普通= - 8日目 -
今日は体育の時間がある。答え合わせの時だ、といってもまだ答えは出せていないが。いつも通り保健室に行き慎に「じゃあまた後でな」と言われる。それに本渡先生は「頑張ってね」と声をかけると慎は保健室を後にする。
「さてと、宿題のほうはどう?」
やっぱり先生もそれについて聞いてきた。まぁ正直に言うしかない。
「まだ答えは出ていません。というか完全に迷宮入りって感じです」
「そう・・・、じゃあ矢島君の今の考えを聞かせてちょうだい」
さて、何をどう話したらいいものか。自分自身整理がついていないのにそれを話すとなると、どう切り出していいかわからない。
「一応確認のために聞きますが、先生の出した宿題って俺が『普通』に生きるためにはどうしたらいいかってことを考えてくればいいんですよね?」
「そうよ」
短く本渡先生が答える。「長くなりますけど」と一拍置いてから俺は自分の考え、ほかから聞いた意見をもとに言っていくことにする。
「まず先生は俺が『普通』に生きるためには悲観的にとらえずに協調性を大事にしろと言いました。それは分かります、自覚してますから」
これだけ考えるのなら恐らくそう時間はかからなかった。迷宮入りすることもなかった。
「ですが・・・、同じクラスに一条ってやつがいるんですけど、そいつは『普通』じゃない俺のことをみんなに知ってほしいって言ったんです。『普通』に生きたいって言ってた俺の考えや、協調性を大事にするって言ってた先生の考えと逆なんですよ」
『普通』に生きたい俺に対して、『普通』じゃない俺であってほしいという一条。矛盾が生まれたことで俺は分からなくなった。
「確かに、それをみんなに知ってもらったうえで『普通』に生きる方法を考えること自体は可能です。けど、その時点で俺は『普通』じゃないってことを大っぴらにしてしまっているので『普通』に生きるなんてことははっきり言って無理です」
俺だけじゃない。渡もそうだ。
「『普通』じゃない自分を自覚してしまった渡はそれを隠すように生きています。俺もそうです。『普通』じゃない以上『普通』に生きるのは無理なんですよ」
無理、不可能。近づけることはできてもみんなと同じには生きられない。
「このことを母親にも言いました。そしたら『普通』に生きるには精一杯楽しみ、後悔しない選択をすることが大事と言われました。人生楽しむんだったらそれでいいです。でもそれはプラスに振れすぎている。しかもそれは理想論でしかないです」
言葉で言うのは簡単だが、それを行動に移すことは難しい。誰だってそうだ。それこそ、理想論を現実論にするなんてのは不可能に等しい。
「そこまで言っておきながら、結局『普通』かどうかはそんなに重要じゃない、楽しめればいいって言われました」
母親らしいといえばそうなのだが楽観的と言えばいいのか・・・、大雑把(おおざっぱ)と言えばいいのか・・・。
「そんなこんなで、『普通』に生きるにはどうすればいいのかは、今もわからずじまいです」
ことの顛末(てんまつ)はこれくらいだが、それを本渡先生は口をはさむことなく静かに聞いていた。そして俺の話が一通り終わると本渡先生が口を開く。
「はぁ、いい? 矢島君、あなたは深く考えすぎよ」
ため息とともに本渡先生にいきなり怒られた。宿題を出してきたのだから考えるのは当然だ。その結果、今も答えが得られずにいる。努力したのに怒られた。
「『普通』に生きるにはどうすればいいかよね。答えは簡単よ。『青春を謳歌(おうか)する!』」
その答えにあっけに取られた。『青春を謳歌する』意味合いとしては母親が言ったことに近いか。それならそれでわからないことがある。
「それって『普通』ですかね?」
「そうよ、高校生は青春なんだから。それに・・・」
「それに?」
「あなたは『普通』っていう言葉に囚われすぎなのよ。『普通』じゃなくて何が悪いの? 違って当然よ。だから周りに合わせる必要もそれを隠す必要もないじゃない」
これは一条と母親が言っていたことだ。確かに『普通』という単語にとらわれすぎていたのかもしれない。だがまだ疑問は残る。
