第5話 赤く染まるカマキリ ⑤
レイシュアは拠点の一室にいた。そこは採集してきたカマキリを飼育管理している部屋だ。管理はもっぱらセアルチェラに任せているのでレイシュアがここに来るのは稀である。飼育下のカマキリの状態については随時報告を受けていたが、自分の目で状況を確認しておきたかったのもあった。
採取されたカマキリたちは1匹ずつ個別に識別用の記号と番号が振られた飼育用のケージに入れられている。2〜3日に一度、拠点近くで取ったバッタやコオロギの仲間が餌として与えられている。セアルチェラがそれぞれの個体から染色体観察用の生体サンプルを採取して機材の揃った部屋で順次観察している。
観察は赤いカマキリから先に行われていた。先に捕獲したというのもあるが、別に理由があった。通常の赤色でないカマキリたちはしっかりと餌を捕食し、時にじっとしてエネルギーを節約しているのだが、赤いカマキリは捕食行動をとらず常にカリカリとケージ上面を鎌でいじったりウロウロしたりしている。おそらくは高いところにいって威嚇ポーズを取る以外に目的を持たないのだろう。そこまで鳥に食べられる事に固執するのだから当然それに何らかの意味があるのは疑いようがなかった。
――――――
セアルチェラはよくやってくれている。染色体観察という手法は原理こそそれほど難しくはないが、観察できる状態に至るには技術的な経験値がそれなりの両要求される。セアルチェラは短い時間に教えた知識と技術をぐんぐん吸収して研究の一部分を任せられるようになった。実に頼もしい。
染色体よりもDNAという解像度の高い情報があるにはあるのだが、「P
その後、染色体観察をセアルチェラに任せてあれから昆虫採取には何度かでかけたが、得られる種数には変化がなかった。おそらくはこの当たりの生息種は現在飼育ケージの中にいるもので全てだろうと思われる。後は形態的な差と染色体観察の結果が一致するかどうかだ。
――――――
昆虫採取を切り上げてレイシュアも染色体観察に加わり、何日もかかる根気のいる作業ではあったが、なんとか満足行く結果までたどり着くことができた。
この地域に生息するカマキリは全部で5種。形態的特徴で分けられた5つのグループと染色体数およびその形状等で判断した5つのグループが一致したことで総結論づけた。そのうち1種が赤いカマキリと色を除いた形態的特徴と染色体数およびその形状が酷似していたため、同種と推測される。つまり赤いカマキリが最初から存在するのではなく、通常緑色や茶色のカマキリが何らかの要因で赤く染まる可能性が示唆された事を意味する。この結果自体は飼育観察の過程で明らかに赤色の行動だけが特異であったことから想定されていた。仮に結果が異なっていれば2人は眉間にシワを寄せながらあーだこーだと延々と議論をするはめになっただろうが今回はそうはならなかった。また、これらのカマキリは性染色体での雌雄判別が可能であるようだった。通常個体も赤色個体も若干の比率に差はあるものの雌雄ともに存在していた。
「ところでセアルチェラ気づいているか?」
「あ、産卵の近そうな個体がいることですか?」
「そうそう。赤い個体は沢山捕まえたがそういうのはいなかったように見える。産卵が一つの契機になっている可能性は捨てきれないと思うんだ。根を詰めて作業したし、しばらくは休みながら産卵をまってみよう」
「そうですね。そうしましょう」
数日後、観察個体のうちの1個体が産卵し、直後に赤く染まるのを2人は目撃することになる。
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