日常? ハプニング? - 77日目 -
今日は面会日か。術後初めて顔合わせすることになるな。確か病院の場所って電車で行かなきゃダメなくらい遠いところだったよな。まぁそれについては後で考えるか。
てなことでいつも通り学校に行ったが早速予想外のことが起きた。
「わたりん今日お休みだって。風邪ひいちゃったみたい」
「まぁあれだけ降られればひくわな」
「では何で矢島さんとココさんは平気なんですか? あ、もしかして馬鹿は風邪ひかないってやつですか?」
「おい、ココはそうだが俺はちげぇぞ。体が丈夫なだけだ」
「私も違うよ!」
そう言われて背中を叩かれた。ほんと、何でこんなピンピンしてるんだろ。
× × ×
昼休み、珍しく? 久しぶり? に咲彩も来てこんなことが決まった。
「わたりんのお見舞いにも行こ!」
「忘れたのか? 奈々のところにも行かなきゃなんねぇんだぞ」
「わたりんのことなら私が見に行こう。家も近いしな」
「じゃあその時私たちも!」
「夜に押し掛けるのか・・・」
というわけで奈々の面会の後、わたりんのお見舞いも追加された。段取りはこうだ。俺とココが奈々の面会に行く。電車でこっちに帰ってきた後、部活が終わった咲彩と慎に合流してお見舞いに行くという形だ。残念ながら佐藤は来れないらしい。
× × ×
こんな感じで学校で起きたことは端折って放課後。
「えーっと・・・ここで電車に乗って・・・ここで降りて・・・」
「なんかものすごく不安なんだが」
「私も不安だから一緒に行くよ。人数は多くないから一人くらい増えても大丈夫だと思うし」
「ありがとアオー!」
ということで駅まで一緒に行っていた葵も来ることになった。これは普通にありがたい。なんかさっきからのココの様子だとものすごく不安だったから。
程なくして来た電車に乗ると
「はい、光ちゃんは優先席にどうぞー!」
「別にそんな長い間乗ってるわけじゃねぇからいいし」
「えー? 転ぶよー?」
「あの事を蒸し返すな。ていうかどっか掴まってれば転ばねぇだろ」
「二人とも電車の中くらい静かにしようよ・・・」
葵に怒られた。確かにしゃべってんの俺たちくらいだった。わかったよ。でも優先席に座るのはやめておこう。いろいろと面倒なことになりそうな気がするから。
着いたのは葵の最寄り駅。何でもアオママが目的の病院まで送ってくれるらしい。何て優しいんだ。うちの母親とは大違い。
「あ、ありがとうございます」
葵は駅員の人に知られているようで葵を駅に下ろしてくれた。ということで俺はココに普通に引っ張られる形で———おわっ⁉
「え⁉ なになに⁉ きゃあ!」
訳も分からないまま体勢が前のめりになって前にいたココに突っ込んだ。そして勢い衰えぬままココも倒れこんだ。
「大丈夫⁉」
葵が来て俺たちに声をかける。その騒ぎを聞いたのか駅員の声もするな。
「いってぇ。俺は平気だ」
「わ、私もだいじょぶって光ちゃん擦りむいてるじゃん!」
「あ?」
そういえば手のひらひりひりするな。
「二人とも大丈夫⁉」
あ、駅員も来てしまった。大事になりそうな予感・・・
「大丈夫です! えーっと絆創膏・・・あった!」
そう言ってココが擦りむいたであろうところに絆創膏を貼る。
「すみません。お騒がせしました。電車の段差に躓いてしまっただけですので心配ありません」
葵が駅員にそう説明している。その外からは冷たい言葉が俺に向けて聞こえてくる。そらそうなるだろうな。だから電車は嫌なんだよ。
とりあえず運行には支障が出なかったのでそのまま電車は出発した。俺たちはホームにあったベンチに腰かけている。
