渡奏
渡奏 - 78日目 -
なんかここ最近いろいろなことが立て続けに起きてる気がする。俺が階段から落ちて、奈々からの電話、誕生日会、ゴキブリ事件、ゲリラ豪雨でびしょ濡れ、土曜日のあれ、駅のホームでこけてココの髪にダイブ・・・。良い事悪い事交錯してはいるがなんか目白押しだな。これは充実していると言えるのか? まぁいいや。
「みんあごめん」
昨日休みだったわたりんは無事に復活。でもなんか申し訳なさそうにしてるな。でもあの中歩かせたのは俺だよな。
「謝んじゃねぇよ。別に誰の迷惑もかけてねぇんだし」
「うん」
こう言ってやる。風邪ひいたくらいで。俺からしてみれば『たかが』だ。そのくらいでいちいち謝っていたら俺なんか朝起きてから夜寝るまで謝っていることになるからな。ごめんなさいで始まってごめんなさいで終わる一日・・・何か想像しただけで嫌だな。絶対生きづらそう。
教室に行って朝の会、問題なく終わるはずだった。しかし、そうはならなかった。それは早川先生からのこの言葉だった。
「よし、お前ら。言い忘れてたけど7月上旬と言えば何がある? はいわかるやつー」
7月上旬・・・何だ? 期末? まだ早いよな? いや、俺にはそんなものはない! 現実逃避だ。
「7月7日水曜日、奇しくも七夕ってのがあれだな。まぁいいや。この日にあるのがそう、合唱コンクールだ」
合唱コンクール・・・聞いて思い出した。そういえばあった。でも去年の俺はというとその日その場所に行きはしたものの結局歌わず終わった覚えがあるな。そもそも練習も参加してなかったし。じゃあ今年も似たような感じか? と思っていたら次に飛び出したのが
「俺から一つお前らに言いたいことがある。・・・合唱コンクール、全員参加だからな。わかるやつにはわかっただろ。俺の言っていることが」
ああ、よくわかった。特に誰とは言わなかったが先生が言ったお前らってのは間違いなく俺、そしてわたりんを指している。
「コンクールがあるのは今から約2週間後、てなわけで明日、放課後を使って歌う曲の選曲をやるからな。もちろん、去年どっかのクラスが歌ったものでもよし、定番曲でもよし、新しい曲を開拓するでもよし。その辺はお前らに任せる。だから候補決めとけな。あと指揮者伴奏者も決めるからよろしく。はいかいさーん」
突然すぎだろ。質問くらいさせてくれよ。と思っていたら真っ先に先生のところに行ったのがわたりんだった。
〝先生、私も参加するんですか?〟
廊下越しではあるが聞こえてくる。
「ああそうだ。でもどうしてもってんなら参加しなくてもいい。俺はそんな強制なんかしたくないしな。ただ、ちょっと厳しい事言うようで悪いが言うぞ。・・・渡、お前は逃げるのか?」
「あ・・・う・・・」
「今のお前には頼れる友達がいるだろ。だったら相談してみればいい。それとも、まだ相談できるほどの間柄じゃないのか?」
「その・・・」
「答えはすぐには出さなくていい。しっかり考えて決めろ」
先生との話が終わるとそれを待っていたかのようにココがわたりんのもとへと向かって行った。そして教室を離れて行った。
「あの先生厳しすぎじゃねぇの。パワハラで訴えてやろうか?」
「今のはパワハラって言わないだろ。まぁ先生の言いたいこともわかるけどな」
「ああ、球技大会を思い出したわ。俺なんか有無を言わせず強制参加だったけどな。選択肢があるだけまだ優しいってもんだ」
「ねぇ、二人は渡さんの事何か知ってるの?」
横から聞いてきたのは俺の前の席、和田だ。とは言われてもなぁ
「何も聞いてねぇよ。それに、今は聞けるような状態じゃねぇだろ」
「じゃあどうすんのよ」
逆サイド、ココの席に座ってきたのは佳那だ。ということは尾鷲もいるんだろう。
「そうだな。強制するのは良くないしな」
「ああ、それもそうだがちょっと思ったことがある。昼休み、どっかの部屋借りれねぇか?」
「そう簡単に借りれるところなんかないぞ」
「じゃあ仕方ねぇ。あそこにするか」
「はぁ・・・本渡先生に怒られるぞ」
だって他に場所ないんだもん。ため息ついている慎をよそに他の面々は承諾してくれたので良しとしよう。
「あれ? みんな何の話?」
ココが来たということはわたりんも帰ってきたのか。
「なぁ、昼休み保健室に来れねぇか?」
「保健室?」
「ああ、わたりん、お前の過去を知りたい」
「あ・・・」
しばらくの間、短いようで長い静寂が流れる。俺たちの話を聞いていたのか、他の連中もみんなして静かになった。そして返ってきたのは
「ごめん!」
「わたりん!」
拒絶。そのままわたりんはまた教室を飛び出してしまった。ココや佳那がすかさず追いかけていくが俺は追えない。でもこれで確信した。わたりんは過去に何かあった。それも人に言えないくらい辛い過去が。俺と同じだ。
× × ×
「それで私を頼ってきたのか」
「ああそうだ。お前はわたりんの幼馴染だからその辺のことも知ってるだろ」
