せい→おかげ
せい→おかげ - 13日目 -
心機一転今週も頑張るぞー! とはならないのは俺に限らずみんなそうだ。土日で心機一転出来るやつは多分天才か物忘れがひどいやつか空元気なやつだ。
先週のことがまだ悔やまれる。なんで俺球技大会出ることになったの? 目の前に先生がいたらぶん殴ってやりたい。何度も言うように体を動かすこと自体は別に構わない。『学校行事』というのが嫌なのだ。どんなに楽しいことであっても『学校行事』という言葉が入るだけで印象が大きく変わる。例として運動を挙げると『学校行事』としての運動とただの運動、やりたい方はどっちかと問われれば当然後者だ。旅行しかり、祭りしかりだ。それすべて『学校行事』という前置詞が入るだけで一気にやる気が失せる。これ俺だけかなぁ? 多分みんな思ってるよ。
そして頑張るぞーと! 意気込むのもいいことではあるがそう思ってから半日過ぎれば「疲れた、早く今週終わって」と愚痴をこぼすようになる。これも俺だけかなぁ? 生徒に限らず先生もそう思ってるよ。
とにかく学校に行きたくない。これ毎日言ってるな。今日は特にそうだ。体育が休めなくなる。唯一の休み時間が休めなくなるのだ。そらため息だって出る。
「はぁ―――」
「月曜日からすごいため息ねぇ、心中お察しするわ」
「察しなくていい、余計ため息が出る」
「体操着準備してって言われたときはびっくりしたもん、かえでなんか持ってたお茶碗落としてたし」
「強制参加させられたんだよ。いいように理由つけられて」
「へぇ、それってどんな理由?」
「この際勝負なんかどうだっていい、参加することに意味があるとかなんとか」
「いいこと言うじゃない」
「よくねぇよ、おかげで出なきゃなんなくなったし」
「光ちゃん、出るからには全力を出しなさい。そうすれば、みんながあなたを見てくれるから」
「まあやるだけやってやるよ、あいつらにも言われたしなぁ」
「あらぁ、じゃあ余計頑張んないとね、男見せてやりなさいな」
「変なこと言うんじゃねぇよ」
車中でそんな会話をしながら学校へ向かう。別に男を見せるために参加するわけではない。言われたからやる、それ以外にない。全力でやるのもそうだ。それに、やらなかったら多分あの三人にめちゃくちゃ怒られるだろうし。
× × ×
学校に着いていつも通りの出迎えがあり、一限を受け、ついに来てしまった、体育の授業。他の人が着替えて体育の授業の行われる校庭に向かう中、俺は保健室に向かう。ただし理由はいつもと違う。
「失礼します」
「いつもより遅かった―――ってどうしたの⁉ その恰好」
驚くのも無理ない。制服じゃなく体育着で来ているのだから。
「成り行きで体育の授業に出る羽目になったのでしばらく来られないということを言っておこうと思って」
「出る羽目ってそれはないだろ。光ちゃんは球技大会でドッジに出るんです。なのでしばらく来られないということで」
「うそ・・・あの矢島君が・・・球技大会に」
「驚きすぎですよ。そういうことなので、では」
「おいちょっと待てよ。失礼しました」
ただでさえ着替えるのが遅かったのにこれ以上遅れるとまずい。俺たちは急いで校庭に向かった。ただ本渡先生のあの驚き方からして後で個人的に呼び出しがかかりそうな気がしてならないのだが今は考えないようにしよう。
校庭に行くともうすでに点呼が終わり準備体操が始まっていた。そこに俺が行ったものだからみんながびっくり、当然先生も驚いていて
「矢島、何で来たんだ?」
こう投げかける。先生に悪気はなくただ疑問を投げかけた程度のことに過ぎないが俺はイラっとした。あたかも俺にはできないという前提の下で話がされているような気がした。先週までは俺もそう思っていた、でも今は違う。
「球技大会に俺も出るからです」
「お前が? 球技大会に?」
「はい」
俺がこう言ったことに対して一部の生徒から嘲笑が起きる。せめてもの救いはそれが自分のクラス内で起きていたものではなかったことくらいだ。俺のクラスはこのことを理解しているからか、驚きはするものの否定はしないし嘲笑もしない。
「何言ってるんだ、お前に球技は―――」
「それを決めるのは先生ではないと思いますが」
先生の言うことに口を挟んだのは慎だ。先生の言葉に慎も怒りを覚えていたのが口調からわかる。そう、出来るかどうかを判断するのは先生ではない、当事者の俺だ。そこだけは譲れないし譲る気もない。
「だがお前の安全を考えるとだな・・・」
言いたいことは分かる。でもここでの問題は安全かどうかではない。それを言ってやろうとすると
「先生、矢島君が参加することはクラスの総意です。無茶なことだとは思いますが、自分たちが可能な限りサポートしますのでお願いします」
驚いた。これを言ったのは俺でも慎でもない。佐藤だった。委員長として決めた責任からきているのか? いや、俺が出ることを決めたのは早川先生だから佐藤は関係ない。しかもだ、佐藤は先生に頭を下げたのだ。見えない俺には最初分からなかったが慎に頭を押されて理解した。俺も頭を下げる。慎も含めて三人に頭を下げられてはさすがに先生も強く出られないようで
「・・・出る競技は三人とも同じなのか?」
「はい」
「じゃあ任せる。くれぐれもケガには気を付けるように」
「ありがとうございます」
ようやく話がついた。俺はクラスの列に加わる。体育は2クラス合同で行われるがもう一方のクラスは当然俺のことを言っていた。これが現実だ。どうにもならないというやるせなさが湧いてきていた。しかしそれと同時に目にもの見せてやりたいという感情も湧いてきた。それは俺だけじゃなく慎にも、佐藤にもあった。
準備体操が終わり競技ごとに分かれて練習を行うことになった、と言ってもドッジに練習することなどほとんどない。やることと言ったら陣形を考えるくらいだ。
「畜生、腹立つなあの先生」
「声に出てるぞ光ちゃん」
慎に言われて気づいた。思ったことが口に出てしまっていた。
「無理ないよ、あんな言われ方しちゃったらね」
佐藤も同意していた。佐藤とは今までそんなに話してこなかった間柄ではあったが、もしかしたら案外話が合うかもしれない。
「だろ? 今に見てろあの野郎」
「ところで矢島ってボール投げられる?」
「さすがにそれくらいできるわ。目が見えねぇからって何もできねぇわけじゃねぇからな」
こう話しかけてきたのは遠藤翔(しょう)。実際に話したのはこれが初めてか。でも話の内容が最悪だ。いい印象を持ちはしないが逆に言えばこれが普通なのだろう、・・・普通か。
「みんなでボール投げてみる?」
「賛成!」
佐藤の提案に慎が乗っかる。遠藤も賛成した。俺とて異論はない。ただ疑問が一つ。
「投げる方向は?」
「ああ、光ちゃんの投げる方向は俺がどうにかするよ。心配すんなって」
そう言われ背中を叩かれる。そういえば進級してからというものの背中を叩かれることが多くなった気がする。背中赤くなってたりアザになってたりしてないよね?
