七瀬奈々 - 63日目 -

 週が明けて月曜日。何か急に雨が多くなったな。天気予報でもここしばらく雨が続くもようですって言ってたし。はぁ、また濡れるのか・・・


 いつも通り学校に行くと


「おっはよーございまーす!」


 雨だろうとお構いなしの一条の元気な挨拶から始まり他の面々も挨拶していく。なんか挨拶を聞いてみると人数少ないな。聞いた感じだと七瀬と柊、尾鷲、慎がいない。


「今日奈々ちゃんは病院だからお休みだって」


「ああ、そうか」


 そういえばそうだったな。ていうか一条のやつ、いつ連絡先交換したんだ? まぁいいや。


「そうだ、土曜日は悪かったな」


「本当だよ。あの二人だけならともかく咲彩も一緒にやり始めるとは思わなかったわ。ったく、事を収めるために呼んだのによ。まぁそれもこれも全部かえでがビシッと言って解決したからな。今度うち来たらかえでに感謝の言葉でも言っとけ」


「ああ、そうする」


「ちょっと光ちゃーん?」


「あ?」


「今、さーちゃんの事、なんて呼んだ?」


 あ、やべ。土曜日のがまだ抜けてなかった。そのままの勢いで言っちゃった。


「咲彩ね。僕もそう呼んだことはないよ」


 何で佐藤も更科と一緒に俺の事言ってくるんだよ。本田にも言えよ。


「ふたりいてずるい」


 なんか渡まで怒ってるし。このままだと誤解されそうだから言っておこう。本田、俺の意図読み取れよ。一条じゃないから大丈夫なはずだ。


「かえでのお見舞いにって本田の上二人がうちに来たんだよ。しかもその後にこいつもな。それで咲夜さんや夏夜さんを呼ぶのはいいけどよ、本田って呼ぶと三人してこっち向くからな。だから一時的に咲彩って呼んだだけだ。そんでそれが抜けてなかったってだけだよ」


「さーちゃん、ほんとー?」


 疑り深いな更科は。本田、絶対に裏切るなよ。


「ああ、でも私的には咲彩って呼ばれるよりもさーちゃんの方がよかったな」


 よかった。本田は俺の意図を読み取ってくれた。


「呼ばねぇよ。俺は咲彩の方がマシだな」


「じゃあこれからもそれで」


「ぐっ・・・。はぁ、わかったよ」


「何か二人して仲良い」


「はい」


 なんかこれからは咲彩と呼ばなければならなくなったので本田は咲彩と呼ぶことにします。これはあれだからな。咲夜さん、夏夜さんと区別をつけるためだからな。そうだからな一条、あと日向。他のやつも、やましいことはねぇからな。


「で、七瀬以外の今ここにいない連中は?」


「かなとふららんは教室です。雨に濡れるのが嫌って言ってもう行っちゃいました」


「慎ちゃんは朝練だと思うよ。さっきウェア着て走ってたから」


「雨なのに元気なことで」


 柊と尾鷲のやることはよくわかる。俺だって嫌だもん。でもそれ思うと俺が来るまでここで待ってるこいつらになんか申し訳ないな。一方の慎は朝練か。今ってそんな小雨か? 傘差さないと普通に濡れるぞ。