俺たちが呼んだのは咲彩。そして今この場所は生徒会室。慎と葵が経緯を説明してたんぽぽ先輩から鍵を借りることが出来た。この部屋になった理由は保健室にわたりんがいるからだ。あれ以降わたりんは保健室にいる。多分本渡先生の事だから落ち着くまでいていいとでも言ったのだろう。そしてそっちには今ココも行っている。一方の俺たちは昼休みという時間を使ってわたりんの過去について聞こうとしているわけだ。あの場はクラス全員の目が向いていたというのがあったのかもしれない。だからせめて、俺たちだけでも知っておきたい。でもわたりん本人からは聞けない。というわけで幼馴染の咲彩に聞くことにしたというわけだ。今この部屋には俺、慎、佐藤、咲彩、雛、葵、佳那、尾鷲、和田がいる。少なくともわたりんにとっては信頼できる連中だと思う。
「呼んでもらって申し訳ないが、私からは話せない」
「何でだよ」
「わたりんからこのことは言うなと言われている。その約束は破れない」
だからか。くそ、何とかして聞き出せないものか。他人の過去につけ込むのは悪いと思うがもしかしたら突破口が見えるかもしれないのに。
「今聞くことは出来ますか?」
「ああ、聞いてみよう」
多分わたりんかココとラインで連絡を取っているのだろう。少しすると通知音がして
「・・・ここにいるみんなになら話していいだそうだ。そしてわたりん本人が打ってココが代読するらしい」
「秘密にしろってことか。俺は守れるけどな。他の人は?」
「ねぇ光ちゃん。私の顔見ないでよ。私そんなに口軽くないよ」
「そうか? 俺結構葵からいろいろなことバラされた気がするんだが」
「それは光ちゃんだからだし」
俺だからいいってどういうことだよ。あともう一人気になる人が・・・
「何で二人してこっち見るのよ! 私ってそんなに信用ないの⁉」
「ない」「ないですね」
「このー!」「かなたんどおどお」
うっかりこぼしてしまいそうな気がしたから見てみたが雛も同じこと思ったのか。佳那の信用って・・・
“じゃあ私が代わりに読むね”
本当はわたりん本人の声で聞きたかった。でも今はそんな希望はどうでもいい。とにかく、あいつの助けになるのなら。
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(俺から一つお前らに言いたいことがある。・・・合唱コンクール、全員参加だからな。わかるやつにはわかっただろ。俺の言っていることが)
(ああそうだ。でもどうしてもというんなら参加しなくてもいい。俺はそんな強制なんかしたくないしな。ただ、ちょっと厳しい事言うようで悪いが言うぞ。・・・渡、お前は逃げるのか?)
(今のお前には頼れる友達がいるだろ。だったら相談してみればいい。それとも、まだ相談できるほどの間柄じゃないのか?)
先生の言葉が深く刺さった。今までも合唱コンクールはあった。でも私は耳が聞こえないことを理由に参加を避けてきた。でも今回は逃げられない。先生はもしかしたら私のことを見抜いていたのかな? もちろん私も逃げちゃいけないことがある。でも、過去が、それを許してくれない。また間違えちゃう気がして怖い。
〝わたりん、大丈夫?〟
「うん」
〝落ち着いた?〟
「はい」
この場にいるのはココと本渡先生。心配してくれている。特に理由を聞くこともなく。多分ココと本渡先生は耳が聞こえないのに合唱コンクールを出ることを強制されたから動揺したと思っている。もちろんそれもある。でもそれだけじゃない。いつか話さなきゃと思っていた。でも、話す機会がなかった。ううん、違う。話す勇気がなかった。そうして引きずった。こうなることはわかっていたのに。
〝さーちゃんからライン。みんなに話していいかだって〟
ここから言われて文面を見てみるとこう書いてあった。
〝わたりん、みんなに話してもいいか? わたりんの過去を。ここにいるのは光ちゃん、慎ちゃん、健ちゃん、アオ、ひなっち、かなたん、ふららん、和田さん。みんな信頼できる人たちだ。少し前に聞いた。いつか話したいと。私はそれが今だと思う。でも私から自発的に話すことは出来ない。だから、話す許可が欲しい。私を、みんなを信じてほしい〟
さーちゃんからの心からの声、そんな風に感じた。本当だったら私が話すべきなのに、でも怖い。話そうとすると脚が、声が、心が震える。だから
〝いいよ。でも、私が先に話すから〟
こう返した。そして
「話す。話します」
〝わたりん? 話すって?〟
「私の過去を話します」
〝無理しなくていいのよ。自分の傷を自分で抉るようなことは私は勧めない〟
「逃げちゃダメですから。もう逃げません。みんなも逃げなかったから。私だけ逃げるわけにはいかないです」
そう、もう逃げない。逃げたくない。逃げるわけにはいかない。だってみんなもそうしたから。矢島君は目が見えなくても球技大会逃げずに正面から戦った。慎ちゃんも矢島君のことを絶対に離さずに正面から向き合っていた。ココはお母さんと抱えた過去に向き合って克服した。アオも自分自身が抱えていた感情と向き合って克服した。奈々ちゃんは自分の命がかかっているのに逃げずに病気と向き合っている。さーちゃんも自分のお姉さんが人気者とわかっても逃げることなく今はみんなと付き合っている。みんながそうしているのに私だけしないのはおかしい。それこそ間違っている。もう、間違えたくない! だから!
