6月
2年9組 - 57日目 -
今日から6月に突入した。6月・・・決して響きのいい月ではない。だって梅雨の時期だし、ジメジメするし、地味に暑いし、祝日ないし。多分一年通しても一二を争うくらい嫌な月になる。これ共感してくれる人いないかなぁ。
今日は間違えないように夏服を着てリビングに行くとまだかえでがいた。珍しいな。
「あれ? お兄ちゃん起きるの早くない?」
「あ? 今何時だよ」
「まだ7時前よぉ」
どうやら俺が起きるのが早かったようだ。いつもだったらまだ寝てる時間なのに。
「さてと、私も出勤の準備しないとねぇ」
そうだった。仕事を始めるって言ってたな。ということは俺を送って直で仕事に行くってことか。まぁいいや。それよりも気になるのは
「学校大丈夫なのか?」
「は? お兄ちゃんじゃないんだし大丈夫だし」
どうやら心配する必要ないようだ。ていうか露骨に俺の傷抉ってきたな。まぁ過ぎたことだから別にどうこう言うつもりはないが。
「そうそう、心配しすぎよぉ。シスコンお兄ちゃん」
「ぶん殴るぞ親バカ小間使い」
断じてシスコンではない。何がどうなったらそうなるんだよ。ほら見ろ、母親と俺のレベルの低い口論していたらかえでが行っちゃったじゃねぇか。絶対見てられないとか思ってるぞ。また怒ったらどうするんだよ。あ、こういうところか。
× × ×
学校に着いていつも通りのやり取りがあった後、朝の会でこんなことが言われた。
「あー、テストも終わったことだしなぁ。席替えするかぁ」
早川先生がこう言ってきた。そっか、完全に忘れていた。そういえばそんなのがあった。今までまったく気にしてなかったのに。
席替えのやり方はこうだ。先生が人数分の線を書いて下半分を折って隠す。俺たちは上の好きなところに名前を書いて全員書き終わったところで開示する。要するにあみだくじみたいなものだ。ただ全員分回すのはそれなりに時間がかかるので午前中いっぱいに回して昼休みに席替えを行う、という流れになった。
休み時間を使ってどんどん紙が回されていく。留められたホチキス外せば席の場所いじれるんじゃね? と思う人もいたようだが先生はそれを見越して「机の番号はランダムに設定するからな」って休み時間にふらっと言ってきてがっかりしている声が聞こえた。ちなみにこれ考えたの遠藤な。よく考えつくよなこんなこと。まぁ俺には無意味だが。
俺の番が回ってきたが書けない。どうしたらいいかと思ったら
「わたしがかく」
隣から渡がこう言ってきた。別に誰が書いても変わらないからいいよな。
「渡の好きなところでいいぞ」
そう手話で返す。今まで話題に挙げてなかったけどちょっとずつやってたからね。今はある程度の会話が成立するまで出来るようになった。休日母親とかえでにしごかれた成果だ。
全員回って昼休みに渡が早川先生に提出したところでいよいよ席替えを迎える。
「ちょっと待ってろ。今から席書いていくからなぁ」
そう言って黒板に席を書いていく。さて、どうなるのかねぇ。俺の希望としては今のままがいい。でもそんなわけにはいかないだろうしなぁ。
席と番号、そして該当する名前が書き終わったところで先生の手拍子が入りみんなが席を替えていく。俺どうしたらいいのと思っていたら先生が来て勝手に俺の机を持って行った。「ちゃんと机持っとけよ」と言われて机の端を持ちながら先生に移動させられるって形だ。
歩く方向から予想してみよう。まずは右に行ってるな。廊下側に行っている。次は前に進んでいってるな。この時点で一番後ろっていう線は消えたな。お、止まった。ここか。どこだ?
