日常? ハプニング?

日常? ハプニング? - 70日目 -

 月曜日、週の初めにもかかわらずすごく眠い。何でかというと昨日七瀬の手術があったからだ。あまり人に言えたことではないが俺は連絡が来るまでずっと起きていた。まぁ来ないだろうとは思っていたがそれでもだ。予想通り俺が起きている間は連絡が来ることはなく、結果二三時間しか寝れていません。寝ただけマシだろとか言う人もいるだろうがいつも9時間近く寝ている俺からしてみれば二三時間って地獄よ。もう眠くてしょうがない。何だろう、目覚ましの音がいつもよりうるさく感じる。別に音量変えてないのに。

 起きてるのか寝ているのか自分自身でもわからないまま準備して階段を降り———あ・・・


「いってぇー! うおぉぉー・・・」


「なになにぃ。何事ぉ⁉」


「お兄ちゃんどうしたの⁉」


 かえでと母親が駆け寄ってくるがそれどころじゃない。めちゃくちゃ痛い。


「今ので完全に目が覚めた・・・それ通り越して気絶しそう・・・」


「何光ちゃん、階段から落ちたの? 平気なのぉ?」


「これが平気だと思うか? 全身打ち身だぞ。くー・・・ここ数年で一番痛い思いしたわ。大体今まで落ちなかったのになんで今日に限って・・・。絶対に階段の段差高くしただろ・・・」


「それだけ文句言えてれば大丈夫そうねぇ」


「はぁ・・・、気を付けてよね。心配して損した気分」


「これのどこが大丈夫なんだよ。それに心配して損したってなんだよ。・・・今日休むわ」


「ダメよぉ。ただの打撲くらいで休めると思ってるのぉ?」


 自分の体のことは自分が一番よくわかっている。骨折は・・・してないな。骨折してたらマジで文句なんか言えないだろうし。別にどこかしびれているわけでもなければ感覚なくなったというわけでもない。ただただ痛いだけ。ていうか二人して冷たくない? もうちょっと俺をいたわってくれてもよくない?


 そんなわけで週の始まりは最悪。痛い体を引きずりながら学校に行くことになった。全然痛みが引かねぇ・・・


「おはようございまーす!」


 いつものココの元気な挨拶から始まるがそれも痛い体に響く。


「光ちゃん。なんかすごく機嫌悪そうだね」


 悪い、悪いよ。寝不足と全身打撲だよ。これで悪くならない方がおかしい。


「あーそれねぇ。みんな聞いてよぉ。光ちゃん、寝起きで階段を転げ落ちたのよぉ」


「言うんじゃねぇよ。めちゃくちゃいてぇんだからな」


「階段を転げ落ちた・・・ぷふっ」


「それにしては随分元気そうですね」


「これのどこが元気なんだよ。あと笑うな」


 雛は俺のどこを見て元気だと思ったのか。それと葵を筆頭に笑っている連中、具体的にはわたりんと咲彩、あと佐藤。自分で同じ目にあってみろ。俺の苦しみがわかるから。


「光ちゃんわかる! すごく痛いよね」


「は?」


「え?」


 お互い首を傾げた。なんでココは共感してるんだ? 変な反応をしたので笑いの矛先がココの方に向いた。何でもココもたまに階段から落ちるらしい。これはもう運動神経とかの問題じゃないな。どうせスマホ見ながら階段降りてたとかだろ。ながらスマホは危ないからやめような。

 まぁこのやり取りを見てわかるだろう。俺の機嫌は悪くなる一方だ。この怒りの矛先を誰にぶつけようか・・・ぶつける相手がいねぇ。こうなったら寝てストレスを発散しよう。と思ったら教室に着いてすぐにココとわたりんについてこいと言われてついていくことになった。俺はどこに連れていかれるんだ?


「あら、三人してどうしたの?」


 この声は間違いない。本渡先生だ。


「光ちゃんが階段から落ちたみたいで」


「そう、じゃあ診ないとね。まさか矢島君がちゃんとした目的で保健室に来るとはね」


 言えない。ちゃんとした理由じゃないなんて。落ちた階段は家の階段だ。学校の階段なら保健室に行くのはまっとうだろう。でも家の階段で落ちて保健室で診てもらう。何だろう・・・タダで診療してもらってる感じがして罪悪感しかない。すみません。


「それで、どこが痛いの?」


「全部です」


「そう、派手にいったのね」


「はい、派手にいきました」


「じゃあ自分の手で体を押していって特に痛いところとかない?」


 そう言われて体を押していく。くそ、どこもいてぇよ。


「右腕です。そっちから落ちたので」


「そう、ならこれね。ちょっと冷たいわよ」


 そう言われると右腕に冷たいものが巻かれていく。これって何?