そんなこんなで一人ひとりボールを投げることとなった。今まで言っていなかったがここは体育館の後ろサイド、手前サイドはもう一クラスが使っている。後ろサイドでもさらに半分に分けその一方を使っている。つまり体育館の4分の1の広さを使っていることになる。ちなみにもう半分はバスケに使われている。バスケの人たちはそれでも練習できなくはない。でもドッジはどうすればいいんだ? 単純に分けるエリアを変えれば隣のクラスと対戦なんかもできるのだが、それをやる以前にポジションが決まっていない。そして今からやるのはそのポジション決めのための試技である。まあやったところで俺は外野確定なのだが。あとは一人ひとりの力量を見るといったところか。
まずは慎が投げる。慎は現在進行形でサッカーをやっていることもあり球速は速い。スローインの練習とか体幹をする以上多少なりとも肩は鍛えられるしな。次に投げるのは佐藤。佐藤はただ投げるだけでなく変化球を投げた。そのあとすぐ言われたが手から抜けてしまったらしい。要するにすっぽ抜けたボールだ。でも二回目はちゃんと投げていた。次は遠藤。投げ方がよろしくなかったのか手からボールが抜けて明後日の方向に飛んで行った。しかも何回やっても同じ結果。全然じゃんと思うところだが投げるのがダメなら逃げるという手がある。あいつ陸上部だから多分そっちの方が向いている。他にも数人が投げたところで俺の出番が来た。
「で、俺はどこに向かって投げればいいんだ?」
「ちょっと失礼、この方向に投げてみてよ」
慎に体の向きを調整される。向かって正面に投げればいいのか。ならば簡単だ。
「思いっきり来い!」
「おい慎、投げる方向から声するんだが本当に大丈夫か?」
「ああ、佐藤の声のする方に投げていいよ、方向指示役だから」
「いいんなら遠慮なくッ!」
言われた通り思いっきり投げた。投げた後聞こえてきたのはバーンという音と佐藤の「いってぇ」という声だ。
「矢島君ボール速いよ。危うく突き指するところだった」
「そうか? 俺には全然わかんねぇ」
「おい矢島、お前なんでそんなに速いボール投げれるんだよ」
体を遠藤に思いっきり揺すられる。「あぁあぁ」と声をあげていると
「昔からそうだったんだよ。光ちゃん何やってもすごかったから」
「マジかよぉ。俺にもその力くれよぉ」
いきなり馴れ馴れしくしてきた遠藤にはちょっと嫌気がしたがそんなに悪い気はしない。その証拠に反対サイドで練習をしていた別クラスのドッジチームは「何なんだあいつ」とか言ってビビっているし同じクラスのやつからは「おぉ!」と感嘆の声が上がっていた。見返してやったという気持ちが先行し、さっきの嫌気は見事に相殺されたと言っていい。
「矢島君って昔どんなスポーツやってたの?」
佐藤が俺に聞いてくる。まぁあれほどのボールを投げるんだから当然聞いてくるわな、客観的な視点に過ぎないが。
「サッカー」
「へぇすごいねぇ、サッカーやってる人ってみんな投げるのもすごいの?」
「いや、それは人それぞれだな」
「とにかく、矢島君は戦力としては十分だよ。見えていたらもっと―――あっ、ごめん、失言だった」
「いや、気にしてないしもう慣れた」
言って思った。俺も失言だった。自分で自分に関する失言をした。本来慣れてはいけないのだ。慣れてしまえばそれを自分で受け入れたも同然。確かに、目が見えないという現実は受け入れなければならない。でもそれによって生まれる差別、偏見、劣等感、これを受け入れてはならない。気を抜くと出てしまう俺の癖だ。気を付けないとな。
「やるからには勝つ。俺にはそれしかねぇ」
「そうだな」
「ああ」
俺に続いて慎、佐藤、他の面々も応える。そうだ、見返してやる。俺を見下してきたやつを、俺を嘲笑したやつを、俺をかわいそうと言ってきたやつを。
決意を新たにしたところで佐藤が聞いてくる。
「さて、じゃあ僕らの戦術を考えようか。まず元外野枠は矢島君で」
「異議なし」
異議も何もこれ以外に選択肢ないのでこう答えるしかない。問題は他だ。
「元外野枠は最大三人だからあと二人はどうしようか?」
「光ちゃんのサポートとして誰か必要になる。あとは自由に動ける外野か」
元外野は別に一人でもいいのだが俺一人じゃ何も出来ないのでもう一人、さらにフリーで動けるもう一人で合計三人だ。
「はい! 俺は内野で!」
話の腰を折ってきた遠藤、まあ適任だから反論しようとは思わないが。
「遠藤君みたいに内野希望の人はいる?」
「はい!」
全員が手を挙げていた。外野ってそんなに嫌なのかなぁ? 逆に内野で当たらないように逃げまくる方が嫌だと思うけどなぁ、うーん、俺の感性がずれてるのか? まぁいいや。
「光ちゃんのサポートっていう点から俺か佐藤のどっちかはいたほうがいいよな? 主戦力として」
「異議なし」
どっちが来るかについても特にこだわりはない。慎はともかく、佐藤も俺のサポートは出来るやつだと信じている、そう信じたい。
「じゃあ僕が行くよ」
手を挙げたのは佐藤だ。俺と佐藤はセットとして残す一人は誰になるか。ん? ちょっと待て。さっき全員内野行きたいって言ってたよな。どうなるんだ? そしてもう一つ。
「これ結局戦術はどうなるんだ?」
「まず外野を決めてからにしようと思ってたけど」
「それでもいいけどよ、外野をやりたいってやつが一人もいないんじゃあどうしようもねぇだろ。だったら先に戦術を考えてから外野を誰がやるか決めたほうがいい」
「異議なーし!」
「真似すんじゃねぇよ」
遠藤に真似されたので素直に反論する。こいつもしかしたらポジション的に慎や一条と似ているかもしれん。からかう側、だとしたら要注意だ。
「光ちゃん、何か考えがあるようだね」
「まあ二つだな」
「おお」
佐藤が反応する。それと慎は俺に考えがあることをどこで察知してるんだ? いよいよ俺の母親に似てきたな。
「まず一つ、外野の両サイドで挟む。俺、佐藤サイドと反対側の誰か。内野のやつはボールが来たら外野に渡して外野でつぶす戦術」
「でもそれって矢島君のボールを受け取れる人がいないとダメじゃないかな?」
「俺のボールそんなにすごかったか?」
「正直に言って今も手がひりひりしてるよ」
佐藤がこの様なら他に受け止められる人は・・・、たぶん慎くらいか。うーん、保留。
「そんで二つ目、内野と外野で挟む。内野とその反対側の外野でボールを回してつぶす」
「二つ目だな」
「異議なーし!」
「いい加減にしろ」
慎の選択に遠藤が反応する。いつまで俺の真似してるんだよ。
「他の人もそれでオーケー?」
異論が出なかったのでこの案になるようだ。これなら俺のボールは慎が止めてくれるし大丈夫だろ。そんなに危険なのか? 俺のボールって。この瞬間、目が見えてたらよかったなぁと初めて後悔した。嘘です、初めては盛りました。
戦術も決まりそれならばと三人目の外野も手を挙げたのでこれにて一件落着・・・とはならないのが俺らのクラス。
「戦術、ポジションは決まったけど、あとは矢島君をどう活かすか・・・」
「佐藤が俺の目になる」
「なんかそれかっこいいな」
「いやいや、そんなこと無理・・・ん? いけるかも」
冗談交じりで俺が言ったのを慎が便乗して佐藤をいじりにかかるが、どうやら佐藤はそれで何か閃いたらしい。それじゃいじった意味ないじゃん。少しして佐藤がこう切り出した。
「矢島君、距離と角度を言えばその場所、方向に投げられる?」
「練習すれば出来なくはないと思うが」
「よし、じゃあそれでいこう!」
すっごく簡単に決まったがこれ結構難しい気がする。てか距離と角度聞いてその方向に投げるとか、俺もしかしたら人間やめることになるかもしれん。球技大会当日にピッチングマシンになっていないことを祈ろう。
「光ちゃん、投げるのはいいけど顔を狙うのはアウトだからな」
「そんなこと言ってもわかるか」
顔がどこにあるかなんてわかるはずがない。見えないんだし。
「足元を狙ってみなよ。取るのも難しいしジャンプして避けるのもあの球速じゃ無理だと思うから」
「それなら指示役が結構重要なポジションだね。うーん、やるだけやってみよう」
「そうだな。やってみないことにはわかんねぇ」
そんなわけで練習することになった。使えるのはハーフコートなので俺、佐藤が外野に立ち慎がその反対側、残りの人が敵内野って形で練習を行う。
「遠藤君を狙うよ。左13度、距離600」
その言い方かっこいいな、軍隊じゃんと思いつつ言われた方向距離に投げる。600って言ったから単位はセンチメートルか。そんで足元を狙うように―――。
「ぐへっ!」
何かうめき声が聞こえてきた。声の感じからして遠藤であることは間違いない。
「どうなった?」
「ああ、遠藤君の手前に落ちてバウンドしてお腹にクリティカルヒットって感じかな」
床に当たった音はしていたがバウンドしたボールが当たるのか。しかも運悪く腹か。ご愁傷様。一応謝罪をしておこう。
「あー、悪いな遠藤」
「悪いって言える強さじゃねえぞ。完全に殺しに来てる・・・ぐはっ」
「これは練習が必要だな」
方向はある程度分かるが距離感がちっとも掴めない。これ以上の犠牲者を出さないために練習しておかなきゃな。
遠藤は慎に肩を貸されて体育館の端に向かう。そのあと慎は再び内野に戻って
「よし、それじゃあ続きやるか」
と言って練習の続行を促す。でもやる気があるのは慎だけだった。他の内野陣は俺のボールを見て完全に戦意喪失してしまったようだ。自陣でこうだ、相手にこんなやつがいたらと思うと・・・何かやる気が湧いてきた。こんな感覚は久しぶりだ。やれと言われて仕方なくやるのではなく自分がやりたいからやる。へへっ楽しいなこれ。
「よし、じゃあ次瀬戸君、右10度、距離700」
こんな感じでひたすら佐藤が指示して俺が投げる。残りの人がそれを避けるなり、当たるなりして時間はあっという間に過ぎていった。
体育の時間が終わるころには内野の人たちが慎以外ボロボロになっていた。
「勘弁してくれよぉ」
遠藤の声が聞こえてくる。無理もない。一番多く当たり役をやっていたんだからな。キャッチできないなら避けてやる! って本人がやけくそみたいな感じで言っていたがことごとく当たっていた。こいつほんとに内野で大丈夫か? 逆に不安になってきたぞ。
「当日までにものにしよう」
「おうよ」
気分がいい。運動したから、他のやつと話せたから、理由は様々だがとにかく気持ちいい。これなら今週一週間乗り切れそうだ。頑張るぞー!
