せい→おかげ - 14日目 -

 昨日は体育を久しぶりにやり、おまけに放課後まで残っていろいろと話していたのでものすごく疲れた。でも一日経ったからと言ってその疲れが取れるわけではない。肩は筋肉痛、学校に来ると勉強と昨日の話という現実に向き合わされる。解決しなきゃならないことは分かっているがだるい、かったるい。


 午前中の授業なんか当然耳に入ることなく右から左に抜けていった。


 昼になりとりあえずちゃんとした休憩が取れる。大きくため息をつきながら机の上に突っ伏す。


「光ちゃん、なんかずいぶんとお疲れのようで」


「疲れてるよ、全く」


 慎は俺に話しかけながらいつものように俺のバックから昼を取り出す。


「頭に乗っけるなよ」


「じゃあ起きるんだな、じゃないとラップ開けてまた乗っけるぞ」


「わかったよ」


 そんなことされたら頭が汚れるだけじゃなく俺の昼も無くなるので仕方なく重い体を起こす。いつもより重い、はぁ。


「あれ? 矢島君、もしかして夜更かしとか?」


「何も見えねぇのに遅くまで起きてる意味ねぇだろ」


「うぅ、確かに」


 一条も俺が疲れている事は見てわかったらしく話かける。言った通り夜更かしはしていない。する意味がない。それを考えてみれば俺はものすごく健康的な生活をしていると思う。


「ねぇねぇ、昨日の事だけど私たち、これからどうすればいいの?」


「うーん、昨日は方針が決まっただけだからどう行動するかをこれから決めなきゃなんないし、それをいつするかも決めなきゃなんないし、まぁいっぱいだね」


 確かに慎の言う通り決めることは多くある。むしろここからが難しい局面と言ったところか。もし明確に原因がわかっていれば対処のしようがあるが、それが出来ない以上俺たちは安易に行動を取るべきではないし、取るにしても慎重になる必要がある。下手をすれば地雷を踏みかねない。

 だからもっと情報を得る必要がある。次は


「まだ俺たちには情報が少ない。放課後時間あるか?」


「俺は部活だ。これ以上休むとさすがにやばい」


「私たちは大丈夫だよ」


 『たち』ってことは渡も大丈夫なんだろう。慎には結果を明日にでも話せばいいか。もういろいろと巻き込んでいる手前、これ以上慎を縛り付けるのは罪悪感がある。


「渡さんから、放課後何をするのかって」


「ああ、こういうことにうってつけの人から話を聞く」


「それって?」


「本渡先生だ」


 言われて「ああ!」と一条がポンと手を打つ。うちの担任が経歴からこの案件を任されたように、保健室で生徒の健康を見ている本渡先生もこれについて何か知っているに違いない。確信があった。本渡先生とは多分全校生で一二を争うくらい一緒にいるし話もしている。何か変なこと言ってるように聞こえるな。これは不可抗力だから、勘違いしないでほしい。


「確かに、保健の本渡先生なら知ってるかもな」


「かもじゃねぇ。知ってる」


「確信があるんですか? これ渡さんからね」


「まぁな」


「じゃあ任せるよ。その結果、俺に聞かせてくれな」


「ああ」


 慎のこの一言でこの話はいったん切られた。ありがたかった。どうせ放課後もこの話をするのにせっかくの休憩時間にまで持ってこられたら休憩どころではなくなる。重苦しい中で昼食なんか食べたくない。


 その後は至って平和だった。平和ってなんだ? 他愛のない会話が続いたに訂正。球技大会のこと、特別課題の進捗、そんなことを話した。でも俺からしてみればどっちも苦行、全然平和ではない。ボール投げて肩痛くなるし、手話は覚えるの多いし。早く解放されたいなぁ。


× × ×


 午後の授業も全く頭に入ることなく放課後を迎えた。いや決してサボってるわけじゃないから、ちょっとほかのこと考えてただけだから、主に放課後ことについて。何を聞くか、どこまで聞くか、その他諸々。とりあえず聞きたいことはまとまった。一条、渡にも聞きたいことはあるのだろうが俺が聞けばおおよそのことがわかる。渡がその不足分を補う形でいい。一条は・・・、うん、聞きに徹してくれればいいや。


