七瀬奈々

七瀬奈々 - 59日目 -

 昨日あの後、かえでは平静を装っていたがやっぱり気がかりだ。まぁ考えるだけ仕方ないか。今日も普通そうにしてたし。


 いつも通り学校に着くとやはりいつも通りの出迎えがある。


「おはようございます!」


 と思ったら何かいつもより声が大きいな。いや、いつもより人数が多いって言った方がいいか。


「わお! 今日はまた一段と人が多いねぇ。おはよー!」


「何でこんな盛大に迎えられねぇといけねぇんだよ」


 誰だ? 増えたのは。一人じゃねぇな。


「やじママさんですか? 初めまして」


 やじママ? ああ、うちの母親の事か。誰だよ、こんなあだ名考えたの。


「やじママ・・・グッドネーミングじゃないのぉ! これ誰が考えたのぉ?」


 ほら、喜んじゃってるし。そして元気よく手を挙げたのは一条だった。こいつ・・・あだ名付けないと気が済まないのか?


「和田夢です。よろしくお願いします」


「ひ、柊佳那です」


「尾鷲芙蘭です。お世話になってます」


「私の方こそうちの光ちゃんが大変お世話になってますぅ。どんどん輪が広がって良い事良い事」


「いいからさっさと仕事行け」


「えー、もうちょっとお話したいのにぃ。あ、放課後うち寄って———」


「キャパオーバーだっつーの。いいから仕事行け」


「じゃあ待ってるからねぇ」


 そう言い残して母親は仕事に行った。さて、いなくなったところで


「何でこんなに人いるんだよ。重役出勤かよ」


 歩きながら経緯を聞くことにする。


「さっきそこでたまたまかなたんとふららんに会ってね。あと和田さんは私たちが集まってるのを見て来たんだって」


 更科が説明してくれた。もういいや、知らん。現時点で10人。これ半年くらいしたらクラスのやつら全員で俺をお迎えしてきそう。こうなったらもっと早く学校来ようかな。


「賑やかなのも悪くないだろ?」


「限度ってもんがあるだろ」


 慎は気にしないからいいけど俺は気にするからな。周りの目とか。見えないけど。これ絶対目立ってるからな。


「私はいいよ! いっぱいいるほうが楽しいし! ね、わたりん」


 一条も気にしなかったか。そういえば4月、周りの目を気にせず俺を道案内してたことあったな。それと渡に言わせるな。


「うん!」


 はぁ、俺の静かな生活が・・・。よく考えたら静かな時って2年になってから一日もなくね?


「そうでした。皆さん覚えていますか? テスト対決の事」


「え? そんなのないよー」


「スゲー棒読み」


 一条は負けを悟っているのか。いや、俺の点数はとっくに開示されているからもう勝ち負けはわかってるのか。棒読みってことは・・・、あー、お疲れさん。尾鷲、ここは笑うところじゃねぇぞ。


「へー、そんなことやってたの」


 柊は参加してないからな。でも俺はこの後日向が言うことがなんとなくわかる。


「学力は雛の方がありますから。高校生活で大切なのは身長じゃなくて学力なんですよ。かな」


「は? 頭きた! こうなったら私と勝負よ! 身長だけじゃなくて学力でも上ってこと証明したげる!」


 あーあ、日向の誘いに簡単に乗っかっちゃって。どっちが後悔するかは目に見えている。


「よし! 今日の昼に開示ってことでどうかな?」


「ちっ、上のやつは余裕でいいよな」


 テストの事に関してだけは佐藤の口から言ってほしくない。なんか自慢しているように聞こえるから。


「光ちゃんも十分上だよ」


「確かに。絶対に平均以上だよ」


 文句言ったら上二人、佐藤と更科に言い返された。何で二人は俺に文句言うんだよ。俺の方が点数上ならまだしも。


「ということなんですがどうですか? 和田さんとふららんも参加しますか?」


 柊を参加させることに成功したから日向は調子乗ってるのか? 和田と尾鷲まで参加させようとしてるし。


「えー、えーっと・・・」


「私と和田は不参加にする。でも見るくらいならいいか?」


「はい、構いませんよ。みんなの慟哭どうこくと苦悶の表情をぜひご覧になってください」


「性格悪。柊がいると一段とすごいな」


 これまでも日向の辛辣な言葉は何度か聞いてはきたが今回はすごい。背が小さいことを除けば日向が魔王にでも憑りつかれてんのかと思った。尾鷲が必死に堪えてるよ。もう無視しとこうかな。


「あれ? さーちゃん静かだね」


 一条に言われて気づいた。本田いたのに全然しゃべってないじゃん。


「・・・体操着忘れた」


「は?」


 話吹っ飛びすぎて一瞬固まってしまった。てっきりテストダメすぎて静かだったのかと思った。


「え? じゃあさーちゃん体育は?」


「どうしよう・・・」


 抜けてるところがあるのはわかっていた。渡の暴露によって。前回は寝癖の直し忘れ。今回は体操着を忘れたのか。珍しく取り乱してるな。


「借りるにしてもさーちゃんに合ったサイズで体操着持ってる人は・・・」


 そう、更科の言う通り一番の問題はそれだ。本田は女子の中では学年で多分一番大きい。だから同じサイズの女子があまりいない。前身長を聞いたが日向は論外、渡、一条も小さい。更科は自分で着るから無理。柊も論外。尾鷲と和田も体育ないから持ってきてるとは思わない。となると


「光ちゃん。持ってないか?」


「持ってねぇよ。てか持ってたとして貸して大丈夫なのかよ」


 まず飛んでくるのは俺だろうとは思った。だって身長同じだし。いまだに信じられないが。それよりも男子の体操着を女子に貸す方に問題があると思うんだが。あ、でも本田はこんなこと気にしないやつだった。でも俺は気にするよ。


「ふう。私持ってる」


「本当か⁉」


 さっきまでずっと俺の言ったことに一人噴いていた尾鷲がようやく話に入ってきた。笑いすぎだよ。


「確かに、ふららんなら大丈夫そう」


「あとで着てみて。大丈夫だったら貸すから」


「ありがとう。恩に着る」


「いやよかったよ。さすがに俺も持ってなかったからな」


 俺がダメだったら次は慎に飛んでいってたがどうやらそうならずに済んだようだ。慎なら持ってたら貸しそうだな。サイズも余裕あるし。でも尾鷲のサイズで大丈夫なのか?


