合唱コンクールに向けて - 80日目 -

 昨日はひたすら聞いていたが今日から歌い合わせというものが始まる。どうやら尾鷲はもう弾けるようだ。早いよ。しかも腕は相当なようだ。

 一方のわたりんは和田と一対一で指揮の練習をしている。指揮は簡単なようで難しい。特に曲の途中でテンポが変わったりどこかのパートのみになった時は指揮を変える必要がある。聞こえていれば苦労することはないと思うが聞こえていないわたりんにとっては相当難しいだろう。わたりん側だと多分こう考えているのだろう。全部で何回振って何回目でテンポが変わって何回目で男声パートだけになる。曲のどこでどう指揮が変わるではなくて何回目の振りで曲がどう変わる。普通と真逆の考え方をしていると思う。でも和田がいるから大丈夫そうだ。

 そして俺たちだが


「まずは最初から・・・かな」


「うへー、めんど」


「ぐぬぬ、我はこのような戯れに付き合っている場合ではないのであるが」


 遠藤、工藤を筆頭に文句たらたらです。女子がどう進んでいるかはわからないが。


「まぁやらなきゃならないんだし。そうやって受け身になってても良い事ないぞ」


「そうだね。賞取ったら先生何かくれるかもしれないし」


「くれるってなんだよ。俺そんな餌に釣られないぞ」


 釣られてたじゃねぇか。どこの誰だよ。文化祭のスローガンで釣られたやつ。忘れたとは言わせねぇぞ。でも慎や佐藤が他の連中を何とか説得してくれるか。でも、それでもどうにもならないやつがいる。


「ぐぅー・・・」


「起きろー、翠」


 新藤翠、自己紹介の時にもあったが基本寝ているやつだ。授業中どうだか知らんが今は絶賛寝ているところだ。吉川が教科書で叩いているが起きる気配がない。


「えーっと・・・その・・・」


 ほら、橋倉困ってるじゃねぇか。こんなにまとまりないんだもん。


「ほら、やるぞ。新藤はたたき起こせ。遠藤と工藤は文句言うな。矢島には瀬戸がついてやれ。これでいいだろ」


「う、うん」


 手拍子をしてまとめたのは蒼井だ。何か葵と被るから駿にしよう。蒼井駿、男子グループを率いている。何て言うか今まで会話を聞いてきたけど取っ付きにくいんだよな。隙がないって言ったらいいか。感情を見せないのもあるな。下手すりゃ尾鷲以上に素性が知れない。なるほど、ココがかっこいいって言った理由がわかった。

 とりあえず全員黙って新藤は唸り声をあげているので多分起きたのだろう。


「じゃあ冒頭から」


 橋倉がそう言ってラジカセを流す。昨日結構聞いたから出だしはどこからってのはわかる。ついでに言うと音も何となくわかる。ただ歌詞はうろ覚えだが。あれ? 途中で止められた。


「最初合ってないからもう一回。合唱コンクールは出だしが重要だから」


 また流されるがすぐ止められた。


「もう一回。ちゃんと聞いて合わせて」


 また流されるがすぐ止められた。


「工藤君ちゃんと合わせて、一番ズレてる。新藤君声聞こえない、起きて。あと光ちゃん、歌詞違う」


 やべ、ちょっと濁せば大丈夫かと思ったがバレた。ていうか全員一斉に歌ってるのに誰がどう違うのかまでわかるのか。もしかしたら橋倉は人一倍耳が良いのかもしれない。


「遠藤君出しゃばらないで、声もっと抑えて。新藤君口パクしない、起きて。小出君歌い方乱暴、もっと優しく」


 なんか人が変わったようにいろいろ言ってくるな橋倉のやつ。まぁ真面目にやってるから特に言わないが。


「佐藤君さっき半音ズレた、そこ注意して。新藤君目開けて。本橋君手はポケットに入れない」


 姿勢まで注意してくる。何か鬼教官に見えた。あと新藤さっきから注意されっぱなしじゃねぇか。誰かたたき起こしてやれよ。見かねた吉川が新藤を水道まで連れて行った。顔でも洗いに行ったのだろう。