× × ×
意気込むだけならいくらでも出来るのだが行動に移すのは非常に難しい。体育で久しぶりに体を動かしたので、その後の授業はとてつもない眠気に襲われ続けた。そこで寝られるのならいいのだが、一週間と少し前に勝手にされた約束のせいで寝ることができない、苦行だ。ただでさえいつも以上に眠気が襲っているのに寝ようとすると渡に起こされる。こうなったらどうしようか? つつかれても無視して寝る、それだと渡に悪いしな。一度顔でも洗ってくるか? 一人でそこまで辿り着けるかが心配だ。音楽でも聴いてるか? 携帯使ったら取り上げられるしそもそも画面が見えない。詰んだ。こうなったら耐えられるところまで耐えて―――
× × ×
「―――い。起きろー。矢島!」
「はいすみません!」
「ぷふっ、引っ掛かったな」
「なんだお前かよ。おいそこうるせぇぞ」
「だって、矢島君、すみませんって、アハハッ!」
「笑いすぎだ! やめろ」
「むりむり、あーおなか痛い」
慎に嵌められ一条に爆笑され渡にも笑われ、もう散々だ。
「渡さんも起こそうとしていたんだけど何しても起きなかったって言うから」
「ちょっと待て、何してもって俺に何したんだよ」
「それは渡さんから直接聞いてみなよ」
「この野郎覚えてろ」
「いや悪いのは寝てた矢島君だからね⁉」
いやそうなんだがと反論したくなったがすぐにそれを引っ込めた。明らかに寝てた俺が悪い、反論したら負けだ、いや最初から俺が悪いんだから何しても負けじゃんこれ。
そんな会話をしながらいつも通り昼食の準備をし、四人で食べ始める。
「まぁでも久しぶりに体動かしたんだから無理ないよ」
「体動かすって?」
「体育やったんだよ」
「うそー⁉」
「そんなに驚くことかよ」
一条は俺を何だと思ってたんだ。サボり、動けない、体育嫌い―――全部違うからな。決してサボっているわけでもないし動けないわけでも体育嫌いなわけでもない。やる気があれば体は動かすし出来るものがあれば体育もやる。前者は俺の問題だが後者がどうにもならないので必然的にやる気もなくなる。これこそ相乗効果というやつだ。
「だってそもそも・・・」
「体動かせねぇと思ったら大間違いだ。動かそうと思えば動かせるし、現に休日は体が鈍らねぇように、あとはストレス発散の意味も込めて運動してるし」
「それじゃ今までの体育はサボってたってこと?」
「サボりじゃねぇし。そもそも今までやってきた体育の中で俺が出来るものが一つでもあったか? せいぜい出来て持久走くらいだ」
そう、俺がやってこなかったわけじゃない。体育の内容が悪かった。完全に健常者、いや、俺以外の人向けのものだったということ。周りの話を聞いてきたからわかる。体育で行われるのはさっき俺が挙げた持久走のほか、選択球技や水泳なんてものがある。球技なんてできるわけがない。水泳は泳ぐことくらいならできるが逆に言えばそれだけであってレーンなんてものはわからない、プールサイドとプールの境界がわからない、始まりと終わりがわからない、要するにプール=未知の場所なのである。そんなところで体育なんて出来るわけがない。唯一出来そうな持久走も俺と走ってくれるやつがいない。よってこれも不可。そんなわけで俺とこの学校の体育は相容れない関係となっていた。
「でも今練習してるじゃん」
「それはあの頼りねぇ担任にやれって言われたからだ。それ以上の理由はねぇ」
「それだけじゃないだろ? 光ちゃん」
「あ?」
慎に言われて考える。練習をする理由、何かあった気がするがまだ寝起きの頭だからか思い出せない。
「体育の先生や他のクラスのやつを見返すんじゃなかったのか?」
「ああ、それもあったな、あいつら・・・」
そうだ、体育で俺が行ったときの先生や他クラスの反応、余計なことを思い出してしまったせいでおにぎりを握っていた手に力が入る。このままだとおにぎりがぐちゃぐちゃになりかねないので一気に頬張ってお茶で流し込んだ。
「見返すってそんなにすごいの? 矢島君って、これ渡さんからの質問」
今までずっと見ていた渡が俺に突然質問してきた。一条を介してだったがおそらく一条も同じ疑問を抱いているはずだ。だけどこれを俺に聞くのは違う。そもそも見えないから俺がどれだけすごいのかについては客観的な視点からじゃないとわからない。だから慎に質問の答えを託そうとしたとき
「矢島君はすごかったよ」
俺たちの話に割って入ってきたのは委員長佐藤だ。しかも話に入るだけでなく
「僕も一緒にいいかい?」
一緒に昼を食べようと輪の中に入ってきた。
「どうぞどうぞ。私たちは来るもの誰も拒まないをモットーにしているから」
佐藤に答えたのは一条。輪の中に入ること自体は俺も否定しないが、何かその理由に意味の分からないことを言われたので
「いつ決めたんだそのモットー」
「今!」
「もう勝手にしろ」
場当たり的な発想の真骨頂を行っていたのでこれはダメだと思い突っ込むのをやめる。慎も渡もそのモットーを否定していないのでという理由もあるが。てかなんか突っ込めよ。
「いいな、そのモットー」
「お前もそっち側かよ」
俺がおかしいのか? そんなことはない。これを突っ込まないほうがおかしい。何で慎は一条の考えに共感しているんだよ。
「それじゃ失礼」
と言って佐藤が俺と慎の間に入るような形になって俺の机を俺、慎、佐藤の三人が使うような感じになった。てか佐藤も突っ込まないのかよ。もしかしたら本当に俺がおかしいのか? 不意にそんなことを考えてしまうようなやり取りだ。
「それでさっきの話の続きだけれども・・・」
結局誰も突っ込まず話が元に戻ってしまった。もういいや、俺がおかしいってことにしておこう。
「矢島君のボールめちゃくちゃ早くてね、犠牲者が出るくらいだったよ」
「こわ・・・」
「話盛りすぎだ」
佐藤が言ったことに一条が素直に引いてしまったので俺が修正する。犠牲者なんて出ていない。それに最も近しい人物はいたが。
「だからドッジの人たちみんなボロボロだったんだ」
「あれ全部光ちゃんが犯人」
「おい、否定はしねぇが悪者扱いすんじゃねぇ。てか俺は佐藤に言われた通りにボールを投げただけだ。俺に罪を着せるな」
そう、俺はボールをただ投げていただけ。それにどっちかっていうと指示役の佐藤の方が悪いのではないか?
