手紙 - 38日目 -

 暑い。朝なのに。もう暑い。昨日言っていた天気予報は悪いほうに外れた。午前中はそうでもないって言っていたのに。


「おはよー」


 いつも真っ先に挨拶する一条の声もヘロヘロな感じがしている。もうへばっているのか。


「おはようございます」


 他の面々は普通のようだ。誰か一人くらいやせ我慢しているような気がするが、まぁいい。あともう一つ。


「本田がいねぇな」


「ねぼう」


 へばっている一条に代わって渡が答える。絡まれてるわけじゃないのか。でも寝坊って・・・。


「はぁ、はぁ、着いた」


「やっと来た、お寝坊さーちゃんって・・・」


 途中まで言って止まってしまった更科。何?


「ぷふっ、なにそれ!」


「すごいですね」


「それでここまで・・・」


 噴き出す一条。感心する日向。呆れる佐藤。だから何?


「まぁ、これはこれで」


「これ」


 切り替えようとする慎、写真を撮ってみせる渡。ねぇ、さっきから何? 何なの?


「あー、髪直すの忘れたな」


「え? 反応が普通。私だったら悲鳴上げるよ」


 そんなにすごいのか。それなら見たかったな。更科が悲鳴を上げるレベルということは・・・、相当すごいのだろう。それよりも寝起きの髪そのままで来て忘れたで済ませる本田もすごい。前から思ってたけど本当にマイペースだな。さすがスターは違う。


「洗面台に行きましょう。雛が直してあげます」


「私も行くよ。これで行くのは私でも恥ずかしい」


 心優しい日向と更科に連れられて本田は先に行く。残った俺たちは


「ねぇ、さーちゃんって昔からあんな感じなの?」


「うん」


 幼馴染の渡が言うってことはそうなのだろう。さっきの本田を見たとき俺以外に一人だけ冷静だったし。


「なんていうか、図太いね」


「あぁ確かに、これなんて言うんだって考えてたらもうそれ以外ないな」


「図太い、スゲーしっくりくるな」


「へー、さーちゃんみたいな人を図太いって言うんだー」


 逆にそれ以外ない。今まで思っていたマイペースとか鈍感とかと似ている気がするけどやっぱり図太い以上にしっくりくるものがない。よく思いついたな。さすが学年1位。称号に『図太い』ってつけていいレベルだ。図太いスター・・・。やべ、笑いそう。あと一条辞書に図太いが追加された。よかったな。


「とりあえず教室に行くか」


 慎の一言で残った俺たちも歩き出す。教室に行くまでの道中は本田がどんな髪をしていたのかが気になってしょうがなかった。後で聞いてみよう。


× × ×


 昼までに気温はどんどん上がり25℃突破。ブレザーが辛い。昼食の時間になってまた一条に引っ張られ、渡に押されてアトリウムに向かう。そんなに急かさなくてもいいのに。


「あ! さーちゃん髪直ってる!」


「へぇ、でも縛ってるのとそうじゃないのとで印象だいぶ変わるな」


 元がどっちだったのかは知らないがまぁ、朝よりはマシになったということにしておこう。って言っておきながら朝がどうだったかも知らない俺・・・。


「うーん、落ち着かない」


「こっちの髪も新鮮でいいよ」


「大変でした」


 俺今日ずっと置いてかれてね? 朝から全然ついていけてない。唯一ついていけたのは本田が図太いってことだけ。だから


「なぁ、最初から説明してくれ。俺全然わかってねぇよ」


「ああ、そうだな。光ちゃんに悪いな」


「え? 説明しちゃうの?」


 驚く更科を尻目に本田が説明する。何か自分の髪を説明するってのも変な話だがそこは勘弁して。


 本田はいつもは長い髪を結んでいるらしい。テニスとかで邪魔になるからだとか。じゃあ切ればいいじゃんって話になるが、俺が髪型に関していちいち文句つけるのも違う。そして今日は寝坊をしたため結ばず梳かさずで来て朝のくだりに戻る。ボサボサ、寝癖すごい。例えるなら・・・例えが見つからん。しかもその状態で学校まで走ってきたのだからさらに崩壊していたのだろう。よくそんなんで来れたな。みんなが朝あんな反応していた理由がわかった。

