運動会 今日はかえでが主役

運動会 今日はかえでが主役 - 54日目 -

 テストが終わって土曜日。本当だったらダラダラしていたいのだがそうもいかない。朝早く、遠くで花火が上がっているのが聞こえた。ということは


「光ちゃーん。起きなよぉ」


 下から母親のそんな声がしたので降りていくといい匂いがしていた。


「ずいぶん張り切ってるな」


「当たり前じゃない。いっぱい人来るんだしぃ」


「そんなに人来るか?」


「来るのよぉ。光ちゃんも早く準備してねぇ」


 かえではもう家を出ているようでこれで確信した。今日の運動会は開催されるらしい。

 テレビでちょうど天気がやっていたので聞いてみると天気は快晴。最高気温は32℃。え、やだ、暑いじゃん。


「光ちゃん。朝ごはん食べちゃってぇ。残り物だけどねぇ」


 匂いから何を作っているかがだいたいわかる。からあげだろ、卵焼きだろ、あとウインナーもあるな。でも手近にあったものを掴んで口に入れるとそれはブロッコリーだった。なんでだよ。さてはかえでが俺の残り物プレートに自分のを足したな。次に口に入ったのもブロッコリー。でも食べられないよりいいか。いやよくねぇよ。まさかと思うけど残り物が大量のブロッコリーだけってことないよな?

 食べ終えた結果、口に入れたもののうち半分がブロッコリーだった。ああ、ブロッコリーの後味が口の中に残ってるよ。歯磨きしたい。


「光ちゃん行くよぉ」


「は? もう?」


「そうよぉ。場所取りもしなきゃならないしぃ」


「歯磨きくらいさせてくれよな」


「車の中でやりなぁ」


「いや出来るか」


 車の中でなんかやったらうがい出来ない、揺れたとき歯ブラシが口に刺さる、零れる。全くいいことがないので母親が車に荷物を入れている間に速攻で終わらせる。

 終わったと同時に車まで腕引っ張られて無理矢理詰められる。忙しない。いつもと比較にならないくらい。

 はぁ、今日は長くなりそうだ。


× × ×


 中学校に着いた。道のりも覚えている。どっちに何回曲がるか。俺が中学の時と変わらない。母親に多分弁当だよな? 両手にそれが入った袋を持たされて歩いていく。


「あ、この辺にしましょうかぁ」


「どの辺だよ」


「メイントラックからはちょっと離れたところかなぁ。まぁ近いところで大人数陣取るのも悪いからねぇ。それに、私たちはお座敷でもテーブルでもなくてテントだからぁ」


「どこからテントなんて引っ張り出してきたんだよ」


「昔バーベキューとかやったじゃないのぉ」


「すげー昔だな」


「光ちゃん、ちょっとこれ持ってそこにいてぇ」


 よくよく考えたらテントだろ。一人で張れたか? 俺端っこしか持ってないよ。応援呼んだ方がいいんじゃね? でもそんな心配は不要だったようで


「よし! これでオッケー!」


「よく一人で張れたな」


「一昨日の昼に一回張って確かめたからねぇ」


「用意周到だな」


「あ、そういえば光ちゃん。トイレどうするのぉ?」


「あ? 一人で行けるわ」


「どうやって行くのよぉ」


「どうせこの後一条の母親が来るだろ。その時にでも校舎の中の使わせてもらうわ。そうすればいらぬ誤解を招かずに済むだろ」


「それまで我慢できるのぉ?」


「いらん心配だ」


「まぁいざとなったら私が連れてってあげるからねぇ」


「それこそいらぬ誤解を生むわ」


 いつしかめちゃくちゃどうでもいい会話になっていた。ていうかこの会話他の人に聞かれて大丈夫な内容なの? 変な目で見られてない?


「おぉ? みんな出てきたわねぇ。そろそろかなぁ」


 もうそんな時間か。さてと俺は・・・ん? 俺って何してればいいんだ? 一条の母親が来るまで何もすることないじゃん。応援? この席遠いし。かえでがどのレースに出るか知らないし。ていうか応援なんかしたら後でいろいろ言われそう。


「えーっとカメラカメラー・・・。あ! カメラ忘れたぁ!」


「いらねぇだろ。スマホあるじゃねぇか」


「ダメよ! 娘の活躍を高画質で録らないと!」


「親バカ」


「ちょっと取ってくるからここにいて!」


 そう言うと母親はテントを離れて行ってしまった。はぁ、ポツンと取り残されてしまった。なんか場所取りで一人いる人みたいな気持ちだ。退屈。そして寂しい。

 しばらくボーっとしていると放送が流れてきた。どうやら運動会が始まったらしい。開会の言葉、選手宣誓、いろいろ聞こえてくる。そしてひときわ大きかったのが開会の言葉と同時に上がった花火だ。大きいどころじゃない。うるさい、そして突然聞こえてくるからびっくりする。そういえば徒競走とかの始まりもピストル使ったよな? 慣れないとダメだこれ。


「あ! いた!」


 その声とともにやってきたのは一条だ。ということは渡や一条の母親もいるのか。


「光ちゃんママは?」


「カメラ忘れたって言って取りに帰ってる」


「テント大きいわね。座ってもいい?」


「ええどうぞ。今までこのテントに一人で場違いな感じがしていたので」


 一条の母親もあの一件以来俺とのぎくしゃくした関係だったり先生時代のような敬語で話すというのはなくなり、もう一人の母親として俺に話しかけている。何か今更だけど母親との関係が多いな。ぐちゃぐちゃになりそうだからこれからは一条の母親のことをココママとでも呼ぶか。ついでに慎の母親は瀬戸ママ、更科の母親はアオママにしよう。うちの母親は・・・普通に母親でいいや。


「つめたっ!」


「のみおの」


「ああ、サンキュ」


 考えている最中に渡が冷たい飲み物を俺の頬に当ててきた。こういうのほんとにびっくりするからやめてほしい。でもやめろとも言えないし。まぁ今日は暑いから許す。


「あ、かえかえが出るやつだよ! 早く行こ!」


「俺は———」


 待ってると言おうとしたらいつものように一条に腕を引っ張られ、渡に背中を押されて無理矢理連れていかれる。ココママの「いってらっしゃい」の声がだんだん遠くなっていく。


「あ! かえかえー!」


「がんばれー!」


 見える位置まで移動したら一条と渡が隣でこんな風に応援している。これかえではどう見ているだろうか。多分俺たちのことは見つけているだろう。そして一条と渡の声は絶対に聞こえているだろう。多分クラスの人に「ねぇ、あれ誰?」とか「かえで人気者」とか言われて顔赤くしてそう。軽い公開処刑じゃん。どんまい!

 何回かスタートの音がした後


「次かえかえが走るよ。ファイトー!」


「いけー!」


 次かえでが走るのか。二人だけ応援して俺もしないのは悪いな。それじゃあ


「かえでー。一位取れよー」


 それなりの声で応援する。別にかえでに聞こえてなくてもいい。あいつ何だかんだ俺のこと見てるし。言葉で伝わらくても気持ちで伝わればいい。そんな風に体のいい言い訳をする。そうじゃないと昼食べに来た時、俺の事ボコボコにするか強制帰宅させそうだから。

 そしてかえでのレースがスタートする。事前に一条から聞いた内容によると今やっているのは障害走。まず最初にサッカーボールでドリブルしながらコーンを回ってその後、卓球の球をラケットの上に乗せてゴールまで走るというものらしい。これ障害か? と思ったがまぁ外でかつ中学生も出来ることとなると限られてくるか。平均台や跳び箱は体育館にあるやつだから外持って来れないし。ネットなんてないし。グルグルバットはケガするし。世の中世知辛くなったものだ。

 それはそうとかえでのレースだがどうやらぶっちぎりの一位だったらしい。横で一条と渡がハイタッチして喜んでいる。まぁかえで運動神経良いしな。当然と言えば当然か。


「光ちゃんもっと喜びなよー」


「はぁ、喜ぶも何もかえではエースだぞ。一位以外ありえねぇだろ」


「そうだけどー」


 なんか不満そうな一条は置いておいて、とりあえずかえでの第一種目は終わったからテントに帰ろ。それとこれ帽子ないとダメだ。戻って帽子探そ。


 テントに帰る道中で突然前を歩いていた一条と渡の足が止まったらしく、軽く二人にぶつかった。


「何で急に止まるんだよ。テントここじゃねぇだろ」


「さーちゃんが二人いる」


「は?」


 突拍子の無いことが一条の口から出てきたので俺は首を傾げる。一方の渡はその二人を見つけると走って行ってしまった。後から追いかけると


「おー! 奏、ひっさしぶりー!」


「ほんと久しぶり。元気にしてた?」


「うん!」


 渡と聞いたことのない声が二つ。多分本田似の二人の声だろう。その三人が親しげに話している。


「あァ? 誰だお前ら? 奏とどんな関係だ? あァ?」


 本田似の一人がめっちゃ威圧しながらこっちに来た。めちゃくちゃ怖いこの人。


「あーそっちの女の子がココちゃんでぇ、隣のが光ちゃんねぇ」


 今のは間違いなく母親の声だ。カメラ取ってきたのか。いやそうじゃない。何で親しげに話してるの?


「そうでしたか。お二人とも初めまして。私は本田咲夜、さーちゃんのお姉ちゃんです。よろしくね」


「そうかそうか。いやーわりぃわりぃ。アタシは本田夏夜。咲彩のねーちゃんでさく姉の妹な。よろしくー!」


「は?」


 俺と一条揃って同じ反応になる。本田夏夜と名乗る人物に頭をめちゃくちゃガシガシされるが理解が追い付かない。


「本日のサプライズゲストでーす! どお?」


「私も驚きました。まさかこの二人が来るなんて」


 サプライズゲスト? いやいやちょっと待て。え? 本田咲夜と本田夏夜、俺の記憶が正しければ本田の姉で雑誌モデルで大学生で・・・


「咲彩から今日来れないかって言われましてね。それで来ちゃいました!」


「え? 本物?」


「あァ? この顔見てまだ疑ってんのかァ?」


 俺も一条と同じだ。本物? 俺顔見えないけど本田に似ている。聞いた名前、性格、全部合致する。ということは


「ほんもの! キャー!」


 一条がはしゃぎだした。は、はは・・・、やっぱ本物なんだな。


「しー! あんまり騒ぐと皆さん私たちに気づいちゃうから」


 お忍びで来てるのか。何か驚きすぎてリアクションも何もできない。


「おい、説明しろ」


 状況を理解するためにとりあえず母親に聞く。


「先週の木曜だったかなぁ? さーちゃんからお姉さんの話聞いたでしょ? その時に今日会えないかってさーちゃんに冗談半分で聞いたのよぉ。まさかオッケーするとは思わなかったけどぉ」


「あの時のラインか」


「うちの咲彩と奏の親友って聞いたら行かねぇ訳にはいかねぇだろ? なぁそれより、お前本当に見えないのか?」


「見えないですよ。今あなたがどんな表情でどんな服装してるかも」


「へぇ、おもろいなァ」


「夏夜、失礼よ。ごめんね、気に障るような事を言ってしまって」


「いや、気にしてないですよ。むしろド直球で清々しいくらいです」


「あァ? アタシに喧嘩売ってんのか?」


 何をどう捉えたらそうなるのか。ていうか何でも噛みつくとか狂犬かよこの人。怖すぎるだろ。元ヤンはどうやら本当らしい。


「かよええこわいのだめ!」


 俺と本田夏夜の間に割って入ったのは渡だ。


「くっ、しょうがねぇ、ここは奏の顔に免じて許してやるよ。奏に感謝しな」


「は、はい・・・」


 俺怒られるようなことしたか? なのに何で悪者になってんの? ついでにデコピンまでされた。地味に痛いし。


「光ちゃん、あとココちゃん。夏夜の相手するときは引いちゃダメだよ。夏夜は押しに弱いから。それと私たちにはタメ口で全然大丈夫だからね」


「言うなよさく姉」


「サイン下さい! 写真撮ってもいいですか? 握手して下さい!」


「わかったわかった。あー、調子狂うわー」


 ほんとに押しに弱かった。一条と立場逆転してるよ。


「さっき服装わからないって言ってたよね? じゃあ教えてあげましょう。今日は暑いから私はオフショルダーでジーパン。夏夜は半袖半ズボン。夏夜はいつもこんな感じね」


 想像してみて思った。ほんとにお忍びだよな? 普通に目立ってね? 横で渡と一条が本田夏夜・・・、もう夏夜さんでいいや。夏夜さんを振り回している。でもその全部に対して口は悪いけど応じている。怖いけど良い人なのか。ツンデレというやつですね。かえでと同じじゃん。


「あ! 次かえでが出るやつじゃない?」


「ダンス・・・そうです!」


「みんな急いで! 最前列で見に行くわよ!」


「はい!」


 母親がそう言うとそれに一条、渡、ついでに夏夜さんがついていってしまいこの場には俺と咲夜さん、そしてココママが残された。


「光ちゃん。お母さんっていつもあんな感じなの?」


「いえ、違いますね。今日はどうせ娘の勇姿に興奮しているんでしょう。朝から張り切ってましたから」


「へぇ、面白い人」


「面白い人じゃないです。変人ですよ」


「変人ってお母さんに厳しいわね」


 いや実際そうだから。集団行動とか絶対出来なそうだし。しかもその中で絶対浮いた存在になるし。


「あの、聞きづらいことなんだけど」


「何ですか?」


 咲夜さんが俺に聞いてくる。聞きづらいこと?