「それじゃあ行こう!」


 一条の掛け声で歩き出す。よく放課後なのにそんな元気あるな。俺もう帰りたい。しかし放課後行くって言ってしまっているのでついていくしかない。これ明日の昼でもよかったな。もしくは放課後早く終わるからそこでもよかったな。完全に失敗した。7限終わってからのこれはつらい。

 保健室に着いたところで一条がドアをノックする。それに応じるように中から声がして中に入る。


「あら? どうしたの? もう放課後よ」


 本渡先生が疑問に思うのも無理ない。授業中体調悪くなって来ることならあると思うが今は放課後、しかも部活もやっていない生徒が来ることなんか普通ない。


「先生に聞きたいことがあって来ました」


「・・・場所を変えようか。長くなりそうだから」


 俺たちの顔から察したのか、本渡先生は保健室ではなく別の場所で話をするように言ってくる。


「ここじゃダメなんですか?」


「保健室が空いている時間は決まっているの。だからそれ以上開けておくわけにはいかないのよ。それに、聞かれちゃマズい案件でしょうしね」


 まるで俺たちがここに来ることを知っていたかのような口ぶりだ。まさか


「先生、俺たちが来るってことをどこから?」


「渡さんから放課後に来るってことを聞いたのよ」


「へ?」


 やけに早く昼を食べてたなと思ったら保健室に行くためだったのか。アポ取ってくれたって点ではものすごくありがたいんだが。言ってくれれば俺が行ったのに。


「ありがとー!」


「わる・・・ありがとな」


 危ない、また癖が出るところだった。本渡先生にも一条にも言われているのにまた言ったら二人から睨まれるに違いない。

 俺たちと一緒に本渡先生は保健室を出て鍵を閉める。先生の後をついていくようにして向かったのは職員室横の来賓者と先生が話をする部屋だ。来賓応接室って名前がついている。ここに来るのは初めてだ。てか生徒が使う機会なんか絶対ないと思うが。本渡先生に座るように言われて座ると椅子が沈んだので何かと思ったらソファーだった。こんないい部屋で話するの? 罪悪感しかない。なんかすみません。


「さてと、一応聞いておくけど何が聞きたいのかしら?」


「7組の更科についてです」


「・・・そう」


 本渡先生の声が暗くなった。これで確信した。やっぱり先生は何か知っている。ならば


「一条、渡、悪いがまず最初に俺から質問させてくれねぇか?」


「え?」


 一条が声を出す。俺からというのに驚いたのか、俺が真剣だったことに驚いたのかそれを窺い知ることは出来ない。


「うん、わかった。渡さんがいいなら・・・」


 渡が先に承諾してくれたようで一条もそれに従う。一条が渋ったのは自分も聞きたいことがあったからだろう。渡だってそうだ。聞きたいことは山ほどあるに違いない。だから要点をまとめて質問をする必要がある。そのために俺は午後の時間をつぶして何を聞くべきか考えていた。


「一つ聞きたいのだけれど、どうしてあなたたちが更科さんを助けようとするの?」


「それは・・・」


 思わず詰まってしまった。俺は行動する明確な理由を持っていなかった。何を聞こうか考えていたのに何を聞かれるかを考えていなかった。


「助けを求めている人を助けないのはおかしいからです」


 一条がこう言った。そうだ、昨日渡が同じことを言っていたじゃないか。何を忘れているんだ。いや、忘れていたんじゃない。


「でも更科さんは『あなたたちに』助けを求めているのかしら?」


 『あなたたちに』の部分を強調して本渡先生が言った。そうだ、仮に助けを求めているのだとしてもその対象は俺たちなのか? そこに疑問を持った。本田や日向は同じクラスという点で頷ける。だが俺たちはどうだ。共通部分は本田と日向との繋がり、そしてともに障がいを持つ者ということしかない。友達の友達は友達って都合よくいくわけないし障がいの苦労はなった当人にしかわからない。