「光ちゃんの心配も大丈夫。ふららん、身長は?」


「172センチ」


「普通にでけぇじゃねぇか」


 更科に考えを読まれてたのはいいとして尾鷲の身長が普通に高かった。佐藤負けてんじゃん。二大巨頭がここにいるのか。いや、慎を含めると三大巨頭か。さらに言うと二大小人もいるのか。何つー凸凹集団・・・。

 ずいぶんゆっくり歩いて、時々止まってもいたな。ようやく昇降口に着いた。いつも通り靴を脱いで出された上履きを履こうとすると・・・あれ? ない。


「おい慎、俺の上履きは?」


「ああ悪い悪い。ほらよ」


 いつもより上履きが出されるのが遅かった。まぁ特に気にすることでもないか。ゆっくりするのも悪くねぇしな。


× × ×


 昼休み、アトリウムにやってきた俺たち。なぜかと言うとここで勝負の決着がつけられるからだ。ちなみに朝の会で早川先生が言ってたが、学年順位は明日掲示板に張り出されるらしい。でもその前に勝負だ。


「さて、では皆さん。勝負相手はわかっていますよね?」


 日向の言うことにみんな頷いたり答えたりで応じる。

 今回の勝負はただの勝負ではない。単純なランク付けで決めたら下位の人が圧倒的に不利になるので、前回の順位で近い人同士がペアになって勝負するということになっている。ペアは佐藤と更科、慎と渡、日向と本田プラス柊、一条と俺という形になっている。そのペアで点数勝負して勝った方が負けた方におごるなり命令するなりの特権が得られるというものだ。

 この説明をテスト前にいなかった柊、尾鷲、和田にもしてやっていよいよ開示の時だ。


「では何から開示していくかは見物人のふららんと和田さんに決めてもらいましょう。お好きなものからどうぞ」


「和田からでいいぞ」


「えーっとー、数学から」


「和田さん! よりによって一番悪いやつから!」


 一条の悲鳴は放っておいて数学から開示されていく。

 ここからは開示順にダイジェストで行こう。

 まずは数学。佐藤98点、更科95点、慎96点、渡95点、日向68点、本田65点、柊58点、一条40点、俺60点。

 現文。佐藤100点、更科98点、慎90点、渡93点、日向80点、本田70点、柊77点、一条54点、俺78点。

 物理。佐藤95点、更科88点、慎95点、渡90点、日向65点、本田57点、柊60点、一条42点、俺70点。

 化学。佐藤100点、更科100点、慎100点、渡98点、日向82点、本田74点、柊78点、一条70点、俺77点。

 古文。佐藤96点、更科100点、慎90点、渡87点、日向73点、本田64点、柊68点、一条58点、俺58点。

 英語。佐藤99点、更科96点、慎88点、渡85点、日向76点、本田60点、柊82点、一条48点、俺64点。

 地理。佐藤100点、更科98点、慎100点、渡98点、日向86点、本田78点、柊70点、一条64点、俺92点。

 保健。佐藤100点、更科100点、慎100点、渡100点、日向70点、本田90点、柊80点、一条65点、俺65点。

 情報。佐藤95点、更科90点、慎90点、渡90点、日向80点、本田80点、柊85点、一条65点、俺62点。

 トータル。佐藤883点、更科865点、慎849点、渡836点、日向680点、本田638点、柊658点、一条506点、俺626点。


 結果を全部聞いて思ったことがある。


「どうやら今回のテストは簡単だったようだね」


 佐藤のやつ声に出さなくてもいいのに。でも実際そうだ。前回の順位を聞いた感じ下位だった本田や一条もそこそこ出来ている。ということは他も出来た。平均点が上がる。そして赤点ラインも上がるということだ。もしくは勉強会が効いたか?


「ということは勝負に負けたのは・・・アオさん、わたりんさん、さーちゃん、かな、ココさんですね。おめでとうございます」


「めでたくないよ!」


 負け陣が日向に総ツッコミしたところで勝負がついた。


「では勝った人が負けた人に・・・」


「健ちゃん、私に出来るものにしてよ」


 さっきから日向がずっと指揮ってるな。まぁ日向も勝ち組だしな。さてと、注目の命令の時間だ。


「そうだね。ジュース2本でどう?」


「1本じゃなくて2本・・・いいです! 負けたからおごります!」


 更科のやつやけになってるな。対して佐藤は何で2本にしたんだ? 2位だからか?


「次は俺がわたりんにか・・・、明日の昼代でどうだ?」


「うん、いいお」


 結局昼代になるのか慎は。まぁ昼代そこそこかかるしな。うん? 慎のやつ最近得してばっかいるな。ずるい。


「では私はさーちゃんとかなに命令ですね。どうしましょう」


「私で出来るものにしてくれ」


「どうして私が負けるのよ! 身長で勝ってるのに!」


「わかりました。さーちゃん、お昼食べ終わったらかなを担いで教室まで戻ってください。この前の雛みたいに」


「そんなんでいいのか?」


「はい、かなに思い知らせてやりたいので」


「え? 何? 私何されるの?」


 思い出した。以前佐藤にやってみてって言われて日向がやられたやつだな。屈辱ですとか言ってた気がする。まぁそっちはそっちでやってくれ。それよりも


「命令、命令か・・・」


「ゴクリ」


 別に変なことするわけじゃないのになぜか真剣に構えている一条。まぁでも覚悟は出来ているだろう。昼休みより前に勝ってるか負けてるかわかってたからな。さて、どうしようか・・・。うーん、うーん・・・。あ、そうだ。


「貸しってのはどうだ?」


「貸し?」


「一条への命令はいったん保留だ。それでもし次のテストで俺に勝ったらそれで帳消し。なかったことになるってのはどうだ?」


「それで! ぜひそれでお願いします光ちゃん様!」


「光ちゃん様ってなんだよ」


 まぁ今すぐに決めろってものでもないしな。ここぞというときに行使するでもいいし帳消しにされればお互い平和だ。しかも帳消しにするには嫌でも勉強しなきゃならない。そう、これは一条のためでもある。俺なんていいやつ。何か自分で言って恥ずかしくなった。


「みんなして点数たかーい」


 ずっと観客だった和田と尾鷲はいいよな。ノーリスクでここにいる人の点数聞けるんだから。


 昼を食べた帰り、日向の命令執行の時間だ。


「何て屈辱・・・」


「うん。やっぱり軽いな」


 本田は柊を簡単に脇に担いで教室へと向かっていく。一条、更科は爆笑しながら連写してるし。尾鷲は必死に堪えてるのか。あ、そうだ。もう片方空いてるよな。良い事思いついた。