「君たち、危ないことはしちゃダメだよ」
駅員の言うことももっともだ。安全を第一に運行しているんだ。俺たちの行為はそれを完全に逸脱している。ここはおとなしく謝って———
「悪いのは私です。ごめんなさい。目が見えないのに、私・・・急いじゃって」
「目が見えない?」
「はい、駅員さん。彼は目が見えません。その・・・白杖とかもないので説得力ないと思いますけど」
ココや葵が駅員に説明していく。違う、この説明は本来俺がやるべきなのに。何やってるんだ。
「すみませんでした。躓いたのも転んだのも俺の責任です。それでもし運行を妨げたのだと言うのなら俺が罰を受けます」
「違います! 私が悪いんです!」
言ってすぐ後悔した。これじゃさらにココを悪くさせるだけじゃねぇか。頭を下げている間、非常に長い沈黙が流れた。その後聞こえてきたのは
「今回は大事に至らなかったからよかったものの、起きたらタダじゃすまないこともあるんだよ。もちろん、君の目が見えないこともわかっている。君が先導しようとしたこともわかっている。見ていたからね。だからこそ、より慎重に行動するべきなんじゃない? 二人ともだ」
「はい、すみませんでした」「はい!」
そう言うと駅員は離れて行った。その後聞こえてきたのは
「・・・ごめん、・・・ごめんね」
ココの震える声だった。すすっている声もする。その横では葵が慰めている。じゃあ俺は何をしたらいいんだ・・・。ココは悪くない、違う。俺が全部悪い、違う。もうこの話はやめる、違う。責任を背負い込むのも逃げるのも俺は望んでいない。だったら・・・
「確かに、ココが急ぎすぎたってのはある。それは悪いな。でも俺も悪い部分はある。電車とホームに段差あることくらいわかってただろうに。はぁ・・・つーわけでどっちも悪い。そんでもってもうやらないようにする。それでいいじゃねぇか」
「でも・・・」
「まさか俺が手擦りむいたこと気にしてんのか? 言っとくがココのおかげでこの程度で済んだってのもあるんだぞ。躓いて前のめりになった時お前の髪がクッションになったからな」
「ねぇ光ちゃん、それは慰めてるの? それとも馬鹿にしてるの? ちょっと引くんだけど」
「だああああ! 今の絶対キモかったな! カットカット! 前言撤回!」
「ぷふっ! アハハ!」
とりあえず俺が頭抱えるだけで事は済んだ。お願いだから忘れて。
その後のココはものすごく俺に気を遣っていた。何か違和感あるな。まぁしょうがないと言えばそうだが。そのまま迎えに来たアオママのところまで行って車に乗り込んだ。道中はというと、アオママは当然さっきまで泣いていたココに気づきそのことを追及・・・してこなかった。やっぱり優しい。うちの母親は絶対追及してくるだろうに。そして俺のせいになる未来まで見える。
× × ×
病院に着くと
「え? ママは行かないの?」
「ええ、奈々ちゃんが会いたいのはみんなだからね」
そのみんなにはアオママもいるのではと思ったがせっかく気を遣ってくれたんだ。おとなしく従っておこう。
入り口で別れて俺たち三人で奈々のいる病室まで行く。
「すみません。こちらのフロアに七瀬奈々さんという人いませんか?」
「はい、確認しますのでお待ちください」
葵が受付の看護師にそう言って待つこと少し
「あの・・・もしかして奈々のお友達ですか?」
横から別の人の声がした。
「はい」
「来ていただいてありがとうございます。奈々の母親です」
「いえいえ。こちらこそ、手術の成功お慶び申し上げます。こちら、つまらないものですが」
「そんな、ありがとうございます。礼儀正しい方々で」
