5月
過去
過去 - 31日目 -
はぁ、また学校始まるよ・・・。長期連休の後の学校ほど憂鬱になるものってそんなにないと思う。行きたくねぇなぁ。
いつも通り学校に行くとやはりいつも通りの出迎えがある。
「おはようございます!」
「おっはよー!」
母親に促されるまま重い体を引きずっていく。
「どうしたの光ちゃん? 元気ないよ」
「連休明けで元気なやつの方がおかしいと思うが」
何があってもこのテンションなんだな一条は。そんなに休み楽しかったのか? 後で聞いてみよう。
「もしかして五月病とか?」
「そこまでじゃねぇよ。ただ、球技大会も終わったしやる気がなぁ」
「確かに。目標無くなっちゃったしねぇ」
多分五月病だったら俺学校に来ていないと思う。来ただけまだマシだ。そんな俺と佐藤、更科の会話をよそに一条が五月病について日向に聞いている。いやそれ聞いてもなぁ、一条は五月病とは無縁の存在だと思うが。あれ? そういえば
「本田いねぇだろ」
「はい、さーちゃんは今昇降口でいろいろな人に話しかけられてます」
「まだそんな人気なのかよ」
「なんか先輩方が部活の勧誘をしてるっぽかった」
「勧誘って・・・」
更科曰く本田はしばらく俺たちのところに来れなそうだな。有名人は大変だ(他人事)。
「ほらぁ、早く行かないと遅刻しちゃうよぉ」
あ、そうだ。こんなところで話している場合じゃなかった。
「あ、行ってきまーす!」
みんなでこう返事して教室に急ぐ。なんか今日は人数が少ないからという理由で、俺までエレベーターに乗って上に上がることになった。そして昇降口まで上履きを取りに行くとそこにはやっぱり本田がいた。
「みんな、助けて・・・」
「ふぁああさーちゃん大丈夫⁉」
本田の叫びを聞いた一条が助けに向かう。何の助け? と思ったが
「はぁ助かった、休み明けであの人混みはきつい」
なるほどね。人混みに酔った本田を助けたってことね。そんなにすごかったのか。
「ほけんしついく?」
渡が心配そうに本田に尋ねる。
「いや、大丈夫だ。ありがとう、わたりん」
声聞いた感じだと俺以上にやばそうな感じがするのだが・・・。まぁ本人がいいって言うんならいいか。それと、これ聞いちゃうと行きたくねぇって言ってた俺が何か小さいやつに思えてくるな。なので心を改めます。学校行きたくねぇって言ってすみませんでした。
球技大会の熱も冷め(本田周辺以外)学校の様子もいつも通りに戻り、俺たちはまたいつも通り教室に向かう。まぁ今週は2日しかないからな。ほどほどに頑張りますよ。
× × ×
午前中はいつも通り授業を受け昼の時間がやってきた。
「ねぇ、みんなで食べようよ! ステージで!」
「何でステージまで———」
「ほら行くよ!」
前もあった気がするこの展開。またしても一条に腕引っ張られて俺は連れて行かれる。その俺の後ろを渡、慎、佐藤がついてくる。そして道中一条が本田、日向、更科を呼んで結局いつも通りのメンバーでステージに向かう。
ここでステージについて、ステージとは校舎の間にある場所で以前に行ったアトリウムとは反対方向にある。アトリウムはステージが小規模なのに対して、ステージはそう言われるだけあって大きい。学年全員の写真撮影なんかにも使われている。
そのステージに到着してみんなで昼を食べ始める。
「ねぇみんなってゴールデンウィーク何してたの?」
俺が聞こうと思っていたのに一条に持っていかれた。でも思った。こういう質問する人って大体「自分はここ行ったんだ!」とか「こんなことやったんだ!」って感じに自慢したいがためにするんじゃないかって。違ってたらごめんな。
「俺は部活だったな」
「私も慎ちゃんと同じだった」
「僕もそうだったね」
まぁそうだろうな。部活は連休だろうがやるところはやるからな。かえでもそんな感じだったし。
「雛は特に何もしていないです。連休だからといって行きたいところとか特にありませんでしたから。それどころかお出かけなんかしたら、また迷子と間違われますから」
「まだそれ引きずってるのかよ」
「迷子? 何のこと?」
「いや、何でもねぇよ」「いえ、何でもないです」
いまだに引きずっている日向も日向だが、よく考えたらあの場に更科いなかったじゃん。危うくバレるところだった。
「わたしは、ここにったよ」
よかった。渡が気を利かせて話を戻してくれた。そのおかげで更科の注目もそっちにいってくれた。
「わぁ、きれーい!」
「おぉ!」
「確かに」
「すごいです」
「ここってもしかして・・・」
渡が携帯の画面でも見せているのか、みんなが反応している。でも何だろうなぁ? このままだとまた話に置いていかれる未来が見える。
「フラワーパークかな?」
「うん」
フラワーパークか。 聞いたことはあるが
「フラワーパーク・・・、行ったことねぇな」
「えー? そうなの? 実はねぇ———」
なんだよ一条のその溜め。まさか
「私も行っちゃってたりして!」
なるほどね。これ言いたかったから渡が写真見せたときいったんスルーしたのね。見え見えだよ。
「え? ココとわたりん一緒に行ったの?」
俺も更科と同じ疑問が浮かんだ。でもそうでもなきゃ行ったところ被るなんてことないだろうしなぁ。
「ううん。日曜日に家族で行ったの!」
「わたしはかおうび」
行った日付違かった。じゃあ本当に偶然だったのか。
「あそこは観光地として人気だからね」
「なんかすっごく混んでた」
「そりゃあゴールデンウィークだからだな」
そうだ、佐藤の言う通りフラワーパークは人気の観光地、そして慎の言う通りゴールデンウィークは一番花が咲く時期だからめっちゃ混む。そういえばニュース番組でそこのテレビの中継やってたな。「たくさんの花、それを目当てにたくさんの観光客がにいらっしゃってます」って言ってたっけ。それいつだ? うーん、忘れた。長期連休だと曜日感覚狂うからいけない。おい日向、小声で何か言ってるの知ってるぞ。「雛が行くとお花に見下ろされるので———」じゃねぇよ。とんでもねぇ自虐じゃねぇか。
「それで、光ちゃんは?」
ようやく慣れてきた、光ちゃんって呼ばれるの。少なくとも光輝って呼ばれるよりマシだから普通に返せる。でも渡と日向は光ちゃんって呼ばないんだよなぁ。まぁいいや。
「寝るか筋トレするかだったな」
「うわ、ニートがやる生活」
「あ? ニートだったら筋トレしねぇよ」
勝手な偏見かもしれないがニートだったら筋トレがゲームや携帯に変わっていたと思う。ていうか学生って時点でニートじゃねぇだろ。そういえば
「そういう更科はどうだったんだよ」
「私? 私は・・・」
「アオ、なになに?」
「・・・手話の勉強してた。もらった本使って」
「ほんと⁉」
一条、渡が驚く。俺も声に出しはしなかったが驚いた。やっぱりあれで正解だったな。
「うん、頑張って、本に載ってた手話は出来るようになったよ。これで合ってる?」
「うん! あってる!」
しかもあの本の内容をゴールデンウィーク中に全部覚えるとか・・・、さすが学年二位。俺ですらまだ全部覚えてないのに・・・。
「光ちゃん、本気で頑張んないとな」
「ああ、まさか抜かれるとは思わなかったし」
慎に肩を叩かれる。ほんとに本腰入れてやらねぇと、ちょっとショック受けたし。
「私たちも頑張んないと!」
「そうだな」「はい」「そうだね」
一条、本田、日向、佐藤も意気込みを新たにして特別課題に取り組むようだ。まぁ行事はしばらく何もないからこっちに集中できるしな。
そうだ、せっかくみんないて休み時間、しかも行事もない。ということでちょっと気になったことぶつけてみるか。まぁ至極単純なことだが。
「なぁ、すげー話逸れるんだが」
「うん? どうしたの?」
「お前ら、身長いくつだ?」
「雛にケンカ売ってますか?」
「ひなっち落ち着いて!」
別にそんなつもりはない。手を鳴らしている日向を一条が宥めてくれている。
「単純な疑問だ。俺はお前らが見えねぇ。だからお前らを知ることのできる数少ない要素ってことで身長を挙げたってだけのことだ。それと、背の話をすることが何回かあったけどよ、俺その話ついていけねぇんだわ」
それなら体重でもという疑問が湧くがいくら何でもそれはアウトだろ。女子に体重聞くのはさすがにためらう。よって身長を選んだ。日向には悪いが。
「それで教えてほしいってことですか? そうなんですか?」
なんか日向の圧がすごい。怖い。でも知りたい。特にお前の身長。
「ああ」
「はい! 私159センチ!」
うん、一条は普通だな。平均身長くらいか?
「俺は180センチだったな」
「おっきー!」
そんなに大きかったのか慎のやつ。いつの間に俺追い抜いたんだよ。一条の感想を俺も言いたい。
「僕は170センチだったね」
佐藤も普通。そう、これが普通。でもこのグループの男子だと一番小さい。
「わたし、1 6 0せんち」
数字をいち、ろく、ゼロって一個一個言っているってことは渡か。ふむ、一条とほぼ変わんないな。
「私は正確な身長測れないけど、多分165くらい」
「アオどうやって測ったの?」
聞かない方がいいかと思ったけど一条が聞いちゃったよ。でも気になるな。
「私が横になってメジャーで」
「確かに、それなら測れるな」
慎がこう言っている横で俺はものすごく余計なことを考えてしまった。よく漁港で魚の大きさを測るときにやるやり方と同じじゃん。ダメだ、こんなこと言ったら。更科から一発食らう。笑いそうになったが必死にこらえた。
「私は175センチだ」
よかった更科に気づかれなくて。うん? ちょっと待て。
「本田って俺と同じ身長なの?」
「光ちゃん、ちょっと立ってみて」
慎に言われ立つ。その横に本田が来てみるとなんとびっくり
「ほんとに同じだ」
「さーちゃんそんなに大きかったの⁉」
「僕の方が低い・・・」
数字で言われてみんな改めて理解したようだ。慎は感心し、一条は驚き、佐藤はしょげていた。俺も驚いた。大きい気はしていたが俺と同じだったの? うん、これですべて合点がいった。こんなに高身長だったらそらスポーツ強いわ。
「佐藤さん、そんなことで落ち込まないでください」
なんかものすごい刃が佐藤に刺さった気がする。その刃の出どころは
「雛なんか130ですよ。雛より身長低い高校生見たことないですよ」
日向だった。にしても130センチって。本田の横に並べば45センチも差があるのか。45センチってどのくらいだ? 頭一つ分くらいありそう。
「そんなことないよ。ひなっちより低い人いるって」
「そ、そうそう。ひなっちはまだ成長期が来ていないだけだよ」
「わたしはきにしないよ」
一条、更科、渡が慰めているが何かそのどれもが中途半端な慰めな気がする。それに、なんかすごく睨まれてる気がする。こうなったらさっさと話し終わらせよう。聞きたいことは聞けたしな。
「よくわかったわ。はいこの話終わりー」
手拍子して終わらせようとする。
「納得いかないです。雛は言いたくないことを言ったのですから、矢島さんも何か秘密を言ってください」
そう来たか。とは言っても秘密・・・、秘密なぁ・・・。あ、そうだ、思い出した。
「そういえば俺のことについて話すって前約束してたな」
「光ちゃん、いいのか?」
慎が心配するのもわかる。でもいずれ言わなければならない。そして運よく今日は木曜日。みんなが俺のうちに来る日だ。
「いずれ言わなきゃなんねぇんだ。それに、こういう風に脅されでもしねぇとずっと逃げ続けるだろうしなぁ」
「雛は別に脅しているわけでは———」
「いや、そう捉えたほうが俺の気が楽ってだけの話だ。気にすんな」
「本当にいいの?」
「ああ、あと更科だけ話すってのも不公平だろ」
「そう言われると・・・」
機会が巡ってきたんだ。隠すのはやめだ。
「今日うちに来るだろ。そこで話す。それでいいよな?」
「・・・はい」
日向を含め、全員が納得してくれたようだ。全然そんなつもり無かったけどなんか空気重くなっちゃったな。
「はいこの話も終わりだ終わり」
「そう、だね・・・」
その後は最初と変わらずみんなで昼を食ながら談笑した。でも気のせいか、一条の声のトーンが最初より若干落ちているように感じた。
× × ×
そのあとの授業ははっきり言ってあんまり頭に入らなかった。勢いで話すとは言ったものの授業中は葛藤のようなものが渦巻いてた。話していいのか? 話したいのか? 今日なのか?
