手紙 - 43日目 -

 朝、今日は晴れている。そんな中いつもと違っていたことがあった。


「みんな、放課後、時間ある?」


 いつもの挨拶ではなく飛んできたのは一条のこの声だ。俺が来たことを見計らってこう切り出したのだろう。理由はわかっている。


「私は大丈夫」


「雛もです」


「ある」


「うん」


 部活ない組、あるいは休んでも問題ない日向は全員大丈夫なようだ。問題は


「健ちゃん。悪いが今日は部活休む」


「奇遇だね。僕も休もうと思ってたんだよ」


 本田と佐藤も休むようだ。でも


「いいの? 部活」


 当然そうなる。


「部活よりこっちの方が大事だからな」


「それに、大会もしばらくないからね」


「みんな、ありがとう」


 慎を除いて全員放課後時間を空けるようだ。慎を除いてと今言ったがその慎も多分休むことは俺でもわかる。これは俺たちみんなのことだ。部活より大事な。


× × ×


 予想通り、慎も休むことになり放課後全員揃って俺の家に来る。家に着くとなぜかかえでもいた。理由を聞いたところ一条がかえでに連絡したらしい。それでかえでも部活を休むと言ってきたようだ。


 全員座ったところで


「みんなありがとう。集まってくれて」


 一条が話し始める。


「昨日みんなの手紙をママに見せたよ。ママ驚いてた」


 無理もない。手紙が来ること自体驚くことだがその手紙の中には俺や慎、かえでの名前もあるのだから。


「その時みんなのことを話したの。わたりん、アオ、さーちゃん、ひなっち、かえかえ、健ちゃん、慎ちゃん、光ちゃん。みんなのことを。最初に会った時から今までのことを全部ね。ママは私に謝ってた。今まで辛い思いをさせてって。でも私は違うって言ったよ。それで手紙を読んでって言ったの。その後はママ一人で手紙を読んでたけど全部読み終わった後ママは泣いてた。あんなに泣いてたママ見たことなかった。だから私はね、ママをぎゅーって抱きしめたの。その後ね、みんなママに会いたがってるって言ったの。そしたらママも会いたいって。ちゃんと会って話したいって。すごく真剣だった」


 そうか、よかった。俺たちに会ってくれることもそうだが何より俺たちの言いたかったことが手紙を通して伝わったこと、これが一番よかった。


「今日みんなに昨日の事話すってママに言ったよ。そしたらね、こう言ってた。もしみんながいいのなら早く会いたいって。会って謝りたいって」


 謝りたいか。やっぱりそう簡単にいかないか。でもそれなら


「じゃあ今だ。一条、母親に連絡しろ」


「うん!」


「文句はねぇよな?」


「ないけど今とはねぇ」


「俺もない!」


「こちらに来るのですか?」


「私はいいわよぉ。かえでもいいでしょー?」


「いいけど・・・狭い」


「はいじゃあみんなセッティングしましょう!」


「はい!」


 母親の音頭で邪魔な机や椅子を外に出す。


「ママ来るって! パパも一緒に!」


 そうか、ん? でもうちにそんな駐車スペースあったか?


「歩いて!」


 歩いてか。朝一条も学校まで歩いてきてるからそんなに距離ないのか。まぁあとは・・・いや、これは言わないでおこう。俺が言うのはなんか違う。

 正直こんなに事が複雑になるとも思わなかったし、こんなに早く進むとも思わなかった。今月はなんだかんだ想定外なことばかりだ。よし! いよいよだ!