 そして日向と更科に処置されて今はストレートの長髪なびくような状態らしい。何でも日向とお揃いの髪型だとか。えらい変わりようだから直すじゃなくて処置という言葉を使いました。それってぱっと見別人じゃん。いつもと違うし朝とも違う。さっきの慎と更科の言う通りだ。印象変わるし新鮮だ。それと日向と更科お疲れさん。


「よくわかったわ。色んなことが」


「そうか、それは良かった」


「いやよくねぇよ」「よくないよ!」「よくないですよ」


 渡以外の女子全員と俺に総突っ込みをされる本田。何かもういちいち突っ込んでたらキリない気がする。もう本田はこういう人物として受け止めよう。


「あ、そうだ! わたりん、さーちゃんの昔話聞かせてよ」


「私も気になる!」


 確かに気になる。もしかしたら本田はこれまでにも数々の伝説を残しているかもしれない。


「私は構わない」


「うん」


 本田の確認を取って渡が携帯を使いながら話し始める。聞いていて思った。本田はマジでヤバいやつだった。ここからはその伝説の一部を箇条書きで示そう。

・体力テストや体育、運動会はぶっちぎりの1位だったらしい。例えば台風の目って競技があったが周りを置いて行って一人棒を持ってゴールしたとか。リレーで最下位から1位までごぼう抜きしたとか。持久走では男子相手に周回差をつけたとか。他いろいろ・・・

・いじめっ子の男子がいたらしいがそれを返り討ちにしたとか。束になってかかっても勝てなかったらしい。

・髪ボサボサ事件はこれまでも何度かあったらしい。寝坊に限らず単に忘れたとかもあったとか。

・生徒会や学級委員の推薦もあったらしい。本人は断ったみたいだが。学力の面ではなくこの伝説を耳にした人たちによるものだったとか。

・一番驚いたのは体育でけがをした生徒をお姫様抱っことおんぶを同時にして運んだことがあるとか。

・・・


「ん? どうした? みんなして口を開けて」


「どうしたじゃねぇよ。化物かよ」


「化物は言いすぎだよ。そうだな、スーパーマン?」


「それを言うならスーパーウーマンじゃない?」


「もう何でもいいよ!」


 ここに書いたことはほんの一部だがそれにしてもヤバすぎる。俺の言った化物、慎の言ったスーパーマン、更科の言ったスーパーウーマン、何かそのどれも枠にはまってない気がする。


「ちょっと思いついたんだけどいいかな?」


「何だ?」


「日向さん抱えられる?」


「佐藤さん鬼ですか?」


 いいこと考えたな。俺も気になる。でも結果は見えている気がするが。


「ヒョイっていったな」


「うん、軽いな」


「何か今ものすごく屈辱なんですけど。アオさんココさんわたりんさん写真撮らないでください」


 見たかったその光景。まぁそれもそうだが佐藤がいじるほうに入るとは。日向がいじりがいがあるということか。それとも本田ならやってくれると思ったのか。まぁどっちでもいいけど。


