合唱コンクールに向けて - 81日目 -
さてと、昨日結構いろいろな約束をしてしまったので一つ一つこなしていきますか。
まずはかえでの件だ。朝の会の後の休み時間。えーっと・・・
「なぁ、菊池っているか?」
「え? 華ちゃん? 何で?」
「あいつバスケ部だったろ。ちょっとかえでの練習に付き合ってもらえねぇか聞いてみようと思ってな」
「わかった! 華ちゃーん!」
大声で呼ばなくても来るだろうに。まぁいいや。ココが呼びに行って少し、バスケ部、菊池華が来た。
「ど、どうしたの?」
「まずは謝罪しよう。球技大会でココが迷惑かけたな」
「え⁉ そんな! えー・・・」「何でその話になるの⁉」
だって本当に迷惑かけただろうし。ココは自覚ないだろうから代わりに俺が謝るってことで。
「さてと、本題に戻るか。確か菊池ってバスケ部だったよな?」
「う、うん」
「そこでだ。後輩育成に興味はないか?」
「後輩育成?」
なんかおっかなびっくり話しかけているのは気になるが話になってるからまだいい。続けよう。
「うちのバスケ部の妹が今若干のスランプ状態でな、そこで菊池の力を借りたい」
「スランプ? スタンプじゃなくて?」
「ココ黙ってろ」
もしくはいなくなってほしい。これココには全く関係ないしココが口を挟むと余計話がこじれそうな気がするから。
「ぐ、具体的にはどういう状態なの?」
「自分のチームに自分より強いやつがいなくて目標がないんだと。まぁチームとしての目標ならあるがそれだけじゃ大会乗り切れないことくらいわかるだろ」
「え、でも私そんなに強くないよ」
「別に強さがどうこうじゃねぇ。まぁ本当は強いほうがいいんだが妹に経験者としてなんか言ってやれればそれでいい。あるのとないのとではモチベが大きく変わるだろうしな」
「わ、私なんかでいいの?」
「他に頼れるやつがいねぇからな。バスケ部はこのクラスでお前だけだし」
「わ、わかった」
「じゃあ近いうちにいつ会うかまた言うわ」
「うん、りょ、了解」
これで今日やることの一つ目が終了。
「ねぇちょっと! 華を怖がらせないでよね!」
「あ? 俺は普通に話しかけてるだけだぞ」
あーそういえば菊池って湯川グループだった。面倒なことになった。
「普通に話しかけててこんな怖がることないでしょ! その口調といい目つきといい怖すぎ。犯人ズラじゃん」
「口調で言ったらお前もそんなに変わんねぇじゃねぇか。自覚してねぇのか? だったら録音でもしてやろうか?」
「は? 勝手に録音とか犯罪じゃん。うわっ、ガチの犯人がいた。せんせーい」
「言いたい放題言ってくれるな。今はお前に構ってる暇はねぇんだ。じゃあな」
「は? 逃げんの? 負け犬じゃん。おかわいそうなこと」
「どっちが負け犬だよ。今の菊池を見てみろ」
そう、こういう時は何か起きる前にさっさと離れたほうがいい。今回は特に理由もなく湯川が突っかかってきただけなので適当にあしらっておく。
さてと、なんとなく教室の外に出て来てしまったがどうしたものか。やることがない。でも今教室に戻ると湯川にぐちぐち言われるからな。
「どーしたの?」
横で話しかけてきたのはわたりんだ。二人だけだから手話で答えるか。
「教室にすげぇ剣幕の鬼がいるから逃げてきたんだよ」
「おい?」
「鬼な。湯川のことだ」
「いまやじまくんのせきすわってう」
「は? 何でだよ。帰れねぇじゃねぇか」
「なにかしたの?」
「何もしてねぇよ。勝手に怒ってきて勝手に俺の席に座ってるってだけだ」
「そんなことある?」
「現に今起こってるしな」
「わたしがいってくる」
「別にいいよ。どうせ休み時間終わったら嫌でも自分の席に戻んなきゃなんねぇんだからな」
「ううん。ちゃんという」
そう言うとわたりんは教室の中に入って行ってしまった。湯川となんか言い合っているのが聞こえてくる。菊池とココが誤解だって言って止めに入ってるな。これ俺のせいか? 俺のせいだな。いや、でも湯川も湯川で悪いからな。たく、事あるごとに俺に文句言いやがって。何がしたいんだ?
