七瀬奈々 - 60日目 -

 はっきり言います。昨日は全然寝れませんでした。全員帰った後そのことを思い出すたび発狂したくなる。ちなみに隣の部屋でかえでも同じような状態に陥っていた。何でわかるかって。だって声に出してるから。俺は出さないように努めていたがかえでは違う。抑えようとしても声が出てしまっている。壁越しに聞こえてきたし。


「どうしたのぉ? 二人してだんまりでぇ」


 母親は昨日のことを知らない。帰ってくる前に解散したから。あーでもわかってそうだな。この母親の洞察力尋常じゃないし。


「寝起きから騒がしいやついるか?」


「ココちゃんとかぁ?」


「あいつは例外だ」


 隣にかえでがいるのはわかっているがめちゃくちゃ話しかけづらい。かえでも同じだろう。母親との間で会話はしているが俺とかえでの間での会話が全くない。

 母親がリビングからいなくなってもその状態は続く。めっちゃ気まずい。空気が重い。何か暑い。


「光ちゃーん。誰か来てるわよぉ。七瀬さんっていう子ー」


「は?」


 嘘⁉ まさかこんな朝早くに来たの? しかも学校直じゃなくこの家まで来たの? まずい。非常にまずい。と思ったら隣から椅子を引く音がした。

 俺も後を追って玄関に行くと


「自重しなくていいとは言いましたけどやりすぎではないですか? 二人のペースで歩いていけば確実に遅刻ですよ」


「いいです! その分お話しする時間が増えますから!」


 手遅れだった。さっそく二人言い争っている。いや、かえでが一方的に言ってるだけか。


「光ちゃん。あの子お知り合い?」


「話すとなげぇ」


「ふーん。でもこれだけはわかるわぁ。光ちゃん、いけない子ねぇ。周りにいっぱいいるのにぃ」


「全然わかってねぇよ。たく、帰ったら話す」


「帰ったらじゃ気になってしょうがないから車の中で聞くことにするわぁ。あれぇ? かえでも知ってそうねぇ」


 やばい、母親に目つけられた。絶対に面倒なことになる。碌な未来が見えない。これは七瀬に言わなきゃなんねぇな。


× × ×


 結局七瀬は母親の車に乗って一緒に行くことになった。先に出て行ったかえでがご立腹だったのはまぁわかりますよね。


「それで聞こうかしらぁ。二人の関係について。5分以内で簡潔にぃ」


 車での移動時間がそれくらいなので昨日のことを手短に話す。何で何回も説明しねぇといけねぇんだよ。これ恥ずかしいんだからな。七瀬も同じ気持ちだろう。

 聞いた後返ってきたのは


「あっはっはっは!!」


 母親の笑い声だった。すげームカつく。


「まさか光ちゃんを好きになるとはねぇ。ふぅ、奈々ちゃん。一つ聞いてもいい?」


「はい」


「その気持ちは本気?」


「はい!」


 何と強い切り返し。これは嬉しいと受け取ればいいのか?


「じゃあ頑張りなさい。言っておくけど光ちゃんは一筋縄じゃいかないわよぉ。本人のひねくれ方もそうだけど光ちゃん狙いの人、多いみたいだからぁ」


「は? おいちょっと待て、何か知ってる———」


「はいとうちゃーく。ほら降りた降りたぁ」


 聞きたかったのに無理矢理降ろされた。


「え? 七瀬さん?」


 一条が最初に反応する。よく考えたら朝一緒に車乗ってくるってこれもうアウトじゃね?


「抜け駆けですね」


「説明してもらえる?」


 圧が強い。昨日いた人たちからの圧が強い。特に渡、無言の圧やめろ。


「七瀬さん? 誰だ?」


「まさか光ちゃん・・・」


 昨日いなかった本田と佐藤からはこんな反応が返ってくる。あ、じゃあまた説明しなきゃなんないの? もう何回目だよ。勘弁してくれよ。


「本田と佐藤には昼説明する。もしくは他のやつから聞け。で、一緒に来たのは不可抗力だ。七瀬がうちまで俺を迎えに来たんだよ。二人歩いていったら確実に遅刻するししょうがなかったんだよ。わかったか」


「本当にー?」


 更科。本当にー? じゃねぇよ。ここで噓言う理由がねぇよ。


「疑り深いな。証人ならここに———」


「もう行っちゃいました」


「あの母親。肝心な時にいねぇ」


 七瀬に言われていないことに気づく。やばい、このままだと無実の罪がどんどん重ねられていく。


「あの、矢島先輩の言っていることは本当です。すみませんでした。私一人突っ走っちゃうことがあるので」


「わかった。七瀬さんの言うこと信じるよ」


「私も!」


「そうですね」


「何で俺より七瀬の言うこと信じるんだよ」


 何はともあれとりあえず落ち着いた。多分首を傾げているであろう佐藤と本田は後で説明を聞いてくれ。今の俺にはそんな余裕ない。


× × ×


 朝の会、大きなことが二つあった。


「おし。今日は中間の結果返すぞー。名前順に一人ずつ取りに来ーい」


 そうだった。中間テストの順位が知らされる日だった。完全に忘れてた。番号順に取りに行って俺の番が来た。先生がこっちに来て机の上に紙を置いた。


「矢島ー。お前のは暫定順位だから括弧書きになってる。わかってるとは思うが次も受けろよな」


「マジっすか・・・」


 もう俺はテストから逃れられないらしい。早川先生の威圧が物語っている。くそ、仮病使ってテスト週間休もうかなぁ。


「・・・普通に良いし」


 横から一条の声がした。身でも乗り出してるのか? 普通にびっくりしたよ。


 全員分渡し終わった後、もう一つの大きなことがあった。


「じゃあ今日の連絡な。まずLHRはないからな。その代わり、文実のやつ、集まりあるからな。場所は一階会議室。これ全員入るのか? まぁいいや。とにかく忘れんなよ。以上」


