2年9組

2年9組 - 56日目 -

 帰ってきた。何もない月曜日。テストといい運動会といいいろいろあったからなぁ。そして気がついたら5月も今日で終わりだし。行きたくねぇ。テストいらん。

 いつも通り準備していると


「おはよー」


「うん、すっかり元通りねぇ」


 かえでがあくびしながら起きてきた。運動会が土曜日にあったから今日は振り替え休日でかえでは休みだ。だからこんな時間に起きてきても文句言われることもない。いいなぁ。


「寝癖くらいは直しとけよ。どうせあいつらいつも通り来るんだろうから」


「あ、どうしよう。みんなにどんな顔して会えば・・・」


「帰りまでにやっとけよ。じゃあな」


 かえでが何で慌てているかは土曜日のことを思い出せばわかる。一応大丈夫だということは伝えてあるがあれ以来だもんな。あいつらに会うの。

 いつも通り車に乗って学校に着くとまぁいつも通りのお出迎えがある。


「おはよーございまーす!」


「おはよー。みんな土曜日は心配かけさせちゃってごめんねぇ」


「かえかえ大丈夫なんですか?」


 代表して一条が聞くが他の人も心配しているのだろう。


「全然大丈夫よぉ。ついさっき頭ボサボサで起きてきたからぁ。詳しいことは光ちゃんにでも聞いてぇ」


 俺に投げたし。説明する身にもなってよな。それなりにいろいろあったんだから。


「何かあったんですか?」


「私も聞いてないけど」


「あ? 報告したんじゃなかったんかよ」


「あ、ごめーん。二人に言うの忘れてたぁ。その辺も光ちゃんに聞いてぇ」


 イチから説明するのってなかなかだぞ。何で報告しなかったんだよ。母親がしなくてもあの場に居合わせた人誰かしらしてくれたんじゃなかったのかよ。はぁ、こりゃ大変だ。


× × ×


 かえでの件については昼休みに説明することになったのでとりあえずそれは置いておいて今は直近の問題だ。テスト返却・・・

 続々と返されていく。今日は英語、数学、化学、古文が返される。しかも午前中だけで手前三つが返ってくる。何でよりによってダメ確定のやつが先に返ってくるんだよ。

 と思ったらそのどの教科も他の人の名前は呼ばれていくのに俺だけスルー。何で? 俺のテストは? いや返ってきてほしくないけど。いや返ってこないとな。いらないけど。なんかめちゃくちゃだな。

 その代わりに毎時間言われたのが保健の本渡先生からもらってというものだった。おかげで俺だけ先延ばしとなって他の人の悲鳴を聞くことが出来る。一条と遠藤は毎回悲鳴上げてるし。

 余談だが今日から夏服ってことをすっかり忘れていたので俺だけ冬服ってことを休み時間に慎から言われた。皆さん朝気づいてよ。俺だけ恥ずかしい思いしてるじゃん。


× × ×


 昼の時間になって説明の前にテストを取りに保健室に行くが


「何でみんなして来るんだよ。完全に公開処刑じゃねぇか」


「いいだろ。どうせ後々俺たちの点数も言うんだし」


「そうそう!」


 そのテンションってことは慎と更科は点数良かったってことだよな? そうだよな?


「はいじゃあ一教科ずつ返していくわね。最初は何からがいい?」


 もう順序とかどうでもいい。どうせ返されるんだし


「はい! 数学!」


「なんでお前が選ぶんだよ」


 どれからでもいいですって言おうとしたら一条に先に言われた。数学ね。今日返されたからね。あと俺が一番自信ないやつだからね。


「はいじゃあ数学ね。点数は60点」


「マジっすか⁉」「うえぇぇー⁉」


 全然出来なかったと思ってたのにまさかの60点。びっくり仰天! 赤点も覚悟してたのに。驚いたのは俺だけじゃなくて一条も今までにない驚き方をしていた。うえぇぇーって・・・


