第2話 赤く染まるカマキリ ②

 少し立ち止まりカマキリを眺めた後、二人は巨木へと足を向けた。目印としての役割をもってここへ導いてくれたわけだが、それだけではないだろうという予想もあった。巨樹の枝葉の形の解像度が上がる距離まで近づいてレイシュアは呟く、

「この当たりの針葉樹はある程度限られるが、種類まではわかるかなぁ・・」

 周囲の地面を覆う落ち葉からある程度は絞込んでいたが、想定した中に正解と呼べるものは思い浮かばなかったようだ。樹木は樹齢により外観は多少変化するので樹形等での判別は経験によるところが大きい。高齢な巨木ともなれば例も少なく難易度は高いだろう。とはいえ、今回の目的に直接影響はないかもしれない。後でじっくり判断すればいいだろうと2人はそのまま歩を進める。近づくにつれて鳥たちのさえずりは次第に賑やかさを増していく。もう少しで木陰に入るというところでレイシュアは歩を止める。

「傘を出したほうがよさそうだ」

 そう言っておもむろに傘を取り出す。

「雨でも降るんですか?」

 訝しげに真っ青な空を仰ぐセアルチェラにレイシュアは巨木を見上げて応える。

「雨・・・ではないが水分は含んでいるかな。汚れたくはなかろう?」

 セアルチェラは見上げた先の違いに合点がいったようで、「あぁ・・」と荷物袋から傘を取り出す。辺りは日本で言うところの夏のセミを思わせるほど鳥の声で溢れている。木陰に入って巨木に近づく2人の傘にぽつり、ぽつり―ではなくぽとりぽとりと鳥のフンが落ちる。巨木の落ち葉とその上に散らばる大量の鳥のフンを横目に樹皮や樹形の情報を記録し、長居は無用とばかりに2人は足早に巨木から離れる。

 木陰を出た辺りで傘をおろし、フンにまみれていたたまれない状態の傘をどうしたものかと思案しながら巨木の外観がひと目で見えるところまで歩く。レイシュアはそこでくるりと向き直り、乾いた地面にブスリと傘を突き立てる。荷物としてしまうことを諦めたようだ。セアルチェラもそれに習おうとするが、彼女の非力さ故かそもそもレイシュアが馬鹿力なのか乾いた地面に傘の先を弾き返され、仕方なくそれを突き刺さった傘の脇に置く。

 そこから2人はぐるりと大きく巨木の周りを歩いた。少し遠いところの景色は変化するものの巨木の周囲はどこも同じ様に草と低木と落ち葉と、そして赤いカマキリであった。2人は突き刺さった傘を見つけて1周したことを確認し、そこに立ち止まった。


――――――

 

 傘の刺さった場所まで戻り、私は地面に置き去りにされた自分の傘をレイシュアの傘に立て掛けた。ここに立ち止まったということはこの辺りを観察ポイントにする算段なのだろう。そうすると地面に置かれた傘は邪魔になってしまうし、踏まれて壊れるのも悲しい。そう考えたのだ。

 荷物をおろし、水筒を取り出して水分を補給する。そしてレイシュアの方に視線を向けると目線ほどの高さにある板のようなものの上で、水分を補給しながらじっくりとカマキリの観察を始めたようだ。この世界には「P粒子-Pseudomatter《シュードマター》」なるものが存在していて、それを使って所謂魔法のような現象を作ることができる。人族のみならず自然界でも多くの種が「P粒子シュードマター」なるものを利用した生存戦略を取っているらしく、そうした背景からくる奇想天外な生き物を見ることがこのヒトの楽しみらしい。今回の目的の赤いカマキリも赤く変化する仕組みは「P粒子シュードマター」を利用していると推測される。

 そして、その彼が座っている板状の物体もそれによって生み出されたものだ。私も小さな板くらいなら作れるが、彼のように宙に浮かせることはできない。以前どうなってるのかを尋ねたら、「これは浮いてるんじゃなくて、滅茶苦茶ゆっくり落ちてるんだ」という風な説明を受けた。この辺りはまだまだ私の勉強不足もあって全然理解できないのが悔しいところではある。それはさておき、奇想天外な世界を見て回るのは私の望んだことでもあり実際自分自身も楽しんでいる。なので私もこの現象の観察を始めるとしよう。

(――そういえば、なんでレイシュアはわざわざ宙に浮いた板を・・・?)

その考えを整理する前にいつの間にか自分の帽子の上に登っていたカマキリを鳥に攫われ、驚いて「わっ」と声を上げる私なのだった。


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