× × ×
今日のやること二つ目、合唱練習。また人が変わったように橋倉が色々指摘して来る。本当に同一人物ですかね? 昨日雛やかえでを撫で回してた時とは大違いだ。
そして男子はみんな真面目にやっている。橋倉の言い方もそうだが何より慎、佐藤、駿の三人が抑止力になっている。そのおかげでおふざけできない。でもそんな中でもふざけているのか、絶対真面目ではないとわかる人物が一人。
「新藤君、起きて」
相変わらず寝ぼけている新藤。もうこの際昼夜逆転を矯正してやればいいんじゃねぇの? だって高校生活で昼夜逆転ってやって良い事ないよ。昼夜逆転するやつはそれこそ夜帯の仕事の人かイケイケの大学生くらいだと思う。ていうか夜何してるんだよ。何もすることねぇだろ。
「うーん・・・」
「ほら翠、起きろ。世話のかかるやつだな」
吉川がまた起こす。唸り声をあげながらなんとか起きてるって感じだな。吉川も大変だ。そうだ、吉川とは家庭科の調理実習で同じ班になる。その時にでも新藤の生活について聞いてみるか。そうすれば湯川との口論も起きないだろうし。
そうして今日も合唱練習が進んでいった。今日は一番通しと二番の合わせまで来たな。これは順調って言えるペースなのかわからんがまぁ尾鷲と橋倉に従っておけば問題ないだろう。わたりんも指揮を頑張っているようで今日は一番の指揮合わせを行った。まぁ基本的の俺らは指揮に合わせなければならないので思いっきりズレるということはないがまだ速さに問題があるようだ。本来のやつよりも少し遅く感じたしな。多分回数数えているからだろう。でもそうしなきゃ指揮できないから大変だよな。本番までに調整してくれるとは思うが俺たちは俺たちでやるべきことをやろう。
× × ×
今日のやること三つ目、いや、これは義務じゃないけどな。ん? ちょっと待て。男子俺一人じゃん。もう今更って感じがするが。何かもういいや。ていうか男子で部活やってないって人がそんなにいないんだよな。少なくともうちのクラスにはいない。いや、いたな。新藤やってたか? あいつ絶対やってないだろ。じゃなきゃ今みたいな生活できないだろうし。
「早く早くー!」
「急かすな。転ぶわ」
ココに引っ張られる形であの二人の家に向かう。何だろう。わくわくするが同時に不安もある。普通他人の家に行くのに不安になることってそれこそ人見知りじゃない限りないんだけどなぁ。この不安の要因はメンバーそして家主にある。だってメンバーって聞いてみなよ。俺、ココ、わたりん、雛、葵、佳那、尾鷲、橋倉だぞ。俺一人浮いてるじゃん。で家主はあの二人よ。マジで不安だ。
「着いたー!」
そうこうしているうちに着いた。
「こっちがさーちゃんち、こっちがさくねえとかよねえのうち」
「ほんとに二軒ある」
「大きいですね」
「ほへー、でか!」
わたりんの説明による皆さんの反応がこれ。順に葵、雛、橋倉だが皆さんして驚いてますね。
「羨ましすぎる!」
「いいなぁ。こんな家」
佳那と尾鷲の反応がこれ。俺全貌見えないのでさっぱりわからないんですけど。
「私荷物置いてくるー!」
「わたしも!」
わたりんとココはいったん帰宅。
「え? そんな近いの? って言ってる間にわたりんが家入って行った」
「さーちゃん家からわたりん家まで走って10秒ってところですかね」
「そのわたりん家からココの家まで走って20秒、近っ!」
近いな。ほぼお隣さんじゃん。互いの家行き来できるとか。そういえばココとわたりんもお互いの家行ってそうな感じだったな。俺と慎の家ですらそんな近くないぞ。小4当時の俺が走って5分くらいだったからな。慎の家まで。
少し待っていると荷物を置いたココとわたりんが来た。
「それではこれより、咲夜さんと夏夜さんの家に潜入調査します!」
「ラジャー!」
何でこんなテンション高いの? ココを筆頭にわたりん、佳那、葵、橋倉が揃って乗り気だ。わたりんについては行ったことあるんじゃねぇの? 何もそこまではしゃがなくても・・・
そのままの勢いで二人の家に乗り込んでいきインターホンを押して少し
「こんにちはー。どうぞどうぞー入っていいよー」
「おー! 邪魔しまーす!」
思った。今の変換「おーじゃましまーす!」だったな。ココのやつ変なところで切るなよ。パッと聞いただけじゃわかんねぇよ。
「ななな何ですかこの空間⁉ テレビでしか見たことないんですけど」
「ひろっ! なにこれ⁉ 写真撮ろ!」
いつもは平静の雛がめちゃくちゃ驚いている。葵は写真撮影に入った。他の人は、あれだな。SAKU-KAYO本人が出て来て声出せてないやつだな。
「夏夜、みんな来たわよって・・・、はぁ・・・、服着てって言ったじゃない」
「あ? どうせ女子しかいねぇし」
あの、俺いるんですけど。隠れようかなぁ。
「・・・何でテメェもいるんだよ。ちっ、どうせ見えねぇから今回は勘弁してやる」
危ねぇ。殺されるところだった。よかった見えなくて。
「夏夜、服取ってくるついでにみんなを案内してきて」
「わーったよ。人使いあれぇんだから。アタシについてこい」
「あの、私は・・・」
俺見えないからどうせ参加しないし。でも葵はどうしたものか。さすがに移動で車いすを使うわけにはいかないしな。
「アタシが負ぶってやんよ。ほら」
「いやいやいや! 申し訳ないです!」
「アタシの力舐めんなよ。遠慮も何もいらねぇからよ」
そう言って半ば無理矢理葵を負ぶった。軽々と担いでますね。ほんとどうなってんだ? ていうか今服着てないんだよな? でもさすがに下着ぐらいは着てるよな? その状態でおんぶか。めっちゃ変な光景だな。
「恥ずかしい・・・」
葵がこう言ってるのをよそに夏夜さんは他の人を連れて行く。さてと俺は
「光ちゃんも行ってきなよ。ココちゃん連れてってあげてー」
「え? 俺見えないんですけど」「はーい!」
そう言われて俺も半ば無理矢理連れていかれることになった。まぁいいか。部屋の全貌知れるし。
まずは二階だな。何で二階から?