「本田。もう片方空いてるんならそっちに日向抱えてみろよ」


「何言ってるんですか。余計なこと言わないでください。ぶちますよ」


「光ちゃん鬼かよ」


 こういう時は体のいい言い訳を考えておけば本田は飲んでくれることを知っている。日向の意は知らん。だって他の人も見たいだろ。だったら慎の言う通り鬼にでもなってやるよ。


「本田に抱えてもらえれば帰り楽して教室戻れるだろ。勝ち組の特権ってやつだ」


「そうよ。矢島君わかってるじゃない」


「なるほど。確かにそうか」


「全然違います。さーちゃん、矢島さんとかなの言うことなんか聞かないで———」


 日向が言い終わる前に本田が空いた方で日向を抱えた。今本田の両脇に日向と柊が抱えられてるのか。くそ、見たい! 周りの反応を聞くことと想像することしか出来ないのか。一条と更科はさっき以上に爆笑しながらまた連写している。慎と佐藤、和田も堪えられてないし。渡も声出して笑ってるし。尾鷲は座り込んで噴いてるし。だって下の方から聞こえるからな。それで日向は「何で雛までこんな目に・・・」って言ってる。まぁ日向を下げるのは俺くらいしか出来ないからな。柊、俺に感謝しろよな。あ、でも後で日向に何されるだろ俺。


「悪いな。俺と光ちゃんトイレ行ってから戻るわ」


「あ?」


 突然慎がこう言ってきた。なんだよ、俺別に行きたいなんて言ってねぇぞ。他の人はそれを聞いてわかったとか言ってる。

 しばらく歩いたがここどこだ? トイレ・・・ではないことはわかる。床タイルじゃないし。第一トイレと廊下の間に段差あってトイレの方が低くなってるが段差って言う段差越えた感じしなかったし。


「光ちゃん。ちょっといいか?」


 なるほどね。トイレって理由つけてみんなを遠ざけて俺と慎の二人で話しようってわけね。


「何だよ」


 秘密の話ってことになるのだろうが慎から俺への秘密の話ってなんだ? なんか慎って秘密抱えてそうな感じだったか?


「朝、上履き置くのが遅れたこと覚えてるだろ」


「ああ、それがなんだよ。気にすることでもなかったぞ」


 確かに遅れてはいた。でも本当に気にすることでもなかった。でもなんでそれを掘り返すんだ?


「あれはちゃんと理由があったんだよ。で、その理由がこれ」


 そう言って慎が俺に持たせてきたのは紙・・・いや、違うな。封筒? それも違う。あ、


「手紙か?」


「ああ、光ちゃんの靴箱の中に入ってた。光ちゃん宛ての手紙だ」


 ちょっと待て。靴箱の中に手紙? しかも俺宛て。そんなの一つしかねぇだろ。ちょっと落ち着こう。


「悪いが中身読んでもらえるか。さすがに点字で書かれてはないだろ」


「いいのか? 俺が読んで」


「いいよ。どうせ手紙の差出人もそうなることを想定して入れたんだろ」


 そう、今日置かれたんだ。仮に別の日だったら俺の上履き取るのは慎じゃないしその時点でアウト。しかも差出人は木曜日慎が朝練ないことを知っている。読まれるのは慎じゃなければならない。そういう思いが伝わる。よっぽど女性陣には読まれたくないのか。あれ? それじゃあこの手紙って・・・


「えーっとなになにー。矢島光輝先輩へ。矢島先輩に伝えたいことがあります。放課後、校舎西の駐車場に来てもらえますか? ・・・差出人の名前がないな。それともう一枚は俺が読んでほしいって内容のものだったな」


「はぁ」


 思わず頭抱えてしまった。これは何だ? 普通に捉えていいのか? だとしたらこれはもしかしなくてもあれだろ? しかも先輩って・・・


「何でそんな落ち込んでんだよ。光ちゃん。これはあれだぞ。行かなきゃダメなやつだぞ」


「わかってる。無下には出来ねぇからな。だけどなぁ、はぁ」


 さっきから溜め息しか出てこない。俺は嬉しいのか? 何か自分でもよくわからなくなってきた。


「心配するなよ。他の人にはいい感じに言ってはぐらかしとくから。それに俺も遠くで見てるから」


「見んじゃねぇよ。俺を連れたらさっさと帰れよ」


「残念ながら今日は生徒会があるから帰れないんだなこれが。でも会長はあんな感じだからちょっとくらい遅れても大丈夫そうだし。それに、話し終わったらどうやって帰るつもりなんだよ」


「ぐ、それは・・・」


「頑張れ光ちゃん! 晴れの日だぞ!」


「まだ決まったわけじゃねぇし。それに相手も誰かわかってねぇのに」


 本来だったら受け取った本人がうっきうきになるはずなのに素直に喜べない。だって現時点でわからないことが多すぎる。これは例えるとあれだ。SNSで見ず知らずの人と初対面するかのような感じだ。不安だ。ていうか話ってなんだ? 本当に予想通りなら・・・。あーダメだ。これ午後授業になんねぇわ。


× × ×


 午後の授業は完全に上の空。手紙の件が気になりすぎて他の人の会話もほとんど頭に入ってこなかった。そして迎えた放課後。


「悪いな。俺と光ちゃん、先生に呼ばれてるんだわ。だから先帰ってていいよ」


「えー。じゃあ待ってるー」


「たまには寄り道せずに帰れよ」


「生徒会は?」


「ちょっと遅れるって言っといてもらえる? 悪い、この通り!」


「了解」


「ここ、かえろ!」


 駄々こねている一条は渡と茶道部一向に任せよう。生徒会のことは更科が何とかしてくれる。ていうか庶務一人くらいいなくても生徒会十分回ると思う。


 そして俺と慎向かったのは先生のところでもなく、職員室でもない。手紙に書かれた校舎西の駐車場だ。校舎の西にあるのは大きなステージだがそのさらに西、吹き抜けとなったところには駐車スペースと共に屋外に向けてタイルが貼られた壁画みたいなものがあるらしい。今俺はその壁画の前にいる。ちなみに慎は俺のいるところからは離れている。どこに隠れたんだ? 場所次第で慎が隠れてることがバレるぞ。

