手紙 - 39日目 -
雨です。何で一日おきに天気変わるかね? 昼になってもやむ気配なし。むしろ強くなってね?
「ねぇねぇ、昨日生徒会どうだったの?」
いつものようにアトリウムに集まって昼を食べていると一条がこう切り出す。
「ああ、それな。一言で言うと・・・」
「ほんとに生徒会? って感じだった」
「へ?」
それは良い意味なのか悪い意味なのか。でも話を聞いていくとどっちもどっちって言うことが分かった。
まず更科が言っていたのは場の雰囲気の事だ。何かアットホームな感じだったとか。そしてタンポポ先輩はドジだ。それを他の人が補っているというスタイルらしい。でも先輩は仕事はちゃんとやるし貢献もしているし信頼も厚い。だからみんなから尊敬されている。ドジな部分を差し引いてもお釣りが来るくらいだそうだ。プラス、ド天然というのも間違ってはいなかった。他の生徒会メンバーにも、それこそ分け隔てなくあの距離の近さだそうだ。何か大変そうだな。でもやめてくださいと声を大にして言うことも出来ない。慣れが必要だ。
「何か大変そうだね」
「確かに、大変そうだな」
「この二人は・・・」
だって本当に他人事だもん。特に俺と一条は。お前らが俺たちを強制招集しなければ。
「でもしばらく大きな行事はないから」
確かに更科の言う通り大きな行事はない。次にある大きな行事と言えば・・・あれ? 何だったか?
「次に生徒会が関係する行事は・・・文化祭ですか?」
「そうだね。その前にも少しあるけど大きなものになるとそれになるね」
そうだった。文化祭だった。あれ? 文化祭? ・・・ あっ、ああァー!
「どうした? 頭抱えて」
「俺たち実行委員じゃねぇか。有無を言わさず手伝わされるー」
「あ! そうだった!」
どうやら生徒会と俺たちは切っても切り離せない関係らしい。勘弁してくれー。
「実行委員なんですか?」
「ああ、俺と光ちゃん、ココとわたりんの4人でな」
「え? 実行委員と生徒会って兼務できるんですか?」
「まぁ俺は庶務だし。末端の末端だから」
「会長も『大丈夫だよー、慎君なら何とかなるー』って言ってたから」
「似てるー!」
いやそこじゃない。更科の物まねが似ていたのはどうでもいい。俺が気になったのは『慎君』だ。あの会長下の名前で呼んでるのかよ。初対面の日の本田を思い出した。
「というわけで俺とアオは本当に生徒会の一員になりましたってわけよ」
そう慎が言った後に拍手が起きる。最初にし始めたのは渡だ。それが波及して他の人も拍手する。俺も拍手しとこ。
「あ! そうだ! 忘れるところだった!」
突然何か思い出したように一条が大きく手を叩く。
「慎ちゃんと健ちゃんとアオ昨日いなかったでしょ。はいこれ」
「みんな書いたの?」
「ああ」「うん!」「はい」
「月曜に出す、でいい?」
「うん、いいよ。ありがとう」
これで全員分だな。月曜日、明けて火曜日の反応が待たれるところだ。でも焦らず待とう。先生、もう少し待っていてください。
× × ×
おとといの反省を踏んで今日はまた別の策で挑んでいる。説明しよう。
おとといは帰り水溜まりを踏みまくったので渡と一条が交互に俺と一緒に傘を持つという感じだった。でも入れ替わりの時のごたごたで結局濡れた。しかも俺の傘は二人で入れるほど大きくないので肩まで濡れ、その結果三人とも濡れて着替えてかえでにめちゃくちゃ怒られた。
対して今日は今のところ大きな水溜まりは踏んでいない。ああ、でも小さなものまで数えていたらキリがないのでそこは無視で。まず今日は日向もいる。ので日向が渡の傘に入る。日向は小さいので肩濡れるようなことはたぶんない。そうすると日向の傘が閉じられる。その閉じた傘の両脇を俺と日向が持ってその俺の横か後ろを一条が歩くという感じだ。何かおとといより変な感じがするんだが。