 え? 今日文実あるの? 早すぎない? だって文化祭夏休み明けだよ。

 そして朝の会が終わって休み時間になる。まぁ10分くらいのものだけど。


「光ちゃん。何位だよ」


「俺が言うならお前も言えよな」


 慎が俺の順位を聞いてきた。でも点数がわかっているから順位もある程度予想がつく。とりあえず慎に順位書かれた紙を渡そう。読み上げてもらわねぇと俺も自分の順位わかってねぇから。


「へぇ、125位か」


「あれでその順位か」


 俺の点数は満点中の3分の2くらい。まぁ中間だったら外部模試や期末よりは高いのはわかる。あれ? じゃあこの学校って偏差値そこそこ高いんじゃね? 今知ったわ。


「俺は3位だったな。相変わらず」


「ち、自慢かよ。てことは更科が2位、佐藤が1位で確定じゃねぇか」


 わかったところでというのはある。この三人にはどうやっても勝てる気がしない。無理だ。あれ? でもそうなると渡はどうなんだ? 確か慎とそんなに点差なかったよな?


「わたりんどうだった?」


 一条がこう言うってことはいたのね。


「6い」


「十分高いじゃねぇか。何でそんなしょんぼりしてんだよ」


 俺とか一条がその点数取ったら多分泣いて喜ぶぞ。それか明日死ぬんじゃって錯覚するぞ。やっぱり上位陣は俺たちと頭の作りが違うようだ。


「それで、ココは?」


「言わない!」


「おい、ここに来てそれはねぇだろ。全員言ったんだからお前も言えよな」


 俺の隣でものすごく葛藤している一条。そんなに悪かったのか。


「・・・243位」


 ものすごく小さい声で言った。あれ?


「前回より高いじゃねぇか。何でそんな落ち込んでんだよ」


「せっかく勉強会やったのに・・・」


 ああ、なるほどね。本人的にはもっと手ごたえあったのね。それなのにあの点数。そしてこの順位。まぁわからなくもないな。

 そんな感じで順位発表が行われて授業へと移っていった。あと佐藤には休み時間に七瀬のことを説明した。もうほんとやめて。


× × ×


 昼休み。どうせ教室以外のところで食べるんだろと思ったのでゆっくり立ち上がると


「光ちゃん、奈々ちゃん来てるよ」


 ドアに一番近い一条が俺にこう言う。え? マジ?


「皆さん。お昼食べに行きましょう」


 ついでに日向たちも来た。


「あー! ひなー! ちょうどいいところに!」


「何ですか。今忙しいんですけど」


 嘘つけ。単純に絡みたくねぇだけだろ。柊が来たということは尾鷲もいるよな。必死に笑い堪えてるのバレバレだし。


 そんなこんなで昼を食べるべくステージに向かう。これまた随分と大所帯だな。何人いるんだ? いつもの8人に茶道部二人、そして七瀬。11人⁉ これちょっとした派閥だよ。


「さあ、ひな! 順位を聞こうじゃない!」


「何ですか。雛点数で勝ってるじゃないですか。だから順位でも勝ってるに決まってるじゃないですか。そう言うのなんて言うか知ってますか。恥の上塗りって言うんですよ。あ、かなには難しくてわからないですよね」


「切れ味マシマシだな」


 やっぱり日向は柊に対しての当たりがものすごく強い。よく折れないよな柊。その代わり尾鷲が折れてるな。下向いて。そして恥って塗れるの? とか言ってる一条は・・・。何かもうかわいそうでしかない。あとでココママに言ってやろうかな。お宅の娘さんは恥の上にさらに恥の上塗りをしましたって。


「まぁいいですよ。言ったところで点数差は覆りませんから。ということでかなからどうぞ」


「私は110位よ!」


「ふっ。雛は88位です。二桁ですよ二桁」


「ぐぅー!」


 すげーマウントの取り方。でも俺は知っている。


「でも前回より順位落ちてるよな?」


「矢島さん。それ言わないでください」


「えー? 落ちたのー? 私上がったのにー?」


「なかなかきつい事言うな光ちゃん」


 何度も言うが俺と日向はけなし合う仲だ。別に言ったところでどうということはない。


「そだ! みんなで順位言ってこー!」


「おー!」


 一条は吹っ切れたのか。まさか自分から順位言おうって言うなんてな。そして渡がそれに便乗してる。


「じゃあ僕から———」


「上三人はカットで」


 珍しく? 俺と日向が同じことを言った。まぁ言わなくても上位三人は確定してるからな。ただの自慢にしか聞こえないし。更科が不服そうにしてるのは置いといて。ついでにハモった俺と日向を見て噴いている尾鷲も置いといて。