 待つこと数分。ここに向かって近づいてくる足音がある。聞いてみると一人。そしてローファーだな。


「あ、あの・・・矢島せんぱひッ!」


 女子だ。俺を呼んだのは。それも盛大に噛んだし。まぁここは先輩としてリード・・・出来ない俺は普通に答えるか。


「手紙を書いたやつか。俺に何の用だ?」


 至って普通に答えたつもりだ。でも遠くで慎がそうじゃねぇよ! とか言ってそう。知らん知らん。


「わ、私は・・・七瀬奈々と言います! えっと・・・その・・・」


 どうやら差出人の名前は七瀬奈々というらしい。初めて聞いた名前だ。当たり前か。


「私、その・・・矢島先輩が・・・その・・・うーん!」


 はぁ、世話の焼ける後輩だ。なんとなくかえでに似ている。だからちょっと落ち着かせてやろう。


「落ち着け。俺に何が言いてぇんだよ。時間かけてもいいからしっかり話せよ」


 俺がそう言うと七瀬はゆっくりと深呼吸して


「私! 矢島先輩のことが好きです! つ、付き合ってください!」


 見事に言い放った。想定の中の一つにはあったがいざその場面に直面すると頭が動かない。少しの間放心状態になった。どれくらいだろうか。体感だと30秒くらいあった。その間に今起こったことを整理して次何て言うか考え・・・。あー! 頭働かねぇ!


「七瀬って言ったか?」


「はいっ!」


 俺が言うと裏返った声で返事した七瀬。はぁ、七瀬には悪いが今のでちょっと落ち着いたわ。


「俺のどこがいいんだ?」


 内面も外面もいいところなんかないだろうに。だって性格はあれだし目見えねぇし。


「球技大会の時です。目が見えないにもかかわらず頑張っている姿を見て、その・・・かっ、かっこいいと思いました。それだけじゃないです。矢島先輩は、優しいです」


 うーん、俺が優しい? この俺が? 他の人が聞いたら何て思うだろうか。反論するか。


「俺優しくねぇぞ。今もこんな風に七瀬に対して反論してるからな」


「いえ! 優しいです! その・・・中学の時から、ずっと」


「は? 中学の時?」


 絶対に出てこないはずのワードが出てきて驚いた。中学の話なんかもう出てこないと思っていた。仮に出てきたとしてもそれは慎や一条から出てくるものとばかり思っていた。やばい、わけわかんなくなってきた。


「はい、えっと・・・。お、思い出したくないでしょうけど」


 思い出したくないことと聞いて真っ先に思い浮かんだのはあの事件だ。でもあれなら心配いらない。ココママとも話してちゃんと謝った。だから心配はない。


「ああ、あの事か。気にすんな。もうケリはつけてある」


 でも何であの事件が出てくるんだ? もう本当にわからない。だって先輩って言ってる時点で学年違うし。そしてあれは3年4組で起こったことだ。関係ないはずだ。


「あの時、私もあの場にいたんです」


「ちょっと待て。全くわからん。何でいたんだよ」


「4組のある先輩に用があって、たまたまいたんです」


「それと優しいのがどう結びつくんだよ」


「えっと、あの時先輩はすごく怒っていました。私、その時の先輩の姿はとても怖かったです」


「やっぱり怖いんじゃねぇか」


「でも! その時の先輩の言ったことがすごく胸に刺さったんです!」


「散々クラスメイトや先生を罵倒したのにか?」


「先輩。手、失礼します」


 七瀬はそう言うと俺の手を取って前に伸ばした。その手にあるのは柔らかい感触とその中に硬い感触もある。なんだこれ? と思ったらドクッドクッと振動もする。


「なぁ、一応聞いとくが俺今どこ触られてんだ?」


 あくまで自発的にやっているわけではないので『触られている』と言う。


「私の胸、どうですか?」


「人目につくところだと俺捕まるぞ」


 俺がそう言うと七瀬は俺の手を少し強く握ってきた。真面目に答えるか。


「この硬いのは何だ? 普通ねぇよな」


 そう、本来ないはずのものが七瀬にはあった。単に自分の胸を自慢したいから触らせてきたわけじゃないということはわかる。


「ペースメーカーです。私は、これがないと生きていけないんです」


「・・・そうか」


 言われてピンときた。心臓に何らかの異常があるときは自身の胸にそのペースメーカーを埋め込んで心臓の動きを助けるというやつだ。何だよ、俺より・・・いや、やめておこう。


「私も先輩と同じく運動が出来ませんでした。だから、みんなから陰口を言われることが多かったんです。でも・・・言えませんでした。だって、みんな本当の事言ってるから。間違ってないから。私は本当に運動できないし、みんなと違う胸だし」


 俺だけじゃなかったのか。あの学校での差別は。まぁどこの学校にもあるとは思うが許せない。強者、弱者を障がいの有無によって決めるやつらを。


「でも、先輩があの時みんなに言ってくれたこと。それが私にも、クラスのみんなにもすごく刺さりました。そのおかげで、私、みんなから陰口を言われることがなくなったんです」


「おかげか・・・、俺が勝手に暴走しただけだってのにか?」


「いえ、先輩の行動には意味がありました。他の誰が何と言おうとも、私は先輩の行動を否定しません!」


 七瀬のこの言葉には強い思いが感じられた。そうか、今までまったく考えてなかった。あれは全員を不幸にしたわけじゃなかったんだ。


「高校に入ってからも先輩はすごいです。球技大会のときは特に、障がいがありながらもあの活躍。私に可能性を示してくれました。先輩は私の憧れです。ですから私はその先輩の支えに・・・目となりたいと思っています」


「買いかぶりすぎだ。俺はそんな大層なやつじゃねぇよ」


「いいえ、先輩はすごい人です。私の憧れ、希望です。そんなに自分を低く見積もらないでください。私は知っていますから」


 ずっと握られていた手の力はいつの間にか優しくなっていた。誰かの希望になってたのか。だったらあの行動にもう一つの意味を持てたことになる。よかった・・・。ん? 感慨に耽ってる場合じゃねぇよ。


「それで最初のあれか・・・」


「あ、はわわわっ! ごごごごめんなさい! 一人で突っ走っちゃって!」


 最初のあれと言って思い出したのだろう。七瀬が慌てふためいてる。

 うーん、間違いなくいい子だ。多分俺が今まで会った中で一二を争うくらい。自分の秘密も明かして。だから否定したくない。でも俺に恋人を作るのはまだ早い気がする。それにいくら中学が同じだったとはいえまだお互いを知らなさすぎる。さらに言うとこれを知って他のやつらはどう思うだろうか。間違いなくいろいろ言ってきそうだよな。うーん、あ、そうだ。


「まずは友達・・・いや違うな。親友として付き合うのはダメか? お互い知らねぇこと多すぎるし」


 頭を掻きながら手を出してこう答える。恋人になるためのはじめの一歩はお友達からって言うしな。これ誰語録だ? まぁいいや。いや、ダメだったか?