「ちょっと待って! 光ちゃん頭いいじゃん!」


「知らねぇよ。俺だってびっくりしてんだから。一条の点数は?」


「言わない!」


 完全に怒ってしまった一条。でもこの反応でわかった。俺より下だな。


「はいじゃあ次は?」


「地理でお願いします」


 今度は日向が選んできた。何か自信ありげな言い方。


「はい地理。92点」


「うそ・・・」


「ココ! 気をしっかり持って!」


「まさか負けるなんて・・・」


「私も負けた・・・」


 一番出来てたと思ったがやっぱりそうだったか。しかも日向と本田に勝てたのは大きい。それとなんか一条が不憫に思えてきた。更科が一条を呼び戻そうと必死になっている。俺悪くないからな。真面目にテストやったんだから。


「次は?」


「それじゃあ現文で」


 俺に選択権ないの? 今度は佐藤が選んだ。


「現文は・・・、78点」


「うわーん! アオー!」


「泣かせましたね」


「俺何もしてねぇよ。いや、勉強したな」


 ありもしない罪を着させられるのはごめんだよ。何でちゃんと勉強したのに悪者になってんだよ。


「何かこのままだと矢島君が悪者になっちゃうから擁護って意味で言うけど」


 本渡先生が俺の味方になってくれた。ほんと擁護して。


「矢島君のテストとみんながやったテストは問題ちょっと違うからね。比べちゃダメよ」


「先生。擁護になってません」


 先生のそれは擁護って言わない。しかも俺の味方じゃなくて一条の味方になってるし。

 その後もテストは返されていって点数も同時に開示される。古文58点、化学77点、物理70点、英語64点、保健65点、情報62点。てことは・・・


「合計は・・・900分の626点ね」


 まさかこんなに点数取れるとは思わなかった。3分の2取れてるじゃん。上出来以上だ。この点数を聞いた周りの反応はというと


「何だよ光ちゃん。普通に出来るじゃんか」


「確かに。光ちゃん嘘ついた」


「あれ? これは雛もしかしたら・・・」


 慎と更科が同じ表情で俺を見てくる光景が浮かぶ。多分これはあれだな。真顔で見てきてるな。一方の日向は自分の点数が危ういと思っているようだ。ということは俺の学力は日向レベルということがわかる。佐藤と渡はなぜか知らんが拍手している。俺からしてみれば出来たほうだがこの二人からしてみればそうでもないだろ。

 そしてこの時点で反応してきてない人が二人。誰かは言わないが心中お察しします。でも俺は裏切ったわけじゃないからな。そこは本当に勘違いしないで。


 俺のテスト返却が終わったところで俺はそのテスト用紙と昼食を持って、他の人は各々の昼食を持ってステージに向かう。今の心境は人それぞれだがひとまずそれは忘れよう。話しづれぇ。


「あそうだ。かえでちゃんのこと知らない人がいたな」


 よくやった慎。話を持って行ってくれたおかげでテストのことから目を逸らせられる。


「あそうそう! 私とひなっちはさーちゃんからちょっとしか聞いてないから」


「じゃあ話すかって言っても俺聞いてしかいなかったからなぁ」


「僕らは途中からしかいなかったからね」


 となると説明できる人は限られてくる。最初からいて試合を見ていた人。となると


「わたしせつめいする」


 渡が手を挙げた。


「はい! 私も!」


 一条も手を挙げた。まぁこの二人だろうな。お互いの不足部分を補えるという点で。ついでに俺も二人の説明じゃ物足りない部分は補うことにしよう。


 基本は一条が説明するがまぁこれまでのことからわかる通り、言葉足らずなところがあるのでそこは渡が補う形で説明していった。

 説明した内容は開会式から出場種目でのかえでの活躍、SAKU-KAYOの乱入、その後の競技について、そして最後かえでが倒れた件について。


「そんなことが・・・」


「かえかえはその後は?」


「その後か・・・」


 これに関しては誰にも言ってないから俺から説明することにするか。みんな気にしてそうだし。まあどっちかって言うと土曜より日曜の方が大変だった。


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 日曜日、俺が起きてきてもかえではまだ寝ているようだった。