× × ×


 インターホンの音が鳴る。


「あ、一条先生。お待ちしておりました。皆来ていますよ」


「お邪魔します」


 この声は間違いない。一条先生の声だ。本当にそうだ。少し前から外に出て待っていた一条も含めて母親に連れられて一条家の三人が入る。


「先生、お久しぶりです」


 慎が最初に声をかける。俺と慎は隣同士にいるからすぐわかる。


「瀬戸君、矢島君・・・。本当にごめんなさい!」


 先生から謝罪の言葉が飛び出す。それと同時にこれは膝をついた時の音だろうか? そんな音も同時にした。


「先生、頭をあげてください」


「いいえ。私はクラスのみんな、家族に大変大きな傷を残しました。それは一生償っても償いきれないものです」


「ママ・・・」


 たとえ過去だとはいえ、一教師が生徒に向かって土下座している光景なんか誰も見たくない。だから


「先生、頭をあげてください」


 俺も慎と同じことを言う。そのあと割って入ったのが


「さて、何事も自己紹介からですよね。お互いの名前も知らずに話なんか始められないですから」


 母親のこの一言には意味がいくつかあるように思えた。配慮、状況の転換もあるだろう。でもそれだけじゃない。一条の母親にとっては今回初対面の人も多くいる。対する俺はつい最近まで先生の名前を頭の中から消し去っていた。


 一人一人自己紹介していく。この始まり方は更科の時とよく似ている。あの時も自己紹介から始まった。全員が終わったところで


「先生。先生の言いたいこともよくわかります。でもまずは、ご自分の生徒の声に耳を傾けてはいただけませんか?」


 先生、自分の生徒、多分この言葉は今の一条先生には刺さるものだろう。でも母親はあえてそう言っている。言い方を変えればこう言うこともできた。『お母さん、お母さんの言いたいこと———。でもまずは彼らの声に耳を———』やっぱりこれじゃない。俺たちは一条先生の生徒で先生は先生だ。


「はい」


 小さく先生は答える。その両脇には一条と父親がいる。ちょくちょく一条が気遣っているのがわかる。


「光ちゃん先でいいよ」


 慎は引き下がる。一番の問題は俺と先生の間にあるからということか。じゃあ


「ああ」


 先生に言いたいことを全部言ってやるとしよう。


「先生。まず最初に言いたいことがあります」


 一呼吸おいて


「あの時はすみませんでした。いろいろと」


 頭を下げるがテーブルとの距離感がわからなかったので頭がテーブルにぶつかってしまった。カッコ悪いが俺の言いたいこと一つ目は言えた。


「いえ、謝るのは私の方です。申し訳ございませんでした」


 最初に言っていたのはすみませんでした。今言ったのは申し訳ございませんでした。多分母親やかえでに対しても言っているのだろう。でも違う。


「先生はもうたくさん謝りました。その気持ちは俺たちにちゃんと届いています。でも俺は先生に対して一度も謝っていませんでした。卒業するまで。俺にはそれがずっと心残りとしてありました。でも今こうして機会に巡り合うことが出来ました。なので改めて俺から謝罪させてください」


 そう言ってもう一度頭を下げる。そして


「先生、あの事はもう怒っていません。俺は今の先生に怒っています」


 いつもだったら言い方考えろだとか飛んできそうだが誰も言ってこない。だから続ける。


「先生、周りを見てください。ここにいるのは俺の親友です。こんな風に親友に囲まれるようになったのは先生のおかげでもあるんですよ。あの一件を悪い方向に捉えてるかもしれないですけど、それがなければ今のこの関係はなかったんです。今の俺は楽しいです。なので、そう抱え込まないでください。俺の人生を壊したんじゃないです。先生は俺、いや、俺たちの人生を創ったんです。だから先生にはこう言いたいです」


 もう一度一呼吸おいて目の前にいるであろう先生を見つめながら


「ありがとうございます。そして、俺は先生を許します」


 足りない部分は多々あったと思う。でも言いたいことは言ったつもりだ。手紙の内容を含めて。ああ、それともう一つ言いたいことがあった。


「ああ、言い忘れてました、先生。先生は俺たちの先生で、俺たちは先生の生徒です。でもこの関係はもう卒業しました。なので・・・、これからは親友の母親として、仲良くしてください。親友の母親も親友ですよ」