「ここが衣装部屋だ。はぁ、何で家でも着なきゃなんねぇんだよ」
「これかわいー!」「嘘⁉ これ知ってる! 雑誌で見たやつだ!」「本当に衣装部屋ですね。こんな大胆な使い方見たことないです」「ファッションの参考にしよ!」
ココ、葵、雛、橋倉がこんな感じだ。そういえば佳那のやつさっきからずっと静かだけど何してんだ? 尾鷲に聞いてみたところ驚きが続きすぎて放心状態らしい。確かに会いたかった本人に会えて家行けてだもんな。
「夏夜さん素敵です! 写真撮ってもいいですか?」
「勝手にしろ。次の部屋行くぞー」
葵や橋倉がさっきからずっと写真を撮り続けているのを無視。葵に関しては途中で中断されて次の部屋に向かう。ここで夏夜さんが選んだ服だがへそ出しの服にホットパンツっていう何とも刺激的なものだ。世の男性が見たらイチコロだろうな。
さっきの隣の部屋に移って
「ここが撮影部屋な」
「本格的ですね。暗幕にスクリーンまであるんですか」
「これ照明ですか?」
「あ? じゃなかったらなんだよ」
雑誌の写真ってここで撮ってるの? じゃなかったらそんな本格的なものいらなくない? ていうか暗幕にスクリーンあったら撮影だけじゃなく映画も見れるじゃん。あ、でもプロジェクターなきゃダメか。・・・あるんかい。何つー万能部屋。
一階に降りて来て奥に行くと
「ここが和室だ」
「何ですかこの部屋。畳までありますよ。ポイント高いです。でも雛的には囲炉裏があればベストだったのですがそこは良しとしましょう」
「ほぉ、確かに本格的。落ち着くな。それに畳のいい匂い」
茶道部の雛と尾鷲が食いついた。とはいえ確かに畳のいい匂いがする。何か久しぶりにこの匂い嗅いだな。うちなんか全部フローリングだからなぁ。茶道部部室に行った時以来だ。
「ちょちょちょ! これって
「あ? ああ、おばあが使ってたやつだな」
本当に何でもあるな。箏まで出てくるのか。葵が食いついた。どんどん予想を超えていく。
そしてその隣の部屋
「ここが筋トレ部屋だ」
「和室の隣にあるって不思議」
橋倉のド正論が飛び出した。普通ないぞ。とはいえ何があるのだろう。ちょっと聞いてみるか。
「何があるんですか?」
「ダンベル可変式2キロから20キロまで。マット、懸垂するためのあれ、腹筋するためのあれ、ベンチプレスするやつ、重さは150までいけるな」
「何すかそれ。ジムじゃないですか。うちより全然充実してますよ」
「飽きるんだよ。毎日同じ空間で同じことやってると。それにお前ん家にはあれがあったろ。家にある自転車と走るやつ」
「エアロバイクとルームランナーですか。まぁあれのせいで他あまり買えなかったってのがありますけど」
「そろそろ次の部屋行きましょうよ」
「何だよ。せっかく俺が聞いてんのに邪魔すんなよ」
「どうでもいいです」
ひっでぇ。ていうかこの部屋興味持ってるの俺しかいない。他の人は次の部屋に興味が移ってる。こうなったら後で個人的に夏夜さんに聞こう。
「ここが・・・なんかの部屋だ」
なんかの部屋? 名無しの部屋ってあるのか?
「見間違いじゃなければこれって卓球台ですよね? それと竹刀、他にもいろいろあります」
「ラウンドワンだなここ」
何で一般家庭にないようなものがあるんだ? 竹刀はやってたからってのがあるが何で卓球台? 地下のスタジオといい筋トレ部屋といいテーマパークだな。それこそラウンドワンみたいな。やっぱり尾鷲噴き出した。ちなみに他に何があるか聞いてみたところ麻雀台、剣道の道着、トロフィー・・・なんか物置みたくなっているらしい。
「で外があんな感じだ」
「バスケのゴール、フットサルのゴール、本当にある」
「バスケはアタシがたまに使ってんな。あっちのゴールは咲彩が練習で使ってるか」
「それでゴールネットの目が細かいんですね」
なるほど、そんな使い方があったか。確かにそれならあるのも納得だ。
「あのゴールいろいろと使えるぞ。例えばバッセン行かなくてもあそこに打てばいいし、ボール投げしてぇときはあのゴールにぶん投げればいいしな」
用途が色々あるのは良い事だが今の話聞いた感じだとバットもあるのか。もうここで全部完結しそうだな。
そしてさらに移動して
「ここがトイレと風呂場だ。ここはあんまし使ってねぇな」
「うはー! きれー!」
橋倉はさっきから写真撮りっぱなしだな。容量超えても知らんぞ。ていうかそんなところまで見せていいのか。
そしてさらに移動、降りてったな。てことは
「なななっ!」「うはぁー!」「これはすごい」
音楽好きの三人がテンションマックスになった。
「ここが地下室。おじいの趣味部屋だったところだ」
「すごーい!」「わたしここはじえて」「本格的というかもはやプロですね」
わたりんも初めてだったのか。見たかったなぁ。俺もこのスタジオにはちょっと興味があった。
「え⁉ これってレコード? こっちはコンポ⁉」
「シンセサイザーまである! なにこれ⁉ MDも! 初めて見た!」
「ピアノ、ギター、キーボード、ドラムまである。バンド組めるな」
なんか三人から専門用語が色々出てくるので何のこと言ってるのかさっぱりわからない。レコードはかろうじてわかるけどコンポ? シンセサイザー? MD? 何それ?
「ああ、作曲も出来るぞ。ほら、このパソコンにボカロソフト入ってるしな」
「何でこんないろんなものがあるんですか?」
「おじいの趣味だ。あとは・・・たまに大学の連中がここ使いに来るから捨てようにも捨てられねぇんだよ」
「絶対に捨てないでください! こんな貴重なもの! 私だったら使用料払います!」
「マナも払います! 何ならここに住んで家賃払ってもいいです!」
「こんなやつがいっからな」
なるほど、よくわかったわ。そら音楽に精通した人からしてみればここは宝の山で天国なんだろうな。
「じゃあリビングに帰るぞ」
そうだな、あとはリビング、キッチンと言ったところか。あれ? 何か足りないような・・・
「おかえりー。私たちの家ツアーどうだった?」
「さいっこうでした! ここ住みたいです!」
「雛も誘惑に負けそうです。何ですかこの家。もしかして雛死んだのですか?」
「つねってやろうか?」
「つねるならかなをつねってください。いつまで寝てるんですか」
あ、佳那の事すっかり忘れてた。いたの? ていうか気絶してたのか。そらインパクトすごいからな。
「はっ⁉ ここどこ? 私夢の世界でSAKUさんとKAYOさんと」
「夢じゃないわよ。ほらほらー」
「本物⁉ いや、私は騙されない! つねってみ———痛い!」
一人で何やってんだ佳那は。戻ってきたとたん騒がしいな。
「はいみんな。ツアーと言えばグルメよね。ということであの有名スイーツ店のお菓子よ。どうぞどうぞ」
「いっただっきまーす!」
用意周到だな。何でそんなもの準備してるんだよ。美味い。あ、わかった。何か足りないもの。
「そうだ。今まで聞いてきた感じだと寝室がないようですけど」
「あ、確かに」「言われてみればそうです」
葵、雛がこう言う。そして誰かが手を打った。いや、俺より先に気づけよ。見えてるんだし。もしかして興奮のあまり視野が狭くなったのか?