「あいつ部屋で死んでねぇだろうな?」


「大丈夫よぉ。何か夜中にこっそりお風呂入ってたみたいだし」


「全然気づかなかった」


 別にこっそりする必要はないと思うが。俺なんか堂々と入りに行っても気づかないだろうし。


「明るくなってからも何回か降りて来てるわよぉ。私たちに隠れるように」


「何で隠れてるんだよ」


「恥ずかしいんじゃない? 言い方悪いけど醜態晒したんだしぃ」


「ほんとに言い方悪いな」


 まぁかえでのことだ。昨日のことで迷惑かけたって思ってるから俺たちと接しづらいのだろう。俺からしたらそんなのは些細なことなんだけどなぁ。迷惑で言ったら俺が断トツにかけてるだろうし。

 そんなこと言っていたら二階からわずかに物音がする。降りてきたか?


「光ちゃん。ここはそっとしておきましょう」


「はぁ———」


 母親に小さい声で言われてソファーに横になる。何か俺とかえでの立場が逆になったみたいだ。そうか、俺を待っているときのかえでもこんな感じだったのか。


 昼になってもその状態は変わらず。食事はどうしているかというと俺や母親の目を盗んでこっそり取りに来ているようだった。でも耳は盗めない。プラス母親も気を遣って食事を部屋の前まで持って行ってる。あくまで病人としての扱いだと思うが。


 夕方、母親が買い物に行くと言って家を出て行った。俺は買い物に行ったところで荷物持ちくらいにしかならないので家で待ってることにした。

 ソファーで寝る体勢に入る。何か朝からずっとこんなじゃんと思うが昼はちゃんと動いていたからな。筋トレは俺の日常の一部だ。欠かすことはない。ただ今は疲れたからちょっと横になるだけ。———本当だからな。

 寝るまではせずにしばらく目を瞑っていると上から音がした。どうやらかえでが降りてきたようだ。どうせトイレだろと思ったがその足音は廊下を通り過ぎることなくリビングの入口に止まっている。そのままゆっくりと音をたてないように入ってきているのがわかる。さては俺が寝ていると思っているな。面白そうだからしばらくそのまま寝たふりしてよ。


「・・・お兄ちゃん、寝てる」


 小さい声でかえでがこう言っている。そのまま答えずにいると頭の方が沈むのを感じた。かえでが座ったのか。


「私、またお兄ちゃんに迷惑かけちゃった。どうせお兄ちゃんはそんなことないって言うだろうけど。てか昨日も言われたけど」


 小さい声でそう言いながらなぜか知らんが俺の頭を撫でてくる。何でだよ。何でそうなるんだよ。何かかえでの様子がおかしいぞ。もしかして熱でやられたか。


「私、お兄ちゃんが運動会に来てくれたこと、嬉しかったんだよ。それだけじゃなくって、ココさん、わたりんさん、慎さん、佐藤さん、さーちゃんさん、あとSAKUさんとKAYOさん。みんなが来てくれて嬉しかった。本当はアオさんとひなっちさんにも来てほしかったけど。お兄ちゃんにこの学校で一つでもいいから良い思い出を作ってほしかった。でもみんなみたいに学校とかで話出来ないから、私は運動会頑張ってお兄ちゃんに喜んでほしかった。でも空回りしちゃって。迷惑かけちゃって。私みんなに何て言ったらいいのかな? 謝ったほうがいいの? ありがとうって言ったらいいの? みんな、離れて行かないかな? 怖いよ・・・。私ってお兄ちゃんと違って変わってないから。どうしてもみんなの顔色を窺っちゃうし。だから、こんなこと言えるのもお兄ちゃんしかいない。でもお兄ちゃんに言いたいことはわかってる。起きてるときに言うと恥ずかしいから———」


