手紙 - 37日目 -
昨日あんなこと考えなければよかった。フラグを立ててしまったため今日の天気は雨。何でだよ! こんなにうまいこといくか普通。せめてもの救いは朝は送ってくれることだけだ。車の中で「今日雨だから迎えに来て」と言ったら「そんなのは理由にならないわよぉ」と突っぱねられ結局帰り歩きが確定したし。
× × ×
久しぶりにみんな集まっての昼食になった。何で久しぶりかというと最後に集まっての昼食は先週の木曜日。金曜は全員いたとはいえとても昼食を取れるような状態じゃなかったし。明けて月曜、火曜は普通にクラスで食べたし。
「みんなで食べるのって久しぶりーって感じ!」
「だねぇ。こっちも大変だったんだよー」
「何が大変だったんだよ?」
7組で何かあったのか? といっても思い浮かぶことがない。
「さーちゃんのファンが教室に押し寄せてました」
「ファン! いいなぁ」
「写真撮ったりサインしたり握手したりで大変だった」
「へぇ。それで俺たちに視線が集まってんのか」
「視線ってなんだよ」
「確かに。ここには球技大会注目の的がいっぱいいるからね」
注目の的ね。だとすれば木曜日にも来るはずだろと思ったがゴールデンウィーク明けだったからか話題はそっちに行っていたようだ。そしてそのゴールデンウィークも終わってしばらくたったので、再び俺たちに注目が集まっているということだ。
よくよく考えてみればここにいるのは目が見えないのにドッジでヤバイ球投げまくったらしい俺とそのサポートとして慎、佐藤。車いすにもかかわらず外野で当てまくっていた更科。テニスで3回戦まで勝ち上がった耳の聞こえない渡。背の低さで目立っていたであろう日向。プレーがひどすぎて悪目立ちしていたようにしか見えない一条。オールラウンダーで全無双していた本田。注目プレイヤー揃い踏みじゃん。イベントできるぞこれ。
「あのぅー。写真撮ってもいいですか?」
「ああ。いいぞ」
「ありがとうございます!」
俺たちが昼を食べている間にも主に本田目当てで人がやってくる。今までクラス内にいたから同級生は来やすかったが他学年は来づらかった。でも今は教室の外。だから他学年の人が遠慮なしで本田のところに来る。あれ? 球技大会ってもう2週間くらい前だよな?
「あのー。矢島さんですよね?」
聞いたことない声で呼ばれた。誰だ?
「あー! 確かドッジの決勝で!」
慎がこう反応している。言われてみればそんな声だった気がする。そういえば高校に入ってから自分のクラスの人以外で話しかけられたのは多分初めてだ。
「はい! 先輩のプレーすごかったです!」
「俺にはさっぱりわからなかったけどな」
「皮肉か? それともマウントか?」
慎にものすごく詰め寄られた。いや事実だよ。見えなかったし。
「それで、写真撮ってもいいですか?」
「いいよ撮ろう撮ろう! 佐藤もほら」
「えー僕もー?」
「拒否権を行使いッ!」
言っている最中に肩を思いっ切り寄せられた。おかげで逃げることも出来ずにそのまま何枚か写真を撮られた。しかも慎は自分の携帯をその後輩に渡して写真撮らせてるし。俺どんな顔してるんだろ。
「ありがとうございました!」
「おう! じゃあな!」
後輩相手でも普通に話す慎。これがコミュ力・・・。見せつけられた。見えてないけど。
「ぶー。みんなばっかりずるーい」
横で一条が拗ねている。別に拗ねることでも羨むことでもないぞ。本田を見てみろ。見えていない俺でもわかるくらい疲れてるのがわかるぞ。
少しすると人がいなくなってようやく落ち着いて昼が食べられる。
「はぁー疲れた」
「ヒーローゆえの苦悩だな。同情するわ」
「あぁ、同情してくれ」
てっきり突っかかってくるかと思ったがやけにすんなり受け入れたな。何でだ? しかも更科が笑っている。
「光ちゃんわかってないみたい」
「あ? 何のことだよ」
「別に—」
はぐらかされたのは気にくわないがまぁいい。本田に同情する気持ちだけは変わらないからな。そんなとき
「さとうくーん!」
いきなり聞きなれない声がしたので声のした方へ向く。しかも女子の声。誰だ? まさか佐藤のファンか? いや、こう言っちゃなんだが佐藤ってそんな目立ってたか? そしてその声の後「ぷぎゃっ!」って声とばたんって音がする。これはもしかしなくてもわかる。
「会長。大丈夫ですか⁉」
「あー! ほんとだ!」
佐藤と一条の反応でようやくわかった。ここにやってきたのは
「いてて。また転んじゃったよー」
「本当に大丈夫ですか? すごい転び方しましたけど」
更科が心配するくらいの転び方って、何か俺も心配になってきた。
「大丈夫だよー。いつものことーいつものことー」
これいつもの事なの? え? じゃあいつも転んでるの?