「あ、ありがとうございます! これからよろしくお願いします!」


 七瀬はそう言って俺の手を握り返した。ふぅ、ひとまず安心した。ヤバイ。何か今更になって心臓バクバクしてきた。何で? 今まで全然平気だったのに。


「とりあえずかえ・・・れねぇ」


 帰って落ち着こうと思ってたのにこの場に慎がいない。いや、実際いるだろうけど呼べない。


「そ、その・・・もしよければ、わ、私が送っていきます」


「いやでも住所知らねぇだろ」


「ちょっと住所言ってもらえますか?」


 普通だったらここで言うのはどうかってなるけどもういろんな人に家の場所知られてるから今更言ったところでどうもしない。俺もおかしくなったな。


「出ました。それでは・・・行きましょうか」


「ああ」


 家に帰るには七瀬と手を繋がなければならない。何でだ? 他の人が握っても何ともないのに。あ、でも最初の頃はこんな感じだったか。


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 光ちゃんをあの場所に置いて俺は遠くで光ちゃんを見守っていた。万が一ってことがある。なりすましってわけじゃないけどな。


「あ、あの・・・矢島せんぱひッ!」


 一人の女子が光ちゃんの正面に行った。一人ってことは万が一の可能性はなくなった。それだけで安心はしたが何だろうか。あの子どっかで・・・


「手紙を書いたやつか。俺に何の用だ?」


 やっぱり光ちゃんは平常運転だ。いや、そうしているのか。無作法だな。まぁ仕方ないか。光ちゃんだし。


「わ、私は・・・七瀬奈々と言います! えっと・・・その・・・私、その・・・矢島先輩が・・・その・・・うーん!」


「落ち着け。俺に何が言いてぇんだよ。時間かけてもいいからしっかり話せよ」


 多分次だ。絶対に聞き逃しちゃならないワードが飛び出てくるのは!


「私! 矢島先輩のことが好きです! つ、付き合ってください!」


 言った! 言ってのけた! おっと危ない。思わず拍手しそうになった。さて、光ちゃんはどう返すかな?


「七瀬って言ったか?」


「はいっ!」


「俺のどこがいいんだ?」


「球技大会の時です。目が見えないにもかかわらず頑張っている姿を見て、その・・・かっ、かっこいいと思いました。それだけじゃないです。矢島先輩は、優しいです」


 七瀬って子は光ちゃんのことをよく知っているようだった。でも俺にはそれに違和感を覚えた。まぁ光ちゃんが優しいのは他の人も知っていると思うけどそれは普段の光ちゃんを間近で見てきているからだ。球技大会で顔を見たことがあるとはいえ、それだけで優しいってわかるわけがない。球技大会の様子見てたら多分大部分の人はこう思ってるだろう。出しゃばりとか性格の悪さとかか。だってボール投げて当てたときスゲーにやけ顔してたしな。


「俺優しくねぇぞ。今もこんな風に七瀬に対して反論してるからな」


 やっぱり光ちゃんは自覚してなかったか。でも光ちゃんは優しいぞ。俺が保証する。言い方がきついだけで。


「いえ! 優しいです! その・・・中学の時から、ずっと」


「は? 中学の時?」


 中学というワードが出てきて思い出した。見覚えがある顔だと思っていた。優しいことを知っていた。そうだ、あの時、あの事件の時、あの子はあの場にいた。光ちゃんの声がしたとき俺も教室に戻った。その時確かに廊下にいた。ああ、そうか。全部合致した。


「はい、えっと・・・。お、思い出したくないでしょうけど」


「ああ、あの事か。気にすんな。もうケリはつけてある」


「あの時、私もあの場にいたんです」


 やっぱりだ。本人からそういう言葉が出て来てようやく違和感が消えた。


「ちょっと待て。全くわからん。何でいたんだよ」


「4組のある先輩に用があって、たまたまいたんです」


「それと優しいのがどう結びつくんだよ」


「えっと、あの時先輩はすごく怒っていました。私、その時の先輩の姿はとても怖かったです」


「やっぱり怖いんじゃねぇか」


「でも! その時の先輩の言ったことがすごく胸に刺さったんです!」


「散々クラスメイトや先生を罵倒したのにか」


「先輩。手、失礼します」


 しばらく見ていると七瀬さんが光ちゃんの手を取って自分の胸に当てた。これ、見ていいやつなのか? でも七瀬さんには真意があるように見える。何より眼差しがすごく真剣だ。


「なぁ、一応聞いとくが俺今どこ触られてんだ?」


「私の胸、どうですか?」


「人目につくところだと俺捕まるぞ」


 俺の目についてるぞと言いたいところだがここは我慢だ。


「この硬いのは何だ? 普通ねぇよな」


「ペースメーカーです。私は、これがないと生きていけないんです」


「・・・そうか」


「私も先輩と同じく運動が出来ませんでした。だから、みんなから陰口を言われることが多かったんです。でも・・・言えませんでした。だって、みんな本当の事言ってるから。間違ってないから。私は本当に運動できないし、みんなと違う胸だし。でも、先輩があの時みんなに言ってくれたこと。それが私にも、クラスのみんなにもすごく刺さりました。そのおかげで、私、みんなから陰口を言われることがなくなったんです」


「おかげか・・・、俺が勝手に暴走しただけだってのにか?」


「いえ、先輩の行動には意味がありました。他の誰が何と言おうとも、私は先輩の行動を否定しません! 高校に入ってからも先輩はすごいです。球技大会のときは特に、障がいがありながらもあの活躍。私に可能性を示してくれました。先輩は私の憧れです。ですから私はその先輩の支えに・・・目となりたいと思っています」