 そんなこと思ってたのか。何か盗み聞きしてるみたいでものすごい罪悪感を覚えた。でもそれはいらぬ心配だ。多分、いや絶対かえでから離れることはない。

 そんなこと考えていると額に何かが当たる。同じくらいの硬さの。そして温かい。


「今言うね。お兄ちゃん。———ありがとう」


 ああ、罪悪感で押しつぶされそう。もうこうなったらぶん殴られてもいいや。右手を回してかえでの頭を撫でてやる。


「あいつらはそんなことで離れて行かねぇよ」


「うん———。うん? ふぁあ⁉」


 俺が起きていることを今更になって理解してようでかえでがものすごい勢いで俺から離れた。


「はぁ⁉ お兄ちゃん起きてたの⁉ マジ信じらんないんだけど!」


 ものすごい早口で俺にいろいろ言って来る。いや、寝たふりしてた俺が悪かったよ。だからやめて起きてあげたんじゃん。


「俺からしてみればかえでの方が信じらんねぇよ。何でそんなことで悩んでるんだよ」


「知らないし!」


「言ってて自分でもわかんねぇのか。じゃあいいや、手短に答えだけ言うわ」


 ゆっくり起き上がりながら答える。テンパっているせいでかえではなんか投げやりな感じになっているが言うだけ言えば多分伝わるだろう。ちゃんと聞こえてるみたいだし。


「何て言ったらいいか。その答えは『何でもいい』だ。考えるまでもねぇ」


 かえでがいるだろう方向を向いて答える。


「何でもいいって、わからないから聞いたんじゃん」


「とりあえず座れよ。いつまで立ってるつもりだ」


 俺がそう言うとかえでは俺の横に座る。まぁ要するに


「そこまで深刻になる必要ねぇよ。あいつらはいつものかえでを見ればそれでいいって思えるやつらだからな」


「そんなこと・・・」


「俺にはわからねぇってか? じゃあかえでにはもっとわからねぇだろ」


「・・・」


「昨日も言ったがもう一度言ってやろうか。もうちょっと気を抜け」


「どうやったらいいかわかんない」


「今みたいな感じでいいんだよ。俺とかえでみたいな感じで。それを他の人に対してもやる。それだけでいい。お前は意識的か無意識か知らねぇが輪の中に入りたがらねぇだろ。少なくとも今みたいな感じで会話できれば、ちょっとは変わると思うけどな」


「無理だよそんなの。家族はともかく他の人になんて」


「そうやって決めつけていいのか? やらずに諦めるのか? まぁ特にやる手順なんかねぇけどな」


「じゃあ・・・」


「かえで、お前に宿題を出すわ。どうせ明日お前のことを心配して部活ねぇやつが来ると思うからその時までに何て言うか。あとどう接するか考えておくんだな」


「お兄ちゃんまでお母さんみたいなこと言う」


「親がああだからしょうがねぇだろ。だが、まぁ、俺に言いたいことは伝わった。だから俺からも一言。ありがとよ。俺を運動会に来させてくれて」


 そう言ってもう一度かえでの頭を撫でる。実際運動会の主役はかえでだったが俺にも多くの収穫があった。ココママの事、中学でのこと、そして何より俺に思い出をくれたこと。唯一ともいえるこの中学校での良い思い出を。と思っていたら体に衝撃が走った。


「何してんだよ」


「うるさい。黙ってて!」


 俺の服に顔を押し付けて抱きついてきた。そのせいか声がこもっている。まぁなんだ、かえでもいろいろ背負ってたんだし。それに親にこんなの見られたくないだろう。もう一度頭でも撫でてやるか。

