それぞれの視点 七瀬奈々ver. - 93日目 -

 今日は合唱コンクール。本当は出たかった。でも今私がいるのは病院のベッドの上。でも出れなくても皆さんの参加している様子を見ることが出来た。

 前日、本渡先生から電話があった。


「あ、奈々ちゃん? 保健室の本渡先生よ」


 お母さんから渡された電話に出るとこう返ってきた。


「はい」


「えっと、奈々ちゃんは明日合唱コンクールがあることは知ってる?」


「はい、知ってます。でも、出れないですよ」


「そうね。出れない。でも、参加することは出来るわよ」


 出れないのに参加できる? 本渡先生の言っていることがよくわからなかった。どういうことなんだろう。


「奈々ちゃん。オンラインライブって知ってる?」


「・・・はい」


「ズームとかを使って会場の様子を奈々ちゃんのスマホに送ることが出来るのよ」


「えっと、それってつまり」


「奈々ちゃんも会場の様子を見ることが出来るってことよ」


「本当ですか⁉」


 びっくりした。もし見れるのなら見たい。歌えなくてもみんなと参加したい。


「でもそのためにはアプリをダウンロードしなくちゃいけないんだけど」


「やります! すぐやります! ちょっと待ってください」


 そう言って自分のスマホを大急ぎで立ち上げた。そして本渡先生の言う通りズームというアプリをダウンロードしてやり方を教わった。


「明日の様子はこのアプリを通してみることが出来るからね。ちなみに、撮影するのは私だから見づらいとか何かあったら言ってくれていいわよ」


「ありがとうございます」


 やった! みんなと参加することが出来る。嬉しかった。私のクラスのみんなの様子を見ることが出来る。他のクラスの様子も見ることが出来る。先輩方も見ることが出来る。


 そして今日、始まる時間にアプリをログインすると会場の様子が映し出されていた。わぁ・・・すごい、こんなところでやってるんだ。

 厳かな雰囲気、照明もあまりなく、そんな中ステージが照らされている。あ、何かファイルがある。それを開いてみると今日のスケジュールだった。私のクラスもある。これ歌うんだ。先輩方・・・って2年9組最後⁉ 大変そう。でも楽しみ。先輩方は色んなことをやってくれるからもしかしたら今回も・・・。


 開演して少し、まず最初に注目したのはアオ先輩とひなっち先輩、あとさーちゃん先輩がいる2年7組。嘘⁉ 伴奏者二人⁉ どうやってやってるの? よく見てみると連弾っぽい感じだった。圧倒された。そのピアノもそうだけど皆さんもすごく緊張しているのが画面越しでも伝わってきた。でも、歌すごい。上手。どう言ったらいいかわからないけどすごい。あ、そう、統一感があるだ。相当練習した感じが伝わってきた。・・・終わった。すごかった。拍手しよ。

 次は私のクラスだ。本当だったら私もあのステージに立って歌うはずだった。そう思うと少し寂しい感じがした。ううん、ネガティブに捉えちゃダメ。先輩もそう言ってたから。幸いここは個室。周りにも人はいない。歌も知っている歌だった。だからちょっと口ずさんでもいいよね。今まで見て来たみんながすごく緊張した感じで歌っているのが伝わってくる。でもその中で精一杯成果を発揮している姿を見れた。距離はあるけれど一体となってる感じがした。あ、終わった。拍手! あれ? なにこれ? 私、泣いてるの? 何で? よくわかんない。嬉しいのかな? よかったからなのかな? 感動したからなのかな? よくわからないけど涙が止まらない。

 少ししてようやく涙が止まった。ふぅ・・・、そのあとそんな時間が経たないうちにお昼休憩になった。そこでライブ配信も一時的に切れる。


「奈々ちゃーん、お昼の時間ですよ。あと体温も測っちゃいましょうか」


 看護師さんが来た。


「奈々ちゃん、今日はすごく楽しそうね。歌うたっちゃって」


「え⁉ ちょっ⁉ き、聞こえてましたか⁉」


「ごめんね。聞くつもりじゃなかったんだけどね」


「うぅー・・・」


 すごく恥ずかしい。まさか聞こえていたなんて。私の下手な歌聞かれちゃったよー! もう看護師さんの顔見れない。


「ほらほら、あんまり恥ずかしがってると体温上がっちゃいますよ」


 そんなこと言われたってどうしようもないですよー!