「わたし6い」


「雛はさっき言いました。88位です」


「なんで私見ながら言うのよ! ちょっと勝ったからっていい気になって」


 やっぱこの二人仲いいな。喧嘩するほどってやつだな。


「私は120位だ」


「ふららん先で!」


 何で自分で言い出しときながら最後に持って行くのかわからない。大体最後の人ってみんなの期待を一身に寄せるんだぞ。


「54位」


「普通に頭いいじゃねぇか」


 意外だった。尾鷲普通に頭いいじゃん。54位ってことは確実に700点台だぞ。


「わ、私は・・・」


「俺125位な」


「光ちゃん先に言った!」


「言うのが遅いんだよ」


「私243位・・・」


 ほら見ろ。最後一条になったから他の人どう反応したらいいかわからなくなっちゃったじゃねぇか。


「あの・・・、先輩たちっていつもこんな感じなんですか?」


 謎の沈黙を破ったのは今までずっと見ていた七瀬だった。


「ああ、至って平常運転だ」


「ねぇねぇ。その子誰よ?」


 あ、柊と尾鷲知らなかった。もう説明しねぇぞ。頑なに口閉じとこ。


「実はねぇ・・・」


 耳打ちして説明してそのあと二人から返ってきたのは


「えー⁉ 矢島君の彼女⁉」


 あれ? なんか誤解されてるな。彼女じゃねぇぞ。(仮)だからな。それと、毎回こんな反応されるたび俺と七瀬は公開処刑されてる感じがする。柊声大きすぎだ。


「これ聞いてどう思う? 風紀委員さん」


「私は別に気にしないな。風紀乱すようなことじゃないでしょ。恋愛くらい」


 慎に言われて尾鷲が風紀委員だったことを思い出した。完全に忘れてたわ。しかもこれくらいは許容範囲とか。尾鷲が風紀でアウトにすることってどんなことなのだろうか? ちょっと気になった。


「私もそうだな。特に気にしない。それに、私も似たようなことあったからな」


「は?」「え?」


 また本田からとんでもない爆弾発言が飛び出した。全員驚いてるよ。特に佐藤が。似たようなこと? じゃあ本田は恋愛経験者? 


「結構な頻度で靴箱の中に手紙入ってるんだ。それで呼び出しに応じるんだが毎回違う人、しかも男女問わずだ。仕方なく断ってはいるんだがその度少しばかり傷ついてな。否定されないだけマシだと思うな。七瀬さん」


「俺もう本当にお前の底が知れねぇわ」


「光ちゃんに同意」


「はい。雛も驚きました」


 さすがに恋愛経験者ではなかったが結構な頻度で手紙入ってるって・・・。声に出した俺や慎、日向だけじゃなく他の人も驚いてる。もはや引くレベル。


「あ、ありがとうございます! あ、先輩。私が開けますね」


 ただ一人、七瀬を除いて。七瀬目線からしてみればすごく説得力があるからな。ん? 開ける? 何を?


「では先輩、口を開けてください」


 開けたのはおにぎりのラップだった。ちょっと待て。


「自分で食えるわ。施されるほど何も出来ねぇわけじゃねぇよ」


「いえ、私は先輩のために尽くしますから!」


「ねぇ、私たち、何を見せられてるの・・・」


「残念ながら今回はかなに同意です」


 俺別に見せてるわけじゃねぇからな! これは七瀬が勝手にやってることだからな! そこんとこ間違えるなよ! みんなからの視線が冷たい! ここはガツンと言ってやるか。


「七瀬。お前、この状況どう思うよ」


「え? 私は幸せですけど?」


「ダメだこれ・・・」


「え? どうしました? 具合悪いのですか?」


 思わず顔を覆ってうなだれる。七瀬は周りの視線が一切気にならないらしい。これはあれか、俺があの時言ったからか。だとしたら俺にも責任はあるが、いくら何でも度が過ぎる。


「奈々ちゃん。ちょっといい?」


「え? あ、はい」


 見かねた更科が七瀬を呼び出してこの場を離れて行く。ついでに柊も一緒だ。で、残った俺たちはというと


「いいよなぁ。あんなに尽くしてくれて」


「お前も共犯だからな」


 慎のやつ・・・俺の立場になってみろ。苦労がわかるから。悪気がないのはわかるよ。だから強く言うことも出来ないし。


「矢島さん、少し同情します」


 日向にまで同情されたし。これっていい事なんだよな? 何で同情されなきゃならねぇんだよ。でも日向は察してくれたということだ。気持ちだけありがたく受け取っておこう。


「悪い子じゃねぇのはわかる。尽くしてくれんのもありがてぇよ。でもなぁ、なんか違うんだよなぁ。なんつーの。価値観の相違って言うの。このままだと俺は真のダメ人間になりそうな感じがしてならねぇ」


「アオさんは多分そのことを言いに行ったんだと思いますよ。雛たちから見れば一方通行な感じがしてなりませんでしたから」


「贅沢な悩みだね」


「うるせぇよ。がり勉にはわからねぇだろうよ」


「がり勉って・・・」


 佐藤の言うこともわかる。少し前の俺だったら同じ立ち場のやつに絶対同じこと言ってただろうし。


「むぅー! 光ちゃん!」


 今までずっと静かだった一条がいきなり大声を上げた。しかも口調からして俺を指さしてそう。


「光ちゃんは奈々ちゃんのこと好きなの⁉ どうなの⁉」


「嫌いではねぇな。ていうか———」


「答えは『はい』か『いいえ』!」


 やけになったのか? それはそうと痛いところついてくる。めったに見られない冴えてる一条がここに来て出てきた。黙秘権・・・使えなそうだし。回答拒否・・・出来ないだろうし。話題転換・・・雰囲気がそうさせないだろうし。あーもう知らん!