「これは徹底的な教育が必要かも」


 なんか今の発言を聞いて背筋が寒くなった。やっぱり橋倉に任せてはいけなかったのかもしれない。


「これは覚悟しといたほうが———」


「光ちゃん集中して」


「はい・・・」


 もう何も言えなくなった。他の人も橋倉に何も言えていない。いつもは文句たらたらの遠藤ですら何も言わない。言っても勝てないことを悟ったか。

 こんな感じで1時間みっちり練習をした。ちなみに今日一日でとりあえず一番の終わりまでは行ったが細かいところの修正が多すぎて家でも練習しろという宿題までついてきた。

 最後に男子女子で一番を合わせたが・・・歌うのと聞くのを同時だとよくわかんねぇ。とにかく言われたのが「バランスが悪い」「アルト声小さい」「男子真面目にやれ」・・・男女問わず指摘されまくりましたね。いろいろ言うのは橋倉だけかと思ったが尾鷲もかなり言ってきていた。この二人は組ませてはいけない。スパルタ教育の完成だ。これは本番まで大変だぞ。


 そして放課後、本来の放課後から1時間くらい経ってはいるが


「はぁ、とりあえず歌詞覚えよ」


「うぅ、ふららん厳しいよー」


 横でココも嘆いている。そういえば今日木曜だな。曜日感覚たまにわからなくなるんだよな。じゃあ他のやつも部活ないのか。


「妥協したくないし。なぁマナ」


「そう。特に歌に関しては。マナ自身も妥協してないし」


 何で意気投合してるんだこの二人。まぁいいや。


「確かに妥協したくねぇって気持ちはわかるけどよぉ。絶対いるぞ、やる気になんねぇやつ」


「そ、それはやる気になってもらう!」


「俺が言ってんのはその方法だ」


「ああ、それなら心配ないと思うぞ。まぁこのクラス割と真面目なやつ多いしな。もしやってないやつがいたらちゃんと指摘できるしな」


 嘘つけ。真面目なやつ? いねぇだろ。今日の練習見てみろ。ほぼ全員橋倉から指摘されてたぞ。いや、真面目にやってるが故か。


「よく反論起きねぇよな。絶対盾突いてくると思ったが。いや、俺の経験だと陰で言ってる説も浮上するな」


「余計なこと考えんなよ。もし言ってるやつがいたら俺や健ちゃん、あとは駿が言うからよ。なぁ駿」


 呼ばれてこっちに来た駿。


「ああ。やるからにはしっかりやってもらいたいからな。じゃあな」


 ちょっと話しただけで行ってしまった。マジで隙がねぇ。


「あいつ、絶対話すの苦手だよな」


「え? そんなことないと思うけど。私とも普通に話してたし」


「それはお前から話してたからだろ。絶対陰キャだ」


「陰キャではないと思うけど部活でもあんまり話さないな。例えばプライベートとか」


「普通話さねぇぞ。俺たちがおかしいんだよ」


 あまり話さないのにグループの中心にいるのか。まぁ話さないが話し方に覇気があるのは感じた。少ない文言で言いたいことを言う。統率力がある。だからグループの中心でいられるのか。