 そう言って右手を前に出す。今度こそ言いたいことは全部言い切った。


「矢島君・・・。ごめんね」


「ごめんはもうなしですよ」


「ありがとう・・・」


 先生は俺の手を取ってくれた。その両手は熱がこもっていて震えていた。だから俺も握り返す。自然と笑みもこぼれた。


「ママぁぁ!」


「言いたいこと全部言われちゃったな」


 隣にいた一条もボロ泣きしながら俺と先生の手を握る。慎は俺の肩を組みながらさらに手を握る。


「わたしもいるぅ!」


「私もだよー!」


「はい! 雛もです!」


「私もだ」


「僕もです」


 続々と手が重ねられていく。


「ほらぁ、かえで」


「うわーん!」


「私もです!」


「ありがとう」


 かえでや母親、更科の母親、一条の父親も手を重ねる。そして最後に俺の左手を置いて


「俺たちはこれからも———」


「親友だ!」「ともだちぃー!」「親友です!」「ダチだ!」「しんゆう!」「親友よ!」「ぐすっ」「うん!」


「閉まらねぇな」


 そしてみんな笑い出す。掛け声かけたのに全然そろってないし。最後の最後でこんなにも閉まらないことあるか? まぁいいか。楽しそうだし、俺も楽しいし。


 しばらくそんな笑いが続きようやく収まった後


「皆さんの手紙、読ませていただきました。ありがとうございます」


 一条の母親はそう言って机の上に読んだ手紙を置く。


「本当は皆さんに読み聞かせてあげたいんだけど———」


「いいです!」「やめて!」


 この場で反論したのは俺と一条とかえでだけだった。他に誰か首だけ振って否定していたような気がしたが。とにかくやめてほしい。聞かれちゃまずい内容だ。いや別にいかがわしい事とかじゃないんだけど恥ずかしいんだよ。


「わかりました。これは私の胸の内に閉まっておきます」


 そうして、ほんと。俺は信じてるよ。


「さて、これで話は終わりねぇ。ということで今後の予定を話しまーす」


「は?」


 予定ってなんだよ。ていうか何で母親が指揮してるんだよ。


「みんなの予定はちゃんと把握してるからねぇ。まず来週はぁ?」


「来週・・・はっ!」


「中間テストですか?」


「あったり—!」


 何で知ってるんだよ。それと佐藤。何澄ました声で言ってんだよ。一条を見てみろ。気づいたとたんガクブルだぞ。


「ということでテスト休みの間はここを開放しまーす」


「ここ図書館じゃねぇんだぞ」


「いいじゃないのぉ。みんなで教えっこ出来るからぁ」


「まぁいいや。俺は関係ねぇし」


「うわ、感じ悪っ!」


 更科がド直球な感想を言った。でもなぁ、俺本当に関係ないしなぁ。


「二つ目ぇ。テスト終わった後の土曜日。何があるぅ?」


「何かあったか?」


「俺は知らないなぁ」


「私もです」


 俺は知らない。慎も知らない。日向も知らない。多分他の人も知らない。でもこの状況でただ一人違う反応をした人がいた。当然母親がそれを見逃すはずもなく


「かえでぇ? 何でそっぽ向くのかなぁ?」


「な、何でもない!」


「運動会」


「お母さん! 言わないで!」


「あー。そういえばちょうど今くらいだったな」


 思い出したように慎が言う。そうだったか? 俺は記憶が全くない。だって保健室にいたし。


ゆいさん、その時にでも光ちゃんに学校を見せてあげてください」


「でも私は教師を辞めていますので———」


「そこは結さんのコネで!」


「わかりました! 何とかしてみます!」


「いや、この人の言うことなんか真面目に聞かなくていいですよ」


「いえ、これは私の務めですから」


 贖罪って言うとみんなが文句言うのがわかってたのか、それを使わずに『務め』に言い換えたみたいだ。そうだな。学校を見るか・・・。確かに俺は見てなかったな。これは目で見るのとは違う。それをわかって母親はあえて『見る』と言ったのか。あと全然関係ないけど『結さん』ってものすごく気になる。


「私も行きたい!」


「わたしも!」


「行きたいけど部活だ」


「雛たちは距離的に無理ですね」


「うん。残念」


 一条と渡が来そうなのはわかってた。本田と慎、あと佐藤はは部活終わった後ふらっと来そうだな。一方で更科と日向は遠いからなぁ。いや、わざわざかえでの運動会のために来なくてもいいからね。本人もなんかすごく恥ずかしがってるし。