「まさか隣が光ちゃんとはなぁ」
「あ? 慎か?」
「他に誰がいるんだよ」
左側から慎の声がする。しかも隣だと。へぇ、そうなの。何かいつも隣にいるような気がしてるから今更隣になったところで特にどうということはない。と思っていたら背中をそれなりに強い力でつつかれた。
「やったー! 光ちゃんの後ろ! これで寝ててもバレない!」
「俺も寝てたら意味ねぇだろ」
「寝ないで光ちゃん!」
「じゃあお前も寝るなよ」
後ろの席に来たのは一条だった。ていうか寝る前提なのかよ。一条の位置、すごくいいだろうな。黒板があるのは左前方、多分。その方向にいる先生からは俺と慎って壁が二つあるから寝ててもバレない可能性が高い。自分ばっか良い位置とりやがって。
「そんじゃ期末が終わるまではこの席だからなー。よろしくー」
そう言って早川先生は出て行った。今すごく聞きたくないワードが聞こえた。期末? そうか、単に期末であって期末テストって言ってないからな。もしかしたらないなんてこともある。そうであってほしい。
「これ席どうなったんだ?」
慎と一条の場所はわかったが他の人、そして今の席の正確な位置もわかっていないので二人に聞いてみると
「光ちゃんは一番廊下側の列の後ろから二番目だな」
慎にそう言われ試しに右手を伸ばしてみると壁に当たった。じゃあ本当なのか。
「私大当たりー!」
Vサインしている一条が思い浮かぶ。今からでも一条と席替えてくれないかなぁ。それか一条は最前列固定で。
「あ、わたりんと健ちゃん。あれ? わたりん怒ってる?」
「おこってない!」
「まぁあの席は・・・」
佐藤が嫌がる席ってどこだと思ったがどうやら教壇の目の前の席らしい。うわ、何も言えねぇ。ちなみに佐藤は俺がもともといた席になったとか。
席替えに結構時間が取られたので今日は教室で昼を食べることになった。なんかすごく久しぶりな気がする。そして昼を食べ始めるとまぁ賑やかだ。俺たちだけでも十分賑やかだってのに。しかも珍しく俺たちがいるからこっちに話しかけてくる人もいる。俺も応対こそしているが何を隠そう、ここにいるいつものメンツ以外の名前も苗字も知らん。いや、苗字は授業で呼ばれたりしてるからなんとなくわかっているが声とまったく一致しない。遠藤くらいだ。ここにいる以外で一致するの。
「光ちゃん、顔暗いぞ。そんなにその席が嫌だったか?」
「ちげぇよ。そんなんじゃねぇよ」
「え? じゃあわたりんと取り替えてもらえば———」
「ちげぇっつーの」
慎と一条が渡が期待するようなことを言ってくるがそんなことではない。渡には申し訳ないが。
「このクラスの声と名前が一致しねぇんだよ。だから誰が話しかけて来てんのかさっぱりだ」
「えー⁉ だってもう二か月経つんだよ。まだわかんないのー?」
「馬鹿のお前だけには言われたくねぇよ」
「わたりーん! 光ちゃんがまた馬鹿って言ったー!」
席替えしてからいつも以上にうるさい一条はもうほっとこ。渡に世話してもらおう。
「なるほどね。ちなみにクラスの人の名前はわかる?」
「ほとんど覚えてねぇ」
「それ光ちゃんのやる気の問題だよ」
なんか佐藤に呆れられてしまった。いや、まったくないわけじゃないよ。だって授業中に覚えようにも授業内容で頭いっぱいだし。昼休みはいつも教室にいないから覚えられないし。いや、こういう言い訳してる時点で俺やる気ないんだな。すみません、嘘つきました。
「よし光ちゃん。ちょうどいい機会だ。改めて自己紹介といこうじゃん!」
慎はそう言うとなんかクラスメートを集め出した。え? 今からするの? なんか佐藤や一条、渡も便乗してるし。
そうこうしているうちに今ここにいるクラスメート全員が集まってしまった。なんか申し訳なくなってきた。なんかすみません。皆さんの貴重な昼の時間をやる気ない俺のためにつぶしてしまって。
「はいじゃあみんな。物覚えの悪い光ちゃんのためにもう一度自己紹介をしよう。名前と部活、あとは好きに言ってもらっていいよ。外野からの指摘もオッケーだから」
学級委員の佐藤が仕切り始めた。いよいよちゃんとしたイベントみたくなってしまった。やばい、これ覚えないとあとで言われるやつだ。ちゃんと聞こう。