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私の世界には「音」が存在しない。
それを実感したのは多分3歳くらいの時だった。両親の言っていることがわからない。周りの音が聞こえない。ずっと静かだった。
「音」というものが何なのかわからない。どのようにして「聞こえる」のかもわからない。「聞こえる」というものがどういう感覚なのかもわからない。
私の異変に両親は気づいて私によく接してくれた。でもそれは家族間でだけだった。
外に出るとみんなからの視線は冷たかった。幼稚園、当時の子たちを悪く言うつもりはないけれど私を悪く言っていたのはわかる。多分聞こえないことをいいことに好き勝手言っていたと思う。だから私は聞こえないのが良かった。私にはただ口を開けて、指を指して、こっちを見ているようにしか感じなかったから。でも聞こえなくても伝わるものはある。みんなが私を気持ち悪がっているのを知っていた。みんなが私を避けていたのを知っていた。だから私は下を向いた。見られないように、見ないように。
そんな中他の人と印象の違う人がいた。それがさーちゃんだった。
さーちゃんは私を前にしても変な目を向けることなく、笑顔でいてくれた。私を悪く言っていた人を追い払ってくれた。そのせいでさーちゃんが怒られることもあったけど。私にとってさーちゃんは、ただ一人の友達だった。
小学校に入って意外なことが分かった。私とさーちゃんの家がすごく近かったことだ。それとさーちゃんにはさく姉とかよ姉というお姉さんもいた。私たちはすぐに打ち解けた。嬉しかった。こうやって友達が増えていけばと思った。でも、それ以上増えることはなかった。でも寂しくはなかった。十分とさえ思えた。
さーちゃん、さく姉、かよ姉とは登校から下校まで、ううん、下校してからも一緒だった。毎日のようにお互いの家を行ったり来たりして本当に楽しかった。でもそんな私たちにも「壁」が存在した。それは聞こえるか聞こえないかという壁だった。だから私はそれをなくすために頑張って文字を覚えた、漢字を覚えた、計算を覚えた。三人と「お話」がしたかったから頑張った。そして頑張って出来るようになった「お話」は本当に楽しかった。
でもこの繋がりはこれ以上広がらなかった。クラスで話せるのはさーちゃんだけ。他の人とは話せない。もちろん私が目を合わせないようにしていたのはある。でもそれ以上に周りの人が話していること、そのどれもが私の悪口を言っているように見えた。口の形から話していることを理解するなんて今の私にもできない。でも、当時の私にはそんな被害妄想みたいなものがあった。
特にそれが顕著に見られたのは国語と音楽の時間だった。国語の時間には読み聞かせ、そして読み合わせがあった。当然隣の人とやることになったけど隣の人は私に目を向けようとしなかった。音楽の時間はもっとひどかった。私は歌えない。それどころかしゃべれない。だから私はその時間だけ一人だった。頼っていたさーちゃんも自分のことがあるから私のところには来れない。時々あった歌のテスト、それも私は参加しなかった。でもその場にいなきゃならなかった。これは出席日数の問題があったからだ。出たくなくても出なければならない、私には苦痛だった。
その二教科の私の態度が気にくわなかったのか一部の男子生徒、そして女子生徒が私にいろいろ言ってきた。何を言っていたかはわからない。あとからさーちゃんに聞くことも出来た。でも聞きたくなかった。どうせ嫌なことなら聞かない方がいい。そう思ったから。
学年を追うごとにそれはエスカレートしていった。一種のいじめだろう。でもそれを止めたのは先生じゃなかった。さーちゃん、さく姉、かよ姉だった。そう、先生も味方ではなかった。さく姉は私を抱きしめてくれて、かよ姉とさーちゃんは私を悪く言った人たちを懲らしめた。特にかよ姉は先生にもいろいろ言っていた。
その一件があってから私のことを言う人は少なくなったとさーちゃんから聞いた。でも私にはそう見えなかった。どんなに些細なことでも私の悪口にしか見えなかった。
やっぱり終わっていなかった。聞こえないことをいいことにいろいろ言っていた人たちが今度は目に見える形でいろいろやってきた。毎朝机の中には乱雑に入れられたプリントが入っていた。そこには“バカ”、“耳なし”、“あーうー”、“おんちかいじゅう”・・・他にもいろいろなことが書かれていた。私はそのプリントを持ち帰らなかった。教室から誰もいなくなったときにこっそりゴミ箱の奥の方に捨てた。これでなかったことに出来る。そう思っていた。
いつしかその落書きは形を変えていった。“死ね”、“じゃま”、“キモイ”、“キエロ”・・・どんどん過激になっていった。その文字を見るたび私の心は少しずつ傷ついていった。
誰かに話せば楽になると思った。でも話せなかった。両親にも、さーちゃんにも、さく姉、かよ姉にも。巻き込みたくなかった。変に話して逆に怒られるのが怖かった。だったら私がずっと抱えていれば問題ない。そう思って話さずにいた。
ある朝だった。いつも通り起きて学校に行こうとしたけれど脚が動かなかった。玄関で止まったまま動かなかった。その後すぐに強烈な吐き気がして私は玄関で吐いてしまった。両親がすぐ来て私を病院に連れて行った。そこでの診断は心理的なものによる突発的なものだった。帰った後お母さんに何があったか聞かれた。でも、言いたくなかった。私が言わなければ———