いや、礼儀正しいのは葵だけだぞ。俺とココは・・・どっちかって言うと礼儀知らずな方だな。自分で言うのもどうかと思うが。
「私は更科葵と言います」
「私、一条心愛。ココって呼ばれてます」
「俺は矢島光輝です」
「そう、皆さんが・・・。お話でよく聞いています。皆さんのことを話す奈々はとても楽しそうで。あ、ご案内しますね」
そんなに話していたのか。これは嬉しいと言ったらいいのか? まぁいい。とにかく、やっと奈々に会えるのか。
病室だろう。そこに着くと一人一人入っていく。
「奈々、来てくれたわよ」
「本当⁉」
奈々の声が聞こえた。元気そうだ。
「光ちゃん最初だよ」
「ほらほら!」
葵とココに背中を押されて病室に入って行く。
「よぉ、久しぶりだな」
「光ちゃん先輩・・・うぅ」
「ぐすっ、奈々ちゃん。・・・よかった」
「うわーん! 奈々ちゃーん!」
こうして俺たちは奈々にまた会うことが出来た。まぁ人数は少ないし俺以外ボロ泣きだけどな。奈々ママに席を用意されてそこに腰かけると俺の手が握られた。
「先輩・・・また会えてよかったです。あれ? どうしたんですかこれ⁉ 怪我したんですか⁉」
「心配すんな。こけただけだ。とじゃあ右手は握んねぇ方がいいよな。俺がこっち向いたらいいのか?」
術後、しかも心臓移植の後となると感染症に敏感になる必要がある。もしものことがあっては事だ。だから体の向きを少し変えようとすると
「いえ、大丈夫です! お手を煩わせるわけには」
「これくらいわけねぇよ・・・お前ら泣きすぎだろさっきから」
そう、冒頭から泣きっぱなしの葵とココがいた。うれし泣きにしては泣きすぎじゃね? 俺も人の事言えないか。電話で第一報を聞いた時の俺もこんな感じだったし。
「奈々ひゃんよくばんばったよー!」
ココ全然言えてねぇし。
「嬉しいんだからいいでしょ! 泣かない光ちゃんが悪い!」
なんか葵に悪者にされてるし。もうこの二人は放っておこう。多分話にならなそう。
「とりあえず元気そうでよかった。ああ、他のやつなら心配すんな。日を分けてくるからよ。ちなみに俺は毎日来ることになった」
「大丈夫なんですか? 私のために」
「大丈夫だ。俺は放課後いつも暇してるからな。それに、奈々のためなら毎日来るくらいしてやるよ」
「あ、ありがとうございます」
「ところでリハビリの方はどうなんだ?」
「それでしたらお医者様と相談しつつという感じです」
「まぁこればっかりは頑張れとしか言えねぇな。悪いな」
「いえ! 先輩のその言葉だけでも励みになります。ありがとうございます! ・・・あの」
「あ? なんだ?」
「その・・・光ちゃん先輩のお誕生日、先週でしたよね。ですので」
「ちょっと待て。俺もう貰ったぞ」
「いえ、ちゃんと渡したかったので、これを」
そう言って渡されたのは
「光ちゃん先輩、お誕生日おめでとうございます」
あー、これはヤバイ。完全に不意を突かれた。この光景が見えていたらとつくづく思う。もうこの学年に上がってからその後悔だらけだ。パシャッ
「撮るんじゃねぇよ」
「やっぱり光ちゃんも嬉しいんじゃん」
その後も撮られまいと、あとは顔を見られまいと下を向く。これは見られたらあとでいろいろ言われるやつだ。あーくそ、治まれよ。そうして下を向いた俺の頭を奈々が優しく撫でている。これじゃ前と立場逆転してるじゃねぇか。情けねぇ。何で逆に励まされてんだよ。もう知らねぇ。
ようやく治まったところで奈々の方を向くと
「ありがとな。大事にするわ」
「はい」
