それぞれの視点 瀬戸慎ver. - 86日目 -
いやーおとといの光ちゃんは傑作だった! あんな見事に演じるなんてな。みんながマジで心配してる姿とか見てもうおかしくって。でもそのせいで昨日は女性陣に無視されまくったんだけどな。まぁでも光ちゃんも光ちゃんで他の人をからかえるほどここの居心地はいいってことだよな。それに、引っ掛かったほうも仕返しするくらいだから本気で嫌がってはいなそうだったしな。まぁなんだ、よくあるお遊びって感じだったな。
さて、今日で6月も最後だ。長いようで短いな。雨は最近降ってない。もう梅雨開けたんじゃって思うんだけどそう簡単に開けないよな。でも、梅雨の中数少ない晴れ間。そして今日は運のいいことに水曜日。何で水曜日なのかはこの後わかる。で、今日晴れるってことだからあらかじめ光ちゃんのお母さんには連絡しておいた。だから大丈夫なはずだ。
朝練が終わって教室に行くと昨日無視していた女性陣が挨拶してきた。まぁとりあえずよかったってことで。と、聞いとかないとな
「光ちゃん・・・お、持ってきてるな。よかったよかった」
「持ってきてるなじゃねぇよ。何で今日晴れるんだよ。いじめか。天気が俺をいじめてるのか? 降ってほしくねぇときに降って、今日みたいな日に晴れるって」
「それは光ちゃんの日頃の行いだな」
「俺そんなバチ当たるようなことしてねぇぞ」
「一昨日してただろ」
「あれはお前も共犯だろ」
「いいから、光ちゃん。逃げんなよ」
犬に無理矢理会わせられたときの雪辱を晴らす。だからその時光ちゃんが俺に言った言葉と同じ言葉を言って光ちゃんの肩を叩く。それに光ちゃんは舌打ちしながらも否定はしていない。そうそう、素直に応じればいい。犬と違って授業は逃げられないからな。
× × ×
その後も雨は降ることなく気温は上がる一方。というわけであの授業。水泳の授業は予定通り行われることとなった。
「今からでも保健室に行きてぇ」
「約束破るのか光ちゃん。そんなに薄情なのか。俺はあの犬と相対したってのによ」
「犬なんかタカが知れてるじゃねぇか」
「まぁまぁ。先生にも言っちゃったことだし」
佐藤が事前に体育の教科担当の人。具体的には蒼井駿と一緒に今日光ちゃんも参加するって言ってくれたから光ちゃんは強制参加だ。これで光ちゃんの水嫌いもちょっとは克服できるといいんだけどな。
プールサイドに行ったのは俺たちが結構最後の方だった。まぁ光ちゃんの着替え手伝ってたらこうなるよな。ああそうか、みんなは知らないか。光ちゃんが体育をやるときの着替えは毎回俺が手伝ってる。そのせいか遠藤とかから言われたりするんだけどあいつは睨んでおけば大丈夫だしな。それに、光ちゃんの裸なんて子供のころから見てきてるしな。そら互いの家行って泊まったりしてればそうなるよな。だから別にその辺の事には一切抵抗がない。これじゃもう保護者だな。
話を戻そう。水泳の授業は例年レーンを半分に分けて半分を女子、半分を男子が使うことになっている。そして水泳の授業はまぁ一応男女分かれるが結局はプールサイドで会うからな。一部の高校だと男女完全に別でどっちかが水泳の授業をやっているときはどっちかは体育館でやるってこともあるのだろうがここは違う。以前先生に聞いてみたのだがそんなことをしていたら授業日数が足りなくなると言われた。何でも一年間ある体育の中で水泳の授業というものは必ず何回か回数を確保する必要があるらしい。だからその回数に足りていない人は放課後とか夏休みとか使って補修が行われる。光ちゃんは目が見えないから例外的に水泳の授業から逃れてきたけどもう逃がさないからな。ていうか毎回思うんだけど
「光ちゃんって本当に帰宅部だよな。何で運動部並みに体つきいいんだよ」
