように弁当もしくは買って来いという感じだ。俺らは大半は弁当だが慎だけは途中コンビニに寄らせてもらって購入した。でもそこでなんか買ってたの慎だけじゃなかったな。咲彩も何か買ってたな。で、その昼を食べる場所だがホール内は食事禁止なのでホールを出て少し行ったところにある休憩スペースみたいなところに結構人が集まっている。俺らもその中の一員だ。


「終わったー!」


「これでもう解放されましたね」


「まだやってねぇ俺らの前でよくそんなこと言えるな」


「そうだよ!」


 俺が反論するのはいつものことだがココが珍しく俺の言ったことに同調した。さては緊張してるな。だんだん出番が近づいてきてるから。


「まさか伴奏二人だったなんて、完全にしてやられたわ」


「そっちもいろいろ考えてるんだから対抗しないとねぇ」


 橋倉が言うほどしてやられたわけではないのだが意表を突かれたと言えばそうだな。まぁいい。こっちはやれるだけのことを本番にすればいい。


「あ、あそこにいるのって本渡先生かな? 本渡せんせー!」


 ココが確認するより前に呼びに行っちゃったよ。そうだ、本渡先生と言えば最大の謎がある。それを聞かなければ。


「あらみんな揃って。また矢島君が何かしたの?」


「先生。俺が何かやったって勝手に決めつけないでください。そうだ、先週のドッキリの件、本渡先生も協力者じゃないですか」


「大丈夫です。先生は先生なので何もしません。いっぱしの生徒が先生に注文を付けるなんてそんなことしませんよ」


「どの口が言ってるんだ」


 葵にだけは言われたくない。先生に注文つけてるじゃん。あとこの後もつけるじゃん。いろいろな場面で、生徒会書記って立場を利用して。


「はぁ、その様子だとドッキリがバレてみんなに怒られたんでしょ」


「ええ、ついでに理不尽な要求もつけられました」


「自業自得以外何も言えないわよ」


 それ言っちゃったら元も子もないんですよ。ええ自覚はしてますよ。だからみんなして頷かないで。


「そうだ先生! 何で審査員なんですか?」


 ココが話し逸らしてくれた。あ、話振ったの俺だったな。逸らすも何もないな。でも気にはなる。何で審査員なんかしてるの?


「それね。もちろんちゃんとした理由あるわよ。私は保健室の先生だから公平に審査できるでしょ。それが一つ」


 それは俺も考えてた。どこかのクラスの担任とか持ってたらそこを絶対贔屓するだろうからな。学年主任も同じく。ただ音楽の先生だけは例外って感じだな。


「もう一つはこれよ」


 これよ? どれよ? 周りの反応を聞いてみると本渡先生はタブレットを出しているらしい。


「このタブレットを通じて合唱コンクールの様子を行けない子たちに流してるのよ」


「え? じゃあ奈々ちゃんも?」


「そうよ。病院からみんなの様子を見てるわよ。でも今は休憩中だから切れてるけどね」


 嘘⁉ やばい、急にプレッシャーが・・・。聞かなければよかった。奈々も見てるのか。


「じゃあもしかして私たちの発表も・・・」


「ぜーんぶ流れてるわよ」


「どうしよう。下手だったら」「もう手遅れですよ」「見られてたのか」


 頭抱えるのは葵じゃない。俺たちだよ。マジでどうしよう。


「そっか、奈々ちゃん見てるんじゃ頑張らないとね!」


「そうだな」「うん、そうだね」


 何でココと慎と佐藤は気持ち変わらずにいられるんだよ。


「きんようする」


「私も急に緊張してきた」


 わたりんと佳那と同じ。俺もなんか変に緊張してきた。逆になんで今まで平気だったのか不思議だ。


「いつも通りやるしかないっしょ!」「いつも通りじゃ困る。最高にしてもらわないと」


 橋倉と尾鷲は場数を踏んでいるからか緊張の欠片も見られない。いいよなぁ。俺もそんな風になりたい。


「だから手を抜いてるとバレちゃうよ」


「余計なこと言わないでください」


 本渡先生にからかわれたくない。ていうか今はそんな余裕がない。ちょっと気持ち落ち着けるか。て言ってもどう落ち着けようか。深呼吸? やっぱり寝るか?


「そうだ、みんなこれ食べるか?」


「あ! 食べる食べるー!」


 咲彩が差し出したものにココが飛びついた。何だ?


「朝コンビニで買ってきたものだ。はちみつのど飴」


 そんなもの買ってきたの? 一言言わせてもらおう。チョイスが神! 俺も遠慮なくいただこう。本渡先生もちゃっかりもらってる。まぁいい。これ舐めてると気持ち落ち着くな。マジでナイス!