それともう一つ、やっぱり一条の様子がおかしい。本人は普通に振る舞っているようだが俺にはわかる。『無理して明るく振る舞っている』こう思った。多分俺以外でも気づいている人はいるんじゃないかと思うが。あと何となく俺を避けているような・・・、考えすぎか。
× × ×
放課後、みんな揃って俺の家に来た。
「さぁみんな適当に座ってぇ」
そう言われ思い思いの場所に座る。とはいってもこのポジションは以前更科を説得したときと同じだ。空気からも、景色からも真剣さ、真面目さが滲み出ているのがひしひしと伝わる。ちなみに母親には慎からのラインを通して伝えてある。そしてかえでも部活がないから今この場にいる。
「あの・・・、今更ですけど、話したくなければ無理に話さなくてもいいですよ」
「ほんとに今更だな。確かにここまで葛藤はあった。でも、何だろうなぁ。知ってほしいって思った。あとは更科が話して俺が話さないのはフェアじゃねぇ」
「私はそう思ってないよ」
「そうか、光ちゃんが話すって言うなら俺も話すか」
「お前もかよ」
「まぁ俺が言うのは補足かな」
そういえばあの時慎が何をして何を思ったのかちゃんと聞いてなかったな。それどころじゃなかったってのもあるが。
「私も・・・話したい」
驚いた。かえでも話すのか。今思えばあの時は自分のことばかり考えていてかえでの気持ちなんて全く考えてなかった。
そのかえでの話を聞くのは正直怖い。でも聞かないと先に進めない。だから進むために俺は、俺たちは———
「じゃあ話すか」
過去と再び向き合う。
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俺の光は他でもない、大好きだったサッカーによって失われた。
少年サッカー部に所属していたが、少し前に骨折してその日は松葉杖状態だった。じゃあ何で来たかというと練習試合の応援のためだった。
試合は白熱していた。時間が経つほど動きが激しくなっていった。当然ラフプレイなんかも出てくる。
「がんばれー! いけー!」
俺はその時10歳だった。試合が白熱していたから俺はコートぎりぎりまで行って応援していた。
目の前にボールが来た。それを味方が取る。でも相手はそうはさせないとボールをカットしにかかる。そのボールはかなり強い力で蹴られた。だたカットするならそれでもよかった。でも・・・運悪く、その先に俺がいた。俺は松葉杖をついていたこともあり避けられずにボールが顔に直撃した。
俺はたまらずその場に倒れこんだ。痛い、痛い。両目が痛い。今までに感じたことのない痛みだった。俺が倒れたことによって試合は中断されみんなが駆け寄ってきた。何か言っている。でも今はそれどころじゃない。痛い、痛い———。
救急車が来た。それに乗って運ばれた。すぐに処置がされた。その両目には包帯が巻かれて何も見えない状態だった。
「光ちゃん。大丈夫?」
母さんが聞いてくる。
「・・・ここ・・・どこ?」
ここがどこかわからなかった。母さんがいるだけで安心したけど。
「ここは病院よ。もうちょっとしたらパパも来るから」
「俺の目、どうなってるの?」
「・・・パパが来たら説明するわ」
父さんが来たら? 何で?
しばらくすると父さんが来た。
「光輝! 大丈夫か⁉」
「父さん。俺、どうなってるの?」
ねぇ、説明してよ。父さん来たよ。
「矢島さんですか?」
知らない人の声がする。誰だ?
「光ちゃん。お医者さんよ」
「あの・・・、お子様にも説明してよろしいのですか?」
「はい、本人の事ですから。説明してください」
「わかりました」
父さんが説明してって言ったから医者が説明し始める。
「非常に申し上げにくいのですが・・・、今の光輝君の視力は、ほぼゼロと言っていいです。特に左目に関しては失明という診断をさせていただきます」
「そんな・・・」
父さんが驚いて母さんが俺を抱き寄せる。でも俺は言っていることがよくわからなかった。
その後の説明もほとんど頭に入ることなくその医者は出て行った。
「父さん、母さん。俺、どうなっちゃうの?」
「光輝・・・落ち着いて聞いてくれ。もう・・・光輝は、目が見えないんだ」
「でもそれって今包帯してるからじゃないの?」
「違うの光ちゃん。包帯を外してももう何も見えないの」
は? どういうこと? 見えない? その時の俺には言っている意味がわからなかった。
わかったのは包帯を外せるようになったとき。父さんと母さんが見守る中、看護師さんがゆっくり包帯を外していく。外れた後
「光ちゃん。ゆっくり目を開けてみて」
母さんにそう言われてゆっくり目を開ける。あれ?
「ねぇ、本当に包帯外した?」
「外れてるよ・・・。光輝、つらいけど、もうお前は目が見えないんだ」
信じられなかった。信じたくなかった。でも・・・、本当に何も見えなかった。左目は真っ暗、右目は真っ白。
「———!!」
見えない目から涙が出た。何で涙は出るのに見えないのか? 意味が分からなかった。流れる涙と共にあることが浮かんだ。それはあまりにも辛い———
もう俺は、みんなの顔を見ることが出来ない———
× × ×
目が見えなくなってからか、俺の性格は大きく変わっていった。見えないことの恐怖、迷惑をかけていることの罪悪感、自分の無力感による怒り、他の人とは違うという孤立感・・・、それら負の感情が俺を蝕んでいった。小五、小六、中一、中二・・・。
今日もいつも通り教室に来て席につく。そしていつも通り退屈な授業を受け、今日という一日が終わるはずだった。
俺は中学校に入ってからずっといじめを受けていた。理由は『俺が他の人と違うから』、ただそれだけの理由で。
一年の時はまだ俺自身気にはならなかった。ただのからかいだと思っていた。でも年を改めるごとに、日を改めるごとにそれはエスカレートしていった。
最初は「本当に目が見えないのか?」と聞かれ、「見えない」と言うと「のっぺらぼう」と言われた。
「目が見えないことをいいことに楽してんじゃねぇか」と言われた。
机の上の物をわざと落とされた。
靴箱の上履きを隠された。
机や黒板に悪口を書かれた。
クラス活動でハブられた。
悪口、陰口を俺が聞こえるところで言われた。
ぶつかっただけなのにセクハラと言われた。
そして・・・、足をかけられて転ばされた。
それは中三、六月くらいだった。なぜそこだったのか俺にはわからない。衝動的な行動だった。
「ハハッ、転んでんでやんの」
「———」
「転んでも仕方ないよなぁ。見えないんだから」
「ッ! てめェらに俺の何がわかるんだよ!」
見えないはずの視界が真っ赤に染まったのを感じた。何かが俺の中で弾け飛んだ。もう限界だった。
「俺の目が見えねェのをいいことに好き勝手やりやがって、弱者をいじめることがそんなに楽しいかッ! あぁッ⁉ 俺が何したってんだ! 目が見えねぇことがそんなにおかしいかッ! ふざけんじゃねェ!」
手を大きく振った時、椅子に手が当たった。衝撃で椅子が倒れた。でも痛くない。痛いのは———。
その音と俺の声でクラスだけでなく、廊下にいた生徒も一様に静まり返る。俺は立ち上がり、周りの事なんか関係なしに言い続ける。行く当てのない怒りをぶつけるように。
「もううんざりだ! このクラスも! この学校も! てめェらがそうするんだったらもうこんなクラス、学校から望み通り消えてやるよッ!」
そして手近にあった机を思いっきり蹴飛ばした。その机は手前にあった机にぶつかり両方とも大きな音を立てて倒れた。
「ちょっ、ちょっと待って。落ち着いて矢島君!」
「あぁッ⁉ 落ち着けだァ⁉ じゃあ聞くがてめぇらは今の俺と同じ立場に立った時落ち着いていられるか? 俺は今までも十分耐えてきたッ!」
そう声のした方へ言い返す。中学に入ってからというもの、同じクラスメイトの名前なんか覚えていない。覚える気にもならなかった。
「てめェらがそうしたッ! てめェらがそうさせたッ! 俺はてめェらを許さねェ!」
そう、俺は耐えた、耐えてきた。毎日、毎日———。そして今日、限界を迎えた。俺は悪くない、悪いのはてめェらだ!
俺は教室を後にする。その教室からは俺を止める声、俺を罵倒する声、俺を見て泣く声が入り混じっていた。でもそんなのはもうどうでもいい。こんなところ、もういたくない。
教室のドアが閉まっていたため、俺はドアに思いっきりぶつかった。そのせいでドアは外れ前方に倒れた。でも痛くない。ドアにぶつかった体も、手と同様に痛みを感じない。感情が感覚よりも先行しているのか。
教室を出ていくその様は決してかっこいいとは言えない。でもそんなのはどうだっていい。人にぶつけられないこの感情を物にぶつけたと思えば。それでも俺の気持ちは全く晴れない。むしろどんどん湧き上がってくる。怒り、憎悪、軽蔑、失望———。負の感情が二次関数のように蓄積していく。
「矢島君! 何をしているのですか!」
先生に呼び止められた。前方からしたので俺は歩みを止めた。この先生は誰だったか? 知らない、知る必要もない、意味がない。邪魔、邪魔でしかない。
「どいてください」
「どきません」
邪魔だ。俺はここにいたくない。
「どいてください」
「どきません!」
邪魔だ。ここに俺の居場所はない。
「どけよオラァッ!」
「いやです!」
俺の話を全く聞かない。それは先生も変わらない。語調が強くなろうが関係ない。先生も生徒も、誰も、変わらない。ここに俺の味方は、誰一人いない。
「何があったんですか?」
「先生に言ってもわからないでしょう。俺のことなんか」
「そんなの———」
「話してみないとわからないとでも言うつもりですか? じゃあ聞きますけど、先生は目が見えない人の気持ちを考えたことありますか? ないですよね」
「それは・・・」
「大人だから何でも知ってるというのは思い上がりじゃないですかねェ? いいですよね、先生は見えて。うらやましいですよ」
「———」
「そんな人に、俺のことなんかわかるはずねェだろ」
「矢島君!」
「別に間違ったことは言ってません。だって今俺が何考えてるか先生にはわからないでしょう」
俺は間違ったことを言っていない。これは会話ではない。話でもない。
「俺は目が見えないので誰かの助けを借りる必要がありました。でも、先生を含めて誰も俺を手伝ってくれなかった。誰も助けてくれなかった。それどころか、目が見えないのをいいことに、他とは違う俺をいじめの対象にして、それを見て、知っていながら大部分のやつはそれを黙認した。一回や二回だったらよかったんですけど、ここまできちゃ、誰も信用出来なくなりますよ。生徒も、先生も、誰も」
「今からでもまだ———」
「もう遅いですよ。失った信頼を取り戻すことは簡単じゃない。先生ならよく分かっているはずでしょう」
この状況でもまだ俺を止めている先生の真意がわからない。だからといって知ろうとも思わない。それ以前に知りたくない。
「俺はもうてめェらを信じられねェ。裏切ったのはてめェらだッ! 見捨てたのもてめェらだッ! 何が違うッ! 違わねぇだろッ! あァッ⁉」
誰も信じられない。信じるに値しない。信じたくない。失った信頼を取り戻すことは簡単じゃない。いや、ここまでくれば不可能だ。てめェらが何をしても俺はもう信じない。てめェらがそうさせた。てめェらがそれを望んだ。だったらこっちも望み通りにしてやるよッ!
