できない、やれない→できる、やれる - 24日目 -

 迎えてしまった球技大会当日。やらなきゃいけないのは分かっている。はぁ、何でこんなに憂鬱なんだろ。


「お兄ちゃん」


 そんな気分で朝食を食べているとかえでが話しかけてきた。パンを咥えながら「ん?」と応答すると


「わ、私も応援してるから! 絶対勝ってよ!」


 朝からかえでが大きな声で俺にこう言ってきたことには驚いたが


「ああ」


 そう言って右手を上げる。それを見たのか見てないのか、かえでは走って外に行ってしまった。


「ああ言われたんだからやらなきゃでしょ」


 そう言って母親が俺のおでこをツンとしてくる。


「優勝・・・出来るかはわかんねぇけど、やれるだけやってやるよ」


 こう意気込む俺を他の人はどう思うだろうか? 悪あがきか、抵抗か、残念だけど違うな。俺は目が見えない、だからって何も出来ないわけじゃない、それを証明したい。何もやらずに出来ないと定義づけるのは間違っている。たくさんの出来ないことの中にもやろうと思えば出来ることはある。プラス一人じゃなくてもみんながいれば出来ることもある。

 数ある出来ないことを出来る、やれるに変える。それを証明する。そして全力で楽しく、そう約束したからな。


× × ×


 クラス・・・、どころじゃないな。学校の様子はいつもとまるで違っていた。熱を感じる。それは先生も例外ではない。


「お前らぁ、やるぞー!」


 いつになくやる気だな早川先生。いつものやる気なさそうな感じとは大違いだ。そんな先生の掛け声に


「おー!」


 クラスみんな元気よく反応する。さぁ、始まりだ!


× × ×


 始まった球技大会。改めて説明しよう。球技大会の種目はサッカー、野球、バスケ、バレー、卓球、テニス、ハンド、ドッジ。ルールは基本的に公式と同じ。ただし時間はハーフだったり1セット先取だったりする。俺はドッジまで基本的にやることがないので周りの様子を見て回る。訂正、感じて回るだ。一人ひとり見ていくか。


 まずは慎、サッカーは結構時間かかるので初っ端から行われている。聞いた感じだと慎が指示を出して、それに合わせてみんなが動いているみたいだ。俺も慎を応援する。


「いけー!」


「おうよ!」


 慎が答えてゴールを決める。この一点が効いて一回戦は危なげなく突破した。


 二回戦、相手は上級生グループ。でも経験者が少なかったからここも突破。


 三回戦、上級生、しかもサッカー部が固まっている。慎たちも全力を出して対応しているがなんだろうか? 慎にボールが集中している気がする。聞いていてもそうだ。慎がパスを要求してくることが多い。それに周りの人が反応してパスをする。まぁ当然と言えば当然だ。経験者に任せた方がいいに決まっている。でも相手からしてみればそれが弱点に見えるだろう。要は慎へのパスをカットする、もしくは慎を徹底的にマークすればこっちの作戦は崩れる。確かに一対一なら慎にも勝ち目はある。しかし同じサッカー部なら慎の強さはよくわかっている。相手はファール覚悟で慎を止めに来ている。笛でプレーが止まることが多い。それに時間が進むとやっぱりサッカー部の多いほうに分がある。


「くそッ!」


 慎の声と同時に目の前をボールが通り過ぎていき、そして


「ゴール!」


 相手チームに一点が入った。それを返そうと慎たちは奮闘するが


「ゲームセット!」


 このゲームは終了した。負けだ。


「くそ、相手強かったな」


「お前のプレーをこの目で見たかったよ」


 そう言って慎にタオルを渡す。それを受け取った慎は


「確かに、光ちゃんに見せたかったよ」


 見ていただけなのに負けた悔しさが俺にも伝わってくる。


「この悔しさはドッジで挽回だな」


「だな」


 そう言って俺と慎は拳を交わした。


 テニス会場には日向以外の全員がいるはず。まずは一条からと思ったが


「負けちゃったよぉー」


 もう終わっていた。どうやら俺がサッカー観戦している間に試合をして負けたようだ。


「お疲れ、俺も負けちゃったよ」


「え? 慎ちゃん負けちゃったの?」


「相手のチームがサッカー部ばっかりで、いいところまで行ったんだけどなぁ」


「私なんか一回戦さーちゃんだよ! 無理無理!」


「そら災難だったな」


 一回戦で本田と当たるとか・・・。なんか、お疲れさん。


「それで、わたりんとさーちゃんは?」


「二人とも三回戦行ってるよ」


 本田はさておき渡も三回戦か。すごいな。


「あ、わたりんだ。ファイトーわたりーん!」


「なるほど、旗使ってゲーム進行してるのか」


 耳が聞こえないことへの配慮か。旗が振られた後ボールを打つ音、地面に当たる音がする。それが何回も続いているので、どうやらちゃんとラリーは続いているようだ。すごいな、渡ってそんなにテニス出来たのか。そういえば家にラケットあるって言ってたな。でも相手はテニス部らしく渡が押されている。


「わたりーん! ここからー!」


「ファイトー!」


 横で一条と慎が応援している。ここで応援しないのはおかしいな。なにより負けてほしくない。


「渡ー! いけー!」


 右手を前に突き出して渡を応援する。それが見えたのかはわからない。それでもその後渡は巻き返した。そして一度同点まで行ったがあと少しのところで押し切れず渡はこのゲームで負けてしまった。


「わたりーん!」


一条が渡のもとへ駆けていき渡を俺たちのもとへ連れてくる。その時の渡は


「くやしい、くやしーよ・・・」


 そう言って泣いていた。タオルで顔を隠しているからか声がこもっていたが確かにそう言って泣いていた。そこまで全力だったのか。


「わたりんは頑張ったよ」


 一条がそう言って渡を抱きしめる。


「そうだよ、三回戦まで行けるなんてすごいよ」


 慎もこう言って慰める。でもここで言うのは慰めの言葉じゃない気がする。渡の泣いている声に触発されたと言っては言い方が悪いかもしれないが俺はこう言う。


「その悔しさはドッジで返せ。俺もそうする」


 俺がこう言ったのに対して少し時間をおいて渡はこう答えた。


「うん」


 まただ。悔しい。ただ見ていただけなのに。まるで自分がやっていたかのような感覚だ。この悔しさをバネに、見せつけてやろう。


 そう意気込んだ俺の前に、周りのみんなに見せつけたのは本田である。


「あ、みんな!」


「負けちゃいました・・・」


 更科と日向が帰ってきた。


「早く! ちょうどさーちゃんの試合始まるところだよ」


 ホイッスルの音が鳴って次に聞こえた音は


「はや!」


「マジか⁉」


 どよめきだ。一条、慎もこの驚きようだ。俺も聞いた。今までとボールの跳ね返る音が明らかに違う。力強い音だ。

 そんな周りの反応をよそに本田はどんどん点を入れていく。しかもほとんどがサービスエース、リターンエース、何これ・・・。


「さーちゃんはテニスものすごく強いです。全国クラスで選抜のオファーも来てるとかなんとか」


「すごっ!」


「私も知らなかった」


 更科も驚いている。くそ、見てみたいこの試合。


 結局相手に一点も入れられることなく三回戦を突破した。そんな本田の周りにはたくさんの女子がいた。


「さーちゃん大人気、いいなぁ」


「え、あれいいの?」


「いいよ、だってスターじゃん」


「俺もあこがれるなぁ」


「俺はああいうのは無理だ」


「何言ってんだよ。昔の光ちゃんもあんな感じだったじゃんか。それに」


「あ?」


「この後注目を浴びるんだからよ」


「注目の視線が違うだろ」


「似たようなもんだよ」


 俺はスターにはなれない。じゃあこの後俺がなるのはなんだろうか?