 そんなこんなで午後の部にうつります。いよいよ俺たちの歌う番だ。


× × ×


 午後の部が始まったとはいえしばらくは聞きに徹する時間だ。他のクラスの発表をただ聞く時間。でも不思議と眠くならない。やっぱりさっき奈々も聞いているって聞かされたのが大きいな。

 あ、確か今やってるクラスってたんぽぽ先輩と東雲先輩のいたクラスだな。え? 伴奏たんぽぽ先輩なの? ピアノ弾けたんだ。いや、聞いてるイメージと全然違うからなぁ。たんぽぽ先輩=天然ドジっ子距離感ゼロってイメージしかない。

 そこから結構な時間が経って俺らのクラスが移動する番が来た。今まで言ってこなかったがクラスの移動する順番はこうだ。舞台上にいるクラスに対して舞台袖に一クラス、控室に三クラスといった感じだ。で、練習できるのが控室にいる時間で本当に最後だ。

 めちゃくちゃ移動しにくかったが何とか控室まで移動してくると


「おうお前ら。待ってたぞ」


 早川先生がいた。何で?


「あと少しで本番だ。まぁ大体の人は気づいてると思うが俺は今のお前らの歌のクオリティを知らない。いなかったからな」


 え? そうなの? うーん、そういえばそんなんだった気がする。少なくとも合唱練習中は一度も先生の声を聞かなかったような・・・


「だから俺に一度きりの最高の歌声を見せてくれ。聞かせてくれ。わかったか?」


 そんなこと言われたら断れるわけがない。


「はい!」


 よし! 最後の練習だ。時間は二クラスの合唱時間と同じくらい。10分くらいか。先生が控室を後にすると


「じゃあみんな。通しでやろう」


 尾鷲の合図で通しで歌う。わたりんの指揮も完全に通しだ。出来はいい感じだ。あとはこれ以上のものを本番にぶつければいい。これと同じでもこれ以下でもダメだ。

 控室には舞台の様子が見られるモニターが設置されているようでそのモニターで2つ前のクラスが終わる、もしくは誘導員が入ってくれば練習はそこまでだ。最後の練習というものもすごくあっという間だった。控室を出る前


「みんな、本番前に喉壊すといけないから声出しすぎないでね。じゃあ行くよ! いよいよ本番、行くぞー!」


「おー!」


 ほどほどの声のボリュームでみんなが佐藤の声かけに応じる。そうだ、これどうするか。結局持ってきちゃったけど、うーん・・・


「あの、すみません。これちょっと持っててくれませんか?」


 誘導員がいるだろう方向に話しかけると


「え、あの、大丈夫なんですか?」


「大丈夫です。誰かの肩に掴まって行けばいいだけですし。何よりこの場には邪魔でしょう」


「へぇ光ちゃん、言うようになったな」


「うるせぇよ、いいから前進め」


 ぎりぎりまで白杖を持ってきていたがやっぱりこれいらないなってなった。別になくても行こうと思えば行けるし、なにより白杖を持っている姿が雰囲気と合わない。せっかくちゃんとしたコンクール、厳かな雰囲気の中で白杖を持って立つ姿を想像してみたところやっぱりないほうがいいと感じた。それで俺が歩きにくくくらいだったらそれでいい。どうせ足を開くタイミング閉じるタイミングだって一拍遅れるんだから。見栄えを考えたときにはないほうがいい。審査員には入場の段階で俺の目が見えないことくらいわかるだろうし。それに事前情報だっていくらかあるだろう。本渡先生がいるんだし。

 そう思っているうちにひとつ前のクラスの合唱が終わっていよいよ俺たち9組の出番となった。おし! やるか!


× × ×


 入場は慎の肩を持ってついていく。その姿を見た観客、生徒、審査員はどう思うだろうか。異質、そう思うに違いない。聞こえなくても言っていることは大体わかる。何でこんなやつが出ているんだ。障がい者に対する風当たりが強いのはどうやらここでも変わらないようだ。特に、葵と違い目が見えない俺、耳が聞こえないわたりんはなおさらだ。だから俺、いや、俺たちはその曲がった固定概念を変えてやる。

 司会者が曲名を発表して拍手が起きる。そこでわたりんと尾鷲がお辞儀をしているはずだ。そのお辞儀の仕方一つとっても俺たちは違う。わたりんは耳が聞こえないからお辞儀のタイミングがわからない。だから尾鷲は最初わたりんと隣り合ってお辞儀をする。ゆっくり、ゆっくり、なるべく時差のないように。

 尾鷲がピアノのある所に行って座るのとわたりんが一段上がるタイミングが同じになるようにしてわたりんが手を挙げる。その時のわずかな足音を聞いて俺も足を開く。さぁ、開演だ。