「あそうだ! マナちゃん、歌聞いたよ! 上手だった!」


「え⁉ 聞いたの⁉ ちょっ、恥ずかしいんだけど」


「ああそうだ。こいつ俺やわたりんがいる前でスマホからお前の動画垂れ流してたぞ」


「光ちゃん⁉ ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」


 必死に横でココが謝っている。無言の圧力でもかけられてるのか。尾鷲や慎が悪いやつとか言ってるのは知らん。聞かなかったことにしよう。


「まった?」


 わたりんが帰ってきた。初日から随分頑張っていた。今まで指揮の練習をしていたのだ。和田もご苦労なことで。


「いや、待ってても退屈しなかったから全然だな痛い痛い!」


 話している最中で横からつねられた。何だ、俺の言ってることわかったのか。ほっぺじゃないだけマシだな。おい外野、笑ってんじゃねぇよ。


「みんなっていつも仲良さそうにしてるよね。同郷の隣人とか?」


「言葉のチョイスにものすごい違和感を感じるがそんなところだ」


 同郷の隣人って初めて聞いたわ。もっと言い方あるだろ。家近いとか。ココを見てみろ。絶対首傾げてるからな。


「あ! この後暇? もし———」


「断る。いいか? 何度も言うようだがうちは集会所じゃねぇんだぞ。誰彼構わずうちにあげるな」


「え? マナちゃんだめなの?」


「・・・いや、別にダメってわけじゃねぇけどな」


「光ちゃんの負けだな」


 ココのその言い回しじゃ断れねぇじゃねぇか。くそっ、してやられた。


「あ、皆さん。まだいましたか」


「なんか人多くない?」


 雛と葵も来た。葵に言われて今思ったわ。確かに人多いな。ここにいない佐藤と佳那、咲彩を除いても・・・いや多いな。ちなみに佐藤と佳那は用事があるって先帰った。


「あれ? さーちゃんは?」


「さーちゃんならさきほど用事があるって行きましたよ。何でもまた手紙が入っていたみたいで」


「あいつもあいつで苦労してんだな」


「すっごい他人事みたいな言い方」


 だって他人事だしな。俺からしてみればそんなの知るかって話だ。


「あ、橋倉さん。初めましてですね。日向雛です」


「私更科葵。アオって呼んでいいよ」


「よろしくー! マナは橋倉愛華。マナって呼んで。・・・言っちゃっていい? ちっちゃい」


「会って早々その口ぶりとは度胸ありますね。敵判定してもいいですか?」


「ごめんごめん。でも・・・その・・・一度でいいから撫でさせて!」


「雛はマナさんを敵判定しました。かなと同類ってことでこれからは接します」


「かわいー!」


「マナって容赦ないのね」


 ほんとそれ。歌の事だけかと思ったけど雛を撫でる度胸があるとは。俺がしたら多分噛みつかれそうだからやめとくけど。何か写真まで撮ってるし。でもこれで橋倉の立ち位置が確定した。歌がうまい雛の追っかけってことにしよう。


「ココさん、さも私も撫でたいみたいな目を向けないでください」


「だって体が勝手に!」


「無意識で頭撫でることありますか? 全然抵抗してませんよね? もう手届いてますけど」


「かわいい!」


 あるぞ。無意識に撫でること。俺が奈々にしてるからな。この後雛は橋倉やココだけでなくわたりん、尾鷲、さらには葵にも撫でられてた。何かどうでもよくなったみたい。雛を撫でるのは禁忌かと思ったけど一度踏み入れたら全然だな。俺はやらないけど。


× × ×


 帰り、まぁいつものようについてきますよね。何でこうなるのかな。ちなみに咲彩だが手紙の中身はやはりラブレターだったようで申し訳ないがってことで断ったそうだ。しかも相手は女子。

 今ここにいるのは俺、慎、ココ、わたりん、葵、雛、咲彩、尾鷲、そして橋倉。結局ついてきたんかい。断ってもいいのに。ていうか断ってほしかった。かえでにどう説明するんだよ。どうせかえでも部活ないから今頃家に着いてるぞ。


「たっだいまー!」


「おかえりなさいで・・・また知らない人」


「睨むな。俺のせいじゃねぇよ。今回はココが悪い」


「私⁉ 何で⁉」


「初めまして、橋倉愛華です。マナって呼んでいいよ」


「あ、はい、その・・・よろしくお願いします。・・・多い」


 また発動、かえでの人見知りモード。まぁそのうち慣れるだろう。そして確かに多いな。かえで含めると10人。いや多いな!