「あ? 知るかよそんなの。俺は暇なときに筋トレやってるただの帰宅部だ」
「絶対その筋トレだよね。光ちゃんのその体の源」
見事なまでのシックスパックと上腕二頭筋、胸筋背筋もかなりついてるし脚の筋肉も、これで帰宅部って方が驚きだ。根本や新藤よりも普通にあるぞこれ。
で、それを見て驚いているのはもう一クラスの人にもいて光ちゃんは注目の的だ。本人は気づいてなさそうだけどな。
先生が来て準備体操を行ったのちにスタート地点に移動する。今日やるのは最初だし水に慣れるかって意味で最初から最後までとりあえず泳いでみろってものだった。タイム測らないだけまだ楽かな。よし、俺も泳ぐか。クロール25メートルくらいなら息継ぎなしで行けるな。光ちゃんは先生がついてるから何とかなるだろ。でも不安だからノルマを早く終わらせよう。
そして速攻で今日言われたノルマを終わらせて光ちゃんの補助に入る。
「先生、光ちゃんなら俺に任せてください」
「わかった。でもあまり無理はするなよ」
先生はそう言って少し離れたところで他の人の指導に入る。さてと
「光ちゃん、怖くないのか」
プールサイドにしゃがんで光ちゃんに話しかけると
「おいコラ馬鹿にしてんのか」
「必死に壁掴んでる状態で言われても説得力ないんだよなぁ」
しゃがんでる俺の目の前で壁を放すまいと必死になっている光ちゃんを見ると子供の頃を思い出す。あの時はこれくらいしか勝てるの無かったなぁ。おっと
「とりあえずその手を放せよ。あんま心配するな。光ちゃんの身長なら足はつくから。つか今もついてるだろ」
「うるせぇよ。見えねぇ俺からしてみれば手から物が離れるときってめっちゃ不安なんだからな」
まぁ光ちゃんの言ってることも何となくわかる。しかも水の中、もともと光ちゃんが怖がってたところだ。お、来たか。
「光ちゃん。そんなへっぴり腰、女性陣に見られたいのか?」
「・・・絶対嫌だな。確実に馬鹿にされる。すぅーはぁー・・・」
実際女性陣がこっちを見ているかって言うと微妙だけどな。光ちゃんを奮い立たせるにはぴったりだ。だってココは自分自身で手いっぱいだし佳那は・・・足つくのか? その二人の付き添いにわたりんとふららんも駆り出されるだろうから。お!
「おー! 出来んじゃん」
「黙れ慎。母親ぶってんじゃねぇよ」
「じゃあそのまま泳いでみるか」
「人の話を聞け」
文句を言いつつ光ちゃんが泳ごうとする。あ
「ちょっと待った。方向言わないとな。そのままだと女子の方に突っ込んでいってたぞ」
「・・・俺もう出ていいか?」
「ダメだ」
出ようとしてた光ちゃんを俺が入って無理矢理引き戻し進む方向に光ちゃんの体を向ける。
「この方向に真っすぐ進めよ」
「歩きですらまっすぐ行けるか怪しいのに泳ぎでなんか無理に決まってるだろ。それに俺泳げねぇよ」
「・・・バタ足くらいならできるだろ。ほら、ビート板」
そう言って光ちゃんにビート板を渡す。まぁビート板があれば溺れはしないだろ。その後も文句をずっと言っていたがようやく覚悟を決めたようで泳ぐ体勢に入った。俺はその光ちゃんの隣を並走、ここじゃ並泳だな。それをして光ちゃんが真っすぐ泳ぐサポートをする。もう一方のサイドは壁だからそれに沿って行けば問題ない。よし、それじゃあ光ちゃんの泳ぎを拝見・・・
俺の記憶だと目が見えなくなってからずっと泳いでいなかったはずだ。しかもその前もあまり泳げなかったのが記憶にある。他の運動は出来るのに水泳だけはからっきしだったはずだ。なのに今横にいる光ちゃんは、泳いでいた。ビート板を使いながらではあるがちゃんと前に進んでいる。息継ぎも出来ている。無駄な動きもあまりない。
ずっと同じペースで真っすぐ泳いでいって、ゴールと同時に
