出来ない、やれない→出来る、やれる
できない、やれない→できる、やれる - 20日目 -
ああ肩いてぇ。昨日何時間練習したんだ? 一度スイッチ入ったらあの二人容赦ないんだもん。帰りたくても帰れなかった。肩痛いのに無理やり投げさせられた。もうほんと勘弁してほしい。
「光ちゃん、今日の体育どうすんのぉ?」
「休む、あの二人からも許可もらった。それに、ネタバレ防止のためだとも言ってたな」
「そう、じゃあ体操着はいらないわね」
「いや、一応持っていくわ」
「荷物になるだけじゃない」
「どっかの段階でやることになるかもしれねぇからな。あの二人のことだ、昼休み返上とか言い出しそうだし」
「りょーかい、ほら、持って」
母親が荷物の準備をして俺がそれを受け取る。ちなみにかえではもう家を出ている。いつものように車に乗って俺も学校に向かう。
「おはよーみんな」
「おはようございます!」
声を聞いた感じだと慎以外全員いるようだ。
「さてと、今日もお願いしようかなぁ?」
「もうあの坂上るのはごめんだぞ、やるならちゃんと案内しろよ」
「えー? どうしようかなぁ?」
いつまで俺に馬鹿って言われたこと根に持ってるんだよ。昨日の疲労が残ってるのにそんなんで坂押していったら多分押し戻されて大クラッシュする。そうしたら球技大会なんか確実にアウトだ。あれ? 出れなくなるんだったらそうしたほうがいいんじゃね?
「私が押すよ。大丈夫! 『アオ』軽いから!」
「でも『ココ』昨日めっちゃ頑張ってたのに大丈夫?」
「じゃあ『わたりん』も一緒に!」
「うん!」
「それじゃあ私たちはスロープから行くか」
「はい、では教室でまた会いましょう」
「うん、また後で」
ここまでの流れをおとなしく聞いていたが何だこれ? 違和感しかない。
「なぁ、なんかさっきの会話おかしくなかったか?」
「ん? どこがだ?」
本田はとぼけているのか? それとも違和感がないのか?
「さあ、何のことでしょうか?」
日向も同じ反応をする。こうなったら佐藤しかいない。
「佐藤、お前はどうだ? さっきの会話おかしくなかったか?」
「さあ、何のことかな?」
全員とぼけますか、はいそうですか。
「とぼけんじゃねぇよ。お前らいつからあだ名で呼び合うようになったんだよ」
違和感。それはあだ名で呼び合っているということ。『アオ』『ココ』『わたりん』どう考えてもあだ名だよなこれ。
「ああ、そのことか。昨日練習中に『ココ』・・・心愛が親友なんだからみんなあだ名で呼ぼうよって言い出してな」
「確かに、あいつなら言い出しそうだな」
そう言っている光景が容易に想像できる。
「そして決まったのが一条さんが『ココ』、渡さんが『わたりん』、葵さんが『アオ』、咲彩さんが『さーちゃん』、そして雛は『ひなっち』です」
なるほどと言ったらいいのか何と言ったらいいのか。でもこれからあだ名で呼ばれるとなると俺が会話についていけるか心配だ。早いとこあだ名呼びに慣れないとな。
昇降口に着くと三人と合流した。
「エレベーターって楽でいいよねぇ」
「ねぇ」
「こいつら・・・」
わざわざ俺の前で言うことないだろ。もういい加減やめてくれないですかね。謝ればいいの? それで済むなら謝りますけど。
そういえばあだ名について、最近だとあだ名禁止の学校があるらしいが、俺個人としては別にあだ名で呼ばれても構わないと思っている。でも容姿と紐づけたあだ名は確かに嫌だな。以前呼ばれたあだ名がよみがえる。学校で禁止になっているのはそういう類のあだ名だろう。じゃあ今回のあだ名はどうかというと別に容姿と紐づいたものじゃないからなぁ。あ、でも日向は関係ありそうだな。いや、ない! これはあくまで印象の問題で『小さくてかわいいからたまごっちから引っ張ってきた』っていう風に考えなければいい。俺がこう考えられた時点でこれ確定な気がする。深堀しないでおこう。
あだ名について考えているうちに教室に着いた。はぁ、また一週間が始まるよ。しかも今週末には球技大会っていうイベントが控えている。早く終わってくんねぇかなぁ。
× × ×