「佐藤は指示していただけだからそれを実行した光ちゃんが悪い。今後も増えていくだろうね、犠牲者」
「だから犠牲者は盛りすぎだ」
せめて被害者にしてほしい。加害の割合は俺:佐藤=3:7くらいか。
「矢島君の姿を見てるとピッチングマシンじゃないかって思ったよ」
「ピッチングマシン、ぷふっ!」
「俺もやっててそんな気がしたわ。もう諦めてる。一条笑うな」
やってて俺自身思ったことだったが、どうやら同じことを思っていたのは俺だけではなかったようだ。初日からピッチングマシンだったら本番で俺は何になっているだろうか? わずかな期待と大きな不安を抱きつつ横で噴いている一条に怒る。こいつ笑いすぎだろ。明日腹筋筋肉痛になっても知らんぞ。
「まあ本番に期待してくれ。光ちゃんは主砲だから。あ、ピッチングマシンだったな」
「そこ訂正しなくてもいいだろ」
印象の違いというものは大きくある。主砲とピッチングマシン、強いほうと言ったらどっちを選ぶだろうか? 大半の人は主砲を選ぶだろう。ピッチングマシンはどうしても劣る。二枚目というイメージだ。肩書としてもしょぼい。
なのでピッチングマシンと呼ばれるのはごめんなのだが、まぁ期待されてしまった以上はそれなりのことをしなければならない。
「話変わるけど、僕が来たのは何も矢島君を自慢するためだけじゃないよ」
「え? そうなの?」
佐藤が急に話を変えてきて一条が首を傾げる。傾げているかどうかは知らないが言葉の雰囲気からして。それに、俺も一条に同意だからな。それだけじゃないのか。
「早川先生からの伝言で、放課後進路室に来てくれっていうのと」
「また行くのかよ。それって俺だけか?」
「ここにいる5人みたいだよ。何で僕もなのかはわからないけど」
「遠回しに俺たちが何かやらかしたみたいな言い方すんじゃねぇよ」
「私たちは何もしてないよ。やったとしたら矢島君くらい?」
「何もしてねぇよ! 誤解を生むだろ」
「じゃあ瀬戸君も追加で」
「すっごい飛び火したな」
俺ってそんなに何かやらかしそうな顔してるか? それとも態度か? 俺自身それを感じたことはないが、原因の一端としては一条が勝手に俺がやった体で話を進めていることが大きくある。それに慎が巻き添えになったのは、まぁ、気の毒ということで。
それにしても先生に呼ばれる意味がわからない。さっきも言ったように俺は何もやらかしていない。ドッジで犠牲者を出したことは多分違う、いやそもそも誰も犠牲になってないし、被害者だ被害者。そう訂正しないとあられもしない罪を着せられる。その結果がこれか。うーん、納得したようなしてないような・・・。
先生に呼ばれるのはいいとして、いやよくないが、佐藤がそれだけじゃないような話の進め方をしていたので続きを促す。
「で、それとなんだよ」
「僕もみんなの仲間に入れてほしいんだ」
「は?」
帰ってきた言葉に思わず素っ頓狂な返事をしてしまった。仲間? ますます意味が分からない。何の仲間だ。そもそも俺たちは仲間ではない。成り行きで仲良くなっただけの仲、それ以上でもそれ以下でもない。要するに慎を除いて友達ではない。あくまで話せる仲というだけ。それなのに仲間に入る? 何言ってんだ?
「みんなで何か活動をしているという話を聞いてね。そこに僕も参加させてほしいなってね」
「活動ねぇ。まぁ否定はしないかな」
慎の物言いには曖昧さがあった。ゆえにどっちかわからなかった。仲間に入れることを否定しないのか? それとも俺たちが何かの活動しているということを否定しないのか?
「佐藤君ちょっといい? 私たちの活動ってどこから聞いたの?」
一条が尋ねるが俺が知りたいのはそこじゃない。まあそれを知りたいのも事実だが。
「早川先生だよ」
活動って何のことと佐藤に問おうとしたら佐藤に先に答えられた。そして俺はその答えですべてに納得した。あの先生ばらしやがったな。活動とは俺たちが行っている特別課題。俺が手話を覚えて渡が発声練習をするというもの、それに佐藤は参加しようってのか。
「お前の入る余地がどこにあんだよ」
両方ともやる本人とサポート役がついているので率直に思った疑問をぶつける。
「やり方はいろいろあるよ。何もどっち側につくこと前提の話じゃないしね。例えば進捗を見るとか、俯瞰してみるとか、クラスや学校に働きかけをするとか・・・」
佐藤の言い分は分かる。俺たちへの特別課題と言われはしたが、当然この中で済ませてはならない。そのために佐藤が入ってくれるのなら無下にするわけにはいかない。しかしこの特別課題は始まってからまだ数日しか経っていない。そんな初歩の初歩の段階で佐藤を入れることに意味があるのかと思う。
「まだ早いだろ。始めたばっかなのに」
「いや、そうでもない。俺や一条さんが必ず参加できるっていう確証はないだろ。部活なりなんなりで忙しいんだし」
「確かにな」
慎の言うこともわかる。俺みたいに暇なやつなんかそうはいない。それなのに慎は忙しい中参加してくれているのだ。それには素直に感謝だ。だけど今一歩踏み切れない自分がいる。
「なんで俺たちに協力してくれるんだ?」
最初に抱いた疑問をぶつける。答えはおそらく俺の思ったものだろうが確認の意味でだ。少し考えるかと思ったが佐藤は俺の質問に間髪入れずに答えた。
「友達であること以外に理由は必要かな?」
「はい論破!」
佐藤の答えに慎が答える。まさにそうだった。友達であることが理由だとあっさり言った。それを言える佐藤には何だろうか、憧れにも似たようなものを抱いた。
これは前にもあった。慎とのやり取りで俺は同じ答えで屈服させられた。今回もそうだ。状況こそ違えどその言葉に俺は屈服させられた。三回目、その相手は慎ではなく佐藤だった。
「そうだな、体育の授業の時一緒に頭下げた仲だしな。よろしく頼むわ。そっちの二人、異論は?」
「私も渡さんも異論なし!」
「まさか体育の時のことを蒸し返されるとは」
こうしてみんなの総意で佐藤が加わることになった。なんだろうか、今までは輪の外にいた俺だったが、今ではその輪の中心にいるような感じがする。周りの環境がそうさせたというのもあるだろうが俺自身少しは変わったのだろうかという錯覚を覚える。その錯覚が現実であることを願おう。
「・・・ところで一つ疑問なんだけど」
「うん?」
一条が聞いてきた疑問に慎が反応する。今度は何だ。まさかさっき俺が言った体育の出来事を追及するんじゃないだろうな。一応警戒することにする。ただ一条の次の一言でその警戒は一気に解かれることになる。
「私たちがやってる活動って何?」
「マジかよ⁉」
俺と慎が揃って声をあげた。ここまで話が進んでいたからてっきり一条もわかって話を進めていたのかとばかり思っていた。でもそれはどうやら俺たちの思い違いだったようだ。逆に話分からずに話を進める技術の高さに尊敬の念を感じるまであった。
横からクスクスと声も聞こえる。渡だろう。さすがに一条のその切り返しは予想していなかったのか、どうやらツボにはまったようだ。
「ちょっと渡さん、笑わないでよぉ」
一条が渡の体を揺する。止めたいのは山々なんだけどなぁ。完全に墓穴掘ったとしか言えない。でもこれで一条の印象が大きく変わった。
「お前もしかして、馬鹿―――」
「言うなぁ!」
「あでっ!」
俺のストレートな物言いに一条が涙目になりながら、空っぽになった弁当箱で俺の頭を殴ってきた。カーンという音が教室に響き俺は叩かれた頭を押さえる。不意打ちということもあって何かめちゃくちゃ痛い。血出てないよね?