〝確かに先生の言う通りです。でも知ってしまった以上それを見過ごすことは出来ません。更科さんには良い学校生活を送ってほしいんです〟


 見過ごすことは出来ないのは俺も同じだ。このまま行ったら後味が悪い。


「同じ境遇にある人として見過ごせないんですよ。それが更科のためになるし、ひいては7組、俺たちのためにもなる。だから俺たちが助けることは問題じゃないと思いますが」


「良い学校生活、同じ境遇・・・。わかったわ」


 どうやら納得してくれたようだ。俺が言ったことや渡が書いたことに違和感があったのは先生もわかっていたようだったがそれでも納得はしてくれた。後でその事について聞かれそうだがとりあえず今は良しとしよう。


「それで?」


「まず一つ目、なんで更科は鬱になったのか」


 事の原因を探る上での一問目。昨日の議論ではその可能性というだけで確定ではない。それを確定させるために聞いた。そしてもう一つ。もしこのことについて先生が知っていたら、更科は先生に今の自分の状態を告白したことになる。それが直接なのか間接的なのかはわからないが、告白してきた時点で更科が他者に何かしらの助けを求めていること、本人に今のこの状態をどうにかする意思があるということの証明になる。ということは俺たちにも話す余地はあるということだ。


「えーっと・・・、更科さんは鬱ではないわよ」


「は?」


 俺、一条が同時に首を傾げた。出鼻を挫かれた。鬱じゃない? じゃあ昨日早川先生が言ってたのは何だったんだ?


「今日改めて検査に行ったらしくって、その結果鬱の一歩手前、精神不調って言われたみたい」


「それって何が違うんですか?」


 一条が問う。俺も鬱と精神不調の違いがよくわからない。鬱って精神不調の一部じゃないのか?


「鬱だとほんとに気分が落ち込んじゃって引きこもっちゃうのよ。外にも出たくないし誰とも話したくない。ひどい人だと自傷行為に走ることもあるのよ」


「じしょー行為?」


「自分で自分を傷つけることよ。でも更科さんはそこまでひどくないわ。学校に行くことにストレスを感じているみたいなの。だから少し時間を置いてあげれば大丈夫」


「その時間ってどれくらいなんすか?」


「それは彼女次第ね。でもまた学校に行きたいって言っているらしいからそんなに時間はかからないはずよ」


「かからないはず・・・」


 明確な期間を言うのを避けている時点であとは本人次第って言うところが大きい。学校に行くことを拒絶してないだけマシといったところか。しかしストレスの度合いによって期間は大きく変化する。下手すれば球技大会に間に合わないなんてことも出てきかねない。


「先生。医者が言ってた静養期間ってのはどのくらいで?」


 医者からどのくらい休む必要があるか言われるはずだ。


「一週間。でもこれは最低よ」


 最低一週間、今日医者にそう言われたということは来週の火曜日までか。ぎりぎりだな。しかも本人次第で出てこられない可能性もある。そうなったら球技大会に参加することはおろか出席することも厳しくなる。


「一週間後にもう一度本人の意思を確かめて、行くというのならそれでいいのだけれど・・・」


 先生が言い淀んだ理由についてはおおよそ察しがつく。俺自身経験しているわけだし。一週間、いや、その前から休んでいるから二週間か。そんなに長い期間休むとその後学校に行こうとしても自分自身行くのを躊躇いがちになる。期間が長くなればなるほどそれは強くなっていく。ある種心と体の乖離と言ったところか。行こうという気はあるが行動に起こすことができない。それだけではない。二週間でクラスというものは少なからず変わる。特に今は新しいクラスになってからまだ日が浅い。毎日のように変化していく。ある日一緒にいた友達が居心地の良い場所を求めて別のグループに入る。そうしてクラス内の環境は大きく変化する。要するにクラス内で馴染めるかどうかは最初の二週間に懸かっていると言っていい。その期間どうするかで勝ち組負け組は決まる。負け組になったやつはクラス内で孤立し、そうしてだんだん不登校になっていく。今の更科にはその兆候がある。