「冷えタオルよ。打撲したときの応急処置の鉄則だからね。冷やす、圧迫、安静、あとは心臓より高い位置に。二人も覚えておくといいわよ」


「はい! 参考になります!」


 まぁココは階段から落ちるらしいからな。でもこのままだと俺授業受けられねぇぞ。


「一条さんと渡さん、先生に矢島君は一時間目抜けるって言ってもらえるかしら?」


「はい。・・・大丈夫ですよね?」


「心配ないわ。軽い打撲だから。それより、早く戻らないと朝の会始まっちゃうわよ」


「はい。失礼しました」


「おわったらうかえにくるからね」


 そう言うとココとわたりんは保健室を後にした。あ、ちょっと待て。あの二人、先生に何て言うんだ? 絶対正直に言いそう。そしたら完全に笑われるじゃねぇか。帰りてぇ。もしくはずっとここにいてぇ・・・


「そこにベッドあるからしばらく寝てていいわよ。寝不足みたいだし」


「さすが保健の先生。完全にお見通しってわけですか」


「お見通しってこれ見通せなかったら保健の先生やってないからね」


「それじゃあお言葉に甘えて・・・」


 本当にありがたかった。多分本渡先生は俺が寝不足だったのを知って一時間目抜けることを提案したのだろう。マジでありがとうございます! はぁ、ようやく休める・・・


× × ×


「———ん。———ちゃーん。光ちゃーん。起きろー」


「んあ? あー、よく寝た」


 慎の呼びかけに応じて起きる。すごく寝心地よかったわ。さすが保健室のベッド。見えない目をこす・・・れなかった。右腕固定されてた。左手でこすろう。


「おはよう。右腕の調子はどう?」


「うーん、だいぶ痛みはひきましたね。寝る前よりは全然マシです」


「そう、じゃあそれ外しましょうか」


 本渡先生にそう言われて固定器具を外していく。ギプスとはちょっと違うな。だから固定器具って言った。外された後右腕を回しながら調子を確かめる。まだ若干痛みは残るが支障をきたすほどではない。その後貼られたのは湿布。冷感湿布だ。


「今日って体育とかある?」


「体育・・・次ですね」


 そうだった。だから迎えに来たのが慎だったのか。ココやわたりんは着替えとかあるからな。


「今日明日は安静にするように。後は階段の上り下りは細心の注意を払うように」


「はい。気をつけます」


 本渡先生に注意された。なんかちゃんとしたことで注意されたのは初めてな気がする。


「本渡先生、聞いてください。光ちゃんのやつどこの階段落ちたと思います?」


「え? 学校じゃないの?」


「家の階段ですよ。それで保健室まで来たんですよ」


「言うんじゃねぇよ。それに、来たんじゃなくて無理やり連れてこられたんだよ」


「はぁ、何か心配して損した気分」


「うちの妹と全く同じこと言わないでください。逆にすごい事ですよ。今まで階段から落ちることなかったんですから」


「とにかく! 今後は落ち着いた生活を心掛けるように! 今日のことは不問にしてあげるから」


「すんません」


 慎のやつ、言わなければ悲しい被害者として片づけられたのに。言ったせいで本渡先生に失望されちゃったじゃねぇか。俺もうここ来れねぇぞ。もしくは来たら何でかいちいち聞かれることになるぞ。


 久しぶりの本渡先生とのやり取りの後は


「で、何で落ちたんだよ。階段に手すりだってあったじゃんか」


「寝不足だったんだよ」


「ああ、なるほどね」


「今のでわかったのかよ。他のやつには言うなよ。絶対言うなよ」


「わかったよ。光ちゃんは心配性だな」


「うるせぇ」


 慎とこんなやりとりがあったが俺が寝不足だったってだけでいろいろわかるとは。伊達に長い付き合いじゃねぇな。


× × ×


 体育の後から、俺のことをクラスのみんながいじってくるようになった。何でか、俺の不安が的中したからだ。ココとわたりんは俺が一時間目を抜けた理由を正直に話してしまった。案の定クラスのみんなから笑いものにされた。特に遠藤と尾鷲はひどかった。遠藤は露骨に言ってくる。尾鷲は俺の立場が逆転したことに耐えられず噴いている。


