せい→おかげ - 17日目 -

 学校に行くまでの過程は省略して一番気になるのは着いた後だ。母親が車から降りると


「みんなおはよう」


「おはようございます」


 一様に挨拶する。声からそこに誰がいるかは想像がつく。一条、渡、本田、日向、佐藤の五人だ。慎は朝練だろう。

 俺も車から降りると横から車の音がした。


「あ、あれって」


 一条が声をあげる。続いて聞こえてくるのは車のドアを開ける音、そして


「えっと、みんな、おはよう」


「更科さん!」


 どうやら本当に学校に来たようだ。よかった、本当に。


「この度は本当にありがとうございました」


「いえいえ、私は何もしてないですよぉ」


 母親同士が挨拶する中


「みんな迷惑をかけてごめんなさい。でももう大丈夫、みんながいるから」


 そばにいてくれることのありがたさは俺もよくわかっている

「そうだよ、ドーンと頼っちゃっていいからね!」


「また先手を取られました」


「それじゃあ私を押していってくれる? 矢島君」


「は? なんで俺?」


 このまま終わってくれるかと思ったら唐突に俺が出てきた。なんで?


「昨日私のことを馬鹿って言ったから」


「そんなことでかよ、じゃあ発言は撤回だ」


「もう記憶に残っちゃったから撤回できませーん」


 こいつ、調子が戻るとこんななのか。一条、慎に続く第三のいじり役か。冗談じゃねぇよ、さすがに三人は捌ききれねぇぞ。


「ほら、ご指名されてるんだし」


 佐藤に背中を押され渋々車いすの持ち手を持つ。押すことは出来るけどよ、結局見えねぇんだからどうしろと


「はい、そのまままっすぐ」


 更科が指示し始める。これは仕返しのつもりか。そんな俺の横に佐藤。更科の周りには一条、渡、本田、日向がいる。これ、端から見るとどんな光景だろうか。


「みんなぁ、いってらっしゃい」


 後ろから母親の声がする。それに


「行ってきます!」


 みんなが答える。今までになく明るい声で。


「まっすぐ、まっすぐ、右曲がって、まっすぐ」


 更科の指示を聞きながら歩みを進め―――ていたら何か急に重くなった。あ、そういえばスロープがあった。


「おい、これが目的かよ」


「何のこと?」


 とぼけている更科。こうなったらやけだ。上ってやるよ、上りゃいいんだろ!


「おぉ!」


 一条、日向が感嘆している。そんな暇があったら手伝ってくれ。


「あれはやけだな」


「そうみたいだね」


 本田、佐藤が感心している。そんな暇があったら手伝ってくれ。


「はいと!」


 渡が応援と拍手をしている。だからそんな暇があったら手伝ってくれ。


 結局誰も手を貸してくれないままスロープを上り切ることとなった。


「はぁ、疲れたぁ」


「まだ教室まで行ってないよ」


「ああ分かったよ!」


 思えばこれって相互助力ってことになるのか? 脚が不自由な更科の脚の代わりを俺がやって、目が見えない俺の目の代わりを更科がやっている。早速頼ってくれたことは素直に嬉しいが、まさかそれがこんな形になるとは思わなかった。他の人が出来ないことの代わりをやるって俺には出来ないとばかり思っていたが。案外簡単に出来るものなんだなぁ。悪い気はしない。でもこれは疲れるから正直もうやりたくない。


「ストップ」


 廊下をしばらく進んで止まるとチンっという機械音がする。これってまさか


「まっすぐゴー!」


「おい、これ乗るんだったらわざわざあんなスロープ上る必要なかったじゃねぇか」


「仕返し」


 あざとい、目で見ていなかっただけまだマシか。それもそうだがエレベーターの存在をもっと最初に気づいておけばよかった。無意識に避けていたからそれを使うっていう発想が全くなかった。やられた。