「はいじゃあ他に言いたいことある人ー。・・・もう遅いですしそろそろ解散にしましょうかぁ」


 もうそんな時間か。言いたいことある人もいなそうだし。まぁ俺もないし。


「矢島君。いえ、光ちゃん。今後もよろしくね」


「え、あ、はい」


 一条の母親、もとは先生だった人から「光ちゃん」と言われて戸惑ってしまった。しかも敬語も使わずに。

 みんなそれぞれ挨拶して帰っていく。家近い勢は歩きで、家遠い勢は更科の母親の車に乗って。そしてみんながいなくなると母親とかえで、そして俺の三人が残る。何か不思議だ。本来家族は今いない父親も含めて四人のはずなのにすごく寂しく感じる。何というか、物足りないというか静かというか。


「光ちゃん。結局言ってなかったじゃないのぉ」


「あ、忘れてた。学校見に行った時言うわ」


「まぁいいわぁ。二人の時の方が言いやすいだろうしねぇ」


「本当に運動会来るの?」


「私はどっちでもいいけど他の人が来る気満々だからねぇ」


「誰がそう誘導したんだよ」


「恥ずかしい」


「大衆の目にさらされるのに恥ずかしいも何もないでしょ」


「言い方考えろよ。何が大衆の目にさらされるだよ」


「知ってる人に見られるのが恥ずかしいの!」


「あーあ。上がっちゃったよ。知ーらね」


「あの反応はあれねぇ。嬉しいのに不器用だからつっけんどんな態度とっちゃうときの反応ねぇ」


「何でそこまでわかるんだよ。こえーよ」


「親だからよぉ」


 これで本当に解決したと言っていいか。数々あった壁、亀裂、わだかまり、心残りその他諸々はきれいさっぱりなくなった。まさかのことが多くあったけど、まぁそれ全部含めて、いい経験になったし、過去を振り返るいいきっかけになった。

 だから今はゆっくり羽でも伸ばそう。


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 いちじょう先生


 まずはおひさしぶりです。こんな形で思いを伝えることになってしまいすみません。

 先生にはしゃざいしたいです。手紙ではなくちゃんと面と向かって。あの時おれは自分勝手にためこんで、そしてばくはつさせてクラスのみんなだけでなく先生にもめいわくをかけました。いや、めいわくという言葉だけではすまされません。おれは先生の気持ちを考えませんでした。後から聞きました。先生がおれのためにいろいろしてくれたことを。おれはそれに対してかんしゃするどころか、先生をけいえんしていました。なので先生にはちゃんと言いたいです。すみませんでしたと。

 あの時のおれのことをあまり言っていなかったのでこの場で言いたいと思います。おれの目が見えなくなったのは小四のときでした。そこからおれのせかいからは光が消えました。同時にこどくにもなりました。長い間にわたってそのじょうたいだったので自分の知らない間にためこんでいたのでしょう。相談する機会はありました。小さいころから一緒だったしんもいた、家族もいた。先生もいた。でもおれは相談しませんでした。その結果があれです。人間不信が招いた結果です。でもこの経験から学んだこともあります。もっと人を信じるようにする努力もするようになりました。そしてなにより今のこの関係はこの経験がなくては生まれませんでした。その機会を与えてくれたのは先生です。なのでしゃざいとともにかんしゃしたいです。

 今の先生について、同じクラスになったいちじょうから聞きました。こうなったのもおれにせきにんがあります。では先生がせきにんをおわなくていいというのもちがうと思うのでこう伝えます。おれやいちじょう、ほかのみんなも今の先生でいてほしくないです。もしそれを望むのならあの時とは逆、今度はおれが先生をおこります。なので最初に言ったように一度話しましょう。おれも先生に言いたいことが山ほどあるので。クラスでは話せなかったこと、教室では話せなかったこと、全部、全部、打ち明けましょう。


 おれたちは、先生を待っています。待ち続けます。ずっと、ずっと。


 元3年4組 矢島光輝


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