第3話
「え?」
好美絡みの話だと思っていたので、わたしは意表を突かれた。
「清田の弱みを握ってほしいんだ。そういう依頼って、できる?」
「弱み? 素性の調査はできると思うけど……なんでそんなこと?」
「好美とのことを、解決したくて」
「どういうこと?」
「私が好美たちに何をされてるかは、知ってるよね? いままで我慢してきたけど、二年生に上がってまで同じクラスになっちゃったから、もう限界で……この前、清田に相談に行ったんだ。クラスを替えてほしいって。私が好美からさんざん嫌がらせを受けてることも、説明した」
「清田先生は、なんだって?」
「笑われたよ。進級したばかりなのにクラス替えなんて、認められるわけがないって。好美とのことは、お前の勘違いじゃないかとも言われた。笑っちゃうよね。ジャージ切られたり、自殺のやりかたを考えてきたとか言われて手紙とカミソリを渡されたりするのも、冗談なんだって。好美たちは私と仲よくなりたいから、そういうことをして気を引いてるんじゃないかって」
「清田先生がそう言ったの?」
「好美と一対一で話す機会を作ってやろうかって、そんなことも言われた」
怜は下唇の端を
わたしは清田先生と授業以外であまり話したことはないが、そんな不誠実な対応をする人だとは思わなかった。彼の太陽のような雰囲気を思い出す。
「でも、清田先生の弱みを握ってどうするの? 弱みを握るなら、好美のほうじゃない?」
「好美相手にそんなことしたら、何されるか判んない。それよりも、清田に好美たちを注意してもらうほうがいいと思う」
「なんで?」
「清田って、人気あるでしょ。好美はああいうタイプに弱いから、清田が言えば話を聞くと思うんだ」
「なるほどね」
清田先生を動かして、間接的に排除を止めようということのようだが、本当にそんなことができるのだろうか。好美が清田先生のことを慕っているのはなんとなく知っているが、注意されて話を聞くかはよく判らない。
それに。
「お金はどうするの? 父さんにそんな依頼をするなら、それなりにお金がかかるよ」
「ちょっとならある」
「ちょっとって、どれくらい?」
「まあ、一万円かな」
「話にならないよ」
「じゃあ、みどりがやってよ」
「え、わたし?」
「探偵の娘なんだから、人を調べたりするの、得意でしょ? 道具もあるだろうし」
わたしは天を仰ぎそうになった。まさか〈最低〉の依頼をされるとは思わなかった。
じゃあ、みどりがやってよ。依頼を断り続けていると、そんなことを言いだす子が
「絶対無理。わたしは探偵なんかやったことがない」
「でも、お父さんの仕事を近くで見てるよね? お父さんに質問もできるでしょ?」
「父さんと仕事の話なんかしないよ。やりたければ自分でやりなって。わたしも怜も変わらないと思うよ」
「無理。私、身長高いでしょ? みどりと違って、どこにいても目立っちゃう。お父さんと仕事の話をしたことないなら、いまからやったら? 親子の会話のきっかけにもなると思うよ」
「余計なお世話。父さんとはよく話してるから」
「ついさっきは話してないって言ってたのに」
「仕事の話はしてないってこと。怜、判ってて言ってるでしょ? いい加減にしてよ」
「あっそ」
怜の口調が、一瞬で変わった。
「じゃ、いいや。燃やしてやるから」
「燃やすって、何を?」
「全部」
弱気だった怜の表情に、
「最近、放火のことを調べてるんだ。火事の三条件って知ってる? 可燃物、酸素、高い温度。好美の家をやるついでに、みどりの家もやっちゃおうかな」
「放火? なんでいきなりそんな話になるのさ。どうかしてるよ」
「どうかしてるのは好美たちと学校だよ。私がいじめられてるのを知ってるのに、誰も何もしてくれない……。どうせやるんなら、学校もみどりの家も、全部燃やしてやる。クラス中から無視されて、頼った相手にも見捨てられた、哀れな高校生の放火犯。みんな同情してくれそうじゃない?」
逆恨みにもほどがある。怜を睨むと、怜はより強い目線で睨み返してくる。
わたしは、文庫本のことを思いだしていた。
怜が返してきた文庫本に、焦げたような跡があった。あれは「放火のことを調べている」過程で、できてしまったものなのだろうか。
「本気だよ」
怜の語気に、わたしは
「口だけだと思ってるよね? 私は本気だから。あとで後悔しても、遅いからね」
「みどり、助けてよ」
怜の口調が、また変わった。
「前に一度、助けてくれたこと、あったよね」
「前に……?」
「ほら、二ヶ月くらい前に」
確かに一年の最後のころ、廊下で怜に絡んでいた好美たちを、軽くたしなめたことがあった。
「あのときに私を助けてくれたのは、本気だよね?」
「本気って……どういうこと?」
「偽善じゃないよね。私のことを本気で心配して、やってくれたんだよね」
すがるような口調に、わたしは困った。助けたい気持ちはあったけれど、怜を助けたのはどちらかというと気まぐれだったからだ。だが、それを口にしていいかどうか、判断がつかない。
「あのとき、私は嬉しかったんだよ。いままで誰も助けてくれる人がいなかったから、すごく救われた。みどりに頼みたいんだ。みどりの善意が偽物じゃないのなら、もう一度、私を助けてほしい」
怜はそう言って、わたしに向かって頭を下げた。
「お願いします」
断るべきだと頭では判っていたものの、長身の腰を折り、
「無理だと思うよ。それでも、いい?」
気がつくとわたしは、〈最低〉の依頼を
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