 もう何度も来ている人たちは各々くつろげる場所に行ってくつろいでいる。あの、ここ俺ん家なんですけど。


「あの・・・えっと、ま、マナさん。聞いてもいいですか?」


「いいよ」


「その声って地声ですか?」


 それ聞いちゃいけないことだと思うんだけど。まぁ初対面ならそうなるか。


「そうだよ。裏声でもなければ歌声でもないよ」


 でしょうね。今まで聞いてた声ずっとこんな感じだったから。特に隠していないのだろう。でもあれだよな。こんな特徴的な声、特に小学生時代とか結構いじられてたんじゃないか? あ、でも小学生は声変わり前だから今と違ってるか。


「かえでちゃん」


「あ、その、かえかえって呼んでもいいです」


「じゃあかえかえ。・・・頭撫でていい?」


「え? その・・・え?」


「おい橋倉。お前のそれは何だ。癖か」


「えーっと、癖というか・・・性癖?」


「とんでもねぇこと言いやがった」


 橋倉もやはりおかしなやつだった。多分年下を見るとつい撫でたくなる衝動にでも駆られるのだろう。雛は例外として、かえでも撫でますか。絶対恥ずかしがってるぞ。ていうか性癖って自分でそれ言っちゃいますか。俺や慎がいるのに。横で慎と尾鷲が噴いている。何か言えよ。


「でもマナはマナでみんなには感謝してるんだよ」


「どういうことですか? まさか自分の性欲を満たしてくれる存在がいるからですか?」


「それもそうだけど・・・」


「いやそこ否定しろよ。今露骨にひでぇこと言われたぞ」


「何かマナって変わってるのがわかったわ」


「葵。お前も人のこと言えねぇからな」


「光ちゃんもそうでしょ。ブーメラン」


 このままだとブーメラン合戦になるな。いや、ブーメランって戦いになってないよな? まぁいいや。


「マナってこんな声でしょ。それがコンプレックスだったんだよね。でもみんなの姿を見てるとこんな声だからって何? みたいな風に思って。光ちゃんとアオは球技大会出たし。わたりんは合唱コンクール出るし。多分そこには葛藤があったんだと思う。マナとは比べ物にならないくらい。それに比べてマナの事なんか些細なものでしょ。だからもう気にしないことにしたの。自分をオープンにしていくって決めたの」


 なんかすごい良い事言ってるのと俺や葵、わたりんが褒められてるのはわかった。でもなぁ


「俺球技大会出る出ないで葛藤してねぇぞ。先生に強制的に出させられたしな」


「私も葛藤はあったけど球技大会出る出ないのことじゃないかな」


「わたしかっとういた」


「それにオープンにするって方向性ズレてねぇか?」


「マナの味方はわたりんだけだよー!」


 俺と葵が反論する一方わたりんは味方になってくれている。今日一日で橋倉は俺、葵、雛を敵にしたな。まぁ俺や葵は完全に敵になったってわけじゃないが。おいココ、かえで。葛藤、コンプレックスって何? じゃねぇよ。いい加減言葉の引き出し増やせよ。ていうかココに関しては前も同じこと聞いてた気がするんだが。


「光ちゃんはともかく、アオは素直に褒められとけばいいのにな」


「俺はともかくってなんだよ。何でもかんでも文句言うわけじゃねぇからな」


「言ってるじゃん。文句ばっかり、今もほら」


「お前も言われてるからな。多分慎が言いてぇのはこうだぞ。俺と葵の考えが似てるってことだぞ」


「似てない似てない。私文句言わないし。基本的には」


「こらー! 喧嘩しない!」


 これ喧嘩でもないのにココが間に入ってきた。それに少し遅れてわたりんも入って来る。これ喧嘩って言ったら俺とかえでなんかしょっちゅう喧嘩してるぞ。あと湯川なんか話すだけで喧嘩判定になるぞ。ん? もうなってるな。