 エレベーターのドアが開くともう既に他の面々がいた。先回りと言えばいいのかもしれないがまぁ俺たちだいぶゆっくり行っていたしなぁ。寄り道が正しいか。

 合流したあとクラスに向かう。その途中


「本当に大丈夫ですか?」


 日向が心配そうに声を掛けてくる事があったが


「大丈夫、みんながいるから」


 明るく更科は返してくる。


「ここまででいいよ」


 俺にそう言うと更科は自分で車いすを前に進める。その後ろに本田、日向がついているから問題ないか。


「あ、更科さん」


「大丈夫?」


「みんな心配したよ」


「よぉ」


「みんな心配かけてごめんね、でももう大丈夫」


 他の人も心配してたようだ、みんな同じか。それを聞いて本当の意味で安心した。俺自身の経験もあったから更科が久しぶりに教室に入って馴染めるか不安ではあった。でもこれなら大丈夫そうだな。


「よかった、大丈夫みたい」


「そうだね」


 一条、佐藤が声を出すが渡も同じことを思っているに違いない。


「お? 矢島君、顔が緩んでるよ」


「あ? 緩んでねぇよ」


 俺たちのやり取りを見ていたからか渡がクスクス笑っているのが分かった。


 そんな時この雰囲気をぶち壊す音が鳴る。


「チャイムだ。みんな急ごう」


「あっ、ちょっと、待ってー!」


「おーい、俺置いていくなよ」


 あぁ、みんなの足音がどんどん遠退いていく。このまま置いてけぼりか、と思ったら俺の袖を引っ張る人がいた。状況からして渡だろう。他の人は腕掴んでくるもんな。

 何にせよそのおかげで俺も教室に辿り着けた。もし辿り着けなかったら早川先生に首根っこ掴まれて教室まで連行されていた。そんなことされたら俺への悪評がまた増える、いろんな意味で。


 心機一転とまではいかないが悩みの種が取れたおかげで大分スッキリした。これなら今日一日乗り越えられそうだ。


× × ×


 珍しく授業を真面目に聞いたあと昼の時間がやってきた。いや、今までは授業以外にやらなきゃいけないことがあったから真面目に聞く暇がなかっただけだし。別にサボってた訳じゃないからね。


