第6話 赤く染まるカマキリ ⑥
カマキリが産卵を始めたということでレイシュアは飼育ケージのある部屋にいた。この産卵は3度目で過去2度の産卵はその後カマキリにこれと言って変化が見られなかったため、産卵を契機に変化するという仮説は間違いで別の条件があるのかもしれないと考え始めていた。程なくして色々と用をすませたセアルチェラも合流し、2人でカマキリの産卵を眺める。夜もふけ、退屈な監視任務に若干の眠気を覚えていた。
産卵が終わりカマキリが卵塊から離れる。今回もまた変化なしかと思ったその時だった。ピタリと歩みを止めたカマキリはみるみるうちに全身が赤く染まっていく。その変化はわずか数分で生じたものだった。そしてそれは2人の眠気を吹き飛ばすには十分だった。
「・・これは興味深い。他の要因での変化もあるかもしれないが、雌の個体に関しては産卵が契機になっていることは間違いなさそうだ」
「そうですね。赤い状態で捕獲した個体には産卵したものはありませんでしたし、外見で卵を抱えているものもいなさそうでした。これは産卵が契機で体色変化が起こるという仮説と矛盾しません」
「そしてもう一つ。変化するものとしないものがあるという点だ。赤くなる個体とそうでない個体が別種ではないという前提になるが、種として必ず赤変するというわけではないらしい。」
「一定の割合の個体が産卵を契機に赤く変化するということですかね?」
「たしかにそれも仮説の一つだね。」
そう言ってレイシュアは一呼吸置いた後続ける。
「ただ、自然界において色の保つ役割は非常に大きい。ましてや「赤」という色は鳥にとって「食べられますよ」という標識に近い。種子散布を鳥類に依存する多くの植物が赤い実をつけて彼らを誘導している。」
「たしかにそうですね」
「とすると、いくら産卵後で個体としての役割の大半を終えたとしても、カマキリにとって相当なデメリットなはずだ。それが形質として残っているということは裏を返せばそこに高い適応度=子孫を残す力がある可能性を示唆する。一部の自己犠牲が種全体にとって大きな利益となるならば・・、たしかに赤くなる個体とならない個体がいる可能性も捨てきれないな」
「その言い方だと、レイシュアは別の仮説を考えているのですか?」
「そうだね。私がそうじゃないかと疑っているのは、これがカマキリ自身が起こす変化ではないくて、別の外的要因が原因ではないかということだね」
「ほうほう」
セアルチェラは考えを巡らせながら相槌をうつ。
「これはまだ根拠の薄い仮説に過ぎないが、この変化には場所による影響が大きい―つまり、あの巨木周辺に何かしらの要因が隠れている気がしてならない。今回産卵して変化しなかった個体は採集した中でどちらかといえば巨木から遠いもので、今目の前で変化した個体は比較的巨木に近い場所で捕獲されている」
「確かに巨木からは結構な距離での採取地点ですね。サンプル数が少なくてなんとも言えない感じではありますが」
「そう。巨木かそこに居る鳥類か、もしくは別の生物あるいはかはたまた寄生菌類やウィルスの類かはまだわからない。が、あの周辺の何かが重要な要因で有る蓋然性は非常に高いと思う」
「となると、次はどういう調査を行うかですね」
「まだ具体的なデータを取って考察するに移るには仮説の数が多すぎるかな。まずは再度現地に出向いて再度じっくり状況を見てみよう。もしかしたら大事な発見があるかもしれないからね」
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