「目が見えないのって大変じゃない?」


 まぁ初見の人はみなそう考えるだろうな。確かに聞きづらい内容ではある。俺に配慮しろとかそういう理由だろう。まぁ俺は気にしないけど。どっちかというとココママに配慮したほうがいいと思う。でもそれも解決したから今はこう言える。


「大変ですけど慣れましたね。周りに俺を助けてくれる人がいっぱいいますから」


「光ちゃん———」


 胸を張っては恥ずかしいがはっきりとこう言える。これを聞いてココママも安心してくれたことだろう。


「そう。私たちも大学生だけど困ったことがあったら言ってね。可能な範囲で助けてあげるから。咲彩じゃわからないことも多いだろうし」


「じゃあ早速ですけどいいですか?」


「なになに?」


 本田だけじゃわからないこと、はっきり言って多すぎる。本田家の事情がものすごく知りたい。今まで聞いてきた感じだとどう考えても普通の家族じゃなさそうだから。


「お宅ってどういう家族なんですか? これまで聞いた感じだとやばそうな雰囲気しか出てないんですけど」


「光ちゃん。プライベートな質問はしない方がいいと思うよ」


「家の中まで見られた俺にそれ言います?」


「うっ、それは・・・」


 確信を突かれたココママは言い淀んでしまった。後は咲夜さんの返答だが


「いいですよ。話してあげましょうか。光ちゃんにもわかりやすいように細かいところまで言ってあげるから」


 細かいところ? に少し引っかかったが話し始めると細かいところの意味が分かった。


「まずは私からにしましょうか。見た目もわからなそうだからそこから言っていきますね。誕生日は9月2日で歳は21歳、身長は183センチ。体重は朝量ったら60キロに乗っちゃったの。スリーサイズは———」


「ちょっと待ってください!」


「え?」


「細かく話すってそこまで言わなくていいですよ。完全に個人情報じゃないですか。ていうか言って大丈夫なんですか?」


「そうですよ! 体重スリーサイズなんて・・・」


 見た目を言っていくあたりから嫌な予感がしていたが、身長はいいとして体重やスリーサイズまで言おうとするとは。それとココママが咲夜さんの体重を聞いて若干落ち込んでいるように感じたのは俺だけか?


「そこは心配いらないですよ。私も夏夜もそれに関しては公表オッケーにしてますから。SAKU-KAYOのプロフィールにも書いてありますしね」


「マジっすか・・・」


「それじゃあ改めて私のスリーサイズは———」


「ダメです! 言わないでください。青少年の健全な教育に悪影響を及ぼします!」


 ココママの言う通りだ。改めてじゃねぇよ。知りたいのは山々だが言っていい内容じゃない。それと青少年の教育とかいうココママはやっぱり先生だなと思った。


「スリーサイズはいいです。それよりも身長いくつって言いました?」


「183センチ。あ、夏夜は178センチね」


「まさか負けるとは思わなかった・・・」


「パパより大きい・・・」


 俺って男子の中だとそこそこ大きい方だから抜かれないと思っていた。でも思い出してみると本田は俺と同じ175センチだったよな。本田ですらでかっ! って思ったのにまさかその上がいたとは。これ慎や佐藤、日向が聞いたら何て思うか。多分今の俺やココママ以上に落ち込むだろうなぁ。


「私の家族はみんな大きいんですよねー。パパなんて少し前に測ったら193ありましたから。一番小さいママでも172ってところですね」


「ひゃくななじゅうに・・・」


 ココママがさっきからずっとショックを受け続けている。ということは172より小さいんだな。一条が159って言ってたから多分それに近い値なんだろう。でも勘違いしてはいけない。一条家は普通だぞ。おかしいのは本田家の方だ。そら誰だって高身長は憧れるけどな、これだけ恵まれることってそうあることじゃないぞ。


「両親は何してるんですか?」


「パパは自衛隊勤務でママはCAで世界中を飛び回ってるわ」


「俺もう本田家が怖いです」


「私も同じこと考えたわ・・・」


 これはもう引くレベル。でもおかげで本田家の謎が解けた。本田の運動神経と高身長は親譲りか。性格は姉二人を見て育ったから半分半分になったってところか。あともう一つ。咲夜さんはおしとやかではあるけど天然も混じってるな。たんぽぽ先輩ほどじゃないけど。


「それで私と夏夜は大学生兼雑誌モデル。まさかここまで人気になるとは思わなかったけど」


「いや、なるべくしてなったと思いますよ」


 つくづくそう思う。まさに運命だ。ちょっと羨ましすぎて逆に妬んじゃうな。でもどうにもならないので心の中だけに留めておこう。羨ましい。


「そうそう。私と夏夜もみんなと同じ明ヶ丘高校出身なのよ」


「え?」


 驚いた。まさか同じ高校だったとは。


「懐かしい。よく夏夜と一緒に先生に怒られてたなぁ」


「そうなんですか?」


 俺もココママと同じ疑問を持った。夏夜さんは怒られてそうだが咲夜さんは今まで接してみた感じだと優等生って感じだもんな。


「そうなんですよ。夏夜が色々問題を起こすものだから私も一緒に怒られちゃいましてねー。大変でしたよー。スカート丈怒られたり、宿題やってこなくて怒られたり、私に話しかけてくる人みんなに突っかかって怒られたり、あと先生に反抗的な態度見せたから私が家で言ってほしいって先生に頼まれたこともありましたね」


「それほとんど夏夜さんのせいじゃないですか・・・」


「何か今の話聞いてると咲夜さんは保護者みたいですね」


「そうでしたね。夏夜の保護者みたいな感じでしたね。それで学校でも有名になっちゃいまして。でも夏夜もやるときはやるんですよ。球技大会では誰も寄せ付けなかったし、文化祭も委員長の私と一緒に盛り上げてくれたし」


 球技大会で他を寄せ付けないって聞いて本田を思い出した。無双していたからあんな感じか。ん? 今なんか聞き捨てならないこと聞いた気がする。委員長?


「咲夜さんって実行委員長だったんですか?」


「そうそう。みんなに推薦されちゃってね」


 ほう、良いこと聞いた。ならばちょっと今後のことも踏まえて


「すみません。俺や渡、あと一条も今年の実行委員なんですけど、もしよろしければ出し物について今度、元実行委員長として助言をお願いできませんか?」


「ふーん、確かにさっき助けるとは言ったけどそれは公平性に問題があるんじゃないかな?」


「え? 心愛も実行委員なんですか?」


「え? 聞いてないんですか?」


 ココママにこう言ってしまったけどそういえば俺も母親に実行委員なの言ってなかったな。でも母親のことだ。風のうわさかテレパシーなんかで知ってそうだし別に言わなくていいか。


「教えてあげてもいいけど直接助言するのはいけないと思うから、私が勝手に独り言を言うってのはどうかな?」


「考え方が政治家っぽいですけどそれで大丈夫です」


 あれだ。よく政治家が法の逃げ道とか言ってうまいことかわすやつだ。あるいは解釈を変えると言えばいいか。


「心愛が実行委員って大丈夫かしら・・・」


 一条のバカさ加減は母親の折り紙つきだったか。教師の娘がそれっていいのか? あ、でもこれは俺の偏見か。すみません、撤回します。でもそれについては問題ない。


「大丈夫ですよ。頭良い渡や慎もいますし。最悪学級委員の佐藤にでもぶん投げます」


「そう、ならよかった。心愛が迷惑かけると思うけどよろしくね。もし時間があれば文化祭見に行こうと思ってるから。頑張ってね」


「え? 見に来るんですか?」


「じゃあ私も行こうっと。期待してるからね」


 あかん、ハードルをあげられた。ちゃんとやらないとダメじゃん。しかも俺たちが実行委員だからダメだった時の責任がそのまま来る。しかもさっき咲夜さんに独り言を言うって約束までしてしまった。てことは相応のことをしないと期待外れ扱いを受けることになる。おまけに咲夜さんが来るということは夏夜さんも来ると考えていい。夏夜さんは自分のクラスと俺たちのどっちを取るかは知らないが半端なことしたらシバかれそう。


「いやぁ、良いもの撮れたわぁ。かわいい! かっこいい!」


「本当にすごかったです!」


「アイツ素質ありそうだったな」


 帰ってきたということはどうやらかえでのダンスは終わったらしい。本当だったら俺も見に行きたかったけどダンス見れないしなぁ。しかも応援する競技でもないしなぁ。おまけに暑いしなぁ。というわけで行きませんでした。ていうか夏夜さんなんかかえでをライバル視してない? それと何の素質?


「えーっとクーラーボックスに確か・・・あったあったぁ。アイス食べる?」


「ください!」「くれ!」


 何と切り返しの早い。一条と夏夜さんがほぼ同時に言う。口では言わないけどもうちょっと遠慮してくれませんか?


「さあさあ他の人もぉ」


「大丈夫なんですか?」


 ココママの反応がまともだよ。娘よ、母親を見習え。


「大丈夫ですよぉ。言っちゃいますけど旦那の給料日明けなのでお財布には余裕があるんですよぉ。あと更科さんからも行けない代わりにって貰っちゃってますからぁ」


「そんな、じゃあ私からも出しますよ! このままじゃ母親としての立場が———」


「気にしないでください。借りとしておきますからぁ。この借りは光ちゃんにでも返してください」


「俺かよ」


「ママどれがいい?」


「え、うーん、わかりました」


 渋々応じたココママ。多分一条は俺たちの話聞いてないな。でもよくやった。対してまたプライベートを明かしやがって。給料日のこととか言うなよ。金額言ってないからセーフとかじゃねぇぞ。アウトだよ。しかもアオママからも貰ってたのか。これは後でお礼言わないとな。いや、多分秘密だから言わない方がいいのか? でも言っちゃったしなぁ。ああもういいや。暑くて頭が回らん。俺もアイス食べよ。


「そういえば入口あたりに屋台出てなかったぁ?」


「え? 屋台? ほんとですか⁉」


「ああ、出てましたね。確かかき氷と飲み物じゃなかったかしら」


「行ってきます!」


「わたしもいく!」


「次までは時間あるからゆっくりしていきなぁ」


 さっきアイス食べたのにまた食べるのかよ。腹壊しても知らねぇぞ。


「そんじゃアタシは寝るわ。さく姉、時間になったら起こしてー」


「よくここで寝れるわね」


「いつもこんな感じなんですか?」


「ええ、撮影場所でも疲れたらいつもこんな感じですよ」


 図太さの権化だな。こんな人が往来するところ、しかも日陰とはいえ外のそこそこ暑いところで寝るとか。本田も相当だと思っていたがまさかその上をいくとは。


「さて、光ちゃん。私たちもそろそろ行きますか」


「行ってきていいわよぉ。迷子にならないでねぇ」


「ならねぇよ」


 多分ここで屋台のことを言ったのはあの約束を果たすためというのがあるのだろう。一条と渡は別に遠ざけなくてもよかったのだがそこはココママに配慮したということか。それをわかってか咲夜さんも詳しくは聞いてこないようだ。

 ココママは俺の手を優しく握って先導する。後ろで母親が何か言ってそうだけどまぁいいや。


× × ×


「失礼します」


「ああ、一条先生。お久しぶりです。それと、矢島か?」


「はい」


「すみません。彼に学校を見せてあげたいので入校を許可していただけないでしょうか?」


 職員室で応答したのはココママと対峙していた時俺を生徒指導室に連れて行った先生の一人だ。しばらく沈黙すると


「わかりました。ただ教室には入らないようにお願いします。施錠してありますので」


「ありがとうございます」


 ココママと一緒に俺もお礼を言う。


「矢島。お前、変わったな」


「まぁそうですね。変わりましたし、変えてくれましたし。そうだ、先生にも言っておきます。あの時はすみませんでした。あと、ご指導ありがとうございました」


「よかったよ。お前の普通の顔が見れて」


 普通の顔か。中学時代はそれこそずっと張りつめていたというかそんな感じだったからなぁ。先生も俺の今の姿を見て多少なりとも安心しているのだろう。


 その先生と別れてココママと校舎の中をゆっくりと歩く。外は相変わらず運動会の喧騒が聞こえているがテントにいるときほど熱を感じない。視線だったり熱意だったり環境だったり、いろいろなものが向こうではあったからな。だから静かなここでは俺とココママの歩く音もよく聞こえる。


「光ちゃん。ここが光ちゃんが3年の時のクラス。そして私の担任だったクラス」


 立ち止まった目の前にあるのがそうか。2年前、ここで起きたのか。あの時の光景がよみがえる。ココママも同じだろう。あの時言い放ったことは一語一句忘れていない。忘れたいと思うときもあった。でも記憶に刷り込まれているようで忘れられなかった。


「あの時の事、よく覚えているわ。光ちゃんと話したことも。いえ、あれは話ですらなかった」


「あれは俺が一方的な主張をしていただけですよ。確かに話ではないですけど」


「でも今はちゃんと話が出来ている。うれしい。そういえばかえでちゃんもこのクラス、3年4組なんだよ」


「え? マジっすか。知らなかった」


 運命の巡り会わせというべきか。かえでもこのクラスなのか。


「変わってない。私たちは変わったのに、教室はそのまま。置いて行かれたみたいね」


「そんな短いスパンで変わったらたまったもんじゃないですよ」


「そうね。でも、おかげであの時のことが鮮明によみがえるわ」


「おかげ、ですか・・・」


 少し前だったら俺もココママもせいと答えていただろう。それがおかげになったこと、大きく変わったことの象徴と言える。


「そういえば何で敬語で話さなくなったんですか?」


 今日最初に会ったときからおおよそ見当はついているが一応聞くことにする。


「それは私が先生じゃなくて心愛のママになったからよ」


 だと思った。じゃあ俺もこうするか。


「じゃあこれからは先生じゃなくてココママって呼んでいいですか?」


「ココママ?」


「一条のことをみんながココって言っているのは知っていますよね? その母親なので」


「ふふっ」


「何ですか?」


「うん、いいわよ。ココママね。みんなにもそう呼んでもらおうっと」


「くれぐれも俺が考えたってことは言わないでください」


「さあどうしましょうか」


「やっぱりさっきまでの話は忘れてください。先生」


「ごめんごめん。からかうつもりはなかったからぁ」


 ココママと何気ない話をしたのは初めてだ。付き合いは一年以上あるのにここに至るまでの時間があまりにも長すぎた。これは素直に嬉しい。そしてわかったこと。性格が更科と似ている。うちの母親ほどタチ悪くないけど。それとやっぱり一条の母親だなとも思った。さっきの反応なんかそっくりだ。声だけでもわかる。


「ふう、あ、そうそう。せっかく二人なんだしちょっと光ちゃんにも聞いてみようかな。主に手紙の事」


「答えられることなんかないですよ。書いたまんまですから」


「確かにそうね。光ちゃんの言いたいことはしっかり伝わったから安心して。それでそれを踏まえて一つ。光ちゃんって私のこと好き?」


「どういう意味ですか? 返答次第じゃ帰りますよ」


「担任として、そして一保護者として、かな?」


「ええ、まぁ、嫌いではないです」


「そっか、よかった」


 好き嫌いで言えば好きとなるのだろう。以前にも言ったようにココママが俺たちの先生じゃなければこうはならなかった。今のこの関係はココママなしでは語れない。だから嫌いになれるわけがない。そこで嫌いと言ったらそんなのはただの人でなしだ。


「あれ書くの大変だったでしょう。自筆だったし」


「ほんとに苦労しましたよ。久しぶりにペン持ったし真っすぐ書けてるかわからないし」


「大変だった光ちゃんに私から、お手紙をプレゼントします」


「手紙?」


「一回しか読まないからちゃんと聞いてね」


「はい」


 手紙か。多分ここ最近で一番手紙のやり取りをしたと自慢できるレベルで手紙とかかわってるな。まぁいい。一回しか読まないみたいだから聞くことに集中しよう。


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 光ちゃんへ


 私に手紙を書いてくれてありがとう。みんなのおかげで私はまた前に進むことが出来ました。いつまでも引っ込んでいてはダメですね。みんなが前に進んだのに。

 私はあの出来事をずっとマイナス方向に捉えていました。でも、全部が全部マイナスではなかったんですね。だから私はこれから光ちゃんに起こることが少しでもプラスになるように出来る限りのサポートをしていきたいと思っています。勘違いしないでくださいね。これは贖罪でも罪滅ぼしでもありません。もしそれが理由でやっていたらまた怒られちゃいますからね。やりたいからやるだけです。

 今のこの関係に感謝します。そしてこのかけがえのない関係をずっと、これからも、続けて、一生の関係にしましょう!