「周りに合わせる必要がないのなら先生が言ってた協調性の部分はどうするんですか?」
「あなたが周りに合わせるんじゃなくて、周りがあなたに合わせるようにすればいいのよ」
それは協調性とは違う。単なる強要だ。
「それは協調性ではないのでは?」
「あなたは周りが見えていないからわからないでしょうけど、周りも周りであなたのために何かできることはないかって考えているのよ。なのにあなたは拒絶しているのよ。周りがしたくてしていることをあなたが拒絶すれば、確かにそれは協調じゃない。もっと周りを受け入れてもいいんじゃないかしら?」
確かに自他ともに受け入れれば協調性の部分は解決するかもしれない。だが人間関係はそんなに単純ではない。
「受け入れられれば苦労しないですよ、こんな、『普通』じゃない俺を」
「ねぇ、私から聞いてもいい? 矢島君、前に何かあったの?」
「そんなこと聞いてどうするんですか?」
「仮に前何かあったのだとしたら、それが周りを受け入れていることへの妨げになってるんじゃないかと思ったのよ」
何もない、何もない、何もなかった、何も考えたくない・・・思い出したくない、考えたくない。
「・・・何もなかったですよ」
「・・・そう」
しばらく沈黙が続く。どれほど続いただろうか? 時間としては大した長さではないはずだ。しかしこの時の沈黙はものすごく長く感じた。
突然その沈黙を破るようにチャイムが鳴りだした。
「先生、ありがとうございます」
答えを示してくれたこと、俺にこの問いを出してくれたことは素直に感謝しているので、俺は本渡先生にお礼を告げる。そのお礼に対して本渡先生はどんな表情をしていたのかはわからない、見えないから。それに続く言葉で推察するしかない。
「矢島君、答えは示したからね。あとはあなたがそれを実践するかどうかよ」
「・・・わかりました」
俺がこういうと慎が来てともに保健室を後にする。
「なぁ光ちゃん、お前、本渡先生と何話してたんだ?」
「何でそんなこと聞くんだよ」
「いや、いつもより怖い顔してたから」
「おい、じゃあ俺いつも怖い顔してんのかよ」
「冗談だよ、言いたくなかったらそれでいいよ」
別に言っても構わないのだが、それは今じゃないと思う。少なくとも今の俺にその気はないから。
× × ×
保健室での本渡先生との話で得られた答えを要約すると・・・、『普通』に囚われすぎだ、周りが自分に合わせられる形の協調性、青春を謳歌する・・・、そしてこれが達成されるかは俺にかかっている。まぁそれは当然だ、俺の人生なんだから。一個一個考えてみるか。
『普通』に囚われすぎだといっても固定概念として、他人と比較してやはり自分は『普通』じゃないと無意識に思ってしまっている。おそらくこれも悪い癖なのだろうから矯正には時間がかかる。
周りが自分に合わせるというものは、俺が周りを信頼することによって成立するもの。信頼に足る人物は学校では今のところ慎しかいない。信頼できない限り、俺が自分から歩み寄ることは決してない。
青春を謳歌する、こんなのは前者二つが出来ないと出来るわけがない。
これが俺の得た結論。以上のことからこんなもの無理という判断に至った。無理だとしても、本渡先生にああ言われてしまっては、出来ないなりに出来ることをやらなければならない。こんなものは放り投げてしまえばそれですぐに終わる。しかしそれは俺が許さない。仮に俺が許したとしてもこの話を聞いた周り、今は本渡先生しかいないが周りが許さない。やると決めたらやれるだけのことはやる。その意気込みで退屈だった授業も嫌々受けるようになったのだ。だったらやるしかないだろう。
「なぁ光ちゃん、昼は持ってきてるか?」
「あ? ああ持ってきてるぞ」
「お前最近考え事してること多いよな。もしかして誰かに恋でもしたのか?」
「ちげぇよ」
昼と言われて今が昼時だったことを思い出した。いつもだったら俺の前の席に慎が座るのだが椅子の音が聞こえてこない。
「たまには場所変えて食べないか?」