 歌い始めるまでは緊張こそしていたが、一度歌い始めるとその緊張も一気になくなった。別に歌うのに必死になっているわけではない。自然と緊張がほぐれていく感じがした。これでわかったことがある。この緊張の正体は奈々が見ていることだけではなかったということだ。さっきも言ったように観客諸々が俺たちを見ている。その風当たりが心配だったこともあった。俺は去年の合唱コンクールはずっと見ていただけだ。そんな俺が今このステージに立っていることには賛否あると思う。わたりんも同じだ。この場に参加したくなかったからわざと風邪をひいて休んだ。そんなやつが指揮者なんてという声もあるに違いない。でもそんなことを考えていたのは歌い始める前までで一度歌い始めてしまえば何のことはない。楽しいとさえ思えた。

 ここからがわたりんの見せ場だ。ちょうど2番のサビに入ったところで回れ右して観客席の方を向いて指揮を振り始めた。その姿を見て一部の人が驚いているのがわかった。多分わたりんの耳が聞こえないということを知っている人たちだろう。その中には絶対に葵や雛、咲彩、奈々もいるに違いない。俺たちの独創性とはこういうことだ。これという風に掲げてこそいなかったがあえて口に出して言うなら「挑戦」といったところか。目の見えない俺が歌を歌うことも「挑戦」、耳の聞こえないわたりんが指揮を振ることも「挑戦」、そんな二人と一緒に歌うことも「挑戦」。挑戦している姿を見せて少しでも印象が変わってほしい。多分早川先生はこう考えていたのだろう。だから俺たちはその姿を見せてやった。この場にいる全員に。どうだ、やってやったぞ。

 歌が終わってまた尾鷲とわたりんが並んでお辞儀をして終わった。すぅー、はぁー・・・終わったー! 思わずガッツポーズしてやりたくなったが我慢だ。ああすみません、白杖ありがとうございます。もらった白杖を手に階段を下りていく。段高いな。全然わかんねぇ。慎、俺を連れてってくれー。

 席に戻ると何か周りがざわざわしていた。まぁな、やってやったからな。


「いやー緊張したー」


「お前緊張してたのか」


「当たり前だろ。いつもやってるサッカーとはフィールドが全然違うからな」


 まぁ違うな。じゃああれか。昼のあの感じは平静を装ってたってことか。まぁいいや、これで解放されたー! 寝るか、と思っていたら次のクラスで終わりだった。結局寝れずじまいか。


× × ×


 最後のクラスが終わって休憩時間がとられた。その間に順位が決められる。賞の数は全部で3つ、銅賞、銀賞、金賞だ。この順位は単純に得点で決められるものであって学年で左右されるわけじゃない。例えば金賞は絶対3年から選ぼうとか、1年はまだ2回あるから賞入れなくてもいいよなとかそんなことは一切されない。さて一体どのクラスが賞に入るのか。

 いよいよ来ました結果はっぴょーう! 今回審査員をした人のうち一人(学校関係者ではない)から結果が発表される。まずは銅賞


「銅賞を受賞したクラスは・・・・・・1年1組」


 1年1組、1年の中で4番目くらいだったよな。まぁやっていたのは俺たちからしてみれば普通の合唱。それを見るとやっぱり歌唱力を見ているということがわかる。やっぱり独創性はダメかぁ。


「銅賞二クラス目を発表します。・・・・・・2年9組」


「やったー!」


 女性陣を中心にめっちゃ騒いでいる。俺ら銅賞なの? あと銅賞って一クラスだけじゃないの? うーん、確かに賞を取ったことは嬉しいけど何だろう。微妙な感じ。


「何だよ光ちゃん嬉しくなさそうな顔して」


「だってよ。あれだけのことやったのに銅賞とか。解せん。もっと上な気がしてたんだが。あともしかしたらって言う楽しみも早々になくなった」


「いいんだよ。賞取れたんだから喜べ!」


 はいはい、喜んでますよ。これあとでどんな評価あったか聞けないかなぁ。よし、暇なときに本渡先生に聞いてくるか。


「銅賞三クラス目を発表します。・・・・・・3年5組」


 銅賞何クラスあるの? 慎に聞いてみよう。・・・なるほど、銅賞3クラス、銀賞2クラス、金賞1クラスらしい。だとしたらますます解せん。何で銅賞なんだ? ちなみに3年5組は俺らの後、最後の最後やったクラスだ。すいません、俺このクラスは終わったー! って感情が先に行ってしまったので全く聞いていませんでした。


「えー次に銀賞を発表します。銀賞は・・・・・・2年3組」


 2年3組・・・確かピアノなしで歌が始まってたところだよな。このクラスも苦労しただろう。出だしぴったり合わないとその時点でアウトだから。でも本番はぴったり合ってたな。うーん、でも俺たちの方が上だった気が・・・