「俺はもうここにいたくない。居場所がないのにここにいるなんか必要ないでしょう。さようなら」
「待て矢島! ちょっと来い!」
「なんですか? 俺が暴れたから拘束でもするつもりですか? 偽善者め」
そして俺は男の先生二人がかりで連れていかれた。背中からは俺と相対した女の先生の泣く声がした。でも今はそれすらも演技に思えてならない。
もう誰も信用できない。信頼できない。信用してはならない。信頼してはならない。
× × ×
連れていかれたのは生徒指導室。
「何があった。説明してみろ」
「言いたくないです」
顔も見たくない。声も聞きたくない。見えないことは関係ない。見たくない、聞きたくない。せめてもの抵抗として俺は俯いて話を聞かない態度をとる。
「説明しなきゃわからないだろ」
「言わないです」
説明したってわかるはずがない。俺はてめェらと違う。普通じゃない。
「何でそんなに言いたくないんだ? 誰かに脅されてるのか?」
「言いたくありません」
「誰がお前をそんなに追いやった?」
「・・・」
「矢島、何があったかは知らないが、言ってくれないとこっちも対処出来ない」
「・・・」
「いい加減にしろ!」
「・・・」
信頼出来ないやつに話すことなんかない。仮に何時間、何日ここで缶詰にされようと話す気はない。その後も先生は俺から話を聞こうとしていたが、俺は終始耳を貸さなかった。
しばらくしてこの部屋に入ってくる人がいた。
「光ちゃん!」
母親だ。何でだ? 一番長くいるのに、自分の家族なのに、今は母親すらも信じることが出来ない。
「何があったの? 光ちゃん」
「・・・」
「私たちからも聞いてはみたのですがずっとこんな調子で・・・」
「皆さん、この度はうちの息子が大変ご迷惑をおかけしました。母親として心からお詫び申し上げます。本当に申し訳ございませんでした」
何で? 何で母親が謝っているんだ? 意味が分からない。母親は何もしていないしそもそも俺は被害者だ。何で被害者なのに謝る必要がある。
「先生方には重ねて非礼をお詫びいたしますが、息子を引き取ってもよろしいですか? 落ち着いたらその時、お話をさせていただきます」
「・・・わかりました。学校側としても今回の件について、くわしく調査させていただく思います。それでよろしいですか?」
「はい。それでは失礼いたします」
『今回の件』と言っている時点でもうすでに間違っている。もう信頼も何もない。何を話しても無駄だ。俺は母親に手を引かれて生徒指導室を後にする。もう二度とこの学校に来ることはない。
————————――――――――――――――――――――――――――――――
「ッ! てめェらに俺の何がわかるんだよ!」
突然聞こえてきた声に俺は驚いた。これは紛れもなく光ちゃんの声だ。何かあったに違いない。クラスに戻るとそこにいたのは俺の知ってる光ちゃんじゃなかった。
「俺の目が見えねェのをいいことに好き勝手やりやがって、弱者をいじめることがそんなに楽しいかッ! あぁッ⁉ 俺が何したってんだ! 目が見えねぇことがそんなにおかしいかッ! ふざけんじゃねェ!」
怒っていた。今までにないくらい。あんな光ちゃん見たことがない。俺は今のこの状況が全く理解できなかった。何で光ちゃんがあんなに怒っているのか。何があったのか。
光ちゃんが手を打った椅子が倒れた。いや、そんなこと考えている場合じゃない。今はとにかく光ちゃんを止めないと———なのに。足が出ない、声が出ない、何で? 何でなんだよ!
「もううんざりだ! このクラスも! この学校も! てめェらがそうするんだったらもうこんなクラス、学校から望み通り消えてやるよッ!」
光ちゃんが机を思いっきり蹴飛ばした。それを見たからか俺じゃない別の生徒が止めに入ろうとする。でも、
「あぁッ⁉ 落ち着けだァ⁉ じゃあ聞くがてめぇらは今の俺と同じ立場に立った時落ち着いていられるか? 俺は今までも十分耐えてきたッ!」
その言葉に俺は胸を抉られるような感じがした。今まで光ちゃんがいじめにあっていたのは俺もわかっていた。それをわかっていたつもりだった。もちろんいじめたやつのことは俺が怒り、少しでも光ちゃんのストレスを減らせればと思っていた。
でも光ちゃんは俺が思っている以上に苦しんでいた。それを理解してやれなかった自分に腹が立つ。だから今こそ光ちゃんを止めなくちゃならない。
そうわかっているのに、体が動かない。
「てめェらがそうしたッ! てめェらがそうさせたッ! 俺はてめェらを許さねェ!」
目の前にいる光ちゃんを俺は怖がっていたのか? 自分の無力さに打ちひしがれていたのか?
俺はこの場で何も出来なかった。
光ちゃんが教室を出ていくのを止められない。ドアにぶつかるのを止められない。先生と相対するのを止められない。光ちゃんが連れていかれるのを止められない。
俺はそこから一歩も動けずにただただ立っていることしか出来なかった。光ちゃんの言葉が今でも頭の中で再生されている。まるで呪いのように。
光ちゃんを止められなかった自分に腹が立つ。この状態を見過ごしてきた自分に腹が立つ。肝心な時に助けてやれない自分に腹が立つ。無力な自分に腹が立つ。
光ちゃんが連れていかれた後、俺の目からは涙が零れていた。ただ冷たい、冷たい涙が。
————————――――――――――――――――――――――――――――――
あの時あの瞬間のことは二度と忘れない。その
俺は声をあげた。そうだ、そうしなければこの状況は変わらなかった。いつの間にか自分の限界を超えていた。本能がそうさせたのかもしれない。ただ意識せずに声をあげていた。考えずとも声が出ていた。そのおかげで俺自身は壊れずに済んだ。でも関係は崩壊した。そこには大きな後悔があった。なぜ俺に後悔があるのか俺にはわからない。いじめられていたはずなのに。もしかしたらたった一言言えればどうにかなったかもしれない。
そう、この結果を招いたのは俺でありあいつらだ。誰も、誰も救われない。もちろん俺にも非はある、非だらけだ。昔はこんなではなかった。目が見えていたころはこんなことで悩むこともなかった。そもそもこんなことが起きなかった。目が見えなくなってからだ、俺の人生が大きく変わったのは。目が見えなくなったのが運命だったなら、こうなるのもまた運命だったのか? 変えられなかったのか? 俺自身生活する中でいくつもこうならないようにする選択肢はあったはずだ。でも俺は選択を間違えた。他を見なかった。その結果がこれだ。呆れを通り越して笑えてくる。自分の愚かさ、どうしようもなさに。
もう元には戻らない。一度壊れた関係は元通りに修復なんか出来ない。それでもクラスの連中や先生はこの崩壊した関係を今も元に戻そうと模索しているのだろうか? そんなことしたって無駄だ。関係というものはそれこそコップと変わりない。一度関係というコップを作ればそこに水という信頼が蓄積されていく。その信頼という水はコップから溢れることによって最大限の信頼となる。でも俺のコップは常に空っぽだった。関係こそあるがそこに信頼はなかった。いや、自分でも気づいていないだけでほんの少し信頼はあったかもしれない。そしてその関係という名のコップはクラスのやつらがヒビを入れて俺が叩き割った。その割れたコップは接着剤で修復しても割れる前の状態には戻らない。それはひどく脆くて、まして穴が開いていたらそこから水が零れ落ちる。そうだ、もともと空っぽだったんだ。今更割れたところでその関係という名のコップを修復する気は微塵も起きない。俺がそうした、お前らがそうさせた。だから俺はもう何も信じない、何も信じられない。
そして俺の世界からは色だけではなく光も消えた。
家に着くと俺は誰とも話さずに自分の部屋に上がった。一人になりたかった。それは親もかえでも例外ではない。自分の部屋に着くと俺はベッドの前に
× × ×
次の日、家に先生が来た。俺の様子を聞きに来たのと学校でのその後を話しに来たらしい。母親に来るように言われたが俺は返事をしなかった。先生と顔を合わせたくなかった。別に今の俺の顔を見られたくないわけじゃない。涙で目の下が赤くなっていようが髪がぼさぼさになっていようがそんなのはどうだっていい。物理的に先生と相対するのが嫌だった。それ以前に先生と話すことは何もない。だから行かない。
先生は俺が来ないのを母親から聞いたのか俺の部屋に近づいてきた。ドアの前に先生が立つ。俺は変わらず蹲り続ける。
「矢島君、ごめんなさい。あなたの気持ちをわかってあげられなくて」
ドア越しに聞こえてきたのは先生の謝罪と数回の物音。土下座でもしているのだろうか。そんなのしたところで何も変わらない。
「矢島君がいじめられていることをもっと早くわかってあげられれば・・・こんなことには———」
何を言い出すかと思えば———
「・・・うるせェ」
「私は・・・教師失格です」
「うるせェんだよッ!」
何もわかってない。誰も、何も。俺は床を思いっきり叩く。
「てめェらには俺の苦痛なんかわかんねェんだよッ! いじめがどうこうじゃねェ。目が見えねェやつがどんだけ苦労してるか、目が見えるてめェらには一生かかってもわかんねェんだよッ!」
「・・・」
「言ってもどうせわかんねェだろうから俺は何も言わねェ。もう終わったんだよッ! 今さら何しても遅いんだよッ! 昨日言ったことをもう忘れたのかッ⁉ さっさと消えろッ!」
もう聞きたくない。言いたくない。うるさい。うるさい。
「・・・最後に、瀬戸君から。『俺が絶対お前を迎えに行く』だそうです」
先生は階段を下りていった。ドア越しに先生がすすり泣く声、母親が謝罪する声がしたがもうどうだっていい。もう何もしたくない。
さらに次の日、今度は教育委員会の人たちが来た。なんでも今回のことに関して教育委員会も重く受け止めているらしく俺と話がしたいらしい。でも俺にその気はない。
「矢島君、ちょっと話を聞きたいんだけど出てきてくれるかな?」
「・・・」
「じゃあそこにいてもいいから私たちと話を———」
「帰れッ! 話す気はねェッ!」
「私たちは君に真実を話してほしいだけだよ。だから———」
「何が真実だッ! 何が教育委員会だッ! それを話す信頼を損なったのはてめェらのせいだろ! 俺みたいなやつに他と同じ教育をさせようとしているのがそもそもの間違いなんだよッ! 俺があいつらと同じところに行けばこうなることくらいわかってたはずだろッ! 多数を尊重して少数を排除する、これがてめェらの言う教育かァ⁉ 多数決の原理なんてまかり通ると思うなよッ! 俺は常に少数の方だ。目が見えねェのも、他のやつと同じことができねェのも、全部全部少数だッ! あの学校じゃ俺以外いない。この町でも俺みたいなやつなんか数えるほどしかいねェ。そんなあぶれ者の気持ちなんかてめェらになんかわかるはずがねェだろォッ! 帰れッ!」
その後もしつこく残っていたが母親に「今日は帰ってもらえますか」と言われその人たちは家を後にする。何で一人になりたいときに限ってこうも人が来るのか? あぁ胸くそ悪い。
さらに次の日、今度来たのは加害者の親たちだ。でも俺に関しては加害者なんて括りではもう収まらない。あまりにも多すぎる。あの学校全体が加害者の巣窟だ。今回来たのはあの日俺を転ばせたやつらだ。二階から玄関までは距離こそあるが声は聞こえてくる。聞こえてきたのは謝罪の声だ。母親がそれに応じる。母親は俺が部屋から出てこないことをわかっているらしく、その説明をしている。相手側から手紙とお詫びの品が渡されたようだ。穏便に済ませるためか。ちっ、そんなんで済むくらいならこんなことにはなっていねェよ。やっぱりあいつらは何もわかっていない。帰った後母親がドアの下の隙間から手紙を入れる。
「謝罪の手紙よ。読んであげなさい」
それだけ言うと母親は下に降りていった。入れられた手紙は二通。でもなんで手紙を俺によこしたのか意味が分からない。俺が手紙を読めないことをわかっているはずなのに。読めないのもそうだがそれ以前に読む気にもならない。俺は入れられた手紙を力いっぱい破いて捨てた。そんなんで謝意が伝わると思っているのがそもそもの間違いだ。やっぱり何もわかっていない。
今日も訪問があった。メンタルケアの人だ。恐らく一昨日来た教育委員会の人たちが呼んだのだろう。俺のために呼んだのか、だとしたら余計なお世話だ。俺は別に病んでるわけでも鬱でもない。それをわかってか母親はその人にお引き取り願うように説得している。「本人の意思が聞けないと帰ることは出来ません」と反論していたが母親は「それを決めるのも本人の意思ではないですか?」と問い返す。「もし意思があるのでしたら本人からこっちに来るはずです、こっちの会話も聞こえているでしょうから」こう言われその人も反論ができず家を後にする。やっぱり親なだけあって俺のことをよくわかっているような発言だがその母親もまた俺とは違う。だから俺のことなんかわかるはずがない。親の心子知らず、逆もまた然りだ。