「うん、これくらいなら許容範囲ね。37.0℃」


 いつもより高い。いつもは36.5℃くらいなのに。看護師さんのせいだ。私を恥ずかしがらせたせいだ。


「午後はリハビリだからね。しっかり食べてちょうだい」


 午後、あ、そうだ。


「すみません。リハビリの時間なんですけどちょっとずらしていただけませんか?」


 そう言って看護師さんに経緯を話す。すると、


「終わってからだと遅くなっちゃうけど大丈夫?」


「はい! 大丈夫です!」


 時間が遅くなるくらいなら大丈夫。それに、これから退院して普通の生活に戻るのなら体を動かせる時間も増やしていく必要もある。だからちょっと遅い時間にやって体を慣らす必要もあるし。


 お昼休憩も終わってまたアプリを開くともうすでに始まっていた。でも私のクラス終わっちゃったし光ちゃん先輩たち2年9組は最後だから時間がある。他にクラスの発表も聞いていくと個性的なところもいくつかあった。私歌はそんなに詳しくないけどインパクトはすごかった。


 そこから3時間くらい経ったと思う。もっと経ってるかな。いよいよ光ちゃん先輩たちが移動していった。いよいよだ。先輩たちはどんな風に歌うんだろう。

 2年9組の名前が呼ばれてそのクラスの人たちがステージに移動してきた。先頭はわたりん先輩とふららん先輩だ。その後ろに他のクラスに人も続いている。その中にはココ先輩、佳那先輩、和田先輩、マナ先輩、佐藤先輩、瀬戸先輩、そして光ちゃん先輩もいた。光ちゃん先輩は瀬戸先輩の肩を持って歩いている。歌うとは聞いていたけど本当なんだ。すごい。曲名が発表されてわたりん先輩とふららん先輩が一緒にお辞儀する。あれ? 今までのクラスと立ち位置が違う。あ、そっか。わたりん先輩のことがあるからか。でも私も最初に聞いた時は驚いた。わたりん先輩が指揮者だなんて。わたりん先輩の指揮と同時にふららん先輩がピアノを弾き始めた。ほどなくして皆さんも歌い始めた。その姿を見て私は圧倒された。私だからわかる。今皆さんがやっていることのすごさが。だってわたりん先輩の指揮全然ズレてないしふららん先輩歌うまいし。そして光ちゃん先輩もズレずに歌っている。今皆さんは誰も出来ないだろうと思うことをやっている。本当にすごい。でもこれだけじゃなかった。後半になってわたりん先輩が観客席の方を向いて指揮を振り始めた。嘘・・・、わたりん先輩、すごい。多分私が思ってる以上にすごいことを今やっている。観客席の方を向いて指揮を振るということは皆さんの顔が見えない。ピアノも見えない。見えているのは観客の視線。そして聞こえていないのだから今どこを演奏しているのかもわからなくなるはず。なのに、全然ズレることなく指揮を振っていた。そのまま最後まで行って、演奏を終えた。ただただすごかった。今気づいたけど知らない間に私は手を握ってどうか間違えないようにって祈っていた。それほどまでにこの演奏に魅入られていた。


 ほどなくして全クラスの演奏が終わって少しの間休憩時間に入った。私の頭からはあの演奏がずっと流れて離れない。それほどまでに衝撃的だった。この衝撃も今だから出来る。皆さんは障がい者の壁を壊してくれた。そんな気がした。

 そして結果発表、私は全クラスに金賞をあげたいけどしっかり順位はつけられる。その結果は私たちのクラスは賞を取れなかった。でも私はそれでも嬉しかった。見れただけでもよかった。もしかしたらということもあったし、本渡先生がライブ配信をやってくれなければそもそも見れなかった。だからこの機会をくれた皆さんには本当に感謝したい。一方の先輩方は2年9組が銅賞、7組が銀賞になった。どっちもすごかったし、うん。リハビリ終わったら皆さんにお祝いの言葉を送ろう。


「奈々ちゃん。そろそろ時間よ」


「はい、お願いします!」


 私が行うリハビリは落ちた体力を戻すことが中心だ。1か月、あまり長いようには感じないけどその間にも私の体力はものすごく落ちている。それだけじゃない、今まで運動が出来なかったからそれが出来るようになった今「リハビリというのは基礎体力をつけることだよ」と看護師さんから教わった。今も歩くこと、ちょっと走ることをやっている。でもちょっとやってすぐ疲れちゃう。退院までに何とかしなくちゃ、絶対に!

 リハビリをする部屋にはほかにも様々な器具が置かれている。でもその中の一角、いつもと違うものが置いてあった。


「今日、七夕だ」


 そこにはいくつかの短冊がかかった笹が置かれていた。そうだ。


「すみません。ちょっとだけいいですか?」


 そう言って笹の置かれているところに歩いていく。すでにかかっている短冊をいくつか見てみると書かれていたのは「病気が早く治りますように」「パパとママに会いたい」こういったものだった。それを見て私は書くのを少しためらった。私はまだ完全じゃないけど治りつつある。そんな私がまだ何か願うのは独りよがりな気がした。強欲な気がした。だから私は二つ書くことにした。一つは「皆さんといっぱい走りたい」これは私の個人的な願い。そしてもう一つはこう書いた。

 「みんなの願いが一つでも多く叶いますように」


× × ×


 辛いリハビリと夕飯の後、あ、そうだ。連絡連絡。“皆さんお疲れ様です。合唱コンクール見ました。すごかったです”と。うわっ! 電話電話!