「銀賞二クラス目を発表します。・・・・・・2年7組」


「負けた・・・」


「そんなに悔しいのか光ちゃん」


「当たり前だろ。あれだけやって負けるとか、審査方法に疑問を抱くレベルだ」


「そこ突っ込んじゃダメなところだぞ。サッカーだったらレッドカードで一発退場だからな」


「別にサッカーに例えなくてもわかってるわ」


 悔しい、割とマジで。あれだけやっておきながら負けるとか。この後絶対マウントとか取って来そう。こうなったら9組全員で団結してあいつらに対抗するか。


「それでは最後に金賞を発表します。金賞は・・・・・・・・・3年4組」


 めっちゃ騒いでる。3年4組・・・たんぽぽ先輩と東雲先輩のいるクラスじゃん。まぁ歌は上手かったな。それこそ合唱部? って勘違いするほど上手かった。これは納得。


「それでは各クラス代表者の方々、銅賞、銀賞の方は1名、金賞の方は2名ご登壇をお願いいたします」


「ご登壇って誰がするんだよ」


 そうだ、賞取ったってことばっかり考えていて賞状授与のことを考えていなかった。誰が行くの? 言っとくけど俺は嫌だよ。


「わたりんが行ったよ」


 なんか周りの女子たちみんなに薦められて登壇することになったらしい。その周りの女子って絶対ココとか橋倉、あと尾鷲だろうな。一番の功労者はわたりんだからとでも言ったのだろう。でもその意見は俺も賛成だ。間違いなく一番の功労者、この賞に一番貢献している人はわたりんだ。これは誰も文句は言えないだろう。

 登壇して一人一人賞状をもらっていく。わたりんはそれこそタイムラグこそあるもののもらえて嬉しそうだと慎が言っている。全員が賞状をもらった後席に戻っていった。いやー銅賞か。本当はもっと上いってほしかったけどまぁもらえただけいいか。


× × ×


 賞状授与、閉会式も終わって一応クラス全員で軽く集まることになった。


「よくやった! 本当に感動したぞ」


 先生がこう言う。先生はあれが最初で最後だったからな。


「もらったのは銅賞だ。だけどあの歌声にはそれ以上の価値があると俺は思ってる。そうだな・・・お前ら、明日楽しみにしてろ。賞の補填をしてやるから」


 賞の補填とはいったい。ていうか補填も何もあるか?


「球技大会の時はアイスだったな。今回は何がいい?」


 あ、そういうことね。そうだな・・・俺は別にアイスでも何でもいいが。いや、やっぱり何でもは良くない。食べ物がいい。純粋に喜べるものだし。俺が考えていたら他のやつが色々言ってきている。アイス、ハンバーガー、お菓子はいい。打ち上げ代、帰りの電車賃、純粋な金はアウトだろ。もうちょっと考えろ。


「おし、お前らの意見はしっかり聞いた。アイスに決定だ。ただ今回は前回と違うぞ。ダッツにグレードアップだ」


 羽振りがいいな、ダッツか。聞いた瞬間みんな大喜び。一部ダッツって何? って言う人がいたがハーゲンダッツな。俺も喜んでおこう。やったー!


「あ、本渡先生ちょうどいいところに。ちょっと写真撮ってもらえます?」


「はーい、じゃあ誰か私にスマホ—―—」「はいどうぞ!」


 本渡先生が言い終える前にココがスマホを渡した。ちなみに提案したの佐藤な。早川先生がこの場から離れる前に撮っておこうってことね。


「渡さん、笑って笑って。泣いちゃダメよ」


 感極まっていたのか。まぁいいな、こういうの。こういう瞬間を味わうとつくづく思う。見えていたらいいのにと。

 そしてなんとかわたりんを泣き止まらせて早川先生を引き留めてみんなでパシャリ。クラスラインで送ったらしいから慎に保存してもらおう。


「じゃあその賞状は渡、明日持ってきてくれな。教室に飾るからな」


「はい」


 賞状は先生が持って行くんじゃないのか。まぁいい記念だしな。みんなの手に一度渡ってから教室にってのも悪くない。ちなみに本渡先生はまた別のクラスの写真撮影に行った。大変そう、多分いつもの倍以上は動いてると思う。