「やっぱり本人次第としか言いようがないわ」


 どれもこれも本人次第。本当にそうなのか? 俺たちに出来ることはないのか? 考えろ。


〝先生から働きかけをすることはできますか?〟


 聞いたのは渡だった。今までは俺と本渡先生の一対一で話していたがそれが止まったのを見てか先生に尋ねた。


「例えばどんなことかしら?」


〝会わせたい人がいます、とか話をしてほしい人がいますとかです。早川先生が今は待つしかないと言っていましたが私はそうとは思いません。話をするだけでも違うと思います。ですがこれは先生の協力なしでは実現できないです。なので先生に私たちと会うよう更科さんに話をつけてほしいんです〟


 言われて思った。そうだ、解決するためにはそもそも会わなきゃならない。早川先生は待つこと、場所の準備を提案した。俺たちもそのつもりでやってきた。でも待って何か進展するのか? 俺たちが場所を準備してそれで本人が来る気になるのか? そんなのは見なきゃわからない。それ以前に何がストレスだったのかを本人から聞かなければ何も進展しない。画面越しでも、電話越しでも、メール越しでもなく、直接会わなければならないのだ。


「確かに、渡さんの言う通りだわ。でも会えるかは更科さん次第ってことに変わりはないわね」


 更科次第ってことなら


「それなら学校で会わなければいい。わざわざストレス溜まるところで話すのも酷ってもんでしょう。別に人に会うこと自体を拒んでるわけじゃないんだから俺たちが行っても問題ないはずです。まぁ初対面の俺らが行くのはどうかと思いますが」


 少しでもストレスを和らげる方に俺たちが近づいていけばいい。向こうがこっちに来て説明するのではなくこっちが向こうに行って寄り添う。どっちが動くかによってその後どうするべきかが大きく変わってくる。


「あてはあるの?」


「まさか―――」


「俺の家じゃねぇよ。例えば、更科の家だ」


 一条、何でもかんでも俺の家に来れば解決するなんて思うなよ。どこぞのよろず屋じゃないんだから。


「でも私たち行っていいのかなぁ?」


 一条の懸念はもっともだ。更科からしてみれば俺たちは赤の他人、同じクラスという繋がりもなければ過去に接したこともない。でもそれについてはあまり心配していない。


「俺たちが行ってもいいように先生が説得するんですよ」


 巡って渡の提案に戻る。逆にそこさえ乗りきれば勝算はある、いや、勝負じゃないから勝算って言葉はダメか。とにかくだ、俺たちが話せるかは先生に懸かっている。あとは


「先生だけじゃ悪いんで本田と日向にもお願いしときます。あの二人は更科と仲が良いと聞いたんでいろいろと話しやすいでしょうし」


 保険って言い方は悪いがあの二人なら大丈夫だろう。その流れで俺たちが行ければ御の字だ。


「ほとんど丸投げじゃない。でも、いいわ。任せてちょうだい」


「よろしくお願いします」


 先生には悪いと思っている。でもこればっかりは先生を頼るしかない。他人同士である俺たちは双方と関係を持つ者によって初めて接触できる。なんて回りくどい。


 ふと思った。これって今の俺と渡の関係に似てるな。端から見るとこんな感じだったのか。早川先生の言っていたことがようやく分かった。やっぱり会話って難しいんだなぁ。


「先生は更科さんに何て話すんですか? それはね・・・」


 渡が聞いたのだろう。本渡先生がするような質問じゃないし、俺への配慮が窺える。


「秘密と言いたいところだけど、渡さんが言ったことそのままよ」


「そのままねぇ、通じるといいんですが」


 そんなんで解決すればここまでの事にはならなかったと思うんだが。これさっきも言った気がする。この懸念が現実にならないことを祈ろう。


× × ×


 本渡先生との話が終わってようやく帰路に着く。今日もまた長かったな。ここ最近時間通りに帰れていない気がする。


「くぅー、それで、どうしよっか?」


「どうしよっかじゃねぇよ、聞いてなかったのかよ」


 ずっと座っていたから伸びしたくなるのは分かる。俺もしてたしな。だが話はちゃんと聞いてくれよ。


「聞いてました! 先生が話してくれるんでしょ?」


「それもそうだが先生の後は俺たちが話さなきゃなんねぇんだぞ」


「うーん、そこはー、何とかする!」


「頼りねぇ・・・」


 実際一条の語彙力については信用していない。逆に語彙力のなさを信用している。かわいそうに、言っちゃダメだな。でも今回は一条の存在が結構キーになってくると考えている。もしかしたらあの底なしの明るさが更科の心を照らしてくれるかもしれない。