「『はい』だ! だが補足もつけるぞ。俺が言う『好き』は親友としてのものだからな。お前らと関係は対等だからな。そこんとこ履き違えんなよ!」


「じゃあそれでオッケー! 余計なことは考えない! 私もそうするから!」


「お前が良くても他のやつはどうなんだよ」


「俺は変わらないな。これくらい些細な問題だし」


「慎と同じだな」


「僕もあんまり気にしないかな」


 まぁ慎と本田、佐藤はそう言うと思った。


「雛は・・・気になったら普通に言っていくので今までとそんな変わらないでしょう」


 日向も平常運転。


「私はそれを見て楽しむ———じゃなかった。見ても気にしない」


 尾鷲もある意味平常運転。


「わたしも・・・きにしない」


 若干溜めがあったように感じたが渡も気にしない。じゃあ今まで通りの関係ということでいいんだな。


「はい。奈々ちゃんが帰ってきました」「帰ってきたよー」


 更科と柊に連れられて七瀬も帰ってきた。


「あの、先輩のことを考えずにいてすみませんでした!」


 俺の前に立って頭でも下げているのだろう。でも謝られるいわれはない。


「なんで謝るんだよ」


「私、何回か言っているように周りの気持ちを考えずに一人で突っ走っちゃう癖があるので、その、直そうとは思ってるんですけど・・・」


「別に直さなくていいんじゃねぇの。それはお前の個性だ。無理に直すことねぇよ」


「でも、そうしたらまた先輩にご迷惑を・・・」


「やりすぎってことはあるかも知んねぇがそれが迷惑とは思ってねぇよ。個性で言ったら俺たちの方が迷惑かけてるしなぁ。とにかくだ、あまり気にすんな。俺も気にしねぇから。さっきは悪かったな」


「あ、ありがとうございます。先輩」


「あともう一つ。先輩は堅苦しいから言い方変えてくれ」


「では光ちゃん先輩で! 一度こう言ってみたかったんです!」


「あー、好きにしてくれ」


「光ちゃん。何さりげなく奈々ちゃんの頭撫でてるのかな?」


 あ、無意識のうちにやってたわ。更科に言われて気づいたわ。その後女子の皆さんから総攻撃を食らったのは言われるまでもない。

 しばらくいろいろ言われた後


「あの・・・、ほ、本田先輩」


「何だ?」


「しゃ、写真撮ってもいいですか?」


「ああ、別に、構わないぞ」


「さーちゃんダメ! こういう時はみんなで撮らなきゃ!」


 そういうことなのかなぁ? 単にツーショット撮りたかっただけじゃないのかなぁ? 結局一条が指揮する形でここにいる全員で写真を撮った。どんな風に撮れたか見たかったなぁ。


× × ×


 放課後、本来だったら帰るはずなのに・・・今俺たちは会議室にいる。ここで『俺たち』と言ったが会議室に来たのは文実の俺、慎、一条、渡。そして生徒会という理由で強制招集された更科だ。どうやら昨日の生徒会で話し合われたのはこのことだったらしい。


「くそ、何で集まんなきゃなんねぇんだよ」


「光ちゃん、俺一応生徒会役員でもあるからな」


 こういう文句は聞こえる位置で言ったほうがいい。だって本当に面倒だし。


「早く終わってほしいなぁ。帰ってー、お話してー」


 一条もこんな調子だ。俺も同じ気持ち。

 ちなみにこの場にいない人たちについてだが大体は部活だ。じゃあ部活ない人たちはどうしているかというと仲良く茶道部部室にて待機中。七瀬、日向はまだわかるがなぜか柊と尾鷲もいるらしい。これ、絶対終わった後家来そうだな。


「みなさーん。集まってくれてありがとー」


 あ、そうだ。会長、佐倉蒲公英さくらたんぽぽ先輩だった。思い出して噴き出しそうになったのは勘弁して。これからわかりやすくたんぽぽ先輩って呼ぼ。


「えーっと資料資料・・・」


「会長。これですね」


「あ、ありがとー葵ちゃーん」


 更科大変そう。書記だから今回のことも議事録として取らなきゃならないんだよな。俺ちょっと同情するわ。


「はいではみんなちゅうもーく! あれー? もうしてるー」


 そら開始からこうごたごたしてれば誰だってそっちの方向くよ。


「それでは第一回文化祭実行委員会をはじめまーす」


 やっぱりだった。もしかしたらというわずかな希望もあったが文実だった。早すぎないか?


「では! まず最初に実行委員長を決めたいと思いまーす。イエーイ!」


 たんぽぽ先輩のテンションわからん。何か一人盛り上がってる。周りついていけてないよ。

 それにしても実行委員長か・・・。あ、そういえば本田家長女の咲夜さんがそうだったな。


「では実行委員長について説明しまーす。実行委員長は今回の文化祭の顔になる役職でーす。顔だよ顔ー。もちろん三年生がなってもいいしー、二年生も一年生もだいかんげーい! あとはねー、いろんな人と話すことになるからー、そこはしっかりと! ていう人がいいですー。それでは! 我こそはという人、挙手!」