「紹介するよ。生徒会長のたんぽぽ先輩」
「たんぽぽ、ぷっ!」
「笑わないでー。これ本名なんだよー」
たんぽぽって、もうキラキラネームの度を越えている。確かに花の名前をそのまま持ってくる人はいる。例えば本渡先生、下の名前は確か
「そうだよ! 笑っちゃダメだよぉぉっ!」
「そういうお前も堪えられてねぇじゃねぇか、くくっ!」
最初に俺が笑ったのに対して一条がダメだと言っているがその声も最後はビブラートがかかったように震えている。いや、これは笑わない方がおかしい。
「あの二人は放っておいて、俺たちに何の用ですか? 佐倉先輩」
「さくらにたんぽぽッ!」
ヤバイ。ツボだ。堪えようにも無理だ。一条も堪え切れていない。慎、ちょっと話進めておいてくれ。俺と一条は無理だ。
「佐藤君に前お願いしたことなんだけどー」
「ああ、生徒会に人が欲しいって話ですか?」
「あれー? みんな知ってるのー? なら話しても大丈夫だねー」
そんな話したかと思ったがそういえば球技大会前に佐藤がそんなこと言ってた気がするな。もうずいぶん前の事だから忘れてた。
「実は学年変わった時、生徒会2人抜けちゃってー。佐藤君にお願いしたんだけどー、ダメらしいからそれじゃあ見つけてよーって言ったのー」
「何で2人も抜けたんですか?」
更科の疑問は当然湧いてくる。それに生徒会って私抜けますって言って抜けられるものだったか? あと間延びしたほんわかボイスも気になる。
「一人は引っ越しでー。もう一人はリタイアー」
引っ越しはしょうがない。でもリタイアってなんだよ。生徒会にそんな制度あったのかよ。
「お勉強が追いつかないみたいでー、先生に生徒会よりも勉強優先だーって言われちゃったのー」
「何でそんな人が生徒会入ったんですか・・・」
相変わらず鋭い事言う日向。いやそれはもっともだけど口で言わない方がいいと思うぞ。
「それでー、その2人分の空いた席を補充しようと思ってるんだけどー。もしかしてーここにいる人たちがそうなのー?」
「えぇ、そうです」
は? ちょっと待て。そんなこと聞いてねぇぞ。
「どういうつもりだ佐藤」
「うーん、いろいろ当たってみたんだけどみんな断られちゃって、だからお願いします!」
お願いしますじゃねぇよ。友人の頼みだから聞いてくれよ的なノリが通じる話じゃねぇぞこれ。
「佐倉先輩。今空いているのは何の係ですか?」
そう。慎の言う通りそれも重要。面倒な係は嫌だ。
「えーっとねぇー、書記とー、庶務ー」
「一番面倒なやつじゃねぇか」
書記は議事録書いたりするやつだろ。庶務って雑用じゃねぇか。何でよりによって面倒なやつが空くんだよ。いや、基本的に生徒会は面倒か。会長、副会長、書記、会計、庶務、議長、広報、監査。うわっ、どれも面倒。嫌だ。
「それじゃあ光ちゃんとココは無理かなぁ」
「だな」
慎の言う通りだ。俺は目が見えないから書記なんか出来るわけないし、庶務も無理だ。一条はそれ以前に学力が心配だ。前に去った役員と同じ道を辿ることになりかねない。本田と渡に「庶務って何?」って聞いている時点でダメだこれ。
「え? じゃあ私たちの中から決めるの?」
「そうなるな」
「頑張ってくれー」
「他人事みたいに———」
でもこう言うことしか出来ない。本当に他人事だし。あれ? でもこいつらが生徒会に入ったら手伝ってって有無を言わさず俺たちを連行してきそうな気がする。他人事じゃないじゃん。
「庶務くらい出来るよ!」
「一条。ちげぇぞ。能力について言ってるんじゃなくて学力について言ってるんだよ」
「うぅー」
「俺も戦力外だから。そう怒んなよ」