「この後どうする? 渡さんからね」


「帰る」


「えー、本当にそれでいいのー?」


「先生の結果を待たなきゃなんねぇし、その結果と今回の話をまずここにいねぇやつらにも伝えなきゃなんねぇだろ。そんで当のあいつらは部活やってるから今話せるってわけじゃねぇし」


「それはそうだけど」


 早く解決したいのは分かる。だが物事には手順ってものがある。特に今回のような場合は手順を間違えると取り返しのつかないことになる。


「それと更科になんて話すかも考えなきゃな」


「うん、そうだね」


 一条の後に渡も声を出して頷く。真剣さの表れだろう。俺にもわかるように意気込んだと言えばいいか。


 そうこうしているうちに校門についた。


「じゃあね」


「ま、た、え」


 一条が言ったあと渡が覚えたての声で俺に言う。やっぱり新鮮だな。渡が話しているのなんかほぼ聞かないから。じゃあ俺も


「おう、またな」


 覚えたての手話で返す。確かこれで合ってたはず。俺の手話を見ると渡がクスクス笑っているのが聞こえた。それを背に受けながら俺は車に乗り込む。


「おうおう、遅いじゃない。どれほど待ったと思ってるのぉ?」


「あ、連絡してなかったか」


「全く何にも、おかげで車の中で寝ちゃいそうだったわよぉ」


「寝てたの間違いじゃねぇのか?」


「うーんと・・・、20分くらい?」


「寝てるじゃねぇか」


「それはそうと、こんな時間まで何してたのよぉ?」


「先生と話してたんだよ」


「何の話?」


「あー、話すと長くなるな」


「そう、じゃあ家に帰ってからねぇ」


「そうしてくれ」


 いつものように車の中で母親と話を交わす。がそれ以上聞いてくることはなかった。なんだろうか、気を遣っているのか? そんな感じがする。でも気を遣う相手は俺じゃないんだけどなぁ。


× × ×


「おーい、着いたわよぉ」


「うん? 早いな」


「それはこっちのセリフよ。何でそんなに早く寝られるのよ」


「こっちだって疲れてるんだよ」


 寝起きと疲れで重くなった腰を上げて車から降りる。ため息をつきながら家に入ると


「お帰り」


「はいただいま。ごめんねぇ遅くなっちゃって」


「なんだ、帰ってたのか」


「お兄ちゃん、今何時だと思ってるの?」


「知らん」


「もう6時過ぎてるわよぉ。誰かさんがちっとも来ないせいで」


「はいはい私が悪うございました。ん? 悪いの俺じゃねぇのに何で謝ってんだ?」


 今回は誰も悪くない、それは確かだ。遅れたのも俺のせいじゃないのに何か勝手に俺のせいにされた。まぁいつものやり取りだからあんまり気にはしてないが。


 リビングに行ってソファーに深く腰を掛ける。毎日こんな感じだ、ルーティーンと言ったらいいか。キッチンでは夕飯を作っている音がする。かえでも手伝っているようだ、二人であれこれ言っている。正面からはテレビの音も聞こえる。どうせ見えないからあまり聞いちゃいないが何もすることがない。仕方ない、今日の話について考えるか。


 話し合いの機会については先生が何とかしてくれるとして、問題はその後だ。更科にどう話したらいいものか。

 まず自分に対して劣等感のようなものを持っているということは確信を持って言える。理由は単純、俺も渡も持っているから。じゃあそれをどうするかといったところだが、どうしたものかなあ。いくつか思いついたものはあるが結果が見えない。

 そして更科が持っているものは劣等感だけではない。不安、申し訳なさ、孤立、こういったものが複雑に絡んでいると思う。これは本人から聞かなきゃわからないが俺の経験則からおおよそ見当がつく。じゃあ俺にやったことと同じことが通じるかと言われたらそれは違う。難しいなぁ。