その光景を他の三人が目の当たりにしてたまらず笑い出した。一条は自分の学力がバレて「もうっ!」とかなんとか言っていた。ご愁傷様。
ふと思った。今の俺たちの姿を客観的に見た場合、それはどう見えているのだろうか? あとで遠藤にでも聞いてみるか。そんなことを考えながら昼休みは過ぎていった。
この昼休みは今までで一番充実していたと言っていいだろう。笑いあり涙あり暴露あり痛みあり、実に中身のこもったものであった。
× × ×
そんな昼休みとは違い、午後の授業はどうもやる気が出なかった。いつものことだが今日はいつも以上だ。まず体育と昼にはっちゃけて疲れている。先生の放課後の呼び出しも気になる。一条に殴られたところはまだ痛い。そのおかげで午後は寝ずに済んだが。
そしてやってきた放課後、さすがに慎は部活があるだろうからそっちを優先することになろうが
「ああ、部活のことなら大丈夫。ちゃんと遅れることは言っておいたから」
何とも手際がいい。いやいやそうじゃない。
「お前そんなに部活休んで大丈夫なんか?」
「先生からの呼び出しだったらちゃんとした理由になるよ、前回とは違ってな」
「いちいち蒸し返すな」
それならいいが。慎はいいとして佐藤も確か部活に入っていただろうが、おそらく慎と同じで部活遅れるということを伝えたのだろう。佐藤も俺たちに続いて進路指導室、否、早川先生の私室に向かう。
部屋に入るとやっぱり私室だった。見えないが佐藤の驚きの反応や慎、一条の落胆の反応からしてそうなのだろう。
「おお、よく来た、まぁ座れ」
そう言って早川先生は座るよう促す。部屋の中からはコーヒーの匂いがする。ついでにメーカーの音もしているのでコーヒーを作っているのが見ずともわかる。
「先生、前より物増えてません?」
「マジかよ」
一条の問いかけにさすがの俺も引くしかない。限度を超えた私物化だ。
「増えたって言ってもこれだけだぞ」
「それはいくら何でも・・・」
慎もこの反応だ。よほどのものが新たに追加されたのだろう。聞いてもしょうがないことだが興味はある。
「何が増えたんだ?」
慎に聞いてみることにした。
「光ちゃん、テレビは許せるか?」
「許せる」
「―――」
テレビはまぁ大丈夫だろう。職員室にも置いてあるし、その気があればモニターとしても使えるし。一条が何も言ってこない。もしかして呆れられちゃったか?
「マイパソ」
「許せる」
家に仕事持ち込むことはないと思うが、そんなときのためににマイパソを持ち込むのは普通だろう。あとは進路相談で使うこともある。それを別の用途に使っていたらアウトだが。
「ゲーミングチェア」
「アウト」
「ようやく・・・」
それはダメだろ。用途がゲームじゃん。仮にそうじゃなかったとしてもそんな豪華な椅子で仕事をするのは許さん。俺たちなんか固い木の椅子だってのに。てか下手すりゃ校長の椅子よりも豪華説まである。一教師がけしからん。
俺以外もみんなアウトなので結果はアウト。佐藤なんか入った時から一言も声発してないし。
「なんでだよォ。これめっちゃ座り心地いいのに」
「引きこもりがいるような部屋の想像しか出来ねぇ」
今までのラインナップからして、まぁまともな物がない。せめてもの救いは赤本があることくらいだ。いや、ここまでくるとこの部屋に赤本があることがおかしいかのように思えてくる。でも間違えてはならない、ここは進路指導室だ、・・・本当にそうだよな?
そんな風に前回と同じようなやり取りをして俺たちは席に座る。
「さて、今日来てもらった理由はわかるか?」
「またそれですか」
慎がため息をつきながら答える。いつもはしっかりとしている慎だがどうやらこの先生の前では諦めが隠せないようだ。これだとどっちが子供かわからない。
「はい! 文実!」
「前回と同じ回答をやめろ」
ついに一条までおかしくなってしまったのか先生のノリにこう返す。前回と同じ受け答えだ。まぁ昼休みに一条は馬鹿隠しということがわかったので、おかしくなっても別にどうということはない。ただこのままだと話が進まなくなるのでそれを止めにかかる。その上でなぜ俺たちを呼んだのかを聞くか。
「先生、俺たちを呼んだ理由は何ですか? 今度はちゃんと答えてください」
一言だけだと「その理由はお前たちで考えろ」とか言って前回と同じループを辿りそうなので一言添えてそうさせないようにする。
「はぁ、それなら仕方ない。その前に体育での件、聞いたぞ。三人揃って頭下げたってな」
「はい、矢島君も同じチームですから」
佐藤がこう答える。横で聞いていたのはいいがなんか恥ずいな。人前でよくそんな事言えるな。もしかしたら佐藤は案外度胸のあるやつなのかもしれない。委員長のことといい、体育のことといい、俺たちのグループに入ってきたこともそうだ。俺にそんな度胸はない。事実そのせいで碌でもない過去を歩んできた。見習わないとな。
「先生、話を逸らさないでください」
慎が語気強めに答える。怖っ! 顔見えないけど怖っ! そんなにこの先生が嫌なのか? それを受けて返ってきた言葉は
「別に逸らしてはいないぞ。これも十分関係ある」
何がどう関係しているのかがわからん。答えを知らないというのもあるが。
「どういうことですか?」
一条の問いはここにいる全員が抱えているものだ。それを代弁したのが一条ってだけであって。
「実はな、7組のことなんだが」
「へ?」
思わず声が出てしまった。話の繋がりも全然ないし、そもそも何でここで7組の話が出てくるのか理解できなかった。それは俺に限らず他の面々も同じようで
「9組じゃないんですか?」
佐藤が尋ねる。全くその通りだ。
「9組じゃなかったら何か悪いのか?」
「俺たちと何の関係があるんですか?」
俺も慎と同じ意見だ。ここの五人とどう関係があるのか見当がつかない。部活の仲間や一年の時同じだった、中学の頃からの友人がいるという可能性は他の人にはあるが俺はその辺り皆無だ。
「まぁ話だけでも聞いてくれ。俺だって困ってんだからよ」
「何に困ってるんですか?」
俺が尋ねる。なんで他クラスのことなのにうちの担任が困っているのか? 再三言っているが全く見当がつかない。
「7組に一人、矢島や渡と同じように障がい者枠として入学してきたやつがいる。そしてお前らとそいつの面倒は俺が見るように言われてよぉ。本当だったらそいつも俺のクラスに来るはずだったんだが、定員なり分散なりいろいろあって違うクラスになっちまって、仕方ないからそこの担任に世話を任せたんだがどうもクラスに馴染めていないようでな。俺のところに報告があったってわけよ」
他のクラスに俺らと同じような立場のやつがいるということは承知はしていたが7組にいたのか。まぁそれはどうでもいい。引っ掛かったことは別にある。
「先生って俺らの世話係だったんすか?」
「上からのお達しと過去の経歴からってところだな」
上からのお達しならば致し方ないのか。先生の過去の経歴については気になるが、どうせ今それを聞いても話し逸らすなって一蹴されるだろうから聞かないでおく。機会は別にあると思うし。ということでそれはひとまず置いといて、その他疑問に思うところはまだ多くある。
「先生、報告した人って生徒なんですか?」