唸り声をあげる一条をほどほどに宥める。そんな戦力外の俺と一条はさておき、残った面々は誰がなるか話している。
ここで整理するとなる可能性があるのは慎、渡、更科、日向、本田の5人だ。でも渡や更科については条件付きになる。時間を要せば渡はどっちも出来る。更科は書記なら出来るといったところか。ついでに本田や日向も条件付きと言えば条件付きだ。本田は部活に影響しない範囲で、日向は高いところの物を取るとかの仕事じゃなければ。癖ありすぎだろここにいるメンツ。誰一人として普通の人いないじゃん。あぁ、別に悪い意味じゃないからね。
「これは俺は確定かなぁ」
慎も同じことを思ったようで半ば諦めのような声をあげている。
「いいのー?」
「はい、やります。でも書記か庶務かはもう一人が決まってからにしてください」
「いいよー、ありがとー」
「ちょ、やめてください」
「はわわわ!」
「ちょ、佐倉先輩⁉」
一条と更科の慌てふためく様子。何したんだ? 小声で佐藤に聞いてみるとびっくり。抱きついたらしい。ちなみに周りの反応も聞いてみたが渡は顔隠している。日向は「大胆ですね」って言っている。本田は首を傾げている。対して慎はいつになく恥ずかしがっている。なんか本田だけ反応がおかしい気がしたが、慎の取り乱した反応が見れなかったのは残念だ。
「はい、それじゃああとひとりー」
みんなの反応をよそに話を先に進めようとする佐倉先輩。どうやら自覚ないらしい。なるほど、生粋のゼロ距離天然キャラか。
「あと一人、どうするか」
あの場で唯一反応しなかった本田が話を進める。首傾げるだけってのもなかなかだな。なんかもう本田の底が知れない。
「私やってもいいかな?」
驚いた。もっと混迷を極めると思ったが。手を挙げたのは更科だ。
「いいのー?」
「はい、書記くらいなら私にも出来るので」
「ありがとー!」
「ちょ、先輩!」
早く決まってよかった。また抱きついてるのかこの先輩は。ほんとに距離感って概念がないのだろうか。
「それじゃあ俺は庶務だな。改めて、瀬戸慎です。よろしくお願いします」
「更科葵です。よろしくお願いします」
「よろしくー。はい、握手ー」
なんか付き合い大変そうだ。他の生徒会メンバーに対してもこうなのだろうか。まぁいいや、頑張ってくれ。
「じゃあ明日、顔合わせしましょー。放課後ー」
「え? 明日ですか?」
「うんうん。大丈夫だよー。みんな呼べば来てくれるからー」
「いや、そういうことでは」
更科と慎の明日の放課後が急に埋められると同時にチャイムが鳴る。
「あれー? もう時間? じゃあみんなー、授業に遅れちゃダメだよー。バイバーイ!」
そう言い残して生徒会長は行ってしまった。
「あれ? これって会長のじゃ・・・」
「そうだな・・・」
「はぁ、僕が届けに行くよ。みんなは教室に戻ってて」
閉まらねぇ。登場からインパクトが大きくて、最後に後味残していきますか。しかも一条と本田いわく、忘れたのは生徒会のそこそこ重要な書類らしい。
「悪いな。明日集まれそうにないや」
「私も行かなきゃだから」
「毎週来なくていいよ。なんでそんなに来る気なんだよ」
「大丈夫! 私は行くから!」
「来なくていい」
「私も来れるな。部活ないし」
「雛も行きますよ」
そんな会話をしながら教室に戻る。まだ片付いていない問題があるのに次の問題がまた降りかかる。まぁ生徒会の方に関しては俺ほぼ関係ないからいいか。それに明日は木曜だからそこで書くか。みんながいる前でっていうのは解せないが。
× × ×
放課後になっても雨は止む気配がない。そんな中俺、渡、一条の三人で歩いている。結局母親は来てくれなかった。ぐすん、悲しい。