「話を逸らさない。光ちゃん、さーちゃん、本当にお見舞いだけだったの?」


 更科のやつまだ気にしてるのかよ。もうこれ以上は言えないぞ。


「さーちゃん悪かったって言ったじゃない。そしてかえでちゃんがビシッと言ったとかなんとか・・・そこ詳しく」


 このまま教室に行けると思ったら俺がさりげなく言ったことも記憶してたのか。なんてやつ。


「ああそれか、光ちゃんの家で私とさく姉とかよ姉で喧嘩になってな。それをかえかえが収めたって話だ」


「ほんとにー?」


「ああ、光ちゃんにも聞いてみるといい」


「ほんとにー?」


「さっきと全く同じトーンだな。繰り返し再生したみたいに聞こえたわ。咲彩の言ってることは本当だ」


「本当なのはわかったけど咲彩って呼ぶのが気にくわない」


「文句なら咲彩に言え。本人御所望なんだから」


 これ昼にもうひと悶着ありそうだな。そして更科だけではなくこの場にいる他の面々も咲彩と呼ぶことに抵抗がありそうだな。本田に戻そうかな・・・


× × ×


 朝の会


「はいじゃあ文実。説明よろしく」


 あーそうだった。スローガンの紙配られるの今日だった。慎、パス。


「えー、皆さんには今年の文化祭のスローガンを考えてきてほしいです。参考として去年のスローガンと一昨年のスローガンが載っているので、金曜日までに考えてきてください。絶対に提出しろというものではないですがもし採用されたら何か豪華なものがもらえるらしいです。集めたあと、その日のLHRでクラス案を決定、委員会を経て、週明け月曜日の投票で最終決定になります。よろしくお願いします」


「はい! 豪華なものって何だよ? 金か? 金だよな?」


 そんなわけねぇだろ。遠藤は何かと勘違いしてねぇか? 学内の賞で金なんかもらえるわけねぇだろ。


「さぁ、俺もそこまで詳しくは聞いてないからわからないけどこれだけは言えるな。豪華なものだ」


「シャー! やってやるぜ!」


 簡単に釣られて。単純なやつだな。


「はーい」


「先生、どうしました?」


「何で俺にも紙配られてんだよ」


「それはもちろん、先生にも考えてもらうためです。だって、先生もこの学校の一員じゃないですか」


「かー! 俺こういうの苦手なんだけどなぁ」


 うわ、慎、悪いやつ。先生にも考えさせるのか。しかも用意してきたかのような返答。でも俺は思った。先生なんだからそれなりに良い案出してくるよな? 苦手とかそういうのでは逃がさねぇぞ。先生には厄介ごとを散々押し付けられてきた恨みがある。


「それでは皆さんよろしくお願いします」


 慎だけの説明でわかったな。俺たちいらねぇ。


× × ×


 本当の意味で多分何もない月曜日の昼。先週はテスト返却で公開処刑。先々週はテスト勉強。やっとゆっくりできる。


「光ちゃん。何かすげー疲れた顔してんな」


「あ? そうか?」


 慎の言う通りだとしたらその原因は絶対に土曜日だ。あれマジで疲れたからな。


「で? お見舞いだけで疲れるわけないよね?」


「更科しつこいぞ。お前は本人に会ったことねぇからそんなこと言えるんだよ」


 ほんと、一度でいいから会ってほしい。絶対に疲れるのわかるから。


「あおっち、何の話?」


 あー、柊と尾鷲いなかった。しかもお見舞いってワードの説明からしなきゃならないから多いぞこれは。でも聞かれてるのは更科だから全任せしよ。余計なこと言うなよ。

 しばらくして


「え、ちょっと待って。頭追い付かないんだけど。まずあのかえかえが熱中症でダウンして———」


「いや違うぞ。その運動会にさーちゃんの姉二人が行ったところからだ」


「で、そのお見舞いに土曜日にさーちゃんと一緒に家に行って———」


「その家で喧嘩始まって見舞われるほうに怒られたと」


「うん。そこまではいいよ。でも一番飲み込めないのは———」


「そのさーちゃんの姉二人があのSAKU-KAYOか・・・」


 まぁ普通は飲み込めねぇよな。


「悪いがこのことは内密に頼む。知ってるのはここにいる人たちだけだ。もし言ったら騒ぎになるからな」


「言わないわよこんな大ニュース。でも・・・、新聞部にこの情報売りたい!」


 とんでもねぇやつだな。それと新聞部いたのか。誰だ? 多分クラスにいそうな感じがする。


「それでなんで疲れるん?」


「そうよ! 家で喧嘩してもらえるなんてこんな贅沢・・・うらやましい!」


 どうやら柊もSAKU-KAYOのファンのようだ。じゃあいいだろう。これ聞いてもファンでいられるか?


