第15話 クラスのギャルは浮気をうたがう

「久我さん……今のワザとだな? ワザと俺の手を胸に持っていっただろ?」



 そう言って地面にペタリと座りながら俺を見上げる久我さんから離れる。妙に頬は紅潮し、瞳も潤んでいて先程までの久我さんとはまるで別人みたいだ。



「ひどいです。私、いくらなんでもそんなことしません。ただでさえこの前みたいな事があって男の人が少し怖いのに、自ら胸を触らせるなんて……。転んだのだってホラ、そこのタイルが少し剥がれているじゃないですか。そこに躓いただけなんです」



 首を振りながら答える久我さんの視線の先には床タイル。見れば確かに少し剥がれている。ただ、不自然な程に折れ曲がっている様な気もするんだよな。考えすぎか? まぁいい。それよりもだ。



「……なら、なんで触れた感想まで聞いた? そんな必要はないよな?」


「それは……羨ましかったからです」


「羨ましい? なんのことだ?」


「真峠君の彼女さんがです。姉は言っていました。可愛いだけじゃなくてスタイルも良かったと。ズルいです。そんな人にこんな私が勝てるわけないじゃないですか。でも私、胸の大きさと柔らかさには自信があったんです。だからです。だから聞いたんです。偶然だけど自信がある部分に触れて貰えたから。せめて少しでも勝てる部分があったらいいなと思って。中学の時はこの胸のせいでからかわれたから普段は小さいブラで押さえつけますけど。ダメですか? 好きな人に少しでも希望を抱いたらダメなんですか?」



 俺の目を見つめながら久我さんはそう語るけど、はっきり言って意味が分からない。

 あの日は本当に、たまたま偶然助けただけ。それなのに何故ここまで好かれるんだ? まぁ、百歩譲って好意を抱かれるのはいい。俺だって男だからそれは嬉しいと思う。

 だけど、そんないきなり自分の体を使ってまでなんて理解できない。そしてって言うけど、久我さんも充分過ぎるほどにスタイル良いし、可愛いとは思うんだが……。



「何も言ってくれないんですね。……私決めました」



 何も答えずに黙っていると、突然久我さんはそう言って立ち上がり、崩していた制服を直してカツラを外すと真っ直ぐに俺の目を見つめてくる。



「決めたって、何を」


「私、やっぱり真峠君の事諦めません。彼女がいても関係ありません。だって、フラれても嫌いになんてなれないんですから。だから彼女さんよりも私の事を見てくれるように──何でもする覚悟を決めました! それじゃあ失礼しますっ!」


「は? あ、おい! ちょっ……マジかよ」



 とんでもない事を言い出した久我さんを呼び止めようとするも、彼女は教室を出ていってしまう。呆気に取られてしまって動くのが遅れたせいで、俺が廊下に出た時には既に久我さんの姿は見えなくなっていた。



「おいおい……嘘だろ? 何でもって、いったい何するつもりなんだよ。教室には莉々香もいるってのに」



 彼女は話すようになってまだ日が浅い相手。だから全然行動パターンが読めない。つまり何をしてくるのかがわからないため、その時その時で対処をしなくてはいけないということだ。ましてや教室内では地味で目立たないキャラで過ごしてるのに、変に注目されたらたまったもんじゃない。



「あぁぁぁ……なんでこうなった。助けたのが失敗だったのか? でも、あそこで助けなかったら今頃久我さんは学校に来れない状態になっていたのかもしれない。だからあれは間違ってない。なによりあそこで見過ごすなんて出来るわけないしなぁ……。それより莉々香になんて言えばいいんだ? 嘘はつきたくないけど、青鬼の事をいうわけにも……げっ」



 その時、絶妙なタイミングでの莉々香から電話。見てたんじゃないか? ってくらいのタイミングだ。



「もしもし」


『あ、いっちゃん? 私もう帰ってきたよ〜。どこにいるの? 一緒に教室出ていったけど、もしかしてまだ羽衣ちゃんと一緒?』



 女の勘って怖いな……。



「あぁ。さっきまでは手伝いで一緒だったけど、久我さんはもう帰ったよ。俺は今帰るところだ」


『むっ! 浮気してないよね?』


「するわけないだろ」


『うん、知ってる〜。早く会いたいから早く帰って来てね! あ、でも車には気を付けてね!』


「わかった。俺も会いたいから気をつけながら急ぐよ」


『へへ〜、照れる〜♪』


「なんだよいきなり。じゃ、あとでな」


『うん! 待ってる!』



 電話を切ってため息をひとつ。



「はぁ……。あーもう! どうすりゃいいんだよ!」

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