「ねぇ、今日はアトリウムで食べようよ!」


「移動めんどい」


「まぁそんなこと言わずによ」


「ほらほら、行くよ!」


 そして一条は俺の腕を引っ張っていく。無理矢理にでも行かせるつもりか。おまけに後ろから背中を押されている。これ渡だな。


 教室の外に連れ出された俺を待っていたのは


「遅い」


「ほんとです」


「いつもこんな感じなの?」


 本田、日向、更科の三人だ。


「うん、いっつもこんな感じ」


「うるせぇ」


「みんな大変そう」


「俺はもう慣れたからそんなでもないな」


「私ももう慣れた」


 慣れたってなんだよ。慎はわかるが一条のは違う。慣れじゃなくてただ強引なだけだからな。

 そんな話をしながらアトリウムに向かう。そういえば佐藤がいない。まぁいっか、あいつもあいつで忙しいんだろう。


「それじゃみんなでー」


「いただきます!」


 一条の掛け声を合図に食べ始める。


「ねぇ更科さん、授業大丈夫だった?」


 ほんと一条は素直だな。ストレートに言うのか。


「うーん、ちょっと間空いちゃったけど大丈夫。それとクラスのみんなも助けてくれてるから」


 うん? さっきは聞き流したけどちょっと待て。


「つーか大丈夫じゃねぇのはお前だろ」


「矢島君もだよ!」


 一条に言い返される。それを見てか他の人が笑い出した。


「お互い潰しあってる、傷の舐め合いだな」


「咲彩さん、それを言うなら底辺の争いです」


「ちげーよ」「ちがうよ!」


 傷の舐め合いだとしても底辺の争いだとしても俺たちを貶してることに変わりねぇじゃねぇか。これもう悪口だぞ。


「いやぁごめんごめん、遅れちゃって」


 遅れて佐藤が来た。呼んだ覚えはないがこのままだと俺と一条の同士討ちからの共倒れになりかねないので話を逸らす。


「佐藤、お前最近いねぇこと多いけど何してんだ?」


「ああ、その事か」


「言って大丈夫なことなのか?」


「全然、最近俺がいなかったのは・・・」


 なんか場が引き締まった感じがする。また面倒事だったら嫌なのだが。


「生徒会に呼ばれてたからだよ」


「生徒会?」


 一条が疑問形で答えているがまぁ想像はつく。


「ぜひ入ってくれってね、これまでも何回か言われたんだけど」


「断ったのか?」


「うん」


「何でだ? 健介なら断る理由がないはずだが」


 本田の言う通りだ、何で断るんだ? 名誉なことじゃん。もしかしてあれか、表に立つのが恥ずかしいとかか? ていうか今まで生徒会に入っていなかったのか。


「理由はあるよ。学級委員と生徒会は兼任出来ないからね」


「確かに」


 ちゃんとした理由があった。それじゃ流石にダメだな。


「ではどうして生徒会の皆さんはそんなに佐藤さんを推しているのですか?」


 当然浮かぶ疑問だ。入れないのを分かっておきながら声を掛ける理由がわからない。


「学年一位ってことが大きいんじゃないのかな?」


「それ自分で言うかよ」


「ほんとだよ、ぶーぶー」


 ああ、一条と共感してしまった・・・。俺も同じ次元の人間ってことか。


「私万年二位・・・」


「俺だって万年三位・・・」


 よかった、共感する人が俺と一条以外にもいた。でもなんか共感している部分が違う気がするな。俺と一条は上からモノを言われたからムカついて、更科と慎のは・・・、なんか悲しくなってくるな。


「でも入れないのですよね?」 


「そうだね。で、俺が言われてるのは人選、生徒会に相応しい人がいないか探してくれってこと」


「確か二年生の生徒会もいたはずですよね。なぜその方々に頼まないのですか?」


「会長にも会長なりの考えがあるのかもしれないね。僕にはわからないけど」


「もしかしたら今入っている方々がむ―――」


「雛ちゃん、それ以上はダメ。もう詮索はやめよ」


「・・・分かりました」


 前からそんな気がしていたが日向は見かけによらず口が悪いことが分かった。俺たちのような乱暴口調って訳じゃなくて悪いところを普通に言う。正直、素直って意味では一条と変わらないが一条は悪い部分はあまり言わない。相手への配慮が窺える。一方の日向は遠慮なしだ、自他問わず。相手の悪いことはズバズバ言うし、自分の悪いところもすごく言う。ボロを出すと言葉責めにされそうだから注意しておこう。


「それを私たちに話すってことはここに候補がいるってことなのか?」


「え? そうなの?」


 話を振ったのは俺だがそれでも普通は話さないだろうな。それでもここで話したってことは可能性としては三つ、ここに候補がいるから話す必要がある、もしくは全くいないから話しても問題ない、それか親友だから、このどれかだ。まぁ手前二つに関しては、本田ならまだしも一条はまずない、だから反応しても無駄だぞ。


「さあね。でもそれについて考えるのはまず目の前の事を片付けてからだね」


 話し逸らしたなこいつ。まぁ佐藤の言う目の前の事が終わればわかることだし今はいいか。目の前の事ね。具体的な名前を挙げないのは更科への配慮か。でもよぉ、もう更科にそんな配慮はいらないと思うぞ。