渡されたのはキーホルダー、丸い形とこの凸凹具合からサッカーボールか。俺がサッカーやっていたことを聞いたからか。ヤバイ、また触ってたら泣きそう。話題変えよう。
「ふぅー、よし。それじゃあ約束はしっかり果たさせてもらう。いつでもいい。奈々の時間に俺が合わせる。それでいいか?」
「はい。それまでにリハビリ頑張ります!」
「おう」
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本当に久しぶりだった。もしかしたら、この声も聞けなかったかもしれなかったから。本当に・・・本当に嬉しかった。
「良い先輩たちね」
「うん。・・・うん」
最初から泣いちゃったけど先輩たちがいなくなってからまた涙があふれだした。その涙で視界はにじんでいたけど光景ははっきりと覚えていた。その光景を思い出してまた涙が・・・。
「リハビリ頑張らないとね」
「・・・うん」
さっきから同じ返答しか出来ない。ただただ嬉しかったから。光ちゃん先輩はこう言っていた。術後の方がきついと。だから、皆さんと一緒に、肩を並べて歩けるように
「・・・頑張る。私、頑張る!」
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移動時間がそこそこ長かったからか、面会時間はあっという間に終了となり帰ることになった。月曜でこれだ。他の日だともっと無理そうだな。ちょっと会ってすぐ帰るなんてことになりそうだ。でも会えないよりはいいか。
「じゃあね」
「またね」
「すみません。送ってくれて」
アオママは本当に人がいい。結局帰りの車の中で駅のことが話されたのだがそれを聞いたアオママは病院まで毎日送ってあげると言ってくれたのだ。マジ感謝だ。しかも行きだけじゃなく帰りも俺の家まで送ってくれるという。頭上がらないわ。
葵も来るかと思ったが「いっぱいいるからいいよ」と言って帰ってしまった。確かに、この後慎や咲彩とも合流するからな。それに明日か明後日には出てこれるだろう。
「わたりん大丈夫かな?」
「そんな心配するほどのものでもねぇだろ」
もう慣れたが今ココと俺は手を繋いでいる。何でかは言わなくてもわかるだろう。駅でのことがあったからだ。ただちょっと変わったのが今までココは俺の手首を持っていた。ゆえに正確に繋いでいるというわけじゃなかった。でも今は文字通りの手繋ぎ状態だ。・・・意識しないようにしても意識してしまう。見えてないだけマシか。
「駅のこと。本当にごめんね」
「何度も言わせんな。もう過ぎたことだ。忘れろとまでは言わねぇけど気にすんな」
俺がそう言うと手を握る力が若干強くなったように感じた。別に痛くはないけど・・・余計意識してしまう。
「あ! さーちゃーん! 慎ちゃーん!」
どうやらあの二人もこっちに向かって歩いてきていたようで学校ではなく道中での合流となった。見つけたと同時に握られていた手も離された。ようやく解放された。
「奈々ちゃんどうだった?」
「元気だったぞ。ボロ泣き出来るくらいな」
「そうか、それはよかった」
「あそうそう! さーちゃん慎ちゃん、これ見て!」
あ、なんか嫌な予感がした。
「くふっ! ボロ泣きって光ちゃんがじゃんよ」
「新鮮だな。この写真の光ちゃん。もらっていいか?」
「もらうな笑うな見せるな。あーくそ、恥かいたわ」
病室での様子が二人に見せられた。穴があったら入りたい。これ別に見せたいわけでも見せられたいわけでもねぇからな。何なら今すぐにでも消去してほしい。
「そういや金曜あの雨だったよな? よく平気だったな」
「平気なもんかよ。全身ずぶ濡れになったし」