「みんな」


「なんだ、負けたのか」


「いきなりそれはきついな。でも負けたよ」


 そう言って来たのは佐藤だ。負けたにしてはなんか清々しい感じだな。


「相手がすごくうまい後輩で、競り負けちゃったよ」


 渡と同じパターンか。いや、でも佐藤はテニス部なんだから先輩としての、経験者としてのメンツがあるだろ。何で負けてんだよ。


「おお、これで負け組が揃いましたね」


 日向のやつ、またすごいこと言ったな。ん? ちょっと待て。


「俺まだ戦ってねぇぞ」


「私もよ」


 そうだよ。俺と更科はまだ戦ってすらいないのに負け組認定するなよ。縁起でもない。


「そうだよ! まだ私たちにはドッジがあるから! 負けてないよ!」


 ほぉ、一条も反論した。


「すみません、そうでしたね。まだ負けてないです。みなさんも、私たちも」


 おい、さっきの反論が効いたのか日向がなんかやる気出しちゃったぞ。よくよく考えてみれば、今テニス無双している本田とドッジでこのあと戦うのか、一条と渡は。勝てる未来が見えない。だから日向こんなにやる気なのか。やる気の理由が他人任せなのは解せないが。


 この後のテニスの試合はついさっき言ったように本田無双だった。佐藤がちょくちょく説明を入れてくれたから相手のこと、プレーのことはよく分かった。本田は三回戦からガチでやっていたが、それは相手がテニス部だったかららしい。それで無失点、やば! それを聞いて一条がしょげていたことは、まぁ言わなくてもわかる。


 準決もテニス部、しかも先輩だったがやはり無失点圧勝。


 決勝は部長との一騎打ちだ。部長も関東大会レベルの実力者らしい。お? 初めて本田が点を取られた、と思ったらそれで本田にさらに火が点いたか、ギアが上がったのを感じた。これは見えなくてもわかる。周りの人の反応もすごいの一言だった。それどころか本田の圧に気圧される人もいた。それが相手の部長でそこから先は本田の猛攻に耐えるしかなかった。スライスで捌いてはいるものの本田の打つ球の球速がえげつないのでついていけてない。そのまま押されていって


「優勝、2年7組 本田咲彩!」


 うわ、勝っちゃったよ。マジで強いじゃん。ちょっと甘く見てたわ。


「さーちゃんおめでとー!」


 一条、渡はもみくちゃになっている本田のもとへ走っていった。


「やばいな、さーちゃん」


「やばいよ、本田さんは。俺も勝てないし」


「やばいね、さーちゃん」


「やばいです」


 感想みんなして同じだよ。あまりにすごかったから感想が出ないパターンだなこれ。そう思っている俺も同じ感想しか出ない。やべぇなあいつ。


 しばらくもみくちゃにされた後一条、渡と一緒にこっちへ来た。


「疲れた。やっぱり人混みは慣れないな」


「いやそっちかよ⁉」「そっち⁉」「そっちですか⁉」


 みんなが揃って突っ込む。これ部長が聞いてたら何言われるか・・・。


「さーちゃん、おめでとう!」


「おめでとうございます」


「ああ、みんなの応援のおかげだ」


 そう言って更科、日向、本田は三人で抱き合う。青春だ、『初めて』高校生してるって実感が持てた瞬間だった。いや、ここ最近ずっとこんな感じだったから『初めて』は盛ったな。『特に今日は』に修正しよう。


 そしてテニスコートを後にすると


「ドッジは負けないよ!」


 一条が言う。それに渡も頷く。


「私たちも負けないよ!」


 更科が言う。本田と日向もこれに頷く。


「俺たちも頑張んないとな」


 慎が言う。佐藤と俺が頷く。みんな同じ反応だ。


「光ちゃん」


「何だよ」


「練習の成果、絶対見るから。手抜かないでよね」


「わかったよ」


 約束の件だ。更科からこう言われたからやるしかない。久しぶりに全力で楽しんでやりますよ!


× × ×


 昼を挟んで午後、球技大会の目玉、ドッジの時間だ。ここでルールを説明しよう。


 コートは白線が引かれている。外野の初期人数は最大三人、内野は同数になるように調整する。そのため初期外野の人数が調整枠になっている。

 プレーは5分、スタートはジャンピングボール、ボールを取った人は5秒以内に投げなければならない。明らかなパス行為、5秒以上のホールド、顔面を狙った攻撃はファール、相手ボールになる。初期外野は基本的に当てても内野に戻ることはできないが、任意のタイミングで内野に戻ることが可能。内野の人が当てられたときは退場になる。しかし初期外野が内野に入った場合は補填として外野に入ることが可能。

 最終的な得点は内野に残っている人数。初期外野が当てられていない場合はそれもカウントされる。ずっと外野にいた場合も同様。同数だった場合は試合続行。どちらか一人が当てられるまでのサドンデスになる。

 試合はトーナメント方式で敗者復活あり。男女別、学年優勝したチームは学校優勝をかけてその後戦う。


 すごく長々と説明したが大体こんな感じだ。でも俺の最初の想像とだいぶ違かったので、聞いたはいいけど俺もいまいちわかっていない。複雑すぎるんだよ。やっていけばわかるか。


 「ピー」とタイマーの音がして始まった。俺たちは二番目だ。コートの数が限られているから一回戦、二回戦に関してはその中でも何回かに分けて行われる。今やっているのは7組だな。見に行ってみるとそこにはすごい人だかりが出来ていた。