「ちゃんと球技大会って言えよ。わかんねぇだろ、言わねぇと」


「佐藤君、私の事心配してくれたんだよね。でも大丈夫、気を遣われなくてもそんなんでもうへこたれないから!」


 強い言葉で更科が返す。配慮はいらない、ついでにうまいこと球技大会の話が出てきてくれたので更科に聞いてみるか。


「更科は球技大会どうするつもりなんだよ」


「私? みんなの応援・・・かな」


 そう返ってくると思ったが、当然そんなんで納得するわけがない。


「応援だけでいいのかよ。競技に参加しねぇのかよ」


「でも・・・」


「でもじゃねぇよ。渡も俺も競技に参加すんだ。更科も出ろよ、配慮も遠慮もいらねぇって言ったのはお前だろ」


 確かに行事に参加するだけなら別に応援でもいい。でも俺がそれを許さない。


「え? 矢島君ドッジに出るの?」


 話が飛んだ気がするが多分渡が何か言ったのだろう。


「ああ、だからお前も出ろよ」


 そして少しの静寂が流れたあと


「うん、わかった。私も出る。クラスは違うけど負けないからね」


「上等だ、目にもの見せてやるよ」


 形は違うけどこれはライバル関係と言って差し支えない。


「光ちゃんやる気だね、いいことだ」


 そう言って俺の背中を叩いてくる。


「私も葵のために頑張ろう」


 本田もこう言ってくる。


「『クラスのため』です。でも比重は『お二人のため』の方が大きいですね」


 もう誰のためでもいいと思うんだが、まぁいいや。


「負けないよー!」


 一条が負けないと言っても説得力がないんだが、まぁいいや。


「これで万事解決」


 小さく言ってるようだけど俺に聞こえてるぞ佐藤、まぁいいや。


 最終的に佐藤の言った通り解決という形になった。こいつ自分で言うのを避けて俺に言うよう誘導したな、策士め。


「よし、じゃあやる気を出してくれたってことで。光ちゃん、日曜日練習だ!」


「拒否権は・・・」


「ない! それに光ちゃん日曜暇だろ?」


「反論できねぇ」


「佐藤もいいだろ?」


「いいよ、元々日曜は休みを取ってたしね」


 本来だったら更科と話し合うために取ってた休みだ。だけど昨日一日で話が終わってしまったのでこの場にいる全員、日曜日は暇になってしまっている。


「はい! 私たちもいい?」


「ちょっとごめんな、練習内容は企業秘密なんだ。当日のお楽しみということでな」


 パンッと音がしたので手でも合わせているのか。


「うーん、分かった、じゃあ私たちは私たちで練習しよっか」


 一条は納得してくれたようだ。でも企業秘密って言っても大したことをしてる感じがしないから俺は見せても構わないんだけどなぁ。それに俺の実力については昨日の体力テストで見られているし。


「うん」


「それなら三人も楽しみにしてて。みんなの目に焼き付くようなプレーにしてみせるから。あ、でも矢島君には無理だった」


 更科のやつ完全に本調子じゃねぇか。


「うるせぇ。てかクラス違うのに一緒に練習すんのかよ」


 練習と言っても出来るのは結構限られてくると思うけどなぁ。チーム戦の種目は人いないとできないし。


「個人種目がある。そっちだったら練習できるな」


 あ、そっちね。でも個人種目ってみんな何やるんだ? 本田は大体予想出来るが。


「ところでみんな個人種目って何に出るの?」


 おぉ! 俺が質問する前に佐藤がしてくれた。


「はい! 私と渡さんはテニス!」


「雛は卓球です」


「私もテニスだ」


「えぇ⁉ やっぱりぃー」


 一条がうなだれてる。前に部活聞いたときにテニス部って言ってたじゃん。それで察しろよ。それともわずかな可能性に賭けてたのか。だとしたら御愁傷様です。


「心配ない、私が教えよう」


「ありがとー!」


 敵の手を借りちゃうのか。でもこれまで聞いた感じだと一条の運動音痴は相当らしいから本田の手に負えるかどうか。


 それはそうと渡もテニスだったのか。渡の実力は聞いてもいないし見てもいないからわからないが少なくとも、一条よりはマシだろう。

 なんか一条をこれでもかと卑下してすみませんね。でも母親と同レベルってほんとそんな感じだから。


「日向さんはどうして卓球を?」


 あ、次に日向が何て言うか想像出来てしまった。


「消去法です。サッカー、ハンドは人がいないからダメで、バレーは身長が低いから無理。バスケ、テニスは経験者で固まってしまっているので必然的に卓球になったというわけです」


 よかった、想像通りではなかった。多分全部身長のせいにしそうだなって気がしていたがそうじゃなかった。でもこれに限らず身長低いと色々苦労しそうだな。なんか、お疲れさまです。