佐藤が聞いた。俺も同じことを考えた。その生徒のことは担任に任せているだろうからその話は普通担任のほうに行く。当然担任もそれを解決しようと動くはずだが、大きな問題じゃないならそのクラス内で解決されるべきであって、わざわざ他のクラスに話を持っていくようなことはしない。関係する機会と言って思い浮かぶのは職員会議で議題に挙がってもう解決済みですって報告されるときくらいか。
しかし今回に関してはうちの担任、さらには俺たちも巻き込んでいる。これはそんなに簡単な問題じゃないということの表れであり、7組の担任に知られたくないということも暗に示している。そんな厄介なことなのか、面倒だ。
「そうだ、渡なら知っていると思うぞ」
「へ?」
渡が知っている生徒ということは去年同じクラスだったからか? だとしてもまだ納得いかない点がある。
コンコン、俺が考えていると丁度いいタイミングでドアをノックする音がした。
「入っていいぞ」
「失礼します。あ、奏、久しぶりだな! 高校入ってから一度も同じクラスじゃなかったから心配したよ」
そう言うと渡と「イェイ!」と言ってハイタッチした。誰だ? 全くわからん。初見、いや、見えないから初耳か。
「あれ? ひながいない。ひなー」
「雛はここです!」
「わぁ、ちっちゃい、かわいー」
「ちっちゃい言わないでください!」
また知らない声の人物が入ってきた。一条が途中会話に入っていたがそれだけじゃ全くわからん。
「はいそれじゃあお互いに自己紹介」
「どうも、奏の幼馴染の
「幼馴染! 負けた・・・」
「何言ってんだお前」
幼馴染なのかそうじゃないかで何の勝ち負けが決まるのか? うーん、わからん。やっぱ一条は馬鹿だ。改めて認識したわ。
プラス本田は話し方に特徴がある。文だけ見せられれば男と間違えられかねない。別に悪口言っているわけじゃないからね。良い意味でだから。
「雛は
そんなこと言われてもわからないのだがさっきの一条の会話と名前から推測するに、低身長と言ったところか。それがどれくらいなのか気になるが聞くのもなんかなぁ。特徴というよりもコンプレックスと言った方が正しいんじゃないかとさえ思えてくる。
「じゃあ次私! 一条心愛です!」
「僕は佐藤健介です。9組の委員長です」
「健介とは去年同じクラスだったな」
「確かに。でも日向さんもいたから一応ね」
どうやら本田と佐藤は去年同じクラスだったらしい。それはそれとして、ものすごく引っ掛かった点がある。
「ねぇねぇ二人ってもしかして―――」
「そんなんじゃないって。本田さんは誰に対しても苗字じゃなくて名前で呼んでいるんだよ」
「小さいときからずっとそうしてきたから今更変えようとしても無理だな」
そんなやついるのかよ。探せばいると思うが圧倒的少数の立場だろ。事実俺が生きてきた中では初めてだ。
「へぇー」
一条の声のトーンが直前と比べて何段階か下がっていた。恋バナを期待していたのだろう、残念。そもそもこの場でカップルです宣言するやつの気が知れん。まぁでもおかげで俺の疑問も晴れた。本田は相当な変わり者っと。これも悪口じゃないからね。良い意味でだから。
「俺は瀬戸慎。ここにいる光ちゃんの幼馴染で世話役と言ったところか」
「そんで俺が光ちゃんこと矢島光輝だ。目が見えねぇ」
「やっぱり」
「なんでわかったんだ?」
「光輝のことは去年から見ていた。杖ついて歩いている姿が目立っていたから」
「それはどうも」
自分への皮肉を込めて返したが、親以外に『光輝』って言われるのはなんだかすごくむず痒い。慣れる必要がありそうだ。
〝渡奏です。耳が聞こえません〟
最後に渡が携帯の画面で自己紹介を終えた。これで一通り終わりか。
「それじゃあ最後に先生の自己紹介といこうか」
「それは結構です」
張り切って言おうとしていた先生の声を佐藤が途中で遮った。よくやった!
「先生。本田さんと日向さんが証言者ですか?」
さらに慎が先生に質問する。いい気味だ。これで先生の流れに乗せられずに済む。
「ちっ。そうそう。二人が証言者だ」
「今舌打ちしませんでした?」
一条がこう言うけどもう俺たちに聞こえるレベルで舌打ちしていた。
「じゃあ内容を改めて説明してもらえるか」
「はい」
本田、日向が揃ってこう言い返し、しばしの静寂が流れる。どれから話すか考えているようだ。
「まず最初に聞きたいことがある。内容がどんなものでも私たちを助けてくれるのかについて―――」
「もちろん!」
「ああ」
本田の問いに対して一条、慎がそれぞれ答える。ここで俺だけ否定するのも変な話だろう。最も俺にできることなんてタカが知れているが。
「他の人も?」
とりあえず頷いておく。佐藤や渡も同意したようだ。
「じゃあ全員の賛同を得たところで・・・、話そう」
本田の声が真剣になった。どうやら本題に入るようだ。他の人も静かにしている。
「私たちのクラスにある生徒がいる。その生徒は奏、光輝と同じ障がい者で名前は葵、
入学の時点で自分以外にも障がいを持つ生徒がいることは知っていた。でもそれが誰でどんな障がいなのかについては知ろうとしなかった。だからこのクラスになるまで渡の存在も今挙がった更科の存在も知らなかった。これで三人目だ。
冒頭で挙げたがこの高校では毎年障がい者枠として一学年に4人程度障がい者がいる。だから俺や渡以外にもいるとは思っていた。
今回早川先生に話がいっている、そして俺たちにも参加するよう言った時点で障がい者絡みなのではないかということは頭の片隅にあった。それが本田に言われて現実になった。
本田の話の切り出し方、俺の過去の経験則からしてだいたいわかる。決して良い話ではない。
「雛は一年の時から一緒のクラスだった。だから葵の友達だった」
「だった?」
佐藤が疑問点を投げかけた。俺も同じところが引っ掛かった。現在進行形じゃないことに。
「はい、雛は友達でした。二年になってからもです。いいえ、そのつもりでした。ですが―――」
日向の声が徐々に弱くなっていった。それに代わるように
「突然葵は学校に来なくなった」
「突然?」
一条が二人に問う。そうだ、突然来なくなるということはそれ相応の理由があるはずだ。
「ああ、突然。先週の水曜から」
水曜から? ちょっと待てよ。
「なぁ、それってそんなに問題か?」
確かに問題ではあるのだろうが今日は月曜日、学校に来ていないのは今日も入れて4日。土日を挟むと6日。相当な風邪を拗らせて休んでいる線も考えられる。春の季節は天気が変わりやすい、寒暖差が激しいから風邪ひいても不思議じゃない。別の可能性では通院とか? 半身不随レベルなら定期的に通院する必要があるだろう。だとするならそんなに大事ではないのではないか? 別に俺たちを呼ぶほどのことでもない。
「問題じゃなかったらお前らを呼んでいない」
答えたのは本田でも日向でもなく先生だった。
「7組の担任から聞いたんだ。更科が休んでいる理由、・・・鬱の可能性がある」
「本当ですか?」
「ああ、更科の親から電話で聞いた」
それなら本当なのだろう。しかし鬱と聞いたはいいもののいまいちピンとこない。それは俺だけじゃなく
「先生、鬱ってどんな感じなんですか?」
一条が先生に問う。
「鬱ってのは精神疾患でストレスが原因で起きるものだ。何でもかんでもネガティブに考えちまう人のことだな。例えば自分が生きている意味がないんじゃないか、自分は何もできない、そんな風に鬱の人は考えちまう」
ネガティブ思考の極まった人って捉えればいいのか。だとしたら俺も思い当たる節がある。もしかしたらそれを知ってて俺たちを呼んだのか?