「すごいな」


 慎が声をあげる。


「一躍注目の的だね」


 本田がいるからなぁ。佐藤の言う通りだ。


「それだけじゃないよ、あの戦法もすごいよ」


「戦法?」


 ドッジに戦法っているのか? 俺みたいな例外は置いておいて。


「さーちゃんの後ろにみんな固まって当たらないようにしているって言ってわかるか?」


 なんとなくわかった。それって


「全部本田頼みじゃねぇか、当てるも避けるも」


「そうだね、それでも———」


 それ以上言わなくてもわかる。さっきから歓声と悲鳴しか上がっていない。


「いけーさーちゃん! ひなっちー! アオー!」


 横で一条が大きな声で応援している。よく聞こえるなぁ。横にいることを無視しても。その横では渡が手拍子している。


 その試合は一言で言えばこうだ。来たボールは本田がほぼ全部止めて、本田がほぼ全部当てて、反対側にいる更科が車いすを上手に使って投げているというものだった。本田の無双っぷりもそうだが聞き耳を立てると、更科のことを言っている声も聞こえた。「あの子すごい」とか「やるな」とかいう好意的な声も聞こえれば「ケガするぞ」とか「出しゃばって」という声も聞こえる。わかってはいた。これに関しては俺や渡にも同じだ。でも更科はそういう声が出ることを承知の上であの場に立っている。勇気ある行動と普通は捉えられる。でもその事実を知っている俺たちはこう思う。更科にそんな勇気はない。みんながいてくれたから、それを頼ることが出来たから更科は今あの場にいる。たった一人の努力ではない。だからケガのことを心配されるいわれも、出しゃばるなと睨まれるいわれもない。俺から言うことはないが見当違いだ。いいじゃねぇか、本人が楽しければ。


 7組一回戦は完勝だった。文字通りの完勝、一人も当たっていない。やばっ。


「みんなすごいよ! 私たちも頑張んなくっちゃ! ね?」


「うん」


 帰ってきた三人に一条、渡がこう言う。じゃあ俺たちも


「さてと、やりますかぁ」


「あ、光ちゃんは二回戦からな」


「は?」


 俺出れないの? 何で?


「人数調整で相手のほうが少なかったからごめんな。それに」


「光ちゃんは最終兵器だしね。一回戦から出しちゃったらもったいないよ」


「そういう問題かよ」


「そういう問題だよ」


 この二人裏で結託してるな。それに一番恐ろしいのは一回戦で負けて俺が出れずじまいになるってことだ。そんなことになったら俺たぶん・・・、いや、考えたくもない。


「じゃあ勝てよ。出れないのは嫌だからな」


「任せとけって」


 そう言って慎と佐藤は俺の背中を叩く。本当に嫌だからな、出れないのだけは。


「信じなよ、親友なんだから」


「そうだ」


 更科と本田に言い返された。これ前にも言われたし言った気もする。まぁ、


「だな」


 信じて待つよ。あいつらのことだ。負けねぇだろ。


「そういや日向はどこだ?」


 さっきから声が聞こえていないので聞いてみると


「ひなっちならココとわたりんの応援に行ったよ。ちなみにさーちゃんはまたみんなに連れていかれちゃった」


「今さっきまでいたのに、忙しいやつだな」


「そうだね」


 すると俺の前に慣れない感触があった。これは、背もたれか。

 「ピー」と音が鳴ってまた試合が始まる。俺の前では更科が応援している。だから俺も更科の車いすの持ち手に左手を置いて


「いけー!」


 出せる精一杯の声で応援する。これは慎たちだけじゃない。離れてやっている一条、渡にも聞こえるようにだ。あ、渡は聞こえないか。でも形はどうであれ届けばいい。届け、届け!


 「ピー」ともう一度音が鳴って試合の終了を知らせる。


「勝ったぞ!」


 慎、佐藤が来て俺にこう言う。


「っしゃあ!」


 思わずこう声をあげてしまった。でも純粋に嬉しい。


「びっくりしたぁ」


 あ、更科がいたの忘れてた。


「これで光ちゃんも出れるな」


「ああ」


「ねぇ勝ったよ! 勝った勝った!」


 女子たちも勝ったか。「っしゃあ!」と心の中で叫んでおこう。


「ココ砂だらけだよ」


 砂だらけ? これそんなに砂かぶる競技だったっけ?


「すごかったです。ココさんが囮になるって出ていって相手のファールを誘っていました」


 なるほど、大体予想ついたわ。わざと顔に当たったとか転んで試合止めてたとかだろ。下手すりゃこっちがファールもらってた案件だぞ。まぁいいや。


「それじゃあみんな一回戦突破ということで」


「二回戦も全勝だー!」


「おー!」


 慎の言うことに一条が音頭をとる。一条日本語おかしいだろ。まぁいいやちょっとくらい。今は楽しいから、そういうのはあまり気にならない。


 二回戦。幸か不幸か、女子は7組と9組がぶつかることになった。俺たちは三試合目なので見る時間は十分ある。


「負けないよー!」


「私たちもだ」


 一条、本田がそれぞれ言う。そして試合開始の音が鳴る。


 やっぱり一回戦と同じ戦い方をすると思ったが聞いた感じだとどちらもそうではなかったようだ。正々堂々と戦っていた。こう言っちゃうと一回戦手を抜いていたように捉えられかねないな。でも実際そんな感じだ。小細工抜きで戦っている。


「いけー!」


「ファイトー!」


 慎と佐藤が横で応援している。知り合いがどっちにもいるというこの状況。どっちを応援するのが正しいか。そんなの決まっている。


「負けんなー!」


 両方だ。


 試合終了の音、そして


「負けちゃったぁ」


 泣きながら一条がこっちに来る。それを渡が介抱している。てっきり逆かと思ったが。


「いやぁさーちゃんとアオの連携がすごかったな」


「確かに」


 そんなにすごかったのか。見てみたかったな。


「みんな勝ってねぇ。絶対!」


 声を震わせながら一条が言う。そんなの


「ああ」


 三人揃ってこう切り返す。勝つ、絶対。


 俺がコートに入った時周りから、敵チームから聞こえたのは嘲笑、ヤジ。耳を塞ぎたくなったが


「見せてやろうぜ」


「行こう」


 慎、佐藤が俺にこう言う。だから


「ああ」


 なんだろうか。この二人と一緒にいると周りの声が気にならない。心なしか顔が緩んだ気がした。ははっ、行くぜ!


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


〝みんな勝ってね。絶対〟


〝ああ〟


 三人の決意の顔が見えた。何て言えばいいのかな? ものすごく頼りになる三人、まるでずっと前からそうだったかのような。


 三人がコートに行くと周りからどよめきが起こっているのがわかった。あんまり聞きたくなかったけど携帯を見てみたら、そこにはこう映っていた。


〝あいつ確か目見えなかったよな〟


〝9組は勝負捨てたのか〟


〝わっはっは〟


〝出来るわけないじゃん〟


  でもこんなのはほんの一部。矢島君はこれ以上にいろいろ聞こえているはず。

 あれ? 三人して笑っている? どうして?


 ココに肩を叩かれた。


〝始まるよ〟


 タイマーが動き出して瀬戸君がジャンプする。試合が始まった。


 ボールは瀬戸君のいるコートに落ちた。そのボールを遠藤君が取って佐藤君の方へ投げた。矢島君は佐藤君の隣にいる。どうするんだろう?

