第8話 赤く染まるカマキリ ⑧
数日間の調査を終えて、セアルチェラはデータの集計を行っていた。集計といっても取ったデータは大したことはない量なのであっという間だったのだが、気になることがあって簡単な地図を書いて調査地点を書き込んでいた。
「初日はここで、二日目はここ、三日目はここで、それぞれ4点はこんな感じかな」
失敗したかと思った調査方法だったが、そのまま続けろと言われ、その後地点を変えて集計を続けたのだった。しかし、データを集計してみると興味深いことに、すべての調査地点で巨木に近い棒に比べて巨木より遠い方の棒によじ登るカマキリが多かったのだった。
(失敗するとわかってて私の調査方法を実行させたのは意地悪なのかと思ってたんだけど、こういう結果が得られることが予想としてあったからなのだろうか・・・)
「昼飯できたぞー」
そう呼ぶ声が聞こえて、セアルチェラはデータを纏めた紙切れを持って席を立った。
――――――
「巨木から遠い方がカマキリの観測数が多く、また総量に関しても比べるまでもなく明らかにその辺の草原地帯より個体数が多いと思われる。ってところか」
当然と言うようにレイシュアはこの事を予測していた。昼食を終えて食後の温かい飲み物を飲みながら2人は会話を続ける。
「わかってたんですか。人の悪い」
「そう言うなよ。調べてみないとわからない事はたくさんあるし、予測はあくまで予測でしかないだろう?」
「それはそうですが・・」
セアルチェラはそれなりに苦労しただけに、「知ってました」と言われると少しだけ不服そうだった。
「気持ちはわからんではないが・・・。こういう研究みたいなことは予想して仮説を立てるのがスタートラインだからなぁ。当然予想の簡単な、はっきり言ってわかりきったことでもある程度は調べる必要があるもんだ」
「・・・」
まぁそれはそのとおりなのだと思いながら、セアルチェラは目の前にあったお菓子を頬張る。
「まぁおそらく、カマキリは巨木に向かって集まってきている。しかも結構な広範囲から。それは今回得られたデータでもある程度裏付けが取れた。問題はその先だな」
「犯人・・・ですか?」
「たしかにそれもある。たとえば君は犯人は誰だと思う?」
「鳥の仲間・・・ではなさそうですよね。恩恵を受ける種も1つではなかったですし、そもそもどうやって広範囲から寄せ集めてるのか方法が想像つかないです。仮に何らかの手段があるとしてもそこまで干渉できるならわざわざ呼び寄せなくても捕食できそうですし・・・」
「うむ。たしかにそれはその通りだと思う。私も鳥が犯人説は早い段階で可能性は薄いと思っていた」
「とすると、巨木か寄生生物もしくはウィルス等の病気・・・の中のどれかですかね?」
「一つ一つ検証していってみてくれ」
レイシュアはセアルチェラに推察を進めるよう促す。
「まず巨木は・・・なさそうですよね。鳥と同じで手段がわからない。動けないので寄せる必要はあるかもですが・・・」
「確かに巨木は一見直接的な関係はなさそうに見えるな。方法についても想像する範囲には思いつかない。もし巨木が犯人なら非常に面白そうではある」
(ということは巨木が犯人説も薄いかな)
などと考えつつセアルチェラは続ける。
「次は何らかの寄生生物ですか。寄生虫が宿主の行動を制御するという例は数多く報告されていますし、方法の部分では特に不思議な点はなさそうです。目的についても鳥類と昆虫類を往復するライフサイクルなら現状理にかなっていますね。これは有力候補ですかね」
そう言ってセアルチェラがレイシュアを見ると、レイシュアの顔と手はそのまま続けてと言っているようだ。
「最後にウィルス等による病気関係ですか。色が変わる病気というのはあるんでしょうか?私は知りませんが。そもそもこれらは高次の生命体と違って意思を持っているわけではないので、どのような症状が出ても不思議ではないですね。となるとこの仮説も否定できないですかね」
「確かにそうとも言える。ただ気になるのは発症のタイミングと巨木の位置関係だ」
「たしかに、産卵や交尾をトリガーにして発症というのは妙ですね。病原体にとってそうした複雑なプロセスを発症のトリガーにするのは釈然としません。潜伏期間は病原体の増殖までの期間ですし、何らかの条件を気に発症とするならあたかもウィルスが意思を持っているようで気持ち悪いですね」
「もちろんそうした特殊な病原体という可能性は現時点では否定できないな。ただ、いずれにせよ赤いカマキリの中に犯人がいる可能性は高そうだ。そこを調べるのが近道なことに変わりはなさそうだ」
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