「あー、じゃあそれでわたりん———、別に二人を責めるわけじゃないけどな」
「絶対あの雨だろうな。あれは俺たちは悪くねぇ。その日の天気予報が悪い」
「すごい責任転嫁だな。でもよ、それでよく二人は風邪ひかずにいられたな」
「全然何とも、風邪ひく兆候すらなかったな」
「私も全然大丈夫だったよ! だって——―」
「だって?」
それで正解だココ。言うなよ。言ったら大変なことになる。咲彩は特に気にしないと思うが問題は慎だ。絶対何か言ってくるに違いない。
「直帰させたからな。濡れたままでずっといるとそれこそ風邪ひくだろ」
「ちょっき? あ、そうそう! ちょっき!」
絶対わかってなさそう。まぁいい、ココが話し合わせてくれたからバレることもないだろう。
「ふーん・・・、嘘だな」
「何でだよ」
「ココの目が泳いでるからな」
まさか咲彩から言われるとは思わなかった。俺は普通にしてたつもりなのにまさかココで見抜くとは。
「え? わかったの? すごいさーちゃん! 超能力!」
いや、違かった。これは誘導尋問だ。実際目が泳いでいるかどうかを見る必要はない。さっき咲彩が言ったように言っておけば向こうから自白するというものだ。いつの間にそんなスキル身につけたんだ? おかげでココが嘘ついてることがバレた。ということは俺の嘘もバレたということ。
「光ちゃん? 嘘は言っちゃいけないな」
「うちの担任みてぇに言うなよ。はぁ・・・やっぱりココと一緒に嘘を突き通そうと思った俺が馬鹿だった」
「え? どういうこと?」
まだわかっていないココはもう無視。おとなしく白状します。でも付け加えるけどな、雨でびしょびしょになったのは天気予報が外れたせい、そして風呂入る件になったのは母親のせいだからな。これ言っとかないと俺の立場がなくなる。
「まぁ光ちゃんのお母さんならやりそうだな」
「ああ、確かに」
慎は母親の性格を知っているから、そして咲彩は夏夜さんのことがあったから納得してくれた。ちなみに夏夜さんがうちの風呂に入った件はまだバレていない。こんなの言えるわけない。言ったら全国のSAKU-KAYOファンから妬み辛み言われまくるからな。
「あ、着いた!」
「へぇ、ここか。そんなに遠くないな」
「ちなみに私の家はあそこ!」
「私はあそこだ」
「あそこだけじゃわかんねぇんだが」
「目で見える位置って言ってわかるか?」
「ああ、大体わかった。めちゃくちゃちけぇじゃねぇか」
そんなに近かったの? ずっと前に家の距離は歩いて5分くらいって言ってたけど5分無いじゃん。実質お隣さんだよ。
「え? あの大きい家さーちゃんちなの⁉ 羨ましい!」
なるほど、咲彩の家がでかいと。規模全然わからん。
「光ちゃんにもわかるように言うと・・・、光ちゃんち2つ分といったところか」
「この地域にそんな豪邸あったのか。いくらすんだよ」
「確か———」
「さーちゃん、それは言わなくていいぞ。それよりもだ、今はお見舞いだろ?」
「あ、そうだった!」
ちっ、慎のやつ話逸らしやがった。もし聞けていれば本田家の財政状況が知れたかもしれないのに。それにしてもうち2つ分って・・・間取りどうなってんだ?
わたりんの家のインターホンを鳴らして少し。
「あ、ココちゃん、咲彩ちゃん。久しぶり・・・と?」
「初めまして。同じクラスの瀬戸慎です。でこっちが」
「同じく矢島光輝です」
「ふーん、二人のことは奏からよく聞いてるわ。どうぞどうぞ」
「お邪魔しまーす」
あの・・・普通に入って行っちゃうんですか? あれ? そういえば咲彩は幼馴染って言ってたがココのことも知ってそうだったな。もしかして通ってんのか?