「寝室ならあっちね。基本こっちの家では寝ないから。あ、でも来客用に布団ならあるよ。和室になっちゃうけどね」
「泊まりたい!」
絶対そう言うと思った。しかも息合わせたかのようにココと葵、佳那、橋倉が同時に言った。
「うーん・・・さすがに全員は無理よ。まずそんなに布団ないし。それに、親御さんが心配するでしょ?」
布団無くても雑魚寝でいいから泊まらせろとか言いそう。だって今聞いてきた感じだと絶対暇しない物件だぞ。民泊でもやっていたら高い金請求しても十分やっていけそうなくらい。
「うぅ・・・ちょっと相談します」
葵はさすがに今日泊まるとは言わなかった。でも相談するってことは相当泊まりたそうだな。ていうか今気づいたけどココって家すぐ近くじゃん。泊まっても変わんないじゃん。
「こんなに魅力的な物件・・・さーちゃんが羨ましくてしょうがないです」
「それな! ここでひなっちと一緒に」
「頭撫でないでください。噛みますよ」
て言っておきながらおとなしく橋倉に撫でられている雛。もう橋倉は雛にぞっこんのようだ。あ、そうだ
「そういえばさっき、大学生を呼んでとか言ってましたよね。てことはやっぱり二人はパリピなんですか?」
「パリピって。そんな誰彼構わず呼ぶわけじゃないよ。私と夏夜の目で見てこの人なら大丈夫って人しか招待してないからね。で、みんなは私たちのお眼鏡にかなったってわけ」
「それはどうも」
「何でそんな不服そうなのよ」
「一番は見えねぇからだよ。そらすげぇのはわかるけど見えないことには全然わからん。俺の想像にも限界はあるしな」
「なんてかわいそうな光ちゃん」
「今馬鹿にしましたよね? 咲夜さん」
露骨すぎる俺いじり。ああそうですよ。俺はかわいそうな人間ですよ。でも割とマジで見えないことが悔しい。くそ、俺のポンコツな目め。
「そうです。雛も聞きたいことがありました。あの車ってどこにあるんですか? パッと見た感じ見当たらなかったんですけど」
「あ、はいはいそれね。じゃあみんなで見に行きましょう!」
「おー!」
ココとわたりんだけが反応している。見に行く? ここにないの?
そのまま家を出て左、本田家は右だから方向逆だな。10歩くらい歩いて止まったな。
「え? 嘘、これって・・・」
葵が驚いている。何に?
「え? これって工場じゃなかったの?」
ココの疑問おかしくないか? 工場? どんな規模だよ。
「夏夜、よろしく」「へいへーい」
そう言うと夏夜さんがその建物に入って行く。ほどなくするとガチャンと音がして何かが動き始めた。
「シャッターオープン!」
という咲夜さんの声と共にシャッターが開いていく。え? じゃあ俺たちが今いるのって
「ご覧ください。これが我が家の車です! そしてここはガレージです!」
・・・・・・・・・あ、危な! 今一瞬呼吸止まってた。ガレージ? マジ?
「光ちゃんにもわかるように説明するとここの広さは車六台が横に並んで入るくらいの大きさね。実はもともと車の修理工場だったんだけどここの人が辞めることになってね。じゃあ私たちにくれないかって言ったらオッケー貰っちゃったから使わせてもらってるのよ。あ、もちろん借りてるだけだからね」
そんなことあるの? ここまで来たら脅迫でもしたんじゃと疑いたくなるほどだ。
「一番左にあるのが前乗ってきた車でその隣がママの車、今空いてるところにパパの車が入って、その隣がパパの今の休日車、その隣がキャンピングカーで一番右にあるのがパパと夏夜のバイクね」
パパさん何台車持ってるの? 持ちすぎじゃない? ていうか夏夜さんバイク持ってるの? もう何だろう。ちょっと引くわ。
「パパが乗り物趣味でいろいろ買ってはここで整備してるんだけどね。あれ? おーい、みんな聞こえてるー?」
さっき危うく息止まりかけたがどうやら俺だけじゃなかったようだ。わたりんだけは普通にしてそうだが他の人は放心状態。声すら出せていない。息してるか?
見かねた咲夜さんが手拍子をしたことによってみんながこっちに戻ってきた。
「ちょ、すごすぎなくなくなくないですか⁉」
ココのそれは日本語か? 何言ってるかわからん。
「すみません、これからはさーちゃんに悪いことしないようにします」
おい雛、何でそうなるんだよ。確かに財政規模が普通じゃないのはわかるが。そうだ、この際だ、財政規模聞くか。
「どこからそんな金湧いてくるんですか? まさか悪い商売とかしてませんよね?」
「人聞き悪いわよ。ちゃんと正当な方法で稼いでますから。前にも言ったけどパパは自衛隊でママはCA、どっちも給料はいいけどそれだけじゃダメよね。そこで出てくるのが私たちのおじいとおばあ。あの家はパパのおじいおばあの家で、おじいはお医者さんだったの。で、おばあは大学の先生。ちなみにママのおじいは銀行員、ママのおばあは女優だったのよ。で、私と夏夜はモデルしてるからお金はいっぱいあるわね」
「ここにいた。華麗なる一族」
「私も同じこと考えた」「確かに、しっくりきますね」「大富豪、まぶしい!」
そら金あるわ。納得したわ。いいなぁ、完全に選ばれた家系じゃん。俺もこの家系に入りてぇ。あ、誤解すんなよ。冗談半分で言っただけだからな。これガチで言ったらそれこそ結婚とかそういう話になるから言わねぇぞ。
「それに、この辺じゃ私たちって結構顔が利くのよ。多分奏ちゃんやココちゃんも知ってるはずよ。同じ自治体だしね」
「うん? うーん・・・あ! 前ママが言ってた! この家の人すごいって!」
もうすごいってレベルじゃねぇよ。次元が違うよ。多分あれだよな。有力者って言った方がいいよな。この辺の人は多分本田家に頭上がらないと思う。現に今も第一線で活躍してるし。
「ちっとドライブしてくるわ。誰か乗りてぇやついっか?」
「はいはいはーい!」
一番うるさかったのはココだが多分他の人も手を挙げているだろう。しかもその車は前高校に来た時に乗ってきた・・・何だっけ? ・・・とにかくかっこいい赤い車だ。
乗りたい人でじゃんけんして三人決まった。乗れるのは・・・
「やりました! 勝ちました!」「やったー!」「勝った」
雛、橋倉、尾鷲だった。一方で負けた人たちはすごく悔しそうだな。まぁいいじゃん。次あるよ。そして夏夜さんが運転していく。相変わらずすごいエンジン音だな。絶対注目浴びるだろ。それと車検通るのか?