「いたっ! くぅー・・・ おい、ゴールしたならしたって言えよ」
「あははっ。悪い悪い。思ったより光ちゃんが早かったから忘れてた」
「笑い事じゃねぇぞ。くそっ、めっちゃ頭に響いたわ」
「そんな泳げるならビート板いらないんじゃないか」
「やめろ。俺の命綱を取るな」
「命綱って、はっきり言って今の光ちゃんめっちゃダサいぞ」
「そんなの知るか。やってるだけありがたいって思えコラ」
さっきぶつけたことも相まってか光ちゃんが若干キレ気味に言ってくるがもうやめるって言わないだけマシだな。それにしても筋骨隆々の光ちゃんがビート板持って泳いでるとか、めっちゃシュールだな。アオとかひなっちが同じクラスだったら絶対ネタにされてたな。
× × ×
水泳の授業の後というと勘のいいひとはわかると思うけど、横と斜め後ろを見てみると光ちゃんとココが寝ていた。今授業中なんだけどなぁ。光ちゃんは頬杖ついて寝ているからまだバレないけどココはその後ろで完全に突っ伏している。やっぱり光ちゃんと俺の壁効果か。まぁ光ちゃん寝れば静かだからほっとくか。変に起こすとそれでバレるからなぁ。
結局最後まで寝たあと昼を迎えた。
「おーい、光ちゃーん。起きろー。もう昼だぞー」
「・・・んー・・・。ん? 今何時だ?」
「12時過ぎたな。もう昼の時間だぞ」
「くぅー、はぁーよく寝た」
伸びとあくびをしながらようやく起床してくれた。
「まぁ水泳の授業の後だからわからなくもないけどな。もうちょっと耐えろよな」
「無理だあれは。不可抗力だ」
「いや違うぞ。あーわたりん。悪いけどココ起こしてくれるか」
「うん」
話の途中でこっちに来たわたりんにココを起こしてもらうよう指を指す。でもあの様子だとちょっとやそっとじゃ起きなそうだな。わたりんが肩を揺すってるけど全く起きる気配なし。仕舞いには「もう食べられない」とか寝言まで言ってる。これはあれだな。夢の中で昼を食べてるってことでココはほっといていいかな。お、助っ人が来た。
「ずいぶん気持ちよさそうに寝てるわね。ちょっと邪魔しないでおこうかしら」
「珍しいな。かなたんの事だから無理矢理起こすかと」
「ふららんは私を何だと思ってるのよ。こんな幸せそうな顔してて邪魔するなんて雛みたいなことしないわよ」
「わぁぐっすり。ふむ、この顔にはご利益がありそう。パシャリっと」
「寝顔にご利益ってなんだよそれ」
かなたんもダメか。マナは起こす気がないしな。よし、こうなったら光ちゃんに頑張ってもらうしかない。
「光ちゃん、頑張って起こせ」
「は? 何で俺なんだよ。他のやつがやれよ」
「じゃあどうやって起こすのよ」
「耳元ででけぇ声出すとか椅子を思いっきり引くとか机思いっきり揺らすとかいろいろあるだろ」
「悪魔の所業だな」
冗談で言ったんだと思うけどそれはアウトだからな。ふららん、笑い事じゃないぞ。
「じゃあれだ。確かココってポニテだろ。髪をこよりみたいにして耳とか鼻とかくすぐるのは」
「何でそんな事思いつくのよ」
「こよりは俺がやられたな。多分それだな」
いつやられたのかというと光ちゃんの目が見えていたころの休みの日。俺が昼寝をしていた時に光ちゃんがうちに忍び込んでティッシュでこよりを作って俺を起こしたってことがあった。多分そこから来てるんだろうな。でも使うのが紙じゃなくて髪って・・・。
で、それに興味を示したのがわたりんとマナで二人で器用に髪を耳のところに動かしてくすぐっている。お、そうこうしているうちにアオとひなっち、さーちゃんも来た。
「すみません。これはどういう状況ですか?」
「今ココを起こしている」
「・・・ねぇ。これ考えたの光ちゃんでしょ」
「何でわかるんだよ」
「だって普通こんなことしないで普通に起こすじゃん」
