再会と出会い
再会と出会い - 1日目 -
明が
学校の説明はこのくらいにして、今日はクラス分けの日だ。1学年300人のクラス分けということでクラスの数は全部で10、1クラス30人となる。そんなわけで多くの生徒は自分のクラスはどこだここだと騒いでいる。でも盲目の俺にとっては耳障りでしかない。
学校につくや否や先生から次のクラスを告げられる。そしてそのクラスまで先生の誘導をもとに進んでいく。2年9組、このクラスが俺がこれから一年間暮らすことになるところらしい。クラスに入っても反応はやはりいつもと同じ。人間というものは第一印象でその人のおおよそを判断するというが俺はこいつらにどう映っただろうか。答えはもう出ている、“あいつやばい奴”。俺の思った通り、それは声となって出てくる。もうこういうことには慣れているので周りの声を気にすることなくとりあえず自席につく。
そして何も見えない目を瞑って机に突っ伏していることしばし、教室の喧騒の矛先が一気に変わったのを感じた。こっちに向かって足音が近づいてきて、やがてその足音は俺の隣で止まり、椅子を引いて座る音がした。さっき誘導した先生の話によると俺は窓側から一列内側の一番後ろ、どうやらそいつは一番窓側で一番後ろの席のようだ。そういうのを聞いてはいるが俺は机に突っ伏すのだけはやめなかった。どうせこいつもほかと同じだから話しても無駄だし。
× × ×
担任が来て席につけと促す。どうやら今年の担任は早川先生らしい。周りの反応を見るとこの先生はそこそこ評判のある先生のようだ。
「よーし、今日から新しいクラスだからなぁ。とりあえず自己紹介と・・・、あと趣味くらい話してもらうか。そんじゃ一番の人からよろしく」
こうして自己紹介が始まった。普通自己紹介と言えば生徒が名前と提示されたことを言うだけで一人にかかる時間はそんなに要さない。せいぜい一人30秒くらいが相場だ。でも今回は大きく違った。早川先生が自己紹介で言っていたことを板書していたのだ。たかが自己紹介ごときでだ。黒板にチョークが当たる音がカタカタ聞こえるから間違いない。一人自己紹介が終わると黒板消しで書いた字を消して拍手が聞こえ、次の人になると再び書き始める。これの繰り返しだ。どうやら自己紹介でこの一時間をつぶす気らしい。いったい何を考えている、この先生は。俺のためにやっていることなのか? いや、目が見えないことを知っているにもかかわらず板書している。ちっ、この先生は俺を馬鹿にしている。
「
一条心愛、どうやら人当たりのいいやつらしい。だが俺には全く関係ない。分け隔てなく話せる=遠回しに公開処刑されるということだ。「あんなやつと話すなよ」「わぁ心愛ちゃん優しい」って言われて公開処刑されるだけならまだいい、もう慣れている。一方でポイント稼ぎという側面もある。俺はこういうやつは心底嫌いだ、悪口陰口言うよりたちが悪い。要注意人物認定しよう。
要注意人物から間に何人か挟むことしばし
「
『瀬戸慎』この名前を聞いて驚いた。高校に入ってから、中学が同じってやつは何人かいたが小学校が同じってやつは一度も会っていなかった。しかも慎は俺にとってただ一人、友人と呼んで余りあるほどの人物だ。友人が親しくなると親友にグレードアップするらしいが、まさしく親友と呼べる人物がこのクラスに来た。そんな慎の言葉を聞いて張りつめていた警戒感、緊張感が一気に溶けていくのを自分でもわかるくらい感じた。
安堵が心を満たし、ほかの人の声が耳に入ってこないまま出番を迎えた。「よし、次は矢島、お前だぞ」と早川先生の催促を受けて俺は立ち上がる。
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後半に行くにつれて徐々に声に覇気がなくなっていくのを自分でも感じた。そんな自己紹介の後に続くのは大して大きくもない拍手。当然の結果だ、目が見えないと言われればどういう反応をすればいいのかわからなくなるのは自明の理だ。ただ一つ違っていたのは俺の隣、窓側の席のやつがひときわ大きく拍手をしていたことくらいだ。その拍手の音が俺にはひどく迷惑だった。思わず耳を塞ぎそうになるがそうしたところで拍手の音を完全に消すことは不可能なのでそのまま席についた。なんなんだ隣のやつは。馬鹿にするのもいい加減にしろ。
その後も自己紹介は続くが隣のやつの拍手は俺の時をピークにまた普通の拍手に戻ってしまった。いや、ほかの人の拍手に吸収されてしまったのほうが正しいかもしれない。
そして最後、そいつの自己紹介の時間だ。俺は自分を小馬鹿にしていたしていたやつは誰だと目が見えないのにそっちのほうに向く。しかしなかなか始まらない。その代わり聞こえてくるのは椅子を動かす音、前のほうへ歩く足音、チョークで字を書く音。チョークで書いている最中クラス内でどよめきが起きた。チョークで字を書く音が消えると次に聞こえたのはその人物の声。
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ではなく早川先生の声だった。拍手が鳴りやむと彼女、渡奏は自席に戻っていく。
驚いた、隣に座っていたやつが耳が聞こえない人だったから。こっちに向かう足音が大きくなる中、俺はただ下を向いていた。驚きの顔を表に出さないようにしながら。
「よーし、じゃあ最後に俺の自己紹介といこっか。俺は早川豊(はやかわゆたか)。趣味は・・・そうだなぁ・・・旅行かなぁ。性格は常に余裕を持てることか。まぁ何はともあれ一年間よろしく」
早川先生の自己紹介が終わったところで今日の授業が終わったかと思いきや話はまだ続く。
「このクラスには授業を受けることに苦労しているやつが何人かいるが、そこはみんなで助け合いながらな。はいじゃあ今日はこれで以上。あとはクラス内で親睦(しんぼく)でも深めてくれ。おっと、チャイム鳴るまでは教室出るなよ」
早川先生が教室を出て行くと、最初の騒がしい教室へと戻る。でも自己紹介前と明らかに変わっていることがある。そう、話の中心が渡になっていることだ。俺の隣に渡がいることもあり、その席の周りには多くの生徒、主に女子生徒が群がっている。今すぐここから離れたいのだが目が見えないので、そこから動くこともできずただただ居心地が悪い。嫌でも隣の会話を聞いていると不自然な点があった。周りの女子生徒の声が聞こえる中、渡の声だけが聞こえていなかったのだ。まぁ当然か、耳が聞こえないんだから。
そんな中こっちにやってくる足音がある。
「よぉ光ちゃん、ひっさしぶりー」
この声は慎だ。慎は俺の隣の空いている席に座る。
「久しぶりか・・・、中学卒業以来か」
「そんときからだなぁ、同じ高校に入ったはいいんだけどクラス違っちゃったからなぁ」
俺は慎が同じ高校に入ったことを知っていた。でも俺が話しかけなかったからか、それとも慎が避けていたからか、一年の時はほとんど接点がなかった。現に俺自身も自己紹介の時まで慎が同じ高校だったことを忘れていた。
「目のほうは大丈夫か?」
気遣いのつもりで言ってくれたようだが答えは変わらない。
「見てのとおりだ」
実際目が見えない分、自分が今どんな顔をしているのかは予測するしかない。多分諦めの表情が出ていることだろう。慎に今の自分の表情を聞いてもよかったが俺は聞かなかった。
「授業なら俺が助けてやるよ、ダチとしてな」
助けてくれるのは大変ありがたいことだ。しかし素直には喜べない。
「お前の授業だったり部活の足かせになるだろ。無理に付き合わなくてもいい」
こう言って遠回しに断ろうとするが慎は引き下がらない。
「いや、これは俺の意思だ。どうするかは俺の勝手だろ?」
はぁ、全く慎にはかなわない、今までは迷惑になるからと言い訳をつけて周りから遠ざかっていたが慎はお構いなしに入ってくる。親友とはこういうものなのだろうか?
「すまないな、手間かけさせて」
素直に謝ったが返ってきた言葉は予想と反していた。
「そこで言う言葉はそれじゃないと思うんだけどなぁ」
言われて理解した。人と話さないでいるとこんなにも会話が拙くなってしまうのか。
「ありがとよ。恩に着る」
「ジュース一本な」
「てめぇこの野郎、抜かりねぇな」
あぁ、こんな何気ない会話、いつぶりだろうか。胸にしみる、声が温かい。
俺は目が見えなくなってからというもの、自分から会話をしなくなった。これは生徒だけでなく家族に対しても同様だ。その結果、今の俺が生まれた。人と話さず、人当たりが悪く、誰にも心を開かない今の俺が。そう、自らこの姿を作り上げた。
その閉ざされていた心に一筋の光が差し込んだ瞬間だった。確かに目は見えない。だけど目が見えないからこそ、自分に差し込んだ光というものがとてもよく分かった。明るい、温かい、まるで早春の日差しのような光だった。
そんな会話に割って入ってきたやつがいた。
「二人とも仲いいねぇ。お友達?」
そいつは俺らが座っている席の前、ちょうど通路となっているところに立っている。
「そ、小学校からな、確か、一条さんだっけ?」
慎が答える。その返答次第では・・・。
「あったりー!」
これを聞いて表情が一気にこわばったのが自分でもわかった。要注意人物、一条心愛が目の前に現れたのだ。
「えーっと、瀬戸君と矢島君だよね?」
知っている風だったが一応確認の意味を込めて言ったようだ。それとも俺たちを試しているのかもしれない。
「俺が瀬戸な、でこっちが矢島」
慎の声のあと、俺は軽く頭を下げる。その時相手がどんな顔をしていたのか俺にはわからない。ただそれ以上に俺と慎の間に普通に割って入る一条が邪魔でしかなかった。
俺のもとへ来るのは相当な用がある人か先生しかいない。今の流れだと相当な用があるようにはとても思えないが一応聞いておくか。
「で、何の用だ?」
「いや、今日中にみんなと話せたらいいなぁって思って」
『話すことが大好き』これをアピールしていたが、俺を通すと耳障りな陽キャというイメージに変換される。確かに話すことは可能である。しかし相手の顔色をうかがえないという点ではこれは会話とは言えないだろう。ただ話しているだけだ。
「矢島君、もし何かあったら私も頼ってね」
初日で頼れるほど俺は一条に心を許していない。むしろ今の言葉でより一層警戒感が強まった。やはり要注意人物だ。
一条は「じゃあね」と言って俺たちから離れていった。そしてまた別のグループに話しかける。そうしてあいつはこのクラスでの信頼を勝ち取っていく。俺にはとてもじゃないができないことだ。確かにそこは素直に尊敬すべき点と言える。しかしそれはそれ、これはこれだ。彼女に対する思いは今も、そしてこれからも変わらないだろう。
彼女は要注意人物だ。心を許してはならない。
さらにほかのグループの会話と俺たちとの話を比較してみた結果、俺はこれとは別にある感情を抱いた。
あいつは俺たちをほかと違うやつとしてみている。
なぜかはわからない。恋心? 似た者同士? 優越感? 俺にはあいつの抱いている感情がいつになってもわからなかった。
そしてこのやり取りを隙間から見ていた渡も違和感を持っていたことを俺、慎はこの時気づかなかった。
× × ×
チャイムが鳴るのと同時に生徒が教室を出ていく。大半は部活にいく生徒で今ここに残っているのは俺と一部の生徒だけだ。一緒のクラスになったということもあり、慎は校門のところまで俺を送っていく運びとなった。ていうか慎が勝手にやると決めたと言ったほうが正しい。今までは一日の授業が終わると先生が迎えに来てくれることが多かった。先生が忙しいときは白い杖、白杖を突きながら帰宅部送迎担当に任命された生徒が俺を送っていた。俺からしてみれば先生も生徒も大した違いはない。いや、実際耳だけで先生か生徒かを判別するのは難しいだろう。俺もよっぽど印象にでも残らない限り、いちいち生徒と先生を区別することをあまりしてこなかった。送ってもらえれば誰でもよかったから。
だがこれからは違う。慎という親友が送迎をしてくれる。校門に行くまでに会話をすることができる、相手をしてくれる。さらには朝も校門で待っててくれるというから驚きだ。親友とはここまでしてくれるものなのか。それとも慎が人一倍優しいだけなのか。いずれにしろ俺の帰りの足取りは今までと違いとても軽かった。こんなに軽くなったのはいつ以来だろうか。足に羽が生えたようだ。
「じゃあ、またな」
「おう、また明日な」
別れの挨拶をして車に乗り込む。
「あの子、慎君よね。久しぶりに見たわぁ」
車の運転中に母親が話しかける。それに「ああ」と適当に相槌を打って窓に頬杖をつく。
いつもは夕刻の帰宅となるがこの日は午前中の帰宅、この日の空は多分明るかっただろう。
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