「あ、そうそう。みんなに伝えたいことあったんだった。ねぇ光ちゃん」


「俺に振るなよ。今度の土曜空いてるか?」


 自分で言えば良いのに。ワンクッション挟んでくる葵の考えがわからん。


「俺は午後なら空いてるぞ」


「私も空いてるよ」


「私も午後なら空いてるな」


「雛も空いてます」


「土曜? え? マナも行っていいの?」


「空いてる」


「私は空いてないな。ごめん」


 まぁ尾鷲はしょうがないか。ピアノ教室行ってるって言ってたし。部活勢は午後ならいけそうか。ココは何で答えてるんだ? 昨日言ったことだよ。思い出せよ。橋倉は・・・どっちでもいいか。かえでは声小さいな。まだ撫でられてるのか? 頭ボサボサになるぞ。


「まぁ行けるやつでいい。土曜日、奈々をターゲットにちょっとしたサプライズをしようって思ってな」


「あー! それか!」


 それかじゃねぇよ。他に何があるんだよ。まぁとりあえずどんな感じにするか説明するか。

 説明が終わると


「面白そうだな。これ光ちゃんの発案?」


「ああ、だからなんだよ」


「へぇ」


 慎のやつ意味深な返し方するなよ。で、他のやつは


「わかりました。これは行かなければですね。それに、まだ会えていませんから」


「私はさく姉とかよ姉にこのこと伝えなきゃならないのか。とりあえずわかった」


「うーん・・・やっぱり休もう」


「別に無理して来る必要ねぇぞ。本人もそこまでして来るのは申し訳ないって言ってたしな」


「いや、私にはそっちの方が大事だ。ピアノ教室一日休んだところで腕がなまったりはしない。それに出来なかった分は、家のピアノで弾けばいい」


 そうなの? じゃあ参加ってことで。これでまだ回答が得られてないのは橋倉、かえで、ここにいない佐藤と佳那だが。


「マナって部外者じゃない?」


「残念ながらこの話を聞いた以上部外者ではなくなる。おとなしく巻き込まれとけ」


「はーい、おとなしく巻き込まれときまーす」


「わ、私も行く。その・・・心配だから」


 橋倉とかえでも行くことになった。これまた随分と大所帯だな。何人だ? 母親のでかい車を派遣しなきゃダメなレベルだな。


「じゃあ決まりだ。移動手段は・・・この近辺に住んでるやつはどうせうちの車に乗っていくんだろ」


「ひなっちとふららん、あと参加できるようだったら健ちゃんとかなたんはママの車かな」


「そんなに乗せられるのですか?」


「折りたためる車いすにしたから大丈夫。乗れるよ」


 前回もそうだったからな。よかったな。人権保てて。もしかして最初のあれがあったから葵なりに気を遣ったのかもしれない。


「私はさく姉の車に乗っていくか」


「またあの車ですか」


「あの車?」


「橋倉は知らなかったな。でもさすがに咲彩の姉が有名人ってことは知ってるだろ」


「あーうん。知ってる」


「あの二人はいろいろとぶっ飛んでるから会うときは覚悟しといたほうがいい」


「光ちゃん、毎回あの二人についてそんなこと言ってるよね。否定はしないけど」


「あれ? なんかみんなしてすごい顔してるけどそんなにすごいの?」


 本当にすごいですから。見ればわかる。この場にいる人で見たことある人はみんな同じような感想を持つから。現に今もずっと撫で続けてるかえでを見てみろ。俺の予想だが怖がってるんじゃねぇか? あ、でもかえではあの二人相手にめちゃくちゃ怒ってたな。じゃあかえでを見てあの二人が怖がりそうだな。