いい加減にしてほしかった。何で毎日訪問があるんだよ。俺のことを全く考えていない。心身を追い詰めているのはそっちじゃねェかと疑いたくなるほどだ。そんな俺の気持ちなんかつゆ知らず、今日も訪問がある。
「あの、光ちゃんいますか?」
「あら、慎君とお母さん、その節は大変ご迷惑を」
「いいえいいえ、ご迷惑だなんて」
「慎君、光ちゃんなら二階にいるわよ」
「話すること出来ないですか?」
「本人にその気があったらねぇ。とりあえず行ってみるといいわ」
「すみません、お邪魔します」
慎は家に入ると一直線に俺の部屋へ近づいてくる。いくら慎でも今の俺は話す気になれなかった。
「光ちゃん、いる?」
俺は無言を貫く。慎とは争いたくなかった。
「入るよ」
慎は俺の部屋に入ってきた。この部屋に誰かが入ったのは一週間ぶりだろうか。部屋に入るのは許す。でも話す気はない。
「光ちゃん、学校に行こう。みんな待ってる」
話す気はなかったが聞くだけ聞いてやろうと思って出てきた言葉に俺は怒りを覚えた。
「みんな待ってるだァ? 嘘つくんじゃねェよ。誰も俺なんか待ってねェだろ」
「そんなことないよ。みんな光ちゃんに謝りたいって。先生も」
「今更謝って何になる。俺とあいつらの関係は終わったんだよ。何の解決にもならねェ」
違う。そんなんじゃない。
「まだやり直せる! またみんなと、一から」
「終わったっつってんだろッ! お前もわかってねェじゃねか」
違う。そんなことを言いたいんじゃねェよ。
「わかんねぇよ! 言ってくれなきゃ!」
「言ったってわかんねェよ。見えねェやつの苦しみなんかよォッ!」
何でそんなことが言える。
「わかってねぇのはそっちだろ! 俺が今までどんだけ光ちゃんのために尽くしてきたと思ってんだ!」
「知るかよ。目に見える努力も助力も、見えねェ俺にはわかんねェよ」
何でそんな言葉が出てくる。
「だから話せってんだよ! 今までもわかんねぇことあったら共有してきたじゃねぇか!」
「いつの話してやがる。そんなのは過去の話だ」
俺は自分勝手でどうしようもない。
「過去も今も未来も関係あるかよ! 俺たち、友達じゃねぇか」
「じゃあ何であの時俺を助けに来なかったんだよッ⁉」
俺の過ちを親友になすりつける。
「それは・・・」
「友達だったら助けるんじゃねェのか? 助けなかった結果がこれだ。お前も・・・他のやつと変わんねェ。共犯者だッ!」
慎は悪くない。共犯者なんかじゃない。
「ふざけんなよッ!」
慎は俺の襟を強く掴んでくる。その手は震えていた。
「ちょっと二人とも落ち着いて!」
物音に気付いた母親と慎の母親が俺の部屋に来た。そして俺たちの今の様子を見て制止しようとする。
「くそっ!」
慎は俺の襟を振り解くと部屋を出ていく。解かれた衝撃で俺はベッドに座り込む。
「すみません、うちの慎が何かしたようで。今日はこれで失礼します」
慎の母親が俺と母親に一礼すると家を後にする。表情こそ見えないが言動からおおよそわかる。違う、俺はこんなことをしたいんじゃない、させたいんじゃない。なんでこうもうまくいかない。俺は慎を拒絶しているのか? 俺は慎を信じられないのか? 慎は俺と話そうとした、してくれた。なのに俺は・・・
「光ちゃん、行くわよ」
「行きたくねェ」
合わせる顔がない。
「行くのよほら」
俺にその資格はない。
「行きたくねェって言ってんだろッ!」
「いい加減にしなさい! 光輝!」
『光輝』母親からその名前で呼ばれたのは多分初めてのことだ。
「いつまで逃げてるつもり? そうやって逃げて逃げて、その先に何があるのよ、 何もないじゃない。まさか、そんなこともわからなくなったわけ?」
そうだ、俺は逃げていた。学校から、クラスから、家族から、慎から。
「慎君は逃げるあなたを捕まえようとしてた、話し合うことで。それなのに、光ちゃんは慎君も信じられなくなったの? 歩み寄ろうとしてる人をそうやってこれからも見捨てるの? 見捨てて逃げて、それは光ちゃんの望んでいることなの?」
「望んでいるわけねェだろ。俺だってわかんねェんだよ。わかんねェ俺に疑問ばっかぶつけてくんじゃねぇッ!」
「だったらなおさら話さなきゃダメよ!」
「俺のことなんか話したって誰にも———」
「わかんないわよ話してくれなきゃ! そうやって一人で抱え込んで自分で自分を傷つけて。もう見てられないわよ!」
「・・・」
「最悪話してくれなくてもいい。でも話を聞くことは出来るでしょう。それを
そう言って母親は俺の腕を掴む。
「行くわよ。ちゃんと向き合って・・・」
それきり母親は黙って俺の腕を引っ張っていく。最後の向き合ってはいくつかの意味があるように取れる。でも今の俺にはそのどれも出来る気がしない。自分と向き合うことも、慎と向き合うことも、過去と向き合うことも、話に向き合うことも。
————————――――――――――――――――――――――――――――――
今日私が家に帰ると家の空気が全然違っていた。本当に私の家? いつも通り「ただいま」と言うとお母さんは「おかえり」と返す。でもその声は沈んでいた。
「お母さん、何かあったの?」
リビングにいたお母さんに聞いてみた。
「うん、ちょっと光ちゃんがねぇ・・・」
ただそれだけ言うとお母さんは静かに窓の外を見つめていた。それでやっぱり何かあったんだと確信した。
「今はそっとしといてあげて、ね」
「・・・うん」
詳しいことは聞かなかった。今の私にはそれを聞く覚悟がなかった。ううん、聞きたくなかった。お兄ちゃんに何があったかなんて聞きたくない。
自分の部屋にあがって荷物の片づけをしていると横から何か聞こえてきた。お兄ちゃんの部屋からだ。私とお兄ちゃんの部屋は隣同士だから部屋にいるとお互いの声がたまに聞こえる。でも今は聞いちゃダメ。そんなのは分かっていた。でも・・・、お兄ちゃんが心配だった。お母さんがあんなに静かだったからきっとよっぽどのことがあったに違いない。私はいけないことだとわかっておきながらお兄ちゃんの部屋のある方向の壁に耳を当てた。でもその後本当に聞かなければよかったとすぐに後悔した。お兄ちゃんは自分の部屋で泣いていた。今までお兄ちゃんが泣いているのなんか見たことも聞いたこともなかった。お兄ちゃんは私が小さいときから私の前では泣く姿を見せることなんかなくて、それは目が見えなくなってからもそうだった。そんなお兄ちゃんが泣いていた。私が部屋にあがるとき階段を上がる音はしたと思うから、私が隣にいることは多分分かっていると思う。でももしかしたら、今お兄ちゃんには何も聞こえていないのかもしれない、自分以外の音が。
私は壁からすぐに耳を離した。もうこれ以上お兄ちゃんの泣く声を聞きたくなかった。でもその声は耳を当てていなくても聞こえてくる。聞きたくない。私はお兄ちゃんの部屋からなるべく遠いところに移動してそこで耳を塞いだ。聞きたくない。それでも私の頭にお兄ちゃんの泣く声が染みついたからか、耳が塞ぎきれていないからかわからない、お兄ちゃんの泣く声は絶えず聞こえてくる。聞きたくない。それを聞いて私からも涙が零れてきた。聞きたくない。耳を塞いでいるからその涙は私の頬を伝って床に零れ落ちる。聞きたくない。一度出始めた涙は止まることなく流れ続ける。聞きたくない。もうこれ以上———
「聞きたくない聞きたくない聞きたくない聞きたくない聞きたくない———」
声が出ていた。お兄ちゃんの泣く声を打ち消すように私は「聞きたくない」と言い続ける。それでもお兄ちゃんの泣く声は消えることなく私の頭で再生され続ける。いやだ、もう聞きたくない———
× × ×
昨日はお兄ちゃんの泣く声がずっと頭の中で流れ続けていたから全く眠れなかった。
今日、私はいつも通り・・・とはいかないけれど学校に行く。朝、お兄ちゃんはしばらく学校を休むということをお母さんから聞いた。本当は私も休みたい。あれだけ泣いていたお兄ちゃんのそばにいてあげたい。いつも助けられてばかりだったから今度は私が助けてあげたい。でも学校は行かなきゃならない。お母さんに今日帰ってからお兄ちゃんに何があったか話すと言われたから仕方なくという感じだった。
その日一日は授業も部活も全く身が入らなかった。それを心配してか、周りの同級生が私に話しかけてくることが多かった。
「かえでちゃんどうしたの?」
「昨日何かあった? もしかしてお兄さんと喧嘩?」
「体調でも悪い? 保健室連れていってあげようか?」
「矢島、お前なんか今日ずーっと変だぞ。」
「先輩、どうしたんですか? 今日ミス多いですけど」
周りの人はいつもと違う私を心配してくれている。私はみんなの気遣いに
「ううん、何でもない、大丈夫」
こう返すしかなかった。今日一日お兄ちゃんのことで頭がいっぱいだった。何があったのか? 何で泣いていたのか? その理由を早く知りたかった。そんな
「かえで、今日先に帰ったら。大丈夫、先生には私から言っておくから」
「いいの?」
「いいよいいよ、悩んでいるときに部活やっても身入んないでしょ」
「・・・ごめん、ありがとう」
「この借りはプレーで返してね」
「うん!」
こう言ってくれた部活仲間の声が素直に嬉しかった。私は急いで着替えると一直線に家を目指す。途中泣きそうになったけど何とか涙をこらえた。ここで泣くのは違う。多分この後泣くことになるから。
「ただいま!」
息を切らしながら家に入る。玄関に入った時、もしかしたらと思ってお兄ちゃんの靴を見てみたけど朝からその場所は変わってなかった。そして見慣れない靴が一足、誰か来てるみたいだ。
「あ、かえで。お帰り」
リビングに入るとお母さんが正面にいる人の対応をしている。その人は顔にハンカチを当てて泣いていた。
「ごめんなさい・・・、ごめんなさい・・・」
ただその言葉を繰り返していて、お母さんがその人を慰めていた。その光景があまりに見慣れないものだったから、私はしばらくその場に立ち尽くしていた。
その人が落ち着いたところでお母さんが私に話しかける。
「かえで、帰ったら話すって言ったわよね」
「うん」
「こちらは光ちゃんのクラスの担任の先生」
「先ほどは取り乱した姿をお見せしてしまい申し訳ございませんでした」
多分そんな気はしていた。でも担任の先生が泣く姿なんて、私は卒業式の時以外見たことがない。しかも今回のそれは卒業の時のそれとは状況も意味も違う。だからこそこの人が担任の先生って確信が持てたのかもしれない。
その先生は私に一礼して、お母さんは私に横に座ってと促す。言われて私はお母さんの隣の椅子に座る。
「それでは先生、昨日光輝に何があったか話してもらえますか?」
お母さんがお兄ちゃんを『光ちゃん』って呼ばないで『光輝』って言ったことに私は少し驚いた。私は今日一日この話を聞くべきなのか、私にそれを聞く覚悟があるかどうか悩んでいた。そのせいで授業も部活も身に入らなかった。でもお母さんの一言でここから真剣に聞かなくちゃと覚悟を決めることが出来た。お母さんが真剣なんだから私もそうしなくきゃいけない、お兄ちゃんを助けるために。
× × ×
先生がいたのは教室からお兄ちゃんが出た後、だから教室であったことはその場にいた人たちから聞いた話だと前置きがあった。そして話を聞いた、全部。昨日お兄ちゃんに何があったか。途中先生が声を震わせることがあった。対してお母さんはただ静かに先生のほうを向いて話を聞いていた。私は・・・、覚悟を決めたはずだったのに・・・、部活のみんなに気を遣われて早退したのに・・・。聞かなければよかった。状況がわかっていくほど私の肩に力が入る、体が強張っている、耳を塞ぎたい。今にも泣き出しそうだった私の膝の上にあった右手をお母さんが優しく左手で包み込む。でもその手はかすかに震えていた。お母さんも泣きたいはず、怒りたいはず、なのに・・・。
「状況は理解しました。それでは今回の件における学校側の対応をお聞かせ願えますか?」
先生を前にして泣くことも怒ることもなく、その眼差しはとても優しいものだった。でもそれに反してすごく冷静でもあった。
「教室のほうで聞き取りが行われました。私、学年主任、教頭先生の三人立ち会いでです。そして昨日矢島君に足をかけた生徒およびそれを共謀した生徒は二週間の出席停止という判断をいたしました。また、クラス全員にいじめに関する匿名のアンケートを行いました。その結果ですが・・・」
「話してください」
お母さんのその声は今までの優しいものとは違っていた。同時に私もお母さんの握っている手の力が強くなったのを感じた。私はお母さんのほうを向く。その時私の左目から一滴の涙が落ちた。拭おうとしたけど次の瞬間にそれを忘れた。お母さんが今まで見たことない目をしていた。明らかに敵をみるような目だった。でも私にはその矛先が誰に向いているのかわからない。先生? 生徒? 学校? それとも自分?