「光ちゃん、出来たわよぉ」


「あ? もうか」


 どうやら思いの外考え込んでしまっていたらしい。誘導されるまま席につく。


「いただきます」


 三人一緒に食べ始める。俺のは食べやすいようにワンプレートに乗せられていてそのおかずプラスおにぎりだ。食べ始めて少し経ったとき


「ねぇ、何で今日遅くなったの?」


 かえでが聞いてくる。やっぱり気になっていたようだ。ただ言い方がかなり心配そうな感じだったので


「そんなに心配することじゃねぇよ。いや、心配することか」


「何言ってるの?」


 言ってて自分でも思った。でもこれ説明が難しいんだよなぁ。


「少なくとも俺主体で起こったことじゃねぇ。どっちかって言うと巻き込まれたって言う方が正解だな」


「へぇ、自分から巻き込まれたの?」


自分から巻き込まれたか・・・、母親の言うこともあながち間違ってはいないな。でもそれだけじゃない。


「半分正解。あとは先生から頼まれた事でもあるな」


「先生から?」


「ちょっと長くなるぞ」


 そう前置きして昨日説明された更科についての一件を母親とかえでに説明する。食事中にする話じゃねぇだろと言いたくなるだろうがそこは勘弁してもらおう。


「ふーん」


「―――」


 話をした後の母親とかえでの反応がこれだ。まぁそうなるだろうな。


「要するにその更科ちゃんって子を元気づけてあげればいいんでしょ、簡単簡単」


「そんなに簡単かよ」


「簡単よ。今更科ちゃんは自分を低く見積もってるんでしょ。その見積もりが積み重なった結果こうなっている。だったらその見積もりは間違ってるってことを教えてあげればいいのよ」


「そう簡単に受け入れられるかよ」


「更科ちゃんにも良いところはたくさんあるはずよ。そしてそれは一緒に学校生活を共にした本田ちゃん、日向ちゃんが知っているはずだから」


「良いところを多く言って打ち消すのはいいけどよ、いくら言っても消えないものがあるだろ」


「そうねぇ、これは光ちゃんにも言えることだけど・・・」


「ん?」


 そこで少し間が空く。かえでは俺と母親の話を邪魔することなく聞いている。顔が見えていれば表情で話を理解しているかどうかわかったが、まぁわかっていなくても考えてくれているという姿勢は見えていなくてもわかる。


「この世界に完璧な人なんていないのよ」


「は?」


 いきなり規模が大きくなってしかも哲学的なことを言われたので首を傾げる。隣にいたかえでも同じ反応をしている。俺と同じタイミングで声出してたし。


「誰しもが何らかの欠点を持っているのよ。ただそれが見えるものか見えないものかの違いなだけ。私は運動全然ダメだし、かえではブロッコリーがダメ、光ちゃんは目がダメ。みんなダメなところがあるんだから、そんなに自分を卑下する必要はないのよ」


「途中までは良い話だったんだけどなぁ、かえでのそれは欠点かよ」


「じゃあ人見知りなところとか?」


「お母さんお兄ちゃん、私を深堀りしないで!」


「ごめんごめん」


 怒ったかえでを母親が宥めている。でも母親の言ったことはすごくよくわかる。当たり前のことだったが改めて気づかされた感じだ。

 誰しも欠点がある、当然だ。完璧な人間なんていない。もしそんな人がいるのならそれは人間ではない、いや、生き物ですらない。よく出来た子とか何でも出来る子とか言っているのは良く見せるため、もしくはそこしか見ていない、見えていないからそう言えるだけ。でも実際は見えていない部分のほうが多い。そしてそこにこそ、欠点というものが隠されている。見えている欠点なんかほんの一部だ。ん? なんか俺の皿から音がするなぁ。


「おい、何してる?」


「仕返し」


「何で俺だけ・・・」


「わぁ、すごいことになってるぅ」


 かえでが俺の皿の上にこれでもかというくらいにブロッコリーを置いていた。母親がこう言ってるってことはよほどすごいのだろう。これ全部食べるのか・・・。見えていないから適当にフォークを刺しているがどこに刺しても当たるのはブロッコリー。あ、これ飽きるやつだ、もしくは俺も嫌いになるやつだ。


