第7話 赤く染まるカマキリ ⑦

 そんなわけで私達は再度巨木のところまでやってきて再度観察を始めた。レイシュアが作った例の謎の原理でできている物見台をからは巨木周辺がそれなりの距離を見渡すことができる。右手側には巨木が左側には遠くに森が見える。たまに吹く心地よい風についつい眠気を誘われるが、うたた寝などしていたら笑われるに違いない。

 一言で観察と言ってもただ眺めているだけではない。色々と検証項目を考えてきている。まず1つの疑問点は巨木の周りにカマキリが多すぎないかという点だ。巨木の周りでのカマキリ採取は他の地点よりはるかに楽だった。無論自ら目立つ赤色で出てくるのだから簡単に見つかる。ただ、それを差っ引いても多いのではないかということだ。つまるところわざわざ食べられるために巨木周辺へ移動してきている可能性が考えられた。巨木周辺で目撃される赤いカマキリの数が他地域での生息密度と比較して明らかに高ければ他所から移動してきているという推察が可能だろう。

 物見台から少し離れた地点、観察しやすい場所に30m四方の四角いエリアを設定し四隅に目印の棒を立てた。丸一日を観察時間に設定して、その範囲内に現れたカマキリの数をカウントしようというわけだ。そしてそれを別の離れた地点での調査結果―この場合その範囲を逃げられないよう封鎖して植物を刈り取って除去して、というような手法になるか―と比較して明らかに巨木周辺のカマキリが多いよという結果を得たいわけである。

 しかし、皮算用というのはうまく行かない決まりでもあるのだろうか。この調査方法はすぐに破綻してしまう。カマキリは範囲内でほとんど顔を出さず、調査用に立てた棒を登って捕食されるのだ。棒を撤去して別の手段での目印設定も考えたが、付け焼き刃で変更するよりもとりあえずデータ取っ手から考えるも良しだぞと諭され、各棒を登った数も記録することにした。

 

 私がカマキリの数を数えている間、レイシュアはもっと広い範囲のカマキリを観測していた。双眼鏡の様に目の前に複数のレンズ状の物体を生成し、遠くの個体の特徴を読み取っている。

 それは私が小腹がすいて3時のおやつをと持参したクッキーのようなお菓子を食べながら観察を続けていたときだった。

「――いたっ」

 そう言葉を発したのはレイシュアだった。彼は何もない空間に例の板を生成し、全力でそれを蹴った。そしてものすごい速度で草の海の上を駆け、同じく生成した板にビタッと着地して止まる。そして捕獲瓶にそこにいた赤いカマキリを閉じ込めたようだ。

「―――――」

レイシュアは瓶を掲げ遠くでなにか言っている。遠くて聞き取れなかったが、どうやら目的のものが手に入ったらしい。彼は往路のすさまじいスピードとは対照的にゆっくりと私の調査エリアを大きく迂回して歩いて帰ってきた。



―――――



 レイシュアが手にしていたのは赤いカマキリだった。が、それは今までの種類ではなかった。今まで多く捕獲したものは全体的に細身の印象を受ける種であった。一方、瓶に収まったそれは赤いカマキリではあるものの比較して少し太くがっしりとした形態で所々に棘がある種であった。森で採取したものに色以外の形態的特徴が近いものだった。

「これで片方の可能性は限りなく低くなるな」

 レイシュアはそうつぶやいた。カマキリが何らかの状況に適応して赤く変化した可能性は残る。が、それが2種で同時にという可能性は非常に低いと考えられる。つまりこの変化はカマキリによる自発的なものではなく、何者かがカマキリの色を変化させていることを示唆する。

 こうなることがわかっていたと言わんばかりにレイシュアは得意げな顔をする。事実、以前言っていた「確かめたいこと」とはまさに別種の赤変個体の存在であった。早い段階からこれがカマキリ自身の進化ではないことは予想していたのであろう。予想が当たってそれ自体には満足しているようだ。しばし捕まえたカマキリを眺めたあと、レイシュアは巨木の方角へと視線を移した。

「次は犯人探しだな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る