「佐藤さん。覚えておいてください」


「ごめんね。悪気はなかったんだよ」


「ほんとだよ。見れねぇ屈辱ってのも知ってほしいものだな」


「見なくていいです。ココさん笑わないでください」


 爆笑している一条は放っておこう。それとこのままだと日向がただただ不憫なのでこの話も終わらせよう。


「本田の伝説物語はもう終わりにしよう。日向が不憫だし」


「不憫は言わなくていいです。自覚してますから」


「渡から聞いてるよな。手紙の件について」


「聞いてるよ」


 あの場にいなかった慎が知っているってことは他の人も知っているのだろう。多分。


「今日の放課後便箋を買いに行って書こうと思ってる。今日いけねぇやつは明日便箋を渡すから書いてほしい」


「わかった」


「うん」


「りょーかい」


 行けない三人が納得してくれたからこれでいい。そして


「それで、さっき言ったように今日は便箋買いに行くからな」


「うん、わかった」


「はい」


 昨日既に話した二人を除いて、本田と日向も納得してくれた。ということで


「はい、全員納得したから俺の話はこれで終わり。本田伝説の話に戻ってくれ」


「戻らなくていい」「戻らなくていいです」


 本田ではなく更科と日向に止められた。何で? 聞いてて面白いのに。


「そういえばさーちゃんって苦手なものとか嫌いなものとかあるの?」


「苦手なもの・・・、嫌いなもの・・・、ないな」


「話戻った・・・」


 伝説の続きではないにしても一条が話を振ったことによって結局本田の話に戻る。更科が呆れてるよ。


「ほんとー?」


「本当だ」


 嘘だな。苦手なもの、嫌いなものないやつがいるわけがない。その対象物が人か、物か、それ以外か、いずれにしても何かしらあるに決まってる。


「たかいところとおばけ」


「わたりーん」


「え? ほんとッ⁉」


 本田ではなく渡が暴露し、しかもあまりに意外なものが出てきたので一条が笑いを堪えきれていない。俺も笑いそう。


「光ちゃん、慎ちゃん、笑うな」


 あ、知らぬ間に笑ってた。しかも慎もか。いやでも嫌いなものがあまりにも意外過ぎてッ! 高所恐怖症とおばけって、似合わねぇッ!


「みんなして。もういい」


 みんなして笑いだしたのに呆れたのか怒ったのか、本田がそっぽ向いてしまったようだ。否定しないってことはそうなんだな? これはいじりがいがある。


「でもこのままだとさーちゃんがかわいそうだから、みんなも言っていこうよ」


 確かに、このままだと本田が不憫だ。不憫なのは日向だけでいい。ああ、悪い意味じゃないから。


「じゃあ最初に私から。私の嫌いなものは虫。虫はちょっと無理」


 本田のことを考えてみんなに嫌いなものを言うように言った更科が最初に明かす。人によっては仕向けたとも捉えられるが、俺はそう思わない。まぁ暴露ネタになることに変わりはないが。でもなぁ。


「本田のがすごすぎてインパクトに欠けるな」


「ふーん、じゃあ次光ちゃん」


 なんか妙な視線を感じる。そして言い方に圧を感じる。更科怒ってない?


「俺は・・・水だな。目見えねぇから自分がどこにいるかもわかんねぇし」


「光ちゃんの方がインパクトない」


「どこに対抗してるんだよ」


「別に—」


「じゃあ次俺な。俺は・・・体硬いんだよなぁ。あぁ、でもこれは短所か」


 変に対抗心を燃やしていた更科は置いておいて。慎が体硬いのは知っている。でも大事なことを言ってないぞ。俺も渡みたいに暴露してやろ。


「それだけじゃねぇだろ。例えば、犬とか」


「それ言うなよなぁ」


「犬って! チョー以外!」


 さっきから笑っている一条の腹筋はいつまで持つのだろうか。でも慎の犬嫌いは他の人にとっても意外だったらしく、笑う人、驚く人、反応は様々だ。よし、畳みかけてやろ。


「昔俺と慎で犬に追いかけられたことがあってな。その時のがトラウマなんだと」


「光ちゃん。言うなって言ったよなぁ」


 肩組まれて慎が詰め寄ってくる。圧すごい。俺真実言っただけなのに。怒るなら爆笑している一条怒れよ。


「光ちゃんのも言ってやろうか。水嫌いは実は昔からでなぁ。何だっけ、浮き輪の空気抜けて溺れかけたんだっけ?」


「お前まで何対抗してるんだよ。ていうか何バラシてくれてんだよ」


 それを聞いて更科も噴いている。こいつら・・・、さりげなく結託してねぇか?