 たまには甘えてもいい。そういえば俺の目が見えていたころ、かえではずっと俺の後ろついて回ってたな。サッカーやっていた時も毎回俺の応援来てたし。登下校の時なんかも車怖いって言ってずっと俺の手握ってたし。学校で何かあった時なんかも俺のところに泣きながら来てたし。そう、あの当時かえでは俺を頼っていた。でも今はその逆。だったら、たまには昔に戻ってもいい。俺の前くらいでなら昔の甘えん坊なかえででいてもいい。ああ、なんか感慨深いな。


 その時玄関の鍵が開く音がした。


「ただいまぁ」


 母親が帰ってきた。それと同時にかえでは俺から離れる。まぁそうだろうな。これ見られたら何言われるか。いらぬ誤解の二三は生みそうだし。


「あれぇ。かえで降りて来てたの。もう大丈夫なの?」


「う、うん。大丈夫」


「ほんとにー? 顔赤いけどぉ」


「大丈夫だって!」


 母親とかえでの言っていることが食い違っているのは俺しか知らない。だから黙っとこ。さすがに俺も言うほど馬鹿じゃないしろくでなしでもない。


「あーそうそう、降りてきたんならぁ」


 冷蔵庫に買ってきたものを入れながら母親が言う。


「みんなに電話でもしたらぁ。心配してるんじゃない?」


 確かに電話したほうがいいだろう。あの場にいた人たちは心配してるだろうし。でも


「ううん。ここと学校でみんなに会うからいい。そこで大丈夫だって言うから。そのほうが・・・えっと・・・」


「信ぴょう性だったり説得力があるから、だろ」


「そう、それ」


「ふーん、ならいいわぁ」


 なんか意味ありげな「ふーん」の言い方だったがまぁいいや。


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「———ていうことがあった。まぁ要するに心配しなくてもいいってことだ」


 見てもわかるようにここの内容は大部分が言っちゃダメな内容なので端折りました。本当に最小限のことしか言ってない。かえでが土曜のこと気にして降りてこないから俺が説得して降ろしたってことくらいしかな。どうやって説得したかはまぁ言っても大丈夫な範囲で。例えば俺たちは気にしてないとかそんなんで俺みたいに引きこもんじゃねぇとか。あれ? これ捏造してね? まぁいいや。

 ちなみに昨日夕飯食べてかえでが上がった後、俺だけ残されて買い物中何かあったか母親に聞かれました。そう、あの「ふーん」はここに通じていた。でも言うのはかえでに悪いから言わないでおいた。その後も母親はしつこかったが全スルーした。


「じゃあかえかえは本当に大丈夫なの?」


 一条はまだ気にしてるようだがその心配は無用だ。


「大丈夫だ。今日もいつも通りの休日運転だったしな。それに、どうせ来るんだろ。その時会えるじゃねぇか」


 そう、話していたがどうせみんな家に来る。その時にでもかえでに会えばいい。逆にそれが一番手っ取り早い。かえでもそう思って電話をしなかったんだろう。


「うん、わかった」


「わかりました」


 声をあげた一条や日向を含めみんなが納得してくれたようだ。さてと、それじゃあこの話も終わりにして昼でも食べますか。俺ずっとしゃべってたから全然食べられなかったし。


× × ×


 放課後、歩いて帰ることになりはや三週間。さすがに最初よりは早く帰れるようになった。はずなのだがいつもより歩くスピードが遅い。理由は


「私もうダメだー!」


 頭抱えている一条である。午後に古文があったが当然テストが返却される。その点数が良くなかったのだろう。それでこんな調子だ。


「何か雛も負ける気がしてきました」


 一条ほどではないものの日向のテンションも低い。あれ部活は? と思ったがなんか休みを取ったらしい。まぁ茶道部だしな。運動部ほど厳格じゃないしな。

 その二人をこんな風にしたのは何を隠そう俺である。俺の点数が大々的に開示されたので他の人もこの点数を基準に優劣をつける。まぁこの反応を見ればわかるだろう。でも何度でも言ってやる。俺は悪くない。

 そう思っていたら俺の携帯に電話がかかってきた。なんだよ一体。ていうか誰だよ。


「電話? 誰から?」


「俺が知るかよ。画面見てくれ」


 大体予想つくが一応確認の意味を込めてみんなに携帯の画面を見せる。


「光ちゃんのお母さんからだよ」


「何だ一体。通話ボタンは・・・」


 大体この辺と思って押そうとしたら誰かに先越された。一条が「わたりんずるい!」とか言っているので渡が押したんだろう。それにしても一体なんだ?