「ただいまー。お? 知らない子がいるねぇ」


「初めましてです。同じクラスの橋倉愛華って言います。マナとでも呼んでください」


「どっちの同じクラスぅ?」


「9組です。こっちのみんなと同じクラスです」


 まずい、母親が帰ってきた。ろくなこと起きなそう。


「よろしくー。この家は我が家とでも思ってくれていいからぁ」


「よくねぇよ。なんでみんなの家にならなきゃいけねぇんだよ」


「そうだし。人あげすぎ」


「俺を睨むな。だから今日はココのせいだからな」


「また私のせい⁉ だから何で⁉」


 何でじゃねぇよ。誘ったのお前だろ。忘れてねぇからな。かえでも少し怒ってるじゃん。もうさすがにこれ以上あげるわけにはいかないぞ。


「ああ、その件で一つ。私の家だが使っていい許可が下りた」


「え? ほんと?」


「マジか⁉ それはありがたい。ようやくうちに安寧が訪れた」


「私の家? え? さーちゃん家行っていいの⁉」


「ああ、厳密にはさく姉とかよ姉の家だがな」


「え? ちょっとわかんなくなってきた。あの二人家持ってるの?」


「雛もです。大学生じゃなかったですか? それなのに家持ってるんですか?」


「さーちゃん、ちゃんと説明したほうがいいと思うぞ」


「え? 慎ちゃん知ってるの?」


 いろいろ疑問が出て来て葵と雛の頭が追い付いていない。ついでに声上げてはいないがかえでや尾鷲、橋倉も同じような感じだろうな。尾鷲橋倉は困惑、かえではフリーズと言った感じか。

 でも俺たちも咲彩の家の事情を知ったのはつい最近なのでもうちょっと詳しく聞きたい。月曜日の情報だけじゃ全然足りない。その辺のことを話される。


「・・・」


「アオ、雛、かえでちゃん。開いた口塞がってないぞ」


「いやいやいや! 自分のおじいちゃんとおばあちゃんの家だからとはいえもらえるの⁉ どういうこと⁉」


「もらえるわよぉ。基本的に持ち家の名義は亡くなった時に相続するか放棄するか選べるけどねぇ。でも手続きが超面倒だし査定とかしなきゃならないし家族協議も必要だし期間もある。一定金額以上だったら相続税取られる。仮に相続したとしても管理が大変、空き家だったらさらに費用かかる。まぁ要するにもらうことは可能よぉ。面倒な手続きさえやれば」


 元弁護士の助言どうも。でも今の説明で完璧に理解できたのは多分慎と葵くらいだと思う。俺もよくわかってないし。ココやかえでなんかはもらえるって単語しかわかってなさそう。


「そんなわけで今その家はさく姉とかよ姉が使っている。主に衣装置いたり撮影したり、あとはゲスト招く用か。ああ、別荘って言えばわかるか」


「別荘・・・それ持ってる人初めて見ました」


 俺も初めて見たわ。しかも別荘って人里離れたところにあるイメージだが隣の家が別荘って・・・


「明日さく姉とかよ姉帰ってくるの早いから寄ってみるといい。多分いる」


「はい! 行きます! 行きたい! 絶対行く!」


 ココがはしゃいでる。絶対そうなるだろうと思った。でもそうなると気になるのが一つ。


「間取りどうなってるんだよ」


「衣装部屋、筋トレ部屋、リビング、撮影部屋、あと地下室もあるな。おじいが音楽を趣味にしてたからその辺のものが全部ある」


「ちょ! 音楽の地下室⁉ マナも行く! 絶対行く! 行かせてください!」


「私も行く! え? スタジオみたいな感じ?」


「ああ、歌えるし弾けるし。地下だからな」


「這ってでも行く!」


「ピアノもあるのか? それなら私も」


 橋倉、葵、尾鷲が落ちた。音楽に目がない三人からしてみれば夢のようなところだろう。スタジオって個人所有できるの? もうわかっているが絶対咲彩の祖父母も只者じゃないだろ。