「きっかけは様々だ。ストレスが積もり積もってなる人もいるし、過度なストレスを一度に浴びてなる人もいる。いずれにしろ、鬱になった以上はしばらく学校に出られない」
「先生やけに詳しいんですね」
確かに慎の言う通りだ。普通先生の立場にある人がこんなことまで知っていようはずがない。
「ああ、こういうのには慣れているからな、あー、言い方悪かったな。本当は慣れたくなかったんだがなぁ」
「先生は昔何してたんですか?」
「障がい者施設で介護士として働いて、そのあと心理カウンセラーとして窓口対応をして、教員になってって感じだ」
「マジっすか⁉」
「何で驚くんだよ」
「とてもそうは見えねぇ」
「矢島に俺の姿は見えねぇだろ。まぁだから俺に話が回ってきたってわけだ。ついでに言うと俺のクラスに障がい者を集めるって話が出たのもそれが理由な」
先生に関する疑問がすべて晴れた。今回のことといい、クラス分けのことといい、先生の経験を買ってのことだったのか。とてもそうは思えない。多分見えていても印象は同じだった。
「話が逸れたな。それで俺が頼まれたのは更科がそうなった理由を分析してくれとのことだ」
「それで何で僕らを?」
本来であれば先生一人で解決するべき案件、いや、7組と当事者で解決することのはずだ。俺たちが出てきた理由がわからない。繋がりがあるとすれば、日向とは一年の頃から一緒で友達繋がりの本田とその幼馴染の渡。あとは渡、更科、俺が障がい者であることくらいだ。
「障がい者としての意見を聞かせてほしい。あまり気分がいいものではないけどな」
「・・・まぁそういうことなら」
俺はとりあえず賛成することにする。渡はどうかと思ったがどうやら賛同してくれたようだ。
「よし、こいつらの協力は保証された。じゃあ本田と日向、水曜日以降のお前らのアクションを教えてくれるか?」
協力と言っても大したことは出来ないと思うが、やれるだけのことはやってやることにしよう。乗りかかった船だ。それにこのまま何もせずに終わったら後味悪くてしょうがない。
「はい。水曜日葵が休んだので私と雛はラインをしました。でも返信がすぐに来なかったんです。そこで私は嫌な感じがしました。それが現実となったのは今日担任の先生の宣告でした。治療のためしばらく休むっていう」
「他のみんなは脚の治療だと思っていました。ですが違いました。午前中葵さんからラインが送られてきました。ただ一言『ごめんなさい』って。雛はそれを見て驚きました。同時にどうして? とも思いました。葵さんは何も悪いことをしていないのに。雛は何があったのかについて聞いたのですがそれ以降返信が来ていません。ですので担任の先生に葵さんのことを聞きました」
「でも先生は話せないの一点張りだった。守秘義務があるとか。でもそんなんで私たちが納得するわけがない。だから先生に詰め寄りました。そしたら早川先生に相談してからにしてと言われて」
「そんでその相談を受けた俺が7組担任の首をひっ捕らえていろいろ聞きだしたのよ。あいつ堅物だからなぁ、苦労したぜ。結果、判明したのはさっき言った通りだったってことだ」
なんだろうか? その情景がはっきりと頭に思い浮かぶ。そして慎も多分同じことを思っているに違いない。俺たちは過去に似たような経験をしている。それも当事者としてだ。
「一連の説明はこんな感じだ。そんでここからが本題な。原因を突き止めろって言われたからにはそうしなきゃならない。でも俺一人でできることには限度がある。過去の経歴があるにしても俺はあいつの担任じゃないし立場も違う。そこでだ、本田と日向には更科のクラスでの様子、外での様子、一年の時の様子を教えてほしい」
原因を突き止める上でまず疑われるのはクラスの様子だ。どんな感じだったのか聞くのは当然。それについては7組担任に聞くのもいい。でもより身近に接している生徒から聞く方が一番手っ取り早くて信ぴょう性がある。仮にいじめなんかが起きていたらそれは普通先生のいないところで起きている。先生に聞いても無駄だ。これは実際体験しているからよくわかる。
「葵さんはみんなに慕われていました。勉強もよく出来て車いすでありながら体育の授業にも参加していました。とても積極的な感じで周りの印象もすごく良かったです。雛も葵さんといるのがすごく楽しかったです」
そうなのか。一年の時から一緒にいた日向が言うんだ。そうなのだろう。ただこれは表向きの印象に過ぎない。裏でどうかを見ないことには確信が持てない。
「クラスが変わってからは?」
慎が尋ねる。
「変わってからもそうでした。一年で一緒だった人たちがいてくれましたし、クラス内でもみんな葵さんを助けていました。咲彩さんも」
「ああ。私とはすぐに打ち解けて気軽に話してくれていた。特段何かを抱えているようには見えなかったな」
「休む前日。火曜日はどうだった?」
「別に変わった様子はなかったな。あとは・・・」
「そういえば雛見ました。葵さんが一人でいるとき何か悩んでいるような表情をしていました。その後の休み時間で何かあったのか聞いたのですけれど『何でもない』と言われてしまったのでそれ以上聞くことができませんでした。あの時もっと強く言っていればよかったです」
「今までの話を聞く感じだといじめの線はなさそうだな、じゃあ何でか? ってところについては悩みどころだけどな」
みんなの話を静かに聞いていたがやはりいじめではないのか。それだけでもわずかだが安堵した。仮にそうだとしたら明日辺り道場破りのごとく7組に殴り込みに行っていたかもしれない。
「さてと。それじゃあ話を聞いた一条、佐藤、瀬戸の意見を聞かせてもらえるか」
ここで先生が俺と渡を抜いた理由は大体想像がつく。
「いじめはないんですよね。うーん」
一条が頭を抱えている様子が浮かぶ。だがそれ以前に
「あ、矢島君! もしかして私話わかってないんじゃとか思ったでしょ!」
「なんでわかった?」
「顔でわかる、っていうか話わかってるし!」
わかっているならいいが、これ以上何か言うと腹パンされそうなのでやめておく。不意打ちの腹パンほど痛いものはない。
「完全にない―――とまでは言えませんよね」
そうだ。わかったのは表では起きていないということだけ。話に無かった見えないところに関しては当然何もわかっていない。特にいじめに関しては表面化する方が少ない。ほとんどは見えない裏のところで起きている。SNSが普及した今ではそれが顕著だ。
「確かに佐藤の言う通りだ。俺たちが取り締まれるのはごく一部に過ぎない。しかも、それについても生徒からのタレコミがほとんどだ。当然その線も一つとしてある」
「更科さん本人から聞くわけにはいかないんですか?」
慎の言う通りそれができればここまで話が膨らむことはない。でも
「こういう時は本人の意思を尊重した方がいい。こっちから行くと返って話しづらくさせちまうこともあるしな」
言い方が悪いが、今回のことが単にいじめによる不登校だったらそれでよかった。でも鬱ならばそれは悪手だ。鬱は精神疾患と言っていた。ならば先生の言う通り本人に話す意思が芽生えるまで待つほうがいい。
「俺たちに出来ることは待つこと、帰ってくる場所を準備することくらいだ」
先生の言ったことにはすごく聞き覚えがあった。同時に考えた。原因が違うにしても共通する部分があるというのなら俺の、俺たちのやった方法で何とかならないか。
「それじゃあ次、同じ障がい者という立場から見て矢島、渡はどう思う?」
「言い方悪いっすよ。訂正を求めます」
「・・・じゃあ矢島、渡はどう思う?」
俺の言っていることをわかったのか先生はさっきの発言の一部を取り消して言い直した。そうであってほしい。単に端折っただけという線も考えられるが何もしないよりマシだ。そう
「今のが答えです」
「え?」
声をあげたのは一条だけだったが、おそらく他のやつも同じ印象を抱いているだろう。
「どういうことですか?」
続いて日向も尋ねる。俺がもし先生という立場だったらそれを考えろと言いたいところだがわからないのも無理ない。俺とお前らは違うんだから。
〝私たちからすると『障がい者』という言葉はあまり響きのいいものではないです〟
渡の打ったことを日向が代読する。どうやら渡はわかっているみたいだ。もしかしたら渡も―――、いや、それを考えるのはやめておこう。
「そうなのか?」
本田が尋ねる。言い方は悪いが健常者にはわかり得ないことだ。仕方がない。