〝お願い。言って。私たちだけはあなたの味方だから〟
この言葉に動かされた。ずっと溜まっていたものが一気に吐き出されたような気がした。ただ涙が止まらなかった。ずっとずっと泣いていた。
私のことを心配したさーちゃん、さく姉、かよ姉も私の家に来た。また巻き込むことになるのが怖かった。でもお母さんが背中を押してくれた。だから私は言うことにした。途中怖さで何度も止まったけど言った。その後お母さんの口から飛び出したのは
〝ごめん。気づいてあげられなくて。でももう大丈夫。私たちがいる〟
そう言ってまた私を抱きしめた。さーちゃん、さく姉、かよ姉も泣きながら私を抱きしめてきた。私はそこでもう出し切っていたはずの涙をまた流した。
以降の授業は保健室で行うことになった。当然その学校には私のクラスの人たちがいる。それを配慮して、休み時間をずらすということがなされた。これで顔を合わせることもなくなる。私の気持ちはこれで少し、ほんの少しだけ落ち着いた。
でも避けられないこともあった。卒業式。これだけは出席する必要があった。同じ学校にいたのに同じクラスメイトなのに久しぶりに顔を合わせた。一部の人は私が知っている姿と変わって見えた。それほど時間が経っていた。卒業式では当然歌を歌い、呼びかけがあった。でも私にはそれが出来なかった。だから私は卒業式、晴れの舞台なのにずっと下を向いていた。一人だけ暗いの舞台のように。
これでようやく解放されると思って終わった小学校生活。でも普通は中学に上がるとき、近隣の中学にみんな一斉に上がる。だから私は中学になっても彼ら、彼女らと付き合わなければならなかった。怖かった。卒業式の目線が忘れられない。クラスでの目線が忘れられない。口が忘れられない。あのプリントが忘れられない。また繰り返されるかもしれない。それが怖かった。
いったいどこがいけなかったのだろう。クラスに入ったこと? 耳が聞こえないこと? しゃべれないこと? 生まれたこと? そう自問する日々が続いた。
中学に入ってからは特別支援学級という障がい者向けのクラスに配属された。でもそれと同時に通常クラスにも配属された。これは私への配慮だったのかもしれない。でも環境はそう簡単に変化しない。私からしてみれば敵が増えたのと同じだった。中学では私の味方はさーちゃんしかいなかった。さく姉とかよ姉は入れ違いで高校に行ってしまったから頼れない。頼れる人が一人しかいない。そのことが怖かった。
だから中学に入ってからは可能な限り目立たないように努めた。行動、言動、どちらにおいても目立たないように。目立たないようにするには間違えないようにすればいい。間違った行動をしてはいけない。そう自分に言い聞かせて日々を過ごした。
誰かに話しかけられた。こういう時は頷いておけばいい。そうすれば悪い印象には捉えられない。・・・突然話を切られてその場から離れて行った。間違えた。
プリントを渡された。お辞儀をすれば大丈夫。・・・プリントを指さされて何か書くよう言われた。間違えた。
授業の内容をノートに取っていた。休み時間、音がうるさいと言われた。謝った。でも届かなかった。間違えた。
私の生活は間違いだらけだった。何をしても間違えてしまう。それで目立ってしまう。どうすればいいかわからなかった。間違いというものは修正すればなんとかなる。でも修正してもそれが間違えていれば意味がない。そうして私は間違いを積み重ねていった。
高校に入ってからもそうだった。中学の時ほどではないけどいて心地のいいものではなかった。私のことを初めて知る人たちが多かったから配慮してくれる人も多かった。でもやっぱり高校に入っても一部の生徒は私のことを目障りに思っていたのかもしれない。聞こえれば知ることが出来たのに。でも知りたくなかった。怖かった。
そんな中私に一筋の光が差し込んだ。さーちゃんが同じ高校に進学していたことだ。クラスは違えど私にとっての本当の友人がそこにいた。会えたのは廊下、他の生徒が行きかう廊下だった。私はさーちゃんの姿を見て涙があふれてきた。それにさーちゃんはすごく動揺していたようだった。でも、本当に嬉しかった。私は一人じゃなかった。
私の心はもう幼くない。多少の事なら耐えられる。小学校の時に散々ひどい目にあってきたから高校での日常は全然苦ではなかった。
でも私に植え付けられた歪んだ見方は消えることはなかった。色んな人の一挙手一投足を気にしてしまう。目が合うと気になってしまう。だからいつも落ち着かなかった。
唯一落ち着いていられたのはさーちゃんと一緒にいる時だった。さーちゃんは休み時間になるといつも私のところに来てくれた。筆談だったけど私の話を聞いてくれる。私とお話しできる。それが私にとって心の安らぎとなった。
心の安らぎとなるのはもう一つあった。高校に入ってからは芸術科目が選択制になったということだ。音楽、美術、書道、このいずれかを選択して授業を受ける。私は音楽を選ばなかった。選びたくなかった。一人になるのが嫌だったから。