「咲彩。言っていいか? 喧嘩中に飛び出した暴露ネタの数々」


「まぁ言ってもいいんじゃないか? あの二人も笑い話として言ってたしな」


「咲彩? あれー? 光ちゃーん?」


 あ、慎と柊、尾鷲にこのこと言ってなかった。うげー、また言わなきゃなんないのか・・・。もう簡単に済ませよ。


「罰ゲーム食らってそう呼んでるだけだ」


「違うでしょ!」


「じゃあ更科説明しろ。俺はもうしねぇぞ」


 同じことを何度も説明するこっちの身にもなってほしい。毎度毎度視線が冷たいから。


 更科が咲彩と呼んでいる理由を説明したあと慎が俺を小突いてきたが無視だ。その後俺はみんなにあの2人の伝説の数々を語った。

 聞いた後の反応がこうだ。


「ちょっといいですか? さーちゃんのお姉さんって人間ですか?」


「初めて聞いたときの俺と同じ返し方だな」


「2人とも人間だ。私が保証しよう」


 実際のところ俺も人間かどうか半信半疑だ。だって聞いた感じどう考えてもぶっ飛びすぎてるもん。一目見れば人間かどうかわかるけど見れないしなぁ。それに咲彩に保証されてもなぁ。


「ただでさえすごいさーちゃんに保証されてもねぇ・・・。さーちゃんの人間の定義が私たちとかけ離れてるかもしれないし」


 すっごい失礼な言い方だが更科の言う通りだ。球技大会だけをとっても人間業とは思えない。だからそんな咲彩に言われてもいまいち信じ切れない。


「あの! すみません! 本田さんですよね?」


「ああ、そうだが」


 聞いたことない声がした。しかも用があるのは本田。突然なんだ?


「インスタでこんなものがあげられてたんですけどこれ、本田さんですよね?」


「・・・いや、違うな」


「そんなわけありません! だって顔同じじゃないですか!」


 なんかインスタにあげられてる写真について揉めているようだ。そもそもインスタって何?


「あー、これは苦しいな」


 横でその画像を見たのだろう。慎がそんなこと言っている。


「何の写真だ?」


「運動会のこと覚えてるだろ」


「ああ」


「そこで撮られた写真がアップされてるな。しかもスリーショット。おまけに本人のお墨付きまでついてる」


 ああなるほどね。お墨付きってことはおそらく咲夜さんか夏夜さんのどっちかがその写真を見てそれ私の妹みたいなこと言ったのだろう。あーあ、バレちゃった。


「どうなんですか?」


「うーん」


「何かいっぱい人来ましたね」


 うえー。この騒ぎを聞きつけたのか。しかも女子中心。どうするんだよ。さすがに隠すにも無理があるぞ。


「はぁ、どうやら隠すのはもう無理みたいだ」


「じゃあ本当に?」


「ああ、私はSAKU-KAYOの二人の妹だ」


 ついに言った。そう言ってのけた本田の周りにはたくさんの人が押し寄せてきた。またもみくちゃにされるのか。かわいそうに。


「皆さん。ここにいると危険ですので離れましょう」


「日向に賛成」


 こう言ってる間にもどんどん人が増えてくる。だからさっさと退散したい。


「でもさーちゃんが!」


「一条、お前の言いたいことはわかるがこの中入っていけるか? 押し返されるかもみくちゃにされるかのどっちかだぞ」


「だいじょぶ! 前も同じようなことあったから! おりゃー!」


 行っちゃったよ。まぁ死ぬことはないだろう。でも俺や日向、更科は違う。俺は目見えないからあっちこっち流されるのわかってるし。日向は背丈小さいから絶対に出てこれなそうだし。更科は車いす倒されそうだし。ということで、はいたいさーん!