「私たちは戻ろっか」
「私も乗りたかった!」「なんで雛が勝つのよ!」「羨ましい」
あのな、アトラクションじゃねぇんだから。ちょっとくらい我慢しろよ。
× × ×
光輝side
別荘に帰って少し
「これだけいっぱいあって満足してるとか思ってるでしょ? でも残念、まだ満足してないのよ」
「え? まだ満足してないんですか? どんだけ強欲なんですか?」
「人間である以上欲まみれよ。私と夏夜の次の目標は、この家とあっちの家を廊下でつなぐこと!」
「思ったより壮大でした」
俺も葵と同じこと考えた。てっきりもっと小さい事かと思った。例えばほしいもの買うとか。
「だってちょうど今みたいに雨の時期とかは行き来するのにいちいち外出なきゃならないのよ。濡れるし嫌でしょ」
「言ってることはわかります。でも結構かかるんじゃないんですか?」
「そのためのモデル業よ。それにこのあとちょっと計画してることもあるからね」
「それって何ですか?」
「それは内緒。あ、そうそう、内緒で思い出したけど、私たちの家の事、くれぐれも口外禁止でね。言ったらどうなるかわかってるわよね? 光ちゃんのママを雇って法廷で闘うことになるからね」
「変なことでうちを使わないでください」
でもこの脅しは多分本気だ。うちの母親を使うかは別として結構うるさいからな。言わないようにしよ。
「あ、そうだ。せっかくみんな来たんだしどう? 私たちの衣装着てみる?」
「え? えー⁉」
「着れるんですか? サイズの問題があるでしょ」
「そこは問題なく。世の中にはわざと大きいサイズを着ている人たちもいるのよ」
そうなの? そしたらだぼだぼで服邪魔にならない?
「まずはココちゃんをイメチェンしましょー! ちょっと来てー」
そう言ってココを連れて行ってしまった。
「俺見えねぇんだけど」
「ほんとつくづく残念な体よね」
「あ? お前だってそうだろ。二階まで行けねぇだろ。誰もお前なんか運べねぇぞ」
厳密にいえば俺以外だ。多分俺だったら運べると思う。かえで運べたから。でも葵は絶対嫌がるだろうから言わない。
「光ちゃんなら運べるでしょ」
「は? 俺が?」
「安心して! 私が道案内してあげるから!」
「わたしも!」
わたりんと佳那は気づかないのか。はぁ・・・まぁいいや。
結局葵をおんぶする形で俺が二階に行くことになった。階段部分は前後にわたりんと佳那がついて手伝ってもらったが。あのですね。言わせてもらいますよ。当たっちゃいけない部分が当たってる気がします。気にしないのか? 少なくとも俺は気にするぞ。
やっと二階に着いてとりあえず撮影部屋に移動した。わたりんがそのことについて咲夜さんに言っている間俺はちょっと休んでいよう。別に重かったわけじゃないけど二階まで行くのって地味に疲れるからな。それで平然としていた夏夜さんはマジで普通じゃないと思う。
少しすると
「それではココちゃんのコーデを紹介しまーす。ココちゃんは元気な性格だから動きやすい格好にしましたー。上はココちゃんのイメージカラーのオレンジを基調とした大きめのTシャツ。それをおへそ出しながら結んで、そして下はちょっと長めのホットパンツを着ていまーす。そして胸元にサングラス。帽子をかぶって・・・髪は縛る位置を変えましたー。テーマは真夏の浜辺を歩く元気っこ! どう?」
「全然印象違う! すごいです!」「本当にココ? 別人じゃん!」「かわいい!」
「なんか恥ずかしい・・・」
なんとなく想像できた。また随分とレベル高いな。ファッションショーみたいだ。
「次は・・・アオちゃんいってみよー!」
そうして今度はアオが連れていかれた。何か咲夜さんのやりたい放題だな。
「ココ、あっちに鏡あるから見てみよ」
「いいよ恥ずかしいから」
佳那に連れられて鏡の前へ。何かいろいろ言ってるな。まぁあの二人で騒がせとこ。
ほどなくして葵がこっちに来た。
「アオちゃんはちょっとかっこいい格好にしてみました! どう? スカジャンに派手めのインナー。そして下はダメージジーンズ。縛っていた髪は解いて頭の上にサングラス。これ夏夜がたまにしてるコーデよ。きっちり着るよりちょっと着崩したくらいがいいのよね。テーマは夜道を歩く女番長! うんうん」
「アオかっこいい!」「何アオモデルじゃん!」「わぁー!」
「うぅ、私似合ってるのかな。ちょっと恥ずかしい」
まぁ普段しない格好だからな。ていうか夏夜さんもたまにそんな格好してるのか。アオだからかっこいいで済むが夏夜さんが着たらいかついってなるんじゃね?