「あ、そこ!」
そう一条が声をかけてくれ、渡が引っ張ろうとするがその時点でもう手遅れ。思いっきり水溜まりを踏む。もうこれで5回目くらいか。そのせいで靴の中はびしょびしょだ。気持ち悪い。
「くそ、明日これ履けねぇじゃねぇか」
「ごめん」
「いや、二人とも悪くねぇよ。これもこの天候の中歩かせている母親が悪い」
「あ!」
母親に適当に罪を着せると渡が何か閃いたような声をあげた。その後傘を閉じる音がして俺の傘に変な力がかかる。
「わたしがやじまくんをゆうどうする」
「あ! それいい!」
二人は喜んでいるが俺は今どうなっているのか全く分かっていない。そんな中俺の傘が引っ張られる。俺もそっちの方に引っ張られる。これがしばらく続く。
「避けられてるけど・・・」
確かに引っ張られ始めてから水溜まりを盛大に踏むことはなくなった。でも何だろうか。最初はいい! と言っていた一条が不満そうな声をあげている。そして俺の傘が引っ張られる。これってもしかして・・・
「なぁ、俺たち今どんな状態だ?」
「だ、大丈夫だよ! 水溜まりは避けられてるし!」
一条が言おうとしない。でも大体わかった。言えないが正解なんだろう。今の状態、それは『相合傘』。俺の傘に渡が入って渡が傘を動かすことによって俺は水溜まりを避けられる。が、この状況、周りの人はどんな目で見るだろうか? それを考えてくれているのだろうか?
「渡、自分の傘差せよ。もう俺の靴はぐちゃぐちゃだし」
「やるの!」
俺の言うことを聞こうとしない渡。携帯の音声認識の音がしていたから見えてはいるはずだけどなぁ。これは意地なのか。それとも頑固なのか。
「次は私がやる!」
そう言うと今度は一条が俺の傘を持って誘導する。でも一条は渡ほど誘導がうまくなく、止まったり、自分で水溜まりに入ったりしている。それを渡が少し後ろから見ている。声するし。でもその声はあまり良くないように聞こえる。あれだ、頬を膨らませたときにする声だ。「むぅっ」って音が一番近いか。
また少し経つと渡に代わって、また少し経つと一条に代わって。そんなことを繰り返しながら歩いて行った。ここではっきり言おう。これは『相合傘』であって『愛愛傘』ではない。単なるアンブレラシェアリングだ。それ以上の意味はない。
俺の家に着くころには三人して靴がジ・エンド状態だった。結局最初のやり方だったら俺だけ濡れるので済んだんじゃと思ったが、もう手遅れなので言わないでおく。
「おかえりー」
「ただいまです」「ただいま」
「あらぁ。三人して靴びしょびしょじゃない。それに制服も濡れちゃってるし。乾かしていきなさいよぉ。今タオル持ってきてあげるからぁ」
「え? 乾かす?」
「はいタオル。足拭いて。あと制服も脱いじゃってぇ」
「え? えー⁉」
一条が多分今月イチの驚きをしている。いや普通だよ。一条の反応が普通。
「俺いるのわかってんのか」
「大丈夫よぉ。見えてないんだし。はいバンザーイ!」
「いやぁー!!」
一条の抵抗むなしく母親に脱がされていく。渡も抵抗していたのかは知らないが脱がされたようだ。
「乾くまでは私の服とかえでの服貸してあげるからぁ。あと光ちゃんも着替えてねぇ」
そう言われ出された服に着替える。ちなみに俺は自分の部屋で着替えました。玄関ではいくら何でもまずすぎる。じゃあ一条と渡はというとリビングで着替えさせられた。ここは自発的にやったわけじゃないので『させられた』と強調したい。かわいそうに。ていうかこれアウトじゃね? 俺の目が見えないってだけで何でこんなことになったんだ?