「買いかぶりすぎだ。俺はそんな大層なやつじゃねぇよ」


「いいえ、先輩はすごい人です。私の憧れ、希望です。そんなに自分を低く見積もらないでください。私は知っていますから」


 光ちゃんの行動、あれがまさかここにつながるとは思わなかった。光ちゃんが言ったことによって救われた人がいたのか。ペースメーカーが入ってるのか。ということは七瀬さんは障がい者枠で入ってきた一年生ってことか。何だろう。ずっと彼女のことを疑って見て来た自分自身が馬鹿みたいに思えた。過保護すぎるのか俺は。彼女は純粋に光ちゃんに思いを伝えるために、拙いながらも手紙まで書いて呼んだんだ。それなのに俺は・・・。とんだクソ野郎だ。


「それで最初のあれか・・・」


「あ、はわわわっ! ごごごごめんなさい! 一人で突っ走っちゃって!」


 でもクソ野郎でもいい。俺には最後まで見届ける義務がある。余計なことは考えないようにしよう。


「まずは友達・・・いや違うな。親友として付き合うのはダメか? お互い知らねぇこと多すぎるし」


 親友か。まぁ光ちゃんらしいと言えばそうか。はぁー。


「あ、ありがとうございます! これからよろしくお願いします!」


 よかったな光ちゃん。また輪が広がったな。光ちゃんはああやって進み続けているのに俺はどうだ。止まっている。情けないな。あの二人がまぶしい。


 しばらく校舎の壁にもたれかかっていると俺の横を光ちゃんと七瀬さんが通り過ぎた。七瀬さんは俺の方を向いて軽くお辞儀してきたので俺も手を軽く振って返す。ふぅー。やっぱりまぶしいな。さてと、すっかり遅れちゃったな。会長とアオに怒られに行くか。


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 成り行きで七瀬と帰ることになったとはいえ、気まずい。ものすごく気まずい。何か話題ないか? 話題・・・話題・・・


「あの!」


「へ?」


 話題をどうするかずっと考えてた時に横から急に声がかかったので素っ頓狂な返事をしてしまった。


「い、今更なんですけど・・・、わ、私で、その、良いんですか?」


「あ? ああ、別に親友の数に上限はねぇからな。それに、あいつらもそれで納得してくれるだろう。あーでも説明面倒だな」


「親友、ですよね?」


「そうだ。付け加えると今は親友だ。今後どうなるかは双方次第って言ったところだな。悪いな、こういう言い方しか出来なくてよ」


「い、いいえ。大丈夫です」


「あーそうだ。俺の前であんまり緊張するなよ。素でいいぞ素で。逆にそうしてくれねぇと接しづらい」


「あ、はい! そうですよね。素でー素でー」


 なんか呪文みたいなの唱えだしたな。


「なんかかえでみたいだな」


「かえで? 誰の事ですか?」


「俺の妹だ。知らねぇやつの前にいるときのかえでが今の七瀬にそっくりだってことだ」


「妹さんいたんですね」


「ああ。そういえば今日木曜だったな。あいつ部活ねぇから今頃家に帰ってそうだな。ん? もしかしてこの状況かえでに見られたらヤバくね?」


 ヤバいなんてもんじゃない。先に帰った人たちが総出で俺の家に押し寄せてくるな。


「わ、私はいいですよ!」


「俺は良くねぇよ。おい、くっつきすぎだ」


 さっきまで普通に手を繋いでいたのにいつの間にか腕組んできている。これどう見てもあれだよな。だからと言って解くわけにもいかないし。


× × ×


 家に着いた。このまま上がってもいいのだが七瀬とかえでは今ここで会うとかなり面倒なことになるのはわかる。ということで七瀬には悪いがここで帰ってもらおう。


「ねぇお兄ちゃん。その人誰?」


 手遅れだった。何で俺帰ってくるのわかったんだよ。いや、今はそれどころじゃない。かえでの視線が思いっきり刺さる。もはや痛い。でも屈してはダメだ。


「説明してやってもいいが絶対に手は出すなよ」


「は? 何? その人とお兄ちゃんってどういう関係なの?」


「どうもこうもねぇよ。ただの親友だ」


「ただの親友がお兄ちゃんとたった二人で腕組んで帰ってくるとでも?」


 くそ、痛いところ突っ込んでくる。


「これは俺がしたわけじゃねぇからな」


「あ、もしもし皆さん。一大事です。お兄ちゃんが恋人引っ提げてきました。これから聴取するのでこっちに来てください」


「こいつ・・・」


 かえでのやつ電話しやがった。その電話越しですぐ行くとかなんとか言ってる声が聞こえる。てか恋人じゃねぇよ。あーどうしよ。事がどんどん大きくなっていくー。


× × ×


「それで、どういうことか納得のいく説明をしてよ」


 かえでは随分ご立腹ようだ。そしてかえでに呼ばれた面々。一条と渡、なぜか日向もいた。皆さんしてまぁ怒っていらっしゃる。これは誠意ある説明をしなければならない。とはいえ、誤解しているようだからそこんとこはちゃんと正そう。


「まず、俺と七瀬は恋人同士じゃねぇぞ」


「お兄ちゃん。私はしっかりと写真に収めたけど。腕組んでる写真を」


「これは確信犯ですね」


「わかった。腕組んでたのは認める。でも俺の説明はしっかり聞け」


「光ちゃん。人でなし」


「だから説明を聞けよ。で、その説明をするうえでだ。七瀬、話していいよな? てか話さないといつまでたっても誤解解けねぇから話すぞ」


「は、はい! いいですよ!」


 七瀬の了解を得たところで俺と七瀬で話した諸々の経緯を話す。ていうか七瀬はあの事を秘密にするために手紙で放課後俺を呼ぶって手段を取ったのになんかその努力を無駄にしたようで申し訳ない。でも背に腹は代えられない。このままだと俺の人間としての地位が終わる。


 一通り説明が終わった。はぁ、ものすごく疲れた。


「奈々ちゃん! こ、恋人はまだ早いよ!」


 なんか一条の突っ込んでるところそこじゃない気がする。


「わ、私は本気です!」


 一方の七瀬はここにいる人たちの前で言っちゃったし。宣言しちゃったし。後戻りできないじゃん。


「七瀬さんと言いましたか。私からしてみれば先輩なので七瀬先輩とでも言いましょう。七瀬先輩、自分が立場的に弱いことを利用してお兄ちゃんに付け入ろうとしてませんか?」