リビングに通されて少しすると
「あ! わたりん! 大丈夫⁉」
「あ、ありがと。きてくれて」
マスクでもしているのだろうか。声がこもっている。まぁやっぱり風邪だったな。そんなに辛くはなさそうだ。でもあれだな。声での会話はきつそうか? だったら
「別に、暇だったから来ただけだ」
「え? 手話使えるの?」
驚いた声でわたりんの母親、わたりんママでいいか。が聞いてくる。
「はい、でも俺だけじゃないですよ」
「まだ光ちゃんほどうまくは出来ないけど」
「私、も、出来ます!」
この光景を見てわたりんママは何を思ったのだろう。
「ありがと。奏の友達でいてくれて」
少し震えていたその声について詳しく聞くことは避けた。多分時が来ればわたりん自身が話すだろう。
「はいわたりん、今日渡されたプリント」
「うん」
「さてと、渡すもんは渡したし、帰るぞ」
「えー? もうちょっといてもいいじゃん」
「風邪ひいてるやつに無理させんなよ。それに今何時だと思ってんだよ。見えなくてもわかるぞ。絶対暗いだろ」
「そうだな。あまりいると迷惑かけちゃうしな。帰るか」
「俺の前でよくそんなこと言えるな」
「じゃあなわたりん、早くよくなってな。ココ、帰るぞ」
「あー待ってさーちゃん! 襟持たないでー! またねわたりん!」
「ま、あた」
ちょっと強引になってしまったが理由はさっき言った通りだ。絶対今暗いぞ。ていうか今ってちょうど夏至くらいだよな? 夏至で暗くなるって・・・めっちゃ遅いじゃん。確実に7時は回ってるな。そんな遅くに来てしかも上がらせてもらうなんてちょっと申し訳なくなった。だから撤収。
——————————————————————————————————————
〝賑やかなお友達ね。あ、この前のお礼言うの忘れてたわ〟
「大丈夫だよ。私が言うから」
〝そう? じゃあ言っといてね。・・・うん、あの子たちなら信用出来そうね〟
「それも大丈夫。みんな大切な親友だから。・・・だから、近いうちに言おうと思う」
〝本当に言うつもりなの? 辛かったのに〟
「うん。だって、光ちゃんも、慎ちゃんも、ココも、言ってくれたから。私だけ話さないわけにはいかない」
〝そう・・・、強くなったのね〟
「ううん、私は強くない。みんなが私を信じてくれるから私も信じることが出来るの」
〝本当に良い親友を持ったのね。もう心配なさそう〟
「ありがとう、お母さん」
——————————————————————————————————————
「なんですぐ家出ちゃったの?」
「あのな、ご厚意は何でもかんでも甘えていいってもんじゃねぇんだぞ」
「あまりにまともで的確な意見。まさか光ちゃんから出てくるとは」
「おい、それもう何回も聞いてるぞ。みんなして俺を何だと思ってんだよ」
「礼儀知らず恥知らず怖いもの知らず・・・」
「ひでー言いようだな。ていうか礼儀知らずだったらさっきの発言出てこねぇだろ」
「そうか、光ちゃん成長したんだな」
「はったおすぞ慎。あと咲彩」
俺が言ったことそんなに意外だったか? 慎が俺をおちょくってくる。この野郎・・・。あと咲彩。笑ってんじゃねぇよ。何だ? 俺の三知らずがそんなにツボだったか?
「じゃあ私こっちだから! バイバイ!」
「じゃあな。知らねぇ人についていくなよ」
「家すぐそこだし!」
「・・・大丈夫だ。ちゃんと帰れた」
「さーちゃんも心配してたのか」
俺はふざけ半分で言ったが咲彩はマジで心配してそうだったな。まぁ確かにいろいろおっかないからな。じゃあココが家に帰るのを確認できたってことで帰りますか。
「なんか変な組み合わせだな。この三人って」
「高身長三人組ってところか」
「確かに、私も光ちゃんも慎ちゃんも高い」
慎の言う通り変な組み合わせだな。多分初めてじゃねぇの? この三人だけって。周りから見たらスポーツバリバリのザ・高校生って感じなのだろうが残念。俺帰宅部。
「じゃあ私はここだから」
「改めて近くで見るとでかいな。うん? よく見るとこれ2軒無いか?」
「ああ、こっちが普段いるほう、あっちが離れだ」
「マジでうち2軒分なのかよ」
てっきり敷地がうち二つ分かと思ったがマジで建物が倍だった。本田家は俺の予想をどれだけ覆せば気が済むんだ?