「次は・・・佳那ちゃんいってみよー!」
「あの・・・私に着れる服あるんですか?」
「さっきも言った通りちょっと大きめでも何とかなるよ。はいはい」
今度は佳那が連れていかれた。でも佳那って身長140だよな? 対して咲夜さん夏夜さんは180前後だろ。四回り違うじゃん。聞かないよ、四回りって。佳那は多分Sサイズ、対してあの二人は2L3Lくらいだろ? どう考えても無理な気がするんだが。
少しすると佳那がこっちに来た。
「佳那ちゃんは身長を活かしてみました! 上のシャツ下のズボンはあえて大きめにして通気性のいい素材。下の長い部分については腰で折って、上も下も蛍光色、目立つような感じにして腕にはリストバンド。ネックレスもつけて髪は二つ縛り。テーマはアグレッシブなストリートダンサー! どう?」
「似合ってる!」「全然感じ違う!」「だんさー!」
「イエーイ!」
ダンサーね。なんかさっきから聞いてる感じだともはや別人になるな咲夜さんのコーデ。本人を活かしつつ別人に変える。さすが現役モデル。
「次はわたりんゴーゴー!」
そう言われてわたりんも連れていかれる。でさっきイメチェンした三人はお互い写真撮ったりはしゃいだり決めポーズとったりしている。元気なことで。俺見えないのに。今聞いた感じから想像することしか出来ないなんて・・・人生の8割は損してるな。
少ししてわたりんが出てきた。
「わたりんはこんな感じね。絶対にワンピースにしようって思ってたから。白いワンピース、そこからちょっと肩出して大きめの麦わら帽子。胸元のリボンはわたりんの髪の色に合わせて、裸足ってのがポイント高いわよね。そして、オレンジっぽい色のサングラスをかけて。テーマは真夏のビーチに立つ天使! どう?」
「かわいすぎる!」「ちょっと待って。心臓止まりそう」「天使だ・・・」
なんか佳那が拝んでる。対して何かボンって音がしたな。この音がしたときは大体わたりんが恥ずかしさで頭爆発した時だ。でもそんなにすごいんだったら男性が見たらどうなんだろ。何か想像してみたけど俺の想像力がいかにポンコツかわかった気がする。
「そして最後は光ちゃんいってみよー!」
「へ? 俺もするんですか?」
「そうそう。大丈夫。男性も着れるやつもあるから」
てっきりこれで終わりかと思ったがなんか俺まで着飾ることになった。何で俺も? ていうか服あるの? そら男女関係なく着れるやつとかあるけど。何か不安しかない。
あれこれされるがままされて移動する。俺は何を着させられたんだ?
「じゃーん。光ちゃんはこんな感じにしてみました! 無地で緑の薄いやつを上に着てでしょ。その下に白い服着て、下は白いパンツ。思ったより引き締まってるからそんなに違和感ないわね。そして大きめのネックレスでしょ。時計も欠かせないわね。ベルトもこだわって茶色のやつでしょ。でも髪型はそのまま活かして。テーマは渋谷を歩くイケてる大学生! どう?」
「どうじゃないですよ。全然反応してないじゃないですか。何で俺までこんな格好」
無言っていうの一番やめてほしい。さっきまでの威勢はどうした? 誰でもいいから、この際文句でもいいから反応してくれ。いや、やっぱり文句は嫌だな。
「かっこいい」
一番最初に声をあげたのはわたりんだった。・・・なんかダイレクトに言われるの恥ずかしいな。
「うん」
ココも感心している。いや、感心っておかしいな。で他の二人は。写真撮ってるのは間違いなく葵だな。佳那は・・・「かっこいいじゃん」だって? 小さくてわかんねぇよ。もっとわたりんみたく声出して言えよ。
「うーっす」
「あ、帰ってきたようね。ちょっと待ってて。今呼んでくるから」
「え⁉ ちょっ!」
嘘、呼んでくるの? 俺どんなこと言われるんだ? あー、みんなして上がって来ちゃったよ。もう知らね。
「うわ! 何その恰好ちょーイケてる! あと光ちゃんの何それ!」
「あ? 何で俺だけ別で言われなきゃなんねぇんだよ。雛、お前もだぞ」
「何ですか。まだ何も言ってないじゃないですか。もしかして言ってほしいんですか。だったら言ってあげます。いつもとのギャップがすごいです。あと性格と雰囲気が合ってないです」
結局文句かよ。もういいや。一方の他のイメチェンされた人は写真撮られてますよね。一様に恥ずかしいからやめてとか言ってるけど橋倉の手は緩まない、雛は佳那にだけ文句言ってる。尾鷲は・・・何で噴いてるんだよ。俺の格好そんなおかしいか?