「アンケートの結果・・・、矢島君へのいじめはクラス内で横行していたことがわかりました。私の監督不行き届きです。申し訳ございませんでした」
先生は私たちに再び頭を下げる。その目からは涙が零れ落ちていた。私もとうとう耐えられなくなり両目から涙が流れ始める。止めようとしても止まらない、拭っても止まらない。でもそんな中、お母さんはただ一人泣かずに頭を下げる先生を見ていた。そして私から左手を離すとその手を私の頭にやって私を抱き寄せる。もう限界だった。
「うぅ、うわあぁぁん!」
今まで溜めていたものを全部外に出すように私は泣いた。先生の前、お母さんの前、そんなのもうどうでもよかった。私の視界は涙で歪んでほとんど何も見えなかったけど多分先生はずっと頭を下げていた。そしてお母さんは私の頭をずっと撫でていた———
× × ×
気がつくともう先生はいなかった。外を見てみるともうすっかり暗くなっていた。
「あ、起きた? かえでったら私の隣でさんざん泣いたあげく寝ちゃったのよぉ。先生はもう帰ったわ」
そこにはいつものお母さんがいた。先生と話していた時のお母さんじゃなかった。でも
「泣いたからお腹空いたでしょ。ほら、食べよ」
「うん」
でも、目の周りだけはいつもと違って少し赤くなっていた。
× × ×
お母さんから全部聞いた。私が寝ちゃってた間先生が話したことを。そして最後にお母さんは
「今の光ちゃんはすごく傷ついている。それを癒すのは簡単じゃないわねぇ。自然治癒を待つか、特効薬を探すか、誰かに治してもらうか、それを選ぶのは光ちゃん次第。いくら私たちが親であっても妹であっても、安易に口出ししていいことじゃないと思う。それがかえって傷を広げることにもなると思うから。でももし光ちゃんが本当に助けを求めているのなら、その時は全力で助けなきゃダメよぉ」
お母さんの言い方はいまいちよくわからない。ええと、お兄ちゃんが負った心の傷を治すためには克服するか、周りの助けを自分で求めるか、それとも周りに助けてもらうってことかな? そしてお母さんは克服する方を、先生たちは周りに助けてもらう方を望んでいる。でも本当にそれが合っているかは誰にもわからない。じゃあ私は・・・、もう自分でもどうしたらいいかわからない。何が正しいの? どうすればいいの? そんなわからない中でもただ一つ、私の中で心に決めたことがある。
私はお兄ちゃんが帰ってくるのを待つ。
お母さんに言われたからやるわけじゃない。本当だったら今すぐにでも助けてあげたい。そばにいてあげたい。そばにいてお兄ちゃんの声を聞いてあげたい。心ではそう思っているのに、その一歩が踏み出せない。
そう、私は弱い。私は臆病だ。昔から何も変わってない。いつもお兄ちゃんの背中に隠れてばかり。そして隠れる背中を失った私はこの思いを持った自分を殺すことによって私を隠す。だから私は待つことしか出来ない。やってることはもうめちゃくちゃ。とても合っているとは言えない。でも待って待って待ち続けて・・・、もしお兄ちゃんが本当に帰ってきたら、今までの私の気持ちをお兄ちゃんにぶつけてやる。目が見えなくても耳に刻み込んでやる。聞きたくなくても聞かせてやる。そして帰ってきたお兄ちゃんを思いっきり———
—————————―――――――――――――――――――――――――――――
母親に連れていかれる形で俺は慎の家に向かう。慎の家は歩いてもそんなに距離はなかったのですぐに着いてしまった。インターホンの音が響く。
「はい」
「どうも先ほどはすみません。慎君とお話がしたいのでよろしいですか?」
「こちらこそ。どうぞ上がってください。今慎を呼んできますね」
今すぐにでも帰りたい。あんなことを言ってしまった手前、合わせる顔がない。でも母親は全く手を放そうとしない。どうやら俺を逃がすつもりはないらしい。
慎の母親が慎を連れてきた。そして「どうぞ」と座るよう促す。全員が座ったところで
「はいではさっきの話の続きといきましょう。といっておきながらまた喧嘩されるのもあれだから慎君、まずはあなたから話してもらえる? もちろん慎君が話している間、私や光ちゃんは口出ししない。そしてこの話には私たちも立会人として参加するわぁ。これでいいでしょ?」
「・・・はい」
慎はその一言だけ返す。耳を塞ぎたいが絶対に母親がそれを許さない。仕方ないからいずれは向き合うことだと自分に諭す。
「俺がこれから話すのは、あの事件から今日に至るまでにクラスで起きたことです」
覚悟を決めなければならない。俺は俯きながらも慎の話に耳を傾ける。もう逃れられない。あの日俺が犯した過ちからも、クラスのやつらが犯した過ちからも。
—————————―――――――――――――――――――――――――――――
光ちゃんが連れていかれた後の教室の雰囲気はさっきとは全く違っていた。重苦しい空気が教室内に対流していて本当に居心地が悪い。そんな中席についたみんなは俺も含めて一言も話すことなく、ただ時計の針の動く音だけがこの教室にしていた。
しばらくして教室に先生が来た。さらに学年主任と教頭先生も一緒だ。
「えー、今回の件は彼の問題ではなくクラス全体の問題であると私は考えています。ということで匿名式のアンケートを行います。もちろん彼に関することだけじゃなく他にも思い当たることがあったら書いてほしい。ないならないで構わない。むしろ、それが一番いい」
全員に紙が配られ三人の先生の監視の中、調査が行われた。
『アンケート』匿名ならまだいいけど、そこに書いてある内容次第では当然誰が書いたかわかる。目線だけで周りを見渡してみると、この時点で全く字を書いていない人もいれば一心不乱に字を書いている人もいた。俺は・・・俺は、どうするのが正解なのか・・・
「はいそこまで。紙を裏返しにしてそのまま待っていてください。先生たちが紙を回収します」
字を書く音が聞こえなくなった段階で先生は紙を回収する。だけどこれだけで終わるとはとても思えない。
「次は一人一人別室で聞き取りを行います。順に来るように」
そう言うと教室右前の人から順に連れていく。一方待っている間、室内はものすごく静かで何人かは目配せをしているような状況だった。今のこの状況が嘘なんじゃないかと思う、そう思いたい。でもこれは現実だ、起きてしまったことだ。止められなかった。俺はその罪悪感と教室の緊張感、圧迫感でその場に俯く。
もうここは俺たちのクラスじゃない。
× × ×
俺の順番が来て俺は別室に行く。そこにはさっき教室にいた三人の先生、担任と主任と教頭がいた。
「君は今回の件について何か知っていることはあるか? 大丈夫だ。ここで話したことは外には漏らさない。君が知っていること、どんなに些細なことでもいい。教えてもらえるか?」
「・・・はい」
今回の件、違う、それだけじゃない。でも話したところでどうにかなるのか。過去に起きたことを今言ってどうなる。
「まず訂正してください。今回の件じゃないです。今までの件です」
光ちゃんが今回に限らず、今までのことで相当苦しんでいたのはわかっているつもりだ。だからあんなこと言ったんだ。いや、俺なんかがわかっているというのは虫が良すぎる。だけどせめて光ちゃんの友達だった者としてできることはある。
「加害者は・・・俺を含めたクラス全員です」
そう、全部打ち明ける。クラス中にあった歪んだ関係が少しでも改善されるのなら。きっと誰かが言わないとずっとその歪な関係が続く。そして光ちゃんの帰ってくる場所がなくなってしまう。
だから俺は、今の関係を崩壊させる。
過去に起きたことを俺はすべて打ち明けた。先生のいないところで起きていたこと、そばにいたから見てきたこと、逆に見ぬふりをしたこと、全部。打ち明けて最後に
「今までのこの関係は間違っています。なので俺は話すことによってそれを崩壊させます。俺たちが犯した過ちは簡単には消えません。だからせめてもの償いとして、光ちゃんの帰ってくる場所を俺たちが用意するべきだと思います。そして光ちゃんを含んだ俺たちの崩壊した関係を、少しでも正しい方向に修正できることを俺は願っています」
担任の先生は泣いていた。本当にこれが正しいことなのかはわからない。でも俺たちと光ちゃんの関係は崩壊したんだ。だったらいっそこのクラスの関係そのすべてを崩壊させて一から作り直す。これが俺なりに考えた答えだ。そう、光ちゃんは今の俺たち以上に苦しんでいたんだ。だったらその代償として俺たちもそれくらいする覚悟を持たなければならない。
× × ×
「全員からの聞き取りは終了した。その上で今後どうするかはこちらで検討させてもらいます」
その日はこれで終了となって普通の授業に戻る。でもその授業中といい、休み時間といい、朝とはまるで違っていた。ここは違うクラスなのではないかと錯覚するほどだ。
最後の授業が終わった後、半分近くが主任に呼ばれていた。俺が名前を提示した人、さらにそこに追加で何人か呼ばれていた。そこに男女は関係なかった。でも俺は呼ばれなかった。何で? クラス全体で起きていたことだ。本来だったら俺を含めて全員呼ばれるはずなんだ。
「瀬戸君、ちょっと来てもらえますか」
「はい」
俺一人担任に呼ばれた。俺はさっき呼ばれた生徒とは別の部屋に連れていかれた。そこは生徒指導室ではなく音楽準備室だった。先生の担当科目が音楽だからという点では頷ける。
「ごめんなさい、こんなところで。でも瀬戸君とは二人で話したかったから」
「光ちゃんのことですか」
先生は頷く。
「瀬戸君と矢島君は仲良かったですよね」
「えぇ、仲良かったですよ」
先生が過去形を使ってきたことに違和感はなかった。そうだ、もう過去の話なんだ。いや、仲が良かったということ自体俺の思い込みだったのかもしれない。
「矢島君の近くにいたあなたから見て、周りはどう映っていましたか? 矢島君はどう見えていましたか?」
「周りの反応は・・・、正直に言うとひどいものでした。周りと違う光輝を排しようとしている。俺にはそう思えてなりませんでした」
今までに先生は生徒全員からクラスの現状を聞かれ、他の先生から言われ、何より光ちゃんからあれほどのことを言われている。先生だって相当大きな傷を負ったに違いない。でもやっぱり担任としての責務からなのか。それとも俺と同じように償おうとしているのか。