「なあ、家の階段から落ちた矢島」


「あァ?」


「目が怖い。本当にごめんってば」


「わたしも」


 ココとわたりんが俺に謝っている隣で遠藤がこんな調子で俺のことを呼んでくる。いい加減ムカついてきたな。ちょうど今は昼だ。


「おいこら、俺をいじってそんなに楽しいか? あァ?」


「光ちゃん、押さえろよ。遠藤ももうやめろ」


「だってなー」


 こいつ・・・。そうだ。


「いい度胸じゃねぇか。こうなったら一つ勝負するか。目隠ししてここから一階までどっちが早く下りれるか」


「いいぜ! その勝負乗ってやるぜ!」


「俺が負けたら『俺は家の階段を転げ落ちた間抜け光ちゃんです』って書いた紙を首から引っ提げてやる」


「俺も負けたら同じ罰ゲーム受けてやる! しゃあ! 行くぞ!」


 この勝負、始まる前からもう決着はついている。今までは運の要素が大きくあった。でも今回は違う。視界ゼロの状態で階段を下りる経験値は俺の方が圧倒的に多い。完膚なきまでに打ち負かしてやるよ!


「それでこんなことになってるんですか?」


「まぁ光ちゃんはああ見えて負けず嫌いだからな。それに、昔みたく物に当たるよりはだいぶマシだと思うな」


「そうですけど・・・何でこんなどうでもいい勝負にあそこまでマジになってるんですか?」


 おい、慎、雛。聞こえてるぞ。絶対俺に聞こえるように言ってるだろ。それはそうとやってきたのは各階を繋ぐ階段だ。4月の時にも言ったがここの階段はカーブしながら上り下りする。要するに螺旋階段みたいな形になっている。普通の階段よりは難易度が高い。その階段を俺と遠藤が三階から一階までどっちが早く下りられるかってものだ。せめてものハンデとして俺が外側、遠藤が内側だ。あと、なぜか俺まで目隠しをされた。これ意味あるか? まぁいいや。


「それじゃあ行くぞー。よーい、スタート!」


 慎の掛け声と同時に階段を下りていく。まぁいつもと変わらないな。手すりがあるからそれを伝って下りて行けば。そんな中横では遠藤が「こわっ! は⁉ 段どこ⁉」とか言っている。その差はどんどん開いていき二階に到達。そこではわたりんがこっちと方向を言っている。こっちじゃわかんねぇよ。指差されてもわかんねぇよ。左ってわたりんから見たらだろ。ずっと右カーブなのにそれはないだろ。もうグダグダだな。わたりんの声は聞くだけ聞いて一階へと下りていく。ふぁーぁ、ねむ。


「ゴール! 勝者、光ちゃん!」


 ココのそんな声が聞こえてきた。やっぱりな、負けるわけがない。で、何でココが大喜びしてるんだよ。そのころ遠藤はというと・・・ようやく二階に着いたところだった。全員が下りてきたところで


「これでわかったか? 俺が毎日どんな風に過ごしているか」


「わかったわかった。悪かった!」


「認めるのはいいが、罰ゲームは避けられねぇからな」


「勘弁してくれよー」


「よし、決めた。佐野、いるよな?」


「うん?」


「また悪いこと考えてますね」


 雛、ご明察。遠藤がいるということは佐野もいるということ、ていうか勝負中も遠藤の横にずっとついていたので佐野に頼む。それで負けるとか、情けない。


「紙にこう書いてくれ。『ごめんなさい。俺は万年負け犬の遠藤です』ってな」


「うわっ・・・」


 佐野と慎が同じ反応をした。でも書いているってことはそういうことなんだろう。言っておくがこれはいじめではない。両者了承の下で行っている。ということで佐野が書いた紙を遠藤が持ったまま一階から教室まで戻ることになった。ざまぁみろ。これに懲りたら俺が階段から落ちたことをもう言うなよ。


 遠藤との一件が終わって、昼を持ってまた一階まで行くと放送が流れた。


“———さんこんにちはー! 生徒会長の佐倉でーす!”