 説明が適当すぎる。でも、そのおかげか一条は今の説明で理解できたようだ。逆に今のような説明じゃないとわからない一条・・・。

 なんか「挙手ー挙手ー」って呪文唱えてるたんぽぽ先輩はいいとして誰がやるのかなぁ。自分からやりたいって人いるのかなぁ。

 やっぱりいなかったようでしばらくたんぽぽ先輩の呪文だけが聞こえている。顔窺ってるんですね、みなさん、多分。


「いないー? うーん、どうしよー? あ、そーだ! 実行委員長になると、内申点上がるよー」


 それ言っていいのか? ていうか内申点目当てで委員長になるやつとか絶対碌なことにならねぇぞ。


「誰もいないならうちがやる」


「おー! しのちゃん! いいのー?」


「いいよ。まぁたんぽぽについて行けんのなんか、うち含めてそう多くないだろうから」


「ほかに立候補者は挙手ー挙手ー挙手ー。しのちゃんでいいなら拍手ー」


 拍手が起きた。どうやらこれで決まりのようだ。しのちゃんって言うくらいだから仲良い人なのだろう。


「では改めてー実行委員長は3年4組。東雲不知火しののめしらぬいちゃんが務めることになりましたー。拍手拍手ー」


 なんかめっちゃ強そうな名前。どちら様ということを慎に聞いたところ、テニス部部長らしい。あ、球技大会の決勝で本田に負けた人か。これは言わないでおこう。


「それでは挨拶どぞ!」


「委員長になりました東雲不知火です。やるからには最高の文化祭にしたいと思うので応援していただくとともにお手伝いよろしくお願いします」


「イエーイ!」


 ただ一人はっちゃけているたんぽぽ先輩をよそに再度の拍手。何かこの人だけいる次元違うんじゃねぇか? 例によって抱きついてるし。


「委員長が決まったところで、もう一つみんなに伝えたいことがありまーす。えーっと・・・文化祭のスローガンを募集しまーす! みんな紙受け取ってねー。これと同じ紙が月曜日に生徒のみんなに配られるのでー、ぜひ、考えていただくようみんなからみんなに伝えてくださーい」


 この一言で『みんな』って何回言った? もうわけわかんなくなってきた。でも一条はわかっているようだ。ていうか紙持ってても全然見えないし。


「えーっと、選考方法は・・・」


「僕から説明します」


「ありがとー」


 慎曰く副委員長らしい。見かねたのか。そしてまたしても抱きつくたんぽぽ先輩。どうやら七瀬以上にパーソナルスペースが狭いようだ。もはやゼロ距離って言っていいレベル。


「ごほん、まず皆さんには一人一つスローガンの案を考えていただきます。それとクラス内で集められた案を次の金曜日のLHRの時間に議論していただき、クラスで一つ代表案を決めます。そこで決めた案をその後の第二回文化祭実行委員会に持ち寄って、ここにいる皆さんで三案まで絞り、次の月曜日の朝、全校生徒の最終投票にて決定するという流れになります」


「みんなわかったー?」


 なるほどね。でも今聞いた話だと俺たち一人一つ案考えなきゃなんないの? こうなったらあの二人を召喚するしかないな。それと一条、何で説明する人が変わった瞬間首傾げるんだよ。こっちの方が全然わかりやすかったぞ。


「それでは今日はこれで解散でーす。第二回目はー、えーっと、いつだっけ?」


「来週金曜日のLHR後です」


「だってー。それじゃあお疲れ様でしたー」


「会長。あの、もう一つ」


「あー! 忘れてたー! みんなごめーん!」


 更科が会長に言ったことによって会議室を出ようとしてたみんながまた戻る。今度は何?


「えーっと、来週の第二回目にみんなの係を決めたいと思うので何入りたいか考えて来てねー。係はー、副委員長、記録係、会計係、大道具係、広報部、音響放送係、進行係、受付係、警備係でーす。来週までに何入るか考えて来てねー。それじゃあ今度こそかいさーん」


 今度こそ解散になったな。生徒会の人ももう何も言ってこないし。俺たちも帰るか。


× × ×


「どうしよー係」


 さっき言われた係について一条が考えている。まぁ一条は頭使わないようなやつだったらいけるだろう。渡も音響放送や進行以外だったらいけそうな感じだ。対して


「悩めるだけいいよな。俺なんか入れるのねぇぞ」


「あ、光ちゃんは決まってるぞ」


「は? 俺決まってんの?」


 どうやら慎や更科が気を利かせてくれたのか俺の配属を優先的に決めてくれたらしい。


「うん、光ちゃんは生徒会補佐係」


「何だよその係。聞いたことねぇよ」


 さっきたんぽぽ先輩から言われた係のどれとも当たらない係名が更科の口から出てきた。生徒会補佐係? 何するの?


「だって光ちゃんさっき言った係全部出来なそうだし」


「確かに出来ねぇな。ん? 俺今馬鹿にされた?」


「さぁねぇ」


 更科の口から出てきたよくわからない係についてはまぁ追々わかるだろう。でも響きからして絶対によくなさそう。生徒会補佐ってことは俺も生徒会のやることやるの? 何で生徒会役員でもないのに・・・。


 慎はそのまま部活に行き、俺たちは茶道部部室に立ち寄って4人を拾って帰路につく。この4人、七瀬、日向、柊、尾鷲は何をしていたのかというと日向と柊が七瀬を質問攻めしていたらしい。絶対に俺の事だろう。もうほんと勘弁して。それと


「何で柊と尾鷲までついてくるんだよ」


「だって暇だしー」


「暇人はおとなしく家に帰っとけ」


「だから帰っているのではないですか?」


「俺の家はあくまで俺の家であってお前らの家じゃねぇからな」


「似たようなものですよ」


「全然似てねぇよ。尾鷲、笑うな。あと一条、どこが違うのじゃねぇよ」


「まだ何も言ってないよ!」


 絶対そんなこと言いそうだったからあらかじめ芽を摘んでおいただけのこと。たく、どうするんだよ。またかえでに誤解されるじゃねぇか。家上げずにさっさと帰らせよ。


 家に着くと


「おーおかえりぃ。みんな帰ってきたぁ。さぁ上がって上がってぇ」


 母親がいた。あ、そういえば週4勤務って言ってたな。今いるってことは金曜休みってことか。くそ、タイミング悪い。さっき家上げずに帰らせよって思ったのに早速詰んだわ。

 結局いつも通りみんなして家に上がることになり


「光ちゃん。この光景。健全な男子から見たらどう思うだろうねぇ」


「やめろ、今まで考えねぇようにしてたのによ」


 母親の言いたいことはわかる。明らかに男女比がおかしい。たった一人の男子の俺に対して女子は母親含めると8人だ。これはよくない。非常によくない。俺はこんなこと望んではいない。


「では七瀬さん。続きと行きましょうか」


「あ、はい! どんとこいです!」


 そんな俺をよそに日向を先頭にまた七瀬に対する質問攻めが再開された。質問の内容が・・・しかもさっきした質問の繰り返しになりますがって時々言ってるし。日向のやつ、俺に聞かせるためにわざとやってるだろ。もうこうなったらあれだ。耳塞いで寝てよ。

 耳も完全に塞げるはずがなく質問の中身と七瀬の答えが聞こえてくる。何か一条や渡まで質問してるし。そう、今この場で質問しているのは一条、渡、日向、柊、母親の5人。更科と尾鷲は聞きの態勢に入っている。一部抜粋してみよう。


・矢島さんのどこがいいのですか? By日向。答え、全部です! 光ちゃん先輩の全部が素敵です!