「まずは出席番号1番から」という佐藤の掛け声から始まった自己紹介。これ他のクラスが見てたらどう思うだろう。絶対異様な光景に見えるよな。もう知らん。
ここからはクラスメートの名前と他諸々を簡潔に。
1番、
2番、
3番、
4番は
5番、
6番、
7番、
8番、
9番、
10番、
11番、
12番、
13番、
14番、
15番、
16番、
17番、
18番、
19番、
20番、
21番、
22番、
23番、
24番、
25番は俺なのでパス。自分語りとかやってて恥ずかしいし。俺は中二病でもなければナルシストでもないからな。
26番、
27番、
28番、
29番、
30番、
俺を含めたこのクラス、2年9組は男子17人、女子13人、ついでに早川先生を含めてこんな感じだ。
何だろう。普通だったらこんなことして何の得があるみたいのことを言って来るような人がいてもおかしくないのに、全員すんなりと受け入れている。文句一つ言われない。あの中学校時代のクラスとは大違いだ。何というか、居心地がいい。こんな気分目が見えなくなってから味わったことがない。
なんで今までクラスに向き合ってこなかったのだろうか。ここにあるコミュニティは親友だけではないのに。後悔した。そうだ、もっと視野を広げるべきだった。いや、俺の場合は関係を広げるべきと言った方がいいか。
何にせよこのクラスは今までのクラスとは違う。だから俺もみんなに向き合おう。同じ2年9組なんだから。
× × ×
午後の授業はというとテストが返され授業が進むってくらいだな。後はあれか、さっきの時間自己紹介したから名前覚えようと必死になってたくらいか。授業中に呼ばれた人も含めて大体覚えた。多分・・・。
放課後、変わったことと言えば一つ。隣で半泣きになっている更科を見ればわかる。
「本当にいない・・・」
そう、ついに更科のお迎えもなくなったのだ。ということは駅に行って電車に乗ってという工程を自分一人でやらなければならなくなる。まぁ自立を促すという点ではいいけど本人だいぶ落ち込んでるしな。なんか嫌な視線まで感じるし。
「今日は雛も一緒に帰りますので」
さすがに初日から一人で帰るのを心配した日向も部活休んで一緒に帰ってくれるようだ。優しい。
「アオ。みんながいれば怖くないよ!」
「途中で別れるじゃねぇか」
実際一条の言う怖いところは一条と渡が別れた先なんだけどなぁ。
「うん。切り替えよ!」
そうしてほしい。俺だって切り替えたんだから。でも今だって迎えに来てくれねぇかなぁって思ってる。
そして家に帰ると
「まっくら」
渡がこう言って思い出した。
「そうだった。忘れてた」
「何?」
この場にいる渡、一条、更科、日向が揃って首を傾げるのがわかる。そういえば言ってなかったな。
「うちの母親、仕事始めたんだよ」
「え?」
疑問を持つのも当然。言ってなかったし俺もかえでも昨日初めて知ったし。とりあえず鍵開けて・・・、鞄のどこにあるかわからん。
「鍵どこだ?」
「ちょっと貸して」
言いながら俺の鞄を取っていく更科。それ貸すって言わないよ。まぁいいや。しばらくしてカチャッて音がしたので見つけたのだろう。家に入っていつも通りリビングに行ったところでさっきの話の続きでもするか。
「で、さっきの話って・・・」
言い始めようとしたら一条に催促されたので改めて言う。
「うちの母親が元弁護士って話しただろ。ああ、更科と日向には初めてだったな。運動会の時にしたから。それで最近、弁護士秘書としてどうかって話が来たらしくって引き受けたんだと。ちなみに今日が初出勤な」
「べんごしひしょ?」
「時間はいつまで?」
弁護士秘書くらいわかってくれ。ここは一条じゃなくて更科の疑問に答えることにする。
「5時までって言ってたからもうすぐなんじゃねぇか?」
7限終了が4時過ぎ、そこから歩いて帰ってくるとなるとちょうどいいくらいの時間だと思う。
「雛たちいていいんですか?」
「今更それを言うかよ。それも承知の上で仕事始めたんだ。あの母親っぽく言うとあなたたちを信頼してるから仕事が出来るとでも言うんじゃねぇか」
「そっか。信頼されてるんだ」
別に変な意味で言ったわけじゃないのだが、更科が言ったのを最後にみんなしてだんまりになっちゃったぞ。俺変なこと言った?