 元3年4組担任 一条結 → ココのママ ココママより


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「なんか、恥ずかしいわ」


「いや、聞いてる方も恥ずかしくなりましたよ。まぁ、ありがとうございます」


 これあれだよな? いや、違う! 断じて違う! ココママは単に感謝の言葉を言っただけだ。それ以上の意味はない。


「さてと、もう大丈夫?」


「ああ、忘れるところでした。母親から伝言を頼まれてました」


「伝言?」


 多分ここ逃したら言う機会なくなりそうなので言うことにする。と言っても今となれば大したことではないが。


「先生は光ちゃんだけじゃなくて私たちも変えてくれました。ありがとうございます。そしてこれからもよろしくお願いします。あと、近いうちに食事にでも行きましょう! だそうです」


「そう、じゃあ予定空けておかないとね!」


 解決すること前提で用意されたこの伝言。これ一条と和解した日に言われたんだよな。何でこんな先のことまでわかるんだよ。それと自分で言えばいいのに。まぁどうせいろいろ意味があるんだろうから俺に言わせたんだろう。俺にはせいぜい私たちが家族全員ってことくらいしかわからん。


× × ×


 校舎を出てテントに戻ってきた。何か静かだな。


「あ、おかえりなさい。みんなはまた応援行っちゃいましたよ。今度は徒競走だとか」


 また咲夜さんを残して行っちゃったのかよ。咲夜さんだぞ。荷物番にしていい存在じゃないと思うぞ。


「へぇ、徒競走ですか。私も応援行こうかな?」


「行ってきていいですよ。咲夜さんもどうぞ。俺はここにいますから」


「いいえ、私はここで。忘れてるかもしれないけどお忍びなのよ」


 そうだすっかり忘れてた。でもそうだとしたら夏夜さんはどうなんだ? 全然忍べてないと思うが。


「それじゃあ私は行ってきます。みんなあそこにいるみたいだから」


 そう言ってココママもテントを離れて行く。残ったのは俺と咲夜さん。


「さて、私と光ちゃん二人だけになっちゃったね」


「だから何だって言うんですか」


「光ちゃんって好きな人とかいるの?」


「は?」


 あまりに突拍子の無い話が出てきたので思わず裏声で返事してしまった。


「ちょっと気になって。それで?」


「何で今その話になるんですか?」


「周りの関係を見てたらこれはと思って」


「これはも何もないです。俺たちは親友という関係でそれ以上進展することはありません。今のところは」


「今のところはでしょ。ならこれから先、それ以上になる可能性もあるということじゃん?」


「完全否定は出来ないですが、少なくとも今俺は好きな人はいません」


「じゃあ気になってる人は?」


「くどいですよ」


「好きな人と気になってる人は違うでしょ?」


「いないです。はいこの話はもう終わり」


「私とかどう?」


「かえで頑張れー」


 咲夜さんがこんなにも意地悪な性格だとは思わなかった。母親とは別のベクトルで絡みづらい。これ多分二人きりだからやってるんだよな? これ夏夜さんや本田は知ってるのか? 最初に思ったおしとやかだったりちょっと天然というのは外面ということか。


「ごめんね。ちょっとからかってみたくなっちゃったから」


「相手が俺じゃなかったら絶対大事になってますよ」


 本当に大事になってると思うよ。夏夜さんにしたら殴られるだろうし、一条は多分逃げる。渡は・・・顔赤くして黙り込みそうだな。これあくまで俺の偏見だから。あんまり気にしないでね。


「奏ちゃん、楽しそう・・・」


 ボソッと言ったことに引っ掛かった。


「それどういうことですか?」


「私の口からは言えないわ。ただ、一つだけ教えてあげる。奏ちゃんには私たち以外親友がいなかったの」


 前々から思っていたことだ。渡は多分俺と似たような境遇を辿っている。程度は違えど。それが咲夜さんが言ったことによって本当だったということが分かった。


「だから、みんなには親友としていてほしい。これからも」


 そんなの決まってる。


「当たり前じゃないですか。俺たちは親友ですよ」


「よかった」


 安堵する咲夜さんの声がした。そういえば本田と渡は幼馴染だった。だから心配するのもわかる。でもそれは無用だ。俺たちがいる。


「あ、みんな帰ってきた」


 遠くからみんなの声もするので本当なのだろう。


「かえかえ早かった!」


「また良い物録れたわぁ」


「あぢー!」


 続々とテントに帰ってきた。


「夏夜、服パタパタしないの!」


「あぢーんだよ。どうせ誰も見てねぇんだからいいだろ」


「いるでしょ」


「あ、見てんじゃねぇよコラァ!」


「見えてないですって!」


 夏夜さんに胸ぐら掴まれる。なんか今までのやり取り見てると咲夜さんが夏夜さんを操作してる気がするんだが。だって今のもそうじゃん。言わなければ俺が胸ぐら掴まれて揺すられることもなかったのに。誰か止めて。


「えーっと次の競技はぁ・・・あ、保護者参加のやつあるわよぉ」


「へぇ、そんじゃアタシが出てやるよ」


 揺すってたのをいきなり離されたから倒れそうになったが何とか堪えた。まぁとりあえず止まってくれたからよかった。


「その保護者参加のやつって競技は何です?」


「ときょうそーう!」


「うーん、私は無理そうね」


 何ちゃっかりココママまで出ようとしてるんだよ。ていうかどっちも保護者じゃねぇだろ。ただの観覧者じゃねぇか。


「しゃあ! ボロ勝ちしてやるぜ!」


 あーあ、行っちゃったよ。もうどうなっても知らね。


「かおねえは?」


「あ、おかえりー。夏夜なら徒競走出るって行っちゃったよ」


 遅れて渡も帰ってきたようだ。多分トイレにでも行っていたのだろう。


「ココ、おうえんいこ!」


「うん! いこーいこー! あと光ちゃんも!」


「は? 俺も行くの?」


「ちょっとは外出ないと!」


「ここもう外なんだ———」


 言い終える間もなく二人に腕を引っ張られていく。後ろから「いってらっしゃい」の声が聞こえる。何で応援しなきゃいけないの? かえでならまだしも夏夜さんだよ? それと暑い。今までずっと日陰にいたから余計に暑く感じる。あ、そういえば帽子探すって言って探してなかった。


 引っ張られてしばらく、応援するところだろう。そこに着く。俺思ったんだけど保護者の徒競走って参加する人いるか? 玉入れとか綱引きならありだとして徒競走だぞ。しかも中学の運動会だぞ。


「何かいっぱいいるー」


「うん」


 どうやら俺の思い違いだったようだ。それともこの学校がおかしいのか?


「いいなぁ。一位になったら何かもらえるって」


「何かってなんだよ」


 聞いたらすぐに放送で流れてきた。どうやら一位になったら屋台の一品タダ券がもらえるらしい。皆さんそれ目当てですか。それとも子供にやらされてるのか。どっちでもいいや。


「あ、夏夜さんだ! ファイトー!」


「がんばれー!」


 確か夏夜さんの身長178センチって言ってたよな? だとしたらめちゃくちゃ目立ってる気がするんだが。


「あれ? 何か中学生騒ぎ出してるよ?」


「ほら、言わんこっちゃねぇ」


 予想的中。身バレした。だって服装といい、行動といい全然隠れてないもん。逆によく今までバレなかったなと思う。多分観客側だったからだと思うけど今度は出る側だ。生徒もこの時間は休めるから競技を見る時間がある。しかもSAKU-KAYOは有名人だ。バレるのは至極当然。


「かえでの反応見ただろ。中学で人気の人が目の前にいるんだ。わかってただろうに」


「かよねえはそーいうのあまりきいしない」


「だろうな」


「何か保護者の人たちも握手とかしてる」


「競技進まねぇじゃねぇか」


 これ多分競技終わったら人だかり出来そうだな。それとこれ俺たちが夏夜さんを応援したら変な奴らが「お前らSAKU-KAYOとどんな関係だ⁉」とか因縁つけてきそう。

 少ししたら競技が始まった。どうやら参加している人は大体お父様の方らしくお母様っぽい人は夏夜さんくらいしかいないらしい。


「次だよ。頑張れー!」


「かよねえふぁいとー!」


 そしてピストルの音がして走り出す。走るコースはトラック半周100m。レーンはないので最初に飛び出せればほぼ勝ちだ。よく考えたら夏夜さんって半袖半ズボンだったよな? 他の人は普段着なのに。もう見るからにガチじゃん。

 レースは思った通り夏夜さんの圧勝で終わった。同じレースのお父様も本気を出したのだろうがまず年の差、次に服装の差がある。中学生の親ってことはまあ40前後ってところか。対して夏夜さんはバリバリの大学生、そんでもって運動神経ピカイチ。落とし穴でもない限り負ける未来が見えない。


「しゃあ!」


 ゴールテープを切った時に夏夜さんのそんな声がした。そして退場門をくぐると現れたのが


「SAKU-KAYOのKAYOさんですよね? 握手してください!」


「サインください!」


「あの、写真撮ってもいいですか!」


 こんな声と一緒に歓声が聞こえていた。


「夏夜さん中学生に囲まれちゃってる」


「もう帰ろう。俺たちが行っても邪魔なだけだ」


 帰ろうとすると横から腕を引っ張られた。渡か。何だ?


「かえかえもいる」


 何だ、かえでもいるのかよ。よくあの群衆の中に入ったな。いつもは嫌がるのに。


「ほっとけ。どうせテントに帰ったら会えるだろ」


 本当にそうなんだよな。テントに帰ったら昼にかえで来るし。かえではその時に咲夜さんと夏夜さんの二人に会うことが出来るし。


 テントに帰ると当然出てくるのは


「夏夜ったら、目立ってどうするのよ・・・」


「うーん、あれ強制退場にならないかしら」


「大丈夫ですよぉ。その時は一条先生、よろしくお願いします!」


「私に投げた⁉」


 もうこんなに打ち解けてるのかうちの母親とココママ。まぁそれは良いとして夏夜さんがバレたということは


「咲夜さん、あなたもいつバレるかわかりませんよ」


「まぁバレてもいいけど、みんなに迷惑かけちゃうから」


「迷惑だなんて思ってないわよぉ。こんなのは慣れっこだし」


 確かに、人が多いことには慣れている。週一全員集合が活かされたな。


「それに、そういうの前提で二人には来てもらってるんだからぁ」


「身バレ前提で来させたのかよ・・・」


 本人がそれでもいいとはいえ周囲を考えてほしい。今の夏夜さんを見てみろ。多分中学生に取り囲まれてるぞ。競技の進行にも影響しかねない。


× × ×


「皆さん、以上をもちまして運動会午前の部を終了いたします。得点につきましては職員室前の得点ボードに掲示されております。なお、午後の部の開始は13時からとさせていただきます」


 こう放送が流れる。どうやら午前の部はこれで終了したらしい。最後の種目はどこかのクラスのダンスだったか。休憩時間は1時間少々ってところか。


「よし! それじゃあお昼にしましょうかぁ!」


「すごい量ですね」


「わぁ、おいしそー!」


「皆さん食べてってぇ。というか食べて」


「お重六段ですか・・・」


 咲夜さんとココママがその量に驚いている。一方一条はもう貰い慣れてるからか特に驚きもせずに食べる気満々だ。そんな一条は置いておいて俺朝そんなの持たされてたの? どうりで重いと思った。張り切りすぎだよ。


「こっちにおにぎりあるから食べちゃってぇ」


「いっただっきまーす!」


「ありがとーございます」


 貰い慣れた二人は抵抗なく食べ始める。咲夜さんとココママも最初は渋っていたが母親の押しに負けて食べ始める。俺はどうするのと思ったら手を前に出されてその上におにぎりが置かれた。