「じゃあ次は僕かな。僕の嫌いなものは———」


「言わなくてもわかる。選ぶセンスが壊滅的だろ」


「光ちゃん・・・。あぁそうだよ。昔からファッションセンスも何もないって言われてたよ」


「そう言われると佐藤さんの私服見てみたいですね」


「見せてやろうか?」


「え? 本田さん写真持ってるんですか?」


「ああ、一年の時クラス同じだったし」


 そういえばそうだったな。同じクラスだったら一緒に遊ぶとかあっても不思議じゃない。しかも部活も同じなんだ。お互い抵抗もないだろう。あれ? なんか違和感が・・・


「ぷふっ! なにこれ!」


「佐藤さん。はっきり言ってダサいです」


「そんな・・・」


 きつい攻撃くらったな。一条が爆笑しているのもそうだが日向のがトドメ刺したな。聞いたところ真ん中に黒文字で『テニス』って書いてあるオレンジTシャツらしい。うん、ダサい。


「次は雛が。私の嫌いなものは辛い物です」


「あとは高いところの物を取ること、か」


「それは言わなくていいです。それとそれは嫌いなことでも苦手なことでもありません。出来ないことです」


「変わらねぇ気がするが」


「変わります」


 辛い物ねぇ。何だろう。それ苦手ってなるとますます日向が子供に見えてくる。でもこれ以上言ったら殴られそうだからやめておこう。


「わたしはくらーところ」


「それと尖ったものだな」


「むぅー!」


「お返しだ」


 渡に暴露された本田が今度は暴露返しをしてきた。俺と慎と同じことをしている。仲いいんだな。まぁ幼馴染だからか。傍から見ると俺と慎もこんな風に見えるのか。


「暗いところ・・・、ふーん」


 絶対、ぜーったいよからぬこと考えたな。でも俺も更科と同じことを考えてしまった。これは夏に取っておくか。覚えてたら。


「最後はココさんです。大丈夫ですか?」


「はぁ、はぁ。ふぅー、大丈夫。えーっと、何の話だっけ?」


「嫌いなことや苦手なものの話です」


 笑いすぎて何の話をしていたのかも忘れていたのか。今でこそ笑っていられるけどあと2時間くらいしたら苦痛で泣くことになるぞ。それと


「えーっと、私の嫌いなものは———」


「勉強だろ」


「そう、勉強! って違うよ!」


「いいノリ突っ込みだったな」


 言うまでもないから俺から言ってやったのに。でも慎の言う通り確かにノリ突っ込みは良かった。拍手物だ。このやり取りで他の人も笑いだした。


「もう!」


 一条がむくれているのがわかる。でもなぁ、勉強嫌いって言うのは誰から見てもわかるくらいだったしな。逆にこれ以外あるかってレベルだ。あ、


「あと運動全般か、いてっ!」


「もう! それ以上言わないでよ! わたりん笑いすぎだよ!」


 みんな知ってるんだから言っても問題ないだろ。なのに頭叩かれた。そして渡が一番笑っている。思えば渡って俺がからかわれているか何かで叩かれたときに笑うこと多い気がする。気のせいか?


「じゃあそれ以外で何かある?」


 それ以外って言うってことは佐藤も認めている。自他ともに認める勉強嫌い、そして運動嫌いってことだ。え? この二つってほとんど全部網羅してね? 他に何かあるか?


「うん、嫌いな食べ物とかあるよ」


「誰だってあるだろそんなの。かえでだってブロッコリーダメだし」


「え? かえかえブロッコリー嫌いなの?」


「あぁ、皿に乗ってるやつをいつも俺のところに乗せてくるし」


「光ちゃん。この昼でだいぶ敵を増やしたぞ」


「何のことだよ」


「わかってないならいいや」


 慎の言っていることがよくわからない。ついでに更科も声をあげてうんうん頷いているし。


「私は苦いものはダメ。ピーマン! ゴーヤ! コーヒー!」


「子供だないてっ!」


「子供じゃないよ!」


 また頭叩かれた。でも今回も本気じゃないのはわかる。そしてまた渡に笑われた。あと日向「危うく言いそうになりました」じゃねぇよ。小声で言っているのも俺には筒抜けだぞ。それに辛い物がダメなお前も十分子供だからな。