「普通にやって起きねぇからこうやってんだよ。それに、俺は提案しただけだからな」
だから悪くない。それは間違ってるぞ。もしそれで悪くないってなったらおとといの件だって俺悪くないってなるからな。もしそう言ってきたらその話題引き出してやるか。ぐうの音も出ないだろうから。
少しの間わたりんとマナがちょっかいを出してたら、マナなんか耳フーまでやってるし。
「うわぁくすぐったい! 何⁉ 何⁉」
ビクッてして勢い良く起きた。そのはずみで膝もぶつけたようで膝をさすっている。
「やっと起きた。でもこれでココの弱いところがわかっちゃった」
「え? あれ? ・・・何でみんないるの?」
「時間と周りを見てみろ。とっくに昼休みだぞ。世話の焼けるやつだな」
「他の誰でもなく光ちゃんにだけは言われたくないぞ」
自分だってさっきまで寝てたくせによ。さてと、ココも起きたところで
「そうだ慎ちゃん。私たちに何か言うことない?」
購買行こうと思ったらアオに止められた。アオさん、目、目が怖いよ。隣のひなっちもなんか怖いよ。多分あの事だと思うからおとなしく謝っておこう。
「一昨日の光ちゃんの件は悪かったよ。いやでも俺もまさか本当にやってくるとは思わなかったからな」
「今回のことをしでかした人たちにはある程度の罰を与えたのですけど———」
「ある程度? 俺だけ見合ってねぇんだが」
「やじママさんにはこれからも家にちょくちょく行く許可をもらい、かえかえさんには修学旅行でのお土産をお願いしました。あとちゃっかり協力していたわたりんさんには合唱コンクールを全力でやることをお願いし、そして矢島さんには被害者全員に命令権をあげるということになりました」
光ちゃんの文句をきれいにスルーしてひなっちが罰の内容を説明していく。確かに光ちゃんだけ罰の度合いが大きいな。てことは最初に言い出した俺も同じようなことになるのか。ん? わたりんも協力してたの⁉ それは全然知らなかった。
「で、残った慎ちゃんだけど、言い出した罪は重いからね。佐倉先輩に言って仕事増やすことにしたから。頑張れ庶務!」
「アオ、全然グッジョブじゃないぞ」
笑顔で言われても全然喜べないんだよなぁ。しかもアオは生徒会だけじゃなく文実にも顔が利くからそっちの仕事も増やされそうだ。部活どころじゃなくなりそうだ。しばらく自主練の時間増やすか。
「よし! みんなでおーひるだー!」
ついさっき起きたばかりなのにココはこのテンション。これはさすがと言いたい。ココの見習える数少ない点の一つと言える。
で、みんなで昼になったところで俺はようやく購買に行けたわけだが、やっぱり時間が遅すぎた。もうほとんど残ってない。・・・仕方ない。残っている不人気なやつを買うか。ちなみに不人気なやつというのがなぜか購買で売られているパンの耳だ。一番安いから足りないということはないが耳だけだと物足りない。だから他の総菜パンばっか売れてこれだけ残る。・・・肉でもあればいいんだけどなぁ。
「慎」
呼ばれてそっちの方を向くと駿がいた。近づいてくると
「ほら。慎のも買っといた」
「マジか⁉ 助かったー! 後で金払うわ」
「ああ、500円な。いつか返せよ」
駿のやつ、さりげなくいいことしてくるから憎めないよなぁ。一定の女子に人気がある理由がわかる。その駿の後ろ姿を見つつ袋の中を見てみると・・・結構いっぱい買ったな。本当に500円か? コロッケパン、焼きそばパン、メロンパン、シフォンケーキ、コーヒー缶まで入ってる。絶対500円じゃないな。いつか返すか。
その袋を持っていつも食べているところに行くと
「矢島さん。ダサいですね」
「足つかねぇやつに言われたくねぇよ」
「私も見てた!」
