第9話 赤く染まるカマキリ ⑨
探していたそれは意外とあっさりと見つかった。寄生虫である。大きさは約5mmほどの扁平な生物で、調べた赤変個体全てに存在が確認された。これで犯人が見つかったと安堵したのも束の間、観察者であるセアルチェラは首をひねる事になった。
「こっちにもいるんかーい」
セアルチェラは予想外の結果にすこしがっかりしたようで、多少の疲れもあってか声のトーンは低い。というのも、赤変個体以外を調べたらこちらにも寄生虫が見つかったのだ。そしてその割合は全体の70%程度で、寄生率は非常に高いと言えた。
「こいつが犯人じゃないってこと・・・?」
この段階では、『赤くなる変化を引き起こしているのがこの寄生虫ではない』のか、『何らかの条件で寄生虫が赤くカマキリを変化させる』のか判断がつかない。
「お手上げ。レイシュアに相談しましょ」
そう言ってセアルチェラは席を立った。
――――――
「そうきたか」
セアルチェらから話を聞いたレイシュアは顎に手を当てながら感慨深げにつぶやいた。興味をそそられたのかセアルチェラとは対照的に少しトーンは高めだ。
「どうなんでしょう。この寄生虫は無関係なんでしょうか・・・?」
調査がふりだしに戻るのではと不安なセアルチェラの発する言葉はどこか弱気に感じられる。まだ経験の浅い彼女にとって予想を大きく外すことは精神的な打撃になりうる。そうした経験を数多く重ねてきたレイシュアにとってはそれは甘美な誘惑にも似た好奇心の対照だが、彼女はそうではないのだ。それを汲み取ったレイシュアはセアルチェラのために言葉をひねり出す。
「この寄生虫がカマキリに寄生するのは何のためだろうか?」
「・・・生きていくため。生存の場だから?ですかね」
「では、赤くして鳥に食べられるのは?」
「・・カマキリと鳥の間を往復するような寄生の生活史を持っている・・から?」
「そう。カマキリを赤くして鳥類の捕食を誘引しているとするならば、おそらくカマキリから鳥類へと移動し、そこからまたカマキリに戻ってくるサイクルが存在しているんだろう。もう少し解像度を上げるとするとどうだろう?」
「と、いいますと?」
「卵、成長途上の幼体、産卵可能な成体の3段階を想定した場合、それぞれ何処にいるかってことかな」
「観察できたカマキリの寄生虫はおそらく成体だと思われます。というのも、卵と思しきものを抱えた個体がいたからです。なので、カマキリが成体。そして5mmとはいえそのまま取りに寄生するかといえばなんとなく違う気もするので、鳥が卵のフェーズですかね。幼体はわかりませんね。中間的な宿主でも存在していて、カマキリが餌となる生物を捕食することで寄生されるならば、そうした推測も可能ですかね」
「うむ。と、するとだ」
「はい」
「この寄生虫の交配はいつ行われると思う?」
セアルチェラは問に即答しようとして、一呼吸置いた。そして閃きを得たようだ。
「・・・・・・・そういうことか!」
落ち込み気味だったセアルチェラの目に力が戻り、立ち上がってそのまま観察室へと足早に去ってった。
「元気が戻って何よりだ」
置いてきぼりにされたレイシュアは小さく微笑んだ。
――――――
足早に観察室へと歩を進めながらセアルチェラは考えをまとめるために頭の中で思いついたことを言語化していく。
(そうだ。赤いカマキリには卵を持った個体がいた。交配のフェーズはカマキリの段階の可能性が非常に高い。だとすると、卵を持った個体は雌、そうでない個体は雄を観察していただけではないか。更に言うと赤い個体には雌雄両方が寄生しているのではないだろうか?)
(カマキリが赤く染まる条件にはカマキリの交尾産卵だけじゃなく、寄生虫も卵を抱えることが含まれているんじゃないだろうか。つまり、同個体のカマキリの中に雌雄両方の寄生虫が存在して交配が完了している状態でカマキリが交尾による射精または産卵を行うことで初めて赤く変わるプロセスが開始されるのでは?)
(つまり、赤いカマキリには複数の寄生虫が寄生し、かつ卵を抱えた個体が存在する。赤くならなかったカマキリには寄生虫が存在しないか、存在しても交配相手が存在せず卵を抱えられなかった―つまり1匹だけもしくは同性だけの寄生なのではないか?)
(それならば現状のサンプルで確認は可能だ!)
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