体育の時間はいつものように保健室に行く。ん? なんか変な感じがするな。最近は体育に参加していたから俺の言ういつもが参加する方になっていたのかもしれない。少し前まではこっちがいつもだったのにな。
「久しぶりね。最近来なかったから寂しかったわよ」
「そんなに俺が恋しかったんですか?」
「先生をからかわないでちょうだい。ただ話し相手が欲しかっただけよ」
話し相手ね。それとからかってきたのはそっちが先だろうに。
「それで、何を話すんですか?」
「そうねぇ、そういえば矢島君が球技大会に参加する理由を聞いていなかったわね。聞いても大丈夫?」
一週間前の伏線が回収された。一対一だから絶対そんな話題になるだろうと思っていた。あの時本渡先生めちゃくちゃ驚いてたしな。
「理由ってほどの理由はないですよ。早川先生に出ろって言われたから仕方なくって感じですね」
「ふーん、でも今はそれだけが理由ってわけじゃないでしょ? そうじゃなきゃあんなに本気にならないでしょうし」
見られてたのか。確かに、ここ一週間でいろいろあったからな。球技大会に参加する理由が色々増えた。
「そうですね。今はたくさんありますよ。理由」
「矢島君が受け身じゃなくてよかったわ。もしそうだったら保健の先生として止めていたから」
「そんなんで変わりますかね?」
「変わるわよ。仕方なくやる人って大体本気じゃないもの。ただでさえハンデを背負っているのに無理強いさせてまで危険なことをさせるわけにはいかないじゃない。そんなんでやってケガでもされたら、わかるでしょ?」
「先生がクビになる、ですか?」
「それだけで済めばいいわよ、いやよくないわよ! まったく。性格変わったわね」
「そうですかね? 俺にはその自覚がないんですが」
「自分の性格が変わったって自覚できる人なんてそういないわよ。でも周りは見てるからね。少なくとも私からしてみればすごく変わったわよ。良い方向に」
「良い方向とは?」
「余裕が出てきたって言えばいいかな」
「俺高校に入ってから切羽詰まったことないですよ。学校は母親が送ってくれるし、テストも気にしなくていいし」
「そういうことじゃない。私の言っているのは心の余裕よ。前の矢島君は・・・、なんていうか、いろんなものを背負っている感じって言えばわかる?」
「まぁ、思い当たる節は、ありますね」
「でも今の矢島君にはそんな感じが見受けられない。吹っ切れたの? それとも、みんなのおかげ?」
「両方ですね。話さないのがバカバカしくなったってのもありますし、あいつらは、その・・・、親友ですから。俺が背負っていたものを一緒に背負うって言ってくれましたしね。なんか恥ずいなこれ」
「はぁ、みんなが羨ましいわ」
「何言ってるんですか。みんなの中には先生もいますよ。だって先生にはいろいろお世話になりましたからね。はけ口として」
「先生に対してずいぶんな物言いね。でもよかった。これで私も安心ね」
思えば本渡先生と他愛もない話をしたのは初めてな気がする。今までは話をしたとしてもさっき言ったようにはけ口として、あとはお悩み相談、俺の目のことを話していた。
体育の時間、みんなが外で頑張っている中、俺は本渡先生と初めて他愛もない話で盛り上がっていた。
× × ×
気づけばもう昼だ。外から聞こえてくるのは雨の音。そういえば午後から雨って天気予報で言ってたな。
「『光ちゃん』、肩大丈夫か?」
「回してみる感じ問題ねぇな。筋肉痛ってくらいだ」
「練習しようかって思ったけど雨だからなぁ。おとなしく昼食べるか」
「やっぱり練習させる気だったのか」
「当然、まだまだ光ちゃんは伸びしろがあるからね」
「監督かよ」
「じゃあ僕はコーチかな?」
佐藤も来た。こりゃ毎日体操着持ってこないとダメだな。
「お腹空いたぁー」
一条がものすごく疲れた声で来た。体育やったからな。ご苦労さん。
今日はアトリウムに行くことなく教室で食べる。アトリウムは雨降っているとたまに雨が吹き込んでくることがある。そして今日は風が強いようなので結果、教室で食べる流れだ。窓ががたがた音立てているからな。
食べ始めて少し経った。そうだ、あだ名について聞いてみるか。
「そういえばあのあだ名ってどう決めたんだよ」