「もう降りてきていいよぉ」と母親に言われたので階段を下りる。リビングに行くと
「見ないで―!」
と一条に言われクッション? のようなものを投げられた。しかも顔面クリーンヒット。何で体育ダメでこういう時に限ってちゃんと投げられるんだよ。それと俺も一言言いたい。
「見ないでじゃねぇよ。ていうか見えてねぇよ」
「でも見ないで!」
「無茶苦茶だ・・・」
「似合ってるぅ。その服二人にあげちゃおうかしらぁ」
「空気読めよ。似合ってるぅじゃねぇよ」
間違えないでいただきたい。こうなったのは母親のせいだ。天候から何から全部。文句は母親に言ってほしい。そして俺を見るや一発くらわした一条に反して渡はなんかすごく静かになってしまった。あー、ここの二人は両極端の典型的なパターンだな。いや、そうじゃない。
「何でここでやるんだよ。家帰ってからでもいいだろ」
「そうです! 光ちゃんの言う通りです!」
「濡れたままだと嫌でしょぉ。それに、そのままにしておくと臭いとか残っちゃうし」
「そういうのお節介って言うの知ってるだろ」
「違うわよぉ。それを言うなら世話焼きよぉ」
「大して変わんねぇよ」
「おせっかい? せわやき?」
いつも通りの反応に戻った一条は置いておいて。なんかものすごくいづらい。ここ俺の家だよな?
「ありがとうございます」
誰がお礼を言ったんだと思ったら今までだんまりだった渡だ。でもなぁ
「いいのよぉ。それより、ここにいる三人で何か話すことないのぉ?」
やっぱり。お礼なんかいらない的なこと言うと思った。それと話したいことがあることも見透かされていた。そういうわけなので
「あります!」
俺が言おうとしたら一条が先に手を挙げた。本当に手を挙げたのかは知らんが。そして少し歩いたと思ったら
「おい、何する気だ」
「動かないで!」
頭にチョップみたいなことをされてそのままされるがまま。あぁ、これは・・・
「はい、これで大丈夫!」
「大丈夫じゃねぇよ。誤解を生むだろ」
「誰に誤解を生むのかなぁ?」
一条にされたのは目隠し。だから俺見えてねぇって言ったのに。念には念をというわけですか。しかも何か母親も同調してるし。誤解生むよ。主に読者。あと、もし今かえでが帰ってきたら・・・、いや、考えたくない。渡、笑うな。
「はぁ・・・」
もうため息しか出ない。何でこんなことになったんだろ。そのままソファーに横になる。もうどうだっていいや。それといい加減話をしたい。
「一条と渡は明日暇だろ?」
「うん」
「わたりんと同じー」
「じゃあちょうどいい。ちょっと買い物に付き合ってほしいんだが」
「え? 何の?」
「便箋だ。どうせそんなもの、うちにはねぇだろ」
「さすがにないねぇ」
「私の使った余りあるけど」
「自分で買う。そうしねぇと意味ねぇだろ」
「つかった?」
渡の反応で気づいた。使ったこと知ってるの俺だけじゃん。一条のやつ墓穴掘ったな。あれ? これって俺も墓穴掘った?