「おいかえで。いくら何でも言い過ぎだぞ」


「私は! お兄ちゃんの妹です! なので、そう簡単に認めるわけにはいきません」


「わかってます。ですから親友として———」


「では親友でいいはずです。それ以上に発展させる意味がありますか?」


 何でかえではこんなにムキになってるんだ? 言い過ぎにもほどがある。


「好きになってしまったんです!」


「理由になってません」


「おいかえで。言い過ぎだ。言ったはずだ。七瀬の心臓にはペースメーカーがあるって。だからあまり負担をかけさせるなよ」


 隣で若干息切れしていた七瀬を擁護する形でかえでに怒る。


「じゃあお兄ちゃんはどうなの? 認めるの?」


「それも言ったはずだ。ただの親友だって。七瀬には悪いが俗に言う片思いってやつだ」


「それ七瀬さんの前で言っていいんですか?」


 確かに日向の懸念はわかる。普通告白した相手にただの片思いだと言われれば耐えられずに出て行くのが普通だ。でも、七瀬は違う。それを承知の上で俺といる。帰りに歩いてるときに七瀬はこう言っていた。「今の私では矢島先輩を振り向かせることは出来ないかもしれないですけど、いつか、見えなくてもこっちを向いてくれるように努力します。そのためだったら、どんなことも乗り越える覚悟です」と。だから言える。


「本人も自覚してるしな。俺が何言っても、誰に何言われても、七瀬の気持ちは変わんねぇと思うぞ」


「はい! 変わりません! これからも!」


 七瀬はさっきからこっぱずかしい事普通に言うな。


「一途なんですね」


 そうだな。日向の言う通り、俺に対して一途なんだろう。


「お兄ちゃんのバカッ!」


 かえではそう言うと家を出て行ってしまった。


「わたしいく!」


 それを今までずっと黙って聞いていた渡が追いかけて行った。何でだ? 何でかえではそんなに怒ってるんだ? マジでわからん。


「あ、あの、私・・・」


「ほっとけ。どうせ少ししたら帰ってくる」


 七瀬が気負う必要はない。別に悪い事言ってないし。それに渡もついてるし。だからこう言ってやる。


「雛わかったかもしれないです。なぜかえかえさんが怒っているか」


「何だよ」


「ではココさんに質問です。矢島さんの事好きですか?」


「へ? え? えぇ⁉ ひなっち何言ってるの⁉」


「真面目な質問です。どうですか?」


「え、えーっと・・・そのー、嫌いじゃ・・・ないよ」


「そうですか。もし雛が同じ質問をされたら雛は好きと答えますね」


「えー⁉ ひなっち⁉」「はぁ⁉」


 日向が何を言いたいのかさっぱりわからない。しかも俺を好きって言ってきた。俺も一条も驚きを隠せない。


「七瀬さんはどうですか?」


「す、好きです!」


「そう何回も言われるとさすがに恥ずいぞ」


 俺今日だけで何回言われただろう。多分一生分言われてるんじゃねぇかな?


「雛が言いたいのは『好き』にもいろいろあるということです」


 確かに、日向の言いたいことはわかる。一概に『好き』と言ってもそこにはいろいろな『好き』がある。


「ココさんにもわかりやすいように説明すると———」


「その前置きいらないよ!」


「七瀬さんの言う『好き』は恋愛感情としての『好き』、雛の言う『好き』は親友としての『好き』です。ココさんがどちらの好きなのかはわからないですけど」


「し、親友としてに決まってんじゃん!」


 今ちょっと言い淀んだよな? まぁいい。


「で、それがかえでとどう関係してんだよ」


「かえかえさんも矢島さんが『好き』なんだと思いますよ」


「は?」


 かえでが俺のことを好き? ああそうか。親友としての『好き』ということだな。


「雛の見立てでは・・・かえかえさんも矢島さんに恋愛感情を持っているんだと思いますよ」


「ちょっ待て待て! 兄妹だぞ。ありえねぇだろ」


「それは矢島さんから見てです。でもそれがかえかえさんにも当てはまると思いますか? 別に兄妹で好きになること自体は悪くないと思いますよ」


「何言ってんだお前。小説の読みすぎなんじゃねぇのか?」


「そうだよ! 絶対ないない」


「なんとなくわかります」


「何でわかるんだよ」


 七瀬と日向がすごいところで共感した。俺にはマジでわからん。一条もわかってないようだし。


「とにかくですね。矢島さんはかえかえさんに謝るべきです。そしてかえかえさんの気持ちもわかってあげることですね」


「あの、私も謝ります。かえでさんの気持ちをわかってあげられませんでした」


「謝るって言ったってよ。理由が全然ピンと来てねぇんだが」


「はぁ。どうやら恋愛に関してはドド素人のようですね」


「おい、ドが一個多いぞ」


「かえかえさんからしてみればこんな感じです。本当はお兄ちゃんとそばにいたいのに突然その席を見ず知らずの人に奪われたような感じです。さて、かえかえさんはどう思うでしょうか?」


「嫉妬? まさか———」


「そのまさかです。それと同時に自分の思いに気づいてない矢島さんを怒っているんですよ」


「でも言ってねぇぞ」


「言えるわけないじゃないですか。七瀬さんみたいに堂々と言えるような性格ですか? それを一番わかっているのは矢島さんだと思いますが」


「ぐっ、そういえば」


 性格上言えないのはわかっている。そして最近のかえでの行動がそれを物語っていた。言葉で言えない代わりに行動で示してたってことか。わかりづれぇよ。じゃああれか。おととい言ってた「もし俺を好きな———」とかいう質問は自身の事言ってたのか。あー。


「これはやらかしたな」


「え? 光ちゃんやらかしたの?」


 まだわかっていない一条は置いといて、謝らなければならないのはわかった。


「私も一緒に謝ります」


 七瀬には本当に申し訳ないことをした。ていうか告白当日にこんな無様な姿を見せてしまった。何も言えない。


「さて、あとはわたりんさんが言ってくれればいいのですけれど」


 頑張ってくれ渡。


——————————————————————————————————————


 お兄ちゃんは馬鹿だ。大馬鹿だ。どうしようもない。私の気持ちなんかわからずにあんな先輩と一緒に帰るなんて。


「まって! あって! かえかえ!」


 後ろからわたりんさんの声が聞こえた。だから止まった。


「はやいよ。すわろ」


 そう言って近くにあったベンチに座った。私もわたりんさんの横に座った。


「お兄ちゃんは私の気持ちわかってないんです。兄妹だから」


 怒りたくはないのに怒りがこみあげてくる。これが何に対しての怒りなのか私自身もよくわかってない。


「本当はいけないってわかってるんです。でも、お兄ちゃんを見てるとかっこいいって思っちゃうんです。すごいって思っちゃうんです。お兄ちゃんが皆さんを初めて家まで連れてきたとき、本当に嬉しかったんです。それと同時に羨ましくもありました。そしていつしか目が見えなくなってからも私の先を行くお兄ちゃんのことを好きになっちゃってたんです。でも兄妹だから言っちゃいけない。だから、なるべくお兄ちゃんのそばにいようって思ったんです。でも、七瀬先輩が告白したって言うのを聞いて、私、ずるいとか卑怯とか思っちゃいました。いつかこうなることはわかっていました。それに、お兄ちゃんもまだ恋人じゃないとも言っていました。わかってます。それはわかってますよ。でも・・・、私・・・お兄ちゃんと離れたくないです! ずっと、ずっと、一緒にいたいです! 私、お兄ちゃんが大好きなんです! だから、取られたくなかったんです!」