「これ聞いていいのか? 何で2軒あるのか」
「ああ、構わない。あっちの離れはもともと私の祖父母が住んでいた家だ。だがいなくなってから空き家になってしまってな。そのままにしておくのも悪いかと思って今はさく姉とかよ姉の家になってる」
「あの二人一軒家持ってんのか。俺もうついていけねぇよ。あ、じゃああれだな。これから何かやるときはそっちの離れ使えばいいんじゃね?」
良い事考えたと思う。だって誰の迷惑もかかんないし。SAKU-KAYOの二人の迷惑? そんなの知らん。うちがこれまで入り浸られていたことと比べればそんなのあってないようなものだ。
「私は構わないがさく姉とかよ姉が承諾するかだな。それに、住めると言えば住めるが大半の部屋が物でぎっしりだからな」
「決まりだ。じゃあなんとしてでも説得しろ。今度から集まるのはSAKU-KAYOの家だ」
「ずいぶんと強引だな。俺は別に光ちゃんの家でいいと思うけどな」
「そう言ってられんのも今のうちだぞ。そう、あと少ししたらかえでの最後の部活が終わる。そうなったら本格的に受験生だ。まさか受験生の邪魔をしに来るわけねぇよな?」
「すごいな。かえでちゃんを言い訳の材料に使うなんて。でもそうか、もう終わりか」
「でもこの家を使えるのは私かさく姉、かよ姉がいるときだけだ。私が部活あったり大学あったり仕事があったりすると無理だぞ」
「あれ? じゃあほとんど無理じゃん。くそっ、せめて木曜金曜だけは!」
「わかった。相談してみる」
「もうなりふり構ってられない感じだな」
「当たり前だ。落ちたときに俺のせいにされるのは嫌だからな。あと母親の暴走を止めるのもだ」
「落ちたときの話はするもんじゃないぞ」
確かにかえでが落ちたときの話はするもんじゃなかったな。かえでごめんな。・・・ところでかえではどこの高校に行こうとしてるんだ? 暇なときにでも聞いてみるか。
「いつまでも話してんのもあれだな。もう帰るわ。じゃあな」
「ああ、またな」
このまま話してるとあの二人が帰ってきそうだし。そんなことになったら絶対碌なことにならない。
また慎と二人か。俺が帰るのが遅くなってるからか。俺帰宅部なのに。
「で、どうすんだ? 奈々ちゃんの事」
「お前もそれ聞くのかよ」
慎もか。葵と言い、まぁ俺や奈々のことを思ってのことだというのはわかる。
「まぁどうするかは決まった」
「・・・先に俺に聞かせてくれないか?」
「何でだよ」
「別に光ちゃんの決めたことを否定するわけじゃないけどな。あー、あんまり言いたくないんだけどよ。俺だって光ちゃんのことを心配してんだよ。だから今もこうやって気にかけてる。俺としてはいい加減独り立ちしろって思うんだけどな」
「無理だ。ていうか独り立ちさせねぇようにしてんのはお前らだろ」
「違いねぇ」
近くにある公園、ここに来るのはもう三回目か。そこに来てベンチに座る。
「これは俺が決めたことだ。もちろん奈々に良いかどうか聞かなきゃなんねぇ。それを踏まえて聞いてくれ」
「ああ」
俺が決めたこと、それを慎に話す。昔からの付き合いがあるからか慎に話すこと自体は抵抗がなかった。ただ言いふらされる危険があるが他のやつよりは口が堅いのはわかっている。俺の過去も言わなかったし、奈々のことも最初は言わなかったし。
聞いた慎の反応は
「本当にそれでいいのか?」
「ああ、これが俺のためだし奈々のためでもある。何かあった時のために言い訳でも考えといてくれ」
「何で俺に振るんだよ。光ちゃんの問題だろ」
「俺一人でどうにかなると思うか? てなわけでこれについては木曜に話すからな」
「はぁ・・・。あ、じゃあみんな来るんだな。そうじゃないとダメだろ?」
「仕方ねぇ。じゃあ頼むわ。あと一応言っとくが俺が話すまで話すなよ」
「はいはい。さてと、聞きたいことは聞けたし、帰るかってもう8時過ぎてるし」
「あ? もうそんな時間か」
いつの間にそんな時間になってたんだ? まぁいい、とにかく慎に話した。これだけでも若干だが軽くなった気がする。やっぱり話題は共有したほうがいいんだな。
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