・具体的には? By柊。答え、キリっとした目、端正な顔立ち、がっちりした体格、髪も素敵です。歩き方、私が隣にいるときも自分が目が見えないのに私を気遣ってくれます。言葉遣いも少々きついところはありますけどその中身はとても優しいです。あと———ストーップ!! もうその辺でいい!

・はい! 光ちゃんの悪いところは! By一条。答え、いえ、どこにもありません。完璧なところもそうですがそうでないところも私にとってはいいところです。

・もし、矢島さんに好きな人が別にいたとしたらどうしますか? By日向。答え、それでも構いません。私は光ちゃん先輩のすべてを受け入れます。たとえ私が光ちゃん先輩の一番じゃなくても、先輩が満足してくれるなら私はそれで満足です。

・争ったりしないの? By渡。答え、私は光ちゃん先輩の好きな人と争いたくありません。もし、その人が一番でその・・・結婚とか、考えているのでしたら私はその席をお譲りします。

・それで後悔はないのですか? By日向。答え、無いと言えば嘘になります。でも現時点で私の思いは一方通行のままです。その状態で争うだとかというのは違うと思います。私は何も光ちゃん先輩を独占したいとは思っていませんから。

・私からもいい? 第三者から見るけどぉ、今のこの状況を奈々ちゃんはどう思ってるのぉ? これ、なかなかすごい状況よぉ。By母親。答え、それはどういうことですか?

・本人も自覚してるみたいだし、じゃあ言っちゃうわねぇ。光ちゃん一人に対して女子7人が取り囲んでいるのよぉ。もしこの中から光ちゃんを好きだって人が別に現れたとき、どうするのぉ? By母親。答え、さっきの日向先輩にした答えと変わらないです。私はすべてを受け入れます。ここにいる皆さんとはずっと仲良くいたいですから。


 ここにあるのはあくまで一部抜粋だ。細かいものになるとキリがない。耳塞いでたのに普通に聞こえてたし。これ完全に公開処刑じゃん。ので途中からは耳を塞ぐのを諦めてずっと突っ伏してました。

 でも聞いていて思った。特に日向と母親の質問が気になった。仮に俺に別の好きな人が出来た場合の話だ。でその答えがすべてを受け入れる。要するにおとなしく引き下がるというのだ。本当にそれでいいのか? 俺が言うのもあれだが。聞いていただけで俺への熱意は良く伝わってくる。聞いてるこっちが恥ずかしくなるくらいに。でもそれだけ熱があるのならそう簡単に諦めないものではないのか? なんかすごいギャップを感じる。このギャップの正体は何だ? 


「奈々ちゃん。最後の質問していい?」


「はい」


 母親がそう投げかける。最後の質問と言ったからさぞ重要なものに違いない。みんな一気に静かになる。俺もずっと突っ伏していた顔を上げた。


「奈々ちゃん。私たちに何か隠してない? 例えば、病気の事とか」


「え?」


 みんな一様に同じ反応をした。病気ってあれだろ。ペースメーカーつけてるってやつだろ。まさか・・・


「な、何も隠してないです」


「本当に? 奈々ちゃんはそれが光ちゃんのためになると思ってるのぉ?」


「おい、言い方悪いぞ。別に言いたくなければ言わなくてもいい」


「もし光ちゃんのために尽くすって言うのならお互い隠し事はなしにするべきじゃないのかなぁ?」


「七瀬。この母親の言うことは聞くな」


「・・・」


「奈々ちゃん」


 隣にいたのだろうか。一条や更科が気遣っているのがわかる。その支えもあってか震える声で七瀬は


「すみませんでした」


 こう口を開いた。


「ただいまー。・・・女子の靴が多い」


 タイミングが良いのか悪いのかかえでが帰ってきた。


「おかえりぃ。良いところに来たわねぇ。とりあえず座りなさいなぁ」


「・・・わかった」


 かえでも聞きたいことが山ほどあっただろうに。それでも母親の言うことに応じておとなしく俺の隣の椅子に座った。


「実は、皆さんに言ってなかったことがあります。その、もし聞いたら、皆さんを悲しませてしまうかもしれないので」


 そして七瀬は話し始める。


「私、あまり一緒にいられないみたいなんです」


「は?」


 どういうことだ? 一緒にいられない? でもそれはあれだろ。学年が違うとかそういうことだろ。


「両親からは伏せといてと言われていました。でも、皆さんといると楽しくて、隠し事をしていることに罪悪感を覚えました。ですので、こういう機会が与えられたのは、私にとって数少ない幸運なことなんです」


 でも言い方からしてそんな感じがしない。


「ふぅ、ですので。皆さんには隠し事はなしにしたいと思います」


「え、ちょっ⁉」


 女性陣がみんなして慌て始めた。そして隣に座っていたかえでが両手で慌てて俺の目を隠した。え? 何? どういうこと?