「はい」


 どうやら渡が気を利かせてくれて俺のところに置いてくれたようだ。しかも丁寧に

ラップまで取って。


「おう」


 そう言って受け取ったおにぎりを食べる。暑くなると知っていたからか、若干塩味が強い。でもおいしい。


「何でこんないっぱい?」


 咲夜さんの疑問は当然浮かぶ。初対面なら。でも理由は単純だ。


「まだ何人か人来ますからねぇ。5人くらい? かなぁ」


「多いですね。それでこんなにいっぱい」


 今ここにいない5人。それは主役のかえでと今や準主役になった夏夜さん。それともうじき来るであろう慎と本田、そして佐藤だ。


「また人がいっぱいいる。・・・え?」


 そうこうしているうちに主役が来た。かえではテントに来たはいいが上がらずにその場に立ち尽くしている。


「初めまして。SAKU-KAYOのSAKUこと本田咲夜です。よろしくね」


 自分のテントに有名人、しかも推しの有名人がいたら皆さんはどんな反応をするだろうか? 多分今のかえでと同じ反応になるだろう。そう、あまりの出来事に思考が追い付かずその場に立ち尽くす。暑さのせいもあるだろうがそれ以上に目の前に咲夜さんがいるというインパクトの方がはるかに大きい。


「すみません。テント間違えました」


「あ、待ってかえかえ! テントここで合ってるよー!」


 最終的にかえではここは自分のテントじゃないと思ったらしい。離れて行くかえでを一条が慌てて迎えに行く。少しすると戻ってきて


「驚かせてごめんね。かえでちゃんのお母さんに呼ばれたから来たの」


「サプライズだいせいこーう!」


 大成功じゃねぇよ。誰に対するサプライズだよ。かえでだけかと思ったら俺たちまで引っかかってたし。


「わわわ私は、えっと、その・・・、矢島か、かえでという者です」


「いつになくテンパってるな」


 ここにきて人見知りかえでが出てきた。まぁ普通はそうなるだろうな。声震えてるし。息上がってるし。過呼吸にならないか心配だ。


「はい、これ。お腹空いてるでしょ?」


「は、はい! い、いただきます」


「いただいとけ。咲夜さんからの手渡しおにぎりだぞ。お前の念願じゃねぇか」


「うるさい!」


 そう言われかえでに頭を思いっきり叩かれた。いい音、叩けるなら大丈夫だな。痛い・・・


「くそ、ようやく抜け出せた。あ? 何勝手に飯食ってんだよ⁉ アタシにもよこせ!」


 夏夜さんもようやく帰ってこれたようだ。ということは


「あ、あれってもしかしてSAKUさん? 嘘・・・」


「すごい! 二人共いる!」


「かえ! これどういうこと⁉」


 当然ファンもこっちに来るよなぁ。しかもここにはもう一人、咲夜さんもいる。二人揃っているとなるとさらに騒がしくなりそうだな。


「あの、ちょっと私たち、ファンサービスしてきますね。夏夜、行くよ」


「あ、ちょっと待て! まだ食って———」


 夏夜さんの叫びむなしく何も食べられないまま咲夜さんに連れられて行ってしまった。何かかわいそう。


「わたしとどけてくる」


 見かねた渡がおにぎりを持ってあの二人のところに行ったようだ。はぁ、これでようやく静かになれる。


「お母さん、どういうこと?」


 そらそうなるよ。経緯を聞かされていないかえでからしてみれば何で自分のテントにSAKU-KAYOがいるのかさっぱりだしな。


「睨まないでよぉ。木曜日さーちゃんに今日呼べないかって冗談半分で聞いたらオッケー貰っちゃったのよぉ。かえでも会えて嬉しいでしょ?」


「嬉しいけど時と場合を考えてよ」


 全く持ってかえでの言う通り。会いたいとは言っていたけど今日じゃない。しかもかえでのテントにいたってことが知らされた今、かえでは今後学校ではSAKU-KAYOと脈ありの生徒って風に名が通るだろう。無茶な要求とかされなければいいが。だから言っておこう。


「それで学校でもし無茶なこと言われたら夏夜さんにでも言っとけ。そいつに写真とかサインじゃなくてグーパンプレゼントしてくれるから」


「光ちゃん、暴力はダメよ」


「俺はやらないしプレゼントだからセーフです」


「やらなくてもダメ。でも大丈夫だと思うわ。そんな要求する人は多分この学校にはいないと思うし、それにかえでちゃんのバックには元教師の私がいますから!」


「ついでに元弁護士の私もいますからぁ」


「どっちも元だからいまいち頼りねぇ」


 ついでに元ヤンも含めると元スリーバックか。何か強いんだか弱いんだかわからん。そして一条がむせている。


「ゲホッゲホッ! 光ちゃんママって弁護士だったんですか⁉」


「あれ? 言ってなかったっけぇ?」


 そういえば言ってなかったか? あれ? 言ったような・・・。忘れたからいいや。


「それであの家なら納得・・・」


「いや、納得する場所そこじゃないと思うんですけど」


 何かココママちょっとずれてるんだよなぁ。やっぱり一条の母親だな。悪い意味じゃないからね。


「ここにいたか、光ちゃんとココと・・・」


「おー、みんなおかえりぃ。食べていってぇ。量多いからぁ」


「いいんですか?」


「作りすぎちゃったからいいのよぉ」


 部活組が帰ってきた。慎と佐藤の声がする。この二人がいるのはわかった。


「なぁ、あれなんだ?」


 本田もいた。三姉妹揃い踏みというわけですね。でも二人の姉は絶賛ファンサービス中だ。


「ファンサービスって言ってたよ」


「ふーん、まぁいい。私も昼を食べよう」


 興味なしか。それとも無視してるのか。まぁどっちでもいいけど。すると遠くから走って誰かが近づいてきた。


「咲彩、ちょうどよかった! 来い!」


「待って。私は昼を———」


 言い終えることなく夏夜さんに本田は連れていかれた。多分あれだな。襟掴まれて引っ張られていったパターンだな。


「今のって・・・」


「前話しただろ。本田の姉だ。今本田を連れて行ったのが夏夜さんでもう一人の似ている人が咲夜さんだ」


「え? 本田さんってお姉さんいたの⁉」


 あ、そうだ。佐藤はこの話初耳だった。今日までに俺たちはすでに二回聞いていたけどそのどっちにも佐藤いなかったな。


「ああ、SAKU-KAYOって名前のモデルで咲夜さんが183センチ、夏夜さんが178センチ身長あるらしいぞ」


「183・・・俺が見下ろされるなんて・・・」


「すごい有名人。それに身長高い・・・」


 やっぱり落ち込んじゃったよ。まぁそれ狙いで言ったんだが。特に慎はショック大きいだろう。多分高校に入ってから見下ろされるなんて経験そんなにしてないと思うから。しかも女性に見下ろされる経験なんか多分今後一生ないと思っていただろう。


「何かさーちゃんが行ったらまた人が集まってきたよ」


「まぁ超レアショットだしな。三姉妹集まるのなんか」


「頭一つ、いや、頭三つ抜けてるな」


「目立つね、あの三姉妹」


「その三姉妹がこのテントにいるんだぞ。誰のせいで目立ってると思ってんだよ」


「光ちゃんまで睨むことないじゃないのぉ」


 これこそ悪目立ちだよ。どうしてくれるんだよ。


「私もう行くから」


「え、もう行っちゃうのぉ」


 さっきから静かだと思っていたが食べるもの食べるとかえではクラスのテントに行ってしまった。あーあ、これ完全に怒らせたな。


「ねぇ、かえかえ怒ってなかった?」


「怒ってる。あれは完全に怒ってる」


「矢島さん。さすがにやりすぎたんじゃないですか?」


「いいのよぉ。光ちゃんならわかるんじゃない?」


「あ? 何がだよ」


「私が無策でSAKU-KAYOを呼ぶと思う?」


「そんなわけねぇだろ」


 じゃあどんな策があるかというと思い浮かんだのは二つ。まず一つは単純に会いたい、会わせたいということ、二つ目に俺たちの親友関係の拡張。これだけでも十分だと思うが他にあるか?


「今回でいろいろと発散出来ればいいけどねぇ」


「発散? どういうことだよ」


「かえでのストレスよぉ。よく思い出してみなさいよぉ。光ちゃんがああなってた時、かえでは学校生活を真に楽しめてたと思う?」


 なるほど。そういうことね。


「かえかえストレス持ってたの⁉」


 一条が声をあげたがなんかちょっと違う気がするな。ここで言うストレスは直近の物じゃないぞ。どっちかって言うと累積したものだぞ。だから説明することにしよう。いや、説明したことによって変に動くのもよくないな。


「光ちゃん、言ってもいいわよぉ」


「何で自分の口から言わねぇんだよ」


「本当に光ちゃんがわかっているか見るためぇ」


「ほんとタチ悪いな。まぁいいや、要するにあれだろ。しがらみのなくなったかえでに学校行事を精一杯楽しんでほしいってことだろ」


「その通り。なんだ、わかってたのねぇ、つまんない」


「俺を舐めんなよ。何年こういう会話してると思ってんだよ」


「なるほどねぇ」


 慎は納得したようだが他の人がいまいちピンときていないようなので補足説明する。


「しがらみってのは俺の一件だ。ああ、別に掘り起こそうってわけじゃねぇからな。そこでかえではこう言ってたろ。『私は待つ、待ち続ける』って。かえではあの時、いや、俺の目が見えなくなった時からだな。ずっと待っていた。こうして俺が普通にいられる時を。そんで今日は待った後、俺が普通に戻った後最初にやる行事ってわけだ。多分今までは全力でやっているように見えてどこかで俺のことを考えてたと思う。でももう終わったことだから今日は俺のことを考えずに全力を出せる、そんでもって楽しんでほしいってことだ。SAKU-KAYOの二人は・・・、引き立て役か」


「光ちゃん100点!」


「なるほど、娘の成長のために有名人を利用したというわけですね?」


「言い方に悪意を感じますけどそんな感じですよぉ」


 悪意っていうかココママの言う通り完全に利用してるだろ。そしてかえで怒っちゃったし。これもう失敗じゃね?


「あのー、これ成功してるんですか?」


 佐藤も同じことを思ったようだ。どう見ても失敗にしか見えない。


「さあ。これからってところかねぇ」


 これからって、怒って行ってしまったかえでにこの後何をさせようってんだ? 見当つかん。


「それで、この後のプランってのは一体何ですか?」


 ココママの言う通り俺も気になる。後言わないでいるけど絶対に一条は俺たちの話分かってなさそうだな。さっきからめちゃくちゃ静かだし。


「言っちゃったらつまらないじゃないですかぁ。ただ私から一つ言えることは・・・、これからの種目、見所満載よぉ」


 うわー、何か下卑た笑いしてるし。これ聞いてると今回の運動会全部この母親に仕組まれているような気がしてくる。もうあれだ、こうなったら無視無視。


「なぁ、今のクラスの得点ってどうなってんだ?」


「あ、えーっとねー」


 今まで静かだった一条が俺の話題転換に即座に反応した。やっぱりわかってなかったな。どこで入ろうか窺ってたんだろ。だったら一条に話題提供してあげた俺に感謝してほしいものだ。


「1組135点、2組150点、3組141点、4組155点、5組108点、6組158点だよ!」


「僅差だな」


 現在一位から三位まではかなりの僅差、後続のクラスも今後の得点次第では追い越せそうなところにいる。

 ちなみに今まで言ってなかったけど得点についてはこうだ個人種目については6位1点、5位2点ってな感じに上がっていく。団体種目はその倍の得点が入る。そしてダンスは別枠、表彰式で最優秀ダンス賞が決められる。ああ、保護者が出るやつも別な。この得点とは一切関係ないので。


「なかなか面白いな」


「僕の中学とだいぶ違うんだね」


 まぁ中学の運動会はそれぞれの特色ってものがあるからな。佐藤とは違って当然だ。一方の慎はこの中学卒だからどういう感じだかわかっている。まぁ二年でそんなに大きく変わったりしないもんな。


「だぁー! 疲れたー!」


「本当ねー」


「何で私まで・・・」


 あ、帰ってきた。頭三つ抜けた三姉妹。


「おかえりー。また随分とファンを連れてきたようでぇ」


「ただいま」


 渡も帰ってきたか。それにしてもファンってなんだと思ったらやけに騒がしい人たちも一緒にいた。具体的には中学生の人たち、そして一部の保護者だ。


「とりあえず何か食わせろって・・・。おい、何だテメェら。このテントは部外者立ち入り禁止だぞ。あァ⁉」


 またこうなったか。夏夜さん、今度は慎と佐藤にケンカ吹っ掛けてるよ。


「俺たちは部外者ではないですよ。親友ですから」


「ちっ、そうならそうって言えよな。ああくそ、無駄な体力使ったわ。おい、笑ってんじゃねぇよ」


 驚いた。慎は夏夜さんの圧に気圧されることなく堂々と言い切った。いつもと違う返答が帰ってきたからか、夏夜さんはおとなしく引き下がった。それを見てか咲夜さんと渡だよな? クスクス笑ってるし。

 戻ってきた4人が昼を食べている最中もファンはひっきりなしにやってくる。さすがだと思ったのが食べている最中でもその手を止めてちゃんと要求に応じているところだ。しかも咲夜さんだけでなく夏夜さんも。


「近くで見るとすごい」


 素直な一条の感想に俺も賛成だ。見えているかどうかは別として。


× × ×


「皆さん大変お待たせいたしました。もう間もなく運動会午後の部を開始いたします。生徒の皆さんは各クラステントに戻り、次の種目に出場される皆さんは準備をお願いいたします」


 こう放送が流れて午後の競技が始まる。そんなこともあってこのテントはようやく落ち着きを取り戻した。

 午後に控えるのはリレー種目三種、クラス対抗と全員リレーと部活対抗の三つな。それと男子対抗、女子対抗の種目。それくらいか。これよく考えたらかえでほとんどの種目出るんじゃね?


