第11話 インターバル①

 私たちは撤収作業に取り掛かっていた。記録できるものは記録して、それ以外のものは元通りに片付けを行う。レイシュアはこれ以上の仮説の検証は後進に譲るようだ。というのも、それらの検証は時間を要する物が多く面倒だからというのが理由の大半らしい。美味しいところだけつまみ食いしたいとのことだ。

 拠点というのは小さな小屋をいくつかつなげたようなものなのだが、色々と便利な機能が備わっている。まず第一にこれらの小屋はそれぞれに足がついていて、自立して移動可能なのだ。さながら大きな蟹というか蜘蛛というか、そういった形状だ。遠方までの移動手段でもあり、車輪ではなく足なので多少の悪路もものともしない。

 そして特定の小屋にはそれぞれに役割があり、その一つは水の供給を担当している。今回調査地と拠点が離れていたのは調査地周辺の地下水の分布が良くなかったため少し離れた条件の良い土地を選んだからというのが大きな理由であった。拠点設置時には掘削して地下水を組み上げてくれて、撤収に際しては掘削した井戸をしっかりと埋め戻してくれるすぐれものだ。原理はよく理解していない。

 私が隅々まで調べさせてもらったカマキリさんたちは、まとめて拠点近くに埋葬した。食べてあげられなかったのが残念ではあるが、レイシュアはカマキリ料理を好まないし、量も多かったし・・・。止むなしである。

 そんなこんなで荷造りを終えて、レイシュアがメインジェネレーターを機動した。小屋たちはムクリと立ち上がり、隊列をなして後進を始める。


――――――


 走る小屋は颯爽と野山を超えていく。見た目に反してそれなりにスピードは出ている。正直に言えば飛んでいったほうが速いのだが、あえて陸路と海路の組み合わせで移動している。

 というのも、この世界の文明は複数回滅んでいるので現在の文明水準では飛行機は殆どの地域で空想の産物なのだ。先日少し触れた「P粒子シュードマター」の影響でかつて存在した電子機器文明は滅んでしまったため便利な電子制御は愚か単純な計算にも電卓は使えない状態である。しかしながら、「P粒子シュードマター」をうまく使えば所謂魔法に似た現象を作り出せてしまう。物珍しい飛行物体があれば何処からともなく対空砲火を受けるなんてことも割とあったりするのだ。

 陸路は障害物も多く、むやみに破壊するわけにも行かないこともあって速度はそれなりである。たかだか数百キロを移動するのに地形条件によっては数日かかる場合もある。それと引き換え海路は障害物もなく速度が出せる。多少大回りになってもまず海に出るのが近道というわけだ。

 なんだかんだで太平洋を突っ切って、目指すは日本列島―とかつて呼ばれた島国だ。



――――――



 季節は早春といったところだろうか。少し前までいた熱帯地方と違って少し肌寒さを感じる。遠方の調査から戻ったレイシュアとセアルチェラを一人の老齢な女性が出迎える。

「只今戻りました。マインテ学長。お出迎えありがとうございます」

 一足先に小屋を降りたセアルチェラはその女性―マインテにそう言って敬礼のようなポーズを取る。

「おかえりなさいセアルチェラ。遠方の調査、ご苦労さまでした。レイシュアもお疲れでしょう。まずはお茶でも飲んで一息入れましょう」

「そうだな。そうしよう。少しくたびれたよ」

 レイシュアも長旅にくたびれたようで、マインテの提案を受け入れる。近くに東屋のような場所があり、そこにお茶と簡単なお菓子が用意されていた。3人はそこへ移動して腰掛けた。

「なにか変わったことは?」

 お茶菓子に手を付けながらレイシュアは尋ねる。

「特には。冬も終わってこれから忙しくなりますが、この辺りは至って平和ですよ」

「そうか・・・。それはそれとして、私が興味を引くような話はあるかい?」

「それでしたら、いくつか・・・」

 レイシュアは向き直って真剣に耳を傾ける。


――――――


 ここは、学術都市と呼ばれている。都市と言っても周辺に比べて比較的人が多く済んでいるという程度で遥か太古の文明都市のそれと比べたらとんだ田舎扱いであろう。なぜ学術都市に人口が集中するかと言うと、この世界において知識とはすなわち力と同義であるからだ。「P粒子シュードマター」を操ることにより様々な事象を任意に生じさせることができるが、それらは物理法則にある程度拘束される。効率的かつ持続的な魔法的左様の利用にはそれに関する深い理解が必要となる。つまるところ知識・知見が豊富な場所は生活が豊かで便利になるというわけだ。

 知識が重宝される一方で、物質的な希少価値の多くは失われてしまった。例えば金やダイヤモンドに代表される希少金属・鉱物といったものは「P粒子シュードマター」で容易に複製・再現することが可能になってしまったため大幅に価値が低下した。紙幣や硬化などもただの紙や金属のままでは簡単に複製が可能なため特定のものを除いてほとんど利用されていない。かつてはこの「P粒子シュードマター」が存在しなかった時代があり高度な文明を維持していたようだ。しかしある時出現した「P粒子シュードマター」によってその世界の価値観は裏返り、それを機に最初の世界崩壊が起こったとされている。

 複数回の文明崩壊を経て失われた知識の収集・研鑽を目的として組織されたのがこの学術都市である。世界中に人脈を持ち分野を問わずありとあらゆる情報を集積している。ここの管理者として学長という地位を預かるマインテはレイシュアの古くからの知己であるらしく、しばしばここを訪れては興味の有りそうな情報がないか確認している。管理者としての職務も多忙であるだろうに、膨大な情報の中からレイシュアのために興味を引きそうなものを選別してくれている。マインテはそれを職務に含まれる当然の行いのように振る舞うが、セアルチェラにとっては少し疑問に思うこともあったようだ。

「ほう。それは興味深い。ぜひ行って確かめてみよう」

マインテが提示したいくつかの情報にレイシュアは食いつく。

「セアルチェラ、しばらくしたら準備を整えてまた出かけよう。ユラン大陸の西部の森林地帯に光の彷徨う森があるそうだ」

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悠久の探索者 国産野菜食べよう @surideae

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