そうやって逃げてきたけどどうしても逃げられないことがあった。それが合唱コンクールだった。強制的に歌わされる。これが嫌だった。逃げたかった。2週間前から練習が始まったけど私はそこでも独りぼっちだった。あの光景は、小学校の時と同じだった。怖かった。みんなと同じことが出来ないことが。一人溢れていることが。だから私は逃げるためにあることをやった。合唱コンクールの2日前、その日はかなりの大雨だった。私はそんな中、傘を差さずに帰った。どうなるかはわかっていた。案の定風邪をひいた。でもこれが目的だった。これなら正当な理由で合唱コンクールを休むことが出来る。そう思った。だから私はまた逃げた。
この選択は間違っていたのだろうか? どうせ私がいなくても合唱コンクールは成立する。ならいてもいなくても変わらない。むしろいない方が邪魔にならないし。でもこの選択をした後、他でもないさーちゃんに怒られた。
〝奏、何でそうやっていつも逃げるんだ。私は、奏には胸を張ってほしいんだ。耳が聞こえないからなんだ、うまくしゃべれないからなんだ。この学校にはそれを悪く言う人はいない。もしまた逃げるようなことがあったら捕まえるからな〟
ここで言われたことと早川先生が言ったことが重なった。私は・・・もう逃げたくない。でも怖い。球技大会の時はまだ逃げずに済んだ。でも今回は違う。私は、また一人になる気がして・・・。みんなは逃げなかったのに・・・。
矢島君は逃げなかった。自分の過去と向き合って一人で生きることをやめて協力を選んだ。迷惑も承知で頼ることを選んだ。球技大会も逃げずに正面から挑戦した。テストもそう。
瀬戸君は逃げなかった。突き放した矢島君を逃がさずに自分も逃げることなく自分を頼れと言った。
ココは逃げなかった。お母さんが抱えた問題を自分事のように受け取ってどうにか解決しようと頑張った。その結果みんなからいろいろ言われることにはなったけどお母さんを助けてほしいと言った。お母さんに、あの過去に向き合った。
アオは逃げなかった。自分が抱えた感情をこのままではいけないとみんなに打ち明けて矢島君と同じように頼ることを選んだ。そして球技大会も逃げずに挑戦した。
さーちゃんは逃げなかった。自分のお姉さんが有名人でありながら来る人来る人みんなと話すことを選んだ。あの事もちゃんと解決して今はその人たちとも仲良く話している。
かえかえは逃げなかった。自分のお兄さんの目が見えなくなったというのを一番身近に感じながら陰で支えることを選んだ。現実からも逃げずにしっかりと向き合っていくという選択をした。
奈々ちゃんは逃げなかった。重い病気を抱えながらその病気と闘うことを選んでしかも矢島君に、その・・・、告白することも逃げずにやってのけた。
他のみんなも私が知らないだけで逃げなかったことは多くあるだろう。そう、みんな逃げずに立ち向かってきた。そんなのを正面から見せられたら私も逃げるわけにはいかない。でも・・・逃げたくないという思いと恐怖、この二つの感情が私に複雑に絡まっている。
みんなはこのクラスになって、ううん違う。この学校に入って初めて得られた親友。その親友を裏切るわけにはいかない。でもあと一歩が出ない。どうして? やっぱり怖い。怖いの。壇上に立った時のみんなからの視線を、声を考えると。
私はもう逃げたくない、間違えたくない、でも怖い。ねぇ、どうしたらいいの? 誰か、私の背中を押して・・・
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俺の考えは間違っていなかった。わたりんも昔ひどい思いをしたのだ。これを聞いて思ったのが多分俺なんかと比較にならないくらい苦しい思いをしていたのだということだ。
わたりんは俺と同じように抱え込むタイプだとは思っていた。でもその期間が明らかに違う。俺は小4から、わたりんは生まれつきだ。決定的な差だ。しかも耳が聞こえないという苦しみはわたりん本人にしかわからない。それを共有しろと言われても無理な話だし分かった気になるのも違う気がする。
最後の一言が終わってから少しの間静寂が流れたがそれを破るようにチャイムが鳴った。どうやら昼休みが終わったようだ。
「健ちゃん。今日は部活休むと言っといてほしい。だから健ちゃんは休むなよ」
「・・・わかった。僕はこう言っていいのかわからないけど結果を待つことにするよ」
「俺もそうするよ。みんななら何とかするって信じてるからな。あとぶっちゃけ休みすぎてちょっと罪悪感もあるしな」
「ああ。和田も部活行けよ。吹部も忙しいだろ」
「うん、だけど・・・」
「心配しなくていいわよ。私たちがビシッと言ってあげるから!」
「かなのビシッとはグサッとの間違いなので心配ですね。でも他の人がフォローするので心配しないでください」
「雛の言葉にグサッと来たわよ!」
「さっきまで深刻な話してたのによくそんなんでいられるな」
「うん、ここは光ちゃんに同意する・・・」
俺に同意するのは葵だけか。皆さんちょっと軽く考えすぎじゃね? でも要は今のわたりんに必要なのは一押しだろ。どう声をかけたらいいものか・・・
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私が最後の一文を打ち終わった後少しの間静かになった。ううん、もともと静かだったけど雰囲気からわかった。
“チャイム鳴っちゃった。戻るね”
「私も戻る」
“大丈夫なの?”