 言ってしまった、わたりんさんに。わたりんさん、幻滅しただろうな。私が、どうしようもないくらい重度のブラコンだってことを聞いて。


〝私も好きだよ。矢島君の事。かえかえと同じくらい。それでも私を卑怯とか思う?〟


 文で伝えてきたわたりんさん。え? わたりんさんも?


「思いません!」


〝七瀬さんのこと聞いてびっくりはしちゃったけど、それでも私の気持ちは変わらない。かえかえは?〟


「変わらないです」


 変わらないではない。むしろどんどん強くなっている。正直言っておかしいと思う。でも・・・


〝私は、たとえ兄妹でも好きって思うのはいいと思うよ。私にはいないからよくわからないけど。だって好きって感情を止める権利は誰にもないでしょ〟


 もっともな意見だ。反論できない。それなのに私は七瀬さんがお兄ちゃんを好きって言ったのを否定してしまった。馬鹿は私だ。どうしようもない。


〝だからかえかえも光ちゃん大好きで全然オッケー! それに私としては恋敵が増えてちょっとやる気になってるかなぁ、なんてね〟


 こんなにも前向きでいられるわたりんさんが羨ましい。だったら私も今まで以上にお兄ちゃんがこっちを向いてくれるように努力する。誰が誰を好きになるかは問題じゃない。だから


「私、七瀬先輩に謝ります。ひどい事言っちゃいましたから」


「うん。いこ!」


 お兄ちゃんの言う通り言い過ぎた。だから、面と向き合って謝ろう。別に、誰が誰を好きになってもいいじゃん。だから、私がお兄ちゃんのことを好きになってもいい。

 わたりんさんに手を引かれて家に戻ろうとすると


「あれ? わたりーん! かえかえー!」


 アオさんと慎さんが来た。確か生徒会に入ったって言ってた。それで一緒に来たのかな。アオさんの車いすを慎さんが押している。


「どうしたの? 二人して」


「えっと、その・・・」


 事情の知らない二人にどう伝えたらいいだろうか。そもそもこれって伝えて良い事なのだろうか。


「あー。もしかして、七瀬さんのことかな?」


「ななせさん?」


「え? 知ってるんですか?」


「まぁね。俺、彼女の告白にちょっとばかし手貸してるから」


「ちょっとそれ詳しく!」


 まさか慎さんが手を貸していたなんて。でもそうなると何だろう。安心感がある。


 しばらく慎さんの話を聞いて思った。やっぱり七瀬先輩は本気なんだ。


「まぁ光ちゃんのことだし、親友開始ってのはわかるけどなぁ。普通だったらフラれる案件だろうに」


「まったくよ。それにその七瀬って子もそう。親友からって言われてめげないなんて。どんだけ一途なのよ」


「光ちゃん恋愛偏差値全然ないからなぁ。周りの気持ちってのもあんまりわかってなさそうだし」


 わかる。ものすごくわかる。私だけじゃなくアオさんやわたりんさんも大きく頷いてる。


「だから、もし光ちゃんを狙いたいんなら、七瀬さんみたいに積極的に行かないとダメかもな。そうしないと気持ちなんかわからないだろうし。おっと、これは軽口だったな」


 目を逸らしながら慎さんはこう答えたけど一瞬私やわたりんさんを見たのを見逃さなかった。ああ、知ってるんだ。慎さん。


「光ちゃんの攻略法なんか聞いてもねぇ。え? 二人とも?」


「さてと、光ちゃんの家行くか!」


「あ! ちょっと! 慎ちゃん!」


 アオさんが気づいたようだったけど慎さんが逸らしてくれた。その後ろを私とわたりんさんが歩いているけど二人に見つからないようにわたりんさんが携帯の画面を見せてきた。


〝さっき二人でした話は二人だけの秘密ね〟


 それに私はグーサインして返す。何だろう、さっきまで抱えてた気持ちがなんかすっきりした気がする。


——————————————————————————————————————


「かえで、悪かった」「すみませんでした」


 帰ってきたかえでに玄関で謝る。七瀬も一緒にだ。


「私も、ごめんなさい」


 全面的に悪いのは俺なのにかえでも謝ってきた。


「ちょっと言いすぎました」


「わ、私もかえでさんの気持ちを考えずに。これからは自重します」


「いえ、しなくて結構です。本当にお兄ちゃんにふさわしいか。私が見極めます。誰がお兄ちゃんに振り向いてもらえるか勝負です」


 あれ? なんかちょっと話が違うぞ。渡のやつかえでに何吹き込んだんだ? 


「いいんですか?」


「はい。今の七瀬先輩はただの候補です。(仮)です。そう簡単にお兄ちゃんが振りむくと思わないことですね」


「は、はい! 頑張ります!」


 なんか盛大に話の方向がずれてる気がするんだが。そういうことじゃねぇだろ。ていうか勝負ってなんだよ。しかもかえでも参加するのかよ。


「大変だな、光ちゃん」


「そうですね」


「この野郎。他人事みたいに」


 慎も来てたのかよ。ということは更科もいるな。そして日向も。揃って他人事みたいな言い方するなよ。お前らもここにいるってことは加担してるってことだからな。特に慎、お前だけは逃がさねぇぞ。


 こうして秘密にしてた七瀬のプロポーズがあっさりとバレ、しかもかえでが七瀬を見極めるだか何だかで対抗するようになった。これもうあれだよな? 公開プロポーズだよな? 勘弁してくれ。俺には荷が重い。でも二人とも諦める気ないだろうし。明日からどうなるんだろ。

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