「変えるってどこで?」
「『アトリウム』とかどう?」
『アトリウム』この高校の一階にあるちょっとしたステージみたいなところで場所としては昇降口の真下にある。
「まあいいが・・・」
「よーしそれじゃ行こう」
「ねぇねぇ、私たちも一緒にいい?」
俺と慎の間に割って入ったのは一条だ。そうなるだろうと思った。
「悪い、今日はちょっと」
ついてくるのだろうと思っていたが、あろうことか俺じゃなく慎が二人を拒んだ。
「男同士の話があるんでね」
「・・・もしかして、私たちに内緒で恋バナ?」
「そんなんじゃないよ、ちょっとしたことだよ」
今日はやたら恋やら青春やらの話が出てくるなと思っていたら、慎が「それじゃあと」言って俺の襟を掴み俺がバックする形で連れていく。
「うん、じゃあね」
一条の声が遠ざかっていくのを耳にしながら俺と慎は教室を後にした。
引っ張られながらアトリウムにたどり着くとそこには何人かの声がした。どうやらそこにいるのは俺たちだけではないようだ。
「で、何でここに来たんだ? 話ってなんだよ?」
わざわざここに来た理由が俺にはわからなかったので直球で質問をぶつける。それに対して慎は
「光ちゃん、悩み事があるんだろ。話せよ」
その声音はいつもの慎ではなく真剣なものだった。その声を聞いて本当にその声が慎のものだったのか疑うほどだ。ここまで慎が真剣になることはなかなかない。
「何もねぇよ、あったとしてもここじゃ話せねぇ」
「確かにそうか、ここじゃ周りの目もあるしな」
わかっていたはずだ。ここにいるのは俺たちだけではないことくらい。わかっていながら俺をここに呼び出した、そしてあの質問。おそらく、一条や渡に聞かれたくない、部活があるから放課後は聞けない、なるべく早くに聞き出したい。そんな理由で俺を今この時、この場所に呼び出したのだろう。だがここでは少ないにしても周りの目がある。それに慎に話す悩み事を現状持ち合わせていない。だからここでは話せない。
「それじゃあ気分転換に、昼でも食べるかぁ」
慎は笑って俺に催促した。でも内心笑っていないことは俺にもわかる。
「そうだな」
この時俺は思った。この選択は『後悔しない選択』だったのか? しかしここでその問いに答えることはできない。後悔するかしないかは、この後起こる未来の結果によって判断されるものだから。
慎との話はそのあとすぐに終わり、この続きは放課後ということになった。
「部活どうすんだよ」
「休むよ、こっちのほうが大事だから」
部活休んでまですることかと思ったが慎にとってはよほど大事なことらしい。俺も母親に今日遅くなるって連絡しとくか。
教室に戻ると
「あっ、おかえりー、どうだった? 恋バナ」
「だから恋バナじゃねぇよ」
一条の言うことに俺は軽く反論し席につく。一条は「あははっ」と笑うとそれ以上は聞いてこなかった。察してくれたのか? まぁ大した話をしていないので察してもらっても意味ないのだが。
× × ×
午後の授業が終わり放課後を迎える。
「よし! それじゃあ帰ろっか」
いつも通り一条が来て俺たちと帰ろうとする。そういえばいつの間にこっちがいつも通りになったんだ? 考えても仕方ないか、でも今回はいつも通りにはいかない。
「悪い、先帰ってくれ。俺は呼び出されるんでな」
「え? 先生に? まさか矢島君・・・」
「ちげーよ。何もしてねぇよ」
何か俺がなんかやらかしたみたいな雰囲気になったのでそれは『普通』に反論する。
「じゃあそこまで私たちついていくよ」
「いや、大丈夫だ。慎が連れて行ってくれるからな」
「まさか昼間の話って・・・」
「そこまでの道案内を慎に頼んだんだよ」
厳密には違うがそのほうが話の流れとしてはしっくりくるだろう。
「ねぇねぇ渡さん、この二人ったら私たちに隠れて変なことしようとしてるよ、こわーい」
「とんでもねぇ誤解だ!」
まったく冗談もほどほどにしてほしい。俺はいいとして、いやよくねぇよ、渡に冗談を言うとそれを信じてしまいかねない。変な噂広がったらどうしてくれるんだよ。印象もがた落ちじゃねぇか。