“奈々ちゃーん! 見てたのー?”


「あ、はい。見てました。すごかったですほんと。感動しちゃいました」


 連絡して10秒も経ってないのにココ先輩から電話が来た。早い。


“えへへー。でも一番すごかったのはわたりんだからね”


「はい。わたりんさんは本当に。えっと、言葉で言い表せないくらいすごかったです」


 本当にすごかった。だからありのままの感想をココ先輩に言った。そのあと少し話をした後電話を終えた。あ、わたりん先輩からメッセージ、ひなっち先輩も、瀬戸先輩も。ああ、また電話!


“奈々ちゃん勝ったよー!”


「はい、アオ先輩もすごかったです。連弾なんて驚きました。驚きというよりカッコよかったですね」


“カッコよかった・・・そんなことないって”


「いえいえ。画面越しからでもわかりました。すごさが」


 アオ先輩とまた少し話をして電話を終える。また電話、ああ処理が追い付かない!

 結局電話で連絡が来たのはココ先輩、アオ先輩、佳那先輩、マナ先輩、さーちゃん先輩。さーちゃん先輩はSAKU-KAYOの二人にも繋いでもらった。メッセージが来たのはわたりん先輩、ひなっち先輩、瀬戸先輩、佐藤先輩、ふららん先輩、和田先輩。でもまだ来てない人がいる。あ、電話。


“奈々ー元気かー?”


「あ、はい! 元気です、光ちゃん先輩!」


 最後の最後に光ちゃん先輩から電話で連絡が来た。


“ああ、この時間になったのはちゃんと理由があるからな。どうせ他のやつも電話とかいろいろ連絡してるだろうからな。時間を空けてしたんだよ”


「そうだったんですか、確かにさっきまでいろんな人からの電話とかメッセージとかでてんてこ舞いでしたから」


“だろ。そういうわけだ。で、何、合唱コンクール見てたの”


「はい。最初から最後まで!」


“じゃあそんな奈々に質問だ。ぶっちゃけどのクラスが一番よかったと思う?”


 どのクラス・・・それはもちろん


「光ちゃん先輩のクラスです。嘘じゃないですよ」


“だよな。あれだけやっておきながら銅賞っておかしいよな”


「全くです。光ちゃん先輩のクラスは金賞どころかプラチナ賞あげてもいいくらいです」


“いや、さすがにそこまで高望みしちゃいねぇが”


「あ、すみません。また一人で」


“いや、今回は奈々の言うことに一理ある。さすがにプラチナ賞はねぇけどせめて銀賞、あともしあるんなら審査員特別賞くらいいってもいいんじゃねぇかと思ってよ”


「本当です。光ちゃん先輩が歌っている姿も、わたりん先輩が指揮を振っている姿もすごくカッコよかったですから。輝いてましたから!」


“だよな。俺はどうか知らねぇがわたりんの頑張りをもうちょっと汲んでくれてもいいじゃねぇかと思うんだよ俺は”


「その通りです! 先輩、私が退院したら審査員に直訴しに行きましょう」


“何か奈々も俺に似てきたな”「そうですか? それは嬉しいです」“いや、褒めてねぇぞ”


そんな感じで光ちゃん先輩とお話をしていると


“おい、今話しt———。奈々先輩”


「はい!」


 急に声が変わったから一瞬びっくりした。でもすぐにかえでさんということが分かった。


“その・・・えっと・・・お土産。どうでした?”


「あ、お土産。おいしかったです。ありがとうございます」


“そうですか・・・はいお兄ちゃん。あ? それだけかよ。わりぃなかえでが”


「いえ、久しぶりにかえでさんの声を聞いて嬉しいです」


“別に聞いてて嬉しくなるような声でもねぇぞ。俺なんか毎日きいでっ!”


「光ちゃん先輩⁉ 大丈夫ですか⁉」


“ああ、かえでにぶったたかれただけだから大丈夫だ。そうだ、退院日とかはもうわかったか?”


「えっとまだ正確には決まっていませんが今月中なのはほぼ間違いないです」


“そうか。じゃあその日がわかったらまた連絡してくれ。あとそうだ、もう聞いてるかもしんねぇが合唱コンクールが終わってお見舞い行けるかと思ったら今度は期末が待ってるからまた行けそうにねぇや。ほんとに悪いな”


「いえいえそんな。声聞けただけでも嬉しいです」


“そういえば奈々は期末どうすんだ?”


「あ、期末ですか・・・えっと・・・よくわかりません」


“なんか聞いちゃいけないこと聞いた気がしたな。すまん”


 そんな感じでお話をしていって夜が更けていった。

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