 すると佐藤君は矢島君にボールを手渡しした。本当はダメなんだけど矢島君だけ特例みたい。見えないのに大丈夫かな? でもその不安はすぐになくなった。矢島君が投げたボールはものすごい速さでしかも相手を正確に当てていた。すごい・・・。投げてから数秒、周りも敵チームもみんな静かになったのが見ていて分かった。みんな呆気にとられていた、私もそう。

 ボールは再び瀬戸君が投げて佐藤君が取る。それを矢島君が受け取ってまた投げる。すごい! みんなのプレーも、強さも。その後このコートが大きく揺れた。みんなが堰を切ったように応援し始めたから。急いで携帯の画面を見てみるともう音が拾えていなかった。みんなの声が大きすぎて、あまりにも交錯しすぎていて。


 右隣ではココがコートに向かって何か言っている。左隣ではアオちゃんとひなっちが何か言っている。その後ろでさーちゃんがじっとコートを見てる。携帯を見ても音が拾えない。どうしよう。あたふたしていると右肩を叩かれた。ココのいる方、そっちを向いてみると


「わたりん おうえん」


 ココが手話で私に言ってくれた。そうだよね、応援しないと! 私は頷いて精一杯大きな声で


〝がんばれー!〟


 応援する。ちゃんと言えてたかな? するとボールを持っていた矢島君が一瞬こっちを向いたような気がした。でも目見えてないし。ううん、そうじゃない。聞こえていたかじゃない。私はただ


〝がんばれー!〟


 みんなの姿を見て応援したい、届けたい。ただそれだけ。だから全力で応援するんだ!


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「よっしゃー!」


「勝ったよ!」


 慎、佐藤が俺のもとに駆け寄ってこう伝える。そうか、勝ったのか。


「っしゃあ!」


両手をあげる。どうだ見ただろ。俺にだって出来ることはある。


「マジかよ」


「何で普通に当てられるんだよ」


「強すぎ」


 周りの反応を聞いていると楽しくなってくる。見せてやった感が湧いて出てくる。


「すごすぎ! どうやって当ててるの?」


「いつ練習したんだよ」


 周りにクラスメイトがやってくる。その中には当然一条や渡、ついでに遠藤もいる。なんか一気に注目された。うーん、本田の気持ちがよく分かった。これ疲れるわ。


 しばらくもみくちゃにされた後、ようやく解放されて慎から飲み物をもらう。


「何あれ、本気じゃん」


「言っただろ。目にもの見せてやるって」


 なんか更科の態度が冷たい。俺ちゃんとやったけどなぁ。


「私も頑張ったのに、あんなの見せられたら勝てないよ」


 なんだ、拗ねてるだけか。勝ちま―――


「勝ち負けは重要じゃないです。『どれだけ頑張れたか』『どれだけ楽しめたか』が重要ですよ」


 俺が言おうとしたことを日向に先越された。まぁいいや。


「そうだな、アオの頑張っている姿なら私たちがよく知っている」


 なんかおいしいところをみんなに持っていかれている気がするんだが。


「そうそう。それに、まだ勝負は終わってないしな」


 日向、本田と続いて慎まで。勝負? どっちが楽しく頑張れるかじゃなくて? ああ、そういうことね。


「だな、どっちが勝ち続けられるか勝負だ」


 ここからは純粋な勝負だ。どっちも頑張っているからそれを天秤にかけることは出来ない。だったらわかりやすく結果が明確になるもので勝負だ。


「それなら負けないよ、ね?」


「うん」「はい」


 更科の振りに本田、日向が応じる。


「次の対戦相手決まったよ」


「なんかどっちも強そう」


 佐藤と一条か、声聞かないからどこ行ってたのかと思ったら次の対戦相手見に行ってたのか。ぶっちゃけ相手とかもうどうでもいいな。


「相手が誰だろうと全力でやるだけだ」


「何かっこつけてんだよ」


 慎に背中小突かれた。別にそんなつもりはなかったのだが。


「うん、全力」


 更科が俺に賛成してくれた。よかった、言い損にならなくて。


「がんばろー!」


 渡か、珍しいな。いつも掛け声するのは一条なのに。


「おー!」


 それに応じて全員で拳を高く上げる。ここまで来たら狙うは一つ、『優勝』だ!


× × ×


 ここからはダイジェスト。


 準決勝、一条曰く強そうと言っていたが問題なく勝つことができた。

 7組女子は相変わらずの本田無双。もう誰も止められない。

 対して俺たちは二回戦のこともあってか俺がすごく警戒された。とはいっても俺が警戒された分、佐藤や慎が当てに行っていたので問題なく勝つことが出来た。


 そして敗者復活に回った9組女子だったが、あと少しのところで負けてしまったようだった。相手は一回戦で7組女子に倒されたところだった。相手に本田がいると強いところも容赦なく落とされるから、なんというか不運としか言いようがない。一条、渡は二人して泣いていたが代わりに「俺たちが勝ってやる」と言ってコートに進んだ。


 そして迎えた決勝。

 7組女子の様子を他の人から聞いていたが決勝でも本田が無双していた。なんか決勝になったとたん本田の目つきが変わったらしい。獲物を狩る目と言えばわかるだろうか? その目つきに相手が委縮してあまり動けなかったようだ。テニスの時といいマジ本田やばいな。どんな運動神経してんだ?

 一方の俺たちは7組女子ほど圧倒はしていなかった。相手にはバスケ部やハンド部が多くいたせいで、はっきり言って苦しい試合だった。しかもさすがに二回見られたということもあり、佐藤が俺に出している指示も敵にバレる始末だった。まぁそうなった時の対策は考えていたからあまり慌てはしなかったけどな。ずっとプランAで行っていたのがプランBに変わったくらいだ。そうなったとたん相手がどんどん当たっていく。右左をRL、さらに1・0に置き換えられるやつなんてそうはいない。その結果なんとか勝つことができた。よかった。


 結果2年の勝者は9組男子と7組女子。ダイジェスト終了。ふふっ・・・


「っしゃあ!」


 勝ちが決まった瞬間チーム全員で抱き合った。俺自身まさかここまで来られるとは思っていなかった。いつの間にか慎や佐藤以外の人とも距離が近くなったかのような、そんな気がした。そしてまたもみくちゃにされる始末、でも悪くない。今はそれ以上に高揚感が勝っている。


 ひとしきり喜んだあとコートを後にするとその先にみんながいた。


「すごいよ! 感動しちゃった。あ、わたりん」


 一条が言っているそばで渡が泣いている。なんか渡今日泣きっぱなしだな。


「おめでとうございます」


「おめでとー!」


「やったな」


 日向と更科、本田が拍手している。


「どうだ? 光ちゃんはやるやつだったろ?」


「確かに」


 なんかけなされているように聞こえなくもないがまぁいいや。そんなの些細なことだ。


「でもまだ終わってないよ。この先がある」


「ああ」


 佐藤の言う通り、まだ終わっていない。ここまでは学年優勝を狙う戦い、ここからは学校優勝を狙う戦いが待っている。


「おお、お前ら」


 なんか聞きなれたような聞きなれないような。


「よくやった。お前らの試合俺も見てたぞ」


「早川先生」


 慎に言われて思い出した。しばらく話しかけることも話しかけられることもなかったからすっかり忘れてたわ。


「優勝しちまったんだ。俺からしっかりご褒美あげるからなぁ」


「え? ご褒美って何ですかっ⁉」


 一条が食いついた。簡単に釣られたな。でもお礼なんてこと言ってたっけな?