「あのクラス、いや、あの学校には、最初から味方なんて誰もいなかったんです。俺も、あいつの味方になり切れなかった」
「はい、私も矢島君の味方になれなせんでした。それだけでなく私は、矢島君にあんな思いをさせていたなんて」
「俺たちは揃ってみんな共犯者なんです。先生も」
「先生は違うって言ってくれないんですね」
「ここでそれを言うのは違うと思いますけど」
「そうですね。そう言ってくれたほうがありがたいです」
「光ちゃんは気づいていないかもしれないですけど、俺は光ちゃんへのいじめを止めようとしていました。でもそれは目に見える範囲だけのものでした。本当は目に見えないところで深い傷を負っていたんです。先生と同じですよ」
「はい、私でも把握しきれていない部分が多々ありました。先生がいないところで行われていたのでしょうね」
「そうです。『どうせ目見えないからちょっとくらいなら』そういう間違った考えがクラス内で浸透していったんでしょう。それが光ちゃんを傷つけることだとは知らずに。俺にはそれが光ちゃんを排しようとしているように見えました」
「・・・」
「それ以前に普通と違う光ちゃんをあまりよく思ってなかった人もいたと思います。例えば目が見えないからって楽するなとか、あいつばっか優遇されてずるいとか」
「やっぱり・・・」
「人によって見え方、思いは違うということを痛感しました」
「私もそうです。あなたと同じことを考えていました。・・・瀬戸君」
「何ですか?」
「私は明日、矢島君のお宅に伺って謝罪をしようと思っています」
「・・・」
これまで話していた雰囲気とは明らかに違っていた。先生は俺との話の中で覚悟を決めたようだった。
「瀬戸君、矢島君に何か伝えたいことはありますか?」
「そうですね・・・」
しばらく考え込む。でもいくら先生が行くと言っても、おそらく今の光ちゃんは聞く耳を持たない。
「あいつは多分先生の話なんか聞きたくないって言いますよ。それでも行くつもりですか?」
「はい、もう覚悟は決めました。それに・・・担任としての責任もありますから」
覚悟と責任、非常に重たい言葉だ。そんなものが今先生にのしかかっていることを考えると胸が痛い。
「じゃああいつ、もしくはお母さんに伝えてもらえますか。『俺が絶対お前を迎えに行く』って」
「わかりました。必ず伝えます」
さんざん考えたけどこんな言葉しか出てこない。やっぱり光ちゃんの考えていることはわからない。いくら友達とはいえ、考えていることなんてそうはわからない。以心伝心なんてそんなのはただの理想だ、思い込みだ。これが普通なのに、今ではそれが悔しくて仕方ない。わかってやれない悔しさ、会えない悔しさ、助けてやれなかった悔しさ。俺の中では後悔の念が降り積もり続けている。もう後悔したくない。だから俺は・・・、俺が光ちゃんを迎えに行く。それが俺の答えだ。
「瀬戸君、お話してくれてどうもありがとうございます。もういいですよ」
「はい。では失礼します。・・・先生」
部屋を出ようとしたけど大事なことを言うのを忘れていた。
「先生。そんなに自分を責めないでください。俺も、光ちゃんも、そんなのは望んじゃいないですよ」
そう言って俺は部屋を後にする。多分こう言わないと先生はずっと自分を責め続けるに違いない。だからせめて、先生の重荷を少しでも軽くするために。俺はあえて声に出して言った。
俺は部屋を後にして早歩きで教室に戻る。先生が覚悟を決めたんだ。俺も決めなくちゃならない。クラスを崩壊させたのだからその責任として、俺がクラスを再建させる!
× × ×
次の日クラスの中は大きく変わっていた。いや、もうそんな次元の話ではない。変わりすぎていた。教室の席に空きが目立つ。その空いた席の人と昨日主任に呼ばれた人が大体一致している。さらに昨日の光景を見て学校に来たくないと思った人もいたのだろう。プラスして何人かの席も空いていた。異様だった。他のクラスの生徒はほぼほぼ出席しているのに。このクラスの今日の出席率は半分弱。インフルエンザが流行る冬でもこんな光景はあまり見ない。まさに崩壊していた。
「おはようございます。今日の一限は時間割を変更してホームルームとします」
状況が状況だからか、さすがに授業どころではない。
「なぜこうなっているかについては皆さん分かっていると思いますのであえて言いません。現在いない生徒は一部を除いて全員謹慎にしています」
そんな気はしていた。逆にそうでもしなければこんな異様な光景は生まれない。
「謹慎になった生徒にはそれぞれ自宅で反省文を書いてもらっています」
先生は淡々とこの状況を説明し続ける。昨日の先生の状態とは明らかに違っていた。俺と話していたときとも違う。生徒の前だからか、それとも昨日覚悟を決めたからか。でもどちらかというと前者のほうが強いだろう。昨日覚悟を決めたからと言ってそれが今日の態度に素直に現れるとは思えない。あくまで生徒の前だから毅然に振る舞う必要がある。もう繰り返さないために。こんなところだろう。
「残った私たちでこのクラスの問題点を考え、それをみんなで改善し、新たなクラスとして彼を迎える。それが今の私たちに出来る最善策です」
俺のやりたいことを先生が代弁していた。話している最中先生は一瞬俺の方を見た。俺はそれに頷いて返す。
「でも先生、具体的にどうすれば・・・」
生徒の一人が質問する。
「まずは皆さんの意識を変えなくてはなりません。ここにいる皆さんは彼がいじめにあっていたことを知っていたでしょう」
「・・・」
誰も答える人がいない。否定する人がいないだけまだマシだ。ここで知らないと言ったらそれこそ見て見ぬふりをしたことの証明になる。
「今まで皆さんはそれを知っておきながら見て見ぬふりをしてきました。でもそれじゃダメなんです。先生の目の届かないところでそれは起きていたのでしょう。じゃあそれを止めるのは誰ですか? 皆さんじゃないんですか?」
もっともな意見だ。止められなかった。その結果こんなことになったんだ。だから今のこのクラスを変えなくちゃならない。
「ちょっと待ってください。先生は自らの責任を私たちに押し付けるつもりですか?」
生徒の一人が反論した。俺はその言葉にイラッとした。何もわかっていない。責任は俺たちにもある。責任転嫁しているのはどっちだ。
「確かに私にも責任はあります。ですが皆さんも同じです。見て見ぬふりをした責任が皆さんにはあります」
「確かにそれはあると思ってますよ。でもどうしようもなかったんです。だってそこで止めてたら矛先が私たちに向くじゃないですか」
キレそうだった。だから何だ。それが見過ごした理由か。そんなのはただの言い訳だ。俺は立ち上がろうとした。
「止める以外にもやり方はいろいろあったはずです。それを皆さんは考えようとしていましたか? いじめ手だけでなくいじめられている方にも目を向けましたか?」
先生の言うことが俺に深く突き刺さる。まるで自分一人に怒っているかのような錯覚を覚える。
「事が起きてしまった以上、私が言っていることはただの後付けに過ぎません。ですから———」
そこで先生の言葉が一回止まる。次に出てきた言葉は
「やり直しましょう。皆さんも、私も。もうこんなことを繰り返さないために」
言い方を変えてはいたけど先生の言っていることは最初と何ら変わりない。でも先生の言葉は最初より確かにみんなの心に刺さっていた。無論、俺も例外ではない。そう、やり直すんだ。光ちゃんをまたこのクラスに迎え入れるために。
× × ×
クラスの人数は半分しかいなかったけど今後どうするかの議論は進んでいった。先生は話を終えた後いったん席を立ったが、またすぐに戻ってきて俺たちの議論に加わった。
最初は実態調査というものだった。聞いてみるとやっぱり俺の知らないところでもいじめは起きていたらしい。俺も知らないことがいくつかあった。実態を聞くにつれてだんだん苛立ちを覚えるようになった。これはいじめを行っていた人物に対してというよりは、それを見つけられなかった自分に対してのものだ。当事者は言うまでもないけど無視していた者、無知な者も同罪だ。
実態が浮き彫りになった後はそれをさらに突き詰めていく。誰が、いつ、どこで、なぜ、どのようにして、細かいところまで突き詰めていった。そして分かったことがいくつかある。光ちゃんはいじめのことを誰にも相談していなかった。これまで一切反抗してこなかった。あいつのことだ、一人で抱え込むに違いないと思っていたけど抱え込んでいた量があまりにも大きすぎる。今まで暴発しなかったことが不思議に思うくらいだ。
一通り議論が終わったところで先生が再び切り出す。
「皆さん一人ひとりから聞いたこと、そして今回行われた議論の内容ではまだ十分ではありません。今ここにいる人たちで勝手に話を進めていますが、まだここにはいない生徒がたくさんいます。謹慎中の生徒、そして彼もです。私はここでの話を隠すことなく彼らに伝えようと思います。その上で全員が揃った状態で議論を行う必要があります。もちろん全員が納得する結果というものを出すのは難しいかもしれません。でもこの議論はやることに意味があります。全員が参加して初めて新しいクラスとしてのスタートラインに立ったことになります」
そうだ、ここにいるメンバーだけで議論しても意味がない。全員が参加して初めて議論として成立する。そこには光ちゃんもいなければならない。だから
「今回の一件で私たちのクラスは崩壊したと言ってもいいでしょう。ですから私たちでこのクラスをもう一度立て直さなければなりません。皆さん、ご協力お願いします」
先生は頭を下げる。そこでクラスは静まり返る。しばしの静寂を経て
「先生、私は協力しません」
とんでもない言葉が返ってきた。これだけの話をしておきながら協力しないのかと言ったやつを睨む。
「先生、これは協力ではありません。義務です。やらなくちゃいけないことです。私たちは出来ることを精一杯行います。先生、言い改めてもらえますか」
先生に対する怒りなのか、自分に対する怒りなのかそれは見て取れないけど何かに怒っているのはわかった。そしてそれはその生徒だけでなく他の生徒にも波及していくのが目に見えてわかった。
「そうですね。皆さん、私たちのクラスをもう一度立て直しましょう」
「はい!」
一様に賛成の声をあげる。俺もだ。
初めてこのクラスが一つの方向に動き出した気がした。