 まとめよう。みんなの嫌いなもの、苦手なもの一覧。

 俺、水の中。

 慎、犬。

 佐藤、選ぶセンス。

 渡、暗いところ、尖ったもの。

 一条、勉強、運動、苦い物。

 本田、高いところ、おばけ。

 日向、辛い物、高いところから物を取る。

 更科、虫全般。


 普通の人もいれば意外な人もいた。あれ? 何でこんな話になったんだ? まぁいいや。


× × ×


 放課後、生徒会にお呼ばれした慎、更科、付き添いの佐藤は早々にいなくなり、今帰り道を歩いているのは俺、渡、一条、本田、日向だ。


「あー、おなか痛ーい」


「笑いすぎなんだよ」


「腹筋崩壊ですか」


 やっぱり一条の腹筋は崩壊した。日向がそれをわざわざ声に出して言ったのには理由があったのかと思ったがすぐにわかった。どうやら本田の笑いのツボらしい。必死に堪えているのが横で歩いていてわかった。


「そういえば矢島さん」


「あ?」


 日向から聞かれるのは珍しいな。今までにあったか?


「何でこれまで私たちにいろいろなことを聞いてきたのですか。しん・・・ちょうの事とか嫌いなものとか」


 身長をものすごく苦しげに言ったのは心中お察ししますが、俺が色々聞く理由なんてのは至極単純。


「理由は一つだ。俺は目が見えねぇ。だからせめてお前らを知る手段としていろいろなことを聞いて、そして知りたいってだけだ。あれ? これ前言わなかったか?」


「言いましたね。でも聞く内容に悪意を感じるものですから」


「それは捉え方の問題だ。じゃあ何か、体重はいくつかって聞いた方がよかったか?」


「振り方が極端すぎますね。でもそれならいいです」


「私の体重は———」


「さーちゃん、言わなくていいです。わたりんも言おうとしないでください」


 そんなに知りたいわけじゃなかったのにこんな質問にも答えてくれるのか。この場合は日向が正しい。渡は善意からか、本田は図太さが出たな。やりすぎだ。


「じゃあその話の続きとして。兄弟はいるのか?」


「ずいぶんプライベートなことを聞いてきますね。でもそれならいいです。雛には中学三年生の弟と小学六年生の妹がいます。でも・・・」


 プライベートって、家の中や母親の電話番号まで明かされてる俺の前で言いますかね? まぁいいや。日向には弟と妹がいたのか。てっきり一人っ子だと思ってた。でも?


「悲しいことに私が一番年上なのに一番身長が低いです」


「それどう返せってんだよ」


「どーまい!」「どんまい!」


「いいな、長女」


 本当に悲しくなっちゃったよ。中三の弟ならまだしも、小六の妹に抜かれるって・・・。何も言い返せない。それを渡と一条が必死に慰めようとしているけどどんまいって慰めの言葉か? それと本田の一言も気になる。


「私は末っ子だ。大学生の姉二人がいる」


「マジかよ⁉」「ほんと⁉」「ほんとですか⁉」


 今日は本田に驚かされっぱなしだ。今度は一番末っ子という事実ですか。もうないだろうと思っていたが不意を突かれた。


「三年、二年、そして私だ」


「ねぇ! お姉さんの写真とかないの?」


 絶対そうなるだろうと思った。さっきまでお腹痛ーいって言っていたのに。でも俺も見たい。でも見れない。・・・くすん。


「うむ。・・・ああ、これだ」


「可愛い! 美人!」


「皆さんして大きいじゃないですか」


 はしゃいでいる一条。そして愚痴をこぼす日向。渡はどうしたんだ? すごすぎて声出てないのか? そう言うことにしておこう。それにしてもみんなして大きい。しかもかわいくて美人・・・


「二人して雑誌のモデルをやっている」


 でしょうね! そうだと思ったよ! でも見れない。何度でも言ってやる。でも見れない。


「今度その雑誌教えて!」


「ああ、もしよければ持ってきてやってもいいが」


「お願いします! うっ、おなか痛い」


 はしゃぎすぎた反動が来たのだろう。お辞儀をしたせいで腹筋に来たようだ。それと学校に雑誌持ってくるのは校則違反だぞ。俺は何も言わないけど生徒会に入ったあの二人にうるさく言われるぞ。