「それじゃテニス終わったら応援しに行くよ!」


「時間被ってなかったか?」


「えぇ⁉ そんなぁー」


「それに雛じゃなくて一条さんのクラスの応援をしなくていいのですか?」


「あ、そうだった。でも雛ちゃんも応援するよ!」


「球技大会って運動なのに一条さんは応援する余裕あるの?」


「ある! 多分! なるべく、頑張って・・・」


「突っ込まれまくってるじゃねぇか」


 立場が変わるとこうもダメダメなのか。俺みたいに突っ込み耐性もつけとかねぇとな。


「渡さん! 笑わないでよぉ」


 7組三人から畳みかけられているのを見てか渡が笑い出した。それを見て他の人も笑いだす。


「もう! みんなも笑わないでよぉ」


「でもお気持ちは受け取っておきます。それと一条さんからパワーをもらいましたから」


 その後も笑いは止まらない。周りから見ればすごく賑やかな陽キャグループと捉えられるに違いない。でも俺たちはただの陽キャではないからまぁ、いいんじゃないか? 段階を踏んだ上で成り立つ陽キャ・・・、何言ってるんだ? そもそも陽キャの定義ってなんだ? 別に陽キャでも陰キャでも楽しけりゃいいんだよ。母親もそう言ってたしな。今も楽しいしな。周りの目なんか知ったことか。窺ってたら何も出来ねぇよ。

 遠回りしたけどこれで今回の問題はすべて解決、と言っていい。今後もし何かあったらお互い支え合ってそれを解決する。そして楽しく。これがみんなで出した答えだ。


 みんなの『おかげ』だ。そう、『おかげ』だ。俺も俺なりに答えを見つけられたから。


× × ×


 午後の授業も終わって帰る時間だ。部活に行くメンツも多いので今この場にいるのは俺、渡、一条、日向、更科の5人。あれ? いつものメンツ8人だよな? その中で3人だけ部活か。よくよく考えたら8人中4人が帰宅部か。比率おかしいな。この学校の部活加入率って8割くらいだった気がするが、いや、帰宅部も部活って捉えれば100パーセントだ。こんな言い訳絶対誰か言ってそうだ。


「みんなちょっといい?」


「どうしたの?」


「本渡先生のところに行きたいんだけど、みんなも一緒に」


「それは俺たちも呼ばれてるって捉えればいいのか?」


「うん、だめ・・・かな?」


「全然ダメじゃないよ。それじゃあ行こー!」


 そう言って一条はまた俺の手を引っ張っていく。もう何回もされているが俺逃げねぇよ。自分で歩けるよ。引っ張らなくてもいいじゃん。


「あ、雛が押していきます」


「ありがと」


 そして保健室に向かって歩いていく。俺の後ろで三人が話している。携帯越しのやり取りなので俺には渡がなんて言っているかわからない。まぁでも大した話じゃないだろう。


「失礼しまーす!」


 保健室に着くと一条がノックして最初に入る。


「あ、みんなごめんね、放課後なのに呼び出しちゃって」


「ほんとですよいてっ! なんだよ」


「なんか嫌そうな感じ出してたからちょっと」


 俺の後に入ってきた更科が俺の背中を小突いてきた。高さ的に当たるのは腰辺りなので地味に痛い。本気じゃないだけマシか。あと痛さで言えば慎の方が上だ。あいつバンバン叩いてくるから。もう慣れたからいいけど。