 途中まで切れてるじゃん。何してんだたんぽぽ先輩。


“今日放送したのはですねー、皆さんに、大切な報告があるからでーす! 今日の朝、皆さんに文化祭スローガンの最終投票をしていただきましたー。その結果をお知らせしまーす。ということで、実行委員長! どぞ!”


「なぁ、これってラジオか?」


「確かに、そうにしか聞こえませんね」


「まぁ会長はいつも通りだな」


 思わず突っ込みたくなった。重要な放送だってのに何だこのゆるーい雰囲気。たんぽぽ先輩の話し方といい、言ってることといい、地方のラジオ放送かユーチューブ配信にしか聞こえない。まぁ慎の言う通りいつも通りなんだろうな。


“皆さん。この度文化祭実行委員長になりました東雲不知火です。改めてよろしくお願いします。えー、それでは今年の文化祭のスローガンを発表します。今年のスローガンは・・・『飽き《秋》なんて来させない! 俺たちの本気マジ明フェスをこの目に見よ!!』です”


 なんてことだ。俺たちの案に決まってしまった。


「おー! やったな光ちゃん!」


「すごーい!」


 いや、拍手しているが・・・喜んでいるが・・・。複雑な気持ちだ。何度も言うがこの案は俺とわたりんの合作だ。何か独り占めしてる感がしてしょうがない。それともう一つ。まさかとは思うが票操作とかしてないよな?


「なぁ、賞の取り下げって出来ねぇか?」


「何でだよ。不満か?」


「いや、そういうことじゃねぇんだけどよぉ。わたりん、言っていいか?」


「・・・うん」


「この案は俺とわたりんの合作なんだよ。だから俺だけ賞をもらうってのもなぁ」


「え? そうなん?」


「うん。そう」


「ちょっと待って! いつ二人で考えてたの⁉」


「お前が俺の家で寝てた時だよ。あの時は気持ちよさそうに寝てたな」


「てへっ!」


 てへっ! じゃねぇよ。誰の家だと思ってんだよ。


「そんなわけで、俺だけが賞をもらうってわけにもいかねぇだろ」


「でもなぁ、わたりんはどうなの?」


「わたしは、どっちでも」


「じゃあ二人でもらう。それでいいな?」


「うん」


 本当はわたりんにやるって言いたかったが多分わたりんが猛反対してくると思うから二人でもらうことにした。そしてそれで納得してくれたからよかった。

 そういえば俺たちが話しているうちに放送が終わっていた。


「すげー今更なんだが、ここにいねぇ連中は何してんだ?」


「健ちゃんは先生に用事あるって言ってたな」


「かなたんとふららんは教室で食べてるよ」


「アオさんはさっきの会長に呼ばれてるって言ってました。さーちゃんはまた囲まれてます」


 まぁ各々用事があるだろうしな。逆によく今まで一緒にいたなって思う。咲彩はまた囲まれてるのか。でも雛が嫌そうに言っていないから前みたいにはなっていないのだろう。


「たまには静かなのもいいか」


「それ、ここにいない人がうるさいってことになりますよ」


「否定はしねぇよ。あとはココがいなければ」


「光ちゃんひどい!」


 俺が言ったのは落ち着いているって意味の静かなんだけどなぁ。まぁ単純にうるさいのもあるが。あー体揺するなー。まだいてぇんだから。


× × ×


 放課後、何で朝雨降ってなかったのに帰るときになって降り出すの? 今日文句しか言ってない気がする。とにかく、歩いて帰る。何で歩いて・・・。月曜なので一緒に帰るのはココとわたりんしかいない。そしてやっぱり俺の靴が濡れた。

 帰ってから少し驚いた。いつもだったら問答無用で家に上がるのに今日は二人して帰ると言ったのだ。珍しい。これはあれか? 明日死ぬのか? いや、多分俺のことをいたわってくれているのだろう。今もこうして湿布してるし。うちの家族と違って優しい。かえでや母親はもっと見習ってほしいですね。

 さてと、母親も帰ってくるまではまだ時間がある。かえでも部活だろうから帰ってこない。・・・寝るか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る