手紙 - 36日目 -

 昨日の手紙の内容が頭の中をよぎる。まぁ一条らしいと言えばそうだがとにかく『ありがとう』をいっぱい言っていたって印象だ。本心をそのまま文章にした感じだ。迷いなく。言い方は悪いが、頭悪いのに何でそんな文章が書けるのかが不思議だ。もしかしたら才能なのかもしれない。


「おはようございます」


 いつも通りの挨拶が来る。ん? いつもと少し違うな。一条の声が小さい。もう解決したよな? 何でそんなに声小さいんだよ。


「光ちゃーん」


「何だよ」


 教室行こうとしたら何か後ろから母親に呼び止められた。


「悪いけど今日から帰りは歩いて帰ってきてねぇ」


「は?」


 唐突にすごいこと言われた。嘘だろ、歩いて帰るの?


「距離そんなにないから大丈夫でしょ。じゃあねぇ」


 そう言ってさっさと車に乗って行ってしまった。


「冗談じゃねぇよ」


「ま、まぁまぁ、お母さんも大変なんだから。ほら、運動の一環としてね」


 ガックリ肩を落としてる俺を更科が慰めるが慰めになってねぇよ。更科帰り車じゃん。


「部活ないときは雛も一緒しますよ。わたりんは毎日一緒してくれるみたいです」


「わ、私も一緒に帰るよ!」


「でも随分唐突だったね。何かあったのかな?」


 本当に唐突だ。何で急に帰り歩くことに・・・。さては昨日一条と一緒に歩いて帰れたから味しめたな。はぁ、俺の送迎タクシーライフが終わった・・・。


× × ×


 母親の迎えに来ない宣言という会心の一撃をくらったから今日はもう乗りきれる気がしない。モチベ皆無状態だ。


「何そんな落ち込んでんだよ」


 休み時間に慎に肩を叩かれながら聞かれる。


「俺のルーティーンが母親によって崩された」


「ルーティーンって、送られることがかよ」


「うるせぇ、そのせいで歩いて帰る羽目になったんだぞ」


 そうだ、ここは『そのせいで』を強調したい。良い印象全くないからな。


「たまには運動しろって」


「それ更科も同じようなこと言ってたし。ていうか俺運動してるし」


 何で歩いて帰るのが嫌なのかって、それは時間がかかるからだ。俺は目が見えない分慎重になって歩く癖がある。だから余計に時間がかかる。しかも俺の家まで毎回誰かしらついてくるということにもなる。協力するとか親友だからとはいってもさすがに申し訳ない。でも以前そのことで慎に散々言われたんだよなぁ。だから断るのも違う。うん、不可避だなこれ。


「じゃああれだ、話す時間が増えるとか。とにかく前向きに捉えないとな」


「はぁー」


 ため息をつくが言われてみればそうか。話す時間が長くなる。でもそんなに話すことあるか? しかも部活勢はその場にいないし。うん、一条が場を持たせてくれることを祈ろう。


× × ×


 そしてやってきた放課後。


「やっぱり車ないね」


 更科のその一言で現実だと理解する。


「光輝君どうする? 家まで送ってく?」


「いや、いいです。あの母親に従ってやりますよ」


「光ちゃん言い方・・・」


「うるせぇ、逆らえねぇ俺なりの抵抗だ」


 そうしないとやってられない。多分あの時間に言ったのも帰りに絶対そうなるよう誘導しての事だろう。昨日の夜だったらまだ言い訳できた。でもここで絶対に来ないっていう現実を見せることによって逆らうことも出来なくする。策士というかなんというか。


「じゃあみんな、また明日」


「うん。またねー」


「バイバイ」


 そう言って更科は家に帰っていく。いいなあ、車。


「ちっ、羨ましい。いっそ金払ってでも乗せてもらうか」


「いやもう行っちゃったし」


「あるくのはいいこと!」


 更科、慎に続いて渡にも同じようなことを言われる。確かに良いことだとは思うけどなぁ。


「仕方ねぇ。歩いて帰るか」


「うん!」


 元気よく答えているのは渡だ。対して一条は何か静かだな。でも一条とのいざこざは解決したからなぁ。それにクラスでは平常運転だったしなぁ。


 帰り道も教室に行くまでのスタンスとそんなに変わらない。一条や渡が道案内するなり腕を引っ張るなりして俺を誘導する。最近はその誘導も日常化しているので俺は白杖を持ってきていない。これもこいつらを頼っていることのなるのか。何か白杖が邪魔に思えたし。


「ココ、どうしたの?」


「え? ど、どうもしてないよ!」


「なっかへん」


「変じゃないよ! 普通だよほらこの通り!」


「やじまくん」


「俺は何もしてねぇよ。その見えない圧的なやつやめろ」


 最近これもやられることが多くなった。距離感が近くなったということもあるのだろう。見えていないのに圧を感じる。その正体は詰め寄った時のもの、興味から来ているもの、けなしているときのもの、様々だ。今回は一番目、二番目は一条や慎が、三番目は日向が主にやる。常時圧を感じる本田は・・・うん、置いておこう。


「ふふっ」


「何だよいきなり笑い出して」


 何か渡の様子もおかしい気がする。なんだこれ。簡単に例えると今日は一条と渡がひっくり返ったような感じがする。いつもはっちゃけている一条がおとなしくて、いつも静かな渡が浮かれている。それこそ見えない俺からしてみれば、お互いの物まねをしながら話をしているような変な感覚だ。