「それは終わってからのお楽しみな。それと」


「それと?」


「もし学校優勝することが出来たらご褒美のグレード上がるからな、頑張れよ」


「はい、頑張ります!」


 慎が元気よく返す。慎も食いついてたか。そんで最初に食いついた一条が反応していない。あ、今聞こえた。一条はグレードの意味が分かっていないらしい。更科に聞いてるよ。早川先生が行った後


「私たちも欲しいです」


「先生に掛け合ってみたら?」


 日向の言いたいことは分かる。でも聞いてくれるか?


「私が言うか?」


「本田が言ったら先生が頭下げそうだな」


 今日の本田の活躍はもはや英雄とかヒーローレベルのものだ。そんな本田が言ってくれたら先生は出さざるを得ない。本田様様だ。


「それは全部終わってからにしよう」


「よし、じゃあやりますかぁ!」


「おー!」


 今度は慎が音頭をとってみんなが反応する。思えば今日一日で何回掛け声かけたか? 数えるのだるいな、今は目の前に集中しよう。


× × ×


「よし、やるぞ」


「おう」


 慎に言われてこう反応する。いよいよ学校一を決める戦いが始まる。


「ちょっといいかな?」


「なんだ?」


 佐藤に言われてそっちを向くと佐藤が俺に耳打ちしてきた。


「プランDでいこう」


「そんなのあったか?」


「今作った」


 佐藤から説明を受ける。聞いてて思った。よくこんなの思いつくな。でも


「出来るか?」


「やるんだよ」


「はぁ、わかったよ」


 聞いてみても出来るかどうかは半々くらいだ。まぁやらないよりはマシってくらいか。佐藤は同じことを慎にも言っている。どうやら慎は承諾したようだ。ならばやってやるよ。


 組み合わせで最初戦うのは一年の優勝組。そこと三年の優勝組、二戦やって二勝すれば勝ち確定。一勝なら二戦の内野の数の合計で決まる。


 試合開始の音が鳴る。


「慎ちゃんが取った!」


 横で佐藤が言う、さすが慎。慎が投げたボールを佐藤が取って、俺にパスして投げる。言っていることは簡単だがプランCはこんなもんじゃない。昨日かろうじて出来るようになった足音を聞いてその方向に投げる。これをやっている。鈴をつける案は否定され挙句、周りからは応援の声がたくさん聞こえてくるので足音なんかほぼわからない。じゃあ感覚を研ぎ澄ませればどうにかなるってわけでもないし。ちょっとやって出来ないとわかったから今度はプランDを実行する。とっさに作られたプランDは―――

 『とにかく前に投げろ』

 要はこうだ。今までは慎が佐藤に投げて、佐藤が俺にパスして、俺が当てていた。その形式をずらすのがプランDだ。佐藤が拾って俺にパス、俺はとにかく正面に投げて、それを取った慎が相手に当てるというものだ。


 俺からしてみればかなり楽だ。ただ正面に投げればいいのだから。でも佐藤はその上でピッチを上げるようにとも言ってきた。そうすれば相手が離れる前に当てられる。

 俺が正面に投げて10秒経たないうちに次のボールが来る。それを俺は正面に投げる。これを繰り返しているとなんとびっくり、相手がだんだん減っていくじゃねぇか。


「その調子だよ!」


 横で佐藤がこう言っている。相手からしてみればこの戦法はたまったものじゃないだろう。俺の目が見えないことは前の試合を見ていれば知っていたはず。しかも試合の様子を見ていたのなら俺と佐藤がタッグを組んで当てに行っていたのも知っていたはずだ。でも今佐藤は俺から少し離れたところで構えていて俺は何の指示もなく投げている。せっかく俺たちに対抗するために立てた作戦も丸つぶれに違いない、と思っていたら


「光ちゃん。慎ちゃんが当てられた!」


「マジか⁉」


 想定外だった。慎が当てられることを想定していなかった。そうだ、ドッジならそうなる可能性もあったはずだ。するとすかさず


「慎ちゃん、俺内野に入るから代わりに外野をお願い!」


「悪い!」


 そうか、そのルールがあった。佐藤は初期外野だから内野に入った補填として慎が外野に来るのか。でもこれじゃ戦力が内野と外野で明らかに偏っている。


「光ちゃん、さっきと同じで、俺も当てに行く!」


 慎がこう言った。要領はさっきと変更なしで可能であれば慎も当てに行くってことか。


「りょーかい!」


 すると佐藤からのボールを受け取ってほぼノータイムで投げ返した。その時慎の声が漏れていたのがわかった。当てられたから力が入っているのか。

 まるでテニスの打ち合いみたいに投げ合っている。その途中で慎が俺のところに近づいてきた。すぐ横で受け取ると俺にそのボールを渡して無理やり体の向きを変える。


「正面だ!」


「わかった!」


 敵がいる方向に体の向きを変えてくれたのだろう。俺はその方向に本気で投げる。バンッと大きな音が二回。


「ダブルアウト!」


 どうやら二人に当たったようだ。それと同時に


「試合終了! 3対4で2年9組の勝ち」


 ―――


「よっしゃあ! 勝ったぞ光ちゃん!」


「あ? 勝ったのか?」


「勝ったよ、光ちゃんのあれがなかったら負けてたよ!」


 ようやく実感が湧いてきた。そうか


「よっしゃあ!」


 慎が当たったって時点で今回はやばいと思っていた。でも勝てた。本当にぎりぎりだった。


「やったあ!」


「うん!」


 一条と渡が喜んでいるのがわかった。そういえば慎が当たったってあたりから周りの応援が聞こえなくなったような気がしたけど、これが世に言う『ゾーンに入った』ってことか。まぁいいや。


「すごいですね、先輩方」


 相手の一年生が俺たちにこう声をかけてきた。でも見えないからどれだけすごいかは本当に実感が湧かない、勝ったって実感は湧くのに。こう言ったら相手に悪いな。


「みんなもすごかったよ」


 慎が代弁してくれた。そう、そういうこと、それが言いたかった。


「よし、あと一戦。頑張ろう!」


「だな」


 そういえば女子のほうも同時進行で行われているんだったな。どうなっただろ。いやいやこんなこと気にしている場合じゃない。あの三人には悪いが今は目の前のことに集中だ。これさっきも言ったな。ほんとにもう余計なことは考えないようにしよう。


× × ×


 よし最後の試合だと気合入れていった三年生との戦いだったが、はっきり言おう。負けた。

 もうここからは愚痴になるけど許して。だっておかしくない? 何で全員球技専門? バスケ、バレー、ハンド、野球、そのエース級が集結していた。偏り方にも限度ってものがあるだろ。

 俺のボールは止められるし、慎も佐藤も当てられるし、唯一残ったのは遠藤だったが対する相手は半分減っただけ。これでも善戦したほうだと思う。くそ、クラス分けに裏の力が働いていたとしか思えない。