結局ずっとこんな感じで家まで帰りました。成果はなんとびっくり。俺の靴以外濡れませんでした! ・・・はい、結局俺の靴が犠牲になることは不可避なのね。
「あれ? 鍵かかってるよ」
「いねぇのかよ。どこ行ったんだ」
「電気とか消えてますね。連絡してみましょうか?」
「どうせ昼寝しちゃったから買い物行きそびれちゃったとかだろ」
「一応連絡してみます」
日向が母親に電話をする。普通だったらこれおかしいんだけどなぁ。何でうちの母親の電話番号知ってるんだよっていう話。その答えは更科の誕生日会の時、全員に教えてました。
「ねぇ、鍵あったよ」
「は?」
「玄関前の植木鉢の下に」
「空き巣入られるぞ。防犯意識なさすぎだろ」
「いやここ光ちゃんの家だからね⁉」
一条が鍵を見つけてくれたのでそれを使って家に入る。他の人にも言っておくけどこれやらない方がいいよ。鍵あるの見られたら一発アウトだから。
「家で待っててだそうです。それと鍵はいつもそこに置いているわけじゃないから心配しないでとも言っていました」
「逆に言えばたまに置いてるってことじゃねぇか。・・・何でついてくるんだよ」
二階に上がろうとしている俺の後ろを三人してついてきているのがわかる。気づかないとでも思ったか。足音でバレバレだよ。
「私たちだけだから家の中見て回ろうかなーって思って」
「勝手にしろ」
「やったー!」
もう何見せられてもいいや。別にいかがわしい物なんか持ってないし。それ以前にそういうの見えないし。一瞬うちが住宅展示会場に思えた。
「ほぉー。ここが光ちゃんの部屋ー」
「何て言うか・・・何もないですね」
「何もなくて悪いかよ。あったところで邪魔なだけだしな」
「もっと物で溢れているかと思いました」
「どういう偏見だよ」
日向の偏見もだがあんまり物で散らかっていたら俺この部屋で何度も素っ転んでるし。それと部屋の整理整頓は母親に全任せしているし。母親がずぼらだったってことにもなる。
「本棚にも何も・・・あ」
「どうしました? いかがわしいものでもありました?」
「ねぇって言ってるだろ」
「わたりん、それ、卒業アルバム」
「中学卒業の時のですか」
渡が見つけたのか。そういえばそんなものもらってたな。それに本棚なんてただあるだけで使ってもいなかった。何も入っていない本棚に卒業アルバムがポツンとある。何か違和感がある。これはずっと置いてあったものなのか? それともこうなることを見越して最近置いたものなのか? まぁでも
「別に見てもいいぞ。見えないから恥ずかしいとかそんな感情は全くねぇし」
アルバムに載っている俺の顔なんて見られたところで特に何も思わない。それよりも
「それ見るついでに聞きたい。俺以外のクラスのやつらはどう写ってる?」
俺より他の人だ。慎や先生もそこに入る。それと
「一条は別に見なくてもいい。辛いだろ」
自分の母親が受け持っていたクラス。そして事件が起きたクラスだ。間接的に聞くのと直接見るのとでは訳が違う。いくら写真とはいえ、それを見た一条がどう思うか。贖罪や罪悪感これらは消えても、母親の顔を直で見ることになる。それは俺たちが支えられるものなのか。
「ううん、大丈夫。だってみんなが教えてくれたから」
一条の覚悟を感じた。だからその覚悟を尊重することにする。
アルバムが開かれ、ゆっくりとページをめくる音がする。その間、誰も、何も言うことはせず。