 さっきまでステージにいたが今はその反対側、小さいステージの方に来ている。


「大変だな。有名人を姉に持つと」


「すごい他人事みたいな言い方。あれ見てもそんなことが言えるなんて」


「だって俺見えねぇしな」


「絶対にそう言うと思いました」


 でも俺本当に他人事だからなぁ。あれ? でもちょっと待てよ。あの二人、いや、三人してうちに上がってるし連絡先も何か知られてるし。もしかしたら身辺調査みたいな感じで俺にもいろいろ調べが来るかもしれない。それ完全にとばっちりじゃん。


「で、今どうなってるんだ?」


 とりあえずさっきの会話で更科と日向の避難は確認できた。後は残りの連中だが


「ココは完全にのまれてるな。それをわたりんが救出に行って、柊さんは小さくてよく見えない。でもあのどこかにはいるな。で、俺たちは遠くで見物中だ」


 なるほど、慎の説明でよくわかった。ていうか柊もあの中に入って行ったのか。どうなっても知らねぇぞ。


「あれじゃあしばらく僕らのところには来れなそうだね」


 確かに佐藤の言う通り、あれじゃあ来れないだろうな。まぁいずれこうなっていたんだ。ただそれが思わぬ形で知られてしまっただけの事。


「さてと、昼飯の残りでも食べるか」


「すごいですね。この状況で」


 だって残しといても悪くなるだけだし。え? そういう問題じゃないって? 知らん知らん。俺はごたごたにはかかわらない主義なんだ。あれ? でも今までの感じだと全部のごたごたに首突っ込んでるような・・・


× × ×


 放課後、帰ろうとしたがやっぱり雨だった。あ、また濡れるのか。更科は雨を理由に車で帰り茶道部三人は部活。今歩いているのは俺、渡、一条の三人だ。今までずっと人多かったからな。たまには少なくてもいい。


「はぁー」


 いつもは騒がしい一条もこの通りおとなしい。何でおとなしいか、昼もみくちゃにされたからだ。そのおかげもあって雨音だけが聞こえてすごい静かだ。でもなぁ


「何かしゃべれよ。この静かさなんか嫌だぞ」


 すごい違和感を感じる。静かなこの状況に。渡はもともとあんまりしゃべんないからいいが一条がこの調子だと、何だろうか、なんか調子狂う。


「さーちゃんが遠い人に・・・」


「別に今に始まったことじゃねぇだろ。運動神経とかすでに遠い存在だったんだしな」


「うん」


 あれ? 反論してくるのかと思ったが。よっぽど疲れたんだな。こうなったら話のネタを俺が振らなきゃなんないのか。ネタ・・・ネタ・・・あ。


「そうだ。確か文化祭のスローガン考えなきゃなんなかったよな」


「わたしもうかんがえた」


「え? 早くね?」


「どいちでかんがえた」


 せっかくなら一緒にと思ったが渡はもう考えてしまっているらしい。でもそれは渡の一案だけで他にも何案か考えているのなら俺や一条の紙に書けば俺たち考えなくてよくなる。お? これは不労所得のチャンス!


「他にも何案か考えてるんなら俺や一条の紙使って書いていいぞ」


「だめ! じぶんでかんがえる!」


「わ、わかったよ」


 真面目な渡には通用しなかった。結局考えるのかよ。まぁ最悪3年前の案があるからそれパクるか。あ、でもそうするとどこから聞いたみたいな感じで言われそうだな。そこであの二人との関係がバレれば・・・。使えねーこの案。


 そのあとずっとスローガンのことを考えながら家に帰った。道中渡と少しスローガンについてこれどうだみたいな感じで話していたが納得のいく案が出ず、家に帰ってからも考えることになった。ちなみに一条は本当に疲れていたらしくほとんど話に入ってこなかった。そして俺の靴は言うまでもなく濡れた。


「はぁー」


 一条は家に着くと俺の定位置のはずのソファーでグデーっとしている。そのせいで俺がグデーっと出来ない。まぁ疲れたんならやめろっていうことも出来ないしな。たまにはやりたいようにやらせてやろう。


「そんじゃさっきの続きでスローガンについてだが、とりあえず渡の案を聞かせてもらえるか?」


「ちゃんとかんがえる!」


「ちゃんと考えるって。あくまで参考として聞きたいだけだ」


「・・・わかった」


 ようやく渡に承諾をもらえた。何かすごい真剣だな。そんなに文化祭本気でやりたいのか。まぁ俺も役目をもらったからにはちゃんとやるよ。でもまだ早いだろ。夏休み明けでもいいよ、本気出すのなんか。