「見るんじゃねぇよ。あとお前もどうせ泳げねぇだろ」
「ひどい! でも本当だから言い返せない!」
そんな気はしていたがやっぱり水泳の話だった。大方、光ちゃんがビート板を使って泳いでたことを言ってるのだろう。俺も空いているところに適当に座ると光ちゃんはそれに気づいたようで
「ビート板持って泳ぐよう仕向けたのは慎だ。こいつ」
「来て早々憎まれ口を聞くのか。でも光ちゃんもそのビート板を命綱って言って取られないようにしてただろ」
「ビート板を命綱ってッ!」
「笑うな。慎テメェ覚えてろよ」
光ちゃんに覚えられたのを差し置いて他の人は大爆笑。特にアオとふららんはツボだったようで完全に崩れ落ちている。
「水泳なんか絶対いらねぇ授業だ。浴槽で泳ぐこともねぇし、川とかプールとか行ったって泳げるわけじゃねぇし。ましてや海なし県にいる俺らにとって海は無縁だしな」
「水泳に関する嫌悪感をこれでもかと感じるな」
「プール! そうだ! 夏みんなでプール行こうよ!」
話が飛躍したな。随分先の話をココがし始めたけど納得するはずのない人が何人かいる。
「断る。何で休みの日まで嫌なことしなきゃなんねぇんだよ」
「私も泳げないからちょっと」
水嫌いの光ちゃん、脚が使えないアオを筆頭に反対の声が上がった。
「えー? じゃあ遊園地!」
「俺全然楽しめねぇよ。見えねぇし」
「そもそも車いすの私って入れるのかなぁ」
「そこで悩めるならいいですよ。雛なんて目の前に乗りたいものがありながら身長制限で入れないなんてことがありますからね」
話が進むごとになんか悲しくなってくるな。で、今出ていない中にも遊園地嫌だって言う人はいる。それがさーちゃんだ。高所恐怖症でおばけ嫌い。てことは絶叫系アウト。さーちゃんだけ遊園地じゃないな。遊べないし。恐怖園地って言ったところか。
「つーか夏休みの話とか早すぎだろ。まだ半月以上先じゃねぇか」
「うんうん。みんなその前にやることあるでしょ。合唱コンクール、期末テスト、夏の大会」
「アオさん、嫌なことを羅列しないでください。ココとかなが頭抱えてますよ」
本当だ。さっきまでのはしゃぎようとはえらい変わりようだな。まぁでも、夏休みまでにそれだけのイベントがあるんだ。退屈はしなそうだな。あと俺の個人的な直感であと二三個は増えそうな予感するし。
× × ×
今日は水曜日だからいつもより一時間終わるのが早い。で、その後にあるのが合唱コンクールの練習だ。だいぶいい感じにはなってきてる・・・よく考えたらあと一週間だな。来週の今頃にはもう発表か。ということもあってマナやふららんを筆頭に熱を感じる。最初の指摘されまくってた頃と比較すればだいぶ良くなってきている。これは指摘される量が最初より減ったというのもあるけどなにより聞いてて自分でもよくなってきてる感がするのがあるな。中でも特に指摘されてたのが新藤だったがその新藤も今はちゃんと起きて練習に参加している。そして俺も少し心配していたわたりんだけど大丈夫そうだ。あの様子だと家でも相当練習してそうだな。もう指揮を振る回数を完全に暗記している。伴奏とずれることもない。回数を間違えることもない。すごいな。これならいけそうだと思った。
「ねぇわたりん。あとみんなにも提案があるんだけどいい? わたりんが指揮を振る時点ですごいと思うけどマナとしてはもっとこのクラスを目立たせたいんだよね。ということで二番のサビになったらわたりんも客席の方を向いて指揮するのはどう?」
「え?」
今の言ってることを解釈するとサビになったらわたりんは俺たちと対面じゃなくて俺たちと同じ客席の方を向いて指揮を振るってことになるんだよな。でもそうしたら場所によっては指揮を振る向きが逆になることにならないか?