「え、えーっとねぇ。前、そう! 前! 前使った余りがあるからあげようかなーって」
言い逃れが下手。もはや言い逃れですらない。でも渡はそれで納得してくれたようで深く追及はしてこなかった。
「とにかく、暇なら付き合ってくれ。みんなで書くんだからよ」
「うん」「はーい」
二人からオーケーをもらったのでとりあえずは大丈夫だろう。明日は木曜日だから本田と日向もいるはずだが、まぁあの二人も多分大丈夫だろう。他三人についてはあの会長の勝手な約束のせいで来れなくなったけど、俺たちがこれって言ったものには文句はつけまい。
「おっ、明日晴れだよ晴れ!」
小さい音で流れ続けていたテレビを見たのか、一条がはしゃいでいる。そんなに騒がなくても聞こえてるよ。
「えー⁉ 明日暑いのー⁉」
えー⁉ マジで⁉ 雨で濡れた次の日は汗で濡れるのか。しかももうちょっとで衣替え週間って日に。せめてあと4日待ってほしかった。テレビで聞いたところ明日の最高気温は30℃。夏じゃん。ちゃんと夏じゃん。天気に文句言うのもそうだが、借りた部屋着でうちのテレビ見るとかくつろぎすぎじゃないですか?
「ただいまー。あれ? 靴が多い」
「え⁉ 嘘⁉」
「おかえりぃ。ココちゃんとわたりんいるわよぉ」
「はぁ」
最悪だ。最悪の事態になった。さて、これはどうしようか。言い訳出来るのか?
「え? 何これ? どういう状況?」
そらそういう反応になるよ。よく考えてみよう。今この場にいる人が全員部屋着なんだぞ。しかも一条と渡は母親とかえでのものを着ている。何も反応しない方がおかし———ドンッ
「ここで何してるのお兄ちゃん」
かえでからナイフのような声を浴びると同時に顔の上に・・・これボストンバックだよな? それを置かれた。重い! 痛い! 息苦しい!
「おれ———よ。お———のはえんぶ———だ!」
そう言って母親のいる方を指さす。本当にそこにいたのかは知らないがこのままだとかえでに殺される。ちなみについさっき俺はこう言った。「俺は何もしてねぇよ。こうなったのは全部あれのせいだ!」
「かえかえ目が怖い!」
「あ、うぅ・・・」
かえでに威圧されたのか二人ともおびえたような声を出している。それと顔の上のバックをどかそうとしているんだけどどかせない。かえでのやつ上から押さえつけてるな。めっちゃ痛いし。ヤバイ、マジでヤバイ。
「私が言ったのよぉ。服濡れたままだと風邪ひいちゃうでしょ。だから乾くまでの間ねぇ」
「かえかえごめん!」
「ごえんなさい!」
「はぁー。ココさんとわたりんさんが私の服を着ていることは許します。でも———」
おい、ちょっと待て。何か押すの強くなってない?
「何でお兄ちゃんがここにいるの?」
「これは———だ! それに———し!」
「かえかえ、大丈夫だよ! 光ちゃん見えてないから!」
「はなしてあげて。おえがい!」
その反応よくわかるよ! でもな、これ俺のせいじゃないから! それに見えてないし! おまけに目隠しされてるし!