「それで、今日は何で俺たちを呼び出したんですか?」


「事後報告をしてもらいに来てもらったのよ」


 やっぱりそんなことだろうと思った。良い報告を待ってるって一昨日言ってたしな。そうか、前回話したのは一昨日か。なんかすごく昔な感じがする。


「それじゃ私が話します」


 更科がそう言って昨日のことをかいつまんで話していく。その中には更科の過去の話も含まれていた。


 更科が話し終えると少しの間静寂が流れる。そして本渡先生は


「更科さん、教えてくれてありがとう」


 そう言って更科を抱き寄せる。あまりに唐突だったのか更科が動揺しているのが俺でもわかる。その後聞こえてきたのは更科がすすり泣く声だ。


「つらかったでしょう。大変だったでしょう、でも、みんなもいる、私もいる。だから、大丈夫」


「はい―――はい―――」


 先生の優しい声を聞いて更科の泣く声がさらに大きくなる。もらってしまったのか、俺の横で渡も泣いているのがわかった。


 しばらくして更科が落ち着いたところで本渡先生は更科に聞いてくる。


「更科さん、私から言うことは何もないわ。みんなが昨日言っちゃったからね。だから私からは一つ質問をするわ」


「質問・・・、ですか?」


「ええ。更科さん、今楽しい?」


「はい!」


 更科が元気よく答える。先週先生は母親と同じく学校生活は楽しんでこそと言っていたからそれを確かめる意味で聞いたのだろう。でもそれは聞くまでもない。だって


「私も楽しいです!」


「雛もです」


「わたしお!」


 これだけ周りに人がいてそのみんなが楽しいって言っているから。


「そう、じゃあもう心配する必要はないわね。うん」


 何かをさする音がする。頭でも撫でているのだろうか。


「はい、私からの話はこれでおしまい。それじゃこれからも仲良く、楽しくね」


「ありがとうございました」


 更科を先頭に俺も含めてみんながこう挨拶する。先生には本当にいろいろとお世話になってるからな。


 保健室を出て廊下を歩いていると


「この後どうしよっか?」


 一条が聞いてくる。


「帰るだろ」


 これ以外選択肢ないと思うが、でも一条は「えー?」と言っている。何が不満なんだよ。


「あ、そうだ! 特別課題やらない?」


「特別課題?」


 更科、ついでに日向も首を傾げている。そういえばそのこと言ってなかったな。


「簡単に言えば俺と渡が普通に話せるように、俺が手話を覚えて渡がしゃべり方を覚えるって課題だ」


「それ私もやりたい!」


「雛も手話覚えたいです」


「いいよー、大歓迎だよ!」


「でも今日はダメだろ。親待たせてるしな」


「そうだった」


 今日に関しては特に遅れることも言っていないしおそらく更科の親も迎えに来ている。待たせるわけにはいかない。


「それじゃあ木曜日やろ。私たち木曜日みんなで矢島君の家に行って練習してるから」


「うん、よろしくね」


「まだ人増えるのか」


「いいでしょ、その方が楽しいし」


 そう言われたら言い返せない。まぁいいか、一人や二人増えても。どうせ俺がダメって言っても来るだろうし。


 そんな会話をしているうちにいつものところ、校舎北側のロータリーに着いた。そこからは話声が聞こえる。どうやら俺の母親と更科の母親が話しているようだ。


「へぇ、そうなんですか?」


「そうなのよぉ。だから私もほんと大変」


 いつの間に仲良くなってるんだ? 昨日と接し方がまるで違う、これママ友のやり取りだぞ。


「あ、おかえりー」


「たっだいまでーす!」


 元気な一条の声が聞こえる。毎度思うが何で一条はこんな元気なんだ? 金曜日ってみんなヘロヘロなイメージしかねぇぞ。


「葵ちゃん、どう? 学校」


 母親が聞いてくる。答えはわかっている。さっきと同じだ。


「楽しいです!」


「よかった」


 更科の母親も安堵しているようだ。


「ママ、私、球技大会の練習をしたいんだけど。日曜日、いいかな?」


「いいよ、精一杯やってらっしゃい」


「うん!」


 元気な声で更科が答える。


「じゃあ一条さん渡さん、また日曜日に」


「またねー!」


「また」


 一条 渡が答える。まぁ俺は日曜日会わないが


「じゃあな」


 これくらいは返しておこう。すると


「うん、またね」


 更科もこう返す。まだ若干よそよそしさが残っているが今日の感じだと多分大丈夫だろう。


「さてと、私たちも帰りますかぁ。乗ってく?」


「お世話になります!」


 さも当たり前のように一条と渡を乗せる。もう反論する気も起きないからいいや。


 道中は今日の更科についての話をした。学校で馴染めているか、勉強の方はどうか、約束は守れているか、こう言ったことだがまぁどれも問題ない、この一言に尽きる。

 これからもそうかと言われるとそれを決めつけるのはいささか早い気がするが、それでも周りに人がいるだけで大きく違う。一人では解決できないことでもみんながいればどうってことない。そういうのも全部ひっくるめて楽しければいい、楽しめればいい、楽しかったらいい。後悔しないために選択をする、そのおかげで楽しい生活を送ることができる。

 そうか、母親はこう言いたかったのか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る