—————————―――――――――――――――――――――――――――――
すべてを聞いた。俺がいなくなってからのクラスの様子を。先生、クラスメイト、慎の思いを。クラスは俺を迎えるために変わろうとしている。なのに俺はどうだ。
「光ちゃん、みんなが待ってる」
「・・・怖いんだよ、もう俺の居場所はねぇ。居場所がない俺を他のやつがどう見るか。・・・決まってる。今までと変わんねぇ」
「変わらなくない。俺たちは変わろうとしている。なのに光ちゃんが変わらなくてどうすんだよ」
「変われねぇよ。一度張られたレッテルなんてのはそう簡単に剝がせねぇ」
「努力もしないでそれを言うのかよ」
「努力? 俺に何が出来る? 目が見えねぇんだぞ」
「ちょっと待って。ここには言い争いをしに来たんじゃないでしょ」
母親が止めに入る。自分でもわかっている。言い争いをしたいわけじゃない。
「光ちゃん、今のは慎君が正しいわよ。いつまでそうやって塞ぎ込んでるの? 逃げた先に何があるの? 何もないってさっきも言ったでしょ」
もう何度も言われている、わかっている。これは逃げだ。でも逃げることの何が悪い。
「私だって逃げることを否定したいわけじゃない。だって光ちゃんの親だもの。子どもの判断を尊重したいわよ。でもね、何もせずに逃げるのは違う。今の光ちゃんがまさにそう。私はそれが許せないのよ」
「じゃあどうしろってんだよッ!」
「慎君が答えを出してるじゃない。努力しろって」
「違うッ! その中身を教えろってんだよッ!」
「それは自分で考えなきゃダメよ。考えることも努力のうちに入るから」
「もうわけわかんねぇよ・・・」
努力をしろって言っておきながら具体的にどうすればいいかを言わない。これまでもそうだったが今この態度をとられると腹が立つ。俺は頭を抱えて下を向く。
「私からもいい?」
そう声をあげたのは慎の母親だ。今まで沈黙を貫いてきていたから今更なんだと思った。
「あなたのお母さんは回りくどい言い方だからわからないと思うけど・・・」
全くその通りだ。答えを言わずに手順だけ言うような感じだ。やってることは学校の先生そのものだ。
「要するに、もっと周りを信用して自分をオープンにしろってことなんじゃないかな? 違います?」
「どうでしょうねぇ・・・」
信用できるわけがない。信用できるやつがいない。自分をオープンにして何が変わる。
「周りが変わろうとしているのなら自分も変わらないといけない。光輝君は思ったことを口に出さないで溜め込むタイプでしょ。それなのに周りがあなたを理解しようとして、そんなこと出来ると思う?」
「それは・・・」
「周りがあなたを理解しようとしているのなら、まず自分がオープンにならなきゃダメよ。そのためにはまず信頼出来る人を一人でもいいから探さないと。そのための努力をしろってあなたのお母さんは言いたいんだと思うの。まとめると・・・、自分を変えるための努力をしろってことね」
言っていることはものすごくよくわかる。俺の胸にその言葉が強く突き刺さる。でも・・・
「そんなこと出来るならもうとっくにやってる。そうしたら、こんなこと起きなかった・・・」
「本当にやろうとしてた? 聞いただけそれを行動に移すのは難しいと思うけど実際はそんなでもないのよ。別に仮面を被ったっていいんだから」
「そんなんでいいわけ・・・」
「いいのよ。努力している姿勢が見えれば周りもあなたを見て、おのずと変わってくるから。あなたのお母さん的に言うと・・・、波及効果ってやつね」
「うわ、取られたわぁ」
「周りが変わればあなたもその人たちを信頼出来るようになって、被っていた仮面を外せるってこと」
母親が考えろと言っていたところを慎の母親が全部言ってくれた。最初に言っていたことを否定していないって時点で多分このやり方は正しいのだろう。
「どうすればいいか教えてもらったんだからもうあとは出来るでしょ?」
母親が言う。簡単と言っていたが本当に簡単か?
「そんな簡単に・・・」
思っていたことが口に出てしまった。そうすると誰かが席を立って俺の背中を思いっきり叩いた。
「ゲホッゲホッ、いってぇ・・・」
不意を突かれた一撃だった。俺は背中をさすりながら前のめりになる。誰だ背中を叩いたのは。
「いい加減卑屈になるのなんかやめちまえよ! 見ててこっちが腹立つ。今の俺の感情がクラス内で
「だからっていきなりどつくこと———」
「むかついたからどついたんだよ! お前のその性格が治るまで何度でもどついてやる!」
慎にどつかれた衝撃もあったがそれ以上にどつかれた後の発言に衝撃があった。
「どつき倒してお前のその腐った性格を叩き直してやる!」
「俺はお前がしたことを忘れない。だからお前も俺のしたことを忘れるな。これからすることも全部含めてだ!」
「許してもらわなくても構わない。俺もお前を許していないからな」
「お前がクラスを崩壊させるきっかけを作って俺がそれを崩壊させた。俺たちは共犯者だ」
「だったら俺たちでクラスを作り直さなきゃならないだろ」
「俺はお前を助ける。だからお前は俺を助けろ!」
慎は俺を助ける。差し伸べられた慎の手を俺は取っていいのか。
「俺なんかを助けて何の———」
「損得の話じゃねぇ! これは俺がやりたいからやるんだよ。例えお前が手を振り払っても俺は無理矢理握る! 友達ってのはそういうもんだろうが!」
一番の衝撃が走った。背中をどつかれた痛みよりも、俺を助けるということよりも。慎は友達でいてくれている。そのことに衝撃が走った。
枷が取れた気がした。俺の心を覆っていた鎖が音を立てて解けていくような。
そして俺に光が差したような。目が見えない俺に。その光は目が見えなくてもわかるくらいまぶしくて。
今まで俺はそれを避けてきた。でも慎は俺を光の方へと突き動かした。その光が俺の鎖を解いた。
衝撃とともに俺から出てきたのは涙だった。止めようとしても止まらない。俺の目から溢れてくる。俺は両手で顔を覆う。でも涙は止まることを知らない。
「・・・ごめん・・・ごめん」
ただこう言うことしか出来なかった。感情ばかりが先行して他の言葉が出てこない。俺の身勝手な行動でみんなを崩壊させたと思うと謝罪以外に何も出てこない。
「ごめんを言うのは俺じゃない。お前がクラスに戻ってみんなに言うんだろ」
「・・・ああ」
俺は俺がみじめでならない。このままではいけないと思っておきながら前へ進む一歩が踏み出せないでいた。そんなのはただのわがままだ。子供がごねているのと変わらない。そうだ、いじめの原因は俺にもある。態度、行動、思い当たる節が山ほどある。それ全部を俺一人でそれを直すのなんか無理だ。それをわかっておきながら直す努力もせず蔑ろにしてきた。挙句今回の事が起こって直す機会が巡ってきても俺は自分から行動しようとしなかった。周りが手を差し伸べてもそれを取ろうとしなかった。本当にどうしようもない。でもそんな俺を受け止めてくれるやつがいる。俺と一緒にやり直そうとしているやつがいる。見守っててくれるやつがいる。
正直今の俺の感情は自分でもわかっていない。真っ先に出てきたのは謝罪だがそれ以外にもたくさんの感情が俺の中にある。そうして膨れ上がった感情が涙となって溢れ出てきている。俺の涙に釣られてかその場にいた慎や慎の母親、俺の母親も泣いているのがわかった。俺の母親は俺を抱き寄せる。いつもだったら恥ずかしくて払いのけているが今はそんな気が全く起きない。
そうか、俺は、そばに誰かいてほしかっただけなのか。
ようやく理解した。俺はただそれだけのためにここまでのことをした。もっとやりようはあった。俺は目が見えないことを理由にクラス内で孤立した。いや、自ら孤独の道へと進んだといった方がいいか。それが理由でいじめの標的となり、孤独だから相談する相手がいなかった。これも違う、自ら心の内に留める選択をした。そして知らないうちにそれは蓄積して暴発。どれもこれも俺のこのねじ曲がった性格が起こしたことだ。孤独が嫌、だったら周りに話せばそれで済んだ話だ。話す内容なんか何だっていい。それだけで孤独は解消される。今思えばなんでそんなに意地になっていたのかわからない。自分の過去に行った行動には疑問符しか立たない。
いつからこんな性格になっただろうか? 具体的にいつとは言えないがおそらく一番の原因は目が見えなくなったあの日だろう。あの日以来俺の性格は変わった。起きたこと全部目が見えないせいと片づけて、周りに迷惑をかけまいと自ら輪の中から外れていった。
やっぱり過去を振り返れば原因はいくらでも出てくる。でももうこうなってしまった以上過去を振り返っても意味がない。タイムスリップなんか出来はしない。だったら今を、これからを生きるための努力を最大限行うべきだ。努力して努力して、俺は、俺たちは新しいクラスを作る、新しい生活を作る。
逆走していた時計はようやく止まった。そこからどう動かすかは、俺たち次第だ。
————————――――――――――――――――――――――――――――――
————————――――――――――――――――――――――――――――――
「そうやって意気込んだはいい。でも俺がクラスに戻れたのは結局三週間後だった。謹慎の二週間を含めてな。謹慎後に先生と慎に付き添われて教室に行った。当然恐怖はあった。それでも行った。行ってまずあったのは謝罪だった。クラスの連中全員が俺に謝罪した。でも俺はそれに無言を貫いた。それは意地でも何でもねぇ。どう声をかけたらいいかわかんなかった。でもいじめはなくなった。クラスも前よりは良くなったと思う。慎はどう思った?」
「マシになったってだけだよ。そう、新しいクラスを作るって言ってもそんなのは簡単じゃなかった。いじめはなくなったけど壁はなくならなかった。しかもその壁は俺たちと光ちゃんの間だけじゃない。全員、それぞれに壁があった。消そうとした歪な関係は消えなかった。クラスっていう集団の中にいながら一人一人が孤立しているような、そんな感じだった。結局それ以上良くなることはなく卒業まで続いたって感じかな」
「まぁこんなところだ。要するに、意気込んでもやれることに限界があったって話だ。その後は高校の話だから、大体わかるだろ」
話を終えた後しばらく沈黙が続いた。出方を窺っているのか? それとも反応に困っているのか?