「それじゃ、私たちはお先にー、また明日」
「おう」
誤解をしっかり解いてくれよと内心願いながら、二人の足音が遠くなっていくのを聞いていた。二人が教室を後にした段階で慎がやってくる。
「それじゃあ話の続きといこうか」
「ああ」
アトリウムに向かって歩いていく最中、俺たちの周りには妙な緊張感があった。これは覚悟を決める必要があるかもしれない。話す覚悟、話し合いに臨む覚悟、アトリウムに行く覚悟、それらの覚悟が俺の中に渦巻いているのがよく分かった。そして、後悔しない選択をする。実践する時だ。
× × ×
アトリウムに辿り着いた。放課後だからか、校舎内は吹奏楽の音がこだましていた。これなら俺たちがここにいても会話の内容までは分からないだろう。時間は4時、ちょうど日が傾いてきている頃か。そんな中俺は目の前、慎と対峙する。
「改めて光ちゃん。悩み事があるんだろ、話せよ」
付け足されているが言葉、声音は昼間と何一つ変わらない。であるなら俺もこう答える。
「何もねぇよ、あったとしてもここじゃ話せねぇ」
昼間と何一つ変わらない、しかし慎がこんなのに納得がいくわけがなく
「嘘つくなよ、何もないわけないだろ」
慎の語調が徐々に強くなる。俺の態度に慎が怒っているのがよくわかる。俺だって慎を怒らせたくはない。だがそれでも話せないことだってある。
「・・・何もねぇよ」
俺の態度は一貫している。何も変わらない、話せない。
「俺はお前の友達じゃねぇのか!」
慎がいきなり俺の胸ぐらを掴んできた。相当怒っていることがわかる。
「友達だったら、悩み事の一つや二つ打ち明けたらどうだ! カッコつけて一人で全部しょい込むんじゃねぇよ! それとも何か? 俺とお前は、その程度の関係だったってことか!」
そんなんじゃない、俺は慎を友達だと思っている。今も、これからも、だから
「もう、俺は・・・、あんなことは、したくない」
俺だってそれはごめんだ。だから俺なりにできることをやっているつもりだ。
「見て見ぬ振りも、ただ茫然と突っ立ってることも・・・、俺はもう・・・したくねぇんだ」
あれはお前のせいじゃない、俺自身が招いた結果だ。
「だから・・・俺にもお前の悩みを共有させてくれよ」
俺が招いた結果だ。そのせいで今もこうして慎に頼ってばかりいる。何でもかんでも頼りっきりになるわけにはいかない。
「慎。これ以上、お前に迷惑はかけたくねぇ」
「迷惑だとォ、そんなの誰が思うか! 前に言ったはずだ! これは俺の好きでやってることだって!」
「それだって俺に対する気遣いなんだろ! だとしたらそんなのいらねぇ。俺のせいでお前の高校生活を無駄にしてほしくねぇ」
「お前は何もわかってねぇ!」
わかっていないのはどっちだ。
「いいか、俺がお前を介抱しているのは俺自身のためなんだよ。だから迷惑だなんて思っていないし、その言葉は気遣いでもなんでもない。俺の本心だ、そして戒めでもある。お前が迷惑をかけたくねぇって言って、それで俺の思いを無駄にするのか? 本末転倒じゃねぇか! 友達ってのは、俺っていう存在は、そんな薄っぺらいものだったのか⁉」
「違う、そんなんじゃ・・・」
「じゃあ何だって言うんだよ! 俺だけじゃない。一条さんや渡さん、他のクラスメイトもそうだ。お前は自分がかかわると迷惑だからって勝手に被害者ぶって距離を置くんだ。そんなこと思っているやつなんか俺たちのクラスにはいねぇ! いたとしたら俺がそいつの顔ぶん殴ってやる。俺は、お前のその被害者面が嫌いだ。昔はそんなんじゃなかった。目が見えないってことだけで、どうしてそうなったんだよ!」
「目が見えるお前にはわかんねぇよ!」
「だからそれを共有しようって言ってんじゃねぇか! それをしなかったら、俺たちはいつまでもわからないままだ。なんだっていい、どんなに些細なことでも、どんなにくだらないことでも。何でもかんでも、一人で溜め込むのなんかやめちまえよ!」
「・・・俺だってそうしてぇよ、だけど・・・頼れるやつが・・・」
「ここにいるじゃねぇか! 頼れる親友が!」
そうだ、目の前にいた。だけど俺は今までそれを見てこなかった。目が見えるかどうかは関係ない。目の前の親友の存在を俺は無意識に遠ざけていた。見ようとしてこなかった。壁を作っていたのは、俺自身だった。
「・・・悪かった。俺は今まで、何も見ようとしてこなかった。だけど・・・これからは・・・ちゃんと人を見るように努力する。目が見えなくても」
見えないからこそ人を見る努力をする。ここでいう『見る』は目で見るでもなく見極めるでもない。向き合う、そのための努力をする。前もそう意気込んだはずだ。まったく、言うだけでやらなければ意味がない。馬鹿か俺は、馬鹿だな。
「ようやくわかってくれたか、手間のかかるやつだ、三度目はないからな」
否定できない。俺は自分自身の殻を破るために慎にここまで言われたのだ。しかもこれが二回目。前回も同じようなことを同じような口調で言われていた。高校に入ってからというもの、慎とはクラスが違うという意味で距離があったため、知らぬ間に自分の悪い部分が出てきて常態化してしまっていた。手間がかかるでは済まされない、どうしようもない。
いや、高校に入ってからも直すチャンスはあった。チャンスがあったのに行動に移せなかったのは恐怖があったからか? それとも遠慮か? いずれにしろ、慎にこっぴどく説教されたおかげで人を頼ることへの恐怖、遠慮というのは吹き飛んだ。
恐怖、遠慮から被害者意識が生まれ、悲観的になり、協調性を欠いた生活を今まで送っていた。結果孤独になり・・・。今思うとよくそんな生活していたなと思えてくる。馬鹿馬鹿しい、こんなのは『普通』ではない。
今も俺の言う『普通』はどこにあるのかはわからない。『普通』というものは非常に曖昧な表現で、人によってその度合いは大きく変化する。だからそんな曖昧なものに執着するのはもうやめよう。『普通』でなくてもいい、特別でもいい。ただ楽しく後悔のないように生きられれば。だって、こんな俺を支えてくれる人がいるから。
「それじゃあ話を振り出しに戻すか。悩み事あるだろ、言えよ」
同じことを三回も聞いてきた。でもこれまでと明らかに声音が変わっていた。とてもやさしく聞こえた。だから俺もこう返す。
「何もねぇよ、もう解決した」
「ならよかった」
最初の頃とは周りの空気が大きく変わっていたのを肌で感じた。重い水の中から刺さるような感じになり、今は暖かくやわらかいものになっていた。それは今の天気がそうだからなのかはよくわからない。ただ、日が沈んだ今のほうが西日が差していたあの時よりもずっと暖かかった。
「帰るか、光ちゃん」
「そうだな、道案内頼むわ」
「りょーかい」
最初の頼み事は昇降口までの道案内。俺から頼んだのはずいぶん久しぶりだ。今までは相手が「これやるよ」と言ったことに対しての頼むだった。向こうから来るのを待っていた。自ら頼むなんてことはこの学校に入ってからはおそらくない。そうか、人にモノを頼むってこんなに簡単だったんだなぁ。
× × ×
母親の車を待って俺はその車に乗り込む。慎が「じゃあな」と言ったのを俺は「おう」と返して車は発進した。
「慎君久しぶりねぇ、最近は一条さんと渡さんだったから」
「ああ、そうだな」
「何? 光ちゃん、慎君と何かいいことでもあった?」
「ああ、そうだな」
「なになにー? 私にも教えなさいよぉ」
「ああ、そうだな」
「おーい、私の話聞いてるぅ?」
「ああ、そうだな」
「はぁ、まあいいわ、光ちゃんの満足そうな顔見たら大体わかるもの」
「ああ、そうだな」
慎は過去の自分の行いを悔いていた、戒めでもあると言っていた。俺が被害者意識を持っていると言っていたが、慎も事実そうだったのだろう。あれはおそらく自分に向けても言っていたのだ、ただ慎は加害者としてのほう。でも俺は慎を加害者だとは微塵も思っていない。だから明日あいつに言ってやろう。
『お前は加害者じゃない、だって俺は被害者じゃないから』
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