「わたしはひとりでもさみしくないよ」


「ああ、小さいころから姉とも一緒だったしな」


「いいなぁ、私は一人っ子だしー」


「今度紹介してやろう」


「ほんと? ありがとー!」


 この三人は家近いらしいからこんなことが出来る。なんかちょっと羨ましく思った。


「俺は言うまでもねぇだろ」


「わかりませんよ。私たちに隠して———」


「いねぇよ。いてたまるか」


 いるわけない。少なくとも俺の知る範囲では・・・。本当にいないよね? いや、親を疑ったらダメだ。母親の言うことはあまり信用できないが不信まで堕ちてはいない。


 そうこうしているうちに家に着く。


「ただいまー!」


 もう遠慮も何もないんだな。みんなして普通に家に入っちゃって。


「お帰りなさい。皆さん」


「かえかえー! ただいまー!」


「抱きつかないでください。暑いんですから」


「いいのー!」


 とりあえず一条はかえでに押し付けておこう。とりあえず荷物を置きに二階へ。


「ここおへや?」


「ああ、そうだっておい。何で来てるんだよ」


 思わず悲鳴をあげそうになったが何とか堪えた。俺の足音に合わせるようにして俺の部屋まで気づかれないように来るとか。それともすり足でも使ったか。どっちでもいい。この部屋に来たのは家族以外だと慎しかいない。それなのに、今渡が部屋にいる。


「いたかった」


「見たかったか。見ても何もねぇぞ。それにこの部屋に用はねぇはずだ。下降りろ」


 俺がこう言うと「うん」と言い返して下に降りていく。冒険じゃねぇんだから。俺も下に降りると


「はいじゃあ皆さん揃いましたねぇ。行きましょー!」


「おー!」


 母親とみんなの掛け声とともに車まで行くことになる。思えばこの掛け声一つとっても個性って出るもんなんだな。


× × ×


 やってきたのは近場の文房具店。ここには便箋を買いに来たはずなのだが


「これ可愛い! ほしいなー」


 目移りしてしまうのが買い物の常。と言っても俺には目移りする目がないのでさっさと便箋を買って帰りたい。この後書かなきゃならないのに。あと主に目移りしているのは一条と渡だ。


「ココさん、わたりんさん。目的を忘れていませんか?」


「あ! 大丈夫! 忘れてないよ!」


 「あ!」って言っている時点で忘れてたの確定じゃねぇか。自分の母親の事なのに。


「レイアウト等々は任せるわ。見てもわかんねぇし」


「そうですね。渡す相手がお友達ではないのであまり派手なものではない方がいいかもしれないです」


 確かに。今回渡すのは一条の母親だ。しかも内容は、複雑すぎて一言で説明できない。でもとにかく派手じゃない方がいいのはわかる。


「ココ、母親の好みなものあるか?」


「え? うーんとねー、これとか好きそう」


 本田の言い分もわかる。でも内容が内容だ。


「母親好みの柄っていいのか?」


 当然そんな疑問に至る。重苦しい内容を派手派手の手紙に書くのはどう考えても違う。


「私はいいと思うな。今ココが見せているものもそんなに派手じゃないし、今の事を書くのに硬い手紙を渡すのは違う気がする。真っ白な紙だと言い方は悪いが式典の感じがするというか」


「私もさーちゃんさんに賛成です。そのほうが寄り添ってる感じがします。あと、今を楽しんでいるからということも伝わりますから」


 本田の言うことも一理あるがそれにかえでが乗っかるとは思わなかった。なるほど、その考えもあるか。いい意味でかえでらしくない考えだ。でもこれはおそらくそれだけ真剣だということの表れなのだろう。