「あとは裏庭にバスケとサッカーのゴールがあるな。さすがに実物ほど大きくはないが」


「じゃあれか。フットサルのゴールか。そんなものまであるのか」


「え? バスケのゴールあるんですか⁉ 高さは?」


「大人と同じって言ってた気がするな。さく姉が今も暇つぶしで使っているが」


「行きたい行きたい行きたい・・・でも部活が・・・でも行きたい」


 かえでも落ちた。呪文みたいなの言ってるし。ていうかどんだけあるんだよ。逆にないものが何かを知りたい。慎も行きたいとまでは言ってないがフットサルのゴールに食いついたな。


「皆さん落ちるのが早いですね」


「ああ、和室もあるぞ。いろいろ手を加えたが一部屋だけ和室のまま残ってる」


「雛も行きます。そこでお茶をたてます」


 早い手のひら返し。雛も落ちた。でも今の聞いてた感じだと相当な間取りだよな?だって衣装部屋、撮影部屋、和室、筋トレ部屋、地下室、リビング、あと当然キッチン諸々生活に必要なものもある。ここまでで4LDK+地下室+広めの庭。十分すぎるよ。え? うちより広くない?

 俺もちょっと筋トレ部屋って言葉に惹かれている。声には出さないぞ。


「それでも十分だがもう一つ家あるのか」


「もう一つ、本宅と言えば良いか。そっちには書斎とかがあるな。あとは犬がいる」


「犬・・・マジか」


 慎が渋った。犬嫌いが出てきた。残念、でもあれじゃね? 犬種によるんじゃねぇか?


「犬⁉ え? どんな犬⁉」


 またココが食いついた。何か今までの話聞いてると咲彩の家はもはや夢の国と同レベルのすごさがあるな。


「シベリアンハスキー。えーっと、これだ」


 かわいいとかおっきいとか言っている女子。一方の慎は見ないようにしてるのがわかる。大きいのはダメだったな。でも絶対連れて行くからな。金曜がダメなら土曜だ。


「慎、犬嫌い克服のチャンスだぞ」


「シベリアンハスキーは無理。大きすぎる。俺にはハードルが高い」


「そんなこと言ってていいのか? 情けねぇな」


「情けなくてもいい。人間嫌いなものはあって当然だからな」


「嫌いなものをずっと嫌いなままにしてていいのか? カッコ悪いぞ」


「光ちゃん。人の弱みにつけ込むのは良くないと思うぞ」


「咲彩、慎にその写真見せてやれ」


「待て待て待て! 見せなくていい!」


 そして咲彩と慎のせめぎ合いが起きた。その横で葵や雛が「新鮮ね。慎ちゃんがこんなにうろたえるなんて」「はい、よほど犬がダメなようですね。ダサいです」二人して結構ひどい事言いますね。ダサいって言わないようにしてたのに。


「わかったわかった、じゃあ条件だ。光ちゃん、7月になったらお前の嫌いなやつが始まるだろ。俺は絶対参加させるからな。水泳」


「ぐっ・・・、犬と水じゃ脅威度がちげぇだろ。犬で人死ぬか?」


「死ぬぞ。じゃあ光ちゃんも水そんな怖がってどうする? 身近にあるものなのに怖いまんまでいいのか?」


「ねぇ、この二人は何の口喧嘩をしてるの・・・」


「うーん、わかんない」


 葵と橋倉が呆れてるじゃねぇか。ほら、お前のせいだぞ慎。いいから犬くらいさっさと克服しろ。


「さく姉とかよ姉の家に来れるのは金曜と土曜だけだ。それ以外は厳しいな」


「十分だ。これ以上来られても困るからな」


 そうだよ。うちより広くて充実してそうなあの二人の家行けばそれで満足じゃねぇか。それにかえでの受験も控えてるし。あ、そうだ。受験か。みんな帰ったら聞いてみるか。

 というわけで明日は咲夜さん夏夜さんの家に行くことになった。とはいえ咲彩の家はその隣、わたりんとココの家も目と鼻の先。絶対これからこっちに来た方がいい気がする。えーっと行くメンバーは・・・俺、ココ、わたりん、葵、雛、尾鷲、橋倉か。まぁこれくらいなら大丈夫だろう。