「みんなもコーデする? まだまだ服あるから」
「いやいや私たちはいいです。この状態眼福ですからぁ」
はぁとか言って随分癒されてそうだな橋倉のやつ。ていうか今何時だ? 完全に時間のこと忘れてたけど随分長い事いるよな? このままだと
「さく姉、かよ姉。ん? まだいるのか」
やっぱり帰ってきた。いや、寄りに来たって言うべきか。てことは確実に7時は超えたな。
「何してるんだ?」
「あ、えーっと、さーちゃんこれはね」
言い逃れ出来ないぞ。俺も人のこと言えないが。だって半分が私服コーデだぞ。絶対変に思われたよな? まぁいい。咲彩も帰ってきたことだしそろそろ帰るか。あ、そうだ。
「咲夜さん夏夜さん、明日わかってますか?」
「わかってるよ。光ちゃんもなかなか隅に置けないわよね」
「勝手に言っといてください。咲彩が帰ってきたので俺はもう帰りますよ」
「そうね。もうこんな時間だからね。駅まで送って行ってあげるよ」
「ありがとうございます」
ようやっと解散になった。なんか今日一日長かったな。とりあえず制服に着替えよ。
俺についてはココとわたりんが送ってくれることになり、他の人は咲夜さんが車を出してくれることになった。でもさすがにあの赤い車で全員は乗せられるわけないので本田ママの車に乗っていくことになった。咲夜さん何でも運転できるんだな。ていうか本田ママの車うちのでっかいほうと同じ車種だった。
「すごかった! ほんと!」
「見えてねぇからさっぱりだったんだが反応からすると相当すごかったようだな」
「うんうん! 見てほしかった!」
本当に悔しい。見たかった。ん? 今スマホ鳴ったな。
「さしんおくったよ」
「あ、ああ、ありがとな」
見えないんだけどっていうのは言わないでおこう。わたりんも知ってて送ったんだ。それについていちいち文句言うこともない。帰ったらかえでに見せるか。どうせいろいろ聞かれるだろうし。
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Another side
「ほら乗れ」
「失礼します」
日向と橋倉、尾鷲は恐る恐るではあるが車に乗り込んだ。じゃんけんに勝って乗れる喜びというものはあったがそれ以上に緊張の方が大きかったからだ。夏夜についての噂は他の人からいろいろ聞かされている。その人と同じ車の中だ。緊張しないわけがなかった。
車のエンジンがかかると大きい音を出しながら家を離れて行った。道中、大きい道、そしてよく同じ高校の人が通る駅までの道を通ったが対向車、歩行者、ほぼ全員が自分たちの方を向いていた。完全に注目の的だった。
「なんかものすごく視線を感じます」
日向が助手席でキョロキョロしている。でも見つけた人見つけた人全員と目が合った。
「この車に乗ってる以上避けらんねぇな。慣れだ慣れ」
一方の夏夜は全く気にすることなく運転している。片手でハンドルを持ちながら運転している姿も非常に様になっている。
「この車ってどのくらいスピード出るんですか?」
「知らん。メーターだと300まであんな。それくらい出るんじゃねぇの?」
300キロまでメーターはあってもそこまでの実力を出す機会などありはしない。橋倉の疑問も夏夜は軽々と受け流した。
「そういや礼言ってなかったな。咲彩と奏と仲良くしてくれてありがとよ」
今まで飛び出したことのない言葉が飛び出した。全く持って予想外な言葉だったので三人して固まってしまった。それを見た夏夜は
「勘違いすんなよ。言ってなかったから言っただけだ。それ以上の意味はねぇかんな」
少し慌てる様子で続けた。
「いえいえ。雛も感謝しています。お二人には少なからず助けられてますから」
「私もです。合唱コンクールとかでももうお世話になりっぱなしで」
「うん、さーちゃんもお世話になってます」
三人から感謝の言葉を返されて恥ずかしくなったのか夏夜はそれ以上言ってこなかった。しばらくして
「お? ちっとコンビニ寄るぞ」
目の前に見えてきたコンビニに寄ることになった。
「お前らも降りろよな。鍵掛けらんねぇから」
「あ、はい」
防犯上の理由があるのだろう。こんな車、外に出していたら真っ先に狙われる。だったら車の中にいればという話になるのだがそれはそれで危険なこともある。例えば強引に運転席に乗り込まれたら一貫の終わりだ。では鍵を掛ければいいのだが最近車の中に放置するというのは非常にうるさくなっている。だから夏夜は全員を外に出すというのを選んだ。でも外に出しても問題はある。
「私たちも一緒にいていいんですか?」
日向が夏夜に質問した。変な噂が立たないかという心配があるからだ。
「何今更心配してんだよ。週刊誌でも気にしてんのか? もしいたらアタシが真っ先に見つけてぶっ飛ばしに行ってんよ。それによ、別に酒盛りしてるわけでもねぇんだし、ただ妹の友達が家に遊びに来てる最中に買い物に来たってだけだろ。もしそれで変な記事書くようだったらその週刊誌に殴り込みに行ってやる。だから心配すんな」
ものすごく極端な考え方だが夏夜の言い方にはものすごく安心感があった。そして信頼できる。だから日向、橋倉、尾鷲はその言葉を信じることにした。
「お前らも好きなもん買っていいぞ。アタシのおごりだ」
「いえ、そんなわけには」
「ひなっち。ここは奢られとくんだよー」
日向が断ろうとしていたが橋倉が頭を撫で回しながら言ってきたので渋々のむことになった。
コンビニで何を買おうか吟味している三人をよそに店内の一部の人の目線は夏夜に向いていた。もともと有名人というのもあるがあの目立つ車で来たこと、身長の高さ、何より今のへそ出しコーデが目立つ一番の要因だ。へそ出しということもありくびれ部分が非常に目立つ。しかも脚もかなり露出している。見える肌の面積が非常に大きいので男女問わず目線を集めている。しかし夏夜はその目線を全く気にすることなく商品を見ていた。
「私これでお願いします。ちょうど甘いもの食べたかったので」
最初に決まったのは橋倉だった。持ってきたのはチョコ菓子だった。
「私はこれでお願いします」
次に持ってきたのは尾鷲だった。持ってきたのは鮭おにぎりとメロンパンだった。
「雛はこれでお願いします」
最後に持ってきたのは雛、それはここの県民なら一度は見たことのあるあの飲み物、レモン牛乳だった。
「そんなんでいいんか? まぁいいや」