「はぁ」


 残すのも悪いから仕方なく食べる。そらため息だって出る。何で好きでもないものを押し付けられて食べなきゃなんないんだよ。ちょっとかえでのこと言っただけなのに。


「そんなに気を落とさないで、ほら、私のもあげるからぁ」


「ケンカ売ってんのか?」


「冗談よぉ、全く、本気にしちゃって。それで、話は戻すけど・・・」


 そうだ、ブロッコリーの話をしている場合じゃない。最後に言っておくと、もうブロッコリーはしばらく食べたくない。


「欠点が利点になることだってあるのよ。例えば光ちゃんの欠点は目が見えないこと、でもそのおかげで耳が敏感になった。あとはそのおかげで今の光ちゃんがいる。今の光ちゃんが持ってる関係も目が見えないおかげでなれたものよ」


「欠点が利点に?」


 回りくどい言い方だが要はこういうことか。


「視点を変えろとか発想を逆転させろってことか」


「そうよ、要するに『何とかのせいで』って考えるんじゃなくて、『何とかのおかげで』って考えることが大事ってこと」


「お母さん、それって何が違うの?」


「捉え方の違いね。『せい』って悪いほうに使われることが多いんだけど、『おかげ』って言えば良い意味になるのよ。これもしかしたら国語のテストに出るかも」


「えー、じゃあ覚えなきゃ」


「言ってることは分かる。でもそれだけでいいのかよ?」


「これだけじゃダメよ、今私が言ったのは意識のほう、感情のほうは光ちゃんたちが何とかしないと」


 確かにそうだ。意識のほうはそれで通るだろう。でもより深くより難しいのは感情のほうだ。それをどうすればいいものか。


「もしうまくいったらみんなと一緒にね。大歓迎だからって言っておいてちょうだい」


「呼ぶのかよ」


「当たり前じゃない、呼べるうちに呼んでおいた方がいいでしょ。それに、私自身更科ちゃんと話してみたいしねぇ」


「呼べるうち?」


「そう、あと何ヵ月かしたら呼べなくなるじゃない」


「どういうこと?」


 かえでは母親の言っていることがまだわかっていないようだが俺は分かった。他でもなくかえでのことだ。


「現実逃避するな。部活が終わったら何が控えてるか、言われなくてもわかるだろ」


「わー、わー、聞こえなーい」


 何をやってるか想像つくな。耳塞いで聞こえないふりをしているのだろう。これ今かえでがやってるけどテスト前の一条もやりそうだ。


「まぁかえでなら大丈夫よぉ。何だったら私が手取り足取り教えてあげるから」


「今プレッシャーを与えたな」


 今だからこう言えるものの半年後に言ってたらアウトだから。皆さんも受験生に対する言動には気を付けるように。頑張れとか大丈夫って言われると返ってその人を不安にさせるからね。


「プレッシャーなんか与えてないわよぉ。実際光ちゃんより出来てるんだから」


「今ものすごく馬鹿にされた気が」


「気のせい気のせい。さてと、片づけますかぁ!」


 そう言って席を立つ母親。かえでも立って片づけをし始める。俺のことは無視ですか。なんだろうか、ここ最近俺をいじってくることが多くなった気がする。今まであまり話してこなかったからか? そのツケが回ってきたと言えばいいのか? いやツケた覚えないし。もういじられることには慣れたから怒りはしないが俺じゃなかったら多分口利いてもらえなくなるよ。


 そういえば慎に今日のことを話さなきゃならないのを忘れていた。


「なあ、どっちでもいいんだけど」


「今忙しいから無理」


 かえでに即否定された。じゃあ片づけが終わってからでもいいか。いや、どっちにしても明日話すことになるだろうから今日はいいかな。言いたくはないけどめんどくさい。


「何光ちゃん、トイレ?」


「ひとりで行けるわ。なんかもう面倒だからいい」


 今週やけに長く感じるな。内容が濃い。また明日も長くなるだろうから今日は早く寝よう。

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