「うん」
なぜだろう。今まで抱えたものを言ったからかな? なんかちょっとすっきりした気がする。でも恐怖は変わらない。それはクラスに行くものではない。そっちは多分大丈夫だと思う。合唱コンクール、これに出るのがやっぱり怖い。だから・・・
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放課後、俺の家にみんなしてくることになった。あそうだ。奈々に言っとかなくちゃな。今日行けなくなったって。と思ったらもう連絡してくれていたようで奈々も承諾してくれたようだ。
話した後、もしかしたら辛くなってしまうのではと思ったが午後の授業はちゃんと教室にいたようだ。
家に向かったのは慎と佐藤、和田以外だ。咲彩も部活を休んでこっちに来ている。道中ほとんど話すことはなかった。これは気まずいといったらいいのか。いつもはうるさいココや佳那も静かだった。そのままほとんど話すことなく家に着いた。
最後の一言、要するにあと一押しが必要ということだ。まぁ俺なりに考えたことはあるが・・・絶対反対されそうだよなぁ。他の人の聞いてるか。
「わたりん、どう?」
〝大丈夫、落ち着いた〟
合唱コンクールというワードで再び意識されてしまったのか、ココの質問にわたりんは声を出さずに機械音声に頼っている。
「わたりん。無理に出ることないと思うよ」
〝ううん。大丈夫。出る。でも、怖い〟
葵。それは違う。もちろん葵もわかってそう言っているのだと思うがわたりん自身出たくないというわけではない。出たいという感情よりも恐怖の方が上回っているというこの状況をどうにかしたいのではないか?
「怖いことないわよ。私が腕引っ張ってあげるから」
〝うん。頑張る〟
佳那も自分がそばにいると伝えたかったのだろうが違う。本番になると当然今までできていたことも出来なくなる。緊張、なにより恐怖だ。それを克服する方法はいくつかある。回数重ねて克服すること、それを恐怖と捉えないようにすること。今回はどうする?
「雛たちは隣にはいれませんけどいつでも味方ですから」
「そうそう。別に逃げたって誰も責めないし誰も悪く言わない。もし悪く言う人がいたら私たちがその人をまたねじ伏せてあげるから」
〝うん、ありがと〟
わたりんが今欲しているのは励ましか? 慰めか? 違う。みんなそうしているが違う気がする。去年咲彩は合唱コンクールから逃げたわたりんに何をした? 叱咤だ。そこで何を言った? そう、捕まえるだ。だったら
「はぁ、何もわかってねぇな。俺も言えたことじゃねぇか」
「どういうこと?」
葵が聞いてきた。葵なら多分俺が言えばわかると思う。若干当たり強めに言っているが俺も引くわけにはいかない。なにより、咲彩が何も言ってこないのが証拠だ。
「先生の言ったことを繰り返すが、わたりんは逃げたいのか? それとも逃げたくないのか?」
「あ・・・」
「はっきりしろよ。先生が聞いた時も答えてなかったじゃねぇか。俺は答えを聞くまで逃がさねぇからな」
「光ちゃん! 言い過ぎ!」
「言い過ぎなもんかよ。まだまだ言い足りねぇことあるぞ。この際だから言ってやろうか?」
「ちょっと!」
「みんな待て。わたりん。聞きたくなかったらそのスマホを閉じればいい。私は止めない。わたりんも、光ちゃんも」
「さーちゃんも⁉」
どうやら咲彩にはわかっているようだ。だから俺を止めることはしない。ココや葵、佳那は驚いているが一方で冷静な人がもう一人。
「私も止めたくはない。言いたいことは言えばいい」
尾鷲も珍しく口をはさんできた。普段は俺の言うことがおかしくて噴いているせいで会話にならないが今日はすごく冷静でちゃんと話にも入って来る。
ちょっと深呼吸しよう。多分突き放す言い方になるだろうから。
「もう一度言うぞ。逃げたいのか? どうなんだ?」
「わたしは・・・」
「まだ怖いってか。はぁ・・・、わたりんはそんなんで怖がらねぇと思ってたがなぁ。がっかりだ」
「・・・がっかり」