渡されたそれらを抱えて夏夜はレジへ行く。レジの人はおそらく大学生っぽい人でレジに並んだ夏夜を見て非常に驚いていた。そのせいか、手を震わせ声を震わせながらレジ打ちをしていた。
夏夜はそこでアイスコーヒーを注文して会計が終わった後、アイスコーヒーを淹れた。その横では日向たちと違う制服を着た高校生が夏夜を見て騒いでいた。
「ほらお前らのだ。あとこれちょっと持ってろ」
夏夜はさっき淹れたアイスコーヒーを日向に渡すとさっき横で騒いでいた高校生のところへ行き握手、そして写真を撮らせた。
「すごいですね。あんなさりげなくできるなんて。やはり場数踏んでいるだけあります」
「ほんとそれ。あの高校生超嬉しがってるし。プロは違うね」
「うん」
三人も感心するすごさだった。やはり夏夜は普通じゃない、そう改めて感じた。
その高校生と一緒に夏夜も来て
「これアタシの車な。お前ら運がいいな。これ見れて」
「ちょーかっこいい!」
その高校生は夏夜とその車の写真をまた撮影して非常に満足そうな顔を浮かべた。でも車に戻った夏夜を待っていたのは高校生だけじゃなった。
「あの、この車写真撮っていいですか?」
「あ? ちっ、しょうがねぇな」
車の方に興味津々の男性も集まってきてちょっとした撮影会が始まってしまった。しかしここはコンビニの駐車場という公共の場、さすがに長居するわけにも騒ぎを起こすわけにもいかないのは夏夜もわかっている。少し撮らせると
「お前ら乗れー。さっさと帰んぞ」
「あ、はい」
そしてコンビニを後にした。しばらくそこでの騒ぎは収まらなかったが日向にはそれが気がかりだった。
「大丈夫でしょうか」
車の中でそれについて話題を出した。
「何がだよ」
「さっきのです。通報とかされないか心配です」
「されるわけねぇだろ。それを避けるために入る前ちゃんと一緒にいる理由言ったじゃねぇか。それで文句言ってくるんなら耳元で大声で同じこと言ってやんよ」
夏夜にはわかっていた。それを心配することも。だからわざとあの場で一緒にいる理由を言ったのだ。ターゲットは週刊誌記者でもスクープカメラマンでもない。あの場にいる人全員に言ったのだ。
「それよりアタシが気になってんのはさっきコンビニで買ったやつだ。マナのは聞いたけど何でふららんはおにぎりとメロンパンなんだよ。あと何でひなっちはそれなんだよ」
「私はお腹空いたからです。あの・・・」
「それなら納得だな。別に食べてもいいけどこぼすなよ」
夏夜の若干脅迫めいた言動にビビりながらもさすがに食欲には抗えなかったようで尾鷲は買ったおにぎりを食べ始めた。食べていいというのを聞いたからか橋倉も同じく食べ始めた。
「雛はこれが好きだからです」
「それ買ってるやつ初めて見たぞ。そんなただの味付き牛乳」
「味付き牛乳とは、いくら夏夜さんとはいえ聞き捨てなりません」
「あんなぁ、それ無果汁だぞ。ただのレモン風味牛乳だぞ」
今の夏夜さんの発言を聞いてびっくりじゃ済まないくらい驚いた人が一人。
「え? すみません。今なんて言いました?」
現実を受け入れたくないのか日向は夏夜に聞き返している。
「あんなぁ、それ無果汁だぞ。ただのレモン風味牛乳だぞ」
さっきと一語一句変わらず今度は尾鷲が言い返した。そしてさらに
「パッケージ見てみろ」
夏夜のその一言が日向にとどめを刺した。そのパッケージに書いてある無果汁の表記をじっくり見て
「嘘です。え? では今まで雛は騙されてたんですか⁉」
「勝手に騙されてるお前が悪いだろ」
「今年一驚きました・・・ちょっと今日は立ち直れないかもしれません」
夏夜の度重なる口撃に日向は完全にノックアウトした。落ち込んでいる日向を見て後ろに座っている橋倉と尾鷲は下を向いて揃って笑うのを堪えていた。多分日向には聞こえていなそうだ。それくらいショックが大きかった。
「かわいそうになぁ。レモン風味牛乳飲んでるのにその身長ってよ」
「夏夜さん、雛の傷をさらに抉らないでください。そのうち死にたくなりますから」
「アタシと咲彩が両手両足持って思いっきり引っ張ってやろっか?」
「これ以上の精神攻撃やめてください。もう泣きたいくらい傷つきましたから」
度重なる夏夜の口撃は留まるところを知らない。そのせいで日向の心はズタボロに傷ついた。それを見て後ろの二人が顔を押さえて笑っていたのは言わない方がいいかもしれない。
「じゃあ泣け泣け。どうせ今以上ひでぇこと言われねぇだろ。もし言われたらアタシが返り討ちにしてやっからよ。アタシの強さはさっき証明したろ? 身長くらい気にすんな」
「それは雛を励ましてるんですか?」
「じゃなかったら何だってんだよ。手始めに後ろ二人ぶん殴ってやろうか?」
夏夜は気づいていた。しかも自分が殴られるかもしれないと聞かされた橋倉と尾鷲はさっきまでとは一転恐怖で二人抱き合っている。それを鏡越しに見て左手を鳴らしながら夏夜は
「わりぃな怖がらせて。アタシはこういうアプローチ苦手なんだよ」
そう言いながら日向の頭を撫でた。対して橋倉は半泣き、尾鷲は顔を真っ青にしている。
「ふざけ半分でやっただけだ。ちょっとしたアトラクションとでも思ってくれていい」
「ああアトラクションってシャレになりませんよぉー!」
「本当に怖かったです。死を覚悟しました」
「大げさだな。アタシがすると思ってんのか?」
橋倉と尾鷲は揃って何回も頷いている。何でこんな怖がっているかは言わなくてもわかる。さっき腕を鳴らしていたがその時殺気も漏れていたからだ。夏夜は元ヤンキーという立場から殺気を隠すのが苦手なようで、例えばスポーツで相対するときも殺気だだ漏れで相手することがある。直近だと東雲とテニス勝負したときがいい例だ。
「はぁ、なんか本当にわりぃことしたみたいだな。じゃあこうすっか。それぞれに借り一回だ。アタシに出来る範囲で要望に応えてやんよ。それぞれ一回ずつだ」
「本当ですか? 二言はありませんか?」
「あっかよ。アタシにもアタシのメンツってのがあっかんな」
「わかりました。三人で考えるので行使は後日ってことでいいですか?」
「ああ、でもアタシの大学と仕事の邪魔になんねぇやつにしろよ」
「わかりました」
この時日向の顔は少し笑っていた。悪い癖が出た。相手を追い込むときの優越感に浸っているときの顔だ。
この命令についてはまた後日。そうして夏夜の車は家路についた。
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