「これでお分かりいただけましたか?」


「かえで、別に隠さなくてもいいんじゃない? どうせ光ちゃんには見えてないんだしぃ」


「ま、万が一だし!」


「万が一もねぇよ。いいから放せ。ていうかどういう状況だよ。急に慌てて」


「光ちゃん先輩。私は今、制服を脱いで皆さんに私の今を見せています」


「ちょっ、それ言っちゃうの⁉」


「はい。それに、光ちゃん先輩はもうわかっていますから」


 なるほど、みんなが慌てて、そしてかえでが俺の目を隠した意味が分かった。


「この通り、私の胸にはペースメーカーが埋め込まれていて私の命を支えています。これがちゃんと動いているか確認するため、私は定期的に通院しています。・・・ここから先は光ちゃん先輩にも言っていません」


「あ?」


 俺にも言ってないこと? 何だ一体。


「私、近いうちに心臓移植を行う予定なんです」


「へぇ、でも心臓移植って良い事なんじゃないのぉ?」


 そうだ、心臓移植をするなら今までしていたペースメーカーをしなくてもよくなる。これは良い事だ。悪い事ではない。


「はい、でも心臓移植をするにあたって近いうちに入院することになります。ですので学校に来ることもできません。かなり長い間の入院となります。それに、もしもの可能性もありますので。本当は定期健診とだけ言って皆さんにあまり心配してほしくなかったのですけど・・・」


「奈々ちゃん! それは違うよ!」


 俺も違うと言いたかった。でも先に声をあげたのは一条だった。


「言わない方が悪いよ。だってそっちの方が何があったか心配しちゃうから」


「私もココと同じ意見。迷惑だなんて全然思ってないからね」


「わたしおいってほひい。あ、いってほしい」


 場所は違えど障がい者である更科と渡が言えば説得力が違う。


「雛もです。言ってくださってありがとうございます。迷惑だなんて思いませんよ。だってここにいるのはお人好しな方々ばっかりですから」


「雛が似合わないこと言ってるけど私も同じよ!」


「私も同じだよ。雛やかなたんに比べたらまだまだマシな方だな」


「雛がふららんに迷惑をかけているのは9割かなのせいですよ」


「はぁ? 逆よ逆! 9割雛のせいよ!」


 確かに日向の言う通り、ここにいるのはお人好しばっかりだな。最近知った柊や尾鷲も、ここにいない慎や佐藤、本田も。


「あの、七瀬先輩。その・・・、これまでの態度、お詫びします。私、知らなかったから」


 かえでもやっぱりお人好しだ。まぁでもかえでは初対面の相手と接するのが単に下手なだけで悪気があったわけでも心の底から怒っていたわけでもないのは知っている。


「皆さん・・・ありがとう、ございます・・・」


「別に礼を言われるようなことしてねぇよ。これが俺たちだからな。周りに似たようなやつがいると自然とお人好しになっちまうんだよ。そうだ、一条」


「え? 私?」


「ああ、確かお前への命令権がまだ残ってたよな?」


「うん、そうだけど・・・まさか私にも⁉」


「何想像してるか知らねぇがその命令権。七瀬にやっていいか? いや、七瀬にやるぞ。命令だ」


「ここでその命令を使うのね」


「うん! いいよ!」


 感心している更科は置いといて一条の元気な返事が返ってきたのでこれで一条への命令権が失効。そして七瀬へと移った。それで


「よし、七瀬へと命令権が移った。そんなわけで今から七瀬に命令する」


「は、はい!」


「絶対に戻って来い。そしたら俺の休日を3日やる」


「いいんですか?」


「ああ、それとも足りないか? だったらもっと増やしてもいいが」


「いえ! それで十分です!」


 確かに3日やるとは言ったが言って思った。割に合わねぇな。まぁその辺は追々。とにかく命令権を行使して戻って来いと言った。でもそれはただの口約束でそんなんでどうにかなるような病気じゃないのはわかっている。でも


「ありがとうございます! 頑張ります!」


 七瀬の明るい声、そしてそれを囲むようなみんなの温かい声が聞ければそれで十分。


「光ちゃーん。ちょっと考えが足りなかったんじゃない?」


「何だよ」


「3日自由時間を奈々ちゃんに与えたってことでしょ?」


「それが何だってんだよ」


「わかってないのかなぁ? 3日で出来ることって結構あるわよぉ。デートはもちろんだけどぉ・・・」


 母親のこの言葉を聞いて数人の女子が「は!」と声をあげたのを俺は聞き逃さなかった。でもそれ以上に母親のことを聞いて俺は思った。そうだ3日自由時間を与えたってことは単にデートで済まない場合がある。俺は単発×3日だと思っていたが今やった約束だと3日連続ってのもあり得る。これはもしかしたらとんでもない命令をしてしまったかもしれない。まぁでも七瀬本人はすごくうれしそうにしてるからいっか。


× × ×


 今日は母親が休みだったので電車組の日向、更科、柊、尾鷲、あと電車ではないがそこそこ距離のある七瀬は母親の車に乗せられていくことになった。車いすもあるのに5人乗れるかという問題だが幸い折りたためる車いすだったので座席シートの上に無理矢理乗せるという手段を取ったようだ。よかったな日向、今回は人権保てて。

 一方の徒歩組は一条と渡。そして居残り組は俺とかえで。


「ねぇ、お兄ちゃん」


「ん?」


「私、七瀬さんに嫉妬してたの」


「そうだろうと思った」


 まぁ俺も日向から聞いてわかったことなんだけどな。


「かえで、俺は遠くになんか行かねぇよ。俺はかえでがそばにいねぇと家の事何も出来ねぇしな。学校のことはあいつらがいねぇと何も出来ねぇ。まぁ俺からしてみればかえでが俺から離れて行く方が心配だ。言っちゃ悪いが俺一人で生きていける自信なんか点でねぇしな」