「そういえば昼休み9組が騒がしかったですけど何かあったのですか?」
短いようで長かった沈黙を破ったのは日向だ。そして話題に挙げたのは今日の昼休みの事。やっぱり見られてたか。
「はい! みんなで自己紹介してた!」
「え? 今更?」
一条の説明が不十分すぎる。そらそんな反応になるよ。
「やじまくんがみんなのなあえしらなかったから」
「え? 二か月も経ってるのにですか」
「一条と同じ反応するなよ」
昼の時にほぼ同じことを一条に言われた。そして今度は日向にだ。別に悪気はないよ。中学の時みたいに絶対に覚えてやるかなんて気持ちは今の俺にはないから。
「9組か。個性的な人多いよね」
「個性が突出してる更科には言われたくねぇよ」
「人のこと言えないじゃん」
うぐっ。ブーメラン返された。ということは更科は9組の事知ってるってことだな。俺たち以外の人のことも。
「雛も何人かは知っています。特に柊さんは。一年の時雛の目の前で身長勝ったってガッツポーズされました」
言うまでもなかった。ていうかこれどう返せってんだよ。ブーメランどころじゃねぇぞ。爆弾で自分もろとも吹っ飛ばしたぞこれ。
「私も尾鷲さんとか知ってるよ。雰囲気が独特だから。あと一年の時同じクラスだったし」
尾鷲と同じクラスだったのか。でもそうなったら日向とも同じクラス。そしてさっきの話聞いた感じだと柊もおそらく同じクラス。だんだん構図がわかってきた。
「今日自己紹介はされたんだけどよ。いまいち人間性がわからねぇ」
「はい! 人間性なら私にお任せを!」
別に一条に任せた覚えはないが多分9組のことを一番知ってそうだしな。
「まず駿君はかっこいい! 女子にモテる!」
「語彙力が悲惨すぎて全然わからん」
「ごいりょく? あ! ごいりょくね! えーっと・・・」
ずいぶん前に語彙力については説明したから覚えてたらしい。でも一条の頭だとそもそも覚えてる単語の数が少ないからなぁ。ダメそう。それに人間性なら後々わかるからいいか。もう二か月過ぎてるのに大丈夫か?
「とりあえず人間性のことは置いておこう。どうせ今後接してく中で嫌でもわかるからなぁ」
「嫌なんですか?」
「嫌なやつもいる。中二とか知っていいことあるか?」
「ないですね」
「きっぱり言った・・・」
俺と日向に感性はやはり似ているようだ。やっぱり自虐ネタを言うだけのことはある。中二って聞いて中学二年生? とか言ってる一条は放っておこう。
明日からはおそらく本格的にクラスと付き合っていかなければならなくなる。まぁ今までちゃんとしてこなかった俺に責任はあるんだが。
「ただいまー」
「この声は、かえかえ!」
一条が飛び出していった。あれ? 部活は? 何で帰ってくるの早いの?
「部活どうしたんだよ」
「大事を取って休めって言われた」
誰に言われたんだろ。顧問か? それとも同級生からか? どっちでもいいや。それよりも帰ってきたんなら聞いておくか。
「学校で何か言われなかったか?」
「保護者面しないで」
いつも通りにしとけって言ってかえでがそうしているのはわかる。でもこれを他の人が見てどう思うか。
「光ちゃんシスコン」
「確かにそうですね。ちょっと今のは」
なんで俺が言われてるの? 普通に心配しただけじゃん。それと更科、シスコン言うな。
「でもほんとに大丈夫だった?」
対して一条は心配してくれている。前者二人と大違い。考える脳がないっていいな。悪い意味じゃないからな。感情で動いてるって意味だからな。
「はい、学校に行ったときみんなも同じような反応していましたから。私のこの姿見せたら泣いて喜んでいましたね」
「へぇ。かえでのクラスにも一条や渡みたいなやついるんだな」
「そういう突っ込みしますか・・・」
何事も無いようでよかった。何か横から視線を感じる。そっちの方は向かないでおこう。あ、そうだ。かえでは運動会終わった後初めてクラスに行ったな。まぁ他の人もだけど。気になることがあった。
「かえでのクラスで思い出した。運動会での俺たちについて何も言われなかったか?」
あれ? すぐに返答がこない。これは何もなかったってことか? 頷いたからか?