 俺たちが勝った一年もその三年と戦ったが全く同じ感じだった。何とも面白くない試合だったと言わざるを得ない。


「でも学校で二番目だよ。すごいよ!」


 一条の慰めの言葉が痛い。そうなんだよ、『二番目』なんだよ。


「はぁー」


 大きなため息をつきながら佐藤に連れられてベンチに座り込む。ちなみに慎は飲み物を取りに行っている。


「あれはちょっと無理だったね」


「ああそうだ、無理だ。俺の目が見えていても無理だ」


 皮肉交じりに文句を言う。ほんと理不尽だ。


「あそこで囲まれてるのは・・・」


「さーちゃんとひなっちとアオだ!」


 ということは女子で優勝したのは2年7組か。ほんとに優勝したのか。そうか・・・負けた。


「わたりんいこ! ・・・え? いいの? じゃあ私呼んでくるね」


 話がブツ切れだったが推測で言うと『一条は渡を連れて7組のお祝いに行こうとしたけど渡がそれを断ったから、一条は三人を呼んでくることにした』といったところか。渡が何で断ったのかは知らんが。


「ん? どうしたの渡さん。・・・あ、ほんとだいつの間に」


「どうしたんだよ」


「知らないうちに擦りむいちゃったみたいで、ちょっと保健室行ってくるよ」


「ああ、俺はここにいるから」


 佐藤も行ってしまった。ここにいるのは俺と渡だけ。はぁ、なんか急に疲れてきたな。そういえば午後動きっぱなしだったな。頭が重いので俯くと


「おつかれ。やじまくんはがんばったよ」


 その声とともに頭を撫でられる感覚があった。ちょっと待て、これって


「やめろ恥ずかしい」


 一度手を払ったがそれでも渡は撫でるのをやめない。おかしいな、聞き間違いじゃなければ携帯の音声認識の音がしてたから、俺の言ったことわかってるはずだけどなぁ。さすがに二度払うわけにもいかず、しばらくそのまま撫でられ続けていた。


「わたりーん、光ちゃーん」


 一条の声が聞こえると渡はとっさに撫でるのをやめた。


「どうしたのわたりん、顔赤いよ」


 やっぱ恥ずかしいんじゃねぇか。見られなかっただけよかったよ。しょうがない、話し逸らしてやるか。


「やけに囲まれてたな、優勝したんか?」


「え? してないよ、二位だよ二位」


「は?」


 あれ? 囲まれてたんじゃなかったの? てっきり優勝したものだと思ってたが。


「サドンデスまで行ったんだが、最後の最後で私が当たってしまってな、すまない」


 本田も当たったのか。ていうかよく当てたな相手チーム。


「さーちゃんは悪くないですよ。逆にさーちゃんがいなかったらここまで来れませんでしたから」


「そうそう。だからもっと喜ばないと!」


「ありがとう」


 二位だったんなら囲まれてた理由は何だ? まさか佐藤が俺に嘘ついたわけじゃないよな。


「じゃあ囲まれてたってのは?」


「さーちゃんと写真撮りたいって人がいっぱいいたから」


「スター街道まっしぐらだな」


「私はこういうの好きじゃないんだが」


 スターってのはみんなそう言うんだよ、俺の偏見だが。


「そういえば健ちゃんは?」


「擦りむいたって言って保健室に行った。多分大丈夫だろ」


「光ちゃーん、水持ってきたぞ。あとタオル」


「ありがとよ」


 慎が持ってきた水を飲んでようやく一息つく。すると校内放送が流れる。『表彰式をやるから校庭に集合しろ』だそうだ。こっちは疲れてるのに。


「ほら、肩貸すよ」


「自分で歩ける」


「おとなしく借りとけって」


 そう慎に言われ強引に右手を慎の肩に回される。その後ろを女子5人がおしゃべりしながらついていく。後ろの5人、俺と慎のことからかってないよな? もう反論する気力もないけどやめてね。


× × ×


「ねぇねぇ、みんなでお疲れ会しようよ!」


 一条のこの一言で思い出した。球技大会で終わりじゃなかった。まだこの後があった。マジでやるの? 俺もうヘロヘロなんだけど。

 他の人は当然賛成する。俺も賛成せざるを得ない。一番重要なのは


「いいよ!」


 更科が賛成してくれるかだったが、まぁ元気な返事が返ってきた。何でみんなそんな元気なの?


 この後の流れはまずみんな家に帰って、再度集合するという流れだ。何でそんな回りくどいことを? と思うが皆さんして汗まみれ砂まみれなんですよねぇ。母親だったら『お風呂? いいよいいよ。遠慮なく使ってぇ』とか言いそうだが、それだといろいろ問題がある。だからこんな流れになった。そのかわり車の送迎は全任せした。言わなくてもこれはやりそうだったし。


 決まったところでいったん解散する。余談だが先生のご褒美はアイスだった。いつ買ってきたんだと思ったがクラス全員分、しかもそこそこ高いアイスを買ってきていた。


「早くお風呂入っちゃってねぇ」


 家に帰るや否や母親にそう言われて風呂に入る。思わず寝そうになったが我慢だ我慢。


 上がるとなんかいい匂いがしていることに気が付いた。


「えっと、7時集合でいいの?」


「そうなったな、更科はその三十分後、慎と渡、一条、本田は直接来るってよ」


「じゃあアオちゃんが来る前に準備終わらせないと」


 手伝いたいのはやまやまだけど特に出来ることがないので座っているとインターホンが鳴った。


「お邪魔しまーす」


 慎が来た。家近いしそうだと思った。


「ただいまー」


 なんだ、かえでも帰ってきたのか。


「おかえりー、早速だけど手伝ってもらえる?」


「わかりました」


「着替えてからー」


 かえでのやつ、慎がいるのに平気でそんなこと言うんだな。まぁ幼馴染に近い部分があるからか。だとしてももうちょっと気にしろよ。


「何してんだ光ちゃん」


「何もしてねぇよ。見りゃわかるだろ」


 正確には何も出来ないだがその辺はわかってくれるだろう。すると


「光ちゃんもやるんだよ。ほら」


 慎にため息つかれ、脇押さえられて無理やり立たされる。とはいっても


「何やるんだよ」


 当然その疑問に至る。出来ることなんかあったか?