「ああそうだ。球技大会の時の威勢はどこ行ったんだよ、らしくねぇ。そうやって逃げてばかりいるやつを見てると過去の自分を思い出すから腹立つんだよ。でも俺は逃げても良い事ねぇって学んだぞ。少なくとも今の学年に上がってからそれについて学ぶ機会はいっぱいあったはずだ。まさか俺より頭のいいわたりんが学んでねぇわけねぇよな?」
「わか・・・」
「わかってんなら答えは一つだろ。てなわけでまた聞くぞ。逃げたいのか?」
「にげたくない」
「じゃあ逃げんじゃねぇよ。俺だって逃げなかったんだぞ。俺だけじゃねぇ。ここにいるやつ、いねぇやつも逃げずに向き合ってきた。立ち向かってきた。なのにわたりん、お前はどうだ。合唱コンクールが迫ってるからってまた逃げて。その先に何がある? あるのは後悔だけだ。事実お前だって今まで逃げてきたことを後悔してんじゃねぇか?」
「・・・」
「それによ、俺だって楽譜見えねぇのに参加するんだ。葵なんか脚使えねぇのに伴奏者だぞ。わたりん、いや、渡。お前にもできることはあるはずだ。それが何だかは言わねぇぞ。視線なんかいちいち気にすんじゃねぇよ。気になるんだったら俺たちの方を向けばいい。少なくとも俺たち9組には敵はいねぇよ。俺たちがお前に向けるのは親友として、クラスの一員としての信頼の眼差しだ。それ以外の何もねぇ」
「・・・うん」
「お前はあと一押しが欲しいって言ってたな。どうせ他のやつは慰めとか言えば一押しになるんだろうと思ってるんだろうが聞いてて思わなかったか? 去年咲彩はわたりんに何て言った? それを考えれば今俺が言っていることもわかるはずだ。何より、場所は違えど障がい者同士。そうやって弱腰になってるやつは見てらんねぇ。同じことをまた繰り返すのか? 後悔を積み重ねるのか? それはお前自身望んでねぇはずだ」
「———」
「わたりん。ねぇちょっと———」
「泣けば逃げられると思ってんのか? 思い出せよ。次逃げたらどうするって言われた? 他のやつが参加しなくていいって言っても咲彩が捕まえるぞ。咲彩が捕まえなくても俺が捕まえる。見えねぇやつが捕まえんのも無理だと思うがな」
「・・・こわいの」
「まだそんなこと言ってんのか。確かに長年蓄積された恐怖はそう簡単に消えねぇな。じゃあその恐怖をもっと大きな別の感情で上書きすればいい。もしくは共有すればいい。今ここで共有したな。じゃあその後どうするか、上書きだ。俺だって合唱コンクール碌なことなかったから言えた立場じゃねぇけどよ。怖い思いだけはさせねぇって言える」
「・・・ほんと?」
「ああ、だから今ここで誓え。私はもう逃げないって。渡、お前の声で言え」
「———わたしは、もう、にげない」
「声が小せぇ! もっと大きな声で誓え!」
「もうにげない! にげたくない!」
相当当たり強く言ってしまった。ちょっと間違えたら絶交だったな。でも、これでわたりんは大丈夫か。わたりんのポジションはもう用意してある。あとは本人のやる気次第だが。気合一発入れてやったからこれも大丈夫だな。はぁ・・・何かしゃべりすぎて疲れた。
「ねぇ光ちゃん。ちょっといい?」
「あ?」
葵が聞いてきたから何事かと思ったらいきなり頭叩かれた。何だよ。
「ちょっとは優しく言えないの⁉ わたりんの気持ちも考えなよ! なんでそうやって傷をさらに抉るようなことするの⁉」
「これが最適解だと思った———」
「そんなわけないでしょ!」
「じゃあ他にあったのかよ。咲彩がああ言ってダメだったんならもっと言ってやる気出させるしか———」
「はぁ・・・みんなで光ちゃんを一発ずつ叩こ!」
あの・・・もうすでに葵に3発食らってるんですけど。この後残りの人からも食らうの? 解決したからいいじゃんとは思ったがやり方が良くなかったか。でもなぁ、これ俺の本心だからなぁ。
ということで葵を先頭にココ、佳那、雛と食らった。咲彩と尾鷲は俺のやり方に賛成していたから叩かれなかった。おい雛、何で叩いた? とびぬけて痛かったぞ。そして最後はあれこれ言いまくったわたりん、覚悟しとこ。多分ナイフとかは飛んでこないはず・・・
「ありがと」
・・・撫でられた。何だこれ?