“光ちゃん?”


「はいこちら光ちゃん」


“その様子だとスピーカーモードにはなってないようねぇ”


「何だよ」


 スピーカーモードになっていないことを確認したってことは他の人に聞かれたくない内容か? ますます何のことかわからん。


“ちょっと待って。先に言うけど返答は最低限にしてねぇ。今買い物中なんだけどぉ、かえでを家に待たせてるから普通に家上がっていいわよぉ”


「ああ」


 返答を最小限? よっぽど聞かれたくない内容か?


“でここからがシークレット。多分かえではみんなに会ったら第一声何て言うか戸惑うだろうから光ちゃんが引っ張ってあげてねぇ。昨日何かあったみたいだしぃ。それに私がいない方が話盛り上がるでしょ。あ、余談。冷蔵庫にプリンあるからみんなにあげてねぇ”


「ちっ、わかったよ。じゃあ切るぞ」


 ほんとにどこまで知ってるんだこの母親。俺可能な限り言わないようにしてたぞ。なのに何でわかるんだよ。元弁護士の勘怖い。


「何の電話だったの?」


 更科が聞いてくる。さて何と答えようか。ああ、こうしよう。


「今買い物中でいねぇから家に好きに上がれと。後かえでは今留守番してるんだと」


「え? じゃあ早く行こ!」


 一条が早歩きになったので俺たちも後に続く。何でわかったかって。更科にもっと早く押せって急かされたから。そう、ここに至るまで俺は更科の車いすを押していました。そしてそれは家に着くまで続きました。


「たっだいまー!」


「ただいまぁ」


 申し訳程度のインターホンを鳴らして一条と渡が家に入っていく。もうただいまっていうことに関しては突っ込む気も起きない。毎回こんなだし。さて、かえでの方はどうか。


「お、おかえりなさいです」


「かえかえー! 心配したよー!」


「わぁ⁉」


 第一声がそれか。まぁいいんじゃないのか? 一番よくないのが何も話さずに顔を合わせないだったがそうはならないと思っていた。要するに顔合わせて話せればどんなこと言ってもいい。かえでは俺の言ったことを実践してくれたというわけだ。


「ココさんわたりんさん、苦しいです」


「おい、せっかく治ったのに絞め殺すなよ」


「元気そう。いつものかえかえだし」


「そうですね」


 そうそう、心配しなくてよかったんだ。でもこのままだと別の心配を生みそうだから一条と渡に静止を求める。更科と日向も何か言って。見てるだけじゃなくて。


 しばらく玄関でそんなことがあってからリビングに向かうと


「改めて。皆さんには心配をおかけしました。すみませんでした」


 かえでがみんなに謝る。


「全然大丈夫だよ!」


「うん! だいじょぶ!」


「ありがとうございます」


 ほらな。全然気にしない。思った通りだ。ここにいないやつも同じだろう。


「あ、かえで。冷蔵庫の中に何かあっただろ。出してやれよ」


「あ、うん」


 本当に用意周到だよなぁ。いつ買ってきたんだよ。


「わぁプリン!」


「いいんですか?」


「ああ、さっき電話で好きに食べてぇって言ってたしな」


「それじゃあいただきまーす」


「いっだきます」


 みんなして食べ始める。あれ? 俺のは?