「食器並べるとかくらい出来るだろ? やらないだけで」


「慎ちゃんわかってるぅ」


 痛いところ突かれた。はぁ、仕方ない。


「わかったよ。やるよやりますよ」


 そう言って慎に食器棚のところまで誘導される。


「え? お兄ちゃんがお手伝いしてる・・・」


「なに驚いてるんだよ」


「いつもやらないくせに・・・」


「いいからかえでもやれ」


「お兄ちゃんにだけは言われたくない」


 この会話を聞いていた慎が笑っているのがわかる。どうせあれだろ、親目線で温かい目で見ているとかだろ。そんな慎に「笑うな」と言うことよりも今はやることがある。目の見えない俺が皿運びとか、落としても知らねぇぞ。


 慎は俺に方向を指示している傍ら母親、かえでと一緒に料理している。両方見ている慎もすごいがドッジの経験もあって俺自身、どの方向を向けばいいか言われただけで大体わかるようになっている。そのおかげもあってか食器を並べるのは割とスムーズに出来た。


 食器を並べ終えてソファーに座ったとき、またインターホンが鳴った。


「おっじゃましまーす! わぁ、いい匂い」


「おじゃまします」


 一条が先行したのに続いて本田、渡がほぼ同時に言う。今の聞いて思ったけど渡ずいぶん声が滑らか、というか流暢になってきているな。本田と一緒に挨拶したとは言え、ほとんど違和感なかったぞ。やばいな、多分俺以上に練習しているぞ。俺もかなりやっている方だと思うけどな。あ、でも最近は球技大会が忙しくてあまり出来てなかった。すみません、明日からちゃんとやります。


「え? 慎ちゃん料理もできるの? すごっ!」


「まぁそれなりにってところかな?」


「どうやらそっちは人手足りてそうだな。じゃあ私たちは」


「飾りつけしよー!」


 そう言って三人して何か作業を始めた。カサカサという音、一条は鼻歌歌っている、本田は渡からいろいろ教わっている、何してるんだろ。まぁいいや。


「さて、そろそろひなっちと健ちゃん迎えに行かないと。みんな、ここはお願いできる?」


 もうそんな時間か。早いような遅いような。


「はーい」


「ついでにケーキも買ってくるからねぇ」


「わーい! ケーキ!」


「何でお前が喜ぶんだよ」


「だってケーキだよ! おいしいじゃん」


 うん、これは聞いた俺が馬鹿だったみたいだ。


「じゃあよろしくねぇ」


 そう言って母親は出ていった。さて、残った俺たちは準備の続きだ。と言っても今の俺にやることはない。そのまま座っていると


「これ」


 俺にそう言ってきたのは渡、それと同時に俺の手に何か置いてきた。触ってみたところ、これは・・・


「紙か?」


「確かに、それなら光ちゃんも出来るな」


「それ?」


「輪っかにした折り紙を繋げるやつだ」


 それって何だ? えーっと・・・、ああ、あれか。名前なんて言ったっけ? うーん、忘れたからいいや。とにかく言っていることは分かった。


「まぁそれくらいなら出来るな」


「よろしく」


 渡にそう言われ作り始める。

 やり始めて思ったけどこれなかなか難しいぞ。糊付けする位置といい、輪っかの大きさといい、見えていればこんなの簡単だったろうなぁって思う。そして最初から俺にやらせようとしていたのか、裏表関係なくなるように紙には両面とも色がついているらしい。他の人が俺の作業に何も口出ししてこないのが理由だ。もしくは一個終わるごとに渡が紙を渡してくるのでそれを工夫しているのか? どっちでもいいか。


 しばらくすると三度インターホンが鳴って


「たっだいまぁ」


「失礼します」


「こんにちは。いや、こんばんはかな?」


 母親が日向、佐藤を連れて帰ってきた。


「ひなっち、それって」


「はい、ケーキです」


 日向がこう返すと一条がはしゃぎだす。反応が子供・・・、いや、高校生は子供だけどあいつは小学生レベルで子供、祝われるの一条じゃないのにな。


「ひなっち、それ冷蔵庫に入れておいてぇ。さてと、あと30分で仕上げるわよぉ」


「おー!」


 ラストスパートと言ってももうほとんど終わってるんだよなぁ、まぁ盛る分にはいいか。そんなわけで更科が来るまでの残りの時間は、デコをさらに盛ることをやっていた。料理、飾りともに。


× × ×


 ピンポーン


「こんばんはー」


 更科が来たようだ。


「アオちゃん、どうぞ入ってぇ、お母さんもどうぞ」


 母親が応対する。ここは静かに、静かに。


「ハッピバースデーアーオー、ハッピバースデーアーオー、ハッピバースデーディア『アオちゃーん』、ハッピバースデーアーオー」


 パーン、パーン。


「アオちゃんお誕生日おめでとー!」


「アオさんお誕生日おめでとうございます」


「アオ、誕生日おめでとう」


「アオたん、おめでとー」


「アオさんお誕生日おめでとうございます」


「更科さんお誕生日おめでとう」


「アオお誕生日おめでとう」


「誕生日おめでとさん」


 思い思いのお祝いの言葉を言う。これ同時にみんな言っているから何言っているかわかんなそうだな。


「ありがとーみんな! フー」


 ろうそくの灯を消したのだろう。そのあと明るくなったのがわかる。何でわかるかというとスイッチの音、あと俺全盲ってわけじゃないからな。わずかだけど右目は見えるからな。わかることって言ったら明るいか暗いかぐらいだけど。


「それじゃあ早速みんなからのプレゼントぞうてーい!」


「え? ほんと?」


「ほんとだよ! まずは私から!」


 そう言って一条は更科にプレゼントを渡す。それを開ける音がする。俺も知らないんだよなぁ、なんだろう。


「これって、ミサンガ?」


「そう! みんなとお揃いだよ!」


 みんな? そういえば更科が来る前にこれつけてって一条に言われたな。しかも右足首につけられた、ミサンガだったのか。


「アオちゃんも足首につけてー!」


「うん!」


 何で足首なんだろ? 別に手首でもいいと思うんだが。というか一条はミサンガの意味知ってんのか?


「どう?」


「バッチリ! すごく似合ってる!」


「ありがとー! でも何でみんな同じ色なの? それと足首に?」


「えーっと、うーんっと、ち、ちょっと待って!」


 知らねぇのかよ、いや、この分だと忘れたのほうが自然だな。


「黄緑で利き足は友情って意味・・・だって!」


「ありがとう! これずっとつけるよ!」


 へぇ、そんな意味があったの。じゃあ俺たちにつけられたのもみんな同じ黄緑色ってことか。でもよーく考えてみよう。足首のミサンガって風紀委員に見つかったら没収されるのでは? いや、プレゼントに対してそう考えるのは失礼だな、余計な詮索はやめておこう。


「では次に雛からのプレゼントです、どうぞ」


 もらって包みをほどくと出てきたのは


「これって、ちょっと待ってて」


 そう言うと何事かし始める。俺にはさっぱりわからん。


「どうかな?」


「すごく似合ってます!」


「ちょっ、ココ、写真撮らないでよ」


「だってかわいいんだもん」


 写真を撮っている、かわいい。考えてもわからん。


「ヘアゴムだよ」


「ああ、なるほど」


 横から慎が教えてくれた。なるほどな、合点がいった。


「次はわたりん!」


「おえでと」


 ああ、肝心なところで言えていない、惜しい。でも更科はそんなの気にすることなく包みを開けていく。


「わぁタルト、食べてもいい?」


「うん」


 そうか、何もプレゼントは物に限った話じゃないからな。


「おいしー! ありがと!」


 満足そうな更科の声が聞こえてくる。でも満足するのはまだ早いぞ。あと5人分あるからな


「次は私だ。こういうのは慣れていなくて」


 そんな本田からもらったものを出す、なんかずいぶん大きそうだ。


「これって、ブランケット?」


「うん、ずっと座ってばっかりだとお尻痛くなるだろうと思って・・・ダメだったか?」


「ううん、そんなことない。すごく嬉しい! ありがとう!」


 これからの季節にブランケット? と思ったがその使い方があったか。クッション代わりとして使えるし冬は本来の用途として使える。無難と言えば無難、さすが母親と一緒に選んだだけのことはある。これ言うと本田に殺されそうだから内にだけ留めておこう。