「———ごめん!」
沈黙を破ったと思ったら誰かが家を出て行ってしまった。それは一条だった。
「私がココのところに行ってくる!」
「雛も行きます!」
本田、日向が一条を呼び戻しに家を出る。そして残された俺たちは非常に気まずい空気になってしまった。その沈黙を破ったのは
「やっぱりねぇ」
母親だった。しかも言ったことにも驚いた。ここで言うのはそれで合っているのか? それじゃあ何か知っているようにしか聞こえない。
「やっぱり? どういうことだよ」
その言葉の意味を探ろうとする。でも
「どうもこうもないわよぉ。私の感想を言っただけ」
「感想? じゃあ言い方を変える。何か知ってるだろ」
気づいたのは俺だけじゃないだろう。でも話しづらい事でもある。だから俺が聞いた。その返答次第では———
「知ってる。けど、私の口からは話せない」
やっぱり隠していた。でもそれ以上に母親がいつになく真剣な声音で話していたことに驚いた。
「じゃあ慎、お前から聞く」
「俺は知らない。本当だ。何を隠しているんですか?」
「それは私が言うことじゃない。気づけば別だけど」
「気づけば?」
言っている意味がわからない。気づく? 何に? 一条の違和感とどう関係がある? 頭の中に次々と疑問が湧いてくる。
「今回私は手を貸してあげられない。だから、みんなで解決しなさい」
何でも親に頼るなって言いたいのか。母親には母親なりの考えがあるのかもしれないがちょっと頭にきた。
「は? 何で手貸せねぇんだよ。意味わかんねぇよ」
「お母さん。私もちょっとひどいと思う」
珍しくかえでも母親に反論している。
「ちょっと待って。・・・まさか・・・いや、嘘だろ・・・」
「何だよ。何かわかったのか?」
慎が何かわかったような口ぶりをしている。でもなんだろう、よくない気しかしない。
「光ちゃん。俺たちが中三の時の担任の先生の名前、覚えてるか?」
名前? そんなの———
「知らねぇよ。覚える気なかったし」
先生に限った話ではない。生徒の名前も慎以外記憶にない。
「一条先生だよ。たまたまかと思ってたけどココの反応と顔を見てピンときた」
「そんな・・・」
俺に代わって佐藤、更科が同じ反応をする。
「———」
あまりの驚きに声が出ない。頭を手で抱えて下に俯く。
「お母さんは知ってたの?」
かえでが母親に聞く。
「確証はなかったけど、ココちゃんの顔と先生の顔がなんとなく似てたからねぇ」
確証がなかった? でもそれを言うのと言わないのでは大きく違う。もし言っていたら
「確証がなくても言っていたらこうならなかったはずだ」
そうだ。もし言っていたら今日話すことはなかった。時機を見ていた。何でそうしなかった?
「そうねぇ。でももし言わなかったら光ちゃん、ずっと話さないでいたでしょ?」
「時機ってもんがあるだろ」
「じゃあその時機っていつ来るのよ。誰かに言われるのを待ってるつもり?」
「違う。今じゃねぇにしてもあったはずだ。もっと、ちゃんとした———」
「そう言って引きずって光ちゃん、いつでもココちゃんに話せる? このこと」
「ああ、話せる」
「本当に? ありのままを? 隠すことなく?」
「それは・・・」
「そこまでにしませんか? 親子喧嘩はよくないですよ」
俺と母親の言い合いを止めたのは更科の母親だ。
「そうだよ。もうやめようよ」
更科も止めに入る。
「矢島さん。考えを聞かせてもらえますか?」
更科の母親が聞く。
「更科さんが言うなら話しましょうかねぇ」
いちいち癇に障る言い方してくるな。いつもなら慣れているのに今日は聞いていると腹が立ってくる。
「そもそもこれは問題ですらないのよぉ」
「は?」
言っている意味が分からない。俺以外の人も多分同じように考えている。
「この一件はみんな悪いっていうことで謝罪して終わったでしょ。そう、もう終わったのよ。それに、ココちゃんは無関係。気に病むことないのに」
「終わった? 気に病むことない? じゃあ今の状況は何なんだよ」
「お母さん。何でそんな冷たいの?」
かえでの言う通りだ。なぜか今回の一件に関して母親はものすごく冷たく当たっている。しかもその理由を明かしていない。こっちのストレスが溜まるばかりだ。
「最初に言ったはずよぉ。私は手を貸してあげられないからみんなで解決しなさいって」
「答えになってねぇよ」
手を貸さないことも、俺たちで解決することも、全部冷たく当たっている言動の一部だ。理由じゃない。
「はぁ、じゃあ少しだけ手を貸すわよぉ」
「何でそんな面倒そうにしてんだよ」
「これはみんなで解決してほしいからよぉ。私の出る幕じゃない。だから本来は私は手を貸すべきじゃないんだけど、みんながそう言うから仕方なくって感じ」
「・・・まぁいい。言い方が腹立つが」
本当に今日に限っては腹が立ってしょうがない。耐性がどうこうじゃない。雰囲気がそうさせているのか?
「まず、光ちゃんは大事なことを忘れているわねぇ。それを思い出す・・・じゃないわねぇ、気が付く・・・かなぁ。どっちでもいいけどそれが一つ」
「忘れてる? 何を」
「ヒントはさっき光ちゃんと慎ちゃんとかえでが話した内容の中にあるわよぉ。次、ココちゃんは何を背負っているのかを知る必要がある。日頃の行動で何か思うところあるんじゃない?」
「日頃の行動・・・」
他のみんなも考えているが思い当たること・・・、今考えても思いつくことなんかない。
「最後に、私じゃなくて『光ちゃんが』話す必要がある。ココちゃんと、そして先生と。家の場所はわかっているから車なら出してあげてもいいわよぉ」
それはわかっている。問題を起こしたのは俺だ。ならば俺が話しに行かなければならない。
「私からの助言は以上。更科さんは何か言いたいことあります?」
母親の話が終わって次は更科の母親に振られる。
「矢島さんのそれは愛情から来ているんですか?」
それ? 愛情? ああ、母親の態度の事か。
「間違ってはいないですけどそれだけじゃないですねぇ。いろいろあるんですよぉ」
「そうですか・・・」
いろいろか。母親のこの性格、『答えを言わない物言い』は昔からだ。俺たちに考えさせるという意味があるのはわかる。でもそれが際立ってきたのはこのクラスになってからだ。そうなったのもいろいろと理由があるのだろう。
「私は答えをはっきり言った方がいいと思うんですけど。『子供の行く道を指し示すのが親の務め』とも言いますし」
「そうですねぇ。まぁ人それぞれ考えは違いますから。私は『子供の行く道について助言する派』ですから」
母親がそう言ったが本当にしっくりくる。まさにその通りだ。もし途中で道を外しそうになったら助言をする形で助ける。対して更科の母親が言うのは『こっち』と道を示して助ける。助言をするのと指し示すのではそれに伴う結果が大きく違ってくる。答えに辿り着けるか否かという大きな違いだ。更科の母親のようなスタンスだと答えに辿り着ける。まぁ指し示した道が合っていればの話だが。対して俺の母親のようなスタンスだと答えに着けない可能性がある。要するに介入の仕方の違いだ。でも今回の場合は更科の母親スタンスのほうがいい気がする。現に俺も母親の話だけじゃいまいちわかりきってないし。
「それじゃあ私が教えても問題ないですよね?」
「いいですよぉ」
母親のすごく投げやりな態度が気になってしょうがない。何でそんなに冷たくいられるんだ? もしかしたらこれも何かの策なのか?
「じゃあ教えるね。さっきの話を聞いた感じだとやっぱり光輝君は大事なことを忘れているわ。何だかわかる?」
「大体わかってます」
最初に母親に言われてから考えていた。そしてたどり着いた答え。それは
「俺はまだ、謝っていません」
「そうよ。他のみんなは謝ったけど、光輝君だけまだ謝ってないわよね。これ合ってます?」
「そうですねぇ。まぁこれは答え合わせしなくても光ちゃんわかっているみたいだしねぇ」
やっぱりそうだ。俺も話している中で気が付いた。あの一件で謝ったのは向こう。対して俺は一度も謝っていない。どっちも悪かった、なのに・・・。
「次、これは私の予想だけど心愛ちゃんはこのことを知っていたと思う。光輝君と会う前から」
「それじゃあ・・・」
「それを知ってて接した心愛ちゃんの気持ち。これは知ってほしいと思うわ」
「・・・罪悪感、あるいは贖罪、か・・・」
佐藤が代弁したが他の人も同じように考えているに違いない。でもこれは違う。
「罪悪感? 贖罪? 何であいつが背負うんだよ」
そう言って席を立つ。
「光ちゃん。どこ行くつもり?」
「決まってる。一条のところだ。今からでも家に行って謝ってくる」
「俺も行く———」
慎も一緒に行こうとした時だ。
「やめなさい。今行っても傷つけるだけよ」
母親が強い口調で行くのを止める。そんなのはわかっている。今とかそういう話じゃない。
「最初に言ってただろ。一条は無関係だって。それを教えてやる。そして謝る」
「俺もその方がいいと思います。俺も謝りたいから」
慎も母親に反論する。そして俺の手を引っ張って外に出ようとすると
「皆さん」
「ひなっち」
声と更科が呼んでわかった。一条を追いかけに行った日向が帰ってきた。
「ココさんは家に帰るそうです。さーちゃんが付き添いで行っています」
「じゃあ俺も家に行く」
「ち、ちょっと待ってください!」
「光ちゃん! 落ち着いてよ!」
日向に言われ、更科にも言われ、でも落ち着いていられるか。このままだと誤解がいつになっても解けない。また一歩踏み出そうとすると今度は左手を引っ張られた。慎が持った手とは反対の方だ。
「いまだめ!」
渡だった。ここに至るまでずっと無言を貫いていた渡が俺を止めにかかった。
「光輝君、今は話を聞いてあげたら?」
話? もう散々したはずだ。今話したい相手は一条だ。
「光ちゃん。今日はやめよう」
慎も引き返していく。もう一条とは話せないのか。
「くそっ」
俺は戻ってソファーに座る。
「話してもらえる? 雛ちゃん」
「はい」
更科の母親が進行して日向が話し始める。
「ココさんのことをさーちゃんが追いかけたのですけどすぐに追いつきました。その後いろいろと三人でお話をしたのですけどココさんはその中でこう言っていました。『私たちが悪かったの。だからその償いをしなきゃいけないのに』と」
「違う違う! 誰も悪くねぇよ!」
「雛とさーちゃんもそう言ったのですが———」
「何でそうなるんだよ・・・」
「ココさんが泣き出してしまったのでさーちゃんが家まで送りに行きました。雛は荷物を取りに来たというわけです」
ここでさっきまで議論していたことが的中した。一条はありもしない罪を自分で着てそれで苦しんでいた。それか親がそうだったから私が何とかしなきゃとでも思ったのか。いずれにしてもそれは間違っている。だから言いに行かなければならない。特に一条の母親、一条先生とはしっかり話す必要がある。今まで話してこなかったのは俺だ。それが招いた結果だ。くそっ、自分自身に腹が立つ。
「光ちゃん。明日しっかり話そうよ」
「・・・」
佐藤に言われただ頷く形で応じる。そしてこのままみんなが解散する形になった。何とも後味の悪い。
みんなが帰ったあと残ったのは俺とかえでの二人だ。母親は他の人を送りに行っている。もう何度かこの二人でいることがあったが今までで一番居心地が悪い。
「・・・何でだよ」
ずっと思っていたことがそのまま声となって出てくる。
「お兄ちゃん・・・」
かえでもそれ以上のことは言ってこなかった。多分俺のことを察してくれているのだろう。
今回ここまで拗れたわけは何だ? 俺が過去を話したからか? 俺が謝っていなかったからか? 俺が一条をよく見ていなかったからか? 多分そのどれもが当てはまる。これは俺の失態だ。
他にも理由は様々だ。一条と先生の罪悪感、慎やかえでの苦労を知ったこと。もし一条が罪悪感を持っていたとしたらこの話を聞いて出て行ったのは頷ける。こんなの聞いていて堪えられるわけがない。
でもそもそも一条が罪悪感を持つ理由がわからない。一条は無関係だ。親子の関係であったとしても代々贖罪に努めるなんて、そんなのは俺が許さない。これは終わった話、過去だ。もう引きずるのをやめると俺はみんなに公言した。でも、引きずっていたのは俺や慎だけじゃなかった。
それだけじゃない。母親の態度が気にくわない。なんであんなに冷たくいられる? それもここまで拗れた理由に見える。母親は何がしたいのか。胸の内が全く見えない。
空気の悪い状態はずっと続いた。母親が帰って来てからもだ。以前のように全員別々とまではいかなかったが話すことがなかった。ただ静かな時間が流れた。クラス替えの前まではこれが日常だったのに。今はそれが居心地悪くてしょうがない。
明日、そう明日、しっかり話そう。今は無理やり気持ちを前向きにすることしか出来ない。はぁ、何やってんだ俺は・・・。
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