× × ×


 先生から賞状を入れる筒をもらって解散になった。おとなしく家帰れよとは言われたが


「はい! せっかくこっち来たんだからどっか寄ろう!」


「おとなしく帰れって言われたじゃねぇか」


 そうなるとは思ってた。こうなったら意地でも電話して無理やりにでも迎え来させれば・・・


「電話繋がんねぇ」


「残業でもしてるんじゃないか?」


「じゃあどっか寄ろう!」


「仕方ねぇ。ものすごく嫌だが電車で帰るか」


「今の時間って絶対混んでるぞ」


「じゃあどっか寄ろう!」


 まずい。俺が帰ろうとしているのにさっきから慎に否定されて、ココがどっかに行くことを強く勧めている。このままじゃココの圧にのまれてしまう。


「みんな、勝ったー!」


「勝ちましたー!」「お、おー?」


「何だよ、自慢しに来たのか」


 これからどうするか議論してる中、アオと雛、咲彩が合流した。俺たちを目の前に勝ったことを誇張するな。わかってるから。


「ねぇアオとひなっちとさーちゃんも! どっか寄ろう!」


「確かに、寄りたい気分ね」「まぁあまり遅くならなければいいですよ」


 なんかアオと雛も乗り気だ。そうだ、他のやつの意見を聞いていない。まだどっか寄るほうが少数派だ。


「よしみんな。とりあえず健ちゃんと駿は連行してきたぞ」


「まぁ今日くらいなら」「俺はいいなんて一言も言ってないぞ」


「そんな堅いこと言わずにさ」


 佐藤はともかく駿まで連れてきたのか。また大所帯になる予感がしてきたぞ。


「わたりんは?」


「よりたい!」


 ヤバイ、どっか寄る派が増えてきたぞ。こうなったらまだ中立を保っている人を説得するしかない。


「今何時だよ。明日だって学校あるんだぞ。寄る暇なんかねぇだろ」


「暇がなければ作るまでよ! 決まった! これ私の好きなアニメの名セリフね」


 橋倉はそんな気がしてた。あとまだ賛成してないのは駿と咲彩と佳那、尾鷲か。


「夢ちゃんも連れてきたよー!」


「おいこら、人増やすな」


 俺の知らないところで慎とココが色んな人を勧誘している。これは良くない。本当によくない。


「うちも行っていいの?」「もっちろんだよー」


「どっかってどこ寄るのよ。それ次第じゃ私行かないわよ」


「かなは融通が利かないですね。妥協という言葉を覚えたほうがいいですよ」


「それくらい知ってるわよ!」


「負けた方は勝った方の言うことを聞かなくちゃダメって自分で言ったんじゃないんですか」


「ぐぬぬ・・・」


 佳那は逆らえなかった。ていうかその法則9組全員に通るじゃん。雛のやつ、弱点を的確に射抜いてくる。でもそれで挫けてはダメだ。佳那の懸念、どこに行くかが全くわかっていない。


「負けんなよ。で、結局どこ行くんだよ」


「ここで光ちゃんに問題です! 今日は何の日でしょう?」


 何かココから突然問題が出された。今日は何の日か? そんなの言うまでもない。


「合唱コンクール当日」「ブッブー! ざんねーん!」


「何でだよ。間違ってねぇじゃねぇか。それと何か腹立つな」


 ココの言い方が完全に俺を煽った言い方だ。慎とかアオほどじゃないが。あと何人か笑ってるの知ってるぞ。具体的にはアオ、尾鷲、慎。


「さぁ何でしょう」


 くそっ、何の日か? 今日は確か7月7日・・・あ、そういうことね。でもあれだな。ただ普通に答え言うのもあれだな。こうなったら過去の7月7日を思い出して何か印象にあったことでも言うか。うーん・・・・・・あ! 思い出した!


「慎が遊びに行った帰りで突然いなくなってみんなで探し行った日だ」


「全然ちがーう!」


「光ちゃん、わざとだろそれ」


「何だよ。ここはよく覚えてたなって言われるべきところだぞ」


「よし! 光ちゃんはこの後どこまでも連れ回すからな」


 もういいよ。言っても言わなくてもそうなることはほぼ確定だったんだし。ただね慎、圧が伝わるよ。怒ることないじゃん。ちょっと恥ずかしい話だってだけなのに。怒るなら今のエピソードを聞いて噴いているやつを怒れ。


「むぅー、さーちゃん! 光ちゃんに答えを言って教えてあげて!」


「今日か・・・ああ、わたりんが短冊にすごいこと書いた日か」


「さーちゃん!」


 今の俺たちのやり取りが気に入ったのか、咲彩も真似をした。何だすごいことって。ちょっと気になったぞ。でもそれ言ってわたりんが怒らないわけがないですよね。今は咲彩を思いっきり揺すっているらしい。


「みんなして知らないようだからもう私が教えちゃうよ。今日は———」


「七夕だろ」「七夕でしょ」「七夕ですね」「七夕!」


「知ってたの⁉ むぅー」


「驚くなよ。逆に知らねぇ方がおかしい」


「そうですね。というか何ですかこの全員でココさんを嵌めた感じ」


 いや、雛の言うことは間違っていない。ていうかやっていたのは俺だけかと思っていたが結局他のやつも同じこと考えていたのか。


「もういいもん!」


 なんかココ怒ってるな。で、怒ってるのはいいとして俺の手を勢い良く引っ張るのはやめて。また転ぶよ。


 歩いて少し、どうやら目的の場所に着いたようだ。歩いた時間は・・・10分くらい?


「わあー! きれい!」「へぇ」「大きい」「これは・・・映える!」


 俺何もわかってないんですけど。ここどこ? 何がどうなってるの?