「もちろん。わたりんがいいのならね。今のままでも十分だと思うけど」
「・・・」
少しの間静かになる。これはわたりんの決定だからそれを妨げようとする人はいない。そして出た答えが
「やる。頑張る!」
「うん、頑張ろ!」
わたりんは挑戦、更なるステップアップを選んだ。それに和田さんが握手して応じる。うん、わたりんならやってのける感じがする。まぁあの時光ちゃんに結構なこと言われたみたいだからな。ちょっとくらい困難が襲ってきてもどんと来いって感じなんだろうな。で、その光ちゃんはというと、はぁ・・・
「光ちゃん。不安が顔に出てるぞ」
「あ? 出してねぇよ」
「まぁ心配すんなよ。言ったんだろ、わたりんに」
「ああ、そうだな」
やっぱりひねくれた性格とその口調が全部台無しにしてる感があるが根は優しいんだな。
てな感じでわたりん、いや、俺たちもだな。更なるステップアップのための新たな特訓が始まった。これを後一週間でどこまで仕上げられるか。
× × ×
その合唱コンクールの練習が終わって部活に行く。よし、今日も頑張りますかね。
最近は雨も多かったことからグラウンドコンディションはあまりよくない。そんな中でもいつも通り練習は行われる。ちなみに9組の中でサッカー部は一人、駿がいる。駿とは部活で一緒になるからクラスではあまり話さないけど、あとあいつシャイなのか何なのかわからないけど外でもあまり話さないんだよな。でもその駿と話せる機会っていうのが部活後の自主練の時間だ。俺一人でやることもできるけど何事も相手がいないと張り合いがないよな。パスするにしてもドリブルするにしてもシュートするにしても。というわけで今日も今日とて駿を自主練に強制連行だ。
ある程度やっていると他の人はみんな帰宅してしまって俺と駿の二人だけが残る。
「慎」「ん?」
パスをしながら話すのももう日常の一部になっている。
「矢島ってもともとサッカーやってたんだったんだよな」
「ああ。あいつ見えてた頃はスゲー上手かったんだぜ。俺が何しても勝てなかったから」
「そうか」
「でも、あいつはそのサッカーで視力を奪われたんだよ」
「・・・」
「聞かないんだな」
「聞いていい事じゃないだろ」
「俺は別に話してもいいけど」
「・・・いや、いい」
「そっか」
やっぱり駿はクールだ。他のやつだったら絶対気になって聞いてくるだろうに。俺も別に話してもいいって言ったのにな。それもこれも駿だから話せる。だって
「じゃあ俺が聞くか。・・・いや、聞かなくてもわかるか。●●サッカークラブ背番号10番蒼井駿」
「・・・」
「あの時、あの場にいただろ。ずっと気になってたんだ」
俺がこう言うと駿からのパスが来なかった。
「・・・あれは、悪かった。で済む問題じゃないよな」
やっぱりだ。さすがに小4と高2じゃ色々変わっているが蹴るときの癖とか見ていれば大体わかる。それに、あの時のスターティングメンバーも俺はしっかり見ていたからよく覚えている。今までずっと言うのをためらっていた。言っていいかわからなかったから。でも駿も駿であの事を引きずっている感じがしていたからな。おまけに今年はその被害者と相手チームが同じクラスになったってことでますます意識していたに違いない。だから俺はこう言ってやる。
「俺も光ちゃんもあの事は別に怒ってないし、もう過去の事だからな。気にすんな。そうだな、これは光ちゃんが言ってたことだけど、逆にあれがあったからこそ今の俺がいるって言ってたな。あの光ちゃんですらポジティブなのにお前が引きずってどうすんだよ」
「・・・わかった。あいつにも言っとくよ」
そう言ってボールをこっちに蹴ってきた。あいつってのは多分ボールをカットした張本人の事だと思う。
「まぁ確かに目が見えなくなって不便なこともたくさんあるとは思うけどな、光ちゃんは光ちゃんなりに頑張ってるし、どうにもなんないときは俺とか周りが支えてくれるし。でもなぜか知らないけど光ちゃんの周りにいるのって女子ばっかりなんだよなぁ」
「確かにそうだな」
「そう思うとあいつ目が見えなくなって結構得してると思わないか?」
「それは捉え方次第だな」
「遠藤とか工藤なんか毎日羨ましいとかなんとか言ってるぞ」
「慎もその一員だろ」
「俺? いやいや、あ、駿もこっちに入りたいのか。歓迎するぞ」
「しなくていい。賑やかなのは俺の性に合わない」
「そう言っといていつも駿の周りにも人がいるじゃんよ。亀井とかもっちゃんとか。いつも何話してるんだよ」