〝最高の明ヶ丘文化祭!! 作って、遊んで、楽しもう!!〟


 うーん・・・


「真面目か!」


 思わずチョップを入れたくなるくらいに真面目なスローガン、3年前のスローガンとえらい違いだ。


「もっとはっちゃけていいんじゃねぇか? 去年おととしのスローガンもそんな感じだったろ」


「わたしこういうのいがて」


 確かに、今までとは言っても2か月くらいだけど聞いてきた中で渡がすっ飛んだ発言をしてくることってなかったよな。それなら苦手なのも頷けるか。


「一条」


「なーにー?」


「どんだけくつろいでるんだよ。まぁいいや、プリントに書いてある去年とおととしのスローガン読んでもらえるか?」


 何かうーんとか言いながらもぞもぞ移動してる。虫かよ。どうやら一条は疲れて一度動かなくなるとものぐさになるようだ。そういえば以前体育でシャトルランやった時も休み時間死んだように寝てたってのを聞いたな。


「去年のスローガンはー『コミケ? 花火? そんなん知るか! こちとら明が丘文化祭じゃー!!』。おととしは『明かさないよ! 飽かさないよ! 明が祭でサマフェスYeah! Yeah!!』だって」


「棒読みするなよ。せっかくのスローガンの雰囲気が台無しじゃねぇか」


 棒読みだけならまだよかったが声も脱力しきっていたので言っていることと声のトーンが全くかみ合っていない。ギャップもいいところだ。変としか言いようがない。

 まぁでも去年、おととしのやつがわかっただけまだいい。ついでに俺には3年前のスローガンもある。確か『みんなが主役の文化祭! 飽きるほど楽しめ!! 飽明あきあきフェスティバル!!!』だったな。でもこれら三つと比較しても渡の案は普通すぎるな。


「どうしよう」


「そうだな。こういう時は語彙力無いほうがかえっていいかもな。ということで一条。何でもいいから一案考えろ」


「えー。ちょっと無理ー。私も苦手ー」


「語彙力無いほうがいいって言っただろ。そういう意味で一条が適任なんだよ」


「うーん。ちょっと待ってー・・・」


 語彙力無いって言ったのに全く反論してこないな。その代わり渡に「わるくちだめ!」って怒られた。なんか今日の一条何言っても反論してこないな。ちょっとくらい過激なこと言っても・・・いや、渡に怒られるからやめておこう。・・・あれ? 何か静かになったな。それとなんだこれ? 寝息か?


「ねちゃった」


「ついさっきまでしゃべってたのに良く寝れるな。しかもここ人の家だぞ」


 さっきからこうなるのではという気がしていたがついに一条はダウンした。考えろって言ったのがトドメだったんだと思う。ただでさえ勉強やってて眠くなるんだ。疲れたうえで考えろなんて言われたらそらダウンするわな。俺だってするもん。


「はぁー。仕方ねぇ。二人で考えるか。少なくとも一案は考えねぇとな」


「うん」


 とは言ってもどうしようか。そもそも俺と渡の間で会話は成立するのか? まぁ手話に関しては結構できるようになったし今日もそこそこ使っていたから俺から渡へは多少変でも伝わると思う。問題は渡だ。目の前で一条が寝ているからあんまり大きな声出して起こすわけにもいかないからな。あれ? 何で勝手に寝た一条を気遣ってるんだ? なんかおかしくね? と思ったら左耳に何かを突っ込まれた。これイヤフォンだよな?