「はい、お兄ちゃんの」


 よかった。俺だけない気がしていたがそこまで薄情ではなかったようだ。かえでから手渡しされたプリンを食べる。


「あ、そうだ。それだけじゃなかった。応援のこともありがとうございます」


「じゃあ私たちの応援聞こえてた?」


「はい。えっと声もですけどそれ以上に、目立ってましたから」


「え? 私たちそんなに目立ってたの?」


「目立つだろそりゃ。人数もそうだがSAKU-KAYOもいたんだぞ」


「私も行きたかったなぁ」


「雛も行きたかったです」


 いや、あれ以上はキャパの限界だ。ていうかかえで一人にどんだけ大人数で応援するつもりなんだよ。これもうあれだぞ。子供一人の応援に親戚一同で参加するってレベルだぞ。あ、そうだ。


「SAKU-KAYOの二人に会いたいんなら本田に連絡すれば会えるぞ。今回の運動会もそんな感じだったし。ただ、どっちも癖強いから覚悟しといたほうがいいけどな」


「癖強いんですか? 雛たちでも強いのに」


「ああ、特に夏夜さんは半端なかったな。ぜひ会ってほしい、そして味わってほしい」


「ひなっちの言ったこと気にしないんだ・・・」


 俺たちの癖が強いことはもうわかっているし認めてるから俺は気にしない。それよりもSAKU-KAYOの二人には絶対に会ってほしい。多分世界変わるから。


「SAKU-KAYOのお二人にもお礼を言いたいんですけど」


「わかりました。雛とアオさんから話を通しておきます」


「ありがとうございます」


 まぁ俺たちも近いうちにあの二人には会うしな。あ、そういえばいつ会うかについて聞くの忘れたな。まぁいいや。


「ただいまぁー!」


 はぁ、帰ってきた。うるさいのが。


「お邪魔してまーす」


「ふーん、ちょっと心配だったけどどうやら杞憂だったみたいねぇ。よかったよかったぁ」


「きゆう?」


 用意されてたかのようなセリフ。心配してたってのもちょっと怪しいし。一方の一条とかえでは杞憂の意味が分かっていないらしい。とりこし苦労とか無駄な心配って意味な。これくらい分かれよ。


「あ、そうだ。光ちゃんテストどうだったのぉ?」


 みんながいる前でそれを話題にあげるか普通。まぁでも俺の点数はみんなに知られているので別に何の問題もない。大方ここで発表してみんなの反応見たかったって策略だろうが残念だったな!

 鞄からその答案を取り出そうとしたらさっき自分が置いたところに鞄がない。あれ? どこいった?


「うそ、あのお兄ちゃんが・・・」


 かえでが持って行ったのか。ていうかあのお兄ちゃんがってなんだよ。俺別にそんな悪い評価もらってないしバカっぽいところも見せてないぞ。


「やめて! 見せないで!」


 一条が拒否反応を見せている。もう何回も見てるしいいだろ。それと今日返ってきたのは確か4教科だろ。まだ挽回の余地あるじゃねぇか。


「なるほどねぇ。思ったより出来てるじゃない」


「思ったよりって俺を過小評価するなよ」


「それで、みんなはどうだったのぉ?」


 今ので思った。母親の本当の狙いはこっちだったらしい。俺は前座か・・・


「お母さん。それについてはみんなが揃っているときに、あと全部返ってきたときに言います。それでいいですよね?」


「いいわよぉ。言われてみればそうよねぇ。勝負なんだし」


 よく言った更科。どうやら点数開示の犠牲を被ったのは俺だけで済んだようだ。一条が胸を撫で下ろしている光景が目に浮かぶ。あれ? 勝負の事って俺母親に言ったっけ?

 またインターホンが鳴った。


「お邪魔します」


 どうやらアオママが来たようだ。


「みんなに大事なお知らせがあります」


 なんだ? かしこまって。俺たちに身に覚えがないのは言うまでもないが更科も同じようだ。


「葵には悪いけど、雨の日以外は電車で帰るようにします。だからよろしくね」


「えー⁉ ママどういうこと⁉」


 俺と同じ目にあったか。でも明日からだし雨の日は来るって言うからまだマシ。俺なんかその日の帰りからだったし雨の日だろうと歩きで帰らされるからな。唐突にもほどがある。


「光ちゃんが歩いて帰ってるの見てたら葵にもさせてあげたいと思ったのよ。自立をね」


 いい感じに言ったが知ってるぞ。面倒だからだろ。現にうちの母親がそうだ。あーあ、更科がうなだれてるよ。俺の気持ちがわかっただろちょっとは。なんか鋭い視線を感じる。


「だ、大丈夫です。雛も一緒に帰りますので」


「わたしもいる!」


「ひなっちわたりん、ごめんね」


「アオママさん」


「アオママ? 私の事かしら」


 あ、そういえば今までこう呼んでなかったな。じゃあお披露目も兼ねて。


「そうです。うちの母親に毒されましたね」


「よく私の前でそんなことが言えるわねぇ」


「ふふっ、そうかもね」


 見習ったと言えば聞こえはいいがそれだとうちの母親が良い人になってしまうので下げるという意味であえてこういう表現をする。しかもそれ否定しないのか。


「アオママ! それいい!」


 一方の一条は全く違うところに共感している。しかもうちの母親を何て言うか考え始めてるし。何かいろいろお疲れさん、更科。


 そんなことがあったのち、みんなが帰ると


「さてと、光ちゃんとかえでにも大事な話があるのよぉ」


「大事な話?」


 かえでが聞くが俺も全く知らん。どうせろくでもない話だろ。


「私、働きまーす!」


「は?」


 突拍子の無い話が出てきたので俺とかえでが揃って同じ声をあげる。


「最近家空けてたこと多かったじゃない。その間私、仕事探してたのよぉ」


 買い物って言ってなかったか? 仕事? なんでまた急に。


「何の仕事だよ」


「さすがに前職復帰ってわけにはいかないからねぇ。弁護士秘書ってことで前行ってたところにどうかって誘われたのよぉ。今までは行けなかったけど、もうその障害もないでしょ。だからねぇ」


「ちょっと待って。急すぎない?」


「かえでの言っていることもわかるわよぉ。でもこれから先いっぱいお金かかるじゃない。さすがにパパだけじゃ賄いきれないからねぇ」


「どんくらい出勤するんだよ」


「確か週4、8時間だったかしらねぇ。だから今までみたいに一緒にはいられないけどもう大丈夫よね」


 否定できない。確かに今まで結構金を使っていた印象があった。その金はどこから来ていたのか。考えてみたらわかることだ。自分の貯金を切り崩していたのだろう。だったら俺たちに止めることは出来ない。これから先金かかるってのも事実だし。


「急すぎるよ」


「何? 私がいなくなるのがそんなにさみしい?」


「違う!」


「大丈夫よぉ。そんな根詰めてやるつもりないしそれに、二人が学校行ってる間だからそんなに関係ないでしょ」


「・・・うん」


 かえでも納得してくれたようだ。仕事か。人知れずそんなこと考えてたんだな。いつも暇してたんじゃなかったんだな。てことはこの機会を窺ってたのか。俺たちが自立できる機会を。


「あ、家の鍵は用意しとけよ。帰ったのに誰もいなくて入れないのは嫌だからな」


「ご心配なく。はいこれ」


 そう言って俺に鍵を渡してきた。かえではすでに持っているからこの心配はいらないが。


「それじゃ、みんなにも伝えといてねぇ」


「さっき言えばよかったじゃねぇか」


「まずは光ちゃんとかえでに言ってからねぇ」


 何でこうも面倒な役を俺に押し付けるのだろうか。要領悪い気がするが。どうせ何か考えてるんだろ。はぁ、めんどくさ。

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