「あんでもない!」


 少し先まで走って渡が答える。これ本当に浮かれてるな。そんなに楽しいか? 歩いて帰るの。ただ帰宅までの時間が長くなるだけで俺はだいぶ苦痛なんだが。あ、そういえば


「なあ一条、ちょっといいか?」


「ふぇ⁉ 何?」


 なんかすごく素っ頓狂な返事が返ってきたがまぁいい。


「金曜の放課後、お前の母親、一条先生について話してくれたよな?」


「うん、そうだけど」


「そこで今はあまり外に出なくなったって言ってたよな?」


「うん、そうだよ」


「ゴールデンウィークにフラワーパークに行ったとも言ったよな?」


「うん」


 ここまでくれば次どういう質問をするかわかる人にはわかる。


「それ誰と行ったんだ?」


 そう、フラワーパーク。俺の聞いただけの頭で考えても一人で行くとは考えにくい。となると行ったとすれば家族と一緒にだ。でも一条はあまり外に出なくなったと言っていた。それは現在進行形。だとするとその場に母親はいたのか? という疑問に自然とぶつかる。聞いた当初は流していたが手紙を書くうえでいろいろ考えていたときに浮かんだ疑問だ。


「パパとママだよ。パパが絶対に行こうって言ってママも無理矢理連れて行っちゃったんだよ」


「お前のその性格は父親譲りだったのか」


「そこで私とパパはママと別々で見たんだよ」


「どーして?」


「えーっと、ちょっと開放的なところに一人にさせておけば心も洗われるとかなんとか」


「それで、帰るときの様子はどうだった?」


「うん、ちょっと優しい顔になってた。前と同じ、じゃないけど」


「へぇ」


 一条の父親はかなりマイペースということもわかったが、そのマイペースが逆に功を奏したというべきか。何にせよ絶対に外に出ないって頑なになっていないだけよかった。でもそれと俺が会えるか、そして話せるかは別だ。なんせ当事者同士だ。一条の父親が引っ張っていっても、ましてや一条が引っ張っても会えるとは限らない。まぁそのための手紙なんだが。でもこのワンクッションが難しすぎる。


「てがみは?」


 渡に袖を軽く引っ張られる形で聞かれる。


「まぁ何書くかはだいたい決まってる。ああ、そうだ」


 めっちゃ考えたんだ。内容も決まる。でもそれとは別に


「俺の手紙を書く協力をするって言ってたよな。悪いけどそれ無しで」


「え?」


「いや、別にいらないとかそういう問題じゃねぇ。単に内容が知られたくねぇってだけだ」


「じゃあどうやって書くの?」


「非常に心苦しいが母親の手を借りる」


 本当に心苦しい。みんなの協力するって声を蔑ろにすることとあの母親の手を借りることになるのは。


「ダメ! 私は絶対に手伝うからね!」


 どうやら一条の意思は固いらしい。こうなったらてこでも動かない。まぁ自分の母親のことだしなぁ


「わかった。じゃあ一条はやるとして、渡には悪い」


 ここは素直に頭を下げる。


「いいよ」


 驚いた。てっきり下げた頭叩かれるか怒られるところだった。でも渡はすぐに引き下がってくれた。本当に申し訳ない。


「そんで申し訳なさ承知で渡に頼みたいんだが」


「うん」


 渡は俺の話を聞くより前に頷いてくれた。なんだろう。信頼してくれるのはありがたいんだがそっちの申し訳なさも湧いてくる。このままだと俺の頭が地面にめり込んでいきそうだ。


「渡も手紙を書いてほしい。それだけじゃねぇ。慎や佐藤、本田、日向、更科、みんなだ。渡にはみんなにも書くよう言ってほしい。俺たちみんなの手紙で先生を助けたい」


 少し間が開く。そして返ってきたのは


「うん、がんばる!」


 そう意気込む渡の声だった。ここで重要なのは『みんなの手紙』ということだ。本来は俺と一条が書く手筈だった。でもそれだけじゃダメだと思った。同じクラスにいた慎はもちろん、今交流を持っている全員の手紙を渡す。これによって俺は一人じゃないということの、そしてあの事件は悪い事ではなかったことの証明になる。母親が言っていた。あの事件があったからこそ今の俺たちがいる。まさにその通りだ。そこには誰一人欠けてはならない。一つの出来事も欠けてはならない。だからこそ『みんなの手紙』である必要がある。


「着いたよ」


「あ? もうか」


 話しているうちに家に着いたようだ。早いな。でも多分これは距離的な問題じゃなく話に夢中になったことによるものだろう。


「おかえりー」


「おかえりじゃねぇよ」


「無事光ちゃんを送れました!」


「それじゃあこれからもお願いしちゃおうかなぁ?」


「はい! 喜んで!」


 一条はわかっていないと思うがこれ罠にはまってるぞ。いいように使われてるだけじゃねぇか。それとここで返す言葉として正しいのはそうじゃなくて「いいともー!」だぞ。


「じゃあまたねー!」


「ばいばい」


「おう」


 手でも振っておこう。手話としての「またね」を用いて。歩む音が遠ざかっていくのを確認して家に入る。


「よかったじゃないのぉ。みんなと一緒に帰れて」


「よくねぇよ」


「えー? そんなに一緒に帰りたくないのぉ?」


「ちげぇよ。歩いて帰るのが嫌なんだよ」


「私だって暇じゃあないのよぉ」


「嘘つけ。いつだって暇そうじゃねぇか」


「それに、光ちゃん最近時間通り帰って来てくれないからぁ」


「あー、それについては謝る。ん? 遅くなった原因って俺か?」


「というわけでこれからは歩いて帰ってきてねぇ」


「はぁー」


 帰りが遅くなっているのは悪いと思っている。でもよく考えたら遅くなる原因って俺自身の問題じゃないこと多かったよな? でも反論したところで突っぱねられるのが目に見えている、俺の場合はわかりきっているか。普通に今日みたいに晴れだったらいいんだが。あ、なんかフラグ立てた気がする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る