「えーっと最初は・・・ダンスか」


 慎がこう言う。俺の読みが全然違かった。まだダンス残ってたのか。そういえばまだ4クラスしかやってなかった気がするな。そうなると俺の読みは大きく変わってくる気がする。


「ちょっと休憩ねぇ。次にかえでが出るのは・・・部活対抗リレーよぉ」


「部活対抗か」


 部活対抗リレーは読んで字のごとくだ。まぁさすがに男女は分かれるが。かえではバスケでそれこそエース級だからアンカーとかになっていそうだが。でもやってる場所は屋内なんだよなぁ。それにバスケって瞬発力重視な気がするし。


「あのー・・・」


「はーい、何ですかぁ?」


 全く知らない声がかけられた。まさかまたファンか? もうさすがに勘弁してほしい。


「あ、一条先生、お久しぶりです。そちらの方、先ほど徒競走で一位取られてましたよね?」


「あ? アタシが何だってんだよ。言っとくが一度もらったもんは返さねぇぞ」


「まぁまぁ夏夜さん。話だけでも聞きましょうよ」


 ココママの知り合いだったか。ということは今ここに来ているのはここの先生か。それにしても夏夜さんに何の用だ? まさか問題でも起こしたか?


「この後行われる部活動対抗リレーに保護者チーム代表として出場をお願いしたいんですけど」


「あ、あー! そういえばそんなのありましたね」


「あ、思い出した。確かにあれ面白かったな」


 ココママと慎が揃って手を打っている。そんなのあったの? 俺初めて知ったんだけど。ずっと保健室だったから当たり前か。


「へぇ、おもしれぇ。出てやろうじゃんか!」


 絶対乗ってくると思った。手をポキポキ鳴らしながら言ってるよ。やる気満々じゃん。


「ではお願いします。こちらへ」


「お前ら見てろ! アタシが全員ぶち抜いてやっからな!」


「頑張ってください! 応援してます!」


「がんばれかよねえ!」


 一条と渡が元気に応じているが何だかなぁ。俺ついていけないわこのテンション。何もしないのも悪いから小っちゃく手でも振っとこ。


「夏夜ったらまったく・・・」


 咲夜さんが呆れるのすごーくわかる。もう目立つ目立たないのレベルじゃない。主役より主役っぽいって言えばわかるか。これ中学生の運動会なのにな。


「そう言えばそのレースって先生チームも出ませんでしたっけ?」


「あ、そうそう! 本気で走ってる先生を見るの楽しいわよ!」


「何それ楽しそ!」


 先生チームも出てたのか。確かに一条の言う通り楽しそうではあるが、俺歓声しかわからない。悲しい。

 そんな話をしているうちに次の競技の放送が流れる。


「ちょ、もう時間じゃない。急いでみんなぁ!」


「はい!」


 母親の掛け声に一条と渡が元気よく応じる。


「俺も見に行こ。光ちゃんも来いよ」


「は? 俺も行く———」


 言い終える間もなく慎に無理やり連れていかれる。その後ろからは佐藤と本田もついてきているのがわかる。暑い、俺の日陰ライフ・・・


 トラックのところまで来るとすでに入場が始まっていた。生徒が入場する中ひと際大きな歓声が上がる。放送でも言っているが先生チームと保護者代表チームが入場したらしい。こんなに盛り上がるのか。多分夏夜さんの影響が大きいだろうな。


「光ちゃん。これすごいぞ。夏夜さんとかえでちゃんの直接対決だ」


「あっそ」


「何だよ。もっと盛り上がっていこうぜ!」


 慎も雰囲気にのまれたのかさっきからこんな調子だ。球技大会よりテンション高くね? 横にいる一条や渡は・・・言うまでもないな。


「かよ姉は私より運動神経良いからなー」


「え? あの上を行くの?」


 多分佐藤は球技大会のことを思い出したのだろう。本田の球技大会の無双っぷりもそうだったけどまさかその上を行くなんてな。でももう慣れたわ。驚かなくなったわ。


「おぉ? 始まるよぉ」


 母親の声の後一瞬静かになる。そしてピストルの音が鳴ったらまた盛り上がった。


「がんばれー!」「いけー!」


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 午前の種目がやっと終わった。昼休憩になったからお昼を食べに戻る。暑いから一刻も早くテントに言って休みたい。そう思っていた。でもそうはいかなかった。


「また人がいっぱいいる。・・・え?」


 いっぱい人がいるのは予想がついていた。さっき私のことを応援しにココさんとわたりんさん、あとさーちゃんさんがいたから。

 でもテントに戻って驚いた。さーちゃんさんがさっきと全然違う雰囲気でテントにいたから。さっきは半袖半ズボンでいかにもスポーツやるぞって雰囲気だったけど、今ここにいるさーちゃんさんはお姉さんみたいな感じだった。


「初めまして。SAKU-KAYOのSAKUこと本田咲夜です。よろしくね」


 さーちゃんさんからこんなことが言われて驚いた。ちょっと待って、今名前なんて言ってた? SAKU-KAYOのSAKU? 本田咲夜? え、ちょっと待って、ありえない。え? 嘘・・・、あ、そっか。ここ私のテントじゃないのか。何だ、私の早とちりか。


「すみません。テント間違えました」


 ここはこう言ってこのテントから離れよう。何か知ってる人がいっぱいいる気がしたけど全員似た人。だから本当のテントを探そう。


「あ、待ってかえかえ! テントここで合ってるよー!」


 私がそのテントから離れるとココさんが慌ててこっちに来た。え、ココさんがここにいるってことはじゃあ本当に———


「ココさん。本当に私のテントで合ってますか?」


「合ってるよ! ほら、みんないるし!」


 さっきより少し離れたところからそのテントを見るとやっぱり私の知ってるテントだった。そこにいる人も大体知っている人。そしてさっき本田咲夜と名乗った人がこっちに手を振っている。

 私はココさんに手を握られながら恐る恐るテントに近づいていくと


「驚かせてごめんね。かえでちゃんのお母さんに呼ばれたから来たの」


「サプライズだいせいこーう!」


 え? じゃあ本当にSAKUさんなの? 前にさーちゃんさんからお姉さんはSAKU-KAYOだってことは聞かされていた。今本人が目の前にいる。え? じゃあさっき保護者のレースに参加してたKAYOさんも・・・、ココさんとわたりんさんと応援していたのって・・・。え? ちょっと待って、頭回らない。と、とりあえず自己紹介しないと!


「わわわ私は、えっと、その・・・、矢島か、かえでという者です」


「いつになくテンパってるな」


 深々とお辞儀したけど緊張のせいで口がうまく回っていなかった。さらに恥ずかしさで顔が赤くなるのを感じて頭を上げられずにいると目の前におにぎりが差し出された。


「はい、これ。お腹空いてるでしょ?」


 SAKUさんからだった。もう緊張しすぎてお腹空いているのかもわからない。でもすごくのどは乾いた。でもご厚意はしっかり受け取らないと! 


「は、はい! い、いただきます」


 手を思いっきり震わせながらもなんとか受け取ることが出来た。まさかSAKUさんと一緒のテントでしかもおにぎりをもらえるなんて・・・


「いただいとけ。咲夜さんからの手渡しおにぎりだぞ。お前の念願じゃねぇか」


「うるさい!」


 お兄ちゃんに感動の邪魔をされた。おまけに私が感動している理由をみんなに言われたからめいっぱいの力で叩いた。恥ずかしいから言わないでほしかった。


「くそ、ようやく抜け出せた。あ? 何勝手に飯食ってんだよ⁉ アタシにもよこせ!」


 恥ずかしいからおにぎり食べることに集中していると後ろから知らない人の声がした。その人は私の横で前のめりになっておにぎりを取っている。その人を見てみるとあの時保護者レースに出ていたKAYOさんだった。さっきいると思ってゴールした後見に行ったけどまさか私のテントに来るとは思わなかった。ちょっと待って、暑い。頭回らない。


「あ、あれってもしかしてSAKUさん? 嘘・・・」


「すごい! 二人共いる!」


「かえ! これどういうこと⁉」


 KAYOさんと一緒にいたみんなも一緒に来た。中には私のクラスの人もいて私に説明するよう聞いてくる。でも私もわからない。だって何も聞かされてないし。


「あの、ちょっと私たち、ファンサービスしてきますね。夏夜、行くよ」


「あ、ちょっと待て! まだ食って———」


「わたしとどけてくる」


 SAKU-KAYOの二人はテントを出ると少し離れたところに行った。みんなもその二人に連れられて行った。わたりんさんもおにぎりを持って二人についていった。しばらく呆気に取られていたけど二人がいなくなったからようやく聞ける。


「お母さん、どういうこと?」


 イチから説明してほしかった。何でSAKU-KAYOの二人が今日、私のテントにいるのか。


「睨まないでよぉ。木曜日さーちゃんに今日呼べないかって冗談半分で聞いたらオッケー貰っちゃったのよぉ。かえでも会えて嬉しいでしょ?」


「嬉しいけど時と場合を考えてよ」


 思わず目つき怖くなっちゃったけどとにかく理由はわかった。でも呼ぶんだったら今日じゃなくてもいつでもあったと思う。仕事か大学とか私たちも学校あるけど今日じゃないと思う。だってSAKU-KAYOが私のテントにいるって絶対みんなに知られちゃうじゃん。


「それで学校でもし無茶なこと言われたら夏夜さんにでも言っとけ。そいつに写真とかサインじゃなくてグーパンプレゼントしてくれるから」


 そう言うことじゃないし。ていうか何でSAKU-KAYOの二人とそんなに親しげにいるわけ? 何かムカつく。


「光ちゃん、暴力はダメよ」


「俺はやらないしプレゼントだからセーフです」


「やらなくてもダメ。でも大丈夫だと思うわ。そんな要求する人は多分この学校にはいないと思うし、それにかえでちゃんのバックには元教師の私がいますから!」


「ついでに元弁護士の私もいますからぁ」


「どっちも元だからいまいち頼りねぇ」


 今までSAKU-KAYOの二人ばっかり気になって全然気づかなかったけどココさんのお母さんも来てくれたみたい。よかった。


「ゲホッゲホッ! 光ちゃんママって弁護士だったんですか⁉」


「あれ? 言ってなかったっけぇ?」


「それであの家なら納得・・・」


「いや、納得する場所そこじゃないと思うんですけど」


「ここにいたか、光ちゃんとココと・・・」


「おー、みんなおかえりぃ。食べていってぇ。量多いからぁ」


「いいんですか?」


「作りすぎちゃったからいいのよぉ」


 慎さんと佐藤さん、あとさーちゃんさんも来た。うん、今度こそ本物のさーちゃんさんだ。さーちゃんさんには後で聞きたいことがたくさんあるけど・・・


「なぁ、あれなんだ?」


「ファンサービスって言ってたよ」


「ふーん、まぁいい。私も昼を食べよう」


「咲彩、ちょうどよかった! 来い!」


「待って。私は昼を———」


 みんながいなくなる機会をうかがっていたらKAYOさんにさーちゃんさんが連れていかれた。無理矢理・・・


「今のって・・・」


「前話しただろ。本田の姉だ。今本田を連れて行ったのが夏夜さんでもう一人の似ている人が咲夜さんだ」


「え? 本田さんってお姉さんいたの⁉」


 私もまだ信じられない。さーちゃんさんにお姉さんがいること。そしてそのお姉さんがSAKU-KAYOだということ。でも遠くから見てみるとわかる。三人とも同じ髪の色。身長高い。やっぱり姉妹なんだ・・・。これって夢なのかな? もしかして私熱中症で倒れちゃったのかな? そう思って舌を軽く嚙んでみたけどものすごく痛かった。やっぱり本当なんだ・・・。


「ああ、SAKU-KAYOって名前のモデルで咲夜さんが183センチ、夏夜さんが178センチ身長あるらしいぞ」


「183・・・俺が見下ろされるなんて・・・」


「すごい有名人。それに身長高い・・・」


 あの光景見たら身長高いのはわかっていたけどお兄ちゃんから数字で言われて改めて実感した。さーちゃんさんはともかく、SAKU-KAYOの二人はこの中学の全女子校生で一番目と二番目だ。


「何かさーちゃんが行ったらまた人が集まってきたよ」


「まぁ超レアショットだしな。三姉妹集まるのなんか」


 この三人が目立つイコールそれと関係がある私も目立つということ。部活とか大会とかで目立つのはいいけど普段の生活で目立つのは好きじゃない。


「頭一つ、いや、頭三つ抜けてるな」


「目立つね、あの三姉妹」


「その三姉妹がこのテントにいるんだぞ。誰のせいで目立ってると思ってんだよ」


「光ちゃんまで睨むことないじゃないのぉ」


「私もう行くから」


「え、もう行っちゃうのぉ」


 何で呼んだのか理由が全くわからない。このままこのテントにいるとあの三人でまた目立ちそうだから私はもう自分のテントに戻る。お母さんの考えは本当にわからない。


× × ×


 自分のクラスのテントに戻るともう何人かクラスの人がいて


「ねぇねぇ。かえってSAKU-KAYOの知り合いなの?」


 私のテントにいたことがもう知られていたみたいでそのことについて聞かれる。でも私はほとんど何も知らない。だから


「知り合いって言えばそうだけどそんなに知ってるわけじゃないし」


「え⁉ すご! 有名人と知り合いなんて!」


 前のめりになって私がすごいということを言ってくる。でもこれってすごいことなのかな? しかもすごいの私じゃないし。


「すごくないよ。ていうか私もあのテントにいてものすごくびっくりしたし。しかも今日初対面だし」


「え? 初対面? どういうこと?」


「私にもわかんない。私が知り合いなのはSAKU-KAYOの妹。咲彩さんだけ」


「咲彩さん?」


「ほら、あそこでテニスウェア着てる人。お兄ちゃんの同級生で何度かうちにも来てる」


 そう言って集まっている中にいるさーちゃんさんを指さす。遠くから見てあれ、ちょっとした撮影会みたいになってるし。


「え⁉ うちに来てるの⁉ もしかしてかえのお兄ちゃんと咲彩さんって付き合ってるの⁉」


「違うよ。それにお兄ちゃんはダメ人間だから付き合っても苦労するだけだし」


 本当にそう。その苦労は家族である私が一番よく知っている。どこがダメで、どこが良くて、何が好きで、何が嫌いで・・・。そんなお兄ちゃんが付き合うなんてこと絶対ない。それにさーちゃんさんが来る時って大体他のみんなも一緒だし。


「いいなぁ。私も行きたーい」


「じゃあ今からでもあそこに行ってくれば」


「そうじゃないよー」


 横で私を揺するのを払う。一方でお母さんの真意を考えてるけどやっぱりわからない。こうなることはわかってたはずなのに。


× × ×


 午後の競技が始まりそして私の出る部活動対抗リレーの時間になった。

 入場して自分の定位置に着くとひと際大きな歓声が上がった。朝礼台の横から先生チームと保護者代表チームが入場してきたからだ。先生チームは全員知ってるからいいけど保護者代表チームの中に見知った人がいた。


「ねぇちょっと待って。あれSAKU-KAYOのKAYOさんだよね?」


「嘘⁉ ほんとに出るの⁉」


 周りからそんな声が上がる。KAYOさんは手を振りながら入場すると私の隣に来た。え?