〝これなら話せるからだいじょぶだね〟


 どうやら渡はしっかり話せるようにと会話機能を使って俺と話すようだ。しかもイヤフォンを使うという配慮までして。でも俺イヤフォン持ってないよ。これって渡のだよな? 何で持ってるの? いや、余計なことは考えないようにしよう。ここから先は俺が小声で話しながら手話で会話して、渡が音声会話で返すという感じになります。まぁ俺は手話やってるんだから別にしゃべんなくてもいいのだが手話が間違ってた時のためにな。


「まずどんな形であれ、明ヶ丘文化祭ってワードは必須だよな」


〝明があきるがさいとか明祭あきさい、あとは明文祭あきぶんさいって言い方があるよね〟


「そこ統一させろよな。何か呼び方で派閥があるとか聞いたことあるし。ちなみに渡は何派だ?」


〝私は明が祭かな。矢島君は?〟


「俺か・・・。一番しっくりくるのは明が祭だな」


 ほんと、何で人によって呼び方違うんだろうってつくづく思う。先生によっても違うし。よく派閥間争いが起きないよなって思う。


〝じゃあ明が祭は入れようよ。絶対に〟


「そうだな。うーん、夏・・・、祭り・・・、そもそも今年の文化祭の構想ってなんだ?」


〝構想?〟


「例えばスローガンが一つに決まってもその時の生徒会長や実行委員長によって中身は全然違うものになるだろ。会長や実行委員長には各々の持つ構想があるってことだ。だからスローガンの案を出しても私たちの持っている構想と違うって理由で突っぱねられることもあるんじゃねぇか?」


〝確かに、矢島君の言う通りだけどこれって最初にスローガンを決めて後々構想を決めるんじゃないかな? 会長や実行委員長の人がそのスローガンに合わせていく感じで〟


「まぁ普通はそうか。悪い、余計なこと考えたわ」


〝ううん。余計なことじゃないよ。私、明日聞いてみる〟


「じゃあ俺も行くわ。聞いといて損はねぇだろうしな」


〝うん。わかった〟


 てことは今日考えるより明日考えたほうがいいのではないか? あ、でも考えなきゃならないの一案だけじゃなかった。文実は絶対に出せって言われてるからここにいる三人、一条は多分泣きついてくるだろうから実質二人で最低三案は出さなきゃならない。慎は・・・自分でどうにかなるだろ。


「エンジョイサマフェス明が祭・・・飽きたとは言わせない。よし、これを一条の案にするか」


〝ダメ。ココも自分で考えるの〟


「明日か明後日あたり泣きついてくるのが目に見えるぞ。それに俺自身今のはパッと思いついただけだ。これにしようとは思ってねぇからな」


「ふふっ」


「あ? なんかおかしいところあったか?」


〝矢島君。やっぱりやるときはやるんだって〟


「中途半端が嫌いなだけだ。いいから渡も考えろよな」


「うん」


 とは言ったもののいくつかワードが浮かぶだけでしっくりくるものがない。夏、サマー、祭り、フェスティバル、楽しむ、エンジョイ・・・


〝夏はまだ終わらない。私たちの明が祭をとくとみよ〟


「なんだそれ。中二病っぽいな」


 真面目なのはわかる。しっかり考えたのもわかる。今回は言った俺が悪かった。だから俺の腕をポカポカしないで。でも渡の案は悪くない。そうだな・・・同音異義語を毎回入れてたな。明、飽き、秋、あきがこない・・・おお! でもそうなると明が祭ってしょぼいな。何か良い言い方・・・明祭、明文祭、フェス、明フェス・・・これだ! あとはそれをいい感じに合わせて。 


「『飽き《秋》なんて来させない! 俺たちの本気マジ明フェスをこの目に見よ!!』ってのはどうだ? 最初のあきは飽きるの飽きと季節の秋がかけてあってマジは本気って書いてマジだ」


〝それいい。すっごくいい〟


 ポカポカされた方を今度は揺すられる。でも我ながら良い案だと思う。結構いい感じにまとまった。これ合作ってことに出来ねぇかなぁ。出来ねぇよなぁ。


「じゃあその案渡にやるよ。骨組みを考えたのは渡だしな」


「ううん。やじまくんのあん」


「いや、俺がやったのはあくまで補足とか改良だ」


「いいから!」


 そう言うと俺の紙を取り上げてさっき俺が言った案を渡に書かれた。


「本当にいいのかよ。結構良い案だったのに俺が盗っちまって」


〝私はもう考えてあったから大丈夫。だからこれは矢島君の案〟


「じゃあせめて合作ってことで渡も同じように書けよ」


〝いいの。合作ってしたら多分私いっぱい書かなくちゃならなくなるよ〟


「確かに。仮定の話だが少なくとも一条の案は考えることになりそうだしな」


 何かせっかくの案を取り上げてしまってなんか申し訳ない気持ちだ。でもあれだけ言ってそうしないって言うんだからこれ以上は言わないでおこう。多分ないと思うけど万が一この案がスローガンになったりしたらその時に合作ですって言おう。そうなったらマジで渡に申し訳ないから。