しばらくして一通り見終わったのか、パタンという音がして
「みんなくらい」
最初に渡が感想を言う。そうか・・・
「そうですね。作り笑いをしている感じがします」
次に日向が感想を言う。作り笑いか・・・
「それと、事件の前と後で写真の写りが大きく変わったように思います」
「どうゆうことだ?」
「クラスごとの活動の記録みたいな枠があるのですけど、写真1枚に写っている人数が明らかに減っています。5月までと6月以降を比較して」
「慎はみんなに壁があるって言ってたな」
「はい、まさにそんな感じです。集合写真でも隣の人との距離が他のクラスよりも離れているように見えますね」
「そうか」
渡と日向からはいろいろ聞くことが出来た。あとは
「ココ?」
「あ、ごめん。ごめんね」
「ココさん。ティッシュです」
「うん、ありがと」
やはり辛かったようだ。現実として見せられるんだ。クラスで起きていた現状を。
「大丈夫だよ。誰も悪くないんだもんね」
「ああ。抱え込むなよ」
「うん。でも、やっぱりママのことを考えると、辛い・・・」
これには何も言えない。俺だって辛い。だからこそ謝罪をしたい。なかったことには出来ないけど、せめて俺の言葉で、俺の今を教えることで、先生の助けとなりたい。
「みんなつらい。だから、みんなでたすけよ!」
「うん、そうだね、わたりん」
「はい、思いは一つです」
「そうだな。それと・・・」
そう決意を新たにする。そしてドアの方へ向かって開けると
「いったぁー!」
バンという音とともに聞き慣れた声がする。
「やっぱりいたよ」
こんなことだろうと思ったよ。どうせみんなの靴があるのにリビングに誰もいないからおやぁ? とでも思ったのだろう。すり足で二階まで来て。
「みんなお帰りぃ。いやぁ、邪魔しちゃ悪いかと思ってねぇ」
「邪魔しねぇ代わりに盗み聞きかよ」
「人聞き悪い事言うわねぇ。いつ入ろうかタイミングを窺ってたのよぉ」
「嘘つけ」
「すみません。勝手に上がってしまい」
「いいのよぉ。いつもそうじゃない」
「うっ、確かにそうです」
確かに、ぐうの音も出ないな。
「あの・・・ありがとうございました。これ、見せてくれて」
「私は見せてないわよぉ。それに、そこにずっと置いてあったからねぇ」
本当か? やっぱりこれを見越して置いたんじゃないか? まぁいい。今回は感謝している。知ってもらうためにも、そして俺自身知るためにもこれは見せる必要があった。中学生活で唯一形として残っていて最も当時の様子を示すものだ。逆にこれ以外見せられるものもない。
「それもそうだけど光ちゃん、女の子三人を自分の部屋に連れてくるなんてねぇ」
「やめろ。誤解を生むだろ。それに俺は何もしてねぇよ。やったのはこいつらだ。勝手に人の部屋に来ていろいろと見て回って」
「それは矢島さんに勝手にしろと言われたからです」
「うん、じゃあ光ちゃんが悪いわぁ」
「いいから下降りろ。もういいだろ」
そう言って無理矢理部屋の外に出させる。これ以上いたところでこの部屋には何もない。廊下で「この部屋は何ですか?」っていう日向と「かえでの部屋だけど覗かない方がいいわよぉ。怒られるからぁ」というやり取りがあったがかえでの部屋には誰も入ることなく全員下に降りて行った。多分三人して『かえでの部屋』と聞いた瞬間目を輝かせていたと思うけど、部屋に入ったらマジで怒られるから。俺も何度か間違えてかえでの部屋に入ったことがあったけど、その度に怒られ殴られ物を投げられだったな。まぁ当時は俺もほとんど口をきいていなかったからそれで引き下がっていたけど今入ったら・・・、俺二階から突き落とされるんじゃね?