「久しぶりに来たね。いつもは普通の商店街なんだけど七夕の時期になるとアーケードに飾り付けがされてきれいなんだよ」


 佐藤、説明どうもです。おかげでようやくわかった。七夕の飾りがされた商店街ね。さてはココ、合唱コンクールの前からここ狙ってたな。

 周りの様子はとても賑やかだ。車の走る音ではなく人々が話す声が埋め尽くしている。これあれだな、俺ら以外にも合唱コンクール終わってこっち来てる人いるな。


「あ! 短冊! ねぇねぇみんなで願い事書こうよ!」


「・・・俺書けねぇよ」


「仕方ないな。俺が書いてやるよ」


 いや、そういうことじゃない。願い事って他人が書いたらそいつのものになるんじゃねぇの? だから俺が書かないと意味がない。


「俺が書かねぇと意味ねぇだろ」「じゃあれだな、光ちゃんがちゃんと書けるようにサポートしないとな」


 なんか今馬鹿にされたような気がしたんだがまぁいい。てなことでみんなで願い事を書くことになった。前向きだった人、後ろ向きだった人関係なしで強制参加だ。しかもみんなに見せるという公開処刑ももれなくついてくる。残念駿。

 とはいえ願い事なぁ・・・、合唱コンクール頑張るはもう使えないしな。それなら合唱コンクール前に来ればよかったじゃん。もう終わったから何を言っても無駄だが。うーん・・・もうこうなったらあれだな。万人受けする願い事でも書くか。


 少しして全員が書いた内容を見せるときが来た。何でこんな公共の場で発表会みたいなことしなきゃなんねぇんだよ。


「まずは私から! じゃじゃーん! 頭良くなりたい!」


 うん、多分俺以外の全員も同じこと考えてると思う。願い事でそんなこと叶うわけねぇだろ。頭良くなるには努力が必須だ。それ書いてる時点で頭悪いって言ってるようなもんじゃん。まぁココ本人は至って真面目に書いてるっぽいから言わないでおこう。あと今の聞いて何人か俺と同じようなこと言ってるからそっちに任せよう。


「次は私。期末テスト1位!」


 葵の方が現実的だな。ていうか聞いてて思う。これ神社の願掛けか何かか? 願い事の内容が完全にそんな感じなんだよなぁ。


「よし、次は俺。次の大会でゴールを決めるだ。で、駿は?」


「同じだ。ほら」


 慎と駿は同じ。まぁサッカー部だからだな。でもゴールを決めたいじゃなくて決めるって言ってることからも志の高さがうかがえる。


「それでは次、マナが行くよー! だーん! バンドで世界一!」


 橋倉のは夢だな。まぁこっちが普通といえば普通だが。まぁいいか、目標は高く持っておいて損はない。


「次は雛です。お願いですから身長を伸ばしてください」


 絶対そんなことだろうと思った。身長を神頼みするとかもうよっぽどだな。切実すぎる。後々の人言いにくくなったぞこれ。


「ふん、雛はみじめね。私はこれよ。ズッ友!」


 佳那が的確なことを言ったようで女子数名が「それがあったー!」って頭抱えてる。特にみじめって言われた雛は佳那の書いた短冊を取り上げようとしている。はい質問、ズッ友って何? ・・・なるほど、慎曰くずっと友達の略だそうだ。確かに的確で断トツで真面目。佳那からあまり出てこなそうな言葉だ。


「うちも同じ。みんなずっと友達」


 和田も同じだったか。まぁ和田の方が違和感ないな。それと比べて皆さん私利私欲が過ぎると思いますが。


「私も同じだ。ズッ友」「なるほど。かな、ふららんのものをパクりましたね」「パクってないわよ! たまたま同じになっただけだし!」


 絶対パクっただろ。一字一句変わんねぇじゃん。やっぱり佳那からそんな言葉が出てくることはなかったんだな。


「私は・・・テニスで全国行くだ」


 いや、願い事しなくても咲彩なら絶対いけるよ。するまでもないよ。もうちょっと高く設定してもよかったと思う。


「僕はこれかな。テスト1位と部活を頑張る」


 佐藤のやつ欲深いな。一つじゃないじゃん。テスト1位って同じこと書いた葵を見てみろ。完全に敵に回したからな。さてと、じゃあ次俺行く———


「わたしこれ。けんかしないで、みんななかよくけんおうでいられますように」


 わたりんに先越された。あともう一つ。わたりんのそれ、満点回答。結局はそれにいきつく。他の人から拍手も起きている。でもな、今の総括だろ。だったら俺先の方がよかったと思うが。これは完全に後回しにした俺の一人負けだ。


「最後は俺か。健康と安全第一」


 俺が言うから説得力がある。何をするにも健康じゃなきゃ意味がないし安全に出来なければ俺みたいなことになる。というわけで俺も総括みたいなことを書いたわけなのだが、堅苦しいとか工事現場のうたい文句とか言うのやめて。ちなみに前者は葵、後者は雛が言った。何だよ工事現場のうたい文句って。大事なことなんだぞ。