「どうでもいいことだ。でも慎たちのことはよく話に上がるな。そっちこそ何話してんだ」
「こっちの方がどうでもいいな。だって今日とか光ちゃんの水泳の話だぜ」
「それか。よくそれで盛り上がるな」
「こっちには盛り上げ番長がいるからな。ココとかマナとか」
「ココ・・・一条か。確かに一条は・・・賑やかだな」
「だろ。でも多分駿が思ってる以上にすごいからな。相乗効果で」
こんな感じでパスして話をしながらだんだん時間が過ぎていく。まぁ駿と光ちゃんのことについては言わないでおこう。言うってなったら本人から言うだろうし。これは俺が言うことじゃない。
「———。おーい!」
「あれ? 健ちゃんとさーちゃん。もう帰ったんじゃなかったのか」
「私たちも練習してたからな」
「へぇ」
健ちゃんとさーちゃんの二人でねぇ。これは何かありますね。・・・やっぱりこの二人付き合っていいんじゃないか? まぁでもこういうことは見守るのを前提にしてるから俺はそれに徹しよう。もし何かあったらどっちかが何か言って来るだろう。・・・そうなった時が楽しみだな。
「もう終わりにするか」
「そうだな。もう暗いし」
結構長い事やっていたから辺りは完全に暗くなっている。あまり遅いと校門を閉めることになるから帰りますか。
部室に戻って制服に着替えて駿と一緒に出る。外には健ちゃんとさーちゃんが待ってくれていた。ちなみに駿はさーちゃんのことは知っている。これまでも何度かこっちに来ることがあったからな。まぁ光ちゃんたちは知らないと思うけどここにいる4人で帰ることがしばしばあるわけなんだよな。
「なぁ健ちゃん。ずっと聞こうと思ってて聞けなかったんだが最近放課後用があるって言って帰ること多いよな」
代表してさーちゃんが聞いたが俺も気になっていた。でも踏み込んじゃいけないよなってことで今まで聞かないでいた。
「ああそれね。塾行ってるからね。今日はないから普通に帰れるけど」
「さすが学年一位は余念がないな」
「まぁテストもあるからね。それに、気を抜いたら落とされそうだし」
お互い張り合っているからこんなことも言える。その間に割って入るのがアオなんだけど。今度のテストは混戦になりそうだなぁ。俺も気を抜かないようにしないとわたりんが俺を追い越すなんてこともある。
「そういえば駿はテストどうなんだ?」
「聞いても誰も得しないだろ」
「いや、そんなことないぞ。順位次第じゃさーちゃんが喜ぶかもしれないからな」
もし、もし駿の順位がさーちゃんより下だったら本当に喜びそうだしな。でも、今まで付き合ってた感じだとどうもそんな感じがしない。
「はぁ・・・15位だ」
「嘘⁉ 駿そんな高かったのか⁉」
びっくりした。思った以上に高かった。15位だと俺たちと勝負できるな。で、その俺以上に
「・・・何で私の周りはこんなに頭いい人が多いのか・・・」
さーちゃんが落ち込んでいた。確かにそうだな。いつものグループでさーちゃんより下なのはココくらいしかいないしな。
「そんな落ち込むことないよ。これからだって」
お、良い事思いついた。ここにいる二人をさらに近づけるという意味で
「なぁ健ちゃん。何だったらさーちゃんに勉強教えてやれよ」
「え、僕? えー・・・」
「適任なのは健ちゃんしかいないよ。俺は光ちゃんにつきっきりだしアオとわたりんはココにつきっきりだろ。駿は自分のこともあるだろうからな」
「私も前回よりは点数上げたい。だからお願いしたい」
「うーん・・・。はぁ、わかったよ」
「よし、じゃあこれでさーちゃんは大丈夫だな」
よし、これで健ちゃんとさーちゃんを近づける作戦をさらに進めることが出来た。アオと光ちゃんが聞いたら絶対喜ぶだろうな。こういう話好きそうだし。あとはあのお姉さん二人がどう見るかだけど・・・まぁそれは追って考えよう。
「慎、俺は知らないぞ」
「残念。知っちゃったから駿も逃げらんないぞ。しっかり見届けるんだな」
「完全に巻き込まれ損だ・・・」
駿、損じゃないぞ。これは・・・そうだな・・・未来の自分に向けての参考書って言ったところか。もしかしたら自分もその立場になるかもしれないから客観的視点からそういうのを見といたほうがあとあと生きてくるってことだ。・・・俺の予測だと多分駿にも気になる人はいそうだからな。
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