× × ×


 歩き組は家まで帰り、電車組は母親の車で駅まで送ってもらうことになった。ちなみに橋倉の家は葵、雛、尾鷲が降りる駅のさらに先らしい。ずいぶん遠くから来ているようだ。

 例によってまた俺とかえでが二人残ることになった。ということで


「なぁかえで」


「何?」


「一つ質問していいか?」


「うん」


「お前高校どこ行くつもりなんだ?」


「・・・早すぎじゃないそれ聞くの」


「早いか? もうすぐ7月だぞ。お前も部活終わって本格的に受験生だ」


「やめて。受験って言葉聞きたくない」


「無理だな。この後耳にタコ出来るくらい聞かされるぞ。で、決まってんのか?」


 そのあとしばらく静かな時間が流れる。別に急かすつもりはないし返答をおとなしく待つことにした。すると


「———」


「あ? 何だって?」


 なんか言ったのは聞こえたがめちゃくちゃ小さい声だったのでもう一度聞く。


「明が丘高校! 何度も言わせないで!」


 うん、そうだと思った。まぁこれだけ多くの先輩とかかわりを持てばそりゃそうなるわな。でも直近の中間だけ見てみればうちの高校そこそこ偏差値高い気がするが。


「そうか。じゃああれだな、家庭教師がいるな。でもさっきの連中だったら快く引き受けてくれると思うぞ」


「ううん、自分でちゃんと勉強する」


「わかった。まぁお前の勉強に関しては俺から口出しすることはあまりねぇからな。ああでも邪魔になるといけねぇからこれからはあまりうちに来ないようにだけ言っとくわ」


「まさかそれでさーちゃんさんの?」


「それもある。あとは単純にうちに来すぎだってのがある。ついでに言うとあの母親の手に乗ってたまるかってのもあるな」


「・・・ありがと」


「もしなんか困ったことあるなら俺も含めて誰かに言えばいい。あーでもココと咲彩は解決できるか怪しいな。ココじゃ教えられないし咲彩はいろいろと規格外だからな」


「私頑張る」


「その前にまずは最後の大会だな。そっちを後悔なくやってからだな」


「後悔なく・・・うん、後悔なくか」


「何だ? 部活で何か困ってることでもあるのか?」


「ちょっと、でも大したことじゃないしお兄ちゃんじゃ何もできないし」


「ド正論ぶち込んできたな。でも俺に何も出来ねぇってのは間違いだぞ。少なくとも俺は運動は出来ねぇがいろいろとコネは持ってる。何でこんなに持つことになったんだろうなぁ。中学の時なんかコネもつながりもゼロだったのになぁ」


「じゃあいい?」


「何だ?」


「私今何を練習したらいいかよくわかんないの。私チームで一番強いけどその、チームの目標はあるけど私の目標がなくて」


「じゃああれか。単純にかえでより強いやつが練習相手だったら良いのか?」


「うん。でも私の周りだといないから成長してる感じがしなくて」


「それなら候補が二人いるな。まずはうちのクラスメイトに一人、現役のバスケ部がいる。高校のバスケってのを教えてくれるかもな。あともう一人は夏夜さんだな。でもあの人は強すぎて逆に相手にならない可能性がある。そのクラスメイトくらいだったら紹介してやってもいいぞ。もしかしたら今後世話になるかもしれねぇしな」


「うん。わかった。でも私の大会までに」


「いつだ?」


「7月24日」


「夏休み入って最初の土日か。まぁ頼んでみるわ」


「うん」


 思えばかえでから俺に頼んでくることってずいぶん久しぶりな気がするな。まぁもともと人に頼むのあまり得意じゃなかったしな。それなのに頼ってくれたんだ。期待には答えなくちゃな。明日にでも聞いてみるか。

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