 そして各々書いた短冊を飾ってこれで終了———


「マックいこー!」「おー!」


 終わんないのかい。マック? 今から行くの? えー・・・


「さすがに遅くなるからそれはちょっと」


「私も今はあまりジャンキーなもの食べられないから」


「ていうか今何時だよ。さすがに帰らねぇと明日来れねぇぞ」


 俺の他にも反対してくれる人がいた。佐藤、咲彩、いいぞ。


「むぅー」


「そうですね。雛さっきこの辺を巡回している先生を見ましたからあまり寄り道してると怒られそうですし」


 ココ、むくれてもダメだ。雛の言う通りだ。見つかって怒られるのは嫌だからな。


 で、そんな人たちが否定してくれたおかげでこれでようやく解散になった。とりあえずこの場で別れるのは佐藤、駿、葵、雛、佳那、尾鷲だ。他の面々はとりあえず駅までご一緒だ。その駅から俺たちは南の方へ行くのだが反対に北の方に行くのは橋倉だ。逆に俺たちが降りる駅のさらに南の方に行くのは和田。

 そして電車に乗ったのだがまぁ俺とココは前回のことがあるから注意して乗るわな。変に俺に気を遣っていたから慎に感づかれていそうだが。でも言ってこないだけまだいい。電車の中だがとりあえずピークは越えた。でも座ることは出来なかった。まぁそんな長い間乗ってるわけじゃないからいいけど。

 最寄り駅に着いて和田と別れて駅構内を俺と慎、ココ、わたりん、咲彩の5人で歩いていく。いつもいるメンバーでしかも家もそんな遠くないのにこの5人で帰るのって今日が初めてだな。


「帰ってきましたー!」


「長かった・・・」


 今日は特に長く感じた。まだ家にも帰れてないし。もう疲れた。


「合唱コンクールも終わったことだし、明日からは勉強だな」


「べん・・・きょう・・・」


 ショック受けたような声だな。しかもココだけかと思いきや咲彩も同じタイミングで同じような声を出していた。勉強ね、少し前に慎から言われたからまぁ始めてはいるが何せ範囲が広い。はぁ・・・嫌だなぁ。


「そういえばさーちゃんと健ちゃんは大会なんだよな?」


「ああ。金曜土曜の二日間だ」


「そうなの? は! さっきの短冊にさーちゃんのこと書いとけばよかったー」


 今更遅いぞ。自分で書いてたからいいじゃん。


「さーちゃん頑張れー!」「あ、ああ」


「近所迷惑だからやめろ」


 もし見えていたらココの頭をどついてやった。うるさい。もう夜だぞ。咲彩だって戸惑ってるじゃねぇか。


「べんこうだいじょぶなの?」


 わたりんが咲彩に聞いている。俺もそれは気になる。こんな時期に大会やって大丈夫なの?


「ああ。大会にも勉強道具持って行くつもりだからな」


「なんだそれ、そんなんで大会集中できるのかよ」


「私はオンオフの切り替えが上手いと言われているから問題ない」


「そうですか」


 なら俺は心配しないぞ。でもオンオフの切り替えが上手いのは頷ける。だっていつもの感じと体育とかやってるときの顔つきとかまるで違うらしいから。


「じゃああれか。金曜はさーちゃんと健ちゃんがいないってことだよな」


「そうなるな」


「え⁉ いないの⁉」


「そんなに驚くことかよ」


 大会が土日にあればいいのだがそんなスケジュール上手く合わせられないよな。特にこれから先の期間は色んな部活が大会だ何だで休むことが増える。でもこの休みってちゃんと理由があって休むことになるから欠席扱いにはならないんだよな。今度の金曜土曜ならまだいい。一番ヤバいのは来週の木曜金曜と大会が被るパターンだ。もしそんなことになったら次の週の月曜火曜に期末の追試をやることになる。そんなことしたくない。勉強の時間が長くなる。どうせやらなきゃいけないんだったら一刻も早く終わしたい。