「言われたし。めちゃくちゃ」
「え? そうなの?」
「そうなのじゃねぇよ。自分事だぞ」
言ってる俺も自分事なんだが。わかってない一条に言ってやる。
「まず私一人に応援多すぎです。十分すぎるくらい目立ってて恥ずかしくなったし。クラスの人に皆さんのこと聞かれたし。後はSAKU-KAYOさんです。来るとも思ってなかったし競技出るとも思ってなかったし。しかも私のテントにみんなしているし。確かに大人数でいたほうが楽しいとは思います。でも限度がありますよね。いくらなんでも多すぎです。本当だったらテントで休憩するはずだったのに全然気が休まりませんでした。あ、もしかしたらそのせいで私熱中症になったのかもしれません。運動会のこともですが今日もです。来てから帰るまでずっと皆さんのことを説明していました。何ででしょうね。部活休んだのにすごく疲れました」
「すみませんでした!」
このままだとかえでの俺たちに対する文句が出続けること間違いないのでとりあえず謝る。謝っとけばいい。同じことを思ったのか、渡や一条もかえでに謝っていた。俺と同じタイミングで。俺と同じ言葉で。
「ずるい、みんなして楽しそうで」
俺たちのやり取りを見てこう言ってきたのはあの場にいなかった更科だ。
「全然楽しくないです。私の苦労を増やさないでください」
これマジで怒ってない? 俺たちだけじゃなくて更科にも同じような態度。
「かえかえさんなんか怖いんですけど」
「怖いですか? おかしいですね。私は平常運転ですけど」
嘘つけ。今ツンデレのツンに全振りされてるぞ。見えてないだけマシだが目つきわかってたらより怖かっただろう。日向がこう言うってことはよっぽどだな。すでにそれを知ってる二人は震えあがってそうな気がする。でもこんな時の対処法ならある。
「無意識に暴走運転か。確かに平常運転だいたッ! 今何で叩いた⁉」
「タオル。何か悪口言われた気がしたから」
「ついさっきまでお前よりはマシだと思うぞ。くそ、顔までいてぇ」
対処法の一つ、とりあえずストレスを発散させるということで俺が犠牲になるようにしたんだが予想の斜め上の反撃が来た。てっきりティッシュ箱だったり新聞が飛んでくるかと思ったがタオルって。やり方によっては顔まで行くからな。
「その・・・、えっと、お詫びの品? はいこれ!」
もう手に負えないかえでを落ち着かせるべく動いたのは一条だ。でもなんか持ってたか?
「私運動会でいっぱい写真撮ったからかえかえにもね!」
ああ、確かに写真撮ってたな。移動中とかテントにいるときとか応援中も器用に写真撮ってたし。そこ器用にやるんだったらもっと別のことを器用にやってくれと思うんだが。何でわかるかって。横でカシャカシャ音してればわかるよ。
「あ、ありがとうございます」
今のでかえでの機嫌が収まったようだ。よくやった一条。
そのあとしばらくは写真を通して運動会での話が続いた。更科や日向にも見せれば画面越しでもわかるからな。でも思った。なんで今日のかえではツンだったのか。昨日じゃなく。
母親が帰ってきた後解散する流れになった。さすがに仕事終わりに迷惑をかけるわけにはいかないって配慮の表れだろう。電車に乗ることになった更科は帰りの時に気分ダダ下がりしていたがそれを除けば普通通りだ。
× × ×
夕飯、風呂、それを全部終わらせてあとは寝るだけと思っていたらドアをノックする音がした。
「こんな時間に何だよ」
入ってくる人は予想できる。母親は「久しぶりの仕事疲れたわぁ」とか言って夕飯食べ終わった後のび太君並みのスピードで爆睡してたし。そのせいで片づけ諸々は俺とかえでがやることになったし。あ、でも大部分はかえでだったな。もしかしたらそのことに関して文句言いに来たのか?
「お兄ちゃん、その・・・、叩いてごめん」
「は?」
絶対に出てこないであろうワードが出てきた。え? 何? どういうこと?
「さすがにやりすぎたって思ったから」
「ああ、それなら気にしてねぇよ。ボストンバックに押しつぶされるよりはマシだった」
「うん。・・・あのね、お兄ちゃん」
「何だよ」
「もし、もしだよ。お兄ちゃんの事好きって人がいたらお兄ちゃんはどうするの?」
「やっぱり熱中症で頭やられたか?」
「いいから! 答えて!」
そんなこと考えたことなかった。何でかえでの口からこの質問が出てきたのかって方が気になるが。そうだな・・・
「どうもしねぇな。相手の好意は素直に受け取るがその好意の中に俺の目が見えないことも含まれているか。これが大事だと思うな。それがねぇと俺だって答えらんねぇよ」
「・・・わかった。おやすみ」
かえではそう言うと自分の部屋に戻ってしまった。何だったんだ一体。かえでの部屋に耳でも当てて聞いてみるか? いや、やっぱりやめておこう。何かそれしたら俺殺されるかもしれないから。
今日かえでの様子がおかしかった。あいつらに見せたツン全振りの姿といい、寝る前にしてきたよくわからない質問といい。質問の方に真意があるのだとしたら俺を好きな人がいるってことになる。でも誰だ? かえでのクラスにいるのだとしたら俺を見たのはあの運動会の時くらいだしな。うーん、とりあえず寝るか。
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