「ああそれ? えーっとねぇ」
「あだ名?」
そういえば慎朝いなかったな。まぁいいや。聞いてればわかるだろう。
「私たちあだ名で呼ぶことにしたの。渡さんは『わたりん』、本田さんは『さーちゃん』、雛ちゃんは『ひなっち』、更科さんは『アオ』、そして私は『ココ』!」
昼食べた瞬間元気になったな。どうなってんだ一条の体。
「へぇー、でもどうして急に?」
「親友だから!」
「なるほどね。俺が『光ちゃん』って言ってるのと同じってことか」
「うーん、よくわかんないけどそんな感じ」
いや分かるだろ。そんな感じでもねぇよ、その通りだよ、ドンピシャだよ。
「そのあだ名の由来ってどこから来てるの?」
確かにそれは気になる。特に一条のあだ名なんか原型留めてないからな。
「みんなそのままだよ。あ、でも私は違うかな。中学の時私の名前を大体の人が『みあ』じゃなくて『ここあ』って呼び間違えちゃって。『みあだよ』って言っても『ここあ』ってみんな呼ぶからそのままあだ名がついちゃって。それが『ココ』ってついたきっかけだよ」
「一条さんはそれでもいいの?」
「うん、呼ばれても嫌じゃないから」
嫌じゃないならいいか。でも『ココ』を一条に変換する必要があるのか。慣れるまで大変だこれ。
「あ、そうだ! 三人にもあだ名付けてあげるよ!」
突然一条が突拍子もないことを言ってきた。そんなの
「いらん、今のままでいい」
「えーっと、矢島君は瀬戸君が言っているのをもらって、『光ちゃん』!」
人の話聞いてないし。しかも拍手起こってるし。あだ名で呼ばれるのって慣れているやつから呼ばれるのはいいが、そうでもないやつから呼ばれるのはなんかむず痒いんだよ。本田に最初名前呼びされた時もそうだった。
「佐藤君は、うーんと、あ、『わたりん』それいい!」
やっぱり違和感がある。馴れ馴れしくしようとして返って変になっている感が否めない。
「佐藤君改め、『健ちゃん』!」
つけ方が俺と全く同じ。こういうのは考えたら負けか。みんなに合わせて俺も拍手する。
「瀬戸君は・・・どうしようかなぁ」
「瀬戸君のあだ名は難しいね。読みが短いから」
「確かに。俺は慎でもいいよ」
「ダメ! みんなにつけるの!」
強情だな。こうなったらテコでも動かない。とはいっても佐藤の言う通り慎の名前は読みが短いからあだ名のつけようがない。俺の考えをよそに一条は慎の名前を何度も小声で繰り返し言ってあだ名を考えている。
「そういえばやじまく・・・『光ちゃん』は瀬戸君にあだ名付けなかったの?」
早速『光ちゃん』って言ってきたよ佐藤のやつ。それはそうと俺は慎を昔から慎としか呼んでいなかった。
「つけてないな。慎以外考えられねぇ」
「じゃあそれでいいんじゃないかな?」
「うーん、もっとちゃんとつけたいんだけど他になさそうだし。それじゃあ瀬戸君は『慎ちゃん』で決定!」
なるほどね、名前にちゃん付けね。もうあだ名じゃねぇよ。それでも拍手が起こってこれで全員の呼び名が決まった。まとめよう。
俺は『光ちゃん』、渡は『わたりん』、一条は『ココ』、慎は『慎ちゃん』、佐藤は『健ちゃん』、本田は『さーちゃん』、日向は『ひなっち』、更科は『アオ』。いやわかりにくいわ。なので俺はこれからも普通に呼ぶことにしよう。文句は受け付けない。
そんな会話をしながら昼の時間は過ぎていった。
× × ×
この後はというと別にどうということはなかった。なんというか普通だった。今までがおかしかったのか。授業も、帰るのも、帰った後も、普通だった。普通じゃないことと言えば雨が降っていたこと、そして俺以外がみんなあだ名呼びになっていたということくらいだ。でも佐藤は言いづらそうにしていたな、明日辺り元に戻っていそうだ。
まぁ、何もないのも悪くない。昔だったら今日はたくさんのことがあったと思っていたのにこれを何もないって思えてしまうあたり、やっぱり本渡先生の言う通り性格だったり環境だったりが変わったのだと思う。これもあいつらの『おかげ』なんだな。口で言うのは恥ずいが感謝しておこう。
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