「わたりん、それでいいの⁉ 腹パンしてもいいのに」
「はらぱん? ああ、お腹パンチのことか」
「腹パンじゃ足らないわよ! 腹パン肘打ちビンタを三回ずつやっていいくらいよ!」
「いいえ、教科書でもう五回叩きましょう」
葵、腹パンは勘弁して。不意打ちされると中から出てくるから。ココ、腹パンくらい分かれよ。佳那、3サイクルはやめて。階段落ちたときくらい痛い思いするから。雛、わかったぞ。他の人が平手だったのにお前だけ教科書で叩いたのか。しかも細いほう。道理で痛いわけだ。まだいてぇよ。
「いいの。やじあくんわるくないから」
「わたりん優しすぎ! もっと言ってもいいのに」
「お前ら俺にいろいろやりすぎだよ」
「光ちゃんが悪いからに決まってるでしょ!」
葵と佳那の当たりがすごく強い。そら言い過ぎたとは思ってるよ。でも重要なのは結果であって過程はどうでもいいだろ。あとそうだよ。
「あのな。じゃあ俺からも言わせてもらうけどな———」
「光ちゃんに発言権はない!」
「最後まで聞け。俺にこう言うよう仕向けたのは咲彩だからな」
「仕向けたとは人聞きの悪いことを言うな」
「しらばっくれるんじゃねぇよ」
「さーちゃんどういうこと?」
「私はただ、今のわたりんを説得するには私以上に強く言った方がいいかもしれないと言っただけだ」
「ほらな、だから俺は悪くねぇからな」
「悪いわよ!」
そう言われ仕上げの一発を葵から食らった。しかも教科書。クソいてぇ・・・
「たっだいまー! おぉ? 光ちゃんさては泣かせたなぁ」
「泣かせてねぇよ。ていうかタイミング悪すぎだ。残業してくればよかったのによ」
「泣かせたし」
「私がすると思ってるぅ? まぁでもますます距離が近くなったようでよかったじゃない。あ、みんなこれ食べるぅ? 事務所からもらってきたのよぉ。あ、光ちゃんはなしねぇ。泣かせたからぁ」
「いただきます!」
「だから泣かせてねぇし」
ていうか帰ってきたときわたりん泣き止んでたよな? もしかして表情から読み取ったのか? こわっ! 結局俺だけもらえませんでした。何もらったんだろ。わかってることと言えば甘い、おいしい、サクサクすることくらい。ビスケットかクッキーか?
その後少ししてみんな帰って行った。泣かせた責任として俺も玄関前まで行くことになったがわたりんとその周りの会話がいつもより明るく聞こえた。
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話は数時間前にさかのぼる。5限と6限の間の休み時間、なぜか知らんが咲彩に呼び出された。何事かと思ったよ。だって咲彩のことはもう学校中に知られてるしその咲彩が直々に俺一人を呼び出したから。当然9組連中も何事かと思うわな。特に、いちいち俺をいじってくる遠藤と今回はうちのクラスのSAKU-KAYOファン筆頭御堂がうるさかった。
とりあえずそいつらについては慎とココに任せて北校舎に来た。そんなに距離ないしな。
「で、何だよ。俺一人を呼びつけておいて」
「・・・頼みがある」
「頼み?」
何のことかよくわからなかった。あるとすれば直近のわたりんの件についてだが。
「光ちゃんには悪者になってくれないか?」
「は? 悪者? はいなりますって言ってなりたい役じゃねぇな」
「わたりんはあと一押しが必要と言っていた。でもその一押しは・・・その・・・何と言えば良いか・・・」
「ああそれか。俺も同じこと考えてたわ。要するにあれだろ、叱咤激励しろってことだろ」
「ああ。去年もそうしたんだが、どうやら私の押しが足りなかったようだから」
「そうか。まぁ言ってやるくらいならしてやるけどよ、逆効果になったら嫌だぞ」
「それはない。わたりん自身よくわかっているから。わたりんには勇気が必要なんだ。だから、わたりんを勇気づけてほしい。これは光ちゃんにしか出来ないことだ」
「何で俺を選んだ? 別に他のやつでもいいだろ」
「光ちゃんはやるときはやるだろ。あとは私の勘だ」
「お前・・・どうでもいいところあの二人に似てるよな」
「そうか? まぁしょうがないだろ。あの二人を見て私も育ったんだし」
「はぁ・・・わかったよ。何かあったらフォローしろよな」
「ああ、わかった。そうだ、ちなみにだが私のクラスの伴奏者はアオになった」
「マジか。それを教えるってことは使えってことだよな」
いまいち人選については納得がいってなかったがまぁ振られたからには言ってやるか。こういう時は本心を言った方がいい。これココから学んだ。葵を利用するというのはちょっと気が引けるが今はそんなこと言ってられない。あとでいろいろ言われるくらいどうってことない。
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わかっていた。私は弱く、臆病だということは。でもそれをどうにかしなきゃと思っていた。でもきっかけがなかった。ううん、実際はあった。でもそれを私は蔑ろにしてきた。だから私は、もうしたくないと思った。これはチャンスだと思う。今の自分を変える。そのチャンスはみんなが、何より私をよく知っているさーちゃんが、私を怒ってくれた矢島君が作ってくれた。だから私は自分を変えるために合唱コンクールに挑む。よし! 決めた! 私は指揮者として参加する! みんなと一緒に! もう怖くない! みんなと一緒だから!
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