「ちなみに、一条の選んだものってどういうものだ?」


「えーっと、ママの大好きなお花の柄だよ。あとママはオレンジ色が好きなの」


「オレンジか・・・。俺は派手に見えるが」


「雛もちょっと派手に見えますが」


 2対3、意見が割れた。この手紙を派手と見るか普通と見るか。よし、ここはまだ意見を言っていない渡に聞くとしよう。一応母親もいるがどうせ何も言わないだろうから。


「こっち」


「ココさんの選んだものがいいみたいです」


「そうか。まぁ真っ向から否定していたわけじゃねぇからいいんじゃねぇの」


「じゃあこれで決まり―!」


 もっと時間がかかると思ったが案外あっさりと決まった。多分渡と一条が目移りしていた時間とそんなに変わらない。


「ところで矢島さんは書く文章決まっているのですか?」


「あぁ、決まってる。だけど文章量多いから時間かかるな」


「大丈夫です。お兄ちゃんには徹夜してでも書かせますから」


「そうですか。それならば安心です」


「かえでも徹夜するのかよ」


「書き終わるまで寝かさないから」


「わかった。早く書くよう努力するわ」


「誰かーお金貸してー!」


 俺が終わるまでかえでは寝ないと言ったが、その後のことを考えてみるとかえでにはすごく申し訳ない。俺のせいで寝られない、起きられない、授業集中できない、部活集中できない・・・、本当に申し訳ない。だから早く終わすことを誓った。あとお金については母親が支払いました。


× × ×


 家の帰ってきて時間の許す限り書くことになった。まずは一人一人書いている。ただ一条だけは先に書いてしまっていたので俺の書く手伝いをしている。と言っても紙を動かすことくらいだが。


「何か内容が真剣すぎる。書き直そうかなぁ」


「別に一条は一条でいいだろ。俺は俺の書きたいこと書いてるんだし」


「そうそう。でも本当はココちゃんみたいに考えすぎない方がいいのにねぇ」


「俺は俺だ。何度も言わせんなよ」


「はいはい」


 要するに思いがこもっていることが重要だ。それを伝えるために俺は書けることを、自分の字で書き連ねる。


 しばらくして続々と終わる人が出てくる。そして俺だけになった。まぁ予想通りだ。


「どうするー? 光ちゃん以外終わっちゃったけどぉ」


「もう暗いのでそろそろ帰ります」


「そうだな。明日もあるし」


「みんな!」


 日向と本田が帰ろうとしていると一条が呼び止める。


「ありがとう。ママのために」


 おとなしく受け取ろう。だから俺は頷く。他の人もそうしたようだ。


「じゃあね」「またな」「また明日です」「ばいばい」


 俺とかえでに全員違う挨拶をする。ここは被らないのな。


「はい、お兄ちゃんなら任せてください。終わらせますから」


「うん、よろしくね!」


 そして母親の車に乗り込んでいく。その車が離れていくと


「お兄ちゃん。続き」


「わかったよ」


 さっきまで一条がいたところにかえでが座って俺の書く手伝いをする。


 そこからどれくらい経っただろうか。その間文句一つ言わずにかえでは付き合ってくれた。本当にありがたかった。母親も帰っては来たが俺たちの邪魔はしなかったし。


「よし。終わり」


「じゃあ私の手伝いも終わり。お風呂入ってくる」


 そう言うとさっさと部屋を出て行ってしまった。


「かえでったらぁ」


「何だよ。かえでがどうかしたのか?」


「あとでお礼言っときなさい。あと、その手紙、絶対渡しなさい」


「当たり前だ」


 最後まで付き合ってくれたかえでには素直に感謝だ。後書いたからには絶対に渡す。そして読んでもらう。その後は直接会って伝える。


——————————————――――――――――――――――――――――――


「何あれ。超本気じゃん」


 お兄ちゃんの真剣に手紙を書いている眼差しが忘れられない。書いていた文章が忘れられない。それを見て何度か泣きそうになったけど堪えた。だから


「あんなの見せられたら。耐えられるわけないじゃん。バカ・・・」


 シャワーに紛れて涙をこぼす。そして私は願う。もう一度、先生と話せることを。ちゃんと、話して。先生とお兄ちゃんが、そしてみんなが笑うその光景を。


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