「アタシはアンカーだ。おまえら、失望させんなよ」


 KAYOさんアンカーなの? さっき走ってるの見たけどものすごく早かった。そんなKAYOさんと戦うの? 無理に決まってるじゃん。


 ピストルの音が鳴って一斉にスタートし始めた。

 最初に飛び出したのはやっぱり陸上部、その後先生チーム、バスケ部、テニス部、保護者チーム、バレー部と続く。

 二走にバトンパス。陸上部は相変わらず早い。どんどん差を広げていってる。他のチームも問題なくバトンパスが行われる。

 三走、動きがあった。先生チームがバトンを落とした。その間に他のチームが抜いていく。先生チームが最下位に転落し、他のチームが一つずつ順位を上げた。

 四走、保護者チームとテニス部の順位が入れ替わった。先生チームは頑張って追い上げている。陸上部とバスケ部の間はほぼ変わってない。

 五走、ここからはトラック一周200mになる。ここからは体力のある部活勢有利。保護者チームは順位を落とした。この時点で一位陸上部、二位バスケ部、三位テニス部、四位集団バレー、保護者、先生という風になった。

 最終走者は私だからトラックに出る。その時


「かえ! 負けないで!」


「私たちのバトン、かえに託すから!」


 先に走り終えた同じバスケ部のチームメートからこう声を掛けられ、そして背中を叩かれる。それで私の心持ちが大きく変わった。


「うん!」


 さっきまで弱腰だったけど早いからなんだ。KAYOさんがアンカーだからなんだ。私は全力を出す。みんなの思いをこのバトンに乗せて!

 全力で走る。コーナーに差し掛かって半分くらい行ったところでKAYOさんにバトンが渡った。放送が聞こえる。集団を抜け出して後ろのテニス部に追いつく。抜き去る。

 私は直線を走る。あ、今応援してるみんなが見えた。その応援が後押しとなって私は全力でコーナーに差し掛かる。さすがに100m超えると疲れてくる。でも後ろから足音がすごい勢いで近づいてくる。その速度は全く落ちない。一位の陸上部はもうゴールした。でも私たちのレースは終わらない。最後の直線、KAYOさんが横に来て抜こうとする。私は抜かれまいと全力で走る。

 ゴール! 止まろうとして転びそうになる。それをバスケ部の人が支えてくれた。


「かえ! 勝ったよ! KAYOさんに勝ったよ!」


「え?」


 勝てたの? そんな私のところに2と書かれたプラカードを持った人が来る。


「だあー! あとちょっとだったんだけどなぁ」


 KAYOさんが悔しがっている。じゃあ本当に勝てたんだ———


「やったー!」


 バスケ部のチームメートみんなで抱き合う。2位でもいい。絶対に勝てないと思っていたKAYOさんに勝てたことがうれしかった。


「よく抜かれなかったなかえで。アタシのライバルとして認めてやるよ」


 KAYOさんにそう言われて頭を乱暴に撫でられる。


「あ、ありがとうございます」


 周りから「きゃー」という声が聞こえているが私はそれどころではなかった。KAYOさんのライバルになって頭撫でられてる。恥ずかしさで頭が爆発しそうだった。でもそれも全部含めて心の底から嬉しかった。もしかしたらお母さんはこれを狙っていたのかもしれない。だとしたらお母さんの手にここは素直に乗ってあげることにする。

 何だろう。今までにも学校行事は数多くあったけど今日はそのどれよりも楽しいし、全力でやれる。だからクラステントに戻って私はみんなにこう言う。


「みんな! 優勝するよ!」


「おー!」


——————————————————————————————————————


 周りからそんな声が聞こえる。そんな中俺は佐藤の実況を聞く。何か試合の様子を佐藤から逐一聞くのが定着したな。まぁいいや。

 最初に飛び出したのはやはり陸上部、続いて先生チーム、バスケ部、テニス部、保護者チーム、バレー部と続く。あ、これ以外のチームは別レースで行われました。

 二走にバトンパス。陸上部はうまい。どんどん差を広げていく。他のチームも問題なくバトンパスが行われる。

 三走、動きがあった。先生チームがバトンを落とした。その間に他のチームが抜いていく。これによって先生チームが最下位に転落し。他のチームが一つずつ順位を上げた。

 四走、保護者チームとテニス部の順位が入れ替わった。先生チームは頑張って追い上げている。陸上部とバスケ部の間はほぼ変わってない。

 五走、ここからはトラック一周200mになる。やはり体力のある部活勢有利だ。保護者チームは順位を落とした。この時点で一位陸上部、二位バスケ部、三位テニス部、四位集団バレー、保護者、先生という風になった。そしてレースは最終第六走へと移る。


「陸上部はやーい! 頑張れかえかえー! いけー!」


「突っ込めー!」


 かえでが走るということもあり、みんなの応援にも熱が入る。そんな中またしてもどよめきが起きた。その正体は保護者チームだ。


「うわはや・・・」


 佐藤の率直な感想が出てくる。無理もない、今保護者チームを走っているのは夏夜さん。保護者徒競走でぶっちぎりの一位だったからな。


「えー⁉ もう追いついちゃうよー! かえかえ後ろー!」


 マジかよ。もうかえでに追いつくの? いくらなんでも早すぎない?


「かよ姉本気だな」


「大人げない・・・」


 思わずこう言ってしまった。何か圧を感じるんですけど。これあれだよ。球技大会で本田のテニスを見ていた時のものと近い。てことはこれは夏夜さんか。

 足音がだんだん近づいてきて目の前を通り過ぎていく。みんなが必死に応援している。どっちを応援しているかはまぁ言うまでもない。かえでの方だ。夏夜さんはもうチート体質なので応援する気も起きない。だから俺も


「かえで、全力出せ!」


 こう言ってかえでを応援する。他の人からしてみれば叱責に聞こえるかもしれない。でもこれが俺のスタンスだ。それをかえではよく知っている。それに兄妹の応援だったらこれくらいがちょうどいい。

 そしてゴールする。


「やったー! かえかえ勝ったー!」


 一条と渡がハイタッチして喜んでいる。ついでに母親も混じってるし。子供かよ。


「そういえばかよ姉が勝負で負けたのって初めてな気がするな」


「え? ほんと?」


「そんなの結構ある話だと思うぞ」


「それどういう・・・」


 なんだ、佐藤わからないのか。これだから真面目さんは。ということで教えてやろう。


「勝負ってのは双方認めないと勝負にならねぇんだよ。だから夏夜さんが負けたことないってのは補足すると、夏夜さんが認めた勝負の中では負けなしだったってことだ。だから夏夜さんが勝負の対象としてねぇ勉強とかは除外されるっつーこと」


「なるほど、それなら確かに今回初めて負けたことになっても納得だね」


「健ちゃん。そこ感心するところじゃないぞ」


「かよ姉に後で言っておくか」


「それだけは勘弁してください!」


 これ言われたら俺瞬く間にお星さまになると思うから深々と、それはもう深々と頭を下げる。何だったら土下座してもいい。もうメンツとかどうでもいい。命あってのものだ。て言った俺が悪いんだが。言葉の綾として受け取って。


 テントに戻って少し休憩をとる。暑いしはしゃいだしで何か疲れたし。すると誰かがこのテントに来た。


「皆さん、ちょっといいですか?」


「あれ? かえかえどうしたの?」


 本来クラステントにいるはずのかえでがこのテントに突然来た。でも確か次の競技までそんな時間なかったと思うが。いや、全員リレーは長いからあるな。しかも3年最後だし。


「この後行われる競技について、皆さんの知恵を貸してほしいです。私たち、絶対に勝ちたいんです!」


 かえでが自分から頼み事するのっていつぶりだろうか。ましてや家族以外の人も巻き込んでするとか。少なくとも俺の知ってる範囲ではない。


「かえでちゃん。今年って何やるん?」


「今年?」


 慎の言ったことに引っ掛かったので聞くことにする。多分同じ疑問を他の人も持ってるだろうし。


「トリを飾る種目は毎年変わるんですよ。確か私がいた頃は・・・、騎馬戦とか棒倒しとかやってたわね」


「何それ楽しそう!」


 ココママが言うんだから本当なのだろう。何度も言うけど俺ここの卒業生なんだよなぁ。何で俺知らないんだろ。当時の俺をぶん殴ってやりたい。あと楽しそうって一条は言ってるけどこれ運動だからな。お前の苦手な。


「今年行われるのは男子は対抗綱引きで女子は籠倒し玉入れです」


「何か迷走してねぇかそれ」


 俺初めて聞いたぞその競技。でその内容を聞いたところ、棒倒しと玉入れを合体させたものらしい。これ危ないんじゃねぇか?

 当然同じことを他の人も考えるわけで


「それ危なくないかな?」


 佐藤が代表して聞く。


「それについては大丈夫です。何でも電気工作? の得意な先生が玉入れの籠を改造させたみたいで・・・」


 さらにかえでから聞くと普通の玉入れの籠の根元部分にスイッチがあってそこを押すと籠の下の部分が開いて玉が全部出てくる仕組みなんだとか。相手チームはそのスイッチを押そうとする。それを守りつつ玉を入れて点を稼ぐ。そして相手の玉入れを妨害する。相手のしているハチマキを取ることによって。要するにその状態が棒倒しと共通するわけだ。何かすごい無理矢理感がするのは俺だけか?


「なあ、それアタシって出れねぇの?」


「あ、えーっと、す———、じゃない。申し訳ありません。出れるのは生徒だけですので」


 何で敬語に言い換えたのかはまぁ言わなくてもわかる。俺からすればいい加減慣れろよって話なんだが。そしてさっきから結構競技出てファンサービスまでしてるのに夏夜さんまだそんな体力あるの? 何この人、疲れ知らないの? 永久機関? かえでに丁重に断られて舌打ちまでしてるし。


「かえでちゃん、私たちの意見を聞いちゃっていいの?」


「ぜ、全部を鵜呑みにするわけではないです。その、あくまで参考として、です」


「親が親なら子も子だな」


「それ言った光ちゃんにも刺さってるからな」


 母親があんなだから俺やかえでも似てしまうのか。逃げ道をよく知っている。ほら、一条を見てみろ。見えない俺でもわかるくらい放心状態だぞ。「ほへー」って言ってるし。


「くっ、本当だったら娘を勝たせるために一肌脱ぎたいけどぉ」


 一方の母親は何と格闘しているのかさっぱりわからん。いや、格闘じゃなく葛藤か。どっちでもいいや。


「スイッチ押してから籠が開く時間ってどのくらいかな?」


 とうとう佐藤までうちの母親を無視し始めた。でもそう、それが正解。ああなったときはとりあえずほっとけばいい。関わらないが正解だ。


「スイッチを押している間ずっとです。離せばまた閉じます」


 この競技聞けば聞くほどよく考えられてるなと感心する。誰だろ、こんな競技考えたの。あとやっぱSAKU-KAYOと話すときだけなんだな。拙くなるの。


「それじゃあ攻めと守り、あとポイントゲッターの三役に分かれる必要があるね」


 佐藤が何かやる気なのはあれか。頭使う系の種目だからか。それとも俺たちの球技大会のほぼ成功談があるからか。多分どっちもだろうな。

 でもハチマキ取られたら終わりなんだったらスイッチ押しに行くのは自殺覚悟で行くようでなければならない。特攻か。


「三役いるか? 守りとポイントゲッターだけいればいいんじゃないか?」


 確かに慎のアイデアも一つとしてある。ただこれだと玉入れになってしまい、籠倒しの要素がなくなってしまう。


「うーん、それもそうだけど・・・」


 佐藤は競技のルールを最大限使って相手に挑む。対して慎は無駄な事を省いて結果を出す形で挑む。今天秤にかけられてるのは勝負の中身か結果かだ。そしてかえでは勝ちたいと言っていた。だとすれば今回採用するのは後者、慎のアイデアだろう。


「光ちゃんはどう?」


「俺に振んなよ。なぁ一つ質問だが相手の籠に自分の玉入れたらどっちの得点になるんだ?」


「何それ。どういうこと?」


 慎に振られたから答えてやったのに何かかえでの当たりが強い。俺何かしたか? まぁいい。わからないなら


「じゃあ一条にもわかる例で説明しよう」


「あれ? 今私すごく馬鹿にされた気が・・・」


 言って思ったがこれなかなかいいな。今度から馬鹿にでもわかるを一条にでもわかるに言い換えようかな。本人気づいてないようだし。あ、でもさすがにココママは気づいたようだ。ココママが母親に何か言ってる。


「気のせいだ。紅組と白組に分かれたとして、白組の白い籠に紅組が玉を入れたらその得点は白組のものになるのか紅組のものになるのかって話だ。これでわかったか?」


「わかったけどそんなの知らないよ。ルールにないし」


 ルールにないのか。突貫工事で作られたからか。だとしたらまずその確認が必要だな。いや、この場合は元弁護士にでも聞くか。


「じゃあ弁護士の立場から見てこの場合はどっちの点になるんだよ」


「何でこういう時に私の立場を使うかなぁ」


「公正に公平な立場から俯瞰できるだろ」


「何言ってるの」


 かえでには俺の言ってることがわからなかったらしい。でも俺は弁護士の立場をただ言っただけ。別に特別な意味を込めて言ったわけではない。


「私だったらその玉は白組の得点にするわねぇ。光ちゃんの考えてるようにはいかないわよぉ」


「ちっ、人の考え読みやがって」


 仮に籠の持ち主の点数になったらこの案はつぶれるが、玉の持ち主の点数もしくは無効玉だったら俺の案が使えた。

 俺の考えた案、それは『一石二鳥作戦』。相手の籠に玉を投げることによって相手の玉を妨害できるだけでなく入れば自分の得点になるという何ともできた作戦だ。スイッチは自分たちも押せるが相手の玉を出そうと押したら自分の玉も出て行くからな。なかなか出来た作戦だと思うが。


「なかなかすごいこと考えるね」


 佐藤からお褒めの言葉をもらったところで案はこれで三つになった。普通に戦うか、攻めを捨てるか、一石二鳥を狙うかの三案だ。


「私からちょっといい?」


 そう言ってきたのは今まで静かに聞いていたであろう咲夜さんだ。


「全員攻めるのはどうかしら?」


「え?」


 突拍子の無いことを言われて全員がこんな反応になる。全員攻める?