「わかりました。ココさんとわたりんさんに免じて許してあげます」
ようやく解放された。今まで吸えてなかった空気を思いっきり吸い込む。今回ばかりは本当に命の危機を感じた。かえで怖い。
「許したのはお兄ちゃんの目が見えなかったから、だからね」
「はい・・・」
目見えないのに、目隠ししているのに、強烈な視線を感じる。刺さるような視線だ。かえで怖い。
「お母さんも! 誤解するようなことしないで!」
「はいはい。悪かったわよぉ」
「ココさんとわたりんさんもです! お母さんの策に簡単に乗らないでください!」
「はい!」「うんうん」
マジでかえで怖い。俺だけじゃなく全員に怒ってる。もうこれだと誰が親なのかわからない。言っておくけどかえではこの中で一番年下だからね。そのかえでが一番しっかりしてるとか・・・。もう終わってるじゃん。
「荷物置いてきます!」
そう言って部屋を出て行く。階段を上っている音からわかる。めっちゃ怒ってる。二階に上がるまで誰も声を出さないでいた。いや、この場合は出せないでいた、だ。
「かえかえ怖い」
「久しぶりねぇ。あんなに怒ったかえで見るのぉ」
「誰のせいだよ」
「光ちゃん7、残り私たちでしょぉ」
「逆だろ。いや、9割あんたが悪い」
「9は盛りすぎよぉ」
「もういちど、あやまる」
「大丈夫よぉ。1回謝ったじゃない。それにこんなことで口利いてもらえなくなったりしないわよぉ」
「今フラグ立てたな」
「わ、私、服返します!」
「は?」
一条はそう言うと服を脱ぎ始めた。ちょっと待て。
「待て待て。さらに誤解を生むからやめろ」
「じゃあどうすればいいのー!」
「今度は何してるんですか」
「ひっ!」
かえでの声に完全におびえている一条。確か最初に会ったとき私のことはおねぇちゃんって呼んでみたいなこと言っていた気がするが、立場逆転どころの騒ぎじゃねぇなこれ。
「えっと、そのー、服、返そうと、思って・・・」
「いいです。その服はあげます。あと・・・さっきは言いすぎました。ごめんなさい」
「よかったじゃない。かえでがあげるってぇ」
「お母さん」
「あー、そろそろ乾いたかなぁ」
今日は母親に対しても容赦なく当たっている。いつになく怖い。おーい、いつものかえではどこに行ったー?
「乾いたみたいよぉ。じゃあ帰りは送っていくからぁ。はいじゃあ行きましょうかぁ!」
「かえかえ、ほんとにごめんね」
「わたしもごめん」
「もう謝らなくていいです。そんなので私たちの関係は切れたりしませんよ」
「ありがとーかえかえー」
「ちょっ、抱きつかないでください!」
よかった。円満に解決してくれて。本当に。
「じゃあね、かえかえ」
「またね」
「はい、また」
そして家の中には俺とかえでの二人が残された。あれ? これってヤバくね? 俺、殺されるんじゃね? とりあえず落ち着け。目隠しを外そう。そう思って起き上がって外そうとするが外れない。ちょっと待て。あ、一条のやつ、固結びしやがったな。全然外れねぇ。そうしているうちにもかえでの足音は近づいてくる。あ、終わった、と思ったが
「お兄ちゃん。ほんとに見てなかったよね」
「見てねぇしこれで見えるわけねぇだろ。盲目に目隠しだぞ」
「・・・わかった」
そう言うと一条の置き土産、固結び目隠しを外してくれた。よかった。殺されずに済んだ。
「お兄ちゃん。目隠し、痕になってるよ」
「マジかよ。きつく結びすぎなんだよ一条のやつ」
明日まで残ってたらどうしてくれるんだよ。みんなの笑いものだぞ。そういえば
「なぁ、かえで」
「なに」
「あー、あのよ、明日、そう明日。便箋を買いに行こうと思ってるんだけどよ」
「私も行く」
「そうか。じゃあ放課後一回帰ってくるから。かえでも早く帰って来いよ」
「うん」
本当は何であんなに怒ったんだよって聞きたかったけどそれ聞くとせっかく落ち着いてくれたのにまた怒らせそうだから途中で言うのをやめた。今日はこれ以上変なこと言うとまた怒らせそうだからもうやめておこう。
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