「そうだ慎、お前らの試合はいつだよ」


「俺? 今度の土曜だぞ」


「同じ日かよ」


 被ってるのか。せめてもの救いは金曜いるという点か。もし金曜もってなってたら俺が孤立することになる。それは嫌だ。耐えられん。


「まぁ適当に応援しとくわ」


「てきとうはだめ!」


 ココじゃなくてわたりんに怒られた。悪かったよ。適当って言ったのはミスだった。だからそんな詰め寄ってこないで。圧が・・・


「お、三人はそっちか。じゃあ俺らはこっちだから」


「うん、バイバイ!」「またね」「またな」


「じゃあな」「おう」


 分かれ道を俺と慎、ココとわたりんと咲彩で反対に進んでいく。慎と二人か。またなんかいろいろ聞かれそうだな。


「そうだ、明日って集まりあったよな。忘れるなよ光ちゃん」


「嫌なこと思い出させるなよ」


 可能なら行きたくない。先週に引き続いて。ていうかつくづく思う。俺いらないじゃんって。


「まぁいいじゃんよ。あとそうだ。勉強は今どんな感じなんだ? 俺が部活でいない間とかサボってないよな?」


「サボってねぇし。つかそんなことしたらあいつらに怒られるし。お前は知らねぇと思うが俺とかココとか磔状態だからな。完全に監視されてるからサボれねぇよ。特に葵とわたりんは逃がす気ゼロだ。決められた時間までみっちりやらされてるよ。そのせいでココがあんな勉強にナーバスになってんだ」


「そういうことか」


 そういうことだ。前回は俺口頭でしか出来ないってことと時間が足りないことを理由に別の部屋で勉強していたが今回は時間的余裕もあるし要領も得ている。ということで俺とココは葵とわたりんにしごかれている。学年2位と6位からしごかれて嬉しいじゃんって思う人もいるかもしれないが地獄ですよ。あと、目の見えない俺とココが学力同レベルってのも相まってマンフォーマン状態だ。2対2だからマンツーマンではない。一方の雛、佳那、尾鷲は静かに・・・あ、佳那はうるさかったな。でも尾鷲が想像以上に頭良かったので雛と佳那に教えている感じだ。また他方、俺の対戦相手になる予定の和田はよくわからない。でもちゃんと勉強はしているらしい。その点、テスト期間しか勉強しない俺やココより随分マシだ。またまた他方、橋倉だがあいつは今回のテストを捨てているのか、それとも相手がココだから余裕なのか。勉強そっちのけでバンド活動をしている。「1週間前からやればオッケー!」とか余裕そうなこと言っていたが、そんなこと言えるような範囲じゃないぞ。俺の知っている情報はとりあえずこんなところだ。部活勢は・・・そうだ。ここに慎がいた。


「お前らはどうなんだ? 部活勢は?」


「まぁとりあえず俺はやってるな。光ちゃんと違ってな」


「はいはい」


「でもな光ちゃん、いい話があるんだよ」


「いい話?」


 テスト勉強にいい話も何もない気がするのだが。ただただ悪い事しかないぞ。


「これ絶対言うなよ」


 慎に念を押されたな。何だ?


「実は今回のテスト勉強、健ちゃんと咲彩がマンツーマンでしてるんだよ」


「は? 嘘⁉ マジ⁉」


 これはいい話だ。これはあれだ。メシウマな話だ。俺も飛びついたが葵も飛びつきそうな話だ。


「ちなみに、それ提案したの俺な」


「よくやった慎!」


 これはナイスプレー。最高じゃん。これは後々の展開に目が離せない。勉強なんかしてないでそっちの経過観察をしたい。


「いやな、光ちゃんがよく言う部活組、俺と健ちゃん、さーちゃんと駿の4人で帰ることがよくあるんだけどよ。そこで俺が上手ーく提案したんだよ。そしたら二人ともいいって言ってな。あれはマジ驚いたわ」


「で、その後は?」


「順調にテスト勉強を進めているらしいぞ。ラインとか電話で教え合ったりしてな」


 アツアツじゃねぇか! やべぇ、今後あの二人を前にするとにやけちゃいそう。


「で、ここからは俺の推測なんだけど、さっきさーちゃん大会に勉強道具持ってくって言ったよな。てことはだ。空き時間に誰からその勉強を教わるかだよ」


「へぇ、めっちゃ面白れぇなそれ」


「だろ。これは次のテストの結果が楽しみだな」


 全くそうだ。これでもし咲彩のテストの点数が爆上がりでもしたらこれはもう成功エピソードの一つとしてカウントするしかないでしょ。


「それ話したってことは俺も協力しろってことでいいんだよな?」


「そういうことだ。でも光ちゃんだけだと心許ないからな。あとはアオにでも協力を仰ぐつもりだ」


「あいつなら確実に協力するな。そういう話好きだし」


 なるほどね。あの二人が。確かうちの学校には自習室があったはず。じゃなかったらあの二人の別荘・・・見つかったらどうすんだ? ああそんなの知らん! とにかく二人になれる環境を作ってやんないとダメだよな。あとはあの二人とココやわたりん他諸々をどう引き離すかだが・・・よし! 明日協議しよう。幸い明日俺と慎、葵が集まる用事がある。それが終わった後にでも協議だ。


「光ちゃん、もっと聞きたいだろうけど残念。もう家着いちゃったぞ」


「くそ、明日集まりが終わった後にでも追加で聞くわ」


「ああ、じゃあな」「おう」


 合唱コンクール終わって疲れたーってなってたが最後の慎の暴露で疲れが全部吹っ飛んだ。これは明日からが楽しみだ。

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