全員がリビングに行ったところで
「これもうちょっと見ていいですか?」
「光ちゃんがいいならねぇ」
なんだ、一条のやつ、卒業アルバム持ってきたのか。
「俺は別に。何なら持って帰ってもいいし」
「さすがにそこまではしないよ」
別に俺は構わないけどなぁ。それと卒業アルバムだったら多分一条の家にもあると思うな。自分が担任をしていたクラスだ。ないほうがおかしい。でも今まで見れていなかったということは見せなかったのか、それとも見れなかったのか。恐らく両方だろう。一条の話によるとあの一件以来一条の母親は話さなくなったらしい。巻き込みたくなかったというのが理由だろう。だから卒業アルバムも家族の手に届かないところに置いた。そして自分の負い目となっている過去を見ることにもなる。だから見れない。封印でもされていそうだ。でも捨ててはいない。これは確信を持って言える。
「みんな」
「え? それって・・・」
「ここにはいってた」
渡が何か見つけたようだ。ここ入っていたということは卒業アルバムの中か。でも見当がつかない。アルバム以外に何があったんだ。
「何かあったのか?」
聞いてみると
「てがみ」
「はい。アルバムを入れていた箱の中から出てきました」
手紙・・・。それもアルバムの中から・・・。さっき出てこなかったのはアルバムの中に挟まっていたわけじゃなかったからか。そして誰が入れたかについては大体絞られる。まず家族、次に慎、そして
「これ、ママの」
渡すときにでも入れたのか。手紙を書いたのは先生だった。
「ココちゃんが読む?」
「あの、お願いします」
「うん」
本当だったら俺宛ての物なんだろうが俺が読めないことは知っている。しかも書いたのが一条の母親。一条が読んだら感情がこみあげてくるのは誰でも想像がつく。それを察したのか一条の両隣には渡と日向がいてくれている。小さな声で「ありがとう」と一条が言っているからわかる。
「矢島光輝君」
この書き出しから母親が読み始める。
————————————————――――――――――――――――――――――
矢島光輝君
あなたにはこの手紙に書いてある文字が見えないかもしれないですけど私はこの手紙を残します。誰かに———、矢島君に手を差し伸べてくれた誰かに、読んでもらえることを信じて。
まずはご卒業おめでとうございます。この一年、私にとっても矢島君にとっても大きな一年でした。あの一件についてはあなたや瀬戸君からお話を聞いて今回だけではないということを知らされました。学校を代表して謝罪したいと思います。申し訳ございませんでした。
こんな私でも担任として務まっていたでしょうか? 今の私にはそれを聞く勇気がありません。その資格すらないと思っています。ですから私からは無粋かもしれないですけど言葉を差し上げたいと思います。
今後将来を生きていくうえで様々な困難に当たることが人より多くあると思います。一人では解決できないような困難に当たることも多くあるでしょう。その時は周りに助けを求めてほしいと思っています。助けてくれる人は大勢います。もし、誰も信じられないのだとしたら、せめて、この手紙を読んでくれている人だけでも信じてあげてください。
結びになりますがあなたの今後、益々のご活躍を期待しています。
3年4組担任
—————————————————―――――――――――――――――――――
「ママ・・・」
一条が声を震わせている。その隣で渡と日向が介抱している。
「この手紙を聞いてどう思った? 光ちゃん」
母親がこう聞いてくる。どう思ったかなんてそんなのは決まってる。
「言いたいことが決まった。それを言うだけだ」
「そう。強くなったじゃない」
「そんなんじゃねぇよ」
俺は強くない。昔から比べればいくらかマシになった気はするが、それでも強くはない。
「光ちゃんも、ココちゃんも、言いたいことを言ってあげなさい」
「ああ」「ふぁい!」
謝罪だけじゃない。もう一言、先生には言う必要がある。だから先生に直接会って言ってやる。
× × ×
三人とそれを送っていくと言った母親が出て行って一人になった。俺は先生の書いた手紙を見つめている。文字は見えない。でも紙を撫でているとところどころ紙がふやけたような跡があった。1年以上前に書いたものだからさすがに乾いているがしわが寄っているのがわかる。
さらに撫でていると紙の端の方に不自然な隆起があった。詳しく撫でてみるとそれは点字だった。ところどころ戻りかけている部分もあったが俺の語彙力と総合して読んでみる。そこにはこう書いてあった。
“ごめんね”
「わざわざ点字にしなくてもいいのに」
点字にしてまで伝えたかったのがこれか。これは先生らしいと言えばいいのか。でも当時の俺は先生と全く向き合おうとしなかったから先生らしさが全くわからない。でもこれだけは言える。
「ごめんねじゃねぇよ」
俺に対してのものというのはわかる。でも今までいろいろなことを聞いてきた。だからこの『ごめんね』にはいろいろな意味があるようにみえる。だが俺はその『ごめんね』を受け入れない。だってごめんと言われるようなことを先生はしていない。
言いたいことがどんどん増えていく。手紙で書いたはいいけどあとからあとから追加されていく。だから言ってやる。全部。そう決意を新たにした。
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