〝ねえ矢島君。ちょっといい?〟


「なんだ?」


〝七瀬さん近いうちに心臓の手術するって言ってたの覚えてる?〟


「ああ、それがどうした?」


・・・


〝・・・手術終わったら一緒にお見舞い行こ〟


「ああ、そうだな。先週のあの感じだとお見舞いに行かねぇと這ってでもうちまで来そうだしな」


〝そんなことしたらお医者さんに怒られるよ。それに七瀬さんはいい子だからそんなことしない〟


「確かに。俺と比較になんねぇくらいにな」


 お見舞いか。まぁだいぶ先の話になるだろうがみんなで行くか。多分明日七瀬が俺たちのところに来て詳しいことを聞くことになりそうだしな。


「———」


「あ? 今なんか言ったか?」


〝ううん。何でもない〟


「うーん・・・。ふぁーあ。うーん! おはよー」


「おはよーじゃねぇよ。寝すぎだよ」


 ようやく起きた一条。言っとくがここ俺の家だからな。どんだけくつろいでるんだよ。


「何してるの?」


 どうやら寝たせいで寝る前の記憶がすっ飛んだらしい。それか家に着いた時点で半分寝てたか。


「すおーがんかんがえてたんだよ」


 あれ、いつの間にかイヤフォン外されてた。まぁいいや。一条起きたから別に声ひそめる必要もないしな。


「あ! スローガン! そうだった! 光ちゃんわたりん手伝ってぇ!」


 まぁそうなりますよね。もうわかってた。


「うん」


「手伝うのはいいがさっきまで寝てたんだからしっかり頭動かせよ」


「了解であります! あれ?」


 何か一条が考えているが俺の発言は気にするな。それとやっぱり寝る前と後でテンション全然違うな。こんなに変わるもんなの? まぁでもいつもの調子に戻ったからいいや。


 そのあと三人で考えたが結局俺が一条にって残していた案を若干いじる感じになって決着した。一条の案は『エンジョイサマフェス明が祭! 飽きたなんて言わせない!!』。どこが変わったか、『とは』から『なんて』に変わっただけ。これパクりじゃん。まぁボツだからいいけど。それと渡が不服そうにしてたけど一条がこれでオッケー! って言って押し切られてしまった。さすがに勝てなかったか。まぁでも一応考えてたからな。そこだけはくみ取ってやれ。


 結構長い間いた感じがしたが結局母親が帰ってくる前に一条と渡は帰宅した。母親が帰ってきたのは19時過ぎ。かえでより後だった。後々聞いてみると今日遅くなるよとラインしたらしい。いや知らねぇよ。見えねぇよ。わかるわけないじゃん。


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 言えなかった。ううん、違う。言おうとしたけど声に出なかった。本当は七瀬さんのお見舞いの話じゃなくてもっと別のことを聞きたかった。もちろんそっちも大事。でも私にはそれ以上に気になることがあった。

 もし、七瀬さんの病気が治ったら矢島君はどうするのか。

 すでに矢島君は病気が治ったら3日自由時間を与えると七瀬さんに言っている。七瀬さんは矢島君に好きな人が出来たときどうするかという質問で受け入れると言っていた。でもそれは病気が治ってからも続くのか。病気が治ってからも七瀬さんは受け入れるのか。少し不安に思っている。本当はこんなこと思っちゃいけないのに。心臓の病気なんて私と比べても重症なのに、七瀬さんの方が不安なはずなのに。こんなこと考えている私は悪い子だ。七瀬さんのようにいい子じゃない。だから私は言おうとしても言えない。『好き』だなんて。


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