「私は離れない。これからも。あと、七瀬先輩のことも受け入れる。もう、あんな態度は取らない」


「ん? 俺今告白されいでッ!!」


 かえでから盛大な一発を食らった。痛さってより強さの方が上だったな。クッションだろ。食らったところよりも首の方が痛い。


「あ、そうだ。知らない人がいたんだけど誰?」


「あー言ってなかったな。日向と同じくちっちゃいほうが柊佳那。白髪で声のトーンがほぼ変わってなかったのが尾鷲芙蘭。二人とも日向と同じ茶道部部員で俺と同じクラスだ。あいつら来るなって言ったのに普通に来たからな。まぁこれからもちょくちょく会うだろ」


「ねぇ、この家の事宣伝してないよね?」


「してねぇしするかよ。してんのは主にあの母親とここに入り浸ってるやつらだ」


「ならいいけど」


 そんな話をしているときに電話がかかってきた。しかも俺のスマホに。誰だよ。


「はい、お兄ちゃんのスマホです」


「おい、勝手に出るなよ」


 かえでにスマホ取られた。いいのか? かえでが出ちゃって。


「は、はい! ちょっ、少々お待ちください!」


 なんかかえでのやつテンパってるな。するとその電話はスピーカーになり聞こえてきたのは


“もしもーし? 光ちゃーん? わたしわたしー、覚えてる?”


 うわ、聞いたことある声。この声は聞き間違えるはずがない。


「咲夜さん。何ですか?」


 電話をかけてきたのは咲夜さんだった。何で俺のライン知ってるの? 俺ライン交換したっけ? そして咲夜さんがいるということは


“おいコラ。アタシもいるかんな。忘れんじゃねぇぞ”


 やっぱり夏夜さんもいた。


「二人して何の用ですか? わざわざ俺に電話かけて来て。そのせいでかえでが過呼吸になりかけてますよ」


“あ、かえでちゃーん。運動会のあと大丈夫だった?”


「は、はい! だだだ大丈夫です!」


 いや、どう見ても大丈夫じゃない。運動会は自分のやることに集中していたからだろうけど、完全にオフの今だと受け止め方が違う。


“心配したからな。もうぶっ倒れんじゃねぇぞ”


「ももももう大丈夫です!」


「今まさにぶっ倒れそうなんですけど。何とかしてくださいよ」


“何だと⁉ おい家教えろ。今すぐ行ってやる!”


「お兄ちゃん!」


“夏夜落ち着いて。かえでちゃんは緊張してるだけだから。光ちゃん、誤解するようなこと言わないの”


 電話越しで優しく言ってくる咲夜さんに対してかえでは頭を平手打ちしてきた。パーンっていい音を出して。さっきのクッションの3倍くらい痛い。


「で、何の用ですか?」


“そうそう。光ちゃん私たちに約束とりつけたの覚えてる?”


「あー、はい。覚えてますよ。独り言言いに来るってやつですか?」


「え? 約束?」


“それでいつにしようかと思ってね。私や夏夜は明日でも大丈夫だけど?”


「え? 明日来るんですか? 仕事は?」


“土曜はオフって決めてるからだいじょーぶ!”


「お兄ちゃん。約束って何?」


「圧が強い圧が。俺が文実だって話しただろ」


「それも初耳なんだけど」


「じゃあ今した。でだ、電話越しにいる咲夜さんは3年前の文化祭実行委員長らしくてな。その当時の話を聞けねぇかってことで約束したんだよ」


「ふーん」


“二人とも仲いいのね”


「まぁ否定はしまあでっ!」


 またしてもかえでに叩かれた。しかもさっきのとは違って今度は無言。くそ、何で同じところを・・・


「あー、それじゃああいつらに連絡しなきゃなんないな」


“それはダメ。私が許可したのは光ちゃんだけだから。他の人に連絡するのも、私の独り言を録音するのもダメね”


 この人、絶対変なこと考えてそうだな。どうせ俺をからかうつもりなんだろ。でもそうはいかない。


「わかりました。では明日の午後でお願いします。午後であればいつでもいいです。基本うちにいるので」


“いいよ。夏夜もそれでいいでしょ?”


“あ? アタシはいつでもいいぞー。つーか何の話だよ?”


 夏夜さん聞いてなかったのか。本当に自由人だな。まぁでもとりあえずこれで約束は果たされる。参考となればいいが。ちなみに俺が午後を選んだのはかえでがいるからだ。かえでがいればそう簡単に俺をからかってきたりしてこないだろう。あとついでにかえでは二人にサインおねだりできる。俺からしてみれば一石二鳥。あとは不確定要素の母親と夏夜さんをどうにかすることだが・・・なんかどうにもできなそう。


「じゃあそういうことで明日はよろしくお願いします。かえで、電話切っといてくれ」


「自分でやれし。すみませんうちのバカお兄ちゃんが無理言ったようで」


“いいえ、かえでちゃん礼儀正しいのね。それじゃあ私たちもそろそろ”


「はい、また明日です」


 そう言って電話が切られた。


「明日うちに来る明日うちに来る・・・くぅー! やったー!!」


「いきなりなんだよ。頭のねじでも外れたか」


「お兄ちゃんありがと! 大好き!」


 そう言って二階に上がっていった。随分とテンション高いな。そんなにSAKU-KAYOに会えるのが嬉しいのか。ん? ちょっと待て。今かえで何て言った? おーい、かえでー。ダメだ。テンション爆上がりのかえでに何言っても通じないようだ。これはあれだな、いつもは口に出さないのにテンション上がった結果ついうっかり出てしまったってだけだな。そうだよな?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る