「かえでちゃん、先にいいよ」


「あ、はい。これ、どうぞです」


「これ、ハンドクリーム?」


「はい、えっと、いつも自分で車いすを動かしていて、その、手、荒れないように」


「ありがと、かえかえ」


 やっぱりまだ家族や慎以外だと口下手だな。まぁ最初より慣れた感はあるけど。あとは時間と周りが何とかしてくれるだろう。


「それじゃあ次は俺たちからだ」


「俺たち?」


 そう、俺たちだ。


「なにこれ? 手話の本?」


 当然そんな反応になるわな。


「そう、俺たちとわたりんが携帯なしで話せるように今手話の練習しているんだけど、アオもやりたいって言ってたじゃん? それで俺たちが買ったものと同じ本をあげようと思ってね。その本、わたりんのお墨付きだよ」


 慎が全部説明してくれた。要するにそういうことだ。


「最初に三人で選ぼうってなって探してその結果、これ以外ないって思ってね」


「佐藤のセンスが壊滅的だっただけだ」


「それ言わないでよ」


「ありがとう、頑張る!」


 これをプレゼントと言っていいのかは疑問が残るが母親が言っていた。想いがこもっていればなんだっていい、だから俺たちはこれを選んだ。


「じゃあ最後に私からはこれ!」


 なんだ、母親も何か選んでいたのか。


「紙、ですか? あ、何か書いてある」


 紙? 何か書いてある? 手紙か?


「私の携帯の番号よぉ、困ったら遠慮なくかけてねぇ」


 は? 携帯の番号? ちょっと待て。


「それあげていいのかよ」


「いいのよぉ。それに、あったほうが便利でしょ?」


「いや、便利とかそういう問題じゃねぇだろ」


「なに? じゃあ光ちゃんの番号も教えたほうがいい?」


「やめろ、ラインで十分だ」


 誕生日プレゼントで連絡先渡すって、ちょっと場所が違かったら完全にやばい案件なのだが。ちょっと前にも思ったけど、もう冗談抜きで近いうちに通帳見せそうで怖い。


「あの・・・、本当にいいんですか?」


 そらそんな反応になるよ。戸惑うに決まってる。


「大丈夫、困った時のホットライン感覚で使ってくれていいから」


 軽っ! 軽すぎる。お悩み相談室でも開くつもりなのか?


「ありがとうございます」


 もうどうでもいいや。少なくとも見ず知らずの人にあげてるわけじゃないから。・・・本当にあげてないよな? なんか不安になってきた。おい一条、ホットラインって何? じゃねぇよ。そこじゃねぇよ。そして本田もなに冷静にホットラインについて教えてるんだよ。


「もしよかったらみんなも登録していいわよぉ」


「いいんですか? ありがとうございます!」


 何ノリノリで登録してるんだよ。ちょっとは遠慮してくれ。はぁ頭痛い。


 全員のプレゼント、後半はそう言っていいのか微妙だったがとにかく渡し終わったのでようやく


「さあみんなで食べましょー!」


 母親の掛け声を筆頭にみんなで食べ始める。その時間はすごく賑やかだった。談笑して盛り上がり、今日の球技大会のことを話して、そういえば球技大会あったんじゃん、遠い昔のことのように感じる。写真を撮る人もいれば、なんか寝てる人もいるし、ばらすと前者は一条、後者は本田、よく寝れるな。ていうかマイペースすぎんだろ。なんで更科の誕生日パーティー中に寝るんだよ。球技大会大活躍だったのは認めるけどそこは我慢してくれよ、俺だって眠いんだから。


 食べ終わった時に全員で集合写真も撮った、一条の携帯で。俺の母親も更科の母親も入る感じで。たったこれだけのことなのにハプニング? は起きる。俺は携帯の方向がさっぱりだったので母親に頭押さえられて無理やりカメラの方向かされた。本田は相変わらず起きない。何度か起こそうとしたけどもうダメみたいだ。別にご臨終ってわけじゃないから、完全燃焼ってことだから、履き違えないように。日向はぎりぎりまで食べていて頬張った状態で撮られてるし、かえでめっちゃ隠れてるし、もうグダグダだな。


 気がついたら夜も更け10時過ぎ。さすがにお開きの時間だ。そして更科の母親が佐藤、日向を、俺の母親が慎、渡、一条、本田を送ることになった。みんな眠そうにしている、声聞いているだけで分かる。さっきまで散々寝ていた本田もまだ寝足りなさそうにしていた。


 後片付けもみんながいるうちに全部やってしまったので、あとやることと言ったら寝ることしかない。


「お兄ちゃん、何か飲む?」


「かえでと同じものでいい」


 少しすると飲み物を持ってくる。飲んでみると温かいココアだった。


「なんかこういうのすごく久しぶりって感じ」


「久しぶりってか初めてだろ」


「前にもやったよ、ずっと前」


「うーん、忘れた」


「はぁ? 本当に忘れたの?」


「それって俺の目が見えてた頃の話だろ」


「そうだよ」


 確かに見えていたころは何回か、ここまでの規模じゃないけどやった覚えはある。久しぶりって言えばそうか、その時以来だから。


「今日のパーティー、私は絶対に忘れないから。お兄ちゃんも忘れないでよ」


「忘れるわけねぇだろ。もうこんな規模でやらねぇ・・・いや、やる気がするな。とにかく久しぶりにやったんだ。俺の記憶にはしっかり残るな。だから」


「だから?」


「俺の代わりにかえでが今日の風景をしっかり覚えておいてくれ」


「当たり前じゃん、忘れるわけないし。お風呂入ってくる」


 そう言うとかえでは席を立った。残った俺は上を見上げる。なんか今日短かったな、中身盛り沢山だったのに。


 そういえば今日で4月終わりか、いろいろあったな。最初ってどんな感じだったか・・・。思い返してみると今と全然違うな。当時は孤独で俺自身周りとかかわらないようにしていた。どこから変わり始めただろうか? 慎と再会したとき? 隣に渡が座ったとき? 一条が俺たちに話しかけたとき? 明確なところは分からないが変わった気はする。変われたことには素直に嬉しい。心の中では変わりたい、ずっとそう思っていた。でも俺は外に出すのが下手だから抱え込んでいた。それを救ってくれたのはあいつらだ。あいつらの『おかげ』で今の俺がいる。

 『おかげ』か・・・。これに限らずいろんなこと学んだな。そこに至るまで怒り怒られ、気づき気づかされ、教え教わって、共感、衝突・・・、いろいろあった。まぁでもこれからはそれを糧にして学校生活を送るとしよう。簡潔に言うとこうだ。

 楽しく、後悔なく、青春を謳歌しよう。たとえそれが普通と違かろうと、それが俺たちの望む『青春』だから。

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