「ああ、俺たちは『障がい者』ってだけで少なからずダメージを受けるもんだ。俺はもう慣れたが、でも他のやつは違う。例えば今まで言っていたことについて、お前らは俺と渡を『障がい者』という括りで分けて考えていたな。もしこれがグループ分けでたまたまなったのなら文句は言わねぇよ。でも『障がい者だから』って理由で分けられたのならそこで俺たちは『周りとは違う』っていう思い、もっと言えば『劣等感』を抱く。そしてそれは今回のことに限らねぇ。俺たちは日々の生活で周りのやつに助けられる場面が多くある。その時々の場面で俺たちは毎回『申し訳なさ』や『違い』『劣等感』を少なからず抱く。中にはそんなの気にしないやつだったり、もともとそんな感情を持たないなんてやつもいる。だが少なくとも俺はそうだ。更科ももしかしたらそうなのかもしれねぇ。確か鬱ってのはストレスの蓄積でなるって話だろ? だったらそういう『劣等感』や『申し訳なさ』『自分は他と違う』って感情がストレスになって蓄積してなったって線も考えられるってもんだ」
長々と俺が言ったことに対して全員が反論出来ずにいた。要するに日々のそういう何気ない手助けが返って傷つける原因にもなりうるってことだ。俺がそうだったように。
「矢島君。もしかして―――」
「あるなしで言えばあった。ただ今は話したくねぇ。時機が来たら話す」
「そうか・・・」
俺があんなこと言えばそういう反応をしてくると思っていた。ただ今話すべきではない。今やるべきは別にある。そもそもあれはどちらかというと黒歴史に分類される。そんなもの話したくもない。俺が言ったことをどうやら佐藤も理解してくれたようで俺にこれ以上話すよう促すことはなかった。
「知ってはいたけど、知らなかったなぁ」
慎がそう言う。この中では先生に次いで俺の言っていることがわかっているはずだ。『知ってはいた』というのは俺や渡を介して客観的に知っていたというだけで当事者ではない以上、そのつらさなんてものは知らなくても無理はない。出来れば知ってほしくないというのが俺の本音だが、慎は俺と過ごす中で何度も知りたいと言ってきた。だから教えてやった。でも聞くのと経験するのとでは訳が違う。百聞は一見に如かずであり百見は一行に如かずなのだ。パッと思いついた言葉だが非常にしっくりくる。
「矢島はこう言っているが渡はどうだ?」
そう、これはあくまで俺個人の意見に過ぎない。渡に聞いてみないことにはわからない。人によって意見が違うこともある。
〝基本的には矢島君の意見に賛成です。ですが誤解しないでいただきたいのは何も助けないでほしいわけではありません。私も矢島君も皆さんの助けが必要です。更科さんもそのはずです。だから、助けましょう〟
渡は俺の意見に賛成したうえで自分はどうするかを簡潔にまとめていた。そしてそんな渡にみんなが賛同する形でこの話はまとまった。
「どうするか決まったところでとりあえず課題は一つクリアだ。でもそれを行動に移せなきゃ意味がない。まだやることはたくさんある」
確かに、今行っているのは話し合いで、これを解決するには何かしらの行動を起こさなければならない。だからと言って具体的な行動がとれるかと言われたら正直言って今は難しい。俺たちと更科の間にはあまりにも距離がありすぎる。物理的にも、精神的にも。それを埋めようにも向こうが拒否すればそれはどんどん開いていく。さてどうしたものか。
少しの静寂が流れた後、聞こえてきたのは誰の話声でもない。チャイムの音だった。
「え?」
慎と一条さらには日向まで同じ反応をしていた。どうやら話すぎてしまったらしい。このチャイムは下校時間を知らせるものだ。
「もうこんな時間か。はいじゃあ今日は解散! 俺もやれるだけのことはやるがよろしく頼んだぞ」
先生はそう言ってこの部屋を出るよう急かしてくる。俺たちは先生に背中を押されながら部屋の外に出た。部屋の鍵を掛ける音がして
「じゃあな。帰り寄り道すんなよ」
そう言って先生は廊下を歩いて行ってしまった。
「・・・行っちゃった」
「そうだな」
一条、本田が言う。
「で、どうするよ?」
「帰るだろ」
「まぁそうだな、もう下校時間だし」
そう言って慎は廊下を歩き出す。他の人もつられて歩き出す。そういえば
「慎、お前部活どうすんだよ」
「明日先生に謝るよ。別にサボってたわけじゃないから許してくれるでしょ」
「ねぇ、この話の続きどうしよう」
どうしようって言われてもな。でも一条の言う通りこのまま終わらせるわけにはいかない。どこかの段階でまた集まる必要があるな。
「みんな、暇な日っていつかな?」
俺が言うより先に佐藤が言った。まぁ誰が言っても変わんないからいいか。別に悔しくはない、いやほんとだから。
「私はいつでもオッケーだよ」
「俺は木曜、日曜くらいだな」
「私も慎と同じだ」
「雛は金曜日、土曜日、日曜日なら大丈夫です」
「俺は言うまでもねぇだろ」
〝私も放課後はいつでも大丈夫です〟
みんな口々に言っていく。今思ったが字面だけではっきり誰かわかるレベルの返しの違いだ。
「空いてそうなのは日曜日だけど・・・集まれる?」
全員がまた口々に賛成の言葉を挙げたかに聞こえた。
「待って。それじゃ遅い」
「遅い?」
反論したのは本田だった。そういえば今まで期限についての話が全く無かったがここにきて唐突に出てきた。今度の日曜じゃ『遅い』、本当に『遅い』で合っているのか?
「『遅すぎる』じゃねぇのか?」
思ったことをそのまま聞くと
「そこまではいかない。ただ遅いことに変わりはない」
これで大体見当がついた。いつまでを期限としているのか。それは
「球技大会か」
「ああ」
やっぱりそうだ。球技大会があるのは月末、そしてゴールデンウィーク前日だ。期限をそこに設けているのなら、更科を球技大会に出場させるという意図があるのはすぐに予想がつく。あとは先生が最初に今日の体育のことを蒸し返していたがそれも関係していると言っていた。これで確定だ。確かに、そうなると日曜じゃ遅いな。このことについては俺だけじゃなく他の人も理解出来たようで
「確かにそれだと厳しいね。日向さんには悪いけど木曜日また集まるってことでいいかな?」
「いえ、予定を消そうと思えば消せるので雛も木曜日は大丈夫です」
「予定を消せる?」
「はい、その日は部活なのですが自由参加なので行かなくても大丈夫です」
自由参加の部活なんてあったか? と俺が疑問に思ったが
「雛ちゃんって何の部活に入ってるの?」
「茶道部です」
「茶道部!」
一条が跳び上がったのが見えなくてもわかる。勝手な想像だが一条は多分茶道部=お茶飲めてお菓子食べられる部活としか思っていないだろう。だから跳び上がったに違いない。それ茶道部って言わないだろ。
「へぇ、じゃあ本田さんは?」
日向に聞いたんだから本田にも聞くべきだ、そんな気配りをしながら慎が問う。
「テニスだ」
「なんですと⁉」
一条が驚いている。別に驚くほどのことか? もしかしたら日が暮れて早くも深夜テンションになってるのかもしれん。こういう時は早く帰るに限る。素がハイテンションなやつの深夜テンションは本当に底が知れない。
「それじゃあ木曜日どこに集まろうか?」
佐藤が話を戻す。日程が決まっても場所指定しなければ集まれないしな。よく深夜テンションに呑まれなかったな。
「それならとっておきの場所があるよ」
慎が答える。とっておきの場所? 学校にそんな場所あったか? ん? ちょっと待て。とっておきの場所、木曜日、放課後・・・
「おいまさか・・・」
「お世話になります!」
慎、一条が声をあげる。冗談じゃねぇ。このメンバー全員来るのかよ。
「うちは溜まり場じゃねぇって前言わなかったか?」
「いや、どっちにしても木曜日は行くってなってるし、人増えるだけだからオーケー!」
「そうそう!」
慎、一条が畳みかけてきた。もういいや、反論しても押しかけてくるだろうし。
「本当にいいの?」
「もう勝手にしてくれ」
言葉が投げやりになってしまう。何言っても無駄だから当然そうなっても仕方がない。
「じゃあよろしく」
佐藤に肩を叩かれる。それと同時に大きなため息が出た。
こんな会話をしているうちにいつの間にか校門まで行っていた。
「最後にラインの交換をしようか。今後の連絡手段として必要だしね」
佐藤の提案でここにいる全員でラインの交換を行った。連絡手段って言っても学校で会うのだから別にいらないだろうに。それ以前に俺携帯の画面見えないし。
このやり取りを最後に俺たちは解散して帰路につく。一人になった後、なんだか自分がものすごく疲れていることに気づいた。振り返ってみれば今日は体育の授業に参加して身体的に疲れ、放課後に話し合いで束縛され精神的に疲れ、もう疲労困憊だった。よくよく考えてみれば今日月曜日じゃん。それに気づいて今日一の大きなため息が出た。この先金曜日まで持つ気がしない。どうなっちゃうんだろ、いろいろと。
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