「玉が一つでも多ければいいんだよね。だったら一つ、入れた後最小限の人数だけ残して全員で攻める。おりゃーって感じで。それで相手チームのスイッチを取っちゃえばこっちの勝ちじゃないかな?」


 なるほど、その考えはなかった。相手のスイッチを取ってしまえば相手はいくら玉入れても得点にならないからな。これなんて作戦名にしよう・・・攻撃全振り作戦にしようか。


「それいいです! 採用していいですか?」


「採用じゃなくて参考ね」


「あ、はい。ありがとうございます!」


 そう言うとさっさとかえでは離れて行ってしまった。本当にそれでいいの? 


「うんうん、楽しそうで何よりぃ」


「そうですね」


 母親二人はこんな感想だ。まぁ俺もそれでいっか。楽しければ。


「全然わかんなかった」


 楽しければいいんだよ。別に一条がわかんなくても。ていうかわかりやすい例まで出したのにわかんねぇのかよ。


「さてと、そろそろ応援の準備でもしましょうかぁ」


「はい!」


 どうせ俺も連れて行くんだろ。こうなったらどこへでも連れていけ! ほら、立ってあげるから。


× × ×


 競技はどんどん進行していく。そういえば今の得点は何と思ったがどうやら発表に支障をきたすため得点板は隠されてしまっている。よって得点はさっぱりだ。でもここにいる面々だと得点計算出来そうだな。経験者の慎。元運営側のココママがいるし。でもそれ聞いちゃうと面白くないからいいや。


 全員リレーは三年の出番になった。さっきと違いかえでは半周走るらしい。まぁ全力でやるにしてもこの種目はちょっと余裕があるか。

 レースを見てみると早い人と遅い人が交互に組まれているようだった。そしてかえでは当然早い人、しかもクラス内の女子で一番早いらしい。まぁ選抜リレーに選ばれてるくらいだしな。走る距離が若干長めになっていた。具体的にどういうことかというとリレーにはテイクオーバーゾーンというバトンを渡す区間のようなものがある。早い人はこの区間が始まってすぐのところでバトンをもらって一方の遅い人は終わりギリギリのところでもらう。これによって必然的に早い人が長い距離を、遅い人が短い距離を走ることになる。俺陸上のことはよくわからないが何かそういうことらしい。

 かえでの番になりみんなの応援にも熱が入る。佐藤の実況によるとかえでの走順は真ん中らへん、遅い人が続いてのかえでらしい。かえでのクラスの作戦が当たったか、そこでズレが生じかえでのところに他のクラスは遅い人を入れていた。かえでからしたらしてやったりなんだろうな。かえではバトンをもらったときは三位だったが一気にトップになった。

 その後もトップの座を譲ることなくそのまま一位で最終走者がゴールした。


「やったー! かえかえ一位!」


「よかったな光ちゃん」


「よかったのはかえでの方で俺じゃねぇよ」


 慎が腕を俺の肩に回して喜んでいる。確かに勝ったのはかえでだ。だから慎にこう言い返したが内心は嬉しい。まぁ一条や渡みたいに感情は表には出さないが。内心大いにガッツポーズ!


 その後あるのがさっき議論に上がった男女別の全員出場競技だ。これは組別対抗戦となっていて学年関係なしで争われる。確か6組まであったと思うから対抗だと優勝までには最低2勝しなきゃならない。


「ねえ、これシードとかあるの?」


「いや。確か勝敗がつくまでのタイムで一番早かったのが一試合免除じゃなかったか」


「ええ、そうよ」


「シード、種?」


 俺も佐藤と同じ疑問を持ったがそこの説明は慎とココママがしてくれた。要は強者有利って寸法だ。おい一条、ちょっと英語出来るからって出しゃばったがあて外れまくってるぞ。ここでのシードは種じゃねぇよ。どう考えたら種の話が出てくるんだよ。三人は見事に無視してるし。


 男子の綱引きが始まった。かえでのいる4組は何と言うかバランスがいいクラスだったので最初は通過。でも時間がかかったので一戦増えることになった。でもこの時点で三位以内は確定してるからな。

 二戦目、相手は2組だったがやたらガタイのいい人が多かったらしい。4組はここで敗退になった。まぁとりあえずは三位か。良くもなく悪くもなくって感じだな。慎にかえでの様子をちょっと聞いてみたところかなり悔しがっていたようだ。

 決勝はまぁ直接関係してるわけじゃないから言わなくてもいいんだが勝ったのは4組を打ち負かした2組だった。確か2組の得点って午前の時点だと4組の次だったよな。ちょっと雲行きが怪しくなってきたな。いや、でも全員リレーで一位だったからまだ大丈夫。多分。


 そして注目の女子の競技が始まった。俺の場合は注耳か。これなんて読むんだ。そんなことはどうでもいい。かえでは一発目からの出場だった。


「かえかえー! ファイトー!」


 一条を皮切りにみんなが口々に応援する。俺も


「ぶちかませ!」


 そう言って拳を前に出す。俺は自分とかえでを照らし合わせているのか。とにかくかえでには勝ってほしい。俺たちが球技大会で勝てなかった分、かえでには勝ってほしい。そして精一杯楽しめ。俺たちの分も。


——————————————————————————————————————


 リレーは勝った。でも男子の綱引きは負けた。だから私たちが頑張らないと。


「おいかえで」


「はい⁉」


 後ろからかなり怖い声で呼ばれたので驚いて振り返る。するとそこにいたのはSAKU-KAYOの二人だった。


「あ、えーっと、その・・・」


 思わずその場であたふたしてしまった。そんな私を見て二人は怒るわけでもなく


「夏夜がアドバイスしたいって言うからね」


「あ、あどばいす?」


 するとKAYOさんは私の目線に合うように膝を曲げて両手を私の肩に乗せる。そして笑いながらこう言う。


「アタシを見習え。そうすりゃ勝てる。かましてやれ!」


 行ったと同時に両肩を叩かれた。ちょっと、いや、だいぶ痛いけどそれでも


「はい!」


 おかげで気合が入った。多分KAYOさんの言ったこともわかった。後は勝つだけ。うん、よし! 


× × ×


「みんな、作戦通りに」


「りょうかい!」


 作戦はついさっきみんなに伝えた。後は全力で!


 ピストルの音が鳴って競技が始まる。私たちが参考にした作戦は慎さんの作戦。順当に勝つにはこれが一番いいから。ポイントゲッターには私もいる。バスケのゴールより籠は高いけど全然狙える位置だ。周りからみんなが玉をかき集めてきて私に渡す。相手チームは私たちの陣地に向かって来るけど。守りが堅いからそう簡単にやられはしない。

 終了のピストルが鳴って玉の数が数えられていく。相手チームのカウントが先に終わった。ということは


「やったー! かえ勝ったよ!」


 勝ったことは嬉しい。でもまだ一戦目。気は抜けない。


「喜ぶのはまだ早いよ。試合まだあるんだから」


「かえ、目が本気」


 試合の時になると目が本気になるのは前から聞かされてはいた。でもそれを知っていたのは部活をやっている仲間だけ。クラスの人は知らない。だって、今までこんなに本気で集中してやったことがなかったから。

 玉数が一番多かったから後一回勝てば優勝になる。後一回、後一回。


「勝つよみんな!」


「おー!」


 その掛け声が会場に響いた。そしてその後にピストルの音が響く。

 私たちが今度参考にする作戦はSAKUさんの作戦。私が一回上に投げて玉がいくつか入った後みんなが一斉に走り出す。それに相手チームは驚いたのか守りを固める。でもさっきの戦いと違うところがある。それは攻めの人数。一回戦の時の相手は攻め、守り、ポイントゲッターを三分割していたから私たちに勝てなかった。私たちは違う。攻めの人数が多い。だから相手が守りを固めてもその壁を崩せるだけの戦力がある。


「かえ! 行って!」


 みんなが道を作ってくれた。だから私は全力でただ一点。スイッチのところへ!

 相手チームの手が私のところに伸びてくる。それを私はバスケで培ったフットワークでかわす。相手チームから声が聞こえる。


「あの子を止めて!」


「先輩! 無理ですー!」


「目、目怖いー!」


 このやり方はKAYOさんから聞いた。見習った。圧なのかは知らないけどみんなが近づけないように。最短コースを。

 壁を抜けた。一気にスペースが開ける。遮るものがなくなったから真っすぐスイッチのところへ走って———


「やったー!」


 周りから味方の声が聞こえる。私の右手はスイッチを押している。そして落ちてきた玉が私の頭を直撃する。でも痛くない。それよりも


「はぁ、はぁ、———取った」


 私を見て周りの敵が私のハチマキを取ろうと円陣を作って迫ってくる。でももうその壁は完全じゃない。


「かえ! 今行くよ!」


 その円陣のさらに後ろからみんなが来てくれた。これではもう点を入れるどころではない。ぐちゃぐちゃになってその中で私のハチマキも取られた。でもいい、私の役目は果たしたから。

 ピストルの音が鳴って競技が終わる。私がスイッチを押してから変わりばんこで誰かが押しててくれたから相手がゼロってことはわかっている。あとは


「やったよかえ!」


 籠の前では守っていた人たちが手を振っていた。私に抱きつくクラスメイトもいる。


「結果を発表します。6組ゼロ。4組3個で、4組の優勝でーす!」


 こう放送も流れる。


「やったー!」


 実感するよりも先に声が飛び出していた。すかさずみんなと抱き合う。本当に嬉しかった。無意識に涙も出て来ていた。それくらい嬉しかった。まだ競技は残ってるのに。何か終わった感じがした。ダメ! 気を引き締めないと!


「ふぅー、私はあと一つ残ってるから」


「うん! かえガンバ!」


「うん!」


 最後の競技、選抜リレー。最後だから。見ててみんな。見ててお兄ちゃん。


——————————————————————————————————————


 まさか本当に優勝するとは思わなかった。驚いたのはそれだけじゃない。かえでの動きが普通じゃなかったと口々に言っていた。現に途中から来た夏夜さんとかめちゃくちゃはしゃいでたし。


「かえでちゃんってあんなにすごかったのか」


 慎も感心するほどだ。よっぽどすごかったのだろう。俺も見たかった!


「でしょでしょぉ。私の娘はすごいのよぉ」


 何で母親が自慢してるのかは知らんが。


「ありゃバスケのステップだな。すげー様になってんじゃん!」


「そうか、あれがバスケのステップか」


 なんかコーチ目線から夏夜さんは分析してるし。しかも本田そこで納得するなよ。


「かえかえ別人みたいだった」


「うんうん」


 歓喜より驚きの方が先行しているようで一条と渡はこんな反応だ。

 そら俺だって嬉しいよ。でもちょっと気がかりなことがある。それが現実にならなければいいが。


× × ×


 いよいよ選抜リレーの時間が来た。各クラスから男女二名ずつ選抜されて半周走るというものだ。これも組対抗で学年は関係ない。ただこれは走順があらかじめ決められていて一年女子一年男子・・・三年男子という風になる。そして三年男子は一人一周だ。

 これが本当に最後の種目なので保護者だけでなく選ばれなかった生徒の多くも観戦している、らしい。まぁ俺たちは言うまでもないな。全員揃って一画を陣取っている。あれ? じゃあテントのほう誰もいないの? 知らないよ。何か盗まれても。と言っても盗まれて困るようなものもないが。

 よし、本当に最後だって言うんなら俺もそれなりにちゃんと応援してやろうじゃねぇか。いや今までもちゃんと応援してたけどな。このままだと周りがうるさすぎて俺が呑まれそうだから。


——————————————————————————————————————


 みんなの期待を背負っている。だから一切気は抜けない。

 ピストルの音が鳴ってスタートする。やっぱり選抜された人たちだからみんな早い。しかもバトンパスもしっかり出来ている。

 一年生が終わって二年生が走る。差はあまりない。それに最後の種目だからかな。みんなの応援が一番大きい。そろそろ準備しないと。今は二位。うん、良い位置。

 三年に変わってクラスメイトが走る。差はほとんど変わってない。


「はい!」


 後ろに手を出してバトンをもらうと同時に力強く押された。よし! 半周、すごく短いけどなるべくスピードを落とさずにインを攻める。走っていると一位の背中が大きくなっているのがわかった。もう少し! もう少し!

 そう思ったところで私の区間は終わった。次の走者に託す。いけ!


「いけー!」


 精一杯の声を出して応援する。最終走者は陸上部の人だからいける! かれるまで声を出して応援した。そしてゴール。私の見間違いじゃなければ


「一位だよかえ! やったー!」


「うん。やった」


 一位取れた。ハイタッチして喜ぶけどもう全力出せない。声もかれてるし。

 退場門に行ってこれでようやく———


「かえ? どうしたのかえ⁉」


「あれ? どうしたんだろ———」


 足に力が入らない。何か頭くらくらするし。


「先生! かえが!」


「大丈夫か⁉ すぐに———!」


 そのまま両脇を抱えられて連れられて行く。その道中でも隣で何か言っているような気がしたけどあまり聞こえない。

 やってしまった。最後の最後に。ごめん、お兄ちゃん———


——————————————————————————————————————


「嘘⁉ あれってかえかえ?」


「SAKU-KAYOさん、私のカメラをお願い!」


 母親がいつになく取り乱している。何かあったのか?


「私も行きます!」


「私も行く! わたりんも」


「うん!」


 女性陣が一目散にここから離れて行く。


「光ちゃん。俺たちも行くぞ!」


「待てって。俺全然状況理解出来てねぇんだが」


 慎に無理矢理腕を引っ張られるので説明を求める。


「かえでちゃんが倒れた」


「は?」


 全く飲み込めなかった。何で? いや、でも頭のどこかでそんな予感はしていた。今日の気温もそうだが、どう考えてもかえでの出る種目が多すぎた。徒競走、障害走、ダンス、部活動リレー、全員リレー、籠倒し玉入れ、選抜リレー。こんなに出ていたんだ。俺の懸念が的中した。しかもよくない形で。


 慎と佐藤に連れられて保健室に行く。ノックすると誰かが出てきた。


「すみません。今保健室には入れません」


 あ? 入れないだと?


「かえで・・・、矢島かえでがこの中にいるはずです。俺の妹なんですが、それでもダメなんですか?」


 その先生は少し考えるような溜めをしたあと


「ダメです。男性の方は」


「ちっ」


 思わず舌打ちしてしまった。先生に対する印象はこれで悪く映っただろう。でもそんなことは些細なことだ。俺はこの学校の現生徒じゃないし、それにかえでが倒れたってのに何で入れねぇんだよ。ドア蹴破って入ってやろうか。

 そんな俺の考えを読んだのか慎が俺の前に手を出して先に進むのを止める。少しすると救急隊の人が三人来た。その救急隊は俺たちが入れなかったところに易々と入っていく。何でだよ。何で俺は家族なのに———

 次にドアが開かれるとこれはストレッチャーだろう。そんな音がする。


「慎ちゃんこれ。私の車わかるでしょ。みんなでテントとか放り込んどいて」


 母親が出て来て慎に車の鍵を投げる。そのまま俺たちから離れようとしたとき


「———ごめん。———お兄ちゃん」


 かえでの小さい声が聞こえた。らしくない。本当にらしくない。とりあえず俺がいることはわかってるってことだから俺はかえでにこう言う。


「馬鹿やろう」


 段々離れて行くのがわかる。その音が俺はものすごく嫌だった。何かを失うときの音だ。嫌っていうくらい経験した。だから今回は失ってほしくない。


「すみません。止めてしまって」


 さっき俺を保健室に入れるのを止めた先生が俺に謝る。違う。俺が聞きたいのはそんなことではない。


「かえではどうしたんですか」


「彼女はおそらく熱中症です。念のために病院に搬送しました。症状からして軽症なので大事には至らないと思います」


 さっきと違う人からかえでのことを聞いた。熱中症、そうか。


「さっき皆さんを入れなかったのは着替えなどをしていたからです。すみません」


 納得した。さっきは突発的なことだったからドアを蹴破ろうとか考えていたけどそうしなくてよかった。はぁー。


「光ちゃん・・・」


 一条が俺を気遣うように言ってくる。他の人も俺のことをそんな風に見ているのだろう。でもこれはかえでが望むか? そんなのは否だ。自身が熱中症になったのは想定外だったがそんなんで迷惑をかけたってなったらあいつのことだ。絶対に引きずるに決まってる。だから


「はぁー、とりあえず。ここにいても何も始まんねぇし、テント片付けるか。言っとくが別に強がってるわけじゃねぇからな。それに、これでせっかくの運動会が台無しになったってなったら他でもねぇかえでが悲しむだろ。プラス俺たちはかえでから大事な役目をもらった」


「役目?」


 役目、それは一つ。かえでが聞けないことだ。


「結果発表を聞くってことだ。何だかんだ心配してたからな。それで頑張りすぎてあのざまなんだがな。俺たちで聞いてそれを伝えるってのが託された役目だ」


 一番大事な部分を聞けなかったから残った俺たちでその結果を聞き届ける。それが与えられた役目であり使命だ。


「うん! そうだね!」


「ああ」


「うん!」


 一条、本田、渡は快く引き受けてくれるようだ。


「了解!」


 慎と佐藤も息を揃えてこう答える。それじゃあ


「急いで戻るか。早くしねぇと閉会式終わっちまう」


 そして駆け足でテントのある所に戻っていく。そう、いつまでもしょぼくれているのなんかかえでは望まないし俺たちもそんなのはやめると決めた。だったら少しでも前向きに、俺たちは俺たちの出来ることをやるってのが今の俺たちの姿だ。


——————————————————————————————————————


「あ、一条先生。お久しぶりです」


「かえでちゃんのこと、ありがとうございます」


「いえいえ、私たちはなすべきことをやっただけですから。それよりも今のって」


「そう、ここを二年前に卒業した矢島光輝君と瀬戸慎君です。立派になったでしょ?」


「はい、見違えました。まさかあんなに仲良く、それだけじゃなくあんなにたくさんの人に囲まれて。しかも妹さんが病院に行ったのにあんなに前向きでいられるなんて。先生とも仲良くしてそうですし」


「私はもう先生じゃないです。一母親として彼らを見守っています。でも、あの様子だと見守る必要ないのかもしれませんね」


「大きくなりましたね」


「はい。あ、先生ちょっといいですか?」


「何でしょう」


「多分かえでちゃんのお母さんの車、夜遅くまで置くことになるかもしれないですけどいいですか?」


「はい、私からそのことについてはお伝えしておきますのでご心配なく」


「ありがとうございます。では私もこれで」


「はい、一条さん」


——————————————————————————————————————


 夢を見た。その夢はお兄ちゃんがみんなと一緒にいる夢だった。私もそこにいたけど、手を伸ばそうとしても届かなくて———


「待って!」


「おっ! 起きたぁ」


「お母さん」


「全く大変だったわよぉ。かえでったら急に倒れちゃうんだもん」


「ごめんなさい。———ここどこ?」


「病院。どこか調子悪いところとかない?」


「ん———、ちょっと頭痛いくらい」


「ちょっと待ってて。今お医者さん呼んでくるからぁ」


 そう言うとお母さんは病室の外に出て行った。窓を見てみると外はすっかり暗くなっていた。

 えーっと確か、選抜リレーが終わったあと急に立ちくらみがして足が動かなくなって・・・。あ、そういえば優勝したの何組だろう。

 少ししてお母さんが医者と看護師の人を連れて戻ってきた。一通り検査されたけどもう大丈夫のようでこのまま帰宅してもいいと言われた。ただし数日は安静にって条件付きで。


「さてと、ちょっとここで待っててねぇ。車学校に取りに行くからぁ。寝ててもいいわよぉ」


「うん」


 またお母さんは部屋を出て行って私一人になる。

 きっとお兄ちゃんに馬鹿にされるだろうなぁ。救急車に運ばれるときも私に向かってそんなこと言ってた気がするし。今思えば私、何やってたんだろ。自己管理もできないなんて。はぁ、みんなと顔合わせるのがすごく気まずい。クラスの人もだし、テントにいた先輩たちもだし。はっ! SAKU-KAYOの二人もいた! 私どんな顔して会ったらいいの⁉ みんなに迷惑かけちゃったし。どうしよう・・・。

 これからのことを考えていた時にこの部屋をノックしてきた人がいた。私が「どうぞ」というと入ってきたのは


「よお」


 お兄ちゃんだった。一緒に看護師の人も入ってくる。看護師に椅子を用意してもらうと丁寧に「ありがとうございます」と言っていた。お兄ちゃんらしくない。

 その看護師が出て行ってお兄ちゃんと二人きりになった。何て話しかければいいの。


「具合はどうだ」


 先にお兄ちゃんから話しかけてきた。


「大丈夫。ちょっと頭痛いくらい」


「たく。心配かけさせやがって」


「ごめん」


 お兄ちゃん含めていろいろと迷惑をかけたからおとなしく謝る。


「何素直になってんだよ。いつものはどうした?」


「だって、みんなに迷惑かけたから」


「確かに迷惑かけたな」


「・・・」


「でもそれ以上にかえでは活躍してた。それで相殺、いや、お釣りが来るくらいだな」


「どういうこと?」


「要するに、迷惑かけただなんて思うんじゃねぇってことだ。他のやつだって迷惑以上にお前を心配してたんだぞ。だから早く復活してみんなのところに戻るんだな」


「わかってるよ」


 迷惑以上に心配してたなんて、私、どれだけ恵まれてるんだろう。そんなんでいいの?


「あ、そうだ。聞きてぇことあったんだった。かえで、今日、らしくなかったじゃねぇか。自己管理ミスるとか。何でだよ」


 そう、いつもだったら自己管理は出来ていたはず。そうじゃなかったら部活なんて出来ないし。でもわからない。気づいたらそうなってたから。


「私にもよくわかんない」


 そう答えるとお兄ちゃんは私の方を指さして


「そうか。じゃあ当ててやるよ」


 こう言ってきた。当てられるものなら当ててほしい。知りたい。


「お前は張り切りすぎ、抱え込みすぎたんだ。俺って枷がなくなったから全力出せるし、クラスのエースとしての立場もあるし、SAKU-KAYOを含むあいつらの目もあった。良いところ見せなきゃって直感的に思ったんだろ。その結果知らないうちに疲労が蓄積して、最後の種目が終わったときに一気に気が抜けたからぶっ倒れたってわけだ。違うか?」


 お兄ちゃんの言っていることは図星だった。その通りだった。お兄ちゃんのことが解決したから何も考えずに全力出せるし、みんなに、そして何よりお兄ちゃんに見てほしかった。でもその結果がこの体たらく。情けないほんと。


「合ってる。多分そう」


「あのな、良いところ見せようって頑張るのはいいけどよ、それでぶっ倒れたら元も子もねぇだろ。ちょっとは気を抜け。ずっと張りつめてたら俺と同じことになるぞ」


 お兄ちゃんと同じことにはなりたくない。そういえば私ってみんながいるときもずっと気を張ってた気がする。それが丸一日、しかも運動もついてきたから倒れたんだ。だったら


「うん」


 お兄ちゃんの言う通り、ちょっとは気を抜いてもいいかもしれない。私の周りにいるみんなは、信頼できる人だから。


「例えばそうだな。一条や渡がいる前で寝っ転がるでもいいし。あ、そうだ。達人がいたな。夏夜さんを見習え。あの人今日テントで昼寝してたから」


「さすがにそこまでは無理。でもわかった」


 KAYOさん本人にも言われたけど今度はお兄ちゃんからKAYOさんを見習えと言われた。じゃあ私はKAYOさんの背中を追えばいいのか。ライバルにもなったし。


「あとそうだ。これは報告な。運動会の結果だが」


「一位どこだった⁉」


 一番気になっていたことがお兄ちゃんの口から飛び出した。思わず前のめりになって聞いてしまった。それにお兄ちゃんも気づいたようで


「落ち着け。またぶり返しても知らねぇぞ」


「いいから早く!」


 ぶり返すかどうかはどうでもいい。今はとにかく結果が知りたい。早く!


「下から順にな。まず六位は5組、五位が3組、四位1組、三位2組」


 指を折って順位が言われていく。その先! その先が知りたい!


「二位・・・6組、そんで一位がお前のとこの4組だ」


「よかった・・・」


「泣くんじゃねぇよ。せっかく治ったのにまたぶっ倒れる気かよ」


「違う! そうじゃないよぉー」


 男子種目が三位だったから怪しかった。だから私はその後の種目で全力以上を出した。でもその苦労が報われた。何より一位を取れたことがうれしかった。


「お兄ひゃんたちいひい、とれなかったからぁ」


「何だよ、自分は一位取ったからってマウントでも取る気か?」


「ちーがーう!」


「まぁいいや。あとダンスの方は3組が賞取ってたな」


 ダンスの方は取れなかったけど一番取りたいものが取れた。それだけで私は満足。


「お待たせー。あー! 光ちゃん泣かせたー!」


「泣かせてねぇよ。勝手に泣いてるんだよ」


「かってひゃない! なかせたの!」


 もう私の顔ぐちゃぐちゃだ。感謝と喜びと、とにかくいろんな気持ちが湧いてきて堪えられない。

 このままだと泣き疲れちゃうから目を押さえて無理矢理涙を止める。そしてそのまま車いすをお兄ちゃんに押されながら車まで行った。


——————————————————————————————————————


 車に乗せた後しばらくかえでは泣いていたが静かになった。まさか死んでねぇよな?


「寝ちゃったみたいねぇ。光ちゃん、着いたらかえでを部屋まで運んであげてぇ」


「は? 俺がやんの?」


「私持てないもん。大丈夫よぉ。いっつもみんながしてるみたいに道案内、してあげるからぁ」


「何が道案内だよ。ったく」


 そんなこんなで家に着くとかえでを負ぶって二階まで上がる。こう言っちゃ悪いけどかえでいつの間にこんな重くなったんだ? それと若干汗のにおいがする。

 かえでをベットに寝かせて下に降りる。何かピッピッ音がするな。


「これいいわぁ。よく撮れてるぅ」


 母親がビデオを見返していた。そうだ、かえでの事まだみんなに伝えてなかったな。もしかしたらすでに伝えたのか?


「なぁ、かえでの事、他の人には伝えたのか?」


「ふっふっふ。その辺は抜かりないからご心配なくぅ。ほら光ちゃん、これ見てみなよぉ」


「見えねぇよ」


 伝えたのならよかった。

 思えば今日ってものすごく長かった感じがする。当事者じゃないからか。スポーツ観戦ってみんなこんな感じなのかなぁ? まぁいいや。どっちかというとハプニングの方が多かった一日だったが俺たちにとって忘れられない一日になった。かえでは特に。これで心機一転週明けから頑張———テスト返却が待ってたー!

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