第10話 赤く染まるカマキリ ⑩

 ほんの小一時間前まで、少し苦痛に感じていたのが嘘のようにセアルチェラは精力的に観察に取り組んでいる。というのも、観察結果が彼女の得た閃きからそれていないからである。

「随分と楽しそうだな」

 そこへお茶を片手にレイシュアが現れる。

「そうですね。自分の中の仮説が間違っていないであろうこと、パッと思い至った思考と結果がつながるとなんとも言えない高揚感がありますね」

 振り返ってそう言葉を返したセアルチェラはかなり興奮した様子だ。自分の予想と結果が一致することはそれほどに甘美なものでもあるのだ。特に壁にぶつかった難題であればそれはまた格別のものである。

「で、そろそろその仮説とやらを聞かせてくれまいか?」

 そう言われ、セアルチェラはまだ自分の考えをレイシュアに説明していなかったことに気がついた。

「失礼しました。では僭越ながら―――」

 そう言って彼女は自説を語り始めた。


――――――


 まずはじめに、カマキリが赤く染まる現象を引き起こしているのはそのカマキリを宿主として規制している5mm程度の扁平な寄生虫であると考えられます。

 そして、その生活史は鳥類とカマキリの間を往復するものと推察されます。カマキリが捕食されることで鳥類に移動し、その後排泄物等で鳥の体内から脱しおそらく何らかの中間的な宿主―鳥の糞を餌とする昆虫等が有力でしょうか―を経てカマキリに戻ると考えられます。

 カマキリの体内でおそらく幼体から成体へと成長します。そして同様に捕食されてカマキリ体内に侵入した異性の別個体と交尾し雌は卵を抱えた状態になると推察されます。その状態で雌カマキリの場合産卵、雄カマキリの場合は交尾を終えるとカマキリの体を赤く変化させてカマキリを操り取りに捕食されるよう仕向けていると思われます。

 これらは今までの検証結果と矛盾しません。赤く変色した個体からは卵を持った雌が必ず見つかり、染まっていない個体からは雄個体か卵を抱えていない雌個体のみが見つかっています。カマキリさんには申し訳ありませんが隅々までくまなく探したので間違いないかと思われます。


――――――

 

 セアルチェラの説明を聞いてレイシュアはうんうんと感心したように頷いた。

「素晴らしい。根気よく観察した結果だな」

 珍しく褒められてセアルチェラは得意げに胸を張った。

「となると、なぜこのような形に至ったのかがますます気になってくるな」

 そういってレイシュアは自分の仮説を話し始めた。


――――――


 このような形に落ち着いている現状を見るに、登場する演者は大きく分けて4つ。寄生虫、カマキリ、鳥類そして巨木だろう。それぞれを見ていこう。

 寄生虫にはその生活史を紡ぐためには卵もしくは幼体を広範囲にばらまき、カマキリの中で交配するということが必須だ。10に1つしかカマキリに寄生虫がいなければである確率は100に1つになるし、それが異性である確率は更に半分だ。実際どれくらいの割合でなら十分なのかはわからないが、ある程度の広範囲に大量の子孫をばらまく事は生存戦略として選択する価値は十分にあると思われる。赤く染まることで、行動範囲の広い鳥類に捕食者を絞ることは理にかなっていると言えるな。

 次にカマキリだが、寄生虫成長に際して栄養を吸われる点はデメリットだろう。しかし、産卵や交尾を終えたあとなら種の存続にそこまでのデメリットはないと考えられる。赤くなった個体が目立つことで通常色の個体は相対的に隠れやすくなるだろうし、産卵や交尾の危険は小さくなっている可能性は十分に考えられる。迷惑だけれどもそこまで損もしていないと言った感じなのだろうか。

 そして鳥類だ。これは言うまでもなく簡単に獲物が手に入るメリットは非常に大きいだろう。もちろん寄生虫に住まわれるというデメリットはあるがそれ以上に栄養を供給してもらう機会に恵まれる。特に繁殖期に十分な栄養が確実に獲得可能であるならば種の存続にはかなりの有利になるだろう。

 最後に巨木だ。森から離れた土地にぽつんと巨木が立っているのはおそらくこれらの生物の相互作用による恩恵が大きいと思われる。カマキリは寄生虫に操られて目印として大きな木を目指す。それを木に集まった鳥が捕食し、その間に大量の糞を巨木の下に落とす。そこから十分に養分を得て更に巨木は育つ。

 これら関係するほぼすべての生物に大きなデメリットがない。だからこれはこの形に落ち着いたのだろう。もしカマキリの変色が産卵や交尾の前であったならカマキリの個体は減少してやがて寄生虫もいなくなっていたかもしれない。もしカマキリが赤以外の色だったら別の捕食者に多くを食べられてうまく行かなかったかもしれない。もし巨木が存在しなかったら目印を持たない彷徨えるカマキリたちが集まらず、鳥類に効率よく捕